大判例

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熊本地方裁判所 昭和55年(ワ)429号 判決 1982年9月29日

原告

山口銀三郎

右訴訟代理人

井上允

被告

株式会社朝日新聞社

右代表者

渡辺誠毅

右訴訟代理人

川野次郎

訴訟被告知人

右代表者法務大臣

坂田道太

主文

1  被告は原告に対し、九〇万円及び内八〇万円に対する昭和五五年七月二二日から、内一〇万円に対する昭和五七年九月三〇日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その二を被告の各負担とする。

事実《省略》

理由

一本件記事による名誉毀損

請求原因第2項の事実(本件記事の掲載)は当事者間に争いがない。

ところで名誉毀損の成否は、通常人がその記事を読んでいかなる印象を受けるかを標準として判断すべきであるところ、新聞記事の通常の読者は、当該記事の内容を理解するにあたり、記事の大きさや見出しの記事によつて強く印象づけられ、この印象に大きく影響されるのが通例であることは経験則上明らかである。

そこで、かかる観点から本件記事の名誉毀損性について検討するに、<証拠>によれば、本件記事に関連する記事として、同紙面のトップに「腐敗市政 頂点にメス牛深」と横書きの、更に一行目から九行目にかけ五段抜きで「西村覚悟、無言青い顔」、「告発から五ヵ月検察が執念の捜査」とそれぞれ大見出しをつけ、牛深市長公室における捜索の模様を撮影したキャビネ大の写真とともに西村が収賄容疑で逮捕された旨の記事が掲載されていることが認められる。

そこで進んで本件記事の内容について検討を加えるに、記述の第二段目までは、原告が「六十万円相当のしやくなげの日本画を買い、『日ごろ世話になつているお礼として』西村に贈つた疑い。」と記載し、右贈収賄の事実をあくまで「疑い」の域を出ないものとして取扱つているが、第三段目になると、原告は逮捕の翌日である昭和五五年四月二四日に「取り調べ検事に対し、自ら『趣味は日本画。集めている絵は三、四万円のものが多いが、一番高いのは六十万円』などと自供した。」とし、続いて「しかし、熊本地検が四月二三日山口の自宅を家宅捜索した時には、しやくなげの絵は見当らず、追及してわかつた、という。」と、取調べ検事の追及の結果、右二四日の自供に至つたように、すなわち右贈収賄の事実を第二段目の疑いの域を越えてあたかも存在したかのように記載し、更に第四段目においては「こうしたつけ届けは、ほとんど日常的に行われていたものと熊本地検はみており、」と右事実を確定的なものと印象ずけるがごとき記載をしていることが認められ、右認定に反する<証言>は独自の見解を述べるもので、新聞記事の通常の読者の立場からは到底是認することはできないものである。

右事実によれば、本件記事は、これを読む一般通常人に対し、原告が昭和五三年一二月のお歳暮シーズンに熊本市のデパートから六〇万円相当の日本画を購入し、これを自己が代表取締役をしている共和舗道株式会社の関係工事について、その工事予定価格を教えてもらうなど日頃世話になつている謝礼として当時の牛深市長西村に贈つたとの印象を与えることは明白であつて、かかる事実を流布されると原告の社会的評価が低下するのは当然である。

以上によれば、原告は、本件記事を掲載した新聞の発行頒布により、その名誉を毀損されたというべきである。

二本件記事による名誉毀損の違法性

新聞に報道された事実は、それが公共の利害に係わるもので、かつ事実の報道が専ら公益を図る目的でされた場合に、その事実が真実であるか、または真実であると信ずべき相当の理由があることの証明があつた場合には、右報道にかかる事実が仮に人の名誉を毀損する場合でも、その違法性を阻却し、不法行為責任を負わないと解すべきところ、被告は、本件記事は真実の内容を有するものであると主張するので、以下検討する。

1  本件記事は贈収賄という反社会行為に関するものであるから、事柄の性質上公共の利害に係わるものであるといえるところ、<証拠>によれば、被告熊本支局は、昭和五三年一二月牛深市議会の一議員が牛深市の公共事業にからむ談合事件を熊本地方検察庁に告発して以来、右事件に注目し、支局をあげてその取材にあたつてきたが、右取材を通じ右事件はいきおい当時の牛深市長西村に対する贈収賄に発展するとの予測をもつていたこと、そして本件記事はその一環として取材、掲載されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はなく、右事実によれば、被告は、新聞報道の建前から専ら公益を図る目的で本件記事を掲載したものと認めることができる。

2  <証拠>によれば、本件記事は、鳥居記者が昭和五五年四月一九日夜前記談合事件の捜査担当検事宅において同検事から取材した「昭和五三年一二月のお歳暮シーズンに原告が熊本市内の鶴屋デパートから六〇万円相当のしやくなげかぼたんの日本画を買い、これを西村市長に贈つた疑いがあるので、現在捜査中である、鶴屋デパートへは右購入の件を照会中である。」との情報及び同月二五日夜右検事とは別の検事宅において同検事から取材した「原告は取調べ検事に対し、自分の方から、私の趣味は日本画で、二、三万円のものが多いが、その中で一番高いのは六〇万円のものである、と話した。」との情報に基づき執筆した原稿に、当時の被告熊本支局のデスク仁田丈三が、独自の判断で、その三段目最終行を「しやくなげの絵は見当たらなかつた。」から「しやくなげの絵は見当らず、追及してわかつた、という。」と訂正加筆して作成したものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

しかしながら、本件記事の内容が真実であると認めるに足りる証拠はない。

3 因みに<証拠>によれば、鳥居記者は前記四月二五日夜に取材した検事から、本件記事を取材する以前に既に数回に亘り非常に確度の高い情報を得ていたので、本件取材についても、得られた情報は真実であると盲信し、また被告熊本支局においても、鳥居記者が前記談合事件に関して今までに非常に確度の高い取材をしてきていたことから、右取材にかかる事実の真実性に疑問を抱かず、何ら裏付け調査を指示することもなく前記二の2のとおりの経緯でこれを新聞に掲載したことが認められ<る。>

ところで、<証拠>によれば、本件贈収賄の賄賂とされた日本画は、その画題が肥後椿であつて、昭和五三年一一月二二日に購入され、一先ず共和舗道株式会社事務所に配達されたが、数日後には原告の自宅に搬入され、以降右自宅の中廊下や縁側の壁に懸けられていたこと、鳥居記者は前記四月一九日の取材の際、検事から右日本画が原告宅にあるかどうかわからない旨を、更に四月二五日の取材の際にも、検事から鶴屋デパートへ照会中の右日本画購入の件についてはいまだに回答がない旨をそれぞれ聞いていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。それにも拘らず、鳥居記者及び仁田丈三は、鶴屋デパートに対し右日本画購入の件について照会するとか、共和舗道株式会社の従業員或いは原告の家族から右に関する事情を聞くなど、その裏付け調査を何らすることもなく、いまだ捜査当局が正式の発表をしていない段階において直ちに本件記事を執筆し、前記のとおりこれを紙上に掲載したものであるから、たとえ本件記事が捜査の関係者から得た情報に基づくものであるとしても、本件記事の執筆、掲載は軽卒のそしりを免れず、したがつて右各担当者が本件記事の内容を真実と信じたことにつき相当の理由があつたものとは到底いい得ないというべきである。

そうすれば、本件記事による名誉毀損については、違法性を阻却すべき事由は何ら存在しないということになる。

三被告の使用者責任

本件記事は、被告の被用者である前記各担当者がその事業の執行として前記のとおり取材、執筆、掲載したものであるところ、本件記事が前記一で認定したとおり原告の名誉を毀損するものであるから、被告は民法七一五条により原告の蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

四損害

原告は、昭和四七年九月に設立され、本店を牛深市牛深町に置き、主として熊本県市町村など地方公共団体発注の道路舗装及び土木工事の請負施行を業とする共和舗道株式会社の代表取締役であること、他方被告は、公知のとおり我が国有数の日刊新聞社であること、原告は、昭和五五年四月二三日牛深市の公共工事をめぐる談合容疑で他の同業者三名とともに熊本地方検察庁検事に逮捕、勾留され、取調べを受けたが、右四名のうち原告のみは、結局原告らと同様右談合入札に加つた同業者一〇数名とともに談合罪により略式裁判で罰金刑に処せられ、右判決は確定したことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、共和舗道株式会社は資本金一、五〇〇万円、従業員数約五〇名、昭和五五年当時の総請負工事代金額約四億円、右工事のうち約九〇パーセントが公共の道路舗装工事で占められ、牛深市では舗装業者としてAランクに指名されていること、原告も、当時は天草建設協会の理事、火薬保安協会牛深分会長、牛深商工会議所議員の職にあつたほか、牛深高等学校野球部の後援会副会長、牛深ロータリークラブ会員と幅広く活躍し、いわゆる地方の名士といわれる者の一人であつたこと、原告は右談合事件発覚後右野球部後援会副会長を辞任したほか、商工会議所議員及び牛深ロータリークラブ会員を辞任する旨の意向を表示したが慰留されたこと、しかしこれら辞任ないし辞任の意向は談合罪による逮捕、勾留、処罰に基づくもので本件記事の掲載とは直接関係がないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件記事により原告の蒙つた精神的苦痛はそれ程大きいものではなかつたと推察できなくもないが、前記二の2、3でそれぞれ認定した本件記事の取材から掲載に至る経緯(本件記事の内容が真実であるとはいいがたいものであり、かつその取材にあたり右事実が真実であると信ずべき相当の理由など毫も存在しない。)並びに新聞の果している現代的機能、その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、原告が本件記事の掲載によつて蒙つた損害は必ずしも軽微なものとはいえず、これを金銭に見積れば八〇万円を下らないとみるのが相当である。

<証拠>によれば、原告は本訴提起及びその遂行を原告訴訟代理人に委任し、着手金として二〇万円を支払い、報酬として、本件訴訟が判決言渡しによつて終了する日である昭和五七年九月二九日に認容額の一割相当の金員を支払うことを約したことが認められ、右認定に反する証拠はないが、本件事案の難易、請求額及び認容額、審理期間その他諸般の事情を斟酌すれば、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害として、被告に支払いを命ずべき弁護士費用は一〇万円が相当である。

五結び

以上によれば、原告の本訴請求は、右損害額計九〇万円及び内八〇万円(慰藉料)に対する弁済期後で本訴状送達の日の翌日である昭和五五年七月二二日から、内一〇万円(弁護士費用)に対する右同様弁済期後で前記支払い約束の日の翌日である昭和五七年九月三〇日からいずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条をそれぞれ適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(柴田和夫 最上侃二 山内功)

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