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熊本地方裁判所 昭和36年(レ)20号 判決 1962年2月22日

控訴人 友井田新八

被控訴人 野末勝彦

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金五千円及びこれに対する昭和三十四年十二月十七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを十分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は第二項に限り、被控訴人において金二千円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「控訴棄却。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において

被控訴人が昭和三十四年四月十三日に控訴人に治療を依頼した当時既に被控訴人の右手甲は発赤著しく腫脹し疼痛を覚え、右肩から手指の先まで全般的に腫脹していたので、その腫脹と疼痛を除いて貰うため控訴人にもみ治療を依頼した(被控訴代理人は当審昭和三十六年七月二十七日の口頭弁論期日に右の点につき被控訴人は控訴人に対し手首のもみ治療を依頼したと述べたが、のち当審同年九月二十日の口頭弁論期日において右のとおり訂正した。)のであるが、凡そマツサージ師たるものは疾患の原因及び治療方法につき適切な判断をなし、その結果マツサージ施療が不適であると判断した場合、或は施療中病状が悪化したような場合には直ちにマツサージ施療を中止し、医師の医療措置を受けるよう勧告すべき注意義務があるのに拘らず、控訴人はこれに反し、同年五月四日まで二十二日間もの間漫然ともみ治療を続け、その間右腫脹、疼痛はさらに増大し、その結果被控訴人の病状を悪化させたものである。

と述べ、控訴代理人において

被控訴人の前記訂正には異議がある。控訴人は右手首の捻挫部分についてのみ、もみ治療の依頼をうけこれを施したのにすぎないのであつて、手掌部の腫脹については医師の治療を受けつゝあるということであつたので施療はしていない。

被控訴人の爾余の主張事実は争う。右腫脹が捻挫によるものか切創からのものであるかの判断をすること自体が医師法に反するものであるから被控訴人主張のような注意義務はない。

と述べたほかは、原判決事実欄に摘示するところと同一であるからこれをここに引用する。<立証省略>

理由

控訴人がマツサージ業を営んでいること、被控訴人が昭和三十四年四月五日前後頃控訴人に右手首の治療を依頼したことは当事者間に争がない。但し、右治療個所の点の前記自白の撤回は真実に反し、錯誤に基くことの証明がないから許されない。

まず本件の事実関係を按ずるに、証人二宮新の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証(但し同号証の病名欄中、右拇指骨髄炎の記載は同証言により右小指骨髄炎の誤記と認める)、証人池田文輔の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証と右各証言、鑑定人前田司の鑑定の結果、原審及び当審における控訴本人尋問の結果(一部)並びに原審(第一、二回)及び当審における被控訴本人尋問の結果(後記一部措信しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴人は昭和三十四年三月末頃右拇指の腹部に棘が刺さり化膿したので、同年四月二日頃最寄りの池田文輔医師の診察を受けて即日右部位の切開手術を受けた結果その経過は良好であつたが、同月五日頃顛倒して右手掌を突いたため右手首を挫くと共に右拇指の傷の黴菌が周囲に拡がつて手掌が発赤腫脹したので、引続き右医師の治療を受けていたものの、右手術部位の傷は殆んど治癒状態となつても右手掌は依然腫脹した侭で痛みも増してきたので、右腫脹は右手首捻挫により骨に支障を来たしているのではないかと考えた被控訴人は同月八日頃右医師への通院を止め、かねて右のような疾患の治療には控訴人のマツサージ療法が効能あるものと聞いていたので、同月十三日控訴人を訪ねて、右手首の捻挫の施療を求めたこと、(手首の施療を求めたことは当事者間に争がない)、その際被控訴人の手首は、捻挫の症状が認められたほか、同部位から手甲、手掌にかけて骨格がはつきりしない程腫脹し指の曲折が殆んど不可能な状態になつており、且右拇指に繃帯をして傷をしていることが認められたので、控訴人は右腫脹は右拇指の傷から黴菌が侵入していることに基因するものではないかと疑を抱き被控訴人に対し、破傷していないか(当地方において、黴菌が入つていないかの意)と尋ねたところ同人が医者より破傷止めの注射をして貰つて来た旨答えたので、捻挫に対するマツサージ療法として右手首を左右上下に動かしたり該部分を押えたり、撫でたりする等の療法を施し、爾後殆んど毎日被控訴人の来訪に応じて右同様の療法を続けたこと、通常捻挫による腫脹の場合はマツサージ施療開始後二週間以内くらいに腫脹の度が軽減するものであるのに拘らず、被控訴人の右手掌部の腫脹は開始後二週間を経過しても軽減するばかりかかえつてその間にも次第に昂進して疼痛は(特に小指部分)一層はげしくなり、病状は一向に快方に赴く徴候はみられなかつたこと、他方同月十九日被控訴人は疼痛に堪えかね前記池田医師を訪れて右患部の鎮痛剤の注射を受けたのであるが、その際同医師にマツサージ施療を受けている旨告げたところ同医師から熊本の専門医に行つて治療したがよい、マツサージはいけないと注意せられたが、被控訴人は熊本の専門医の治療を受けるのは金がかかると考えて引続き控訴人の施療を受けに通つていたこと、同年五月四日に至つて、その施療中遂に右手小指から血膿が滲出するに及んで初めて控訴人は被控訴人に対して、右疾患がマツサージ療法をもつてしては治癒の見込がないから早急に専門医の治療を受けるよう勧告してその療法を打切るに至つたこと、被控訴人は右勧告に従い、前記池田医師の意見を聞いた上、同年五月六日国立熊本病院にて診断を受けたところ、右手掌の疾患は蜂窩織炎でありその病状が相当悪化していることが判明し、同院において右小指部の切開手術を受けたが経過ははかばかしくなく、同年六月一日レントゲン検査の結果右小指部は蜂窩織炎が悪化して骨髄炎症を起していると診断され、爾後同院及び前記池田医院において鋭意治療を続けた結果、同年九月下旬頃に至つて漸く右疾患は殆んど治癒したが、現在なお右手小指の使用に支障を残していること、蜂窩織炎の症状は切創のため黴菌が侵入して膿が溜るものであつて、そのような黴菌に基く病状が併存する場合に、該患部又はその附近のマツサージをするときは、右病状を悪化させることが多く、マツサージ療法は効果がないばかりでなく不適であること、したがつて右のように被控訴人の病状が悪化してその治療にかなりの日時を要したのは、適切な治療を受ける機会を逸したこと及び控訴人の前記マツサージ療法が右病状に不適であつたことに起因すること等が認められる。右認定に反する証人友井田シゲの証言、原審及び当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果部分は前掲各証拠に対比したやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係に徴すると、マツサージ師である控訴人としてははじめて被控訴人より施療を求められたときはともかく、治療開始後少くとも二週間を経過した後は、当初被控訴人が破傷止の注射を受けている旨答えていたとしても患部及びその周辺の腫脹が軽減するどころかかえつて昂進して行く経過からして、右腫脹が単なる捻挫に原因するものでなく前記拇指の傷から化膿菌が侵入した結果ではないかとの疑念を抱きとりあえず施療を中止すると共に専門医による診断を求めるべき旨を勧告すべき業務上の注意義務があつたのにかかわらず、その後もただ慢然と右施療を続け前記血膿の滲出を見るに至つてはじめて専門医による診断を勧告した過失により(もつとも被控訴人の後記過失もこれに相まつものであること後に触れるとおりであるが)、前記病状の悪化したがつて加療期間の長期化を招来したものというべきである。この点に関し控訴人は、被控訴人の腫脹が捻挫によるものか他の原因に由来するものかを判断すること自体医師でない控訴人には医師法第十七条により禁ぜられる事項であつて右の如き注意義務がないと主張し、なるほど同法同条は医師でなければ医業をなしてはならない旨を規定し、右の如き判断もまた同法にいわゆる医に関する行為に属すると解し右に説示する如き業務上の注意義務をマツサージ師に対し要求するとすれば、まさしく控訴人の主張を以て正論となさざるを得ないであろう。しかしながら元来医行為と称されるものには凡そ人の疾病の診察又は治療、予防の目的を以て人体になす行為とする広義のものと、その広義の医行為中医師が行うのでなければ人体に対して危害を生ずるおそれがある行為とする狭義のものとがあり、右狭義の医行為を業としてなすのが医師法第十七条に規定する医業であると解すべきであつて、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法によりこれらの業をなし得る者は右狭義の医行為を除く医行為(同法第十二条にいわゆる医業類似行為)を業となす者を指称するというべきである。しかして法がマツサージ業につき何人でも自由にこれを開業することをゆるさず免許制度を採つているのは、それが医業類似行為として人の健康に関し人体に対してなされるものであつて場合によつては人の健康に害を及ぼす虞があるためで、したがつて医師に必要とせられる程度には至らないとしても或る程度の専門的な知識、技術を必要とするところにあることは多言を要しないのであるから、かかる免許を得て前記広義の医行為(狭義のそれを除く)をなすを業とするマツサージ師としては、患者から施療を求められた際は勿論施座中においても、当該疾患がマツサージ療法に適応するものかどうかを注意し、適応しないことの明らかなものはいうに及ばず適応するか否かにつき充分確信のもてないときや施療によりかえつて病状の昂進する徴候を発見した場合においては、速かに施療を避止し専門医による診断治療をうながして、疾患の悪化防止又は患者をして他の適切な治療を受ける機会を失わしめないようにする注意義務が存在するものといわねばならず、控訴人の右主張は医師法第十七条に関する独自の見解を前提とするものであつて採用することができない。

そうすれば控訴人は右過失によつて被控訴人に損害を与えたものとしてその損害賠償責任があるといわねばならない。

そこで控訴人の過失相殺の主張につき按ずるに、本件のような疾患を有する者としてはマツサージ師に比してより高度の知識、技能を有する医師の診察を重視すべきであるのにかかわらず、前記認定の如く被控訴人は当初池田医院において右拇指切創手術を受けた後に顛倒して右手掌部に腫脹を来たし、未だ右拇指の疾患も完治していないのに、通院中の同医師の意見も聞かずに同医院での治療を打切つて自らすすんで控訴人の施療を求め、且つ控訴人から右手甲及び手掌の腫脹が黴菌の侵入によるものではないかとの疑いを受け、その旨尋ねられたのに対し、黴菌の侵入を防止するための注射を受けている旨答えたので、控訴人としても捻挫のマツサージ治療にふみ切つたものと推認されること、控訴人の施療を受け始めてからも快方に向わず疼痛が益々はげしくなり堪えかねて昭和三十四年四月十九日に池田医院に赴き鎮痛剤の注射を受けた際、同医師からマツサージ療法はよくないから早急に熊本の専門医の治療を受けるよう注意されたのに、所要経費に対する配慮からあえてこれに従わず引続き控訴人の施療を受けて病勢を進行するに委せたこと等、自らもまた前記疾患の病状を悪化させ治療期間を長期化させる原因の大きな部分を形成したものというべきである。

次に被控訴人の蒙つた損害額について按ずるに、成立に争のない甲第三号証の一ないし七十及び原審(第一、二回)における被控訴本人尋問の結果真正に成立したと認められる同第五ないし七号証並びに同尋問の結果(前記一部措信しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴人は

第一、(一) 昭和三十四年四月十三日から同年五月四日までの間、控訴人の施療を二回程休み、一日二回の施療を受けたことが二日あるほかは毎日一回の施療を受けたことが認められるところ、前記認定の如く施療開始後少なくとも二週間を経過した同年四月二十七日頃には控訴人の過失が生じていたのであるから、一日一回の算定でその後八回の施療を受けたものというべく、その施療費は初回が金二百五十円、その後は一回につき金百五十円であることは当事者間に争がないから計算上控訴人に対し合計金千二百円の施療費を

(二) 国立熊本病院において同年五月六日から同年七月二十五日頃まで治療を受け、合計金一万一千九百六十四円の治療費を

(三) 引続き同年七月二十七日から同年九月二十九日まで前記池田医師の治療を受け、合計金四千七百円の治療費を各支払い、

第二、右(三)の期間中、池田医師の指示により薬局から合計金千二百円相当の薬品を購入して使用し、

第三、右(一)及び(二)の各期間中被控訴人肩書地から控訴人肩書地及び国立熊本病院へそれぞれバスを利用して通院し、合計金七千八百七十二円の交通費を支払つたこと(甲第五号証中、四月二十七日以降の分)

が各認められ、他に右認定に反する証拠はない。

以上の被控訴人の支出は控訴人の前記過失と相当の因果関係があることは前記認定のとおりであるが、しかしながら被控訴人は控訴人の施療を求めた際既に蜂窩織炎を患つていたことも前記認定のとおりであつて、控訴人の前記過失がなかつたとしても被控訴人は少なくとも右支出額の大半を支出していたものと推定するのが妥当と考えられる本件において、被控訴人の前記認定の重大な過失をも斟酌すれば、控訴人の被控訴人に対して支払うべき賠償額は金三千円が相当と認める。

また前記各認定によれば、控訴人の前記過失により被控訴人は被控訴人の施療中相当期間患部の疼痛にさいなまれ、患部の治癒後現在に至るも右手小指の使用に支障を残し肉体的精神的に苦痛を受けていることが認められるが、被控訴人の前記重大な過失その他諸般の事情を勘案すれば、控訴人の被控訴人に対して支払うべき慰藉料の額は金二千円が相当である。

よつて控訴人は被控訴人に対し右損害賠償並びに慰藉料の合計金五千円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三十四年十二月十七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならないから、被控訴人の本訴請求は右の範囲で正当として認容し、その余は失当として棄却し、当裁判所の判断と一部結論を異にする原判決はこれを変更することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九十六条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉 嘉根博正 土井仁臣)

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