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熊本地方裁判所 平成8年(ワ)1160号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇二九万八三一九円及びこれに対する平成七年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二六〇五万一八〇六円及びこれに対する平成七年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  診療契約

原告は、平成七年九月一四日、被告との間で、歯科治療の診療契約を締結した。

2  本件事故の発生

被告は、平成七年九月一八日、右診療契約に係る診療債務の履行として、原告の右下親不知の抜歯手術を行う際に麻酔注射をしたが、その時、被告は、原告の舌神経の一部を注射針によって傷つけ、原告に舌神経損傷に伴う舌右側半部の知覚・味覚麻痺並びに口腔・顔面・頸部疼痛の障害を負わせた。

3  被告の責任

被告は、歯科医師として抜歯手術の際の麻酔注射をするに際しては、注射部位を正確に確認するとともに、歯神経の付近にある舌神経を傷つけないように細心の注意をもって麻酔注射をするべき注意義務があるのに、これを怠り漫然と麻酔注射をしたものであり、被告には本件事故の発生につき診療契約上の債務不履行又は過失による不法行為の責任がある。

4  原告の損害

被告の2記載の行為によって、原告は、次のような損害を被った。

(一) 治療費 金一四万三一六五円

大分医科大学医学部付属病院 金三万三〇二〇円

熊本大学医学部付属病院 金二二六五円

熊本市民病院 金二九六〇円

熊本機能病院 金八三八〇円

東野病院 金二万二二〇〇円

くわみず病院・秋津薬局 金二万三三二〇円

岡耳鼻咽喉科医院 金一万八五一〇円

越山眼科医院 金一九一〇円

河津はり治療院 金三万〇六〇〇円

(二) 通院交通費 金六万九三一〇円

(三) 診断書作成料 金一万五四五〇円

(四) 休業損害 金一三四万五三七〇円

原告は、平成七年当時飲食業を営んでおり、その営業収入は三七七万七三六七円であったが、本件事故により平成七年九月一八日から平成八年七月一二日までの間に少なくとも一三〇日を休業したので、その休業損害は一三四万五三七〇円を下らない。

(五) 傷害慰謝料 金一四〇万円

(六) 後遺障害慰謝料 金六四〇万円

(七) 逸失利益 金一六六六万二四一九円

原告は、本件事故により、舌神経損傷に伴う舌右側半部の知覚・味覚麻痺及び口腔・顔面・頸部の慢性疼痛の後遺障害が残った。原告は、二一年間寿司等和食の店を経営してきたが、右後遺障害のため料理の微妙な味付けができなくなり、力の要る作業や長時間の立仕事ができなくなり、症状固定後の収益は本件事故前の収益の三分の一に減少した。右後遺障害は後遺障害別等級表九級六号、一〇号に該当し、これによる労働能力喪失率は三五パーセントであり、原告の就労可能年数は四九歳から六七歳までの一八年間(新ホフマン係数一二・六〇三二)であるから、逸失利益は金一六六六万二四一九円となる。

(八) その他 金一万六〇九二円

(九) 合計 金二六〇五万一八〇六円

5  よって、原告は、被告に対し、不完全履行に基づく損害賠償請求又は不法行為に基づく損害賠償請求として、金二六〇五万一八〇六円及びこれに対する本件事故日である平成七年九月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2は、頸部疼痛の点は否認し、その余は認める。

3  請求原因3は認める

3  請求原因4の事実のうち、(一)ないし(三)は認め、その余は否認する。

原告の舌神経麻痺による障害の程度は自賠法別表第一四級の一〇(労災等級一四級の九)相当であり、また、原告の舌右側半部の知覚・味覚麻痺、口腔・顔面の疼痛は本件事件が解決すれば次第に消失するものである。

第三証拠

証拠は記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1ないし3の各事実は、頸部疼痛の点を除き、当事者間に争いがない。

2  請求原因4(原告の損害)について

(一)  請求原因4の(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  請求原因4の(四)(休業損害)について

(1) 甲第一〇号証の一、第一四号証の一、二、第一六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故の発生した平成七年当時、寿司等和食の飲食店業を営み、自らも調理にあたっていたこと、そして、当時、妻に給与として支給していた分も合わせて実質的に年間三七七万七三六七円の営業収入を得ていたことが認められる。

(2) 甲第一ないし第八号証、乙第一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故による受傷の治療のため、次のとおり事故の翌日である平成七年九月一九日から平成八年七月一二日までの二九八日間に各病院に合計六九日間(多い月で一二日)通院し、その後もほぼ月一回の割合で平成九年一月七日まで大分医科大学医学部附属病院に通院していることが認められる。

① a歯科医院(被告医院)

平成七年九月一八日から同年一一月三〇日まで実日数一二日間の通院治療(甲第七号証、乙第一号証)

② 河津はり治療院

平成七年九月二四日から平成八年三月二七日まで一八六日間(内実日数一八日)、抜歯後の舌痛、顔面・頸部の痛みで通院治療(甲第二号証)

③ 岡耳鼻咽喉科医院

平成七年一一月二〇日から平成八年五月二日までの間にめまい症(右内耳障害疑い)で実日数九日間の通院治療(甲第四号証)

④ 伊東歯科医院

平成七年一二月七日から平成八年一月三一日まで三八日間(内実日数九日)、抜歯窩治癒不全、三叉神経痛神経領域の感覚異常で通院治療(甲第六号証)

⑤ 東野病院

平成七年一二月一三日から平成八年五月二日まで五二日間(内実日数九日)、メニエル症候群などで通院治療(甲第一号証)

⑥ くわみず病院

平成八年一月二六日から同年三月一五日までの間に左三叉神経痛で実日数五日間の通院治療(甲第五号証)

⑦ 大分医科大学医学部附属病院

平成八年一月一一日から同年七月一二日まで右側舌神経麻痺、右側非定型顔面痛で実日数一三日間の通院治療(甲第三、第八、第一三号証)

(3) 甲第一六号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、舌の痛み、頭痛、耳鳴り、めまいなどから、平成八年四月一〇日から同年七月一二日まで飲食店を休業したことが認められる。

(4) 右(1)ないし(3)の事情によると、平成七年九月一九日から平成八年七月一二日までの間の休業日数は少なくとも一三〇日程度はあったと認められるから、その間の休業日数は、次のとおり一三四万五三六三円(円未満切捨て、以下同じ)となる。

3,777,367÷365×130=1,345,363円

(三) 請求原因4の(五)(傷害慰謝料)について

右(二)の傷害の内容、程度や通院期間が約一〇か月となることなどを考慮すると、原告の傷害慰謝料は金一二〇万円をもって相当と認める。

(四) 請求原因4の(七)(逸失利益)について

甲第三、第八、第一三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成八年六月二五日及び同年七月二三日に大分医科大学医学部附属病院で診察を受けているが、その頃以降も右側舌神経麻痺及び右側非定型顔面痛の後遺症が残り、舌右側半部に持続性の知覚・味覚麻痺が認められ、右各麻痺については薬物などによる保存的療法では今後も回復の可能性はなく、これに対する手術(舌神経吻合術)もその効果は不明であり、本症例では疼痛を合併しているから手術により疼痛が増悪する可能性が考えられること、非定型顔面痛は慢性疼痛であるが、その発現機序は現在も明確ではなく、中枢側における変化や機能的、心理的要因の深い関与が推察されており、原告の場合にも舌の知覚麻痺と同部の慢性疼痛が併存していても矛盾はしないと考えられることが認められる。

ところで、原告は、本件事故当時、寿司等和食の飲食店を経営し自ら料理の味付けをしていたものであるが、飲食業を営み自ら料理を作ることを職業としている者にとって舌の知覚・味覚の機能が正常に働くことは非常に重要な意味を持っているところ、右の原告の舌右側半部の知覚・味覚異常は、舌全体が正常に機能する場合と比較すると、料理の味付けなどで相当大きな制限や影響を受けることが推測されること、そして、現在のところ右知覚・味覚異常は回復の可能性があるとは考えられないこと、顔面の疼痛も持続性のものであることなどの事情があり、また、他方で、原告の右後遺障害は全く心理的要因の可能性が否定されているわけではないこと、また、遠い将来には妻の手助けを得て飲食業を営んでいく形態も考えられないではなく、その頃には右後遺障害の仕事に対する影響の度合いも少しは減少してくると予想されることなどの事情もあることを考慮すると、原告は、本件後遺障害により四九歳から六七歳までの一八年間労働能力の一部を喪失したものとみるべきであるが、その喪失率は当初の一〇年間が一二パーセント、その後の八年間が八パーセントであると認めるのが相当である。そして、中間利息の控除を新ホフマン係数で行うと逸失利益は次のとおり合計五〇〇万八九三九円となる。

3,777,367×0.12×7.945=3,601,341円

3,777,367×0.08×(12.603-7.945)=1,407,598円

(五) 請求原因4の(六)(後遺障害慰謝料)について

右(四)の後遺障害の内容、程度及び原告の職業などの事情を考慮すると、原告の後遺障害の慰謝料は二五〇万円をもって相当と認める。

(六) 請求原因4の(八)(その他)について

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、宿泊代八〇〇〇円及びエレキバン、サロンシップ等代金八〇九二円の合計一万六〇九二円を支出したことが認められる。

(七) 右(一)ないし(六)の損害の合計は一〇二九万八三一九円となる。

二  よって、原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求権のうち金一〇二九万八三一九円及びこれに対する不法行為の日である平成七年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判官 杉山正士)

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