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熊本地方裁判所 昭和39年(ワ)294号 判決 1965年1月27日

原告 山中孝子

被告 清藤卯平 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金四十九万九千二十五円とこれに対する昭和三十九年六月二十八日から支払い終るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因および被告の主張に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

(一)  原告は、山中元雄の妻で、元雄が営む文房具商からあがる収益で、母、子四名とともに扶養されてきたが、昭和三十四年七月三十日午後四時五分ごろ、元雄は、熊本市神水町三十五番地熊本商業高等学校正門前付近路上を自転車で走行中、被告仙次が運転するオート三輪車に追突されて転倒し数メートルひきずられて、第二、三腰椎圧迫骨折脊髄損傷により両下肢の運動および知覚障碍を生ずる傷害を与えられ、熊本県二級身体障害者として杖にすがつて辛うじて歩行し、いまなお治療中の状態で、営業収入は殆どないようになつてしまつた。

(二)  原告は、右の元雄の受傷により、反対に元雄を扶養する立場にたたされ、右受傷の治療に要する費用を支出負担しなければならなくなつた。

元雄は、受傷当日から昭和三十五年四月二日まで済生会病院に入院、その後同年十一月三十日まで自宅で療養し、同年十二月一日から昭和三十六年二月末日まで熊本市民病院に通院、同年三月八日から同年六月末日まで済生会病院に入院、同年七月八日から昭和三十七年三月三日まで新別府病院に入院し、その後済生会病院に通院加療している。

右に要した診療費、薬代等の費用は、済生会病院関係が昭和三十九年五月十六日の計算で金五万二千五百六十七円、新別府病院関係が昭和三十七年三月三日の計算で金四万六千四百五十八円である。

また、原告は、元雄の看護に日夜尽さなければならず、そのため第一生命保険株式会社の外務員としての勤務も怠りがちになり母、子供の生活費も働き出さなければならず、精神上、肉体上の苦痛は筆舌に尽し難いものがあり、金四十万円の慰藉料の支払をうけてもなお足りない程である。

(三)  (一)の事故は、被告仙次が前方を注視せずかつ徐行をしなかつた過失により生じたものであり、かつ、被告卯平の家畜商の業務のため同人のための運行中に生じたものであるから、被告らは各自右事故によつて生じた原告の(二)の損害を賠償すべき義務がある。

(四)  よつて、原告は被告らに対し各自計金四十九万九千二十五円とこれに対する損害発生後の本件訴状送達の日の翌日である昭和三十九年六月二十八日から支払い終るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五)  被告主張(二)、(三)は、いずれも否認する。

原告が、本件事故が発生したことおよび加害者が被告仙次であることを知つたのは事故発生当日であり、加害車輛の保有者が被告卯平であると知つたのは昭和三十五年中に被告らを相手に元雄が調停申立をしたころである。

原告が請求する損害はその後継続して発生しているものであるから、本訴提起までに時効期間は完成していない。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および主張として、つぎのとおり述べた。

(一)  原告主張(一)のうち、原告が山中元雄の妻であること、元雄と被告仙次の運転するオート三輪車とが原告主張日時場所で衝突したことは認める。被告仙次が運転する三輪車が元雄の乗つた自転車に追突したとの点は否認する。

原告主張(二)のうち、元雄が受傷当日から昭和三十五年四月二日まで済生会病院に入院したことは認める。そのほかのことは争う。

原告主張(三)のうち、事故当時被告仙次が被告卯平の家畜商の業務に従事中であつたことは認める。そのほかの事実は争う。

(二)  本件事故は、被告仙次がオート三輪車を運転し、電車の路線ぞいに車道を進行中、右側から電車の路線を横断して同被告の前方一メートルに接近した元雄の自転車を認めたので、ハンドルを左にきると同時に急制動の措置をとつたが及ばず、三輪車の前部右側付近が元雄の自転車の後部泥除辺りに追突したものであつて、元雄の重大過失に基因して発生したものである。

(三)  かりに、本件事故により原告に損害が発生し、被告らにおいてそれを賠償すべき責任が生じたとしても、右債権は、事故発生の翌日である昭和三十四年七月三十一日から三年経つた昭和三十七年七月三十日の経過によつて時効により消滅しているから、これを援用する。

証拠<省略>

理由

原告の夫である山中元雄が、昭和三十四年七月三十日、熊本市神水町三十五番地熊本商業高等学校正門前付近路上を自転車で走行中、被告仙次が運転するオート三輪車と衝突したことは、当事者間に争いがない。

原告は、原告は右事故により元雄を扶養する立場に立たされ、医療費等の負担を余儀なくされ、又精神的苦痛を味い、損害をうけたと主張し、被告は、かりに原告にそのような損害が生じたとしてもその賠償請求権は時効により消滅していると主張するので、この点について判断する。

原告が主張するように、事故により元雄が稼働できなくなり、その医療費等を原告において負担しなければならなくなつた場合には、原告に損害が生じたものと云うことができ、また夫である元雄の受傷によつて原告が多大の苦しみを味わつたことにより慰藉料を請求できる場合もあると云うことができる。

ところで、原告が本件事故の発生および加害者を知つたのは事故当日であるということは原告が認めるところであり、原告が主張するような損害は(まだ数額等が具体的に決まらなくとも)抽象的には事故の発生によりその事故に通常伴うものとして既に発生しているものであるから、右事故を知るとともに原告は右損害の発生も知つたものと云うことができる。

よつて、被告仙次に対する損害賠償請求権は事故発生から三年あとの昭和三十七年七月三十日の経過によつて時効により消滅したものと云わなければならない。

つぎに、被告卯平が本件事故自動車の保有者として責任を負うべきである旨原告が知つたのは昭和三十五年中であることは原告が認めるところであり、損害の発生もそれより前に知つていたことは前記のとおりであるから、被告卯平に対する損害賠償請求権も遅くとも昭和三十八年中に時効により消滅したものと云わなければならない。

原告は、本件の損害は継続して発生しているものであるから、まだ時効期間は完成していないと主張し、請求にかかる治療費の生ずる治療は右の時効完成と認めた時期以後のものもあることが明らかであり、原告がいまもなお精神的苦痛をうけているであろうことは容易に推認できるところであるが、治療費に関する損害は治療をうけることによつてはじめて生ずるものではなく、受けた傷害について、客観的に一定の治療を必要としその費用が被害者や近親者の負担になるということが明らかとなれば、既に治療に関する損害は発生したものと云うことができ、また、精神的苦痛も近親者の受傷の事実により直ちに生ずるものであり、かつ、不法行為にもとづく損害の発生を知つた以上その損害と一体をなし社会通念上その発生を予想することができるとみられるものについても認識があつたものとして、時効はその全損害について進行を始めるものであつて、後に具体的に治療費等の債務が発生したことによつてはじめて時効が進行するものと云うことはできないから、原告のこの主張は採用することができない。

原告の損害賠償請求権は消滅時効の完成により消滅したものと云わなければならないから、右請求権の存在を前提とする原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西沢潔)

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