熊本地方裁判所 昭和43年(行ウ)15号 判決 1973年10月04日
原告
小早川了介
外八名
右原告九名訴訟代理人
千場茂勝
大橋堅固
坂本恭一
被告
日本国有鉄道
右代表者
磯崎叡
右被告訴訟代理人
環昌一
外一七名
主文
被告が昭和四三年一一月二七日付で原告らに対してした別紙第一の処分欄(五)記載の各懲戒処分は、いずれも無効であることを確認する。
被告は各原告に対し、別紙第二の13欄記載の各金員と、これこれに対する昭和四七年四月一日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 当事者の主張
〔一〕 請求の原因
1 被告日本国有鉄道(以下単に被告または国鉄という。)は、日本国有鉄道法(以下単に日鉄法という。)に基づいて、鉄道事業等を経営する公共企業体であり、原告らはいずれも被告に職員として雇用されている者で、国鉄労働組合(以下、単に国労という。)の組合員として、同組合熊本地方本部(以下、単に熊本地本という。)において、別紙第一の(四)欄記載の地位にある。
2 被告は、原告らに対し、昭和四三年一一月二七日付で、その原告に対応する別紙第一処分欄(五)欄の内容の懲戒処分(減給処分)をなした(以下、単に本件処分または本件懲戒処分という。)。<後略>
理由
第一請求原因第1、第2項は当事者間に争いがない。
第二そこで、被告の抗弁について、判断する。
一本件争議行為に至る経緯等
原告らの所属する国労が、昭和四三年二月二九日、同年三月一日、二日、八代駅において、また、同月二一日、二二日、熊本駅及び水俣駅において、いわゆる合理化反対のため順法闘争を実施したこと(本件争議行為という。)は、当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 国鉄近代化二ケ年計画
(1) 第一次、第二次長期計画
第一次長期計画は、昭和三二年に約五、〇〇〇億円の予算で、主要目標を老朽化諸設備の取替え、輸送量の増強及び輸送の近代化において始められたが、昭和三五年には当初の見通しの甘さから、右計画をもってしては、到底当時の輸送量の需要に対処できず、しかも諸物価の高騰により右予算で効率的な設備投資を行なうことが困難になつた。
第二次計画は昭和三六年に約一兆円の予算で、主要目標を輸送力の増強、ことに幹線輸送力の増強及び通勤輸送の改善においてすゝめられたが、前者の幹線輸送力主としていわゆる東海道新幹線の新設に集中され、後者の通勤輸送については殆ど改善がなされないまま右計画を次のとおり修正しなければならないという状況が生じた。
(2) 第三次長期計画
第三次計画は昭和四〇年から七ケ年の予定で、主要目標を幹線輸送力の増強にあわせて輸送の近代化ひいては経営の合理化においた。
すなわち、昭和四二年三月末頃、右計画の前半部分におけるもくろみとして、国鉄当局は、同四三年一〇月の大幅なダイヤ改正による輸送力の増強にともなう要員増しの需要を経営の合理化によつて充足させるいわゆる五万人合理化の方針を明らかにし、同年六月六日、これを具体化するに至つた。その内容は次のとおりである(以下、単に五万人合理化案という。)。
当面の近代化、合理化について
1 まえがき
(1) 動力方式及び設備の近代化を推進し、これに即応して労働集約的な作業方式の近代化をはかる。
(2) 輸送方式の改善及び営業体制の近代化に対応するよう作業方式・業務運営方式を刷新改善する。
(3) 車両・諸設備の近代化及び新技術の導入に対応して、保守業務のあり方を抜本的に刷新する。
(4) 管理・事務部門・間接部門等についても、従来の業務運営方式を再検討し、抜本的な刷新をはかる。
(5) 労働市場の変化を考慮して、直営作業能力の高度化を推進する。
(6) 近代化・合理化の労働節約的効果を活用して、四三年度の輸送改善を中心とする業務量増に対処する。
(7) 近代化の推進によつて、労働保全、作業環境の面も改善される。
(8) 近代化・合理化の推進は、労働時間短縮の実施を促進する重要な要素である。
2 投資による動力、設備及び技術の近代化
(1) 電化
(2) ディーゼル化
(3) 線路増設
(4) 線路関係設備改良
(5) 信号通信設備等の近代化
(6) 電力設備等の近代化
(7) 踏切の立体交差など
(8) 車両及び船舶の近代化
(9) 機械設備の近代化
(10) 電子技術の応用
(11) 保守用機器の近代化
(12) 諸施設及び設備の統合、廃止とレイアウト改善
(13) 業務用磯器の導入
3 作業方式、業務運営の近代化、合理化
(1) 輸送方式近代化
(2) 検修体制の近代化
(3) 施設関係保守の近代化
(4) 電気関係保守の近代化
(5) 機械関係保守の近代化
(6) 新検修体系の導入
(7) 乗組人員の適正化
(8) 技術管理の強化
(9) 作業組織等の近代化
(10) ワンマン化
(11) 管理・事務部門の能率化
(12) 間接部門の縮少、廃止
(13) 部外能力の活用
(14) 規格の統一
2 第三次三ケ年計画に対する国労の態度
(1) 国労は昭和四二年六月六日、右合理化案を受け、同年七月から八月にかけて全国大会及び地方大会などで討論した結果、次のごとき認識をもつに至つた。
① 輸送方式の近代化つまり蒸気機関車からディーゼルまたは電気機関車に取り替えられることになれば、スピードアップによつて長距離走行化をもたらし、これが余剰人員の配置換えを余儀なくし、あるいは労働密度を高める結果となる。
② いわゆるEL、DLに代表される一人乗務制とか乗務員のさく減にともなう労働強化あるいは安全性のぜい弱化を招来する。
③ 新検修方式は、一は検査を要する走行距離を延長し、他は検査作業と修繕作業のある範囲の統合を行うもので、さらに、修繕作業については部外能力の活用ともあいまつて、同様の問題が生じる。
④ 部外能力の活用は軌道保守、建築保守、電気保守の各業務について、他の業者にやらせるというもので(ことに保安機器の保守業務と電修場の廃止を含む)、職場の縮少にともなう配置換え、退職などを余儀なくされる不安とか安全性についての疑問をもつことになつた。
そこで、国労としては、①右を理由に、労使双方間で事前に協議を行い、合意に達したものについてこれを実施に移す、いわゆる事前協議のルールを確立するとの基本的態度のもとに、②五万人合理化案の問題点を把握するため当局がその具体的内容とその背景を明らかにすること(いわゆる解明要求ないしその交渉を行う。)、③これにあわせて、労働時間の短縮など前記の労働条件の改善(甲第一号証参照)をはかるべきこと、④中央本部と国鉄当局レベルでの妥結に至るまで地方本部において個別に合理化案を受けても、同レベルでの協議には応じない(以上、単に基本的要求という。)との基本方針を打ち出した。
(2) 闘争体制の確立
(イ) 指令第一二号
国労は、前記五万人合理化案を受けた後、被告に基本的要求の申入をし、労使双方間に団体交渉が頻々に行なわれたが、
(a) 右交渉が殆ど進展しないまま被告から昭和四二年一二月中旬、当初の計画に鑑み、右交渉期限を、同四三年一月末日と指定し、もし、その間に労使双方に妥結が得られなければ、右計画の実施も巳むを得ないとの通告を受けるに及んで、同年一月下旬、中央委員会において、当面の目標である基本的要求ことに事前協議ルールが容れられない場合、争議行為を行なうほかないことを決議した。
(b) 国労は昭和四三年二月一〇日、下部組織に対し、指令第一二号をもつて右決議にもとづくいわゆる準備指令を発した。すなわち、国労は国鉄当局と折衝を重ね、当局から同年一月末日、前記交渉期限を延期し、当面は団説交渉を続行するとの回答を得たものの、当局が前記合理化計画を早急に実施するとの態度を堅持し、同年一〇月のダイヤ改正を目前に控え、なお労使双方の考え方にはあまりにも大きな隔りがあることから、右期限の延期も同年二月一杯が限界であつて、もしこれを過ぎれば、いわゆる一方的実施に踏み切り、かつ自己の要求についてもほぼ全面的に拒否される、いわゆる強硬路線に立たざるを得ないとの方針にあるものとの認識に立ち、自己の要求の進展をはかり、かつ、当局の合理化計画を排斥するためには実力行使をもつて対抗する以外に方法はないとの判断に達した。そして、第一次順法闘争を同年二月一九日から同月二二日までと定め、戦術的な重点部門としては検修関係、工場関係におき、これらの職場で強力な順法闘争を組織するとともに、他の全職場のそれの強化をはかること、また、第二次順法闘争を同月二七日から同年三月二日までと定め、実施についての詳細を留保し、右二つの闘争を中心にその準備体制の確立を指示した。
(ロ) 指令第一三号
国労は労使双方の間で頻々と続けられた交渉のなかで、自己の要求について基本的なところで対立があり、ことに当局が昭和四二年二月一四日、新検修体制のうち検査業務の省略とか外注について団体交渉の対象でなく、管理運営事項であるとして、また、配置換えの差し迫つた必要を理由として強行実施をせざるを得ないこと、したがつて今後地方対応機関に対し、これを提案したいとの見解を表明するに至り、その後の経過に鑑み、該交渉はすでに膠着状態に陥つたものとの認識を深め、同月二二日、前記第一二号で明らかにした第二次順法闘争(同月二七日から同年三月二日まで)を具体的に指示するとともに、東京、大阪周辺における国電区間の順法闘争を同年二月二九日、同年三月一日と定め、また、同月二日には、地方本部において、職場を指定して時限ストライキを行うよう指令した。
(ハ) 指令第一四号
国労は同年三月五日、第一次、第二次闘争によつて労働時間、外注の問題(但し、電修場廃止の点を除く。)で当局の譲歩を得、ある程度の成果を挙げたものの、組合側からいえば、EL、DL一人乗務、新検修体制など多くの労働条件に影響する要求事項について満足な結果が得られず、当局側がこの点に関し、早急実施の構えを崩さず、事態の推移をみて一方的強行実施を行なうとの方針をますます固め、組合に対する対決の姿勢を強めているとの認識に立ち、抜本的に解決するにはこの際実力行使をもつて対応するほか事態を打開することができないとの判断で、同月一二日から同月一三日までを第三次順法闘争、同月二一日から同月二三日までを第四次順法と定め、下部組織に対し、その旨を指令した。
3 国労熊本地方本部における争議行為
<証拠>によると、国労熊本地方本部は、国労中央本部から前記各指令を受けていたが、この地方に特有の事情として、①燃料の外託(機関車の燃料の補給を外部の業者にやらせること)②踏切の自動化③手荷物、小荷物職場の合理化にともなう配置転換とか、②については、とくに安全性が確保されるかなどの問題点をかゝえ、その改善要求を全国労統一行動の一環として把えていたこと、それゆえ戦術的な重点部門を検修関係のほか燃料関係においていたこと、そして、第一波として昭和四三年二月二九日から同年三月二日にかけて八代機関支区を拠点に、第二波として同月二一、二二日、水俣地区を拠点に順法闘争を行なうことを指令し、右指令にもとづき本件争議行為が行われたものであることがいずれも認められる。
二本件争議行為の具体的内容(原告らの各所為)
(一) 原告小早川について
1 同原告が八代駅操車掛であり、国労熊本地方本部城南支部書記長であること、昭和四三年二月二九日午前一一時五七分頃、岩崎助役が訴外米本義雄に対し、休憩時間の変更を命じたこと、その際、同原告がその場に居合わせたことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、訴外米本は当日、八代駅操車掛として構内操車の作業(構内の車両入換作業)を担当し、作業ダイヤによれば、正午から午後零時五〇分まで休憩時間となつていたが、第一三〇旅客列車(八代駅着午前一一時三八分三〇秒、同駅発午後零時三分であるが、当日はすでに十分ほど遅れて午前一一時五〇分頃到着した。)の増結車の引出作業が所定時刻(午前一一時)より遅れていたので、岩崎助役から午前一一時五七分頃、休憩時間の始期を一〇分繰り下げ、午後零時一〇分から午後一時までとし、それまで右列車の引出作業をなすよう命じられたのであるが、組合員約二〇名とその場に居合わせた原告小早川が、右業務命令に抗議するとともに、訴外米本に対し、右命令に従うなと申し向け、同訴外人がこれに従うことを制止したので、同訴外人は右業務命令に応じることなく作業現場から引きあげ、同助役においてその作業を続行し右一三〇旅客列車は三一分の増し遅れで発車した。なお、右一三〇旅客到車は鹿児島発の鳥栖行普通列車であること及び小早川原告は当日出勤日でなかつたことがいずれも認められる。
2 原告小早川が同年三月一日午後零時四三分頃、八代駅において、移動操車業務に従事し、本務操車掛である松富安之の合図中継者として、列車の引上げ中継作業にあたつていたことは当事者間に争いがない。
<証拠>によると、同時刻頃、八代駅東踏切詰所付近において列車八両を仕分三番線に入れ換えるため右業務に従事中、右列車の最後部が同仕分線入口にある六〇六ポイントを通過したので、右松富操車掛が停止合図をしたのであるが、同操車掛と反対側の機関車の方向を見て、ゆつくりと進行を続けて、通常であれば、右車両数からみて右詰所付近で停止させるはずであるのに、機関車の先頭部分がすでにその地点より先の五一ポイントを通過しても中継合図を行なわず、これを見た日吉助役が注意するや、同助役に「あんたがしなさい」といつて手旗を手渡そうとするなどしたが、同列車の最後部が右五一ポイントを通過した頃、停止合図を行なつたことが認められ、<証拠判断省略>
右によれば、同原告が作業ダイヤに従つて右仕分入れの作業を行なつていたものであり、それは通常の業務に属し、極めて慣熟しているものであること、しかも、機関車の進行地点、車両数、自己の位置、作業状況などからみて、右原告の所為は故意に松富操車掛の方を見ないで中継合図を行なわず、必要以上に列車を引上げさせて、ごく短時間ではあるけれども、入換作業を遅延させたものと評価することができる。
3 (出区妨害)
昭和四二年三月二日、原告小早川は非番であつたが、同日午前八時一八分頃から同二二分頃までの間、熊本機関区八代支区テーブル線で第八五貨物列車の機関車が八代駅に向つて出区しようとした際、その場に居合せたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、当日午前八時一〇分頃、金納助役が右機関車の出区準備完了を確認し、出区合図をした際、国労熊本地方青年部長の沢田が指揮する動員者約七〇名が右機関車の進路レールに接着して四列縦隊で立ちならび、発進させれば該組合員の生命、身体に危険を伴う状況であつたので、出区を停止させ、熊本機関区八代支区長から退去命令が発せられ、同時一六分頃には公安職員一六名によりこれを押し出し、同機関車を一旦発進させたが、押し戻されて、再びこれを停止させたこと、原告小早川は当日午前八時一〇分まで八代駅第二ホームの信号所で執務し、これを終えて組合事務所にいたところ、機関区構内で動員者と公安職員との右トラブルが生じたとの連絡を受けて、同一八分頃他一名とともに前記現場に赴き、前記組合員の隊列に加わつて最前列に位置し、公安職員と対峙していたこと、そして公安職員が強制力にわたらない程度の実力の行使により該組合員の排除にあたつたが、その頃には組合の指導者においても、これに協力したので、所定時間を八分遅れて同日午前八時二二分に出区することができたこと、なお、当日は内勤者の職場集会であつて、乗務員のそれは予定されていず、右出区妨害の事実はハプニングとみられることがいずれも認められ、<証拠判断省略>
而して、原告小早川は、出区妨害の意図で前記隊列に加わつたのでなく、却つてその場にいた組合員の妨害を制止していたものであると主張し、それに副う同本人尋問の結果が存するけれども、右供述は前記認定の事実に照らして信用できないし、また右同原告の主張を認めるに足りる証拠のない本件においては、同原告は出区妨害になることを知りながら前記隊列に加わつたものとして、わずか数分間といえども、他の組合の動員者とともに前記機関車の出区を妨害したものといわざるをえない。
4 水俣駅関係
昭和四三年三月二一日午後二時二〇分頃、水俣駅において転てつ作業を担当していた訴外西浜喜久男構内作業掛に対し、同駅助役牧野次人が作業ダイヤによる午後二時二〇分から同四〇分までの休憩時間を同日午後三時から同二〇分までに変更するからそれまで転てつ作業を続けるよう命じたこと、原告小早川が同助役に右休憩時間の変更は許さないと抗議したことは当事者間に争いがない。
そして<証拠>によると、訴外西浜は、作業ダイヤ上は水俣駅構内六三ポイント付近で転てつ作業に従事し、チッソの第七、第八便の作業を終えて前記のとおり休憩することになつていたが、当時の作業状況は、下り貨物列車の遅れの影響を受けて、同日午後二時二〇分頃になつても、右第八便の作業を終えたものの、第七便の作業が残存し、しかも引続き特急列車霧島号や同はやぶさ号のポイント切り換え作業を要したので、牧野助役において、西浜に右休憩時間を前記のごとく変更するよう命じたところ、そこに居合せた原告小早川ら組合員約二〇名がこもごも右変更は許さないと激しく抗議し、西浜が命令どおりの作業をすることを制止したので、同人は右命令に応ずることを拒否してこれに従わず、稲葉助役がこれに当り、予定時間より五、六分遅れて右第七便の作業は完了したこと、なお、原告小早川は当日、出勤日でなかつたことがいずれも認められる。
(二) 原告小山憲男について
同原告が昭和四三年三月一日、八代駅操車掛として、中継操車の作業を担当していたこと、及び岩崎助役から当日第一三〇旅客列車の増結車引出作業に従事するよう命ぜられたことは当事者間に争いがない。
<証拠>によると、同原告は当日午前一一時二三分頃、仕分線貨車入換の中継操車作業中、岩崎助役から同一一時三〇分で右作業は中断して、作業ダイヤには明示されていない第一三〇旅客列車の増結車引出作業に従事するよう命ぜられたが、これに応じず、作業ダイヤの順序にしたがい側線仕分作業を行なつていたところ、同日午前一一時五〇分頃、同駅の45ロポイント付近で、さらに日吉助役からも直ちに第一三〇旅客列車の増結車を取りに行くことを命ぜられたが、これに応じず、休憩時間に入る正午には操車詰所に引上げてしまつたこと、そこで、右岩崎助役らが右増結車を引出し、右第一三〇旅客列車は約五八分の増し遅れで八代駅を発車したこと、なお、右増結車の引出しは、洗滌線にある車両を本線の五番線に引きあげ、すでに同三番線に到着している第一三〇旅客列車に増結する作業を行なうものであつて、右作業状況からみて中継操車を必要とするものであることがいずれも認められ、右認定に反する同原告の供述部分は前掲各証拠に照らし措信できない。
(三) 原告中村誠一及び同西山文雄について
1 昭和四三年三月一日、原告中村が八代駅構内作業掛として構内補助連結の、同西山が同構内作業掛として構内本務連結の作業を各担当し、右原告両名とも作業ダイヤによれば、同日正午から同午後零時五〇分まで休憩時間となつていたことはいずれも当事者間に争いがない。
そこで、被告は岩崎助役が同日午前一一時二七、八分頃、仕分線の貨車入換作業中の原告らに対し、右作業を中断して第一三〇旅客列車の増結車の引出しをすること、そのため右休憩時間を一〇分繰り下げ同日午後零時一〇分から午後一時までとすることを命じたが、原告両名はこれに応じなかつた旨主張し、原告両名はこれを争つているところ、右主張に副い証人岩崎義政の証言があるけれども、一方、前掲乙第八号証、岩崎証言、及び右原告両名の供述によれば、原告両名は宮崎操車掛をいわば作業長としてその指示にしたがい、訴外田添憲造を含む三名の連絡担当者(いわゆる一操三連という。)で構内作業にあたつていたこと、右作業は一つのグループを構成しているとはいえ、実際の作業中は車両の連結、突放などのためある程度間隔を置いて位置していることが多いことがいずれも認められ、そうすると、前記岩崎証言はそのような作業中にある原告両名を含む三名の連結担当者に対し、どこで、どういう方法で全員に対してか、一名ずつに対してか、さらに具体的にどのような表現でその内容を伝えたのかなどについて極めて具体性を欠いているうえ、しかも、右証言によれば、同じ作業を担当している宮崎操車掛に同日午前一〇時三〇分頃該作業を命じたところ、これを拒否されたというのであるが、同じ作業現場にいる原告両名にはそれから三〇分以上も経た午前一一時二七、八分頃、右と同様の業務命令を出したというのであるから、前記の点をも併せれば、右証言の信憑性自体に疑いを抱かざるを得ない。
2 次に、被告はさらに本田助役が同日午前一一時五〇分頃、右と同趣旨を命じたが、原告両名はこれをも拒否し、正午には操車詰所に引上げてしまつたと主張する。
<証拠>によると、主張のころ、八代駅45イと46ロポイントの中間付近で側線入換作業のため同所に居合わせた宮崎操車掛及び原告西山に対し、主張のとおりの命令を伝達したが、同原告らはこれを拒否し、正午には操車詰所に引上げてしまつたことが認められる。しかしながら、原告中村については、その主張に副い本田証言があるけれども、同原告本人尋問の結果によれば、その頃、八代駅六〇八ないし六〇九ポイント付近で、同原告が突放入換作業のため突追車両に乗車中、その下から本田助役が同原告に対し、右の命令をしたこと及び両者間に相当な距離があり、かつ、騒音があるなかで、右命令の伝達がなされたことがうかがわれ、そうだとすれば右命令の趣旨が確実に伝達されたことは疑わしいというほかない。
(四) 原告黒木栄次郎及び同原口卓司について
昭和四三年三月一日、原告黒木が八代駅構内作業掛として専用補助連結の、同原口が同作業掛として専用本務連結の作業を各担当し、原告両名とも作業ダイヤによれば、同日午後五時二〇分から同四〇分まで休憩時間となつていたことはいずれも当事者間に争いがなく、原告両名は仕分入れの作業に従事中、同日午後五時二分頃、本田助役から休憩時間を一〇分繰り下げ、同三〇分から同五〇分までに変更するから、原告ら両名共同して球磨川五便、六便(六便は急送品である豚積車を含む一〇車両)の作業をするようそれぞれ命じられたが、いずれもこれに応じず、右仕分け入れの作業を完了したのみで、同二〇分頃、作業現場から引きあげて右命令どおりの作業をしなかつたこと、岩崎助役らがその頃右作業を行なつたものであることがいずれも<証拠>を総合して認められ、<証拠判断省略>
(五) 松田隆介について
同原告が態本機関区所属の機関士として昭和四三年三月二二日、熊本駅構内において、入換え機関車に乗務して入換作業に従事していたこと、右機関車は同日午後六時五〇分に駅構内から機関区に帰る(入区)ことになつていたこと、山名助役が同原告に対し、入区時間以後の就労を命じたことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、同原告は、入換機関車に乗務して、同日午前一一時頃出区し、熊本駅構内において、入換作業に従事してきたが、洗滌四番線から客車を検修二番線に押込んだ頃、入区時間となつたので、同日午後六時五〇分過ぎ頃、操車掛の原告古林に入区合図を要求し、同原告において、山名助役に指示を仰いだところ、同助役は当時、熊本駅発新大阪行急行第二〇六号列車(ひのくに)の据え付けが遅れているとて、熊本鉄道管理局運転指令から、右入区時間を一五分延長する旨の指令を受け、原告松田に右指令に基づき、それを認めた運転通告券を発付して、前記列車の据えつけ作業をするように命じたのであるが、同原告が右運転通告券の受領方を拒否してこれに応じず、山名助役においても右作業を断念して入区を指示したので、同原告は約一五分遅れて入区し、右列車は六六分遅れて熊本駅を発車したものであることがいずれも認められ、<証拠判断省略>
(六) 原告岡部明人及び同古林政雄について
原告岡部明人が熊本機関区所属の機関士として昭和四三年三月二二日、態本駅構内において、入換機関車に乗務しており、同日午後一一時一〇分右機関区に入区する作業ダイヤとなつていたこと、原告古林が、同日、熊本駅操車掛として構内入換作業に従事していたこと、同原告が原告岡部機関士に対し入区合図をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、原告岡部は同日午後七時三〇分に出区し、入換作業に従事してきたが、午後一一時五分頃、同駅客入二番線九四ポイント付近で待機していたところ、山名助役が三時間余遅れて到着する見込みの第一三五旅客列車の入換をする必要があるとて、局の運転指令から右入区時間を三〇分延長する旨の指令を受け、同原告に対し、右指令に基づき、その旨を認めた運転通告券を交付して、入区時間を延長し、同日午後一一時四〇分まで入換作業を続けるよう命じたが、同原告は右運転通告券の受領方を拒否してこれに応じず、また原告古林に対しても、入区合図をしてはならない旨命じたのであるが、同原告は、右第一三五旅客列車が同時一二分頃、本来の着線ホーム三番線を変更して退避線である二番線に到着したため、右列車による支障が少ないものと判断して、原告岡部機関士に対し、入区合図をして入区させたこと、及び岡部原告は一五分遅れて同時二五分頃入区したことがいずれも認められる。
三被告の業務命令の適法性について。
(一) まず、原告黒木、同原口、同西山、訴外米本及び訴外西浜に対する休憩時間の変更命令等について、被告は、作業ダイヤはあくまでも作業手順を定めたものであるから、混乱した列車ダイヤの回復に必要な限度で、駅長がこれを変更することが可能であり、労働契約は当然これを前提にしている旨主張し、原告らは右作業ダイヤによる労務の提供が即ち労働契約の内容となつており、右ダイヤに拘束され、もし、これを変更するときは労働契約を変更することになるのであるから、使用者の一方的変更は許されないと抗争するので、この点につき判断する。
1 (休憩時間の定めについて。)
成立に争いのない乙第一号証(就業規則)及び前記勤務規程(昭和二二年五月二日達二四二)によれば、黒木原告ら駅勤務の職員については、その勤務種別、たとえば「日勤」「夜勤」「特殊日勤」「一昼夜交代」等に応じて、休憩時間をそれぞれ、右「日勤」「夜勤」については、「一五分の休息時間を通計して四五分」、「特殊日勤」については、「勤務一時間につき六分の割合」、「一昼夜交代」については「一勤務につき二時間」を与える等定めがなされ(同規程第三九条)、また、就業規則には、「休憩時間は、昼食時において、休息時間を通計して四五分とする。」と定め、ただ、一日八時間三〇分をこえて勤務する者の休息時間は、次により昼食時及び夕食時等において分割してこれを与えるとし、勤務種別に応じて例えば、「特殊日勤」については「勤務一時間につき六分の割合」、「一昼夜交代勤務」については「一勤務につき二時間」等の定めがあるが、休憩時間を与える時刻(始期及び終期)については、これを具体的に定めていないことがいずれも認められる。
右によれば、被告職員の休憩時間は、原則として、昼食時において休息時間を通計して四五分とし、ただ一日八時間三〇分をこえて勤務する者のそれは、その勤務種別、例えば、「一昼夜交代勤務」については、「一勤務につき二時間」により、昼食時及び夕食時等において、分割してこれを与えることとされるが、それ以上に具体的にその始期及び終期については定められていない。
2 (作業ダイヤについて。)
(1) 黒木原告らがいずれも構内作業掛の職務に従事していることは前認定のとおりであるが、前顕乙第一号証(就業規則)によれば、職員の服務を定めた第四条において、被告職員は「所属上長の命令に服し、法規、令達に従い誠実に職務を行わなければならない。」とされ、さらに、成立に争いのない乙第二号証の五(営業関係職員の職制及び服務の基準昭和三七年八月一七日総裁達二六三号)によると、黒木原告ら構内作業掛は駅長(その補助者である助役)の指揮命令系統に属することが明らかである。
(2) ところで、成立に争いのない乙第三号証の三、四(輸送管理規程昭和三九年四月一日総達一七六号、構内作業計画基準規定昭和三九年一二月一〇日運送二九号)第四号証四(現場作業管理規程)、第一七号証(作業ダイヤ作成要領)及び証人小竹義雄の証言によれば、次の事実を認めることができる。
(イ) 輸送業務については、その安全、正確、迅速及び公平を旨とし、利用者の利便を増進するよう能率的に行なうとともに、経営の向上をはかることを目的として、運転局長は、列車設定及び列車計画の基準規程等とあわせて、構内作業計画基準規程(構内作業計画の算定方、構内作業の調査方及び構内作業ダイヤの調製方に関する基準)を制定しなければならないとされ(輸送管理規程第二七条)、これに基づき鉄道管理局長等は構内作業ダイヤを作成し、構内従業員については、操車掛の作業名称ごとに一欄を使用して、右ダイヤを調製するものとされている(構内作業計画基準規程第四条、第一〇条、第一一条参照)。
(ロ) 右輸送管理規程等を受けて、現場作業管理規程において、現業機関(以下、「現場」という。)における作業の科学的管理により、作業の合理的運営を図ることを目的として、現場長は、作業ダイヤを作成するものとされ、右ダイヤは、平常作業の最も合理的な基準となるものでなければならないとされている(同規程第一条、第四条、第九条)。
そして、これを具体化した作業ダイヤ作成要領によれば、現場における作業が合理的に運営されるためには作業を総合的に運行する作業計画即ち、勤務時間中の合理的な時間割が必要であつて、この時間割が作業ダイヤであるとされ、そうするには、時間割の内容は無駄やむらをできるだけ少なくするような作業手順、作業時間等を基準化することが要請されるわけである。
したがつて、作業ダイヤは平常作業によるものであるが、現場作業、特に、駅等の作業量は日々違いがあつて、これらすべてに即応できるものを作ることは困難であるから、列車の遅れや、作業量の多寡等に即応した作業が行なわれなければならないとしている。そして、この作業ダイヤの特徴は、(ⅰ)作業の計画化と実態把握ができる。(ⅱ)作業の執行手順による管理統制ができる。(ⅲ)作業の具体的指導と監督ができる。(ⅳ)各人に公平適切な作業割当ができる。(ⅴ)作業の共同化ができる。(ⅵ)要領操配の実証となる。にあることがいずれも認められる。
(ハ) 右によつてみれば、現場における作業の合理的な運営をはかるため、作業の管理運営を適切にする方法として、作業を総合的に運行する作業計画、すなわち、無駄やむらをできるだけ少なくするような作業手順、作業時間を基準化した時間割が作業ダイヤであると解される。そして、この作業ダイヤに従つて、各駅員が順次作業を交代していくことによつて、職員間の不均衡をなくし、かつ、定められた手順を慣熟することによつて、輸送の安全と確実を期するものであることが明らかである。しかしながら、作業ダイヤは、作業の平常量、換言すれば、前記の趣旨から作業手順や時間等を基準化したものであるから、現実の作業にあたつては、列車の遅れや、作業量の多寡に即応した措置が要請されることもまた承認しなければならない。
3 ところで、<証拠>によれば、右作業ダイヤは、駅長(もとは助役)が作成するが、右作成にあたつては現場の職員の意見を容れてきたこと、右ダイヤは実施の約二週間前には確定され、これを職員に提示して説明を行なうこと、また、右ダイヤにもとづき、黒木原告らは構内作業員として一昼夜交代でその作業に従事していたものであることがいずれも認められる。
4 以上を総合すれば、前記作業ダイヤが確定されることにより、被告職員の勤務時間や休憩時間が具体化され、それが原告ら各自と国鉄との労働契約の内容となつたものと解されるのであるが、右作業ダイヤが前記のごとく平常時の作業状態を一つの「基準」として定められたものである以上、それは合理的な限度で、即ち、合理的な事由があり、かつ、社会通念上相当と認められる範囲で当然変更されることを予定していたものと言うべく、それゆえ、本件当時の八代駅の構内作業ダイヤに「業務の都合により変更することがある」との記載(前掲乙第八号証)があるのも、その趣旨を注意的に記載したものと解すべきである。これと見解を異にする黒木原告らの主張〔四〕三(1)は採用しない。しかし、右作業ダイヤの変更も、例えば、昼食時の休憩を奪うようなものであつてはならないことはもとより、被告主張のごとく無限定なものではなく、右説示のごとく自ら限界があることを留意すべきである。
これを本件についてみるに、被告は原告黒木及び同原口両名に対し、球磨川五便、六便(急送品で豚積車を含む一〇車両)の作業をするため前記のごとく休憩時間を一〇分繰り下げるよう命じたというのであり、もしこの機会を逃せば、急送品の貨物の発送を翌日廻しにしなければならないおそれも存したことが前掲本田証言によつて認められるのであるから、右命令は合理的な限度内にあつたものと言うべきである。被告は原告西山に対し、第一三〇旅客列車の増結車の引出しをするため休憩時間を一〇分繰り下げるよう命じたというのであり、既に右作業が大幅に遅れていたことが前記本田証言によつて認められるのであるから、右命令は同様に正当である。また、被告は訴外米本に対し、すでに遅れた第一三〇旅客列車の増結車の引出作業を行うため前記のごとく休憩時間を一〇分繰り下げるというのであるから、右命令は前同様に適法というべきである。さらに、被告は訴外西浜に対し、前記のごとく休憩時間を四〇分繰り下げるよう命じたのであるが、これはすでにチッソの第七便の作業が残存し、しかも引続き特急列車霧島号や同はやぶさのポイント切り換え作業を要したことが認められ、そうであれば、右繰り下げ時間の大きさに疑念がないではないが、被告の右命令もまた合理的な範囲内にあるものというべきである。
5 原告小山は、前記第一三〇列車の引出作業は作業ダイヤに組まれておらず、同原告の職務に属しないから、駅助役らの業務命令は不適法である旨主張するけれども、作業ダイヤの性質は右のとおりであり、同原告の所為の項で認定したように、当時、中継操車を必要とすべき事情が認められ、かつ、臨機の措置として社会通念上相当と認められるから、右業務命令は適法であつて、これと見解を異にする同原告の主張は採用しない。
6 黒木原告らは、その主張(二)において、時間外労働の必要のあるときは、事前に、しかも明示して就労の申込みをなすべきである旨主張するけれども、本件の休憩時間の変更を時間外労働として把えている点において、すでに採用しがたいのみならず、前認定のとおり臨機の措置として事前の予告は困難であり、かつ、明示性に欠けるところもなかつたものと解せられるから、右主張は採用しない。
(二) 原告松田及び同岡部に対するいわゆる入区時間の延長の業務命令について被告は右業務命令の適法性を主張し、右原告らはこれを争うので、この点について判断する。
1 <証拠>によれば、蒸気機関車乗務員の勤務時間は、四週間を平均して一日七時間三〇分を標準とし(就業規則第一四条第一項但書)、その始業及び終業の時刻については、鉄道管理局長が右勤務時間に規定された時間内で作成した勤務割によるとし(同規則第一五条第一項)、また、前記特別規程には、鉄道局長は所属機関車乗務員の勤務割と定めるものとし、その場合、作業時間は、四週間を平均し一週四八時間をこえないよう定めなげればならないとしている(同第一五条)。
右によれば、蒸気機関車の乗務員である原告両名は、勤務時間についてはいわゆる変形八時間制を採用しているものと認められる。
2 <証拠>によると、原告松田については、当日(昭和四三年三月二二日)の作業時間を九時間四〇分(午前一一時から午後六時五〇分まで、実乗務時間七時間五〇分及び準備時間一時間五〇分)と、同岡部については、それを五時間三〇分(午後七時三〇分から同一一時一〇分まで、実乗務時間三時間四〇分及び準備時間一時間五〇分)とする旨いずれも確定されていることが認められる。また、<証拠>によると、原告両名は、いずれも当日、蒸気機関車に乗務して所定の時間どおり入換え作業に従事したこと、そして前認定のように、入区時間に前後して、入区時間を延長する(原告松田については一五分、同岡部については三〇分)旨の通告を受けたものであることがいずれも認められる。なお、<証拠>によれば、右原告両名と被告間にいわゆる三六協定は存しなかつたことが認められる。
右によつてみれば、被告の原告両者に対する右業務命令は、その主張のようにいわゆる労働時間の繰り下げでないことは明らかであり、かつ、当業者間にいわゆる三六協定が存しなかつたのであるから、仮に、被告主張のように勤務割で確定された労働時間を自由に変更しうるとしても、それが時間外労働にならないことが前提であるといわなければならない。
3 さて、問題となるのは、労基法上の時間外労働となるかどうかである。ことに、変形八時間労働制をとる場合には、複雑な様相を呈する。ところでこの点に関しては「八時間以上の労働時間が定められた日については、その時間」をこえる労働が、「八時間未満の労働時間が定められた日については、週四八時間又は四週間平均四八時間に達するまでは八時間、四八時間に達するときはその時間」をこえた労働がそれぞれ時間外労働になる(昭和二三年四月一五日基収一三七四号昭和三三年二月一三日基発 九〇号)ものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原告松田に対する業務命令は、当日勤務時間からみて、超過労働になることは計数上明らかであり、原告岡部のそれは、当日の勤務時間が五時間三〇分と確定されていたこと以外に資料が存しないから、超過労働にならないものとはにわかに断じがたい。
したがつて、被告の業務命令が適法性を有するとの主張は、その余の判断はするまでもなく、採用するに由ないものである。
四結び
(一) (原告らの各所為について)
1 原告小早川について
(1) 原告小早川の前記二(一)14の各所為は、それぞれ訴外米本、同西浜の業務阻害行為はあおつたことになる。
(2) 同原告の前記二(一)2の所為は、業務の正常な運営を阻害したものと認められる。
(3) 同原告の前記二(一)3の所為は、被告の業務を妨害したこととなる。
2 原告小山について
原告小山の所為は、駅助役の業務命令は拒否して、業務の正常な運営を阻害したものである。
3 原告中村及び同西山について
(1) 原告中村に関する被告主張二3の事実は証拠上認められない。
(2) 原告西山の所為は、駅助役の業務命令を拒否して、業務の正常な運営を阻害したものである。
4 原告黒木及び同原口について
右原告両名の各所為は、駅助役の業務命令を拒否して、業務の正常な運営を阻害したものである。
5 原告松田、同岡部、同古林について
原告松田及び同岡部については、前記の如く、業務命令の適法性についての立証がなく、また原告古林についても、原告岡部の業務命令の適法性を前提にしているところ、これが認められないから、原告古林に対する業務命令の適法性の立証も存しないことに帰する。
(二) (法令の適用)
以上の次第で、本件懲戒処分は、原告小早川、同小山、同西山、同黒木、同原口の各争議行為は、公労法第一七条一項、就業規則第六六条第一七号に違反し、その意味で日鉄法第三一条に該当するものとしたことが明らかである。
第三本件懲戒処分の適否について
一 公労法第一七条第一項について
(一) 公共企業体等の職員と憲法第二八条
1 労働基本権とその制約
憲法第二八条は、いわゆる労働基本権、すなわち、勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障しているが、その趣旨とするところは、憲法第二五条に定めるいわゆる生存権の保障は基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存権は保障すべきものとする見地に立ち、一方で、憲法第二七条によつて、勤労の権利および勤労の条件を保障するとともに、他方で、憲法第二八条によつて、経済的劣位に立つ勤労者に対して、実質的な自由と平等を確保するための手段として、その団結権、団体交渉権、争議権等を保障しようとするにある。そして、この労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるばかりでなく、公共企業体等の職員も原則としてその保障を受けることはいうまでもない。
しかしながら、憲法が保障する労働基本権といえども、もとより絶対的無制約なものではありえず、そこには、国民生活全体の利益の保障という見地からの合理的な制約があるものと解すべきである。
右のような見地に立つて考えるに、公共企業体等の職員の職務の性質、内容はきわめて多種多様であり、公共性のきわめて強いものから、私企業のそれと殆ど変わるところがない、公共性の比較的弱いものに至るまで、きわめて多岐にわたつている。したがつて、ごく一般的に、その職務が、私企業のそれより公共性が強いということができるとしても、そのことのゆえに、公共企業体等の職員に対して、労働基本権をすべて否定するようなことが許されないのは当然であるが、公共企業体等の職員の労働基本権については、職務の内容、性質に応じて、私企業における労働者と異なる制約を受けることのあることもまた、否定することができない。
ただ、公共企業体等の職員の労働基本権に対し、具体的にどのような制約が許されるかは、憲法の理念に照らし、次の諸点を考慮に入れ慎重に決定しなければならない。
すなわち、①労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが、労働基本権が勤労者の生存権に直結し、それを保障するための重要な手段である点を考慮すると、その制限は合理性の認められる必要最少限度のものにとどめられるべきであること、②労働基本権の制限は、勤労者の提供する職務または業務の性質が公共性の強いもので、その停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるために必要やむを得ない場合について考慮されるべきこと、③制限違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度を超えないように十分配慮せられるべきであること、④職務または業務の性質上、労働基本権を制限することがやむを得ない場合には、これに見合う代償措置が講ぜられなければならないこと、以上の四条件を基準として決すべきものと解する。
2 公労法第一七条第一項と憲法第二八条
ところで、公労法第一七条第一項は、「職員及び組合は、公共企業体等に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。又職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定する。そして、この規定をその文言どおりに解釈すれば、公共企業体等の職員の職務の公共性の強弱ならびにその職務の停廃が国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるかどうかにかかわりなく、すべての公共企業体等の職員の、しかもあらゆる争議行為を一律、全面的に禁止しているものと解され、これは前述の公共企業体等の職員の労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、右にみてきた労働基本権の制限は必要やむを得ない場合に、しかも合理性の認められる必要最少限度でのみ考慮されるべきものであるとの要請に反し、その限度を超えて争議行為を禁止したものとして、違憲の疑いを免れない。
しかしながら法律の規定は可能な限り憲法の精神にそくし、これと調和しうるよう合理的に解釈すべきものであるから、公労法第一七条第一項の規定を労働基本権を保障した憲法第二八条の規定の趣旨と調和し得るように解釈するならば、公労法第一七条第一項の趣旨は、公共企業体等の業務もしくは職員の職務の公共性と争議行為の種類、態様、規模により公共性の強い業務の停廃をきたし、ひいては国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがある争議行為に限り、これを禁止したものと解するのが相当である。
右のように公労法第一七条第一項によつて禁止された争議行為を限定的に解釈するならば、右規定は憲法第二八条の趣旨に反するものと直ちに断定しえないから、右規定をもつて違憲無効のものとする原告らの主張は採用できない。
尤も右のような限定的解釈に対し、それはあまりにも条文の文理解釈とかけはなれ、合理的解釈といつても、それは法律解釈として、その限界を逸脱しており、しかも、その判定が必ずしも容易でないため、当事者をして行動をちゆうちよさせるとか、逆にもつぱら自己に有利に解釈して行動するため、対立抗争を激化させ、ひいては労使の対立を深刻なものに陥れる結果になりかねないとの批判があり、他方では憲法の保障する労働基本権を制限することは、極めて重大なことがらであるから、その制限または禁止の基準を、立法上客観的、かつ、具体的に明確にすることが要請されるが、この要請に適合しないなどの批判を存し、いわゆる合理的な解釈によつて、公労法第一七条第一項の禁止する争議行為の種類、態様に合理的な限界を画することができるとする見解には疑問の余地がないわけではないが、ことに後記(二)の諸般の事情をも併せ考えれば、公労法第一七条第一項の規定が、公共企業体等の職員の職務の公共性の強弱ならびにその職務の停廃が国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるかどうかにかかわりなく、すべての公共企業体等の職員の、しかもあらゆる争議行為を一律、全面的に禁止している規定と解するより、なお合理性を有するものと解する。
(二) 国鉄職員の争議行為は、公労法第一七条第一項によつて禁止されるか。
1 ところで、公共企業体等の職員の労働基本権制約の基準として、前記のように四条件を掲げたが、次の諸点を手がかりにその可否を具体的に検討する。
(1) 職務または業務の性質が公共性の強いものであること、換言すれば、職務または業務が国民生活と密接なかかわり合いがあること。
(2) 職務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあること。
(3) 他の手段、方法による制限によつては、国民生活に重大な障害をもたらすおそれを回避することができないこと。
2 国鉄の業務と原告らの職務
(1) 国鉄の業務
(イ) 国鉄は、国が国有鉄道事業特別会計をもつて、経営している鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営により、これを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的とする公法上の法人である(日鉄法第一、第二条)。その資本金は政府によつて全額出資され(同法第五条)、総裁は内閣が任命し(同法第五二条、第一九条第一項)、予算の議決に関しては国の予算のそれによるとされ、また、その収支については運輸大臣及び会計検査院に報告しなければならず(同法第三九条の九、第一七条)、かつまた、その会計については、会計検査院が検査する(同法第五〇条)。国鉄は、前記目的を達成するため、鉄道事業、これに関連する連絡船事業、自動車運送事業及びその附帯事業の経営等を業務の内容とするものである(同法第三条)。
右経営の主体、事業目的などに鑑みれば、国鉄の業務は、一応公共性が強いことを推認させるものである。
(ロ) <証拠>(運輸大臣官房情報管理部「陸運統計要覧」(昭和四六年版)によれば、本件争議行為が行なわれた昭和四二年度において、国鉄の営業キロは二万キロメートルを超えていること、その国内旅客輸送量は一八四三億人キロであり(国内輸送量の四二パーセント)、同貨物輸送量は五八五億トンキロである(同二四パーセント)のに対し、私鉄のそれは、それぞれ八六〇億人キロ、一〇億トンキロであること、輸送人員は国鉄が七〇億四、八〇〇万人、私鉄が九二億四、六〇〇万人、自動車が一七八億九、五〇〇万人、船舶が一億二、六〇〇万人であり、貨物輸送量は国鉄が二億二五七万トン、私鉄が五、五五四万トン、自動車が三二億七、二四七万九、〇〇〇トン、船舶が二億四、三二六万五、〇〇〇トンであること、一方、国内の全輸送量に対する国鉄のそれの占める割合(いわゆる占有度)をみると、旅客については、公労法制定二年後の昭和二五年当時、六〇パーセントであつたのに比し、同四五年には三二パーセントに、貨物についても、昭和二五年当時五一パーセントであつたのに比し、一八パーセントに減少していることがいずれも認められる。
右によれば、国鉄は大規模な輸送網により大量の輸送を行ない、輸送機関のなかで中枢的な役割を演じてきたものであることが明らかであるが、一方、他の輸送機関の普及によりその占有度に著るしい変化があることもまた、注目すべきものである。
(ハ) 右の規模、輸送量のほか、国鉄業務の特徴としては、輸送の範囲の大いさと価格(運賃)の点にある。
すなわち、国鉄の輸送は、特に長距離輸送の面において、私鉄のそれとは隔絶した感があり、長距離輸送を独占していると言つても過言でないであろう。このことは、市民が遠距離旅行をするとか、生産者が貨物を遠距離にある大都市に届ける場合、国鉄が極めて身近かに輸送手段を提供することから容易に推認しえよう。最近、私鉄、自動車、船舶など他の諸機関の普及がめざましく、その占有度には目をみはるものがあることはさきに指摘した通りであるが、たとえば、私鉄についてみれば、それは、大都市及びその周辺に偏在し、主としてその地方における通勤輸送とか、貨物の輸送がその中心業務となるものと推測され、多くはその地方の住民に便利を与えるものでこそあれ、国鉄のごとく長距離輸送の、しかも輸送力の大きさの面において、全国民に便利な手段を提供する役割を期待することは困難であろう。
また、輸送費用が他の輸送機関に比し、安価であることも、これまた公知の事実である。
かくて、国鉄の業務は、いわゆる占有度において、往年のそれに及ばないとしても、国民の生活に深く密着しているものと言うことができる。
(ニ) ところで、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
国鉄は昭和二四年GHQの勧告により公社化されると同時に、企業会計原則を採用するに至つた。当時、国鉄は、多額の赤字をかかえていたが、人員の削減と運賃の値上げにより財政上の再建をはかつた。そして、さきに述べた昭和三二年以降の国鉄近代五ケ年計画(第一次ないし第三次)は輸送方式(動力)の近代化と経営の合理化をめざすもので、そのうち蒸気機関車の廃止、東海道新幹線の敷設及び特急、急行列車の増発などはその顕著なものであつた。また、昭和四三年に運輸大臣の諮問機関である国鉄財政再建推進会議が発表した意見書は、国鉄財政の再建にあたつては、①大都市間の旅客輸送の充実②長距離貨物輸送の拡充③通勤輸送の改善と併せて、④約六、〇〇〇キロに及ぶ赤字路線とか、ローカル線の廃止などを重点的に行なうべきであると指摘し、現にそのいくつかは現実化の方向にある。
右によれば、国鉄の施策のなかには企業ペースのそれであるともみられる面がないではないが、それは国鉄が公法人であつて、その目的を達成するための手段として適当な内容であつたかどうかの問題に帰し、しかも、そこには自ら限界があるのであるから、右の一事をもつて国鉄業務の公共性を否定することはできない。
(ホ) 以上の次第で、国鉄の業務は、国民生活や社会経済上極めて重要な機能を果している。したがつて、国鉄の業務が停廃するときは、その種類規模、態様のいかんによつては、国民生活に重大な障害をもたらし、また、社会経済に深刻な打撃を与える結果となる。
そうすると、国鉄業務は公共性が強く、国民生活と極めて密接な関係があるものと言うことができる。
(2) 原告の職務
原告小早川、同小山が操車掛として、原告黒木、同原口、同西山が構内作業掛として、その職務に従事していたことは前認定のとおりであり、右職務はいずれも列車の組成、列車及び車両の入換えとその付属業務を内容とするものであることが<証拠>によつて認められるから、いずれも国鉄の輸送業務に直接関連を有し、その職務は公共性が強いものと言うべきである。
3 国鉄職員の争議権に関する立法の経過
(1) いわゆる政令第二〇一号が制定されるまで
昭和二〇年一二月に制定された旧労組法は民間労働者はもとより、公務員についても、警察官吏、消防職員および監獄勤務者を除いて、いわゆる労働三権を保障し(同法第四条)、また、同二一年九月に制定された旧労調法は、警察官吏、消防職員、監獄勤務者その他国または公共団体の行政事務および司法事務に従事する公務員の争議行為を除いて労働基本権を保障した(同法第三八条)ので、当時、国鉄職員も国家公務員として労働三権を完全に保障されていた。
(2) いわゆる政令第二〇一号
昭和二三年七月二二日、マッカーサー元師から芦田首相にあて、公務員法の改正、公共企業体制度の採用、及び公務員、公共企業体職員の労働基本権の否認に関する書簡(いわゆるマッカーサー書簡)が発せられ、昭和二三年七月三一日、公布施行されたいわゆる政令第二〇一号によつて、公務員は国家公務員たると、地方公務員たると、はたまた、現業公務員たると、非現業公務員たるとを問わず、すべての争議行為を禁止されることになり、国鉄職員も、一転して、争議行為を禁止されることになつた。そして、右マッカーサー書簡および右第二〇一号政令の趣旨にしたがい、同年一二月三日、法律第二二二号による国家公務員法の改正により、右争議行為禁止の趣旨がもりこまれた。
(3) 公労法の制定
右マッカーサー書簡および第二〇一号政令の趣旨にしたがい、昭和二三年一二月二〇日、公布され、同二四年六月一日、施行された公共企業体労働関係法(但し、その後今日の名称に改正された。)は、同時に施行された日鉄法とともに、その職員を国公法の適用から除き、その労働関係についてこれを適用することとし、国鉄職員の争議行為の禁止は、公労法第一七条に引きつがれた。但し、公労法においては、政令第二〇一号および国公法と異なり、争議行為禁止違反に対する刑事罰の規定を欠いている。
なお、右争議行為禁止の規定については、サンフランシスコ講和条約の締結に先立ち、占領下の諸法令が検討された過程において、労働省に設置された労働関係法令審査会が、昭和二七年三月二五日、労働大臣に対してした答申のなかで、同審議会の公益委員案によれば、これを廃止すべきであるとしている。
4 国鉄職員の争議権についてのILOの見解
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
(1) ILOに設置された「日本における公共部門に雇用される者に関する結社の自由実情調査調停委員会」の報告書(いわゆるドライヤー報告、一九六五年)は、
(イ) その二一三六項で、公共部門におけるストライキ権については、ストライキを禁止することが「すべての公共企業体及び国有事業並びに地方公営企業に必要不可欠であるということは認めることができない。」
(ロ) また、二一三七項で、「同様に公共部門において、あらゆる争議行為を区別なしに一律に禁止してきたこれまでの政策にも批判的な論評を加えなければならない。ストライキ権の禁止を正当化する程に、公共の利益と密接な関係を有する一定の公益事業の分野においてさえも、労働者によるその他のあらゆる種類の団体行動がおしなべて禁止されるべきだということはできない。公共部門において、起訴され、解雇され、戒告を受けその他の懲戒処分を受けた者の数がいちじるしく多くなつていることには、この頑固な態度が寄与している。」
(ハ) そして、二一五九項で、結論として、「健全な労使関係に資するためにも、あらゆる些細な違反に対して懲戒処分をとるべきか否かを決定するにあたり、幾分かの人間的要素を考慮に入れるべきであり、また、いかなる場合にも処罰は犯罪と不つり合いであるべきではないかと考えるものである。」との見解を表明している。
(2) 国鉄労組、国鉄動労及び総評は、昭和四六年一一月一五日、国鉄当局が同年五月二〇日行つた春闘に対する大量処分について、ILO第七八号、第九八号条約違反を理由にILOに提訴したが、ILO結社の自由委員会は、右提訴に関し、昭和四七年五月三〇日、結論を出し、その八二項で、
「労働者に対して行われた制裁に関し、委員会は法律に規定された制裁の適用のさいの硬直した態度は労使関係の調和ある発展にとつて望ましくないと考える。特に、これら制裁の結果、労働者に国鉄当局が決定したような永久的な賃金格差が生ずる場合には、この種の状態を発生する可能性がある。
このことに関して、すでにドライヤー委員会が政府に対し、公共部門に対し懲戒処分が適用される場合の厳格さおよびきびしさをゆるめるための措置をとつてはどうかと指示していることがあらためて想起されるべきである。」
との見解を示している。
5 諸外国における鉄道労働者の争議権
<証拠>によると、次の事実が認められる。すなわち、鉄道事業につき国有ないし公社制度をとる主要国は、西ドイツ、フランス、イギリス、イタリーであり、その制度の概要は次のとおりであつて、そのすうせいは争議権が保障されていることになる(職員が右争議行為を行なつたからといつて懲戒処分に付されることはない。)が、アフリカ、インドなど一部の国において、これを否認されているところもみられ、なお、民間経営の方式をとるアメリカではもとより争議権が保障されている。
国名 (イ)経営体 (ロ)争議権の有無
(1) 西ドイツ 国有 高級公務員(Beamte)―否認
職員(Angestellte)―認める
雇員(Arbeiter)―認める
(2) フランス 公社 否認規定なし。
(国が五一パーセントの株式を保有する半官半民の企業) 但し、レキシオンが留保されている。
(3) イギリス 公社 否認規定なし。但し、エマジェンシーパワーズ・アクトが留保されている。
(4) イタリー 国有 否認規定なし。
争議権が判例法上確認されている。
6 国鉄職員の争議権に対する合理的な制約
(1) 制約の合理性
(イ) 国鉄の輸送業務は公共性が強いものであり、原告らの職務もまた構内の整備を内容とするもので、右の輸送業務に密着するわけであるから公共性が強いものと言うべきである。
それゆえ、争議行為の種類、規模、態様のいかんによつては国民生活に重大な障害をもたらすことを否定できない。すなわち、被告の職員が長時間、かつ、大規模な職場放棄を行なつたため、列車が大幅に遅延し、または、運休を余儀なくされるなど、列車ダイヤが殆ど意味をなさない程度に混乱したような場合は輸送業務の停廃はその極みに達し、国民生活に大きな混乱をもたらし、社会経済に深刻な打撃を与えるであろう。したがつて、かかる争議行為は、公労法第一七条第一項にいう業務の正常な運営を阻害するものとして、禁止されるものと解される。
(ロ) これに反し、ひとしく争議行為といつても、種々の態様のものがあり、極めて短時間、かつ、小規模な労務提供の拒否―単純な不作為の場合は、直ちに国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるとはいえないから、右規定にいう争議行為には該当しない。
この点につき、さきに述べた旧労組法が公務員であつた国鉄職員に無制限に労働基本権を保障していたことが、右の解釈に一つの示唆を与えるのである。また、先進諸国のうち、民間経営の方式をとるアメリカはもとより、国有ないし公社経営方式をとる西ドイツ(但し、高級公務員を除く)、フランス、イギリス、イタリーにおいても、鉄道事業の職員に労働基本権ことに争議権を全面的に解放し、争議行為を行なつたからと言つて、懲戒処分に付するようなことはないこと、何よりもいわゆるドライヤー報告が公共部門におけるストライキ権については、これを禁止することが「すべての公共企業体に必要不可欠であるということは認めることができない。」とし、「同様に公共部門において、あらゆる争議行為を区別なしに一律に禁止してきたこれまでの政策にも批判的な論評を加えなければならない。ストライキ権の禁止を正当化する程に、公共の利益と密接な関係を有する一定の公益事業の分野においてさえも、労働者によるその他のあらゆる種類の団体行動がおしなべて禁止されるべきだということはできない。」としていることが想起される。
このことは、国鉄の職員についても、その職務の公共性が強いとはいえ、その争議行為を全面的に禁止しなければならないほど、その職務の停廃が必ずしも国民生活全体の利益を害せず、したがつて、国民生活に重大な障害を生ずるおそれを生じない場合があることを示している。
(ハ) また、国鉄職員の争議行為で、その争議行為の内容からみて、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものでも、その時期や方法を規制することによつて、そのおそれを回避できる場合がある。たとえば、相当な期間をおいて、争議を予告することによつて、当局に対策を講じさせることができ、したがつて、右阻害の程度を軽減させたような場合である。
(2) 制約の基準
以上述べてきたところから、当裁判所は、国鉄の職員の争議行為のうち、国民生活に重大な障害をもたらす基準は、多数の列車の運行を著しく阻害し、または多数の乗客その他の利用者に著しく迷惑をおよぼす行為を指すものと解すべきものと考える。そして、このような事態を生じたかどうかを判断するにあたつて、重要な要素は争議行為の長短である。すなわち、争議行為が長期にわたるときは、容易にそのような事態を予想することができる。第二に、規模の大きさに関係する。争議行為がそれほど長時間にわたらなくても、全国的な規模で行われた場合には列車の運行を甚しく阻害することがありうるからである。第三に、長距離列車の運行を阻害した場合である。これは私鉄その他の輸送機関による代替性に乏しく、時として重大な結果を招来するからである。
なお、積極的に列車運行を妨害する行為、即ち、暴力または威力を用いるなどして、積極的に列車運行を妨害する行為は、公労法第一七条第一項の禁止する業務の正常な運営を阻害する行為として許されないことは言うまでもない。けだし、かかる行為は、いかなる意味においても正常な争議行為としての評価に値しないものであつて、労働者の争議行為を保障する憲法第二八条もかかる積極的な業務妨害行為を保障するものでないからである。
7 結び
公労法第一七条第一項によつて禁止される国鉄職員の争議行為は、それが国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあり、他の手段、方法によつては、そのおそれをさけることができないものに限られる。そして、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるかどうかは、多数の列車の運行を著しく阻害し、または、多数の乗客その他の利用者に著しく迷惑をおよぼす行為か否かにこれを求め、この判断にあたつては、とりわけ争議行為の期間の長短、その規模、阻害された列車の種類などが重要な要素になると解せられるが、結局、個々の具体的な争議行為について、その目的、種類、規模、態様ならびにその影響等を総合勘案して決すべきものである。
二 本件争議行為は、公労法第一七条第一項に禁止する争議行為に該当するか。
本件争議行為の経緯、規模、態様、そのおよぼした影響等の詳細はさきに認定した通りである。そこで、右争議行為が右条項団該当するか否かについて検討する。
1 本件争議行為の目的
前記認定の事実によれば、本件争議行為は、いわゆる五万人合理化案を実施することに反対する目的で行われたことが明らかである。すなわち、被告は輸送の近代化と経営の合理化を目途として、昭和四〇年から七年の予定で第三次長期計画を実施する方針を明らかにし、昭和四二年六月、その前半期の総仕上げとして、いわゆる五万人合理化案を具体化するに至り、その内容は詳細に述べたが、要するに、昭和四三年一〇月の大幅ダイヤ改正による輸送力の増強に伴い、その要員増しの需要を、従来の職場の廃止とか、人員の節減により、これを穴うめしようとするものであつた。そこで、国労は、この内容からみて、動力の近代化あるいは人員節減による労働強化、また、配置転換や退職を余儀なくされることの不安あるいは安全性の疑問を抱き、これらの問題点につき、労使双方で事前に協議を行い、合意に達したものについてこれを実施に移す、いわゆる事前協議のルールを確立するとの基本的態度のもとに、前記のごとく労働時間の短縮など労働条件の改善を求めていたものである。そうすると、このいわゆる五万人合理化案は職員の勤務条件と密接なかかわり合いがあるものということができるから、右合理化案の実施に反対することは、職員の勤務条件の維持、改善を図るという職員団体の正当な目的の範囲内の行為である。
したがつて、本件争議行為は、その目的においては、国鉄職員の勤務条件に関する主張を貫徹するために行つたものとして、正当なものと評価できる。
2 本件争議行為の種類
本件争議行為は、前記認定の事実から明らかなように態本地本の指令に基づき、いわゆる順法闘争の一環として行われたものである。すなわち、原告黒木らは前記五万人合理化案の実施に反対するとの主張の貫徹を目的として、いわゆる作業ダイヤどおりの作業のみを厳格に行うことによつて、これを変更する業務命令―たとえば、作業内容の変更はもとより、休憩時間のくり下げなど―を違法であるとして、他の一切の業務を行なうことを拒否し、もつて業務の正常な運営を阻害する態度をとつたものである。
なお、原告小早川が加担した機関車の出区妨害の事実は、前示認定のとおり本件争議行為に随伴し偶発的に派生したものである。
3 本件争議行為の規模、態様
本件争議行為は、被告の職員約二八万人を擁する国労の全国統一行動の一環として行われた(前掲酒井証言)が、とくに、熊本地本は、そのうち四、二〇〇名の組合員を有(前掲橋本証言)し、第一波として、昭和四三年二月二九日から同年三月二日にかけて八代機関支区を拠点に、第二波同月二一日、二二日、水俣地区を拠点に順法闘争を指令し、右指令にもとづき、前認定(原告らの各所為の項参照)のごとき態様で争議行為が行なわれた(すなわち、原告小早川は、訴外米本及び同西浜の休憩時間を一〇分ないし二〇分繰り下げるのを拒否するようあおつたもの、中継合図中よそ見をして仕分線に入れる車両を必要以上に引き上げさせたもの及び機関車の出区を妨害したもの。原告小山は中継業務を拒否したもの。原告黒木、同原口、同西山は、一〇分間の休憩時間の繰り下げを拒否したもの。)。
4 本件争議行為の経過
本件争議行為に至るまでの経緯についてはすでに認定したとおりであるが、本件争議行為は、いわゆる合理化案の実施をめぐり被告と国労との数ケ月以上にわたる多数回の交渉を経たのち、昭和四三年一月以降争議に至るまで中央委員会あるいは中央執行委員会等における討議・決定にもとづいて実施されるに至つたものであることが<証拠>によつて認められ、また、<証拠>によれば、右争議行為が行なわれることは、新聞等で報道されるなどしていたので、事前に被告当局はもとより一般市民も相当に認識するに至つていたことが認められ、この点は、国鉄当局者にとつては、予め対策を講じる機会を得るとともに、国鉄の利用者には他の手段、方法を選択する機会が与えられている点で、注目に値する。
5 本件争議行為の及ぼした影響
前認定のとおり、本件争議行為のため、①昭和四三年二月二九日には、第一三〇旅客列車(鹿児島発鳥栖行)が八代駅を三一分遅れて発車したこと、②同年三月一日には、同旅客列車が八代駅を五八分遅れて発車したことのほか、仕分線の入換え、球磨川五便、六便、会社線の引出作業(チッソ線の七便)が若干遅延したこと、第八五貨物列車の機関車の出区が約八分遅れたこと前認定のとおりであつて、その限度で業務の正常な運営が阻害された。
6 結び
本件争議行為は、いわゆる五万人合理化案の実施に反対する順法闘争の一環として行われ、これにより右5に認定した限度で、運輸業務に障害をもたらしたことは否定できない。そして、その内容についてみると、列車の運行が遅延したもの二本で、最大遅延五八分で、しかも右旅客列車は鳥栖行きで、比較的短距離列車であること、それに、構内作業の若干の遅れにとどまつたことが認められる。
そうすると、本件争議行為によつては、多数の列車の運行を著しく阻害し、または多数の乗客その他の利用者に著しく迷惑をおよぼす事態を生じたということはできないから、前説示に照らして、本件争議行為は国民全体の利益を害し、ひいては国民生活に重大な障害をもたらしたものと言うことはできない。
以上の次第で、本件争議行為のうち原告小早川が加担した機関車出区妨害行為は、その態様からして公労法第一七条第一項の争議行為に該るが、その余の本件争議行為は、業務の正常な運営を阻害する行為ではあるが、公労法第一七条第一項に該る争議行為とはいえない。
三本件懲戒処分の違法性
1 原告中村、同松田、同岡部、同古林については、前記のとおり被告主張事実が認められず(原告松田、同岡部、同古林については業務命令の適法性の立証がない。)、本件懲戒処分は、その前提を欠き、違法というほかない。
2 その余の原告らの本件争議行為(ただし原告小早川の機関車出区妨害加担の点を除く。)は、右二6のとおり公労法第一七条第一項に該当せず、かえつて憲法第二八条の保障する適法な争議権の行使にほかならず、したがつてそれは就業規則第六六条第一七号、日鉄法第三一条に該当しない。
3 原告小早川の機関車出区妨害加担の点については、前示認定のとおり、右機関車出区妨害行為は本件争議に随伴し偶発的に発生したものであつてその結果は甚だ軽微なものであり、同原告の右妨害行為において果した役割も既に妨害行為に出ている組合員の中に入つていつたというに過ぎないことからすると、同原告に対し、右機関車出区妨害の事実のみをもつて本件懲戒処分をなすことは過酷に過ぎ、懲戒権の濫用として同原告に対する本件懲戒処分は無効といわねばならない。
4 後記第四認定事実に、<証拠>を併せ考えると、原告らは、本件懲戒処分を受けた結果、昇格を延伸されるなどの不利益を受け、この不利益の効果は、以後原告らが国鉄職員の地位にあるかぎり原則として継続されることが認められ、右認定に反する証拠はない。
5 そうすると、原告らの所為が公労法第一七条第一項、就業規則第六六条第一号、日鉄法第三一条に該当するとしてなされた本件処分は、いずれも無効であると言うべきである。
第四各原告は前記懲戒処分(減給処分)によつて、別紙第二の2、3欄記載の本俸及び期間を基礎として、同表4ないし6欄記載の損害を、また、それにともなう昇格延伸によつて同表8ないし11欄記載の損害をいずれも被つたこと、ならびに、その合計額は同表13欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
右によつてみれば、被告は原告らに対し、本件懲戒処分が無効である以上、これによつて被つた原告の右損害金と、これに対する右処分後である昭和四七年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第五結論
よつて、原告らの本訴請求は、いずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(美山和義 八束和廣 原昌子)
第一
原告目録(処分一覧表)
(一)番号 (二)氏名 (三)職名 (四)組合役職名 (五)処分内容
(1) 小早川了介 操車掛 城南支部書記長 減給六ケ月1/10
(2) 小山憲男 〃 八代自治区分会員 〃 一〃 1/10
(3) 黒木栄次郎 構内作業掛 〃 〃 一〃 1/10
(4) 原口卓司 〃 〃 〃 一〃 1/30
(5) 中村誠一 〃 八代自治区分会青年部長 〃 一〃 1/10
(6) 西山文雄 〃 八代自治区分会員 〃 一〃 1/10
(7) 松田隆介 機関士 熊本機関区分会員 〃 一〃 1/10
(8) 岡部明人 〃 右分会書記長 〃 一〃 1/10
(9) 古林政雄 操車掛 熊本駅分会員 〃 一〃 1/30
第二<省略>