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熊本地方裁判所 昭和49年(ワ)579号 判決 1979年8月07日

原告 出田電業設備株式会社

被告 有限会社三秀

主文

被告は原告に対し、別紙日録記載の物件を引き渡せ。

被告は原告に対し、金一六一万八八二六円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし三項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告はエレベーター、空調機器の設備工事等を業とする会社であるが、昭和四九年五月二九日、株式会社不動組(以下「不動組」という。)から、不動組が被告から請け負つたマンシヨン「センバ・ハイツ」のエレベーター設備工事の下請として、別紙目録記載の物件(以下「本件エレベーター一式」という。)の販売を含むセンバ・ハイツエレベーター設備工事を、代金五五〇万円、その支払方法は工事完了引渡時起算一二〇日後満期の約束手形で決済する旨定めて、請け負い、右代金決済まで本件エレベーター一式の所有権を原告に留保することを特約した。

2  これに基づき、原告は、同年六月一七日、右設備工事を完了し、不動組に本件エレベーター一式を引き渡し、不動組に対するセンバ・ハイツ新築工事の注文主である被告は、同年九月一五日ごろ、本件エレベーター一式を含めて不動組が新築工事を完了したセンバ・ハイツの引渡しを受け、本件エレベーター一式を占有している。

3  原告は、同年七月一〇日、不動組から、右エレベーター設備工事請負代金の支払方法として、別に不動組から請け負つたセンバ・ハイツの給排水工事請負代金の内金も含めて、金額合計一一〇七万三七三七円、満期同年一二月二〇日の約束手形三通の振出交付を受けたが、不動組は、同年九月一〇日手形不渡りを生じて倒産状態となり、同月一七日浦和地方裁判所に更生手続開始の申立てをし、右エレベーター設備工事請負代金が完済される見込みはなくなつた。

4  原告は、被告が本件エレベーター一式を占有することにより、被告が本件エレベーター一式の引渡しを受けた昭和四九年九月一五日から昭和五二年四月までの間の本件エレベーター一式の法定償却費金一六一万八八二六円相当の損害を受けた。

5  よつて、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件エレベーター一式の引渡しを求めるとともに、本件エレベーター一式の前記法定償却費相当の損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、被告が不動組にエレベーター設備工事を含むセンバ・ハイツ新築工事を発注したことは認めるが、その余は不知。

2  同2の事実中、被告が本件エレベーター一式を含めてセンバ・ハイツの引渡しを受けた日は否認するがその余の事実は認める。右引渡しの日は昭和四九年六月二〇日である。

3  同3の事実中、不動組が昭和四九年九月一〇日手形不渡りを生じたことは認めるが、その余の事実は不知。

4  同4の事実は否認する。

三  抗弁

1  不動産の附合

(一) 動産たる本件エレベーター一式は、センバ・ハイツの建物に取り付けられたことにより、以下の(1) ないし(7) の観点からして、これを分離復旧させることが事実上不可能となるか、社会経済上著しく不利な程度に至つている。

(1)  エレベーター本体かごは、各階出入口より大きく、したがつて、これを建物から取り外すためには、エレベーター本体かごを壊すか、鉄筋コンクリート造建物の一部を壊さなければならない。

(2)  エレベーター各階とびらは、鉄筋コンクリート造建物の壁面の一部にコンクリートによつて塗り込められてしまつている。

(3)  機械室内のモーター、巻上機、制御盤は、鉄筋コンクリート床面の中に、アンカーボルト等によつて固着させられている。

(4)  ガイドレールは、鉄筋コンクリート壁面の中に、アンカーボルト等によつて固着させられている。

(5)  電線は、建物の壁面の中を通つているパイプの中に組み込まれてしまつている。

(6)  表示盤は各階とびらに付着している。

(7)  そのほか、原告が引渡しを求めているロープ、止め金具は、それだけでは意味のないものである。

(二) また、建物に設置されたエレベーター及びその附属設備は、取引上も、もはやその独立性を失つている。

(三) 右(一)、(二)の事情によれば、センバ・ハイツの建物に設置された本件エレベーター一式は、右建物に附合し、独立の所有権の対象となり得なくなつており、所有権に基づいて本件エレベーター一式の引渡しを求める原告の請求は失当である。

2  即時取得

被告は、昭和四八年九月六日に不動組との間で締結したセンバ・ハイツ新築工事契約に基づき、昭和四九年六月二〇日、右マンシヨン建物とともに本件エレベーター一式を譲り受け、現実の引渡しを受けたから、民法一九二条により、本件エレベーター一式の所有権を即時取得した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

なお、本件エレベーター一式が建物から分離復旧することができる態様は次の(一)ないし(六)のとおりである。

(一) エレベーター本体かごは、ボルト、ナツト等により各部品を組み立てる構造であつて、このボルト、ナツトを外せば、分解可能であり、鉄筋コンクリート建物は全く壊さずに取り外すことができる。

(二) 各階乗場の三方わく及び敷居を除く戸は戸のレールにつり下げられており、取り外すことができる。また、戸のレールもアンカーボルトの取付けナツトを外せば取り外すことができる。

(三) モーター、巻上機、制御盤、調速機等は、取付用アンカーボルトの取付けナツトを外せば取り外すことができる。

(四) 取付用ナツトを外せば、ブラケツト、レールは取り外すことができる。

(五) パイプ、ダクト等は取付けナツトを外せば電線も含め取り外すことができる。

(六) ロープ、止め金具等は取り外した後再検査して再びエレベーター付属品として流用することができる。

また、取り外したエレベーターは、ほかの建物に流用することができ、その価値は、撤去したことにより減少しないし、エレベーターを取り外すことによつて、建物が棄損されることはなく、その価値の減少もない。更に、本件エレベーター一式が取り付けられたセンバ・ハイツは六階建であり、床面積も小さいから、エレベーターの必要性はそれほど高くない。

以上よりすれば、本件エレベーター一式がセンバ・ハイツの建物に附着し、これを分離、復旧することが事実上不可能となるか、又は社会経済上著しく不利な程度に至つたということはできない。

2  同2の事実は引渡しの日を除き、認める。引渡しの日は、請求の原因2記載のとおりである。

五  再抗弁

1  被告は、不動組から本件エレベーター一式の引渡しを受けるに際し、原告が本件エレベーター一式につき留保所有権を有していたことを知つており、占有取得の際、悪意であつた。

2  仮に被告が右事実を知らなかつたとしても、知らないことにつき過失があつた。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1の事実中、被告が昭和四八年九月六日不動組に対し、エレベーター設置工事を含むセンバ・ハイツ新築工事を発注したことは当事者間に争いがなく、原告代表者尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、請求の原因1のその余の事実が認められる。

二  請求の原因2の事実中、被告が本件エレベーター一式を占有していることは当事者間に争いがない。

三  また、請求の原因3の事実中、不動組が昭和四九年九月一〇日手形不渡りを生じたことは当事者間に争いがなく、原告代表者尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第五ないし七号証の各一ないし三、第八号証の一、二によれば、請求の原因3のその余の事実が認められる。

四  そこで、抗弁1について判断する。

1  まず、本件エレベーター一式の分離復旧が事実上不可能であるとの被告の主張について検討する。

(一)  弁論の全趣旨により被告主張の写真であることが認められる乙第一ないし一一号証及び検証の結果によれば、本件エレベーター一式の本体かごは、エレベーターの各階出入口より大きいこと、センバ・ハイツの建物七階(屋上)の機械室にある本件エレベーター一式の制御盤、巻上機及び調速機は建物のコンクリート床面に、昇降路内のガイド・レールは建物のコンクリート壁面に、それぞれアンカー・ボルトで固定されていること、本件エレベーター一式に含まれる電線は昇降路内のダクトの中を通つているが、ダクトは建物のコンクリート壁面に固定されていること、以上の事実が認められる。

(二)  しかし、他方、右(一)掲記の証拠並びに証人伊藤力の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一〇号証によれば、

(1)  本件エレベーター一式は三菱電機株式会社の製作にかかるものであり、本体かごの大きさに合わせて建物のエレベーター昇降路部分の大きさが決定され、各階出入口部分を含む乗場ユニツトも、これの規格に合わせて建物のエレベーター出入口の大きさが決定されるといつたいわゆる定型のものであり、標準品として作られた乗場ユニツトは、とびらが組み込まれた三方わくとして完成されたものが、敷居となる部品とともに、建物内に搬入されてエレベーター出入口部分に取り付けられるようになつており、また、建物のコンクリート部分と乗場ユニツトとの間のすき間には、モルタルが埋め込まれ、更にアンカー・ボルトでコンクリート部分と乗場ユニツトを完全に固定するようになつていること、

(2)  センバ・ハイツの建物に取り付けられた本件エレベーター一式の乗場ユニツトも右一般的な取付け方法と同様に取り付けられたこと、

(3)  本件エレベーター一式の本体かごは、昇降路内で組み立てられるものであること、

(4)  制御盤等を建物に固定させている前記アンカー・ボルトは建物のコンクリート壁に埋め込まれているものであつて、これにナツトで締め付けて右制御盤等を建物に固定させていること、

(5)  したがつて、本件エレベーター一式をセンバ・ハイツの建物から取り外すには、乗場ユニツトを建物の壁面に固定させているアンカー・ボルト(ナツト)を取り外した上、すき間を埋めたモルタルのみを取り壊し建物のコンクリート壁面は取り壊さずに、乗場ユニツトを取り外し、制御盤、巻上機、調速機、ガイド・レール、電線を通すダクトを建物壁面に固定させているアンカー・ボルト(ナツト)を取り外して、右制御盤等を取り外し、更に、本体かごを分解してこれを昇降路及び建物から搬出することなどによつて、これが可能であつて、四、五日程度でこの取外しが終了できること、

(6)  右のごとく取り外される本件エレベーター一式は、機能を何ら損うことなく、ほかの建物の昇降機として利用し得るものであり、本件エレベーター一式を取り外される建物も、建物のコンクリート壁に埋め込まれたアンカー・ボルト及び昇降路の空間などが残るのみであり、建物自体が取り壊されることはないこと、

以上の事実が認められる。

(三)  右(二)で認定した事実を総合すれば、(一)で認定した事実をもつてしても、本件エレベーター一式をセンバ・ハイツの建物から分離復旧させることが事実上不可能であるとは認めることができず、ほかに、被告の前記主張を裏付ける証拠及び事情はない。

2  次に、本件エレベーター一式の分離復旧が社会経済上著しく不利であるとの被告の主張について検討する。

原告主張の写真であることにつき当事者間に争いのない甲第一六号証の一ないし一七、証人伊藤力及び山並彰信の各証言によれば、センバ・ハイツの建物は、六階までが居室又は店舗で、七階には、ボイラー室及び本件エレベーター一式の巻上機等が設置されている機械室があり、そのほかの七階部分は屋上であることが認められ、これによれば、右建物にとつて、エレベーターが設置されている方が、右建物の利用者等にとつて便利であると考えられることはいうまでもない。

しかし、他方、右各証拠によれば、右建物は、上階に行くほど居室数が少なくなり、最上階の六階には、二居室のみが存すること、また、右建物の内部には、一階から屋上まで通じている階段が設置されていること、本件エレベーター一式の前記取外しに要する費用はおよそ四〇万円であり、取り外すことによつて、取引の対象たるを何ら失わないことが認められるのであり、これらの事実に、前判示のとおり、本件エレベーター一式についてのセンバ・ハイツエレベーター設置工事代金が五五〇万円であつたのであり、右取外し費用は、右工事代金の一割にも満たないことを併せ考えると、エレベーター設置による右便利さのみをもつてしては、本件エレベーター一式をセンバ・ハイツの建物から分離復旧することが社会経済上不利な程度に至つているとは認め難く、ほかに、被告の右主張を裏付ける証拠及び事情はない。

3  また、被告主張の、本件エレベーター一式が取引上もはや独立性を失つているとの点を認めるに足りる証拠はない。

4  以上判示した点に照らすと、抗弁1の不動産の附合の主張は理由がないというべきである。

五  次に、抗弁2の事実中、被告が本件エレベーター一式とともにセンバ・ハイツの建物の引渡しを受けた日を除き、その余の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二〇号証、証人境准一の証言及び被告代表者尋問の結果によれば、原告は、昭和四九年六月一七日、前記センバ・ハイツエレベーター設備工事契約に基づき、不動組に本件エレベーター一式を引き渡し、不動組は、同月二〇日ころ、センバ・ハイツ新築工事の注文主である被告に本件エレベーター一式をセンバ・ハイツの建物とともに引き渡したことが認められ、これに反する原告代表者の供述部分は、右各証拠に照らし採用できない。

六  そこで、再抗弁1について判断する。

1  前記甲第一号証、原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の一ないし一〇、甲第一五号証のうち当事者間において成立に争いのない部分、証人鳥居正純、同福島忠良(後記措信できない部分を除く。)、同境准一の各証言並びに原告代表者及び被告代表者(後記措信できない部分を除く。)各尋問の結果を総合すれば、

不動組の経営状態は、昭和四九年の春ごろには特に憂慮すべき状態となり、エレベーター設備工事のほかに、不動組からセンバ・ハイツの空調設備工事と給排水、衛生設備工事を請け負つていた原告は、同年一月ころから右空調工事を始めていたが、この出来高払債権のうち同年三月に不動組から支払われるベきものが、支払不能となつたため、不動組の右経営状態を察知し、不動組から請け負い、同年三月の終わりころには工事を開始していたセンバ・ハイツエレベーター設備工事を、右空調設備工事とともに、同年四月一四日から一時中断した上、右工事代金債権保全のため、原告代表取締役出田彦三郎(以下「原告代表者」という。)及び原告会社営業部長の向田が、不動組熊本営業所に赴いたり、センバ・ハイツ建築施工に当たり、その当初から施主である被告のため施工業者の選定はじめ種々相談に応じていた建築設計事務経営の福島忠良のところに赴いたりなどして、債権保全策について種々相談したこと、しかし、原告が提案した被告との直接契約や、被告あるいは福島設計事務所が不動組の原告に対する請負代金債務について連帯保証するという方法は合意が得られず、原告は、結局昭和四九年五月二九日、不動組との間に、改めて、センバ・ハイツエレベーター設備工事の請負契約を書面化するとともに、前記一で認定したとおり、右契約の中で本件エレベーター一式について、原告がこの所有権を留保する旨の特約を定め、この特約によつて、右エレベーター設備工事代金の支払を確保しようと考えたこと、右契約直後、原告代表者は被告代表取締役米田律子(以下「被告代表者」という。)の経営するクラブ「名も知らぬ駅」に赴いて被告代表者と面談し、原告と不動組との間に、右所有権留保の約定がなされたことを説明し、被告が不動組にセンバ・ハイツ新築工事代金を支払うときには、不動組の資金状態に留意しないとエレベーター設備工事代金については二重払の危険がある旨を告げ、更に、翌日には向田営業部長が被告代表者に同様の話をしたこと、そして、原告は、その直後、所有権留保約款の特約が成立し、エレベーター設備工事代金債権回収が確保されたものと考え、本件エレベーター設備工事を再開したこと、

以上の事実が認められ、この認定事実に反する証人福島忠良の証言部分及び被告代表者の供述部分は、前記各証拠に照らして措信できず、ほかに右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

2  右事実によれば、被告は、原告と不動組との間の本件エレベーター一式についての所有権留保特約を了知しながら、前記五で判示したように、本件エレベーター一式の占有を開始したものといわざるを得ず、再抗弁1は理由がある。

七  したがつて、再抗弁2について判断するまでもなく、原告の抗弁2も理由がなく、被告は、原告に対し、本件エレベーター一式の引渡義務があるものというべく、本件エレベーター一式を占有していることにより原告が被つた損害を支払う義務がある。そして、原告代表者尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一二号証によれば、請求の原因4の事実(右損害の事実及びその額)が認められる。

八  してみれば、原告の本訴請求はいずれも理由があることになるので、これを認容し、なお、本件エレベーター一式の引渡し命令部分についての仮執行宣言の申立ては相当でないので、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩月秀平)

(別紙)目録

熊本市船場町三丁目一三番地センバ・ハイツに設置されている三菱標準型エレベーター(R6-2S-60型、六か所停止)

右は本体かご、各階とびら、機械室内の巻上機及び制御盤各一個、レール(縦二本)、ロープ、電線、止め金具、表示盤等一式である。

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