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熊本地方裁判所人吉支部 昭和47年(手ワ)1号 判決 1972年3月14日

原告 合資会社 丸金商事

右代表者無限責任社員 田守喜一郎

被告 谷口武之

右訴訟代理人弁護士 那須六平

主文

被告は原告に対し金四八万円と、内金一四万円に対する昭和四六年七月一日から、内金六万円に対する同年八月一七日から、内金二八万円に対する同年一〇月三一日からそれぞれ支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告の申立)

主文一、二項と同旨の判決を求める。

(被告の申立)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者双方の主張ならびに答弁

(請求原因)

一、被告は印刷された横書の手形用紙に、

(一) 金額を大きい数字のチェックライターおよび小さい数字のペン書で各¥140,000、支払期日昭和四六年六月三〇日、支払地球磨郡湯前町、支払場所人吉球磨信用組合湯前支店、振出地球磨郡多良木町、振出日同年四月五日、受取人球磨鉱油(以下右手形を単に(一)の手形という。)、

(二) 金額を右同様の方法により各¥60,000、支払期日昭和四六年八月一五日、振出日同年四月六日、受取人藤川守、その他右同(以下右手形を単に(二)の手形という。)、

(三) 金額を右同様の方法により各¥280,000、支払期日昭和四六年一〇月三〇日、振出日同年六月二一日、その他右同(以下右手形を単に(三)の手形という。)

と記載した各約束手形三通を振り出した。

二、仮に、被告が(一)、(三)の各手形のチェックライターによる各手形金額を記載して右各手形を振り出したことが認められないとしても、被告は右各金額欄白地の右各手形についてその補充権を訴外藤川守に授与してこれらを振り出し、後に訴外人がこれらを前記のように記入して補充した。

三、(一)、(三)の各手形には球磨鉱油こと藤川守の白地裏書記載、および、原告から訴外人吉球磨信用組合に宛てた裏書記載があり、(二)の手形には球磨鉱油こと藤川守の白地裏書記載、原告から訴外株式会社長崎相互銀行に宛てた裏書記載、および、同銀行から訴外株式会社肥後銀行に宛てた取立委任裏書記載がある。

四、人吉球磨信用組合は(一)、(三)の各手形を各支払期日に、株式会社肥後銀行は(二)の手形を支払期日の翌日にそれぞれ支払場所に呈示した。

五、その後原告は右各手形の返還を受け、現にこれらを所持している。

六、そこで、原告は被告に対し右各手形金額合計四八万円とこれに対する支払期日後である前記各期日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(答弁)

一、請求原因一のうち、被告が(一)、(三)の各手形の手形金額を記載して右各手形を振り出したことは否認するが、その他の事実は認める。被告は当初(一)、(三)の各手形金額欄にペン書の小さい数字で各¥40,000、¥80,000と記載して右各手形を振り出したのであるが、後にこれらをそれぞれ¥140,000、¥280,000と変造されたのである。

二、同二の事実は認めるが、藤川はチェックライターによって前項の制限をこえた金額を記入したのであるから、これは補充権の乱用である。

三、同三の事実は認める。

四、同四、五の事実はいずれも知らない。

(抗弁)

仮に請求原因二の事実が認められるとしても、手形金額一〇万円以上の手形については印紙税が課され、収入印紙の貼付を要するところ、(一)、(三)の各手形には収入印紙が貼付されているものの、振出人欄にはそれぞれ被告の署名押印がなされているにかかわらず、右各印紙の消印は被告の印章をもってなされず、谷口と署名してなされているのであって、そのことは原告において右各手形を取得する当時から知悉していたのであり、かつそのことと右振出人の各署名と右各収入印紙の消印の署名を対照することによって、右各手形について前記のように補充権の乱用があったことは容易に判明するのであるから、原告には補充権の乱用について悪意又は重大な過失がある。

(抗弁に対する答弁)

抗弁事実のうち、(一)、(三)の各手形には収入印紙が貼付されているものの、振出人欄にはそれぞれ被告の署名押印がなされているにかかわらず、右各印紙の消印は被告の印章をもってなされず、谷口と署名してなされていること、そのことは原告において右各手形を取得する当時から知悉していたことは認めるが、その他の事実は否認する。被告の振出人としての右各署名と右各印紙の消印の署名は筆跡が一致している。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因一のうち、被告が(一)、(三)の各手形の手形金額を記載して右各手形を振り出したことを除く事実、同二および三の各事実は当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができる。

被告は二通の印刷された横書の手形用紙の各金額欄の約一二分の一にあたる右下部分にそれぞれ小さくペン書で横に¥40,000¥80,000と記載し、球磨鉱油こと藤川守に対し右各手形金額欄の各余白にチェックライターで右各金額を記入する補充権を与えて、(一)、(三)の各手形を振り出した。ところが、右各手形の交付を受けた藤川守はペン書の右各金額の¥と数字の間にそれぞれペン書で横に1、2の数字を記入して右各金額部分を¥140,000、¥280,000と改ざんするとともに、右各金額欄の余白のほぼ全体にわたってそれぞれチェックライターで横に¥140,000、¥280,000と記入してこれらを不当に補充した。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

二、以上の事実関係のもとで、右各手形金額の改ざんおよび不当補充が手形の変造であるか、あるいは白地補充権の乱用であるかを考えてみよう。

手形金額欄に金額の重複記載があり、そのいずれか一方が改ざんされた場合に、それが手形の変造にあたるかどうかについて手形法に直接の規定はない。また、手形金額の記載の仕方についても、手形法は数字の使用を許す(同法六条)こと以外、記載部位、筆記用具、書体に関して何ら具体的な方法を指定していない。従って、それはペン書でなされても、前記のように横書の手形用紙の金額欄の約一二分の一にあたる、右下部分になされても有効であることはいうまでもない。しかし、実際の手形においては、金額の記載は容易に改ざんをすることができないチェックライターを使用することが多く、かつ手形金額欄のほぼ全体にわたってなされるのが通常であることは裁判所に顕著な事実である。そして、チェックライターによって金額を記載するときはペン書による場合よりも慎重であり、確実であるから、前者による記載が重視されることは社会通念上明らかである。しかも、印刷した横書の手形用紙の金額欄にチェックライターによって金額を記載するときは文字ではなく、数字をもってなされるのが通常であることは裁判所に顕著な事実である。従って、印刷した横書の手形用紙の金額欄にチェックライターおよびペン書をもって数字による金額の重複記載がなされた場合における前者の確実性は、印刷した縦書の手形用紙の金額欄に文字および数字をもって金額の重複記載がなされた場合における前者の確実性に劣ることはない。他方、手形法六条一項は主として縦書の手形を予想した規定であることは条理上明らかである。ところが、手形を振り出す場合には、支払場所は銀行その他の銀行業務を行なう所とするのが通常であるし、その場合ここ数年来銀行取引約定上実際は印刷した横書の統一手形用紙を用いざるをえなくなっているから、右手形用紙を用いるのが常態である。しかも、本件の場合、記載部位、記載面積からしても、両者の金額記載は明白に主従の関係にある。そうすると、当初の金額の前示ペン書部分は、チェックライターによる金額記入がなされるまでは、将来右記入をする際の資料となる意義を有するとともに、手形金額の記載としての意義も有すると認めるのが相当である(けだし、前者の意義だけしか認めないときは、チェックライターによる金額記入がなされないまま手形が流通し、手形所持人が右記入をなさないままで支払の呈示をした場合には、白地の補充のない白地手形により支払の呈示をしたことになり、適法な支払の呈示がなく、前者に対する遡及権を失うこととなって、手形取引の安全を害するからである。)。けれども、チェックライターによって金額の記載が補充され、金額についてこのような重複記載がなされるに至ったときは、手形法六条一項を類推適用し、右後者(すなわち手形金額の記載)の意義は消滅して右前者(すなわち記入資料)の意義しか有しなくなると解し、チェックライターによる金額記入部分の改ざんの有無をもって金額の変造の有無を決するのが相当であると考える。

そうだとすると、前記各手形金額の改ざんおよび不当補充行為は手形金額の変造ではなく、白地補充権の乱用であるといわなければならない。

ところで、手形債務者は白地手形が不当に補充されたことをもって手形所持人に対抗することはできない(手形法一〇条本文)のであるから、これが不当に補充されたことについて原告に悪意又は重大な過失があることを被告において立証しないかぎり、被告は振出人としての責任を免れることはできない(同条但書参照)。

三、≪証拠省略≫によると、請求原因四、五の事実を認めることができ、右認定を動かすにたりる証拠はない。

四、抗弁事実のうち、(一)、(三)の各手形には収入印紙が貼付されているものの、振出人欄にはそれぞれ被告の署名押印がなされているにかかわらず、右各印紙の消印は被告の印章をもってなされず、谷口と署名してなされていること、そのことは原告において右各手形を取得する当時から知悉していたことは当事者間に争いがない。

そして、金額一〇万円以上の手形については印紙税が課され、印紙の貼付を要する(印紙税法二条、三条、八条一項)ことは被告の主張するとおりである。

しかし、印紙を消す方法は印章および署名のいずれによってもよいのであり(印紙税法施行令五条参照)、甲第一、第三号証の形式的存在によれば(一)、(三)の各手形の印紙を消した署名は右各手形の振出人の署名に似ていることが窺われ、更に振出人の署名と、印紙の貼付および消印が時を異にして行なわれ、その消印時に振出人が印章を持ち合わせていないなどの事情で署名によって消印がなされることもありえないことではないのであるから、以上の事実によっては、原告が(一)、(三)の各手形を取得する当時前示のように白地補充権の乱用があったことを知っていたことを推認することはできず、またこれを知らなかったことについて重大な過失があるということもできない。なお、他に原告の右悪意又は重過失を認めるにたりる証拠はない。

従って、被告の抗弁は理由がない。

五、そうすると、被告は原告に対し以上の手形金合計四八万円とこれに対する各支払期日後である原告主張の前記各期日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

六、そこで、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田憲義)

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