熊本家庭裁判所 事件番号不詳 判決
本籍 熊本県山鹿市大字山鹿千七百五十番地
住居 同所五十一番地
特殊飮食店 猪口豊作 明治二十二年十一月六日生
主文
本件は管轄違。
理由
本件公訴事実は、
被告人は、肩書住居で特殊飯食店「だるま」を営んでいる者であるが、昭和二十七年十月二十五日頃、同所に於て、当時児童である○井○ル○(昭和九年十二月七日生)と、同女に男客を取らせて売淫させ、身代を折半する旨の契約を為し、同女を女給として雇入れその頃から同月三十日頃までの間、同所で同女に男客を取らせ、以て婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした上、児童に淫行をさせる行為を為したものである。
と謂うにある。
よつて按ずるに、本件公訴事実は先づ児童福祉法違反の事実を起訴した後、これと牽連犯の関係にありとして、婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令(以下単に勅令と略記する)違反の事実につき、訴因追加がなされたものであるが、審理の結果、家庭裁判所固有の管轄に属する右児童福祉法違反の事実は、後記の如く、犯罪の証明がないものとして無罪の判決をなすべきものであるところ、これと牽連犯の関係にありとして、訴因追加がなされた、右勅令違反の事実につき、当裁判所は、なお管轄権を有するかという点が問題となるのである。
そこで、家庭裁判所の刑事事件に関する事物管轄について、検討してみるに、裁判所法第三十一条の三第一項第三号によれば、固有の管轄権として、「少年法第三十七条第一項に掲げる罪に係る訴訟の第一審の裁判」と規定し、更らに右固有の管轄に属する事件と併合して審理し得べき事件の範囲につき、裁判所法第三十一条の三第二項には、「家庭裁判所は、この法律に定めるものゝ外、他の法律において特に定める権限を有する」と規定し、これに対応する少年法第三十七条第二項は、「前項に掲げる罪とその他の罪が刑法第五十四条第一項に規定する関係にある事件については、前項に掲げる罪の刑をもつて処断すべきときに限り、前項の規定を適用する」と定めているから、当裁判所は、固有の管轄に属する本件児童福祉法違反の事実と、牽連犯の関係にありとして訴因追加がなされた勅令違反の事実についても、一応は併合管轄権を有するものと認められるのであるが、審理の結果、右児童福祉法違反の事実につき、無罪の判決をなすべき場合には、当裁判所は最早右勅令違反の事実につき併合管轄権の基礎を失い、右事実につき実体的判決をなすことはできないのである。
蓋し、家庭裁判所の併合管轄権に関する、前示少年法第三十七条第二項の法意は、少くとも同条第一項に掲げる犯罪事実が、有罪と認められ、かつ、その刑によつて処断する場合を予想している規定と解すべきであり、本件の如く、家庭裁判所固有の管轄に属する、児童福祉法違反の事実が無罪と認められる場合には、これと牽連犯の関係は到底成立する余地がなく、結局、当裁判所は本件勅令違反の事実につき管轄権を有しないことになるから、刑事訴訟法第三百二十九条本文に従い、主文の通り判決する。
なお、本件公訴事実中、児童福祉法違反の点につき按ずるに、筆頭者○井○雄の戸籍謄本によれば、○井○ル○の戸籍の出生日欄には「昭和九年十二月七日」、身分事項欄には「本籍に於て出生、父○井○造届出昭和九年十二月十日受付入籍」と、記載してあり右戸籍簿の記載が正確でありとすれば、右○ル○は本件淫行を為した当時十八才未満の児童であつたということになるのである。
然るに、証人○井○ル○、同○井○カ、同半田トイの当公廷における各供述及び証第一号の姙産婦名簿、並に昭和三十年二月二日付の熊本測候所長の回答書によれば、○井○ル○が出生したのは昭和九年七月二日であることが確認されるのであつて、戸籍簿の記載は当時○ル○の父○造が病気であつたゝめ、出生届が放置され、同人が同年十二月十日居村役場において、出生届をなすに際り、真実の出生年月日を届けると戸籍法違反により、過料に処せられる虞があるところから、右届出日は恰も真実の出生日から二週間内なるものゝ如く装い、昭和九年十二月七日生と虚偽の出生届をなしたため、その旨真実に反する記載がなされたことが窺知されるのである。
尤も、戸籍簿の公信力乃至公示性は、一応認めなければならないが、往々にして正確でなければならない筈の戸籍の届出が出鱈目であつたり、又私生子となることを嫌つて、故意に他人の嫡出子として入籍されることがあることは、前示○井○カの供述によつても窺はれるのであり、さればこそ、戸籍法は所定の手続によつて戸籍訂正の途を開いているのであるから、前記各証拠に照すときは、右戸籍謄本の記載は容易に措信し得られないところであり、その他前記認定を覆すに足る証拠は存しない。
然らば、被告人が右○ル○に、判示の如き淫行をさせる行為を為したとしても、その当時に於て同人は既に満十八才を超えていたことになり、児童福祉法に規定する児童ということはできないことが明らかであるから、被告人に対する右児童福祉法第三十四条第一項第六号(第六十条第一項)違反の点は、犯罪の証明がなく無罪であるけれども、判示勅令違反の罪と牽連一罪の関係にありとして、起訴せられたものと認めるので、特に主文では無罪の言渡をしない。
(裁判官 森岡光義)