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熊本地方裁判所 昭和58年(行ウ)4号 判決 1985年11月13日

昭和五八年(行ウ)第三号、同第四号事件

原告

士野顕一郎

右法定代理人親権者

士野優

士野佐登子

昭和五八年(行ウ)第四号事件

原告

士野優

昭和五八年(行ウ)第四号事件

原告

士野佐登子

右原告三名訴訟代理人

津留雅昭

昭和五八年(行ウ)第三号事件

被告

玉東町

右代表者町長

稲村純雄

昭和五八年(行ウ)第四号事件

被告

玉東中学校長

田口大典

右被告両名訴訟代理人

塚本安平

塚本侃

主文

一  原告らの被告玉東中学校長に対する訴をいずれも却下する。

二  原告士野顕一郎の被告玉東町に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(昭和五八年(行ウ)第三号事件)

一  請求の趣旨

1  被告玉東町(以下「被告町」という)は、原告士野顕一郎(以下「原告顕一郎」という)に対し、金一〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告町の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第二項と同旨

2  訴訟費用は原告顕一郎の負担とする。

(昭和五八年(行ウ)第四号事件)

一  請求の趣旨

1  被告玉東中学校長(以下「被告校長」という)の制定した同中学校服装規定のうち男子の髪形について「丸刈、長髪禁止」と規定した部分(以下「本件校則」という)が無効であることを確認する。

2  被告校長は、前項の趣旨を同中学校の生徒及び父兄に対して周知せしめるため、文書によつて公示し、あるいはこれを配布するなど適当な方法をとらなければならない。

3  被告校長は、原告顕一郎に対して、本件校則に従わなかつたことを理由として懲戒処分をなし、あるいは成績の評定にあたつてこれを斟酌するなどの不利益となる一切の行為をしてはならない。

4  訴訟費用は被告校長の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  本案前の答弁

主文第一、三項と同旨

(二)  本案の答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一請求原因

1  当事者

原告顕一郎は、昭和五六年四月、態本県玉名郡玉東町立玉東中学校(以下「本件中学」という)に入学し、昭和五九年三月同校を卒業するまで生徒として在籍していたもの、原告士野優(以下「原告優」という)は原告顕一郎の親権者父、原告士野佐登子(以下「原告佐登子」という)は同じく親権者母である。

被告町は、本件中学を設置するもの、被告校長は、同校の校務をつかさどるものである。

2  本件校則の制定

被告校長は、昭和五六年四月九日、男子生徒の髪形について、「丸刈、長髪禁止」とする服装規定(本件校則)を制定、公布した。

3  本件校則の違法性

(一) 憲法違反

本件校則は次のとおり憲法に違反し無効である。

(1) 本件校則は、本件中学に在籍する男子生徒を住居地及び性別により差別的に取り扱うことを定めた規定であり、憲法一四条に違反する。

すなわち、原告顕一郎は、個人の都合を無視して作られた「校区制」のため徒歩で三〇分かかつて本件中学へ通学したが、国鉄を利用すれば四五分前後で通学可能な地域に、頭髪について丸刈を強制していない中学校が三校存在するのであるから、「校区制」を前提とする限り、住居地により差別的取扱いを受けることになる。又、本件校則は、男子生徒の髪の長さについて、女子生徒に許容されている長さの約一〇分の一程度の長さまでしか認めていないから、性別による差別にあたる。

(2) 本件校則は、頭髪という身体の一部について法定の手続によることなく切除を強制するものであるから、憲法三一条に違反する。

(3) 本件校則は、個人の感性、美的感覚あるいは思想の表現である髪形の自由を侵害するものであるから憲法二一条に違反する。

原告顕一郎は、丸刈を嫌い長髪をもつて良しとする感性、美的感覚を有し、自分の好みに従つて髪形を整えているのみならず、「他人が丸刈だからといつて自分の好みまで捨てて丸刈になることはない。」「校則だからといつて不合理な長髪禁止には従えない。」「自分の正しいと信ずることは一人ででも守る。」「長いものに巻かれてしまうのは人間のクズだ。」「日和見主義者にはならない。」といつた権力に対するいわゆる抵抗思想を表現するため現在の髪形を維持しているものである。

(二) 裁量権の逸脱

(1) 学校という営造物もしくは学校教育という制度を維持運営するために、学校には命令権、懲戒権が必要であり、その結果生徒が一般住民より以上に義務を課され、あるいは権利を制限されることがある、すなわち、校長に営造物権力があるとしても、そのような営造物権力の行使は、教育の外的条件を整備するという目的のためにのみ許されると解すべきである。学校教育は、児童生徒の教化及び人格育成という強度に倫理的な性格を有するが、そのような教育目的を達成するためにいわゆる営造物権力に基づく命令権、懲戒権が発動されることになれば、一方の倫理観を他方に強制し、もし受容しないならば罰するというおよそ非倫理的な、従つて非教育的な結果を招来することになる。頭髪をどのようにするかということは、倫理の問題であるから、この点について規制を加えることは、いわゆる営造物権力をもつてしては許されないというべきである。それゆえ、営造物権力の範囲を越えて頭髪について規制を加えた本件校則の制定は違法であつて、無効である。

(2) 学校における教育活動は、すこぶる専門的かつ自主的な全人格的作業であるから、教職員集団としての学校には相当範囲の教育の自治権ともいうべき教育裁量が認められるが、次のとおり、本件校則の制定は、右裁量権の範囲をも越えてなされたもので、無効である。

すなわち、右裁量権は、子の教育を受ける権利を侵すものであつてはならないし、親のもつ子を教育する権利に優越しその権利を奪い去るものでも決してなく、ことに、服装や髪形といつた子のしつけの面における人格形成は、子の自立心を尊重しつつ親権者たる両親が第一義的にこれを担う責任を負い、かつ権利を有しているところ、本件校則の制定によつて、丸刈を強制することは、原告優、同佐登子の右権利を侵害する。

しかも、服装や頭髪といつた本来的には教育活動に属さない生活上の問題に関する規制は、教育課程を編成し、日々の授業を行い、成績を評価するといつた純粋な教育活動の分野における規制と異なり、生徒の学校生活上の身体の安全を保護し、あるいは、生徒相互の学習活動を円滑にするという限定された目的のもとで、権利侵害の最も少ない方法によつてのみ許されると解すべきである。とりわけ、頭髪については、服装や所持品と異なり、簡単に変えることができないため、学校を離れた家庭や地域社会における生活にまで規制が及ぶことになるのであるから、仮に規制が許されるとしても、社会的合理性が認められ、しかも、親子の合意、納得が得られる範囲内でしか許されないというべきであるところ、本件校則は、後記のとおり社会的合理性がなく、しかも、原告らが明確に反対の意思を表示しているのであるから、裁量の範囲を明らかに越えるものである。

そもそも、一定の髪形を強制すれば、子の自立心を損ない、人格を画一化するばかりであつて、かえつて他者指向型の傾向を助長し、個性豊かな人格形成を目ざす教育の理念に反する結果になり、反教育的ですらある。

被告らが挙げる本件校則制定の目的と丸刈強制の間には合理的関連性がない。

すなわち、非行を防止するためにはその原因を無くすべきであり、結果的な現象にすぎない髪形を規制してみても非行が潜在化するだけである。又、教師が頭髪指導に熱心になるとそちらに手をとられるため学力の低下を招き、かえつて非行を増大させることにもなりかねない。非行の徴候を早期に発見するために一律に丸刈にしておくことが有効だというが、現に丸刈を強制していない学校でも学校の維持運営は正常に行われており、丸刈に合理性はない。中学生らしさを保つという点についても、丸刈が中学生らしいという社会的合意があるわけではなく、合理性のない強制に甘んずることになればかえつて中学生らしさを欠くことになる。又、人間関係の円滑を保つという点についても、人間関係の真の円滑を保つためには他人の異質性を受け入れることこそが重要なのであるが、本件校則は、髪形の異なる者を許容しない風潮を助長し、かえつて逆の結果を招くことになる。質実剛健の気風と頭髪とは何の関係もない。質実剛健の気風を強制すること自体が特定のしかも好ましからざる思想の押し付けとして許されないというべきであるが、仮にこのような気風を培うことが許されるとしても、質実剛健の原点ともいうべき古武士の髪形が超長髪であつたという一事を見ても、丸刈を強制する合理性はない。更に、清潔さや衛生を維持するために丸刈にしなければならない必然性はないし、スポーツに便利だからといつて丸刈の合理性を認めることもできない。丸刈にしたからといつて清潔が保たれるというものでもなく、スポーツと髪形が無関係であることは多くの有名スポーツ選手が長髪であることから明らかである。かえつて、頭髪が身体を保護するため自然に備わつたものであることを考えれば、その保護機能をこそ重視すべきである。長髪になれば髪の手入れに時間がかかり遅刻がふえる、帽子やヘルメットをかぶらなくなる、あるいは整髪料等の臭気が教室内に漂うようになるといつた不都合な事態が生ずるというが、女子生徒が現に長髪であることからすると、長髪を許容したからといつて直ちにこのような事態が生ずるとは思えず、丸刈を強制する合理性はない。

以上、どのような点から見ても、丸刈を強制する本件校則は、その制定目的と手段との間に合理的な関連性が認められず、かつ、仮に関連があるとしても、服装や所持品等の規制にくらべて権利侵害の程度が大きいこと等を考えると、手段としての合理性を欠くというべきであるから、裁量の範囲を逸脱した違法な校則であるといわざるをえない。

4  被告校長らの不法行為等

(一) 昭和五五年一二月一七日、当時の被告校長角田保は、原告顕一郎ら昭和五六年度新入学予定者の保護者に対し、「男子生徒の髪は一センチメートル以下、長髪禁止」という頭髪に関するきまりを記載した「中学校入学にあたつてのお願い」と題する文書を配布し、更に、昭和五六年四月九日、当時の被告校長田上時雄は、本件中学に入学した新入生に対し、男子生徒の髪形を「短髪、長髪禁止」と定めた昭和五六年度服装規定を記載した「新入生のための学校案内」と題する同日付文書を配布した。

(二) 昭和五六年一二月二三日、当時の原告顕一郎の担任であつた志垣裕子教諭は、同月一日の後記いたずらの中心人物と見られるA生徒と原告顕一郎を校長室に呼び出し、学年主任同室の上で約一時間にわたり、「同原告がA生徒に対して、以前、喧嘩やいたずらをしたり、悪口を言うなどしていないか。」と問いただし自白を取ろうとしたが同原告もA生徒もこれを否認したため、翌二四日、終業式の終了後も、同原告を職員室に呼び出し、教頭同室の上で約一〇分間、同様のことを問いただした。

(三) 当時の被告校長田上時雄は、右終業式の際、全生徒及び職員を前にして、「ここに裁判を起した当人がいるが校則が変わつたわけではない。」という訓話を行つた上、丸坊主の一生徒を「美事な頭だ。」とほめあげた。

5  損害

原告顕一郎は、本件中学入学以来長髪を続けていたものであるが、被告校長が長髪を禁止する本件校則を制定し、公布したため、「原告顕一郎は校則を無視している」といういわれのない非難を浴び、昭和五六年五月頃行われた新入生歓迎遠足の前には、同原告に対してリンチが加えられるという噂まで伝わつてきて、その噂におびえ、また、原告ら宅に「今日どま(髪を)切ろうかね。」と言つてすぐ切れてしまう電話が二度程あつたほか、受話器を取れば切れてしまう電話がかなり頻繁にかかつてくるなど、いたずら電話にも悩まされた。

更に、原告顕一郎は、同年一二月一日、本件中学において、担任教師が不在のため教室内で自習していた際、級友の一生徒から背中に「刈上げウーマン」と書かれた紙を貼られた。又、同日、別の時間に教室内で「刈上げ新聞」と題する紙片を回し読みされ教室中の笑いものにされたため、同原告は、これまで嫌がらせを受けない唯一の場所であつた教室で右の仕打ちを受けたことに衝撃を受け、翌二日から同月一五日まで学校を休んだ。

これに加えて、前記4(二)記載のとおり、被告校長及び担任教諭から不当な仕打ちを受けるなどしたことにより多大の精神的苦痛を蒙つた。当時、同原告が中学一年生で心身ともに不安定な成長期にあつたことを勘案すると、同原告が蒙つた右精神的損害は、金銭に換算して金一〇万円を下らない。

6  被告町の責任

(一) 不法行為責任

被告校長田上時雄は、本件中学を設置しこれに関する教育事務を行う地方公共団体である被告町の公務員として、故意又は過失により、公権力を行使して違法な本件校則を制定、公布し、更に、被告校長及び前記志垣教諭は故意又は過失により、公権力を行使して原告顕一郎に対し前記のとおり不当な仕打をし、その結果同原告に対し前記の損害を蒙らせた。したがつて、被告町は、被告校長らが原告顕一郎に対して違法に加えた損害について、国家賠償法一条一項により賠償する責任がある。

(二) 契約責任

被告町は、原告顕一郎、同優及び同佐登子との間で、原告らの信託に基づき、原告顕一郎に対し、、本件中学において校長を中心とする教師集団により、教育基本法等に準拠する中等普通教育を施すべきことを内容とする在学契約を締結したが、当時の被告校長田上時雄は、前記のとおり教育基本法の理念に明らかに反し、原告らの信託の範囲を越えた本件校則を制定し、更に被告校長及び前記志垣教諭は前記の不当な仕打ちをして、原告顕一郎に前記損害を与えた。したがつて、被告町は、右債務不履行によつて同原告が蒙つた前記損害について賠償する責任がある。

7  よつて、原告顕一郎は、被告町に対し、国家賠償法一条一項あるいは在学契約に基づき損害金一〇万円の支払を求め、原告ら三名は、被告校長に対し、本件校則の無効確認、本件校則が無効であることを本件中学の生徒、父母に周知せしめること及び本件校則違反を理由とする不利益処分の禁止を求める。

二被告校長の本案前の主張

1  本件校則の無効確認、その周知のため一定の手段を講ずべきこと及び本件校則違反を理由とする不利益処分の禁止を求める法律関係の主体は、本件校則の制定者である被告校長と右校則の適用を受ける本件中学の生徒である。ところが、原告顕一郎は、昭和五九年三月、本件中学を卒業したのであるから、被告校長に対する本件各訴について原告適格を欠く。

2  更に、本件中学の生徒であつても、本件校則の無効確認を求めて訴を提起するためには、単に本件校則が抽象的に憲法その他法令に違反しているというだけでは足りず、当該生徒が本件校則に基づき一定の処分を受け、その結果何らかの法律上の利益が現実的、実質的に侵害を受けたことが必要であり、ただ例外的に、本件校則に基づき何らかの処分を受けることにより回復の困難な損害の脅威にさらされる場合に限り、具体的な処分を受けなくとも司法的救済を求めることができるものと解すべきである。ところが、原告顕一郎については、その入学以前に、原告優が被告校長に対して、本件校則をめぐる問題が解決されるまで、原告顕一郎に対しその髪形について直接の指導をしないで欲しい旨要請したので、被告校長は、右要請を入れ、同原告に対する処分はもとより、直接の指導も行わず、昭和五八年三月三日には、職員会議において、両親を説得できないまま髪形のことで同原告の責任を追求することは、教育的配慮に欠けることになるとして、同原告に対する処分を一切行わないことを確認するに至つている。結局、同原告は、本件校則に基づく処分を何ら受けていないうえ、将来においても処分を受けることはないのであるから、被告校長に対する本件各訴について原告適格を欠く。

3  原告優及び同佐登子(以下「原告両親」という)は、いずれも本件中学の生徒ではないから、被告校長に対する本件各訴について原告適格を欠く。

4  仮に、原告両親が原告顕一郎の親権者として本件校則に関して何らかの法律上の利害関係を有するとしても、それは、原告顕一郎が本件校則に関して法律上の利害関係を有することを前提として認められるに過ぎない。ところが、前記のとおり、同原告が既に本件中学を卒業しており、在籍中処分を受けなかつたことはもとより、将来不利益な処分を受ける余地もないのであるから、原告両親は、被告校長に対する本件各訴について原告適格を欠く。

5  更に、本件校則が無効であることの周知手続を求める訴は、行政庁たる被告校長に対して一定の行政処分を要求するものであり、行政庁の第一次的処分権を侵害するものとして不適法である。

三被告校長の本案前の主張に対する原告らの反論

1  原告顕一郎は、本件中学を卒業したことによつて、在学中に受けたような様々な嫌がらせ、中傷等の不法な圧力を直接受けることはなくなつたが、「校則違反者」という汚名は今なお同原告にきせられたままである。この地域社会で同原告が生きていく限り、この理不尽なレッテルは消えさることはない。成長期にある青年にとつて、自己の信念に基づく行為が長く社会の誹謗にさらされつづけなければならないとしたら、その苦痛は深くかつ重大である。かように違法な丸刈強制は在学中のみならず卒業してもなお同原告の人格を傷つけたままである。

又、二〇年間保存されるという指導要録の中に同原告が本件校則に違反したことを理由とする不利益な記載がなされている蓋然性は極めて大きく、これが将来において同原告の進学、就職といつた進路に、いつかはマイナスの影響を与えるのではないかという不安は、消えさることがない。

更に、同原告が、本訴に及んだのは、リンチや中傷といつたさし迫つた自己への侵害を排除するためであつたことはもとよりであるが、本来的に自由であるべき頭髪を有無をいわさず丸刈にしろと強いられ、権利を侵害された全ての本件中学生徒の代表として本件校則を是正するためでもある。卒業によつて自己への直接の侵害は消えたが、本件中学では相変わらず丸刈が強制されつづけており、同原告と全生徒の人格権回復の願いと救済の必要性は今なお何ら変わることはない。

かように、原告顕一郎の人格権に加えられた不法な侵害状況は卒業後の今なおつづいているといわねばならず、これを排除し人格権を回復するには、本件校則の無効確認とその周知徹底、そして指導要録等への記載による不利益取扱いの禁止の判決をもつてしかその方法がないのであるから、同原告は本件各訴について訴の利益を有する。。

3  原告両親は、原告顕一郎の親権者として同原告の権利を擁護する義務と権利を有する。本件校則によつて同原告の人格権が侵害されている状況下にあつて、その排除を求めることは同原告の権利であると共に、原告両親にとつて固有の権利でもある。

そもそも、頭髪をいかにするかは、本来的に家庭のしつけの範ちゆうに属するものであり、第一義的には子供本人の自己決定権が尊重され親権者たる両親がこれに指導助言をするというのが基本である。しつけについて親が有するこの権利は学校のそれに優先すべきものであるから、学校が親の意向を無視してまで一定のしつけを押しつけることは、到底許されない。このようなしつけの強要は、子供の人格権を奪い、親の教育権を否定し侵害するものであるから、かかる違法な侵害に対しては、両親は、子の人格権を守ると共に、自己の持つ子への教育権を守るためにも、その排除を求めることができると解さなければならない。

又、親は子の教育を受ける権利を保護すべき義務を有するが、子が自ら学習し発達するという権利を保障していくためには、不断に親の側から公教育に対して監視と注文がなされなければならない。そして、万一、子の教育権を保障すべき公教育がその教育措置を誤つたり、子らの権利を不法に侵害したりした場合に、その是正と侵害の排除を求めることは、子の教育を受ける権利を保障した憲法二六条の要請するところとして、親権本来の機能のひとつであると解すべきである。

4  前記のとおり、原告顕一郎に対する本件校則による不法な人格権の侵害は今なお継続しているのであるから、原告両親もこれを排除することを求める権利を有する。

又、不法に親権者の子に対するしつけの権利を奪われたばかりか、PTA総会において「エゴイスト」「下劣」「町から出ていけ」云々といつた人格を否定する誹謗中傷をあびせられ、原告両親もその人格を傷つけられたのであり、狭い地域社会にあつて、原告らを見る人々の目は今も変わらずなお侵害は続いているというべきであるから、かかる侵害状況を排除するために、原告両親も本件各訴を提起する利益を有する。

更に、原告顕一郎の下には小学校六年生の弟英二郎がいるが、同人が兄と同じ道をたどれば、昭和六一年に本件中学に入学することになり、本件校則をめぐつて本件同様の紛争が生じることは避け難い。原告両親は、就学予定児をもつ親として、将来確実に紛争が生じることが予想され、それによる人格権侵害を排除するために必要であれば、子の入学を待たずに学校の違法な教育措置を争うことができると解すべきである。この権利は、地域住民として有する学校教育の是正請求権のひとつの発現であり、子の教育を受ける権利を保護すべき親の固有の教育権に基づく妨害予防請求権ともいうべきものである。

四請求原因に対する認否並びに被告らの主張

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3は争う。

(一) 営造物の利用関係においては、一般に営造物権力が認められるが、学校における営造物権力の作用は、一般の営造物におけるそれに比して、かなり著しい形であらわれる。すなわち、学校において行われる教育活動は権力の行使を本質とするものではなく、児童、生徒の教化及び育成という強度に倫理的な性格を有するものであるため、児童、生徒は、学校教育が継続される間、学校教育の目的達成に必要な限度において、一般住民より以上に義務を課され、あるいは権利を制限されることになる。この意味において、学校という営造物の利用関係は、一種の公法上の特別権力関係を形成する。このように倫理的な性格を有する教育活動の場である学校において、利用者である児童、生徒に対して営造物権力を発動すべきか否か、又どのように発動すべきかといつたことは、教育的見地からの専門的判断に委ねられるべきものである。すなわち、営造物権力の行使は、学校教育の目的達成に必要な限度で、学校教育法、教育基本法さらには憲法の趣旨に照らして条理上合理的と判断される範囲を越えない限り、学校の管理主体の裁量に委ねられている。

(二) 被告校長は、学校教育の守備範囲を教科活動の面だけに限定することなく、服装や髪形といつた風俗にかかわる指導を含む広義の生徒指導も必要であると考えており、特に、中学生の年代はとりわけ他者志向型の傾向が強く、同輩集団の影響を受けやすいので、集団の質を高め、維持するため形式的な面での生活指導が不可欠であると認識している。例えば、非行化は、髪形と服装の特異化という形で最も顕著に現われるので、非行化を早期に発見し防止するためには、この特異化をできるだけ早く発見する必要がある。そのために、全生徒に一律に中学生として望ましい頭髪を保たせる必要がある。ところが、「中学生として望ましい」というだけでは基準があいまいであり、適切な指導が期待できない。そこで、明確な一定の基準を設ける必要が生じるのであるが、その場合の基準として丸刈は、教師、父兄あるいは地域の人に中学生らしい印象を与え、これらの人々との人間関係を円滑にし、質実剛健の気風を培う上でも効果的であり、衛生面で清潔である上、スポーツにも都合が良い。他方、長髪を認めれば髪形に気をとられすぎて朝の手入れに時間がかかり遅刻がふえる、授業中にも櫛を使い学習に対する注意が散漫になる、帽子を被らなくなる、自転車通学に際してヘルメットを着用しなくなる、整髪料等の使用によつて教室内に異臭が漂うようになるといつた事態が予想される。本件校則は、被告校長が以上の諸点を考慮した上で、本件中学創立以来の慣行として生徒、父兄及び地域住民の支持を得てきた髪形である丸刈を明文で定めたものであり、十分に合理性がある。

(三) 本件校則は男子生徒にのみ適用されるものであるが、男女の間で髪形に相違があることは一般に許容されているところであり、しかも、丸刈は、男子にとつて特異な髪形ではないから、この程度の差別的取扱いは、社会通念上許容され憲法一四条に違反しない。

又、校則は、各学校の実情に応じてそれぞれ個別的に決定されるべき筋合のものであり、それが裁量の範囲を逸脱していなければ、他の学校と異なる結果となつても憲法一四条違反の問題を生じない。

更に、前記のとおり裁量の範囲内で定められたものであれば、たとえ生徒の権利を制約する結果になつても、憲法三一条、二一条に違反しない。そもそも、原告顕一郎の髪形には思想、知識の表現行為としての意味はない。単なる好みの問題であり憲法二一条によつて保護されるべき表現にあたらない。仮に表現行為として意味があるとしても、他により適切で正確な表現手段があることを考慮すれば、本件校則による規制は合理的な規制として是認されるべきである。

以上、本件校則は、憲法一四条、三一条、二一条に違反しない。

3(一)  同4の(一)は認める。

(二)  同4の(二)のうち、原告ら主張の日時に志垣教諭がA生徒に対して原告ら主張のような訊問をしその自白をとろうとしたこと、及びA生徒がこれを否認したことは否認し、その余は認める。

A生徒が原告顕一郎から以前悪口をいわれたことがある旨述べたので、その点について同原告に真偽を確かめたものである。

4  同5のうち、原告ら主張の時間に原告顕一郎が同級生から「刈上げウーマン」と書かれた紙片を貼られたこと、同日同級生が「刈上げ新聞」と題する紙片を回し読みしたこと及び原告顕一郎が原告ら主張の期間学校を休んだことは認め、昭和五六年五月頃行われた新入生歓迎遠足の前に原告に対し、リンチが加えられるとの噂が伝つてきたこと及び原告主張のいたずら電話があつたかどうかは知らない。

「刈上げウーマン」と書いた紙片の件については、級友のA生徒が原告顕一郎の背中に右紙片を貼つたところ、これに気付いた者がクスクス笑い、側にいた者が同原告に「背の紙は何や。」と言つたため、同原告がこれに気付き紙片をはずして、これを丸めてA生徒に渡し、A生徒がこれを棄てたというものであり、これまで同原告とA生徒は三回程口喧嘩をしており、その中で同原告はA生徒の父親が昔やくざの一員であつたことをとらえて「親がやくざにならお前も将来やくざになつとだろう」などと言つたりしていることを考えると、特別の意味をもつた嫌がらせであるとは考えられない。

「刈上げ新聞」の件についても、その日の理科の授業中に同原告が突然「そうか、滑車がミソだ」と言つたので皆がどつと笑い「お前の家のミソは滑車か」などとひやかす者があつたりしたことから、放課後、級友のB生徒がノート一頁大の紙片に「刈上げ新聞」と書き、ニユースとして「滑車がミソ」と書いたほか、同原告に関係のない笑い話を書いて傍にいた二人の生徒に見せ、その後、B生徒が右紙片を自宅に持ち帰つて棄てたというだけのことであり、同原告は右紙片の題だけしか見ていない。

また、新入生歓迎遠足の際、原告優から担任教諭に電話で保護の要請があつたことがあり、そのため、被告校長は、当日の職員朝会で職員に対し厳重に注意するよう指示したが、結局その日は何事もなかつた。

本件中学においては、創立以来、丸刈、長髪禁止の慣行が存し、この慣行は生徒、父母はもちろん、地元住民の支持も得てきているのであるから、被告校長が本件校則を制定しなかつたとしても、原告顕一郎はリンチの噂に怯えたり、級友からいたずらをされるということは考えられ、その意味で本件校則を制定したことと原告ら主張の損害との間に直接の因果関係はない。又、同原告が学校を休んだのは、級友のいたずらに耐えかねたからではなく、学校と対決し本件校則を変更させるためであり、その意味でも因果関係は認められない。

仮に因果関係が認められるとしても、現実的な損害は発生していない。すなわち、被告校長は、当初から、原告優の申し入れに従い、髪形に関して原告顕一郎に対する直接の指導を行つていないし、リンチの噂があつた時も事前に十分注意し、リンチの発生を防いでいる。又、原告顕一郎が教室で級友から「刈上げウーマン」書かれた紙片を貼られるなどした件についても、担任教諭に指示して、今後、同原告に対してこのようないたずらをしないよう生徒を指導させ、原告ら宅を家庭訪問させるなど適切な措置をとつた。その後、同原告は、懲戒処分を受けていないことはもちろん、級友からいたずらを受けることもなく、平穏、無事に本件中学を卒業している。そもそも、「刈上げ」という言葉自体、当時流行していた「かりあげ君」という漫画の主人公の髪形と原告顕一郎の髪形が似ていることから用いられたものにすぎず、何等非難中傷の意味を有するものではない。結局、原告顕一郎にはいまだ現実的な損害は発生しておらず、その損害は名義上の損害にとどまるものである。

5  同6は争う。

公立中学校の利用関係は、市町村教育委員会の入学期日の通知、就学すべき学校の指定によつて成立し(学校教育法三九条、二二条、学校教育法施行令五条)その利用関係の内容も学校教育法その他の法令(地方自治法二条三項五号、二四四条の二第一項、学校教育法施行規則四条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律一四条、三三条)により一方的に定められたものを提供されるにすぎないとされているのであつて、かかる関係を私法上の契約関係とみることはできない。

第三  証拠<省略>

理由

第一  本案前の判断

一本件校則の無効確認請求について

無効確認の訴は、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分を前提とする現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができないものに限り、提起することができるところ、原告顕一郎が昭和五九年三月本件中学を卒業したことについては当事者間に争いがなく、原告優及び同佐登子は原告顕一郎の両親であるというにすぎず本件中学の生徒でないことはもちろんであるから、原告らが本件校則の制定、公布に続く処分を受けるおそれはないというべきである。そして、原告らは、原告顕一郎の人格権に対する侵害は同原告の卒業後も続いている、原告顕一郎の弟がおり、本件中学に昭和六一年に入学予定であるから、同人に対する人格権侵害を予防する必要があると主張するが、人格権に対する侵害については、損害賠償等現在の法律関係に関する訴によつてその目的を達成しうるし、本件中学に入学予定の原告顕一郎の弟がいることは、本件校則の無効確認を求める法律上の利益とはいえず、その他原告らに、本件校則の無効確認を求める法律上の利益があると認めるべき事情は見出せない。したがつて、原告らは、いずれも本件校則の無効確認を求める訴について原告適格あるいは訴の利益を有しないものというべきであり、原告らの本件無効確認の訴はいずれも不適法な訴として却下すべきものである。

二無効であることの周知手続を求める請求について

原告らの本件請求は、被告校長に対し、本件校則が無効であることを関係者に周知させることを求めるものであり、一見被告校長に対し一定の給付を求めているかに見えるが、その実質は本件校則が無効であることの確認を求めているものに他ならない。してみると、原告らは、本件請求についても前示のとおり原告適格あるいは訴の利益を有しないものというべきであるから、原告らの本件請求はいずれも不適法な訴として却下を免れない。

三不利益処分の禁止を求める請求について

原告らは、被告校長に対し、原告顕一郎に対し本件校則違反を理由とする不利益処分をしないことを求めるものであるが、原告らが禁止を求める右処分は、行政庁たる被告校長がこれをなすべきものであるから、結局、原告らは行政庁に対し不作為を求めるものであると解される。ところで、行政庁に対して作為又は不作為を求める訴訟は、(1)行政庁が当該処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上覊束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必らずしも重要ではないと認められ、しかも(2)事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であり、(3)他に適切な救済方法がない等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でない限り、訴の利益を欠き不適法であると解すべきところ、原告顕一郎が本件中学入学以来、終始本件校則にしたがわなかつたが、そのことを理由とする処分を何ら受けないまま同中学校を卒業したことは、弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがなく、右事実によれば、将来、原告らに重大な権利侵害をもたらすような何らかの処分がなされるおそれがあると認めることはできず、その他前示のごとき特段の事情の存在は見出せないから、原告らの本件不利益処分の禁止を求める請求は、訴の利益を欠き、いずれも不適法として却下すべきものである。

第二  本案(損害賠償請求)について

一請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二そこで、本件校則の違法性について判断する。

1憲法違反の主張について

(一) 憲法一四条違反の主張について

原告らは、原告顕一郎は、校区制のため本件中学に通学したが、通学可能な地域に丸刈を強制していない中学校が三校存在するから、原告顕一郎は、住居地により差別的取扱いを受けていると主張するが、服装規定等校則は各中学校において独自に判断して定められるべきものであるから、それにより差別的取扱いを受けたとしても、合理的な差別であつて、憲法一四条に違反しない。

次に原告らは、本件校則は、髪の長さについて女子生徒と、男子生徒とで異なる規定をおいているから、性別による差別であると主張するが、男性と女性とでは髪形について異なる慣習があり、いわゆる坊主刈については、男子にのみその習慣があることは公知の事実であるから、髪形につき男子生徒と女子生徒で異なる規定をおいたとしても、合理的な差別であつて、憲法一四条には違反しない。

(二) 憲法三一条違反の主張について

原告らは、本件校則は頭髪という身体の一部について法定の手続によることなく切除を強制するものであるから、憲法三一条に違反すると主張するが、<証拠>によれば、本件校則には、本件校則に従わない場合に強制的に頭髪を切除する旨の規定はなく、かつ、本件校則に従わないからといつて強制的に切除することは予定していなかつたのであるから、右憲法違反の主張は前提を欠くものである。

(三) 憲法二一条違反について

原告らは、本件校則は、個人の感性、美的感覚あるいは思想の表現である髪形の自由を侵害するものであるから憲法二一条に違反すると主張するが、髪形が思想等の表現であるとは特殊な場合を除き、見ることはできず、特に中学生において髪型が思想等の表現であると見られる場合は極めて希有であるから、本件校則は、憲法二一条に違反しない。

2裁量権の逸脱の主張について

中学校長は、教育の実現のため、生徒を規律する校則を定める包括的な権能を有するが、教育は人格の完成をめざす(教育基本法第一条)ものであるから、右校則の中には、教科の学習に関するものだけでなく、生徒の服装等いわば生徒のしつけに関するものも含まれる。もつとも、中学校長の有する右権能は無制限なものではありえず、中学校における教育に関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものであるが、具体的に生徒の服装等にいかなる程度、方法の規制を加えることが適切であるかは、それが教育上の措置に関するものであるだけに、必ずしも画一的に決することはできず、実際に教育を担当する者、最終的には中学校長の専門的、技術的な判断に委ねられるべきものである。従つて、生徒の服装等について規律する校則が中学校における教育に関連して定められたもの、すなわち、教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り、右校則は違法とはならないというべきである。

そこでまず本件校則の制定目的についてみると、<証拠>によれば、本件校則は、生徒の生活指導の一つとして、生徒の非行化を防止すること、中学生らしさを保たせ周囲の人々との人間関係を円滑にすること、質実剛健の気風を養うこと、清潔さを保たせること、スポーツをする上での便宜をはかること等の目的の他、髪の手入れに時間をかけ遅刻する、授業中に櫛を使い授業に集中しなくなる、帽子をかぶらなくなる、自転車通学に必要なヘルメットを着用しなくなる、あるいは、整髪科等の使用によつて教室内に異臭が漂うようになるといつた弊害を除却することを目的として制定されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、被告校長は、本件校則を教育目的で制定したものと認めうる。

次に、本件校則の内容が著しく不合理であるか否かを検討する。確かに、原告ら主張のとおり、丸刈が、現代においてもつとも中学生にふさわしい髪形であるという社会的合意があるとはいえず、スポーツをするのに最適ともいえず、又、丸刈にしたからといつて清潔が保てるというわけでもなく、髪形に関する規制を一切しないこととすると当然に被告町の主張する本件校則を制定する目的となつた種々の弊害が生じると言いうる合理的な根拠は乏しく、又、頭髪を規制することによつて直ちに生徒の非行が防止されると断定することもできない。更に<証拠>によれば、熊本県内の公立中学校二〇九校中長髪を許可しているのは三二校であるが、これを熊本市内に限つてみると二六校中二一校が長髪を許可しており、本件中学に隣接し、かつて本件中学の教頭であつた証人中島正士が現に教頭として勤務している中学校においても長髪が許可されていること、最近長髪を禁止するに至つた学校が数校あるが、全体の傾向としては長髪を許可する学校が増えつつあることが認められる。してみると、本件校則の合理性については疑いを差し挾む余地のあることは否定できない。

しかしながら、本件校則の定めるいわゆる丸刈は、前示認定のとおり時代の趨勢に従い特に都市部では徐々に姿を消しつつあるとはいえ、今なお男子児童生徒の髪形の一つとして社会的に承認され、特に郡部においては広く行われているもので、必らずしも特異な髪形とは言えないことは公知の事実であり、<証拠>によれば、本件中学において昭和四〇年の創立以来の慣行として行われてきた男子丸刈について昭和五六年四月九日に至り初めて校則という形で定めたものであること、本件校則には、本件校則に従わない場合の措置については何らの定めもなく、かつ、被告校長らは本件校則の運用にあたり、身体的欠陥等があつて長髪を許可する必要があると認められる者に対してはこれを許可し、それ以外の者が違反した場合は、校則を守るよう繰り返し指導し、あくまでも指導に応じない場合は懲戒処分として訓告の措置をとることとしており、たとえ指導に従わなかつたとしてもバリカン等で強制的に丸刈にしてしまうとか、内申書の記載や学級委員の任命留保あるいはクラブ活動参加の制限といつた措置を予定していないこと、被告中学の教職員会議においても男子丸刈を維持していくことが確認されていることが認められ、他に右認定に反する証拠はなく、又、<証拠>によれば現に唯一人の校則違反者である原告顕一郎に対しても処分はもとより直接の指導すら行われていないことが認められる。右に認定した丸刈の社会的許容性や本件校則の運用に照らすと、丸刈を定めた本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできないというべきである。

以上認定したところによれば、本件校則はその教育上の効果については多分に疑問の余地があるというべきであるが、著しく不合理であることが明らかであると断ずることはできないから、被告校長が本件校則を制定公布したこと自体違法とは言えない。

三請求原因4(一)は当事者間に争いがない。しかしながら、右認定のとおり、男子丸刈とする校則を定めること自体違法でないのと同様、丸刈にするよう指導することも、被告校長の教育的措置として許容され、何ら違法はないというべきである。

四請求原因4(二)について、仮に原告ら主張のとおりであるとしても、志垣教諭の行為は、教育的措置として是認でき、他の目的であえてそのような行為に出たなど特段の事情がない限り、違法とはいえないところ、右特段の事情については主張も立証もない。

五請求原因4(三)については、被告町は明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるところ、確かに当時の被告校長田上時雄の右言動は、一面において中学校長として多少穏当を欠くきらいもあるが、本件中学の一つの教育の方針である丸刈を徹底させるための教育的措置として是認しえないわけではなく、当時の被告校長田上時雄の右行為は違法であるとはいえない。

六してみると、その余の点について判断するまでもなく原告顕一郎の被告町に対する請求は理由がないことに帰する。

第三  結  論

以上の次第であるから、原告らの被告校長に対する本件校則の無効確認、無効であることの周知手続および原告顕一郎に対する不利益処分の禁止を求める各請求は、いずれも訴の利益を欠く不適法なものであるから、これを却下し、原告顕一郎の被告町に対する損害賠償請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官土屋重雄 裁判官廣永伸行 裁判官井口 修)

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