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熊本地方裁判所 昭和30年(タ)25号 判決 1956年8月14日

原告 高森孝

被告 鈴木直人 外二名 (いずれも仮名)

主文

被告鈴木登が同鈴木直人と同鈴木なつとの間に生れた子でないことを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、「被告鈴木登は戸籍上被告鈴木直人とその妻被告鈴木なつとの間にその二男として出生した如く記載せられておるが、真実はそうではなく昭和二十二年五月三十日原告と被告なつとの間に生れた子である。右事実に反する出生届がなされたのは、昭和十六年頃、当時その妻被告なつと共に東京都大井町に居住して日立製作所に勤務していた被告直人が行先も告げないで右住居を立出で、爾来杳としてその行方が判らなくなつたので、被告なつは昭和十八年頃単身朝鮮に渡り、京城府において旅館女中として働いておるうち原告と知合い、家政婦として原告方に住込み、終戦により昭和二十一年頃原告と共に帰国し、現住居に落着いた。ところが被告直人の消息は依然として掴めず、被告なつは同人との離婚手続を執ることも叶わないままその頃より原告と肉体関係を結ぶ間柄となり、程なくその間に前記のとおり被告登を儲けたが、その懐胎がなお法律上は被告直人との婚姻中のことであつたため母たる被告なつより一応被告直人との間に生れた子としてその出生届をなすほかはなかつたため前記の如き虚偽の出生届をしたまでであつて被告登と被告直人との間には本来何ら親子関係は存在しないのであるから戸籍簿の記載の訂正上、右不存在の確認を得るため本訴請求に及んだ。」旨陳述した。<立証省略>

被告鈴木なつ、同鈴木登特別代理人は、いずれも原告請求とおりの判決を求め、答弁として、原告の主張事実はすべてこれを認める、と述べた。<立証省略>

被告鈴木直人は、公示送達による適式な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

被告鈴木登が昭和二十二年五月三十日被告鈴木直人とその妻被告鈴木なつとの間にその二男として生れた旨戸籍簿に記載せられておること並に被告登が被告直人と被告なつの婚姻継続中、被告なつに於て懐胎分娩した子であることは公文書であるから真正に成立したものと認むべき甲第二号証(戸籍謄本)、同第三号証(戸籍抄本)の各記載に証人平田ヒデの証言を綜合して之を認めることができる。

ところで原告は右戸籍簿の記載は事実に反し、被告登は被告なつと被告直人との間に生れた子ではなく原告と被告なつとの間に生れた子であると主張するので先づ、本件の場合かゝる親子関係不存在の訴が法律上許されるか否かにつき検討するに抑々民法第七百七十二条によれば、妻が婚姻中に懐胎した子はその夫の子と推定され、然かもこの推定は同法第七百七十四条、第七百七十七条、人事訴訟手続法第二十九条等により夫又は夫の死亡後はその子のため相続権を侵害される者若くは夫の三親等内の血族による嫡出否認の訴によつてのみこれを覆し得るに過ぎず、真実の父と主張する者と雖もこれを争うことはできないものとされている。しかしながらこのような父性の推定は無条件に加えられるものではなく、子の懐胎当時夫婦があくまで夫婦としての正常な婚姻的共同生活を営んでいる事実そのものに対して付与される法律上の推定にほかならないので妻が戸籍の上では婚姻中に懐胎した子であつても、夫婦が事実上離婚状態にあるとか或いは夫が永らく海外に滞在し若くは行方不明の状況にあるなど長期に亘る別居生活をなし永らく夫婦関係を断絶している場合のように外部関係から何人がこれを見てもその夫婦間の子であり得ないことが明白な場合にはその子は夫の子である旨の推定を受けないものと解するのが相当であり、右の如く本来嫡出子としての推定を受けない子が偶々戸籍上夫の子即ち嫡出子として届出がなされておる場合には之と利害関係を有する者は何人と雖も訴によつてその父子関係を争い。真実に合致する戸籍の訂正を求めうべきものといわなければならない。

仍て本件について之をみるに、公文書であるから真正に成立したものと認むべき甲第四号証に証人平田ヒデの証言に弁論の全趣旨を綜合すると、被告なつはその夫被告直人が昭和十六年頃より行方不明になつて以来永らく夫婦関係を絶ち、終戦前頃朝鮮において知合つた原告と起居を共にしていたが、終戦により昭和二十一年頃原告と共に肩書住居地に引揚げたのちも夫直人の行方が判らないまま原告と同棲生活をつづけ、やがては肉体関係を結ぶ間柄となり、程なく原告の胤を宿して被告登を懐胎し、前示のとおり昭和二十二年五月三十日これを分娩するにいたつてものであることが認められる。以上の事実によれば被告登が被告直人の子であり得ないことはまことに明白で正に、前段説示の嫡出子の推定を受けない場合に該当するので原告が被告登の真実の父であるとして、被告等に対し被告登が被告直人と被告なつとの間に生れた子でないことの確認を求める本訴請求は戸籍訂正の必要等その即時確定につき法律上の利益のあることは勿論であるから正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 松下歳作 中村修三)

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