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熊本地方裁判所 昭和28年(行)24号 判決

原告 内田善右衛門 外一名

被告 伊倉町選挙管理委員会

一、主  文

被告が昭和二十八年七月二十日原告外三十八名の伊倉町々長解職請求代表者よりなした町長解職請求を却下した決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として「原告等は外三十八名の者と共に伊倉町々長解職請求代表者となり、昭和二十七年五月二十日町長解職請求書を添えて被告に請求代表者証明書の交付を申請して、その交付を受けた後正規の手続によつて同町の有権者総数二千八百八十三名中千二百九十三名の署名を収集し、同年六月二十二日署名簿を被告に提出して署名の審査を求めたところ、被告は右署名のうち有効署名を七百三十四無効署名を五百五十九と決定して同年八月一日署名簿を原告等請求代表者に返付した。そこで原告等請求代表者は被告の右無効決定中三百四十一名に対する決定を不服として、熊本地方裁判所に右決定の取消訴訟を提起し、同年十一月十七日同裁判所より被告のなした右無効決定中一名を除き、爾余の三百四十名の署名の無効決定を取消す旨の判決を得、被告はこれに対し上告したけれども上告棄却となり、結局前記署名簿の有効署名は伊倉町有権者総数の三分の一以上に当る千七十四名と確定するに至つた。而して原告等請求代表者は昭和二十八年七月十日被告から上告棄却により右判決が確定した旨の通知を受けたので、四月十四日被告に対し署名簿、判決書写等の証拠書類を提出すると共に同時に提出すべき町長解職請求書は原告等請求代表者が代表者証明書の交付申請の際作成使用したものを、昭和二十七年六月二十二日署名の審査を求める為、署名簿と共に被告に提出したまゝ被告に於て保管していたからその請求書を使用され度き旨申出で、町長解職の請求をなしたところ、被告は右請求書は前記訴訟の際裁判所に証拠書類として提出して手許にないと称し原告等の右申出を無視して新に町長解職請求書の提出を要求し、即日町長解職請求については地方自治法施行令第九十六条の規定に準じて書類を提出され度いとの補正命令を出すに至つた。そこで原告等請求代表者は更に口頭及び書面を以て解職請求書は被告保管中の前記請求書を使用する旨、再三申立てると共に右補正命令に対しては補正期間が定められている関係上新に請求書を提出しておかなければ請求が却下されることを慮り原告等請求代表者が前記請求書と同時に予備として作成保管していたうちの一通を同月十七日被告に提出したのである。ところが被告は同請求書の請求代表者の署名捺印は伊倉町議会解散請求の為に作成したものを署名者の意思に反し原告等が擅に転用したものと冒認し、原告等に於て然らざる旨を極力説明したにもかゝわらず遂に同月二十日右請求書は受理できない旨決定して原告等請求代表者の解職請求を却下し同月二十二日その通知をなした。然しながら本件町長解職請求に必要な請求書は前記の通り、昭和二十七年六月二十二日署名審査の際署名簿と共に被告に提出したところ、被告はこれを受付けたまゝ其の後返還することなく、引続きその手許に保管していたので原告等請求代表者は右の請求書を本件解職請求の為の請求書として使用する旨被告に要求した次第であるから、被告としては敢て請求書の補正を命ずる迄もなく請求書の提出があつたと同様に取扱ひ当然原告等の本件解職請求を受理して然るべきである。然るに被告が解職請求書の欠缺を理由に原告等請求代表者の本件請求を却下したのは既に此の点に於て違法たるを免かれない。仮に被告主張の如く被告保管中の解職請求書を原告等請求代表者に於て使用するの意思が明白に認められなかつたため、補正命令が必要であつたとしても、被告の補正命令に対して提出された原告等請求代表者の解職請求書は形式上不備のない限り、その内容に立入つて署名の効力等を審査する必要はないばかりか、右請求書は被告認定のような不正の文書ではなく、正当に作成された請求書であつて何等の欠陥のないものである。従つて被告が右請求書に対する認定を誤り之を不正文書なりとして本件解職請求を却下した処分は此の点に於ても亦違法であること明らかである。被告はさきの署名の審査当時より種々の手段を弄して原告等請求代表者の解職請求を阻止しようとしているのであるが、これは被告委員会を構成している委員のうち、現町長を支持する三名の委員が公正なるべき職責を忘れ先には本件解職請求に賛成した多数の有効署名を故意に無効と審査決定し、訴訟の結果其の非が明かにされたに拘らず、今又本件に於ても悉く原告等請求代表者に対し偏頗不公平な取扱いをなし当然行わるべき賛否投票の施行を故意に延引せんとしているが為であつて、原告等は速にかゝる不正違法な処分の取消を求め、憲法の保障する住民の直接参政権の実現を図る為本訴請求に及んだ」と陳述し、被告の答弁に対し被告の補正命令に基き原告等請求代表者が被告に提出した町長解職請求書が偽造文書であるとの被告の主張事実は否認すると述べた(証拠省略)。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする、」との判決を求め、答弁として、「原告等主張事実中原告等外三十八名の者が伊倉町々長解職請求代表者となり、原告等主張のような経過で署名を収集し、その主張のような署名の審査及び訴訟を経た後署名簿の有効署名が原告主張の如く確定したこと、被告が昭和二十八年七月十日原告等請求代表者に対し、原告等主張のような判決確定の通知をしたところ、同月十四日原告等請求代表者より署名簿及び判決書写が町長解職請求のため提出されたが、被告が同日原告等主張のような内容の補正命令をなしたこと、これに対し同月十七日原告等請求代表者より町長解職請求書と題する書面が提出されたこと及び同月二十日被告が原告主張のような理由で右請求書はこれを受理すべきでないと決定して原告等請求代表者の本件町長解職請求を却下し、同月二十二日その通知をなしたこと並びに原告等請求代表者が代表者証明書の交付申請の際作成した町長解職請求書が昭和二十七年六月二十二日署名の審査の際署名簿と共に被告に提出され、その後被告に於てこれを保管していることは認めるがその余の事実はすべて争う。

町長解職請求はたとえ署名収集の手続が完了した後と雖も、一定の方式に従つて請求することを要するもので請求が適法な方式を欠いている場合には補正を命じ、なお補正されないときは請求を却下するの外なく、不適法な方式のまゝ請求を受理できないことはいうまでもない。本件に於て原告等請求代表者は町長解職請求の基本書類である。解職請求書を提出しなかつたので被告としては右請求書の提出を求める為、法令を示してこれが補正を命じたのである。ところで町長解職請求の為に地方自治法施行令第百十六条、第九十六条によつて提出すべき解職請求書は、手続開始の当初代表者証明書の交付申請の際作成したものを作用してもよく又その副本或いは新に作成した請求書を使用しても差支ないので、その何れを提出するかは全く請求代表者の自由な選択に任されているところである。而して本件に於て被告が前記の如く町長解職請求書を保管していた事情は原告等請求代表者が昭和二十七年六月二十二日署名審査の為署名簿を被告に提出した際、町長解職請求書を署名簿と共に提出すべきものと誤解し、右請求書を署名簿に合綴して提出したので被告は署名審査の段階では、右請求書は不用であるところからこれを無用書類として署名簿より分離し、原告等請求代表者より別段返還の要求もなかつたのでいわば盗難紛失防止の意味で好意的に保管していたまでのことである。尤もその後右請求書は署名の効力に関する訴訟に於て証拠資料として裁判所に提出され上告の際被告の上告訴訟代理人の許に送られていて、昭和二十八年八月十日被告に返送された次第であるが、いづれにしてもこれを被告に於て保管していたことは原被告とも十分了知していたところであるから、若し原告等請求代表者が右請求書を本件解職請求の請求書として使用する意思であるならば請求の際文書を以て右請求書を本件請求に転用する旨を申出ればこと足りたのである。只被告は如何なる意味に於ても本件請求に使用すべき書類として右請求書を保管したのではなく、而も請求書は前叙の通り他の方法によつて提出することもできるので原告等請求代表者より右のような転用の意思表示がない以上、果して請求代表者に被告保管中の請求書を転用する意思があるか否か不明であるから被告の一存で転用の措置を講ずることのできないことは勿論、又その義務もないのである。原告等は被告に請求書の転用を口頭及文書を以て申出たと主張しているが、斯る事実は全くないのであつて若し原告等から文書を以て被告保管中の請求書を本件解職請求のそれに使用するとの意思表示があれば、補正命令を出すまでもなく、当然これを受理した筈である。然るに原告等はこの措置を採らなかつたので被告は止むを得ず補正命令を出したのであつて、右命令が適法且つ時宜に適したものであることは勿論であつて、被告の補正命令に対しても若し原告等請求代表者より右の方法により転用の意思を明示して補正がなされたならば被告は本件請求を受理する積りであつたが、原告等請求代表者は右の簡単な方法を採らず、新に町長解職請求書を提出してきた。そこで被告委員会としては原告等請求代表者が被告保管中の前記請求書を使用する意思のないことが判明したので、更めて新に提出された請求書を調査したところ、右請求書は被告保管中の請求書と同時に予備として作成されたうちの一通であるとの原告等の主張とは相違し、昭和二十七年五月町長解職請求と同時に企てられた伊倉町議会解散請求手続に於て同議会解散請求代表者証明書交付申請の際作成されて被告に提出された町議会解散請求書より請求代表者三十八名の署名捺印のある部分の紙片を取外し、新に町長解職請求代表者である二名の者の署名捺印を追加記入し、これと被告保管中の前記請求書とは字数書体の全く異る町長解職請求書と記載のある紙片とを綴り合せて作成されたものであることが判明した。而して右の事実は被告が町議会解散代表者証明書交付申請の際議会解散請求書を閲覧していて、その特徴を記憶していた関係上外形から一見してこれを看破し得たのである。凡そ一定の目的の為に作成された署名捺印を他の目的に使用する為には署名者の同意を必要とし、かゝる同意なくして擅に他人の署名捺印を利用して新な文書を作成しても、かゝる文書は偽造文書であつて何等の効力を生ずるものではない。殊に町長解職請求や町議会解散請求に於ける請求代表者の行為は合同行為であるから後者の請求書に使用された署名捺印を前者のそれに使用するには必ず議会解散請求代表者全員の同意を必要とし、一部不同意者の署名捺印を使用している以上、議会解散請求の為の署名捺印を使用して作成された町長解職請求書はその全部が偽造文書として法律上の効果を生じないこと勿論で、本件に於て伊倉町議会解散請求代表者のうち少くとも二名は同請求書の署名捺印を町長解職請求書の署名捺印に使用することに同意していないことも、これ又被告が予て察知していたところであつたので結局原告等請求代表者が新に提出した町長解職請求書は他人の署名捺印を不正に使用して作成された偽造文書であり、公務を遂行する被告としてはその職責上からも到底かゝる一見明瞭な偽造文書を適法な請求書として受理することができなかつたのである。

以上の次第で原告等請求代表者の本件解職請求は適法な請求書を欠き、而も結局これが補正もなされなかつたことに帰着するので、被告が右請求を却下したことに何等違法の点はない。被告は原告等請求代表者の町長解職請求に対しては常に厳正な態度を保持し、原告主張の如くいやしくも私情を挾んで偏頗不公正な取扱をしたことはなく、原告等の本件請求が却下されたのもそれは偏えに原告等の法令の研究不足と読解不十分に起因するもので、何等被告に責めらるべき点はなく原告等の本訴請求は失当であるからこれが棄却を求める、」と述べた(証拠省略)。

三、理  由

原告等外三十八名の者が伊倉町々長解職請求代表者となり、原告等主張のような経過で署名を収集し、原告等主張のような署名の審査及び訴訟を経た後署名簿の有効署名が原告等主張の如く確定したこと、被告が昭和二十八年七月十日原告等請求代表者に対し原告等主張のような判決確定の通知をなしたところ、同月十四日原告等請求代表者より被告に署名簿及び判決書写を提出して同町長の解職請求が為されたが、同日被告は原告等請求代表者に対し、原告等主張のような法令を示した補正命令を発し、同月十七日原告等請求代表者より新に町長解職請求書が提出されたこと然るに被告は同月二十日原告主張のような理由で右請求書を受理すべきでないと決定し、結局原告等請求代表者の本件解職請求は適法な請求書を欠くとしてこれを却下し、同月二十二日その通知をなしたことは当事者間に争がない。

ところで昭和二十七年六月二十二日原告等請求代表者が署名の審査を求める為、被告に署名簿を提出した際先に解職請求代表者証明書交付申請当時作成した町長解職請求書を署名簿に合綴して提出したところ、被告はこれを署名審査の段階に於ては必要のない書類として署名簿より分離し、その後原告等請求代表者に返還することなく引続き被告に於て保管していたことは被告のこれを自認するところである。

仍て右のような場合果して原告等請求代表者の本件解職請求を請求書を欠く違式の請求として却下できるか否かについて審究してみるに、地方自治法第八十一条同法施行令第百十六条第九十六条は地方公共団体の長の解職請求に於ける請求を一定の要式にかゝらしめ、その一要件として解職請求書の提出を要する旨規定しているが、右解職請求書は地方自治法施行令第百十六条第九十一条に基く請求代表者証明書交附申請の際、選挙管理委員会に提出した請求書を使用し得ることは当然であつて、右請求書が滅失又は紛失等の理由により解職請求の際、使用できない場合の外は新に作成する必要はない。従つて右請求書が本件に於ける如くその提出を必要としない署名の審査の段階に於て被告委員会に提出された場合でも、手続の管理責任者である被告委員会としては当然これを請求代表者に返還するか又は返還しないで自らこれを保管する以上は其の保管するに至つた事情が被告主張の如く単に盗難紛失防止のためであつたにせよ、その後の手続に於て請求書が不用となるに至る迄請求代表者の為にこれを保管しておかねばならない。従つて請求書が右に述べたような事情で現実に被告委員会に保管されているまゝ、本請求がなされた場合には請求書は選挙管理委員会に保管中のものを以て右解職請求に提出すべき請求書に充てるとの請求代表者の意思は容易にこれを推察することができる。而も本件に於て原告等は訴外堀川改作を通じ被告委員会に対し前記請求書を以て本請求の請求書に充てる旨申出でていることは同人の証言の一部及原告内田善右衛門の供述により認め得るところであつて、右申出が被告委員会に伝達されていなかつたとの同証人の証言及被告代表者中川続の供述部分は甲第六号証(被告委員会より、原告等請求代表者に対する昭和二十八年七月十日附上告棄却確定通知書)及乙第二号証(同年七月十四日附補正命令書)が同訴外人の直筆に係る事実により同人は本請求が為された昭和二十八年七月十四日当時、被告委員会と密接な連絡を保つていた事実が窺はれるので信用できない。

以上述べるところにより明かなとおり、被告委員会としては原告等請求代表者が前述の解職請求書を以て本請求の解職請求書に充てる意思を有していることは十分了知していた筈であるから敢て補正命令を出す迄もなく、直ちに本請求を受理すべきことは其の当然の義務に属するものと言はなければならない。

被告は解職請求書は別個の請求書を提出することも可能であるから、文書を以て申出のない限り当然には被告保管中の請求書を転用できない旨主張するが、前記のように原告側に於て転用の意思が明かである以上、かゝる意思表示は要式行為でもないから特に文書を以て明示しなければならない理由もない。若し被告に於て事務処理上文書による申出を必要とすれば自ら進んでその旨要請すれば原告等に於ても之に応じたであらうことは想像に難くないので被告の右主張は理由がない。

右の次第で原告等請求代表者の本件解職請求は請求書の点に於ては、何等の欠陥がなかつた場合であるから被告が請求の方式を欠くものとして補正を命じたことは其のこと自体が違法の措置と言はなければならない。而も前述のとおり解職請求書は被告委員会が自ら之を保管しながら同請求書が備はつていないと称して補正を命じた被告の真意は正に了解に苦しむところであるが、若しそれ被告の陳弁するごとく被告の補正命令に対して原告等請求代表者から文書によつて被告保管中の請求書を本件解職請求の請求書に充てる旨の意思表示があれば、本件請求を受理する筈であつたとするならば、補正命令に其の旨を具体的に明示してこれをなすべきで本件の如く単に抽象的に法令を列挙して補正を命ずることは単なる手続上の瑕疵による直接請求の不成立を防止するため、法が補正を許した趣旨にも反し不親切極まる補正命令であつて、本件補正命令は結局補正すべき必要のないのに補正を命じた違法無効な命令と言はなければならない。

従つて原告等が右違法な補正命令に従つて後に提出した解職請求書は本来、その必要のない請求書を重ねて提出したことに帰するので右請求書に被告主張の如き瑕疵があるか否か又被告主張の如き瑕疵が請求書としての効力を左右するものであるか否かについて判断する迄もなく、被告が解職請求書が補正されなかつたとして本件請求を却下したことは当然違法たるを免かれない。

即ち原告等請求代表者が被告委員会に対して為した、伊倉町々長解職請求は其の手続方式に於て被告主張の如き違法の点はないので本件解職請求を却下した被告の処分を違法としてこれが取消を求める原告等の本訴請求は正当であるから、之を認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 下門祥人)

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