熊本地方裁判所 昭和54年(行ウ)1号 判決 1982年12月15日
原告 松村四郎
被告 熊本西税務署長
代理人 有本恒夫 山下碩樹 横内英夫 大村弘一 ほか二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和五〇年一二月三日付でした原告の昭和四七年分所得税についての更正及び重加算税賦課決定の各処分の内、総所得金額を四七四四万七三二二円として算出した所得税額二五一五万六一五〇円を超える部分及び重加算税の全部を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告に対し、昭和四八年三月一五日昭和四七年度分所得の確定申告として、総所得金額を八〇三万五一四〇円(雑所得金額は零として)と申告したところ、被告は昭和五〇年一二月三日付で右金額を八六八四万九五〇四円、税額を五一六〇万九六〇〇円に更正する旨の処分及び重加算税賦課決定処分を行ない(以上の内容は別表(B)欄記載のとおり)、同月五日原告に通知した。
2 原告はこれに対し、昭和五一年一月二八日被告に異議申立をしたが、右申立日の翌日より三か月経過しても決定がないので、原告は更に同年七月六日熊本国税不服審判所長に審査請求したが、右請求日の翌日より三か月経過しても裁決がない。
3 ところで原告の昭和四七年度分の総所得金額は四七四四万七三二二円(その内容は別表(C)欄の(一)総所得金額の内訳欄記載のとおり)であり、被告の前記更正処分中右金額を超える部分は原告の所得のうち雑所得を過大に認定した違法がある。
また、本件重加算税賦課決定処分は、右過大に認定した所得金額を前提としている点、及び原告において課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装した事実がないのにされた点において違法である。
よつて、原告は本件各処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実はいずれも認める。
2 同3の事実のうち、原告の昭和四七年度の総所得金額が四七四四万七三二二円であることは否認し(ただし内訳の不動産及び給与の各所得金額は認める。)、その余は争う。
三 被告の主張
1 原告の昭和四七年度分の所得税の課税標準等及び税額等は別表(B)欄記載のとおりである。
2 しかして、右課税標準たる所得金額のうち、雑所得の内容は次のとおりである。すなわち、原告は、昭和四七年に新日本証券株式会社熊本支店等を通じて、有価証券の売買を行ない左記の利益を得たものである。
(一) 収入金(取引損益金)
(1) 株式現物取引によるもの 五六六六万五〇七九円
(2) 株式信用取引によるもの 二一七六万七九二八円
(3) オープン型投資信託によるもの 損失九八万〇二一五円
(4) ユニツト型投資信託によるもの 八七万〇三三七円
(5) 公社債投資信託によるもの 一万六二〇三円
(6) 国債によるもの 二九六六円
(7) 社債によるもの 五〇万四七一四円
計 七八八四万七〇一二円
(二) 必要経費 四万二六四八円
原告の右収入を得るための経費であり、証券会社に支払つた保護預り料、収入印紙代等である。
(三) 差引所得金額
(一)―(二) 七八八〇万四三六四円
3 重加算税については次のとおりである。
(一) 原告は、前記2(一)記載の有価証券取引を仮名を用いて行なつていたものであり、課税標準の基礎となるべき事実を仮装、隠ぺいし、これに基づき確定申告書を提出した。
(二) 右(一)の仮装、隠ぺい行為に基づく重加算税額を国税通則法六八条一項等の規定により計算すると、別表(B)欄の(七)記載のとおりである。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1のうち、別表(B)欄に係る(一)総所得金額内訳の雑所得金額は否認し、右雑所得金額の存在を前提とする(一)総所得金額、(三)課税される所得金額、(四)算出税額、(六)申告納税額も否認し、その余の事実は認める。
2 同2のうち、原告が有価証券の売買をしたとの点は否認し、その余の事実は知らない。
原告は昭和二一年頃から妻松村スミエと共同で種々の事業を経営し、次第に財産を作つて行き、昭和二七年頃からその現金資産を株式に投資するようになり、その際仮名を用いたが、投資した有価証券は原告と妻スミエとで半分宛所有する意思であつたから、その取引から生ずる利益も原告とスミエに半額ずつ帰属するものである。従つて、被告主張の昭和四七年度の雑所得七八八〇万四三六四円のうち原告の所得となるのはその半額の三九四〇万二一八二円であり、残りの半額は妻スミエに帰属すべきものである。
3 同3の(一)のうち、有価証券取引が仮名を用いて行なわれていたことは認めるが、その余の事実及び同(二)の事実はいずれも否認する。
ところで、重加算税賦課の要件である事実の隠ぺいと、その仮装隠ぺいしたところに基づいて申告するということは、納税者が真実は申告すべき所得が存在することを知りながら、仮装隠ぺいした事実に基づき、真実の所得額より過少の申告を行なうことである。しかしながら原告及びスミエには有価証券の売買による利益が存在したとの認識はなかつたものである。すなわち、昭和四七年度は、原告らは、野村、大和、新日本の三証券会社について合計八一一回に及ぶ売買を行なつているが、その売買の結果としての利益については、数額はおろか利益か損失かの概略の認識さえも存在せず、所得発生の事実の認識がそもそもなかつたのであるから、原告には仮装隠ぺいの事実を基礎として過少の申告を行なう意思など存在しようはずがない。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、被告の主張1のうち別表(B)欄に係る(一)総所得金額内訳の雑所得金額(及びその存在を前提とする(一)総所得金額、(三)課税される所得金額、(四)算出税額、(六)申告納税額)を除く部分も当事者間に争いがない。
二 被告の主張1及び2のうち、有価証券取引による雑所得の発生については、<証拠略>を総合してこれを認めることができる。
原告は、本件雑所得のうち半額は妻松村スミエの所得とすべきであると主張するが、右主張に一部沿うかのような証人松村スミエの供述部分は後記認定の事実に照らして採用しえず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
すなわち、<証拠略>を総合すると、原告は第二次大戦後個人で事業を始め、それから得た利益は無記名の定期預金にしていたが、昭和二七、八年頃数千万円以上あつた預金の殆どを投資信託に切替え、昭和三四、五年頃から株式の取引も始め、それ以降は右投資信託を次々に株式に切替えたこと、右取引についてはすべて仮名でしていたこと、原告はスミエが昭和三七年頃癌の手術をして自宅療養をしていた際、当時事業の経営に多忙を来たしていたこともあつて、この頃持つていた証券関係の書類や印鑑等を一切スミエに預けたこと、スミエに任せた際、額面は約二億円にも昇つていたこと、なお原告の意思としては、スミエに右証券を贈与した訳ではなく、多忙のため配当金を受け取つたり投資信託を切り替えることなどをスミエに任せたにすぎないこと、従つて、原告は証券会社の担当者と電話中のスミエに対して、その株は売るなとか買うなとかという指示をすることもたびたびあつたこと、また昭和四一、二年頃スミエが癌の再治療を受けていた間は、再び原告がスミエに代つて、株式取引をしていたこと、昭和四六年頃においてスミエが野村、大和、新日本の各証券会社に預けていた証券の価額は、それぞれ数千万円または一億円を超えるものであつたこと、野村証券熊本支店営業課長であつた尾崎齊がスミエから預つた株券を無断使用した件について、その発覚前はスミエに対して尾崎に売買報告書や預り証を持つて来るよう何回も要求させ、その弁償方について野村証券側と交渉した際も、殆ど原告が中心となつてこれにあたり、昭和四七年七月一八日頃原告にとつて有利な条件で話をまとめたこと、更に本件につき熊本国税局の調査が始まつた昭和四九年二月頃、原告は野村証券熊本支店の総務課長や営業課長に対して、自分は取引内容は知らないから一切話したり、取引内容に関する書類は出さないでくれ、と数回頼んでいること、以上の事実が認められ、右事実によれば昭和四七年における野村、大和、新日本の各証券会社との間の有価証券取引については、その個別的、具体的な取引行為自体はスミエがこれを担当したものであるが、これらはいずれも原告の包括的な委託に基づくものであつて、その取引による所得はすべて原告に帰属したものと認めるべきである。
以上によれば、原告の雑所得金額は被告主張のとおり七八八〇万四三六四円であると認められるから、原告の申告すべき適正な納税額は別表(B)欄の(六)記載のとおり五一六〇万九六〇〇円と認められる。
従つて被告の本件更正処分には違法の点はなく、その取消しを求める請求は理由がない。
三 次に重加算税賦課処分について検討する。
前判示のとおり、原告の昭和四七年度の有価証券取引による雑所得は七八八〇万四三六四円であり、原告は同額の過少申告をしていたものである。
ところで、本件取引が仮名を用いて行なわれていたことは当事者間に争いがないところ、このような方法で取引がなされればその取引から発生する所得も結局外部からは架空の仮名人名義のものとしてしか把握できないことになるから、特段の事情のないかぎりかかる仮名での取引が国税通則法六八条一項所定の課税標準等の基礎となるべき事実の隠ぺいに該当することは明らかであり、原告の申告は右隠ぺいしたところに基づいてなされたものというべきである。
この点に関し、原告は、原告には本件雑所得が発生したことについての認識がなかつたから、右所得を隠ぺいして過少な申告を行なうという意思もなく、従つて重加算税賦課の要件はない旨の主張をする。
しかし、国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が、課税要件事実を隠ぺいし、または仮装する方法によつて行なわれた場合に、行政機関の行政手続により違反者に課せられるもので、これによつてかかる方法による納税義務違反の発生を防止し、もつて申告納税制度の信用を維持し、徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の制裁措置であり、故意に所得を過少に申告したことに対する制裁ではないものである。従つて、税の申告に際し、仮装、隠ぺいした事実に基づいて申告する、あるいは申告しないなどという点についての認識を必要とするものではなく、結果として過少申告などの事実があれば足りるものと解すべきである。もしそのような認識まで必要であると解すると、本来違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは、趣旨や性質を異にするものであるにも拘らず、刑事犯としての脱税犯の犯意と同じことになり、重加算税の行政上の制裁という本質からも外れることになるからである。
のみならず、仮に原告主張のごとく過少に申告することについての認識が必要であると解されるとしても、前記認定の諸事実によれば、原告もしくは同人から包括的に委任を受けていた妻スミエにおいて本件雑所得の発生、存在を認識していたものと推認するのが相当であり、仮にそうでないとしてもこれを知り得べきものであつたと認められ(およそ本件のような有価証券取引をなすものがその取引による損益を知り得ないなどということは通常考えられない。)、そうであれば、原告は本件確定申告をなすにあたり本件有価証券取引から生じた雑所得を除外することについての認識があつたもの、そうでないとしても過失によりこれを認識しなかつたものと認めるべきだから、いわゆる行政罰の性質を有する重加算税賦課の要件として欠けるところはないというべく、いずれにせよ原告の主張は到底採用できない。
そうすると、重加算税額は別表(B)欄の(七)記載のとおり一五〇九万円となるから、被告の本件賦課決定処分にも違法の点はなく、その取消しを求める請求も理由がない。
四 以上の次第で原告の本訴請求は全部理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田和夫 最上侃二 山内功)
別表 <略>