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熊本地方裁判所 昭和54年(ワ)558号 判決 1984年3月13日

原告

吉岡チヨト

ほか五名

被告

宮崎寿

ほか三名

主文

一  被告宮崎寿及び被告諫山工業株式会社は各自、原告吉岡チヨトに対し金二五四万七六七八円及び内金二三一万七六七八円に対する昭和五三年五月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し各金九五万一〇七一円宛及び各内金八七万一〇七一円宛に対する右同日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らの被告宮崎寿及び被告諫山工業株式会社に対するその余の請求並びに被告有限会社吉田工業所及び被告吉田安麿に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告有限会社吉田工業所及び被告吉田安麿間に生じた分はすべて原告らの連帯負担とし、その余はこれを一〇分し、その六を原告らの、その四を被告宮崎寿及び被告諫山工業株式会社の各連帯負担とする。

四  主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自、原告吉岡チヨトに対し金五七八万二〇九八円及び内金五二六万二〇九八円に対する昭和五三年五月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し各金二二八万八八三九円宛及び各内金二〇八万八八三九円宛に対する右同日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁(全被告共通)

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第三請求原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和五三年四月三〇日午後八時三〇分頃

(二)  場所 熊本市小島上町三二番地一所在熊本市西和支所西方約三〇〇m先道路上

(三)  被害者 吉岡茂春(以下「茂春」又は「亡茂春」という。)

(四)  加害車 普通乗用車「熊五五せ四一九六」(以下「加害車」という。)

(五)  右運転者 被告宮崎寿(以下「被告宮崎」という。)

(六)  態様 茂春が原動機付自転車(以下「原付」という。)を運転して前記場所を城山上代町方面から新地方面に向け進行中、被告宮崎運転の加害車が対向してきた。右場所は有効道路幅員約三mの狭い道路で、当時道路右側は被告諫山工業株式会社(以下「被告諫山工業」という。)が用水路の工事中で、路上には砂利等を散乱させ、かつコンクリート枠組の補強材である鉄パイプ(長さ約四m、一辺約五cmの四角)が二〇本宛まとめて積んでいた。

被告宮崎は進路前方の道路幅員が狭くなつているのにその直前で気付き、左に転把するとともに急制動し、加害車車輪を滑走させて右前方に逸走させ、折から対向直進してきた茂春の原付に衝突し、茂春を道路右側の用水路(水深約〇・二五m)に転落させ、同所に積んであつた前記鉄パイプ(一本の重量約一六kg)を加害車前部で押して茂春の頭上に落下させ、茂春を脱出不能に陥し入れ、よつて茂春を同所で溺死するに至らしめた。

二  責任原因

(一)  被告宮崎

本件事故は同被告の過失によつて生じた。

すなわち同被告は加害車を運転して前記場所を時速約四〇kmで進行中、進路前方約六九mの地点の道路右側を対向してくる茂春運転の原付をその前照灯で認め、原付と離合するにあたり、同所の前記状況のもとでは、急激なブレーキ操作をすれば車輪が滑走する危険があり、かつ夜間で前方道路の見とおしも悪かつたのであるから、急激なハンドル、ブレーキの操作を差控えるのはもちろん、直ちに減速徐行のうえ場合によつては一時停止するなどして原付の動静に注視し、道路の安全を確認して進行し、原付と安全に離合すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、加害車を進路左側に寄せたのみで漫然前記速度のまま進行し、進路前方の道路幅員が狭くなつているのに直前で気付き、加害車が道路左側に逸脱する危険を感じて狼狽し、原付の動静に注視することなく左に転把するとともに、急制動したため本件事故を発生せしめた。(民法七〇九条)

(二)  被告有限会社吉田工業所、同吉田安麿

同被告らは加害車を保有し、運行の用に供していた。

すなわち、被告有限会社吉田工業所(以下「被告吉田工業所」という。)は、昭和四八年一〇月ごろ、加害車を熊本トヨペツト株式会社より買い受け、爾来被告吉田安麿(以下「被告安麿」という。)を使用者として登録し、昭和五〇年五月ごろから被告宮崎が被告吉田工業所から借りて使用しているうち本件事故が発生した。(自賠法三条)

(三)  被告諫山工業

同被告は、本件事故当時、本件事故現場附近の用水路工事のため、無許可で道路を使用し、路上には砂利等を散乱させ、かつコンクリート枠組の補強材である鉄パイプ(長さ約四m、一辺約四cm角、重量約一六kg)を二〇本宛まとめて集積して道路を占有していた。

本件現場は、有効幅員約三mの狭い道路で、用水路と道路の間に幅一m、深さ一・五m、水深〇・二五mの溝が造られ、その直ぐ側に人工的に鉄パイプ集積場が設置されていたのであるから、溝、鉄パイプ等が全一体となつて土地の工作物を構成するものである。

本件現場は前記のとおり狭く、かつ通行する車の振動などで集積された鉄パイプが崩れ又は落下する危険性が高く、とくに夜間はこれらが障害物となつて道路上の通行者に損傷を与えるおそれがあるからこのようなことのないように設備を設ける必要がある。そのために工事箇所両端に規定標識を設定し、夜間は赤色警戒灯、バリケードを完全に設置し、交通に支障がないようにして施工すべきであるのにこれをしなかつた。それは土地工作物である鉄パイプ集積場の設置、保存に瑕疵があつたものである。(民法七一七条)

三  損害

(一)  亡茂春の損害 一五六六万六二九五円

亡茂春は本件事故当時篠原モータースに勤務して年間一九四万円の給料を得ており、六七歳までは勤務し得たものであるから、世帯主として生活費三〇%を控除してもその逸失利益は次のとおりである。

一九四〇〇〇〇×〇・七×一一・五三六三(一六年のホフマン係数)=一五六六六二九五

(二)  原告吉岡チヨト(以下原告らを特定する場合は名を使用する。)の損害 五五〇万円

1 葬祭費 五〇万円

2 慰藉料 五〇〇万円

同原告は、夫であり一家の柱である茂春を一瞬のうちに失い、未婚の子三人をかかえ、将来について途方にくれている。

右の苦痛を慰藉するには五〇〇万円が支払われるべきである。

(三)  その余の原告らの損害 各二〇〇万円

原告チヨトを除くその余の原告らが敬愛する父を失つた苦痛を慰藉するには金二〇〇万円宛が支払われるべきである。

(四)  相続した損害賠償債権

原告チヨトは亡茂春の配偶者として右(一)の損害賠償債権の三分の一である五二二万二〇九八円を、その余の原告らはいずれもその子としてその損害賠償債権の一五分の二宛である二〇八万八八三九円宛を相続によつて取得した。

(五)  損益相殺

原告らは自賠法による保険金一五〇〇万円と香典その他見舞金名義で合計四六万円を受領したので、香典その他四六万円と保険金の内五〇〇万円を原告チヨトの債権の内金に、保険金の内一〇〇〇万円をその余の原告らの債権の内金各二〇〇万円宛に充当した。

(六)  請求額

1 原告チヨト 五二六万二〇九八円

2 その余の原告ら 各二〇八万八八三九円宛

(七)  弁護士費用

原告らは弁護士に委任して本訴を提起せざるを得なかつたので、その報酬として本訴額の一割以内、即ち原告チヨトについて五二万円、その他の原告について二〇万円宛を要する。

四  結論

よつて、被告ら各自に対し損害賠償として、原告チヨトは金五七八万二〇九八円及びこれから弁護士費用を除いた内金五二六万二〇八九円に対する本件事故後の昭和五三年五月一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、その余の原告らは各金二二八万八八三九円及びこれから弁護士費用を除いた各内金二〇八万八八三九円に対する右同日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

第四請求原因に対する認否

(被告宮崎)

一  請求原因一の(一)ないし(五)は認め、(六)中茂春の進行状況、その時被告宮崎運転の加害車が対向してきたこと、当時の道路の状況及び工事の事実が原告ら主張どおりであること、被告宮崎が本件事故発生の直前、左にハンドルを切り急制動したこと、右急制動の結果、加害車が滑走し、右前方に逸走したこと、道路右端附近に積んであつた鉄パイプを加害車前部で押しやり、工事中の用水路に落下させたこと、茂春が右鉄パイプの下敷になつていたこと、溺死したことは認めるが、茂春の原付が加害車と衝突し、茂春が右用水路に落下したとの主張は争う。

二  同二の(一)は争う。

三  同三中、原告らが亡茂春の妻子であること、自賠責保険金一五〇〇万円の給付がなされたこと見舞金名義の金が交付されたこと(但し、その額は四六万円ではなく四七万円である。)は認めるが、その余はすべて争う。

(被告吉田工業所、同安麿)

一  請求原因一はすべて不知。

二  同二の(二)中登録名義が原告ら主張どおりであることは認めるが、右両被告に自賠法三条に基づく責任があるとの主張は争う。確かに加害車は、被告吉田工業所が昭和四九年夏頃熊本トヨペツト株式会社から買受け使用(所有権は右トヨペツトに留保のまま)していたことはあるが、昭和五二年一〇月頃熊本日産自動車株式会社に下取りのため提供し、同年一二月頃被告宮崎が右日産自動車株式会社から買受け使用していたものであり、本件事故当時は、被告吉田工業所及び被告安麿は、加害車についてなんらの権限も現実の支配を及ぼしうる地位にもなかつた。

三  同三は争う。

(被告諫山工業)

一  請求原因一の(六)中被告諫山工業が当該道路に沿つて用水路建設工事中であつたこと、そのため、道路脇に、道路に沿つて、鉄パイプを二〇本宛まとめて積んでおいたことは認めるが、同被告が道路上に砂利等を散乱させていたとの主張は否認する。

二  同二の(三)は争う。

(一) 本件用水路工事現場は、民法七一七条にいう「土地の工作物」にはあたらない。もともと右の土地の工作物とは、建物、橋、地下道のように地上もしくは地下に人工的につくられた物、および道路、堤防、用水路のように、土地そのものに人工を加えてつくられた物を指していたとおもわれ、本件工事現場の如き、統一性のないバラバラのものまで、その中に取り込むことは解釈論として無理がある。

(二) 本件工事現場がかりに「土地の工作物」にあたるとしても、その設置管理に瑕疵はなかつた。本件工事に際し、被告諫山工業は、工事区間に「お願い。水路改良工事。片側通行。」、「掘削中を表示する絵」、「徐行」、「片側通行」、「工事中につき徐行」、「一〇〇m先工事中」、と各種の標示をなし、あわせて、掘削された溝の脇には、原告ら指摘の鉄パイプを二〇本づつまとめて、くさりでくくつて積み、転落防止の措置を講じていたのであり、その設置管理に瑕疵はなかつたものといわねばならない。この工事現場のばあい、工事管理者である被告諫山工業としてしなければならないことは、通行人もしくは通行車両の運転者が、通常の方法で通行したばあい、転落しないような措置を講ずることで足りる筈であり、前記の各種の標識の設置および転落防止物の設置をもつて、その要件を充足しているものといわねばならない。

本件事故のように衝突した車両の運転者が、その衝撃でとばされて、工事中の溝の中に転落することまで予測して防護措置を講じよ、然らざる限り工作物の設備管理に瑕疵ありというのは、酷に過ぎるか不可能を強いるものといわねばならない。

三  同三はいずれも不知。

第五過失相殺の抗弁

(被告宮崎、同吉田工業、同安麿)

一  茂春は、自分の庭のようにこの道路の状況をよく知つていたのであるから、本件工事の状況、鉄パイプを束ねて置いてある状況、道路の有効幅員(約三m)等についても熟知していたのであるから、普通自動車との離合に際しては、最徐行するなり、道路端に停止するなりして、対向車両との衝突事故を未然に防止するべき注意義務があるのにこれを怠たり、漫然と同一速度で離合しようとして走つて来たため、本件事故が発生したのである。

二  他方、被告宮崎は一ケ月に一回位しか本件道路を通らないため、道路工事の状況を詳しく知らず、該地に差しかかつたが、夜間の警告赤色燈がついていなかつたので、原付を知つて、道路左側によつて進行すれば離合は出来るものと思い、前方を注視しつつ進行した。

ところが、道路が狭くなつているのに気付き、加害車が路外に転落する危険を感じ、ハンドルを右に切るとともにブレーキを踏んだ。

そうすると路面上に砂利が散乱していたためすべりやすくなつていたので、加害車が尻を左に振つて道路をふさぐような恰好で右に逸走した。そして、原付と接触したのである。

三  右のような両車の関係を考えると、その過失の割合は、少くみても五分五分というべきものである。

(被告諫山工業)

茂春は、現場付近の道路状況を知悉していたものであり、したがつて茂春が加害車を認めた時点において道路の状況からして、徐行するか、一時停止するかして、安全に離合する措置をとり、事故を回避すべきであつたのにこれを怠り漫然進行した過失が事故の大きな原因をなしている。

第六過失相殺の抗弁に対する認否

右抗弁をいずれも争う。

第七証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の態様及び被告宮崎の責任原因

(一)  請求原因一の(一)ないし(五)は、原告らと被告宮崎間では争いがなく、被告諫山工業は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

(二)  事故の態様

当事者間に争いない事実に、成立に争いない甲第一ないし第二一号証、鑑定人竹園茂男の鑑定の結果、検証の結果、証人清崎栄治の証言、被告宮崎寿本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する確たる証拠はない。

1  事故現場付近の状況

本件事故現場付近の状況の概略は別紙交通事故現場図(以下単に「図面」という。)のとおりであるが、本件事故当時、被告諫山工業は八〇〇mに及ぶ本件事故現場付近の用水路改良工事を請負い、その施工のため無許可で道路を使用し、路上には土砂を散乱させ、かつコンクリート枠組補強材である鉄パイプ(長さ約四m、一辺約四cm角、重量約一六kg)を二〇本宛チエーンでしばつて図面<い>、<ろ>、<は>、<に>、<ほ>、<へ>点付近に集積して、道路南脇を占用し用水路と道路との間には幅約一m、深さ約一・五m、水深約〇・二五mの溝を掘削していたため、本件事故現場付近の有効幅員は約二・七mないし三m程度であつたが、同被告は夜間は照明燈もなく暗いところであるにもかかわらず、右資材を置いていること或いは工事中であることを示す赤色警戒燈や同種の類の標識を設置していなかつた。

2  加害車の動静

被告宮崎は若干の酒気を帯びて(呼気一lにつき〇・〇五kg)加害車(車幅一・六二m)を時速約四〇kmで運転して、新地方面から城山上代町方面に向け進行中図面<1>点付近に差しかかつた際、進路前方約六九mの図面<ア>点付近を対面進行してくる茂春運転の原付をその前照灯で認識したが、原付と離合するに当つては、加害車を進路左側に寄せただけで十分可能と判断し、前記速度のまま進行して図面<2>点付近に至つたとき、進路前方の有効幅員がそれまでの約三mから更に狭くなつていることに直前で気付き、加害車を道路左側に逸脱する危険を感じて狼狽し、右に転把するとともに急制動の措置をとつたところ、加害車車輪を滑走させて右前方に逸走させ、折から対向直進してきた茂春運転の原付に加害車右側前部を図面<×>点付近で衝突させて茂春を道路右側の前記溝に転落させ、引き続き道路右脇に積んであつた前記鉄パイプ二〇本(図面<い>に置いてあつたもの、総重量約三二〇kg)を加害車前部で押し(加害車が停車した位置と状況は、図面<3>のとおり)、転落した茂春の頭上に落下させて茂春を脱出不能に陥し入れ、よつて、茂春を同所において溺死させる本件事故が発生した。

3  茂春の動静

茂春は原付(車幅〇・六五m)を運転して城山上代町方面から新地方面に向け時速約一三kmで進行して図面<イ>点付近を通過した後、時速約四〇kmで対面進行してきていた加害車が至近距離に至つて突如車体を滑走させてきたため、原付を加害車右側前部に衝突させ、そのため茂春は前記溝に転落し、引き続き落下してきた前記鉄パイプ二〇本の下敷きとなつて脱出不能に陥り、よつて、同所において溺死する本件事故に遭遇した。

(三)  被告宮崎の責任原因

右(二)で認定した事実によれば、被告宮崎には請求原因二の(一)記載の過失があることは明らかであるから、民法七〇九条による損害賠償義務があるものといわなければならない。

二  被告吉田工業所、同安麿の責任原因

被告吉田工業所が昭和四九年頃加害車を熊本トヨペツト株式会社から買い受け、使用者を被告安麿として登録されていることは原告と右被告両名間に争いがないが、前掲甲第九号証(被告宮崎の司法警察員に対する昭和五三年五月一八日付供述調書)、原告らと被告安麿間で成立に争いがなく、このことにより原告らと被告吉田工業所間でも成立を推認しうる甲第二三号証、被告宮崎寿及び同吉田安麿各本人尋問の結果によれば、昭和四九年頃被告吉田工業所が熊本トヨペツト株式会社から買い受け(但し、同会社の所有権留保付き)、使用者名を被告安麿として登録し、三年位使用した後に買い替えのため、熊本日産自動車株式会社に下取りに提供したこと、その際修理箇所があつたため被告吉田工業所で修理のため預つていたところ、被告安麿の以前からの知人であつた被告宮崎が、右のことを知り、加害車を買い取る旨申し向け、結局昭和五二年一二月頃、被告吉田工業所が修理した加害車を右熊本日産から買い受ける旨約し、代金約二五万円を右熊本日産に支払つて、修理保管中の被告吉田工業所において、右熊本日産からその引渡をうけ、以後加害車を自己の用に使用していたことが認められ、これに反する確たる証拠はない。

してみれば、本件事故当時被告吉田工業所及び同安麿に加害車についての運行支配、運行利益があつたものとはいい難いところ、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告らの被告吉田工業所及び被告安麿に対する請求は、その余について判断するまでもなく失当であつて、棄却を免れない。

三  被告諫山工業の責任原因

前記二の(一)で認定した事実によれば、同被告が本件事故現場付近の用水路工事のため、図面表示のとおり、道路脇には鉄パイプを積んで道路を占有し、道路と用水路の間には、溝を造つており、右鉄パイプと道路北側の路肩(未舗装)部分との間には土砂を散乱させていたのであるから、溝、鉄パイプ等が、被告諫山工業が無許可で事実上使用していた交通可能な道路部分と一体となつて土地の工作物を構成するというを妨げず、かつ、本件事故現場は道路南脇に集積された二〇本一たばの鉄パイプ(総重量約三二〇kg)及び溝(幅約一m)の掘削工事のために、有効幅員が三mに満たない狭い所であるうえ、右鉄パイプや土砂が夜間の交通の障害物となつて交通事故を誘発させる危険があることは容易に看取されるのであるから、土砂を掃除したうえ、夜間は赤色警戒燈の類でもつて、鉄パイプの集積箇所を明示するべきであること明らかであり、現に、前掲甲第一二号証、証人清崎栄治の証言によれば、本件事故後被告諫山工業が申請した道路使用許可申請に対し付与された熊本南警察署長の道路使用許可に当つては「現場出入口道路及び工区間のおおむね一〇m前方に「工事中」の標識を設置し、夜間は六〇ワツトの白色照明燈ならびに赤色注意燈を設置すること。工区間は、夜間危険防止のため白色注意燈ならびに赤色注意燈を設備すること工事資材、残土等は交通の妨害とならないよう許可を受けた範囲内に整頓し、倒壊等の防止措置を講ずること。工事の進行に伴ない不用となつた資材、残土等はすみやかに整理し、交通の支障とならないようにすること。」等の条件が付されていることが認められる。

そうであれば、前記鉄パイプの集積場、溝、土砂を一体とした土地の工作物が本来備えるべき保安設備を欠いていたものであるから、その設置、保存に瑕疵があつたものというべく、このために本件事故が惹起されたものというべきである。

被告諫山工業は工事区間に各種の標示をなしていたし、鉄パイプで転落防止措置を講じていたから瑕疵はなかつた旨主張するが、右標示が主張どおりであつたとしても余りにも不十分であり、かつ、右鉄パイプが転落防止どころか、現実の交通事故惹起の有力な一原因となつた本件事故をみるとき、右主張を採用し難いこと多言を要しない。

更に、同被告は、茂春の死亡に至る経過は予測不可能であつたから、工作物の設置、保存に瑕疵ありとはいえないとも主張する。確かに、右経過そのものは非常に珍らしい、或る意味では予測不可能といえるものではあるが、溝の掘削、鉄パイプの集積のために道路の有効幅員が狭くなり、工事のため道路上に土砂等が散乱していたことも相俟つて、被告宮崎の加害車運転を誤らせて原付との衝突事故をひきおこし、もつて交通の安全を阻害したのであり、このこと自体は何ら予測不可能なことではなく、そうである以上、その後の因果の系列に予測不可能なものがあつたからといつて(このことを慰藉料算定に際し考慮することは別として)、工作物の設置、保存の瑕疵を否定すべき理由はないというべきである。

従つて、被告諫山工業は民法七一七条により、損害賠償義務があることになるが、被告宮崎の前記損害賠償義務との関係は不真正連帯債務の関係にあるものと解するのが相当である。

四  過失相殺

原告吉岡チヨト本人尋問の結果によれば、亡茂春はいつも本件道路を通つて通勤したり、昼食をとりに自宅に帰つていたことが認められるから、前記認定の本件事故現場付近の道路状況は十分に知悉していたものと推認される。そして、前記認定の対向車である加害車の進行速度が、自己の原付よりはるかに速いものであつたことを認識することに、それほど困難でもなかつたと推認されるところ、前記道路状況(有効幅員は三mに満たないし、路上には土砂が散乱していた。)や加害車の車幅(一・六二m)、原付の車幅(〇・六五m)、しかも夜間は照明燈もなく暗いところであつたのだから、このような場所で普通乗用車と離合するに際しては、予め徐行もしくは道路脇に停止(より慎重な者は、図面表示の鉄パイプの集積場の<ろ>と<は>、<に>と<ほ>の間に停車するであろう。)するなどして対向車との衝突を未然に防止するべき注意義務があるところ、前記認定の本件事故の態様の下では、右徐行、停止を怠つたものと推認されるのである。確かに、前記認定の被告宮崎運転の加害車の動静と同被告の過失の内容に比べると、亡茂春の過失の程度ははるかに低いものではあるが、亡茂春にもあと少しの慎重さがあれば、本件事故は回避しえたものと解されるのであつて、過失相殺すべきことも止むをえない。(尚、前記認定のとおり被告宮崎は若干の酒気を帯びてはいたものの、前掲甲第六、第七号証及び同被告本人尋問の結果によれば、右酒気帯びと本件事故との因果関係の存在を首肯することはできないところ、他にこれを認めるに足りる確たる証拠はないので、この点についてはこれ以上触れない。)

そして、以上認定の諸般の事情を総合勘案すると、亡茂春の過失の割合を被告宮崎及び被告諫山工業に対する関係で、いずれも二割とみるのが相当である。

(一)  亡茂春の損害 一五六六万六二九五円

原告チヨト本人尋問の結果及び同結果より成立を認める甲第二二号証によれば、亡茂春は本件事故当時篠原モータースこと篠原敬助方に勤務しており、昭和五二年分の給与所得総額が一九四万円であつたことが認められる。そして、弁論の全趣旨(本件記録に編綴されている茂春を筆頭者とする戸籍謄本及び茂春の相続人が原告らであることについて被告宮崎は認めていること)によれば、茂春は昭和二年一月九日生れ(従つて、死亡当時五一歳)であつて、妻が原告チヨト(大正一〇年四月一〇日生)、茂春と同原告間の長女が原告ユミ子(昭和一九年六月三〇日生、昭和四三年四月二二日婚姻)、二女が原告信子(昭和二三年四月一五日生、昭和四四年六月四日婚姻)、三女が原告春代(昭和二六年七月二五日生)、四女が原告しのぶ(昭和三〇年六月二七日生)、五女が原告千春(昭和三四年一月二三日生)であり、本件事故当時三、四、五女が未婚であつたが、既に就職していたことが認められる。以上の諸事実をも考慮すると、茂春はあと一六年間は稼働可能であつて、控除すべき生活費は三〇%とみるのが相当であるから、一六年間のホフマン係数一一・五三六三を使つて、亡茂春の逸失利益を算出すると、原告ら主張どおり一五六六万六二九五円(円未満四捨五入、以下同じ。)となる。

(二)  原告チヨトの損害

1  葬祭費 五〇万円

弁論の全趣旨(被告宮崎、同吉田工業所、同安麿の昭和五八年一一月二九日付準備書面に基づく主張)によれば、亡茂春の葬儀が行われたことが認められるが、これに前記認定の身分関係を併せれば、亡茂春の葬儀は原告チヨトが主宰して取り行われたことが推認されるところ、その費用としては五〇万円が相当である。

2  慰藉料 四〇〇万円

前記認定の諸般の事情(過失相殺の点を除く。)を考慮すると、原告チヨトの慰藉料としては四〇〇万円が相当である。

(三)  原告チヨトを除く原告らの損害 各一五〇万円宛

前記認定の諸般の事情(過失相殺の点を除く。)を考慮すると、原告チヨトを除く原告ら五人の慰藉料としては各一五〇万円宛が相当である。

(四)  相続した損害賠償債権

前記認定の亡茂春と原告らの身分関係によれば、請求原因三の(四)のとおり認められる。

(五)  過失相殺

以上によれば、原告らの損害額は、原告チヨトの場合九七二万二〇九八円(式 五〇〇〇〇〇+四〇〇〇〇〇〇+五二二二〇九八=九七二二〇九八)、その余の原告らの場合各三五八万八八三九円宛(式 一五〇〇〇〇〇+二〇八八八三九=三五八八八三九)となるので、これから亡茂春の前記過失割合(二割)を減じると、原告チヨトの場合七七七万七六七八円、その余の原告らの場合各二八七万一〇七一円となる。

(六)  損益相殺

請求原因三の(五)は原告らの自認するところである(被告宮崎は見舞金名義で四七万円支払つた旨主張するが、これを認めるに足りる十分な証拠はない。)。

(七)  請求額

そうあれば原告らの未てんほ損害賠償額は、原告チヨトの場合二三一万七六七八円(式 七七七七六七八-四六〇〇〇〇-五〇〇〇〇〇〇=二三一七六七八)、その余の原告らの場合各八七万一〇七一円(式 二八七一〇七一-二〇〇〇〇〇〇=八七一〇七一)となる。

(八)  弁護士費用

本件訴訟の全過程を概観すれば、相当因果関係のある弁護士費用としては、原告チヨトの場合二三万円、その余の原告らの場合各八万円宛が相当である。

五  結論

以上の次第であるから、被告宮崎及び被告諫山工業は連帯して、原告チヨトに対し二五四万七六七八円、その余の原告らに対し各九五万一〇七一円宛及びこれらから弁護士費用を除いた分すなわち原告チヨトについては内二三一万七六七八円、その余の原告らについては各内八七万一〇七一円宛に対する本件事故後の昭和五三年五月一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、原告らの本訴請求を右の限度で認容し、原告らの右両被告に対するその余の請求並びに被告吉田工業所及び被告安麿に対する請求をいずれも棄却する。よつて、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 簑田孝行)

別紙図面 交通事故現場図

<省略>

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