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熊本地方裁判所人吉支部 昭和43年(ワ)56号 判決 1972年3月28日

原告 立本素直

右訴訟代理人弁護士 宮原勝巳

被告 岡原農業協同組合

右代表者理事 井本初雄

右訴訟代理人弁護士 森田直記

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告の申立)

原告の被告に対する昭和三九年六月一二日付準消費貸借契約に基づく、貸金八七万円に対する昭和三九年六月一二日から同年七月三〇日まで、貸金八三万円に対する同月三一日から同年八月三〇日まで、貸金八〇万円に対する同月三一日から同年一〇月一六日まで、貸金七六万五〇〇〇円に対する同月一七日から同月三〇日まで、貸金七三万円に対する同月三一日から同年一二月二日まで、貸金七一万九〇〇〇円に対する同月三日から同月二九日まで、貸金七〇万八〇〇〇円に対する同月三〇日から同四〇年一月三一日まで、貸金六九万八〇〇〇円に対する同年二月一日から同年一〇月三一日までそれぞれ日歩四銭五厘の割合による利息金である金一六万八八〇四円、ならびに、貸金八七万円の残元金六九万八〇〇〇円と、これに対する昭和四〇年一一月一日から支払ずみまで日歩五銭五厘の割合による遅延損害金の債務は存在しないことを確認する。

被告は原告に対し別紙目録記載の不動産について熊本地方法務局多良木出張所昭和三九年六月一二日受付第一〇二七号の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(被告の申立)

主文同旨の判決を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因一の事実、原告が養鶏業者であること、原告が被告から昭和三六年一一月一〇日に八代郡鏡町生田ひなふ化場でふ化したロックホン中すう雌生後四五日二五九羽を代金六万四七五〇円で買い受け、被告に対し右代金を支払ったこと、および請求原因五の事実は当事者間に争いがない。

二、本件のような不特定物の売買において給付されたものに瑕疵のあることが受領後に発見された場合、買主がいわゆる瑕疵担保責任を問うなど、瑕疵の存在を認識した上で右給付を履行として認容したと認められる事情が存しない限り、買主は、売主がその不完全な給付が自己の責に帰すべき事由に基づかないことを主張立証しない限り、債務不履行の一場合として損害賠償債権をも有するものと解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和三六年一二月一五日判決、民集一五巻一一号二八五二頁参照)。

そして、≪証拠省略≫によると、原告が被告から買い受けたひな二五九羽のうち相当数は買受当初からひな白痢菌を体内に保有していたため、昭和三七年九月までの間、右ひな全部がひな白痢病に罹患し、その結果右期間内に原告は右ひな全部について殺処分をするか、廃鶏処分をすることを余儀なくされるに至ったことを認めることができる。≪証拠判断省略≫

しかし、売主の給付した物に瑕疵があった場合の法律関係を短期間内に決済しようとする民法五七〇条、五六六条三項の要請は、特定物売買であると、不特定物売買であるとによって何ら異ならないし、一方、不特定物の売主の不履行責任を単に信義則の援用によって制限するのでは法的不安定を免れがたいのであるから、担保責任について一年の期間制限を定めた民法五七〇条、五六六条三項の規定は不特定物の売主の不履行責任にも類推適用するのが相当である。

ところで、≪証拠省略≫によると、原告は遅くとも昭和三七年九月末日までに前記ひなに前記瑕疵があることを発見したことを認めることができ、右認定を動かすにたりる証拠はない。

一方、再抗弁一の事実は≪証拠省略≫以外にこれを認めるにたりる証拠がなく、同供述は、≪証拠省略≫により明らかな、右瑕疵発見のときから本訴提起のときまで約五年九箇月を経過していることと対比して採用することができない。

そうすると、原告主張のその他の請求原因二の事実が仮に認められるとしても、原告主張の右損害賠償債権は一年の除斥期間の経過により消滅したものといわなければならない。

なお、売主の担保責任のように除斥期間とされるものについては民法五〇八条の適用はないばかりでなく、仮にその適用があるとしても、その消滅以前に原告の右債権と、被告の前示債権の旧債権とが相殺適状にあったことは原告において何ら主張立証しないところであるから、原告の再抗弁二の主張も理由がない。

三、≪証拠省略≫によると、養鶏飼料をいきなり変えて養鶏に与えると、産卵は減少するが、一〇日間位の間に、従前使用していた飼料とこれから変えて与えようとする飼料の両種混合飼料を用い、徐徐に後者の飼料の割合を増加させて行ってこれに切り換えれば殆ど産卵に影響はないこと、このことは養鶏業者にとっては常識であり、原告自身も昭和三八年以前からこのことは知悉していたこと、昭和三九年当時近隣の養鶏飼料販売者も成鶏二号マッシュおよび混合六号を販売していたことを認めることができる。

そこで、請求原因三の事実が認められるかどうかは暫く措き、原告主張のような養鶏飼料の供給停止および変更と原告主張のような損害との間に相当因果関係があるかどうかを考えてみるのに、損害賠償額の算定は、債務不履行に基づくものでも不法行為に基づくものでも、公平の原則と信義則に基づいてなされるべきものであるから、被害者(債権者)の方でも合理的な限度において損害を避抑軽減すべき義務があるものであって、同人が債務者の債務不履行を知った後合理的な行動をとることによって避けえた損害については賠償を請求することはできないものというべきところ、本件において被害者である原告は、近隣の養鶏飼料販売者から従前使用していた養鶏飼料と同種のものを買い受けるか、又は前示のような徐徐の切り換えを行なうことによって、容易に請求原因三の財産上の損害の発生を避けることができたのであるから、仮に右損害の発生が認められるとしても、それは被告の債務不履行と相当因果関係があるということはできない(けだし、常識ある通常の養鶏業者にはそのような合理的な行動をとることを蓋然的に期待することができるからである。なお、被害者がそのような相当な注意を尽しても避けえなかった損害の賠償を債務者に請求しうることは当然であるが、これは別個の問題である。)。

従って、請求原因三の請求はその他の点について判断するまでもなく失当である。

四、(一)被告には原告が請求原因四の(一)で主張するような法上の調査義務はない。

(二) ≪証拠省略≫によると、原告は戦傷病者であること、被告はそのことを知っていたこと、原告が乙第三号証の借用証書に署名押印をして被告に対し前記準消費貸借および抵当権設定の各意思表示をしたことを認めることができるけれども、その他の請求原因四の(二)の事実を認めるにたりる証拠はない。

(三) 請求原因四の(三)の取り返しのつかない産卵減とは主張自体不明確であり、原告が前記養鶏飼料の供給停止又は変更により請求原因三の財産上の損害では償えない特別の精神的損害を受けたことは、原告において何ら主張立証しないところである。

(四) 履行期を経過しても債務者が債務の弁済をしないときに、債権者がこれを被担保債務とする抵当権を実行することは債務者に支払能力があっても、特別の事情がない限り違法ではない。そして、右特別の事情があることは原告において何ら主張しないところであるから、原告の請求原因四の(四)の主張は主張自体失当である。

(五) 従って、原告の慰藉料請求は右いずれの点においても理由がない。

五、そうすると、被告の原告に対する前記準消費貸借契約に基づく債権と前記抵当権は消滅していないので、原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田憲義)

<以下省略>

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