熊本地方裁判所 昭和58年(ワ)522号 判決 1986年2月24日
原告(反訴被告)
西村民雄
被告(反訴原告)
本道幸司
主文
一 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、別紙交通事故による原告(反訴被告)の損害賠償債務の存在しないことを確認する。
二 反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
主文第一、三項に同旨
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 反訴被告は、反訴原告に対し、金一六九万二九六三円及びこれに対する昭和五七年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
3 仮執行宣言
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
主文第二、三項に同旨
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1 原告(反訴被告、以下「原告」という)は、別紙記載の交通事故(以下(本件事故」という)を惹起した。
2 原告は、被告(反訴原告、以下「被告」という)に対し、合計金一四八万三六六〇円を支払つたが、被告は、未だ本件事故による原告に対する債権があると主張している。
よつて、原告は、被告に対し、本件事故による原告の損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。
二 本訴請求原因に対する認否
すべて認める。
三 反訴請求原因及び本訴抗弁
1 原告は、本件事故を惹起したが、本件事故は、前方注視義務を怠つた原告の一方的過失に基づくものであり、また、原告は、別紙加害車両欄記載の車両の所有者である。
2 本件事故により、被告は、外傷性頸部症候群の傷害を受け、熊本市南高江町東前田四二―一所在の斉藤和病院に昭和五七年一〇月三〇日から昭和五八年一月一九日まで八二日間入院したほか、昭和五七年一〇月二八日、二九日及び昭和五八年一月二〇日から同年三月七日までの計四九日間(うち診療実日数三〇日)通院した。
3 本件事故による被告の損害は次のとおりである。
(一) 治療費 金一四七万六六〇〇円
(二) 入院雑費 金八万二〇〇〇円
一日一〇〇〇円の八二日分
(三) 通院交通費 金一万八五六〇円
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
主文第二、三項に同旨
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1 原告(反訴被告、以下「原告」という)は、別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という)を惹起した。
2 原告は、被告(反訴原告、以下「被告」という)に対し、合計金一四八万三六六〇円を支払つたが、被告は、未だ本件事故による原告に対する債権があると主張している。
よつて、原告は、被告に対し、本件事故による原告の損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。
二 本訴請求原因に対する認否
すべて認める。
三 反訴請求原因及び本訴抗弁
1 原告は、本件事故を惹起したが、本件事故は、前方注視義務を怠つた原告の一方的過失に基づくものであり、また、原告は、別紙加害車両欄記載の車両の所有者である。
2 本件事故により、被告は、外傷性頸部症候群の傷害を受け、熊本市南高江町東前田四二―一所在の斉藤和病院に昭和五七年一〇月三〇日から昭和五八年一月一九日まで八二日間入院したほか、昭和五七年一〇月二八日、二九日及び昭和五八年一月二〇日から同年三月七日までの計四九日間(うち診療実日数三〇日)通院した。
3 本件事故による被告の損害は次のとおりである。
(一) 治療費 金一四七万六六〇〇円
(二) 入院雑費 金八万二〇〇〇円
一日一〇〇〇円の八二日分
(三) 通院交通費 金一万八五六〇円
バス代片道二九〇円三二往復分
290(円)×2×32=1万8,560(円)
(四) 逸失利益 金五九万九四六三円
被告は、本件事故により、一一二日間就労することができなかつた。被告は、本件事故当時二〇歳であつたので昭和五七年熊本県産業計企業規模計二〇~二四歳男子労働者の平均年収により逸失利益を算出すると次のとおりとなる。
137,800円(定期的給与額)×12+300,900円(年間賞与等給与額)=1,954,500円
1,954,500(円)×112/365=599,736円
(五) 慰藉料 金七五万円
(六) 弁護士費用 金二五万円
被告は、被告代理人に対し、その報酬として金二五万円を支払つた。
よつて、被告は、原告から金一四八万三六六〇円の支払いを受けているので、右損害残額金一六九万二九六三円及び本件事故発生の日である昭和五七年一〇月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
四 反訴請求原因及び本訴抗弁に対する認否並びに反論
1 反訴請求原因及び本訴抗弁1は認める。
2 同2のうち、傷害と治療との間の因果関係及び治療の必要性は否認し、その余は認める。
3 同3は不知又は否認
(原告の反論)
(一) 斉藤和病院の診断によれば、初診時は右頸部右肩の疼痛、頭痛熱感、頸部運動時痛みが増強すること、全身の倦怠感、知覚減退が、入院時においては頭重感及び頸部熱感等の症状があつたとされるが、これらはいずれも自覚的症状であつて他覚的所見は認められず、しかも、右自覚症状は外傷性頸部症候群に特有なものでないから、右傷害と本件事故との因果関係を認めるに足りる積極的根拠は存しない。
(二) 治療内容についても対症療法のみしかなされておらず、仮に前記傷害と本件事故との間に因果関係があるとしても、経過の観察及び検査の目的で一週間程度の入院で十分であり、その後の治療も三週間程度の通院で十分である。
(三) 本件事故により被告車が受けた損傷は極めて軽微であり、仮に被告が外傷性頸部症候群の傷害を受傷していたとしても、通院加療で七〇日も治療すれば治癒するものである。
したがつて、被告の受けた損害は、
(1) 治療費 金四八万三六六〇円
(2) 通院費用 金二万一二〇〇円
(3) 休業損害 金三二万六五六四円
170万2,800円(20歳男子の平均年収)×70/365=32万6,564円
(4) 慰藉料 金三〇万円
の合計金一一三万一四二四円である。
第三証拠
本件記録中書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれをここに引用する。
理由
一 本訴請求原因はすべて当事者間に争いがない。
二 反訴請求原因及び本訴抗弁1は当事者間に争いがなく、同2のうち、被告が、外傷性頸部症候群の傷害で、熊本市南高江町東前田四二―一所在の斉藤和病院に昭和五七年一〇月三〇日から昭和五八年一月一九日まで八二日間入院したほか、昭和五七年一〇月二八日、二九日及び昭和五八年一月二〇日から同年三月七日までの計四九日間(うち診療実日数三〇日)通院したことは当事者間に争いがない。
三 そこで、被告の損害等について検討する。
1 成立に争いのない甲第一号証、同第四号証及び乙第八号証、本件事故直後の被害車両の写真であることに争いがない甲第一八号証の一ないし四並びに証人斉藤和の証言によれば、本件事故は、原告運転の車両が右折するため停車中の軽自動車に追突して同軽自動車を押し出し、対向してきた被告運転の普通乗用自動車の後側部に追突させて惹起されたものであるところ、被告は、本件事故の翌日の昭和五七年一〇月二八日に斉藤和病院で診察を受けたが、その際、レントゲン等の所見には異常が認められなかつたものの、握力の低下が認められ、右頸部及び右肩部痛、頭痛、顔面の熱感等の愁訴から、外傷性頸部症候群と診断されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。確かに右認定のとおり、本件事故は二次的衝突で、衝突したのが軽自動車(被告車両は普通乗用自動車)であり、しかも追突個所は被告車両の後側であること、また前出甲第一八号証の一ないし四によれば、被告車両の損傷もさほど大きくないことが認められる。しかしながら、右のような衝突の方向、程度によつても外傷性頸部症候群を引き起しうると考えられ、かつ、本件事故の翌日、被告が前記のような症状を訴え、医師が被告の愁訴が外傷性頸部症候群の症状を矛盾しないと認定した以上、被告は、本件事故により外傷性頸部症候群の傷害を負つたものと認められる。
2 成立に争いのない甲第六号証の一ないし三、同第七号証の一、二、同第一〇号証、同第一四号証、同第一六号証の一、二及び同第一七号証並びに証人岩村隆司及び同斉藤和の各証言によれば、被告は、斉藤和病院に入院した昭和五七年一〇月三〇日において、頭重感、熱感を訴え、この愁訴が一二月中ころまで続いたこと、同年一二月の診察時においても、右肩こり感、頭重等の愁訴に加え、検査の結果、右手の握力低下があり、スパーリングテストの結果、頸部に鈍痛の訴えがあつたこと、右頸部痛の訴は、退院直前まで続いたこと、一方、斉藤和病院において、入院中に行われた治療は、消炎酵素剤、鎮痛剤、ビタミン剤等の投与、肝疾患剤、リン酸分解酵素等の注射、理学的療法等の対症療法が主であつたこと、また、被告の入院中の態度は極めて悪く、同年一一月五日の夜部屋に不在であつたことをはじめとして、しばしば、不在のことが多く、同月一二日夜から翌一三日にかけて外泊したのをはじめとして数回外泊しており、特に同年一二月以降ほとんど毎日のように不在であつたり、外出、外泊をくり返していたことが認められる。
右認定の事実並びに前記認定のとおりの本件事故による衝突の部位、程度及び被告にはつきりとした外部的な所見が認められなかつたことを合わせ考えると、被告の本件事故による外傷性頸部症候群は軽度であつて、このような傷害により長期に入院する必要性に乏しく、長期入院にいたつた主な原因は右認定のような入院時の被告の態度に照らし、被告の有する心因的な要素にあると認めることができる。そして、右のような傷害についてどの程度の期間、どのような治療が適当であつたかは、医師の裁量の範囲の問題もあり必ずしも明らかでないが、かといつて被告に生じた全損害を原告に負担させることは、公平の理念に照らし相当でない。したがつて、右のような観点からすると、本件の場合、本件事故により被告に生じた損害のうち、五割を原告に負担させるのが相当である。
3(一) 治療費 金一四七万六六〇〇円
成立に争いのない乙第二号証及び同第四号証によれば、被告が、昭和五七年一〇月二八日から昭和五八年三月七日までに斉藤和病院に要した治療費が金一四七万六六〇〇円であつたことが認められる。
(二) 入院雑費 金八万二〇〇〇円
被告が八二日間入院したことは前記のとおりであり、右入院期間中、一日一〇〇〇円の割合による合計八万二〇〇〇円の入院雑費を要したことは経験則上これを認めることができる。
(三) 通院交通費 金一万八五六〇円
弁論の全趣旨により、被告は、通院のため、斉藤和病院までのバス代として片道二九〇円を要したことが認められ、前記のとおり三二回通院したから通院交通費として合計一万八五六〇円を要したことが認められる。
(四) 逸失利益 金五九万九七三六円
被告が本件事故当時二〇歳であつたこと及び一一二日間休業したことは弁論の全趣旨により認めるとができ、昭和五七年度の熊本県における二〇歳から二四歳までの労働者の平均給与年間一九五万四五〇〇円として休業期間一一二日分を算出すると、五九万九七三六円となる。
(五) 慰藉料 金七五万円
前記認定のとおり入通院期間を考慮すると被告の本件事故により受けた精神的損害を慰藉するには、七五万円が相当である。
(六) 以上によれば、本件事故により被告の受けた損害は、合計金二九二万六八九六円となるが、このうち、原告の負担する分は前記のとおり、その五割であるから、その額は、一四六万三四四八円となる。
4 被告が、原告から、本件事故による損害賠償として金一四八万三六六〇円の支払いを受けていることは、当事者間に争いがない。とすると、右のとおり、原告の賠償すべき額は金一四六万三四四八円であるから、すべて填補されていることとなる。
とすると、右のとおり原告が被告に対し賠償すべき損害はすべて填補されているから、被告はこれを訴求することは許されず、そのための弁護士費用も本件事故と相当因果関係ある損害と認めることができない。
四 よつて、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 廣永伸行)
別紙
一 発生年月日 昭和五七年一〇月二七日
二 加害者 原告
三 被害者 被告
四 加害車両 普通乗用自動車(熊56そ9635)
五 被害車両 普通乗用自動車(熊55め1941)
六 事故現場及び態様 原告が加害車両を運転して、宇土市築篭町二二一の一・一平ラーメン前交通整理の行なわれている交差点を走潟方面から宇土市内方面に進行中、交差点手前に停車していた訴外石川妙子運転の軽乗用自動車(熊50い5950)に衝突し、訴外石川車は右衝突による衝撃で前に押し出され、同交差点を宇土市内方面から走潟方面に進行してきた被告車に衝突。