熊本地方裁判所八代支部 昭和49年(ワ)117号 判決 1976年7月20日
原告
尾崎善勝
被告
登野城善継
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告に対し金四一三万九、二一八円および内金三七三万九、二一八円については昭和四七年二月一六日から、内金四〇万円については本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決の主文一項は仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(一) 被告らは各自原告に対し金一、六四七万五、七四六円およびこれに対する昭和四七年二月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二 被告ら
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
原告はつぎの交通事故により傷害を受けた。
1 日時 昭和四七年二月一五日午後三時四〇分頃
2 場所 八代市岡町本路国道三号線上
3 加害車 小型貨物自動車(ライトバン)
運転者 被告登野城善継
4 被害車 小型トラツク
運転者 原告
5 態様 現場道路左側が道路工事中で片側通行となつていたので、対向車の進行通過を待つため、先行車に続いて一時停止した被害車に加害車が追突した。
(二) 責任原因
被告登野城善明は加害車を所有し自己のために運行の用に供していたので自動車損害賠償補償法三条により、被告登野城善継は車の運転者としての注意を怠り前方を確認せず被害車に追突させた過失があるので民法七〇九条によりそれぞれ本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(三) 損害
1 傷害、治療経過等
頸部挫傷により水俣市の岡部病院において昭和四七年三月七日から同年五月二三日まで七八日間の入院治療、昭和四七年二月一九日から同年三月六日までの間および同年五月二四日から現在まで(実治療日数八一九日)通院治療を受けている。
2 損害額
(1) 治療費等 金二四八万〇、六八〇円
内訳
(イ) 治療費 金二四四万四、七八〇円
右岡部病院における入通院治療費として要した費用
(ロ) 入院雑費 金二万三、四〇〇円
(ハ) カラー固定代金 金一万二、五〇〇円
(2) 逸失利益 金一、五一一万〇、七四六円
内訳
(イ) 昭和四七年三月より昭和四八年三月までの休業補償金一、〇一〇万三、七四六円
(a) 原告は養豚業者であるところ、事故のため仕事ができず、休業中に飼育していた豚が死亡した損失額であり、その内訳はつぎのとおりである。
(b) 昭和四七年三月から四八年三月まで、世話ができなかつたために死亡した、生後二月、三月までの子豚は二四九頭である。
一頭の値段は、年間平均一万五、四九〇円である。
一五、四九〇×二四九=三八五万七、〇一〇円
(c) 同期間死亡した、生後四月ないし六月までの豚数は一七六頭である。
一頭の値段は、年間平均三万〇、四三六円である。
三〇、四三六×一七六=五三五万六、七三六円
(d) 同期間死亡した成育豚は四頭である。年間平均の値段は八万円である。
八〇、〇〇〇×四=三二万円
(e) 同期間死亡した妊娠豚は三頭である。年間平均の値段は一九万円である。
一九〇、〇〇〇×三=五七万円
(f) 以上総計一、〇一〇万三、七四六円となる。
(ロ) 昭和四八年四月より昭和五〇年一二月までの休業補償 金二九三万一、〇〇〇円
(a) 原告は昭和四八年四月で三〇歳であり、昭和四八年の平均賃金は男子三〇歳で月一二万三、五〇〇円である。よつて、昭和四八年四月より昭和四九年三月までの損失は、つぎのとおりである。
一二三、五〇〇×一二月=一四八万二、〇〇〇円
(b) 昭和四九年の男子三一歳の平均賃金は、月額一六万一、〇〇〇円であり、昭和四九年四月から昭和五〇年末までの損失はつぎのとおりである。
一六一、〇〇〇×九月=一四四万九、〇〇〇円
(c) 以上の合計金二九三万一、〇〇〇円である。
(ハ) 後遺症一四級による将来の損失 金一九万三、二〇〇円
本件事故による原告の後遺症は一四級というべきところ、一四級による労働能力の喪失は五%であり、期間は二年間と考えられる。
よつて損失はつぎのとおりとなる。
一六一、〇〇〇×二四月×〇・〇五=一九万三、二〇〇円
(ニ) 人夫賃金一一八万六、〇〇〇円
休業中に、代りに雇つた人夫賃金である。
雇入人夫の賃金と雇入期間はつぎのとおりである。
昭和四七年二月一七日から五月三一日まで
竹之内国義 金二六万二、五〇〇円
昭和四七年四月二日から六月三日まで
熱田冴子 金一九万五、〇〇〇円
昭和四七年六月一日から八月一日まで
山外久子 金二〇万六、〇〇〇円
昭和四七年六月一日から八月一日まで
尾崎進悟 金二六万円
昭和四七年八月二日から一〇月二日まで
高崎訓明 金一五万円
昭和四七年一〇月一五日から一一月三〇日まで
高崎訓明 金一一万二、五〇〇円
(ホ) 獣医代金 金六九万六、八〇〇円
休業中獣医に支払つた金額である。
(ヘ) 獣医代金、豚の死亡と原告の傷害との因果関係
養豚は技術を要し、素人にはその飼育は困難である。原告が傷害を負い、豚の世話をできなくなつたために、次々と豚が病気になり、獣医に見せる必要が生じたのであつて、獣医代金、豚の死亡と原告の傷害との間には相当因果関係がある。
(3) 慰謝料 金一一四万円
(a) 入通院慰謝料 金九五万円
(b) 後遺症慰謝料 金一九万円
(4) 弁護士費用 金二〇〇万円
(四) 結論
よつて、原告は被告らに対し各自本件事故にもとづく損害の賠償として右(三)の金員合計金二、〇七三万一、四二六円の内金一、六四七万五、七四六円およびこれに対する本件事故の翌日たる昭和四七年二月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁ならびに主張
(一) 請求原因(一)(二)項は認める。
(二)1 同(三)項1中原告の傷病名およびその主張の期間岡部病院に入院したことは認めるが、通院期間は不知。
2 同項2(1)ないし(4)はすべて不知。
(三) 主張
1 原告の傷害の程度について
(1) 原告の入院は、昭和四七年三月七日から五月二三日までの七八日間というのであるが、そのうち、
(イ) 外泊が
(a) 四月中は、九、二二、二三、三〇の四日間
(b) 五月中は、一、一一、一四、一五、一八、一九、二〇の七日間
で合計一一日間
(ロ) 外出が
(a) 三月中は、三〇日の一回
(b) 四月中は、二一、二四、三〇の三回
(c) 五月一七日は検温時不在
として記録されているという状況である。
加えて、原告の受傷は追突事故によるいわゆるむち打症であり、前記入院期間中の原告自身の行動をも勘案すれば、原告の受傷程度は決して重くはなく、むしろ、おとなしく入院を続けたのは、長くて四月二〇日頃までの約四〇日間程度のものと認められる。
更に遡れば、本件事故は二月一五日であり、二月一九日岡部病院で診察を受け、症状増悪の傾向があつて医師から入院をすすめられながらも、原告本人の意思で入院せず通院加療にとどめ、入院したのは事故から二〇日程も経た三月七日であることからすれば、原告が早期療養を怠つた過失により症状を増悪、かつ、長期化させるに至つたものと認めて相当であり、右の点の過失は、賠償額の算定につき斟酌されて然るべきである。
(2) なお通院期間が甚だしく異常に長期化しているのも、むしろ、心因反応および損害補償病的なものが主体であるというべきである。
2 原告請求の逸失利益について
本件事故による受傷と右豚の病気、死亡との間には、相当因果関係があるとは認められず、また、それはいわゆる通常生ずべき損害でもない。即ち、右豚の病気、死亡の原因の殆どは、豚肺虫症というにある。ところで、
(イ) 右肺虫症は、もつとも普通にみられる豚の内部寄生虫病の一種で、子虫を宿すミミズを直接捕食するか、多くは、ミミズの糞中に感染子虫が排泄され、土壌と共に摂食されて感染がおこるものと考えられており
(ロ) 而して幼豚期には通常二、三種類の内部寄生虫が混合感染している場合が多く、かつ、豚肺虫は、一回駆虫薬剤を投薬すれば、以降に感染しても軽度にとどまるので、再投薬する必要は殆どないとされ、幼豚期における早期適切な駆虫剤の使用(所要量を飼料に十分混和し完全に採食させる、但し、一回投薬すればよい)が重要とされ
(ハ) なお寄生虫の感染予防としては、計画的な駆虫によつて寄生虫を取り除くことが第一であるが、コンクリート造りの排水良好な豚舎は感染機会が少ないが、床や運動場の土壌は湿潤なため、寄生虫の発育に好適であり、感染源になることが多く、土の交換、消毒薬による消毒が必要であるとされ
ているのである。
右からすれば、原告の場合も当初から、少なくとも肺虫症による死亡が発生し始めた頃に、適切な駆虫剤の使用(その使用方法は、前記のとおり極めて簡単である)をなし、かつ、豚舎の清掃、水洗(それもまた極めて単純な作業である)をなすなど、清潔に保つてさえおけば、肺虫症の感染、発現、蔓延を十二分防止しえた筈である。
而して原告方養豚業には原告本人のみならず、その妻、母も従事し、さらには、本件事故直後の二月一七日から八月一日頃までは毎日殆ど二人宛、その後は一一月末日まで毎日一人宛、原告に代るべき労務者を雇い、該雇人らは、いずれも一日八時間、またはそれ以上の超過勤務さえしたというのであるから、原告本人が直接手を下さなくとも、獣医師から注意も受けた豚舎の清掃、清潔の保持は、肺虫症防止のため最も緊要なこととしてこれをなすべく、またなしえたし、一方獣医師による駆虫剤の投用と相俟ち、本件豚肺虫症の感染、発現、蔓延は十二分防止しえた筈である。
しかるに、原告の豚舎は清掃もなされず不潔な状態に置かれていたというのであるから、本件豚の死亡は、本件事故と相当因果関係はなく、全く原告方の養豚上の処置不適切がその原因と認めて然るべきである。
3 損害の填補
被告らは原告に対し合計金一六万円を支払つた。また原告は自賠責保険の仮渡金として金一〇万円を受領し、さらに自賠責保険金給付額中金二四万円が治療費として支給された。
三 被告らの主張3に対する原告の認否
認める。ただし本件で請求した治療費は右金二四万円を控除したものである。
第三証拠関係 〔略〕
理由
一 請求原因(一)(二)項は当事者間に争いがない。右事実によれば被告らは各自原告に対し本件事故により原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
二 損害
(一) 傷害、治療経過等
1 原告が本件事故により被つた頸部挫傷のためその主張の期間岡部病院で入院治療を受けたことは当事者間に争いがなく、また成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし六、証人岡部文人の証言ならびに原告本人尋問の結果によれば原告は右傷害の治療のためその主張の期間岡部病院に通院していることが認められる。
2 成立に争いのない甲第二号証、前掲甲第一〇号証の一ないし六、証人岡部文人の証言、原告および被告登野城善継各本人尋問の結果によればつぎの事実が認められる。
原告は受傷直後自ら被害車を運転して事故現場から被告登野城善継の案内により医師をしている同被告の兄の勤務する出水市の病院まで行き、診察を受けた結果、一週間程度の安静を要するむちうち症と診断された。右治療のため原告は住居地近くの病院への転院を希望し、右岡部病院を紹介されて、同月一九日診察を受けた。その時の原告の訴えは頭重感、項部肩胛部疼痛、上肢のしびれ、脱力感、嘔吐感等であつたが、レントゲン検査の結果では所見に異常はなかつた。しかし、同病院では原告の訴えにより症状が増悪する傾向があるとして入院をすすめたが、原告はこれを拒否し通院治療を受けながら自宅で従前どおり家業である養豚業に従事したため症状が一層増悪し養豚作業もできなくなつて、同年三月七日には右病院に入院するに至つた。入院中も原告の訴えはさほど軽快するには至らなかつたが、原告の希望もありまた病院側としても経過が思わしくなかつたので気分転換および転院を考慮して同年五月二三日には退院を許可した。なお、原告は右七八日の入院期間中一一日間外泊し、とくに五月の外泊日数は七日にも及んでおり、また外出も入院期間中三日間あつた。退院後の原告の症状は一進一退であり、仕事をすれば悪くなり、治療を受ければよくなることのくり返しである。原告に対する治療として右岡部病院では温熱理学療法、変形器械矯正術、鎮痛消炎等を施してきている。原告の訴えも頭重感、上肢脱力感持続、項部肩胛部の緊張痛に固定しており、現在では精神的不安からくる心因的要素が強く、事故による補償問題が解決すれば回復に向うものとみられている。なお、原告の担当医は、原告の受けた程度の頸部挫傷は通常一年以内に治癒し、また原告の症状固定による後遺症は一四級の九に該当すると判定している。
3 右事実を総合すれば、原告の頸部挫傷は容易に完治せずその治療期間も長期にわたつているものの、右に関しては初期においては通院しながら養豚の作業に従事したため症状を増悪させたこと、その後においては原告のもつ心因性がこれに関与しているものということができ、前記のような傷害の部位、程度、治療経過からいえば、原告の症状は原告が岡部病院に入院した昭和四七年三月から一年を経過した昭和四八年三月頃にはほぼ固定したものと認めるのが相当である。
(二) 損害額
1 治療費等
(1) 治療費
前掲甲第一〇号証の一ないし六、証人岡部文人の証言によれば右認定治療のための費用として昭和四七年二月一九日から昭和五〇年六月二三日まで原告は金二六五万六、五二〇円を要したことが認められる。
しかしながら、前記認定のとおり、原告が本件事故により受けた頸部挫傷は昭和四八年三月頃にはほぼ固定したというべきところ、右時期以後の治療についてはその必要性は否定しえないとはいえ、前記認定事実によれば早期における原告の治療態度が治癒を遅らす一因となつたと推認できること、本件傷害における前記心因性の関与の程度、その治療についても、右各証拠ならびに原告本人尋問の結果によれば、仕事をしていて体調が悪くなると病院に行き神経系統の注射や赤外線照射等を受けるという対症療法のくり返しであつて、その症状にさしたる変化はなく、むしろ補償問題を解決することによつて快方に向うものとされているのであり、現在の治療内容の有効性についても問題がないではないと考えられること等を総合すると、原告が右時期以降の治療のために要した費用はその五割を限度として本件事故と相当因果関係にある損害と認め、その余の分についてはこれを本件事故と相当因果関係にある損害とは認めないのが相当である。そして、前記各証拠によれば、右治療費のうち昭和四七年二月一九日から同年九月三〇日までの分は金四五万一、七四〇円、同年一〇月一日から昭和四九年七月三一日までの分は金一四五万五、一六〇円であることが認められるから、右後者についてその期間中は同頻度で通院治療を受けたものとして昭和四八年三月三一日までの分を右期間の月数に応じて均等割にして算出すると金三九万六、八六一円(円以下切捨)となるので、昭和四七年二月一九日から昭和四八年三月三一日までの治療費は合計金八四万八、六〇一円となり、また前記認定の金二六五万六、五二〇円から右金員を控除した金員の五割は金九〇万三、九五九円であるから、結局、原告の治療費支出による損害は金一七五万二、五六〇円となる。
(2) 入院雑費
一日につき金三〇〇円を相当とするので、右(一)認定の入院期間中の雑費としては金二万三、四〇〇円が相当である。
(3) カラー固定代金についてはこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) よつて、治療費等は右(1)(2)の合計金一七七万五、九六〇円となる。
2 逸失利益
(1) 昭和四七年三月より昭和四八年三月までの休業補償(豚死亡に伴う逸失利益)、獣医代金
(イ) 証人伊藤保儀の証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証の一ないし四三二、成立に争いのない甲第四号証の一ないし六七、証人伊藤保儀の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は養豚業者であるところ、右(一)のとおり受傷し岡部病院に入院通院していた昭和四七年三月から昭和四八年三月までの間飼育していた豚が次々と病気にかかり、腸カタル、肺虫症、肺炎、貧血症等の病名により計四三二頭死亡したこと、その治療代等として原告は獣医師伊藤保儀(以下「伊藤」という)に合計金五八万五、九〇〇円を支払つたことが認められる。
(ロ) 右(イ)掲記の各証拠に原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五号証の一、三ないし八、第六号証の一ないし五、第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし六、第九号証の一ないし三、証人高崎訓明の証言によつて真正に成立したと認められる甲第五号証の二、証人尾崎進悟の証言によつて真正に成立したと認められる甲第六号証の六、第八号証の七、証人尾崎進悟、同高崎訓明の各証言によればつぎの事実を認めることができる。
(a) 右豚の死因はその殆どが(四三二頭中約四〇〇頭)肺虫症によるところ、その感染経路、予防方法等は被告らがその主張2で主張するとおりであつて、要するに、肺虫症の中間宿主たるミミズ駆除のため豚舎を清潔に保ち、早期に適切な治療を施すことにある。そして、豚舎を清潔に保つためには一日一回以上豚舎内の糞尿を処理し床を水洗いする必要がある。
(b) 原告は父が養豚業をしていたのを引き継いだものであつて、豚舎は木造バラツク建で床はコンクリート造りとしていたが、コンクリートが古くて薄いため、ところどころ床面がくずれて泥が露出している箇所も少なくなかつた。また豚舎は三〇部屋あり、うち八部屋は母豚用、他は子豚、中豚、親豚用で、常時二〇〇数十頭から三〇〇頭ぐらい飼育していた。
右のような豚舎の構造、経営の規模からして、原告の場合、豚舎の掃除には床の水洗いやその他に手間ひまがかかつたが、本件事故前原告は豚舎の掃除を一日一回以上し、その管理を適切にしていたため、飼育していた豚が病死することはあまりなかつた。
しかるに本件事故により、原告は入院中はもちろん退院後もしばらくは養豚作業に従事しえず体調のよいときに豚舎の見回りをする程度であり、かつ家族は年老いた両親と妻の四人構成で原告が中心となつて養豚業をし、妻と母がこれを手伝つていたが、同人らでは原告に代る作業をできなかつたため、その期間中請求原因(三)項2(2)(ニ)のとおり人を雇つた。しかしながら右雇入れた者達はいずれも原告の知人もしくは弟妹等であつて養豚の経験は全く有しないうえ、とくに豚舎の掃除は重労働で時間がかかりまた勾いがつく等不潔な仕事であることから、同人らは豚舎の掃除は不完全にしかなさず、獣医師伊藤が豚の診察のため豚舎内に入つたときは飛沫がかかり帰宅後はワイシヤツを取り替えなければならないような不潔な状態であつた。そのため、原告および伊藤は同人らに対し豚舎内を清潔にし糞尿の処理、床の水洗いをするよう注意し指示したが、その状態のまま改善されなかつた。
なお、原告は豚が病気にかかる都度伊藤の診断治療を受け、その蔓延防止について伊藤と相談したが、雇入れた者達が指示どおり作業をしなかつたため、効果がなかつた。その結果、豚舎内の豚が次々と肺虫症にかかり、腸カタル、肺炎、肺虫症等の病名で約四〇〇頭死亡した。
(ハ) 右事実によると、本件事故により原告が養豚の作業に従事できなくなり、そのために雇つた者達が原告および伊藤の注意、指示にかかわらず豚舎内の掃除を充分せず不潔にした結果、豚舎内に肺虫症の中間宿主たるミミズが多量に発生し、これを媒介として豚が肺虫症等にかかり、伊藤の治療の効もなく約四〇〇頭死亡したものということができる。
そうだとすると、豚が肺虫症に罹患し死亡した直接の原因は雇用された者達が豚舎の掃除を充分に行わなかつたことにあるといわなければならない。
(ニ) 原告は養豚には技術を有し素人には困難であるため右のように豚が大量に死亡したと主張するのでこの点について判断するに、証人坂口実の証言および原告本人尋問の結果によれば、たしかに、豚の成育状態に応じて与えるべき飼料の質量の判断や豚の健康状態を観察し異常があれば早期に治療を施すことにはある程度知識経験を有することは認められるが、本件の場合、雇用された者達が肺虫症の中間宿主たるミミズの発生防止のため豚舎内の糞尿の処理や床の水洗い等掃除を怠つたことにその原因があるところ、右各証拠によれば右の掃除自体は特別の知識経験を要せず唯にでもできることが認められるのであつて、原告らの指示にもかかわらず右雇入れた者達がこれをしなかつたことは右(ロ)認定の理由によるものであるから、以上を総合すれば、本件の場合、肺虫症による豚の死亡と原告のいわゆる養豚の技術とに相当因果関係があるとは認め難いというべきである。
(ホ) なお、右(1)(イ)掲記の各証拠によれば、死亡した豚のうち三〇数頭は肺虫症と関係しない貧血症、白痢、中毒等の病名になつているところ、右病死と原告が本件事故により稼働しえなかつたこととの間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。
(ヘ) 以上説示のとおり、本件事故と豚の肺虫症等罹患による死亡との間には相当因果関係があるということはできない。よつて、右があることが前提として被告らに対し豚死亡にともなう逸失利益および獣医代金の賠償を求める原告の請求は失当である。
(2) 昭和四八年四月より昭和五〇年一二月までの休業補償および後遺症一四級による将来の損失額
前記のとおり、原告は養豚業を営んでおり、事故前は二〇〇数十頭から三〇〇頭ぐらいの豚を飼育していたところ、原告本人尋問の結果によれば、本件事故後は昭和四八年三月頃から再び原告自身が養豚の作業に従事し、現在は体の関係もあつて一〇〇頭ほどの豚を飼育していること、なお、原告の事故当時の年齢は二九歳であつたことが認められ、右事実に加えて、前記のとおりの原告の治療経過、症状固定時、後遺症の程度、内容、治療期間等の諸事情を総合すれば、本件事故による原告の昭和四八年四月以降の労働能力の喪失期間および喪失率は昭和四八年四月から一年間は一四パーセント、その後二年間は五パーセントと認めるのが相当である。
よつて、右期間中の原告の逸失利益を算定するに、原告の本件事故前後の収入についてはこれを認めるに足りる証拠はないので、賃金センサス第一巻第一表による原告の年齢に対応する男子労働者の右各年度の平均賃金によつてこれを算定すると左のとおり金四五万五、〇九四円となる。
{(113,500×12+355,100)×0.14}+{(139,800×12+469,400)×0,05×2}=455,094
(3) 人夫賃金
前掲甲第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし六、第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし七、第九号証の一ないし三、証人尾崎進悟、同高崎訓明の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は請求原因(三)項2(2)(ニ)で主張する期間(昭和四七年二月一七日から同年一〇月二日までおよび同月一五日から同年一一月三〇日までの計二七六日間)主張する訴外竹之内国義外五名の者を養豚の作業のため雇用したこと、賃金は男については当時の大工の日当を参考にして一日金二、五〇〇円、女については一日金二、〇〇〇円を基準とし、作業時間等を斟酌して適宜増減し遠隔地から来た訴外尾崎進悟等については旅費をも加算して右主張にかかる合計金一一八万六、〇〇〇円を同訴外人らに支払つたことが認められる。また証人岡部文人の証言、原告本人尋問の結果によれば少なくとも右期間中原告は養豚の作業に従事しえなかつたことが認められるから、原告としては右期間中原告に代つて養豚の作業に従事する者を雇入れる必要があつたということができる。そこで原告の支払つた前記賃金中本件事故と相当因果関係にある分を算定するに冒頭掲記の各証拠ならびに証人坂口実の証言によれば、養豚の作業は残飯を収集して炊き豚に与えたり、豚舎の掃除、修理等多忙で体力を要することが認められ、加えて前記認定のとおり養豚業は原告が中心となつてしていたことからして原告に代る労働力としては成人男子一人が必要であつたというべきであるから、右期間中成人男子一人を雇入れるに要する費用が本件事故と相当因果関係にあるものということができる。そして、昭和四七年度賃金センサス第一巻第一表によると同年度の男子全労働者の一日当りの平均賃金は金三、六八九円((88,200×12+288,200)÷365=3,689(少数点以下切捨))であるから、右金員を基礎として右期間中成人男子一人を雇入れるに必要な金員を算出すると金一〇一万八、一六四円となる。
よつて、原告が訴外竹之内国義らに支払つた人夫賃金のうち右金一〇一万八、一六四円が本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。
なお、右の者らを雇入れるための旅費については本件事故と相当因果関係にあるとは認められない。
(4) 以上によれば、本件事故による逸失利益は右(2)(3)の合計金一四七万三、二五八円となる。
3 慰謝料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺症の内容程度その他諸般の事情を考えあわせると、症状が固定したとみなされる昭和四八年三月までの入通院慰謝料としては金六〇万円、後遺症慰謝料としては金一五万円とするのが相当であると認められる。
4 損害の填補
当事者間に争いがない。ただし、前掲甲第一〇号証の三によれば原告が本訴で請求する治療費は自賠責保険給付額中治療費として支給された金二四万円を控除したものであることが認められる。
よつて、原告の前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は金三七三万九、二一八円となる。
三 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、本訴請求額および認容額等に照らすと、弁護士費用としては金四〇万円が相当である。
四 結論
以上によれば、被告らは各自原告に対し金四一三万九、二一八円およびこれに対する弁護士費用を除く金三七三万九、二一八円については本件事故の翌日たる昭和四七年二月一六日から、また弁護士費用の金四〇万円については本判決確定の日の翌日からいずれも支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 神吉正則)