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熊本地方裁判所 昭和33年(ワ)644号 判決 1959年11月20日

原告 合資会社後藤商店

被告 株式会社肥後相互銀行

主文

訴外株式会社吉住工務店が昭和三十三年六月十八日被告との間に別紙目録記載の不動産についてなした債権極度額金五百万円の根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約、及び賃借権設定契約を取消す。

被告は原告に対し右不動産につきなされた熊本地方法務局出水出張所昭和三十三年六月二十五日受付第四四八二号根抵当権設定登記、同出張所同日受付第四四八三号停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記、及び同出張所同日受付第四四八五号賃借権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告は鉄鋼販売業者であるが、昭和三十二年中訴外株式会社吉住工務店に対し鋼材を売渡し、同年末現在金二十九万七百五十一円の売掛残代金債権を有している。

二、右訴外会社は昭和三十二年中頃より経営不振に陥り、昭和三十三年四月中旬頃、その振出手形の支払不能のため銀行協会より取引停止の処分を受けるに至り、その頃原告外十八名の取引先に対し合計金四百八十万円余の債務を負担していたが、既に被告のため債権極度額合計金九百五十万円の根抵当権が設定されていた別紙目録記載の不動産がその唯一の財産であつた。

三、然るに、右訴外会社は同年六月十八日、他の債権者を害することを知り乍ら、被告との間に右不動産について債権極度額金五百万円の根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約、及び賃借権設定契約をなし、同月二十五日同不動産につき被告のため熊本地方法務局出水出張所受付第四四八二号根抵当権設定登記、同出張所受付第四四八三号停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記、及び同出張所受付第四四八五号賃借権設定登記をした。

四、被告は右訴外会社の取引銀行であつて、同訴外会社が支払停止の状態に陥つたこと及び右訴外会社に対しては被告以外に多数の債権者がいることを了知し乍ら、同訴外会社との間に右各契約をなした悪意の受益者である。

そこで被告に対し、前記各契約の取消を求めると共に、右各契約を原因とする前記各登記の抹消登記手続を求める。と述べ、

立証として、甲第一乃至第七号証を提出し、証人吉住正則同吉住義一同福江房次郎の各証言、原告代表者本人尋問の結果を援用する。と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、

原告主張の事実の中、訴外株式会社吉住工務店が昭和三十二年中頃より経営不振に陥り、銀行協会より取引停止の処分を受けたこと、並びに原告主張の日右訴外会社との間に別紙目録記載の不動産について原告主張の各契約をなして右不動産につきその主張の各登記を経由したことは認めるが、その余の事実は争う。

原告の請求は失当であるから棄却されるべきである。と述べ、

甲第一号証は不知、その余の甲号各証は成立を認める。と述べた。

理由

証人吉住義一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、原告代表者本人尋問の結果によると、原告は昭和三十二年頃以降訴外株式会社吉住工務店に対し鉄鋼材を売渡し、昭和三十三年四月頃金二十九万七百五十一円の売掛代金債権を有していた事実を肯認することができる。

次に、右訴外会社が昭和三十三年六月十八日被告との間に別紙目録記載の不動産について債権極度額金五百万円の根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約、及び賃借権設定契約をなし、同月二十五日右不動産につき被告のため熊本地方法務局出水出張所受付第四四八二号根抵当権設定登記、同出張所受付第四四八三号停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記、及び同出張所受付第四四八五号賃借権設定登記をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二乃至第七号証によると、右根抵当権設定契約及び停止条件付代物弁済契約は昭和二十九年五月二十五日付継続的相互掛金、手形取引、貸付、支払承諾、当座貸越契約に基く被告の右訴外会社に対する債権の担保のためになされたもので、右代物弁済契約は右債務の不履行を停止条件とするものであることが認められ、証人吉住義一の証言によると、右賃借権設定契約も亦右債権の担保のためになされたものであることが窺われるが、右各契約が詐害行為にあたるかどうかの点について考えてみる。

右訴外会社が昭和三十二年中頃より経営不振に陥り、銀行協会より取引停止の処分を受けたことは当事者間に争いがなく、右事実に、前記甲第一乃至第七号証、証人吉住義一の証言(一部)、原告代表者本人尋問の結果を合せ考えると、右訴外会社は設立以来被告(水前寺支店)だけと銀行取引をなし、被告より度々融資を受けて別紙目録記載の不動産につき被告のため債権額合計金九百五十万円の(根)抵当権を設定していたが、昭和三十二年中頃より経営不振に陥り、昭和三十三年四月中旬頃不渡手形を出したため、銀行協会より取引停止の処分を受けるに至り、その頃被告に対し金千六百五十八万円、原告外十二名の債権者等に対し合計約金四百万円の各債務を負担していたが、前記不動産以外に財産はなく、債務弁済の資力がなかつたところ、右不渡手形を出した後、被告より債権の支払確保のため増担保の提供又は右不動産を被告名義に変更すること等を要求されたので、その頃被告にその処分を一任して印鑑を交付し、被告は同不動産につき前記各契約を原因として前記各登記を経由した事実を認めることができ、証人吉住義一の証言の中右認定に牴触する部分は信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて、右認定の事実によると、右訴外会社は原告等債権者を害することを知り乍ら前記各契約をなしたものというべく、又被告においても詐害の意思があつたものと推認するのが相当である。

なお、詐害行為の取消の範囲は取消権を行使せんとする債権者の債権額を限度とすべきであるけれども、他の債権者が配当加入を申出ることが明らかであつてその債権者が自己の損失を救済するために必要がある場合にはその債権額を超えても取消権を行使することができるものと解すべきところ、証人吉住義一の証言によると、前記不動産の価格は合計金千五百万円程度であることが窺われ、既設定の前記(根)抵当権の債権額合計金九百五十万円を差引いても、なお約金五百五十万円の剰余価値を保有し、原告の前記債権額を遥かに超過することになるが、一般に不動産の(売買)価格は時期又は当事者によつて相当の差異が生ずるものであるから常に右の如き剰余を生ずるものとは限らないし、又前記甲第一号証、証人吉住義一の証言を合せ考えると、右訴外会社はその後無条件で債権抛棄した債権者を除き、なお、現在原被告以外の七名の債権者に対し合計金二百二十万円余の債務を負担していることが認められると共に、前記不動産の剰余価値が右訴外会社に取戻された場合右債権者等が配当加入の申出をなすことを推認するに難くなく、従つて原告はその債権全部の救済を求め得ないことになるから、結局原告の取消し得べき範囲は右不動産の全部に及ぶものと解すべきである。そうすると、右訴外会社が被告との間に右不動産についてなした前記各契約はこれを取消すべく、被告は原告に対し同不動産につきなされた右各契約を原因とする前記各登記の抹消登記手続をなすべき義務あり、原告の請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎)

目録

熊本市出水町今字宮園五百六番の弐

一、雑種地 十五歩

同所五百七番

一、宅地 百三十七坪

同市同町国府字堀通千四百六十八番の四

一、宅地 三百七十四坪三合五勺

同市同町国府字堀通千四百八十五番の五

一、宅地 三十三坪二勺

同市水前寺本町九十二番の壱

一、宅地 六十坪

同市出水町国府字堀通千四百六十八番の四地上家屋番号国府六七四番

一、木造瓦葺平屋建事務所 一棟

建坪 十一坪五合

附属

一、木造瓦葺平屋建住家 一棟

建坪 十五坪

一、木造瓦葺平屋建倉庫 一棟

建坪 十坪五合

一、木造瓦葺平屋建倉庫 一棟

建坪 六十坪

一、木造瓦葺平屋建住家 一棟

建坪 十六坪七合五勺

一、木造瓦葺平屋建便所 一棟

建坪 一坪五合

一、木造瓦葺平屋建住家 一棟

建坪 九坪

一、木造瓦葺平屋建洗場 一棟

建坪 二坪二合五勺

一、木造瓦葺平屋建浴場 一棟

建坪 一坪八合七勺

一、木造瓦葺平屋建自転車置場 一棟

建坪 四坪六合九勺

一、木造瓦葺平屋建車庫 一棟

建坪 十一坪二合五勺

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