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熊本家庭裁判所 平成21年(家)323号 審判 2009年8月07日

申立人(抗告審相手方)

○○児童相談所長○○○○

事件本人

A

親権者母(抗告人)

B

主文

申立人が事件本人を児童養護施設に入所させることを承認する。

理由

第1申立ての要旨及びその実情

事件本人は,これまで2回(平成18年×月と平成21年×月×日(以下平成21年×月×日の誤飲を「本件誤飲」という。))にわたり,事件本人親権者母B(以下「実母」という。)が服用していた精神薬を誤飲もしくは実母による投与により服薬し,いずれも救急車で搬送された。主治医の所見では,実母の代理ミュンヒハウゼン症候群の疑いがあるとされ,仮に故意の投薬でないとしても,薬の管理についての監護能力が疑われる。

また,実母は△△県□□児童相談所(以下「□□児相」という。)と関わり,精神的不安定さから事件本人の一時保護を繰り返した後,事件本人は施設入所となり,○○へ来てからもショートステイを複数回利用するなどしており,安定した養育環境とはいえない。そこで○○児童相談所(以下「○○児相」という。)は,事件本人を児童養護施設へ入所させることを決定した。

これに対し,実母は,施設入所に同意せず,児童相談所に対し,異議を述べたので,申立人は,児童福祉法28条に基づき,事件本人を児童養護施設に入所させることを承認する旨の審判を求める。

第2当裁判所の判断

家庭裁判所調査官作成の平成21年×月×日付け調査報告書(以下「本件調査報告書」という。)及び当裁判所の審問結果を総合すると,次の事実を認めることができる。

1  事件本人の出生及び現在の入所に至るまでの経過

(1)  事件本人は平成17年×月△△県□□市で出生した。未熟児であったため,2か月間同市内○○病院に入院した。

(2)  平成17年×月,○○病院から実母の養育能力を理由に通告が,同年×月に□□警察署からネグレクト通告がそれぞれあった(受理年月日平成17年×月×日の虐待通告受付票,本件調査報告書12頁)。事件本人は児童養護施設に平成20年×月まで預けられて,平成20年×月から実母が事件本人とその兄を転居していた○○市の自宅に引き取って3名で生活するようになった。

(3)  平成18年×月×日事件本人は実母の精神薬を服用したため,ベンゾジアゼピン系及びバルビツール系の中毒を起こし(受理年月日平成17年×月×日の虐待通告受付票2枚目,本件調査報告書12頁),○○病院に緊急入院となった(以下この日の誤飲を「平成18年×月の誤飲」という。)□□児相の児童記録票,本件調査報告書4頁)。このときの実母の発言は次のとおりである。すなわち,「実母が帰宅したら睡眠薬が2錠なくなっていることに気づいた。ソファーに寝かせて様子を見ていたら午前2時半寝返りを打ち,ソファーから落ちたので,抱きかかえるとだらっとしていたので救急車を呼んで搬送した」というものである。同月×日実母の精神不安定のために,事件本人は□□児相に一時保護となった。その後も実母の体調不良のために一時保護が繰り返された。

後記○○児相は,実母が本件誤飲が故意に事件本人に薬を投与したものでないとしても,平成18年×月の誤飲の後も,実母が事件本人を精神薬を誤飲するような養育環境におくこと自体に問題があり,実母の薬の管理能力にも問題があると考えている(本件調査報告書4頁の○○児相児童福祉司の陳述)。

(4)  平成19年ころ,実母の体調不良等のために事件本人は,□□児相で2度一時保護されている。平成19年×月事件本人は○○乳児院に入所した。同年×月事件本人は児童養護施設(△△県○○市の○○学園)に入所した(本件調査報告書12頁)。

(5)  平成20年×月実母は△△県□□市から○○市へ転居した。同年×月,事件本人とその兄C(平成×年×月×日生,以下「実兄」という。)は実母の○○市の住居に引き取られた。

平成20年×月から×月にかけては,実母の体調不良で合計4回ショートステイで児童養護施設「○○」などの入所措置がとられている。

(6)  平成21年×月×日○○病院から○○県○○児相へ虐待通告がなされた。同通告の内容は次のとおりである。すなわち,事件本人の状況について「立てない,歩けない,呂律が回らない等の症状があり,尿検査を実施したところ,薬物反応が出る。薬物を故意に服用させた疑い。代理ミュンヒハウゼン症候群の疑いもあり」というものである(家事審判申立書ケース概要資料,平成21年×月×日当庁受付の「ケースの概要」と題する書面)平成21年×月×日の項)。

同日,○○警察署からも○○児相に虐待通告があり○○警察署長作成の平成21年×月×日付け児童通告書),同通告を○○児相は児童虐待受理した。その内容は,○○病院において,事件本人について尿検査をしたところ,薬物反応(ベンゾジアゼピン中毒)が出ており,実母の事件本人に対する不適切な養育や不衛生な自宅環境が児童虐待に当たるというものである(本件調査報告書4頁)。

(7)  平成21年×月×日事件本人が○○病院を退院したと同時に○○児相は一時保護した(本件調査報告書4頁,13頁)。同日,○○児相職員が実母宅を家庭訪問したところ,実母は薬は事件本人が自分で服用した旨の話をしていた。

(8)  平成21年×月×日○○児相は援助方針会議を開催した。その内容は次のとおりの趣旨である。すなわち,「実母は薬(実母の睡眠薬等)の誤飲と説明しているが,事件本人の症状から1度だけの服薬とは考えにくい。過去にも薬の誤飲がある。このことから,事件本人と実母を分離する。実兄については学校等と連携して状況を把握することとした。」というものである。

(9)  平成21年×月×日○○児相職員が実母宅を訪問した。実母は事件本人の施設入所には同意しないと言った。

(10)  平成21年×月×日社会福祉審議会は児童福祉法28条1項の措置をとることが適当であるとし,同月×日○○児相は,その援助方針会議で事件本人を児童養護施設に一時保護委託とする旨決定し(本件調査報告書4頁,13頁),同年×月×日事件本人を某児童養護施設に移送した。

2  代理によるミュンヒハウゼン症候群(日本小児科学会子ども虐待問題プロジェクト,2006.4による)

子どもに病気を作り,かいがいしく面倒をみることにより,自らの心の安定をはかる,子どもの虐待における特殊型。加害者は母親が多く,医師がその子どもに様々な検査や治療が必要であると誤診するような,巧妙な虚偽や症状を捏造する。加害者は,自分が満足できる結果がでて,処置をしてもらうまで「その」状態を続けるため,必要のない検査が延々と続く。ときには子どもの症状がどんどんと重篤になり,致死的な手段もいとわなくなることがあるので,十分注意が必要である。医療関係者が疑いを持つと,急に来院しなくなり,別の医療機関を受診したり,これまで学習した知識を基に,さらに巧妙な症状を作り出すこともある。本症候群には様々なタイプがあるが,その一つのタイプに,子どもに薬物等を飲ませる,窒息させるなどの行為を行い,子どもに実際の身体不調や病的状態を作り出し,そのことを病気の症状として訴えるものである。子どもにとっての不利益としては,身体的異常(最悪の場合,死亡),不必要な検査や治療,保護者への恐怖感・不信感の形成などがあるというものがある。

3  実母による精神薬の保管状況についての説明(本件調査報告書6頁)

(1)  事件本人に故意に薬を飲ませたようなことはない。

(2)  事件本人は,実母が普段バッグに入れている薬入れ(チャックの付いた小銭入れ)(以下上記バッグを「薬入れ入りバッグ」という。)の中にあった薬を誤飲したのではないかと思う。事件本人は,実母の化粧品,タバコ,ライター等に興味を示し,バッグ入りの薬の存在も知っていたし,実母が薬を飲むところも見ていたし,実母が薬を飲むのをまねしたこともある。薬入れ入りバッグはリビングか寝室に置いていたのではないかと思う。上記バッグ中の薬入れ中には,デパス(ベンゾジアゼピン系抗不安薬),メイラックス(ベンゾジアゼピン系抗不安薬),ロキソニン(鎮痛・解熱薬),メプチン(気管支拡張薬),ブスコパン(消化性潰瘍治療薬),ガスモチン(健胃消化薬・胃腸機能調整薬)などを入れていた。

他方,比較的強い薬,ロヒプノール(ベンゾジアゼピン系睡眠薬),ベンザリン(ベンゾジアゼピン系睡眠薬),ベゲタミン(フェノチアジン系抗精神薬)などは,薬用木箱に保管し,子どもの手が届かない棚の引き出しに入れていた。

(3)  平成18年×月の誤飲は,実母が飲み残した糖衣錠様のベゲタミンなどを飲んだのではないか。このとき,実母は,別れた元夫や病院関係者から薬の管理について注意され,実母自身も反省した。

4  本件誤飲した薬物について

実母が通院する「○○内科」からの嘱託回答結果によれば,実母は13種類の薬を処方されて服用し,処方された薬の中には,薬物反応(ベンゾジアゼピン中毒)を引き起こすベンゾジアゼピン系の精神薬が含まれていることが認められる。

5  本件誤飲が実母の故意による服薬によるものかについて

○○病院医師○○○○ほか1名作成の平成21年×月×日付け診療情報提供書中には,本件誤飲について「入院前は症状が徐々に悪化したことを考えると,単回投与ではなく,継続的に内服していた可能性も考えるべきでしょうか?」との記載があり,平成21年×月×日当庁受付印がある「心理診断書」中には,本件誤飲の薬について(事件本人が)「あーんってしたらママが飲ませた」と話している旨の記載があり,本件誤飲は実母の故意による服薬によるものではないかが疑われる。しかし,前記3のとおり,実母は故意に薬を飲ませたようなことはない旨述べており,事件本人は本件誤飲当時4歳であり,同人の発言をうのみにするのは躊躇されるし,実母が代理ミュンヒハウゼン症候群であることを裏付ける具体的資料はない。結局,実母が故意による服薬をさせたことを否定する以上,他に証拠がない本件では,本件誤飲が実母による故意による服薬とすることは困難である。

6  事件本人の入所を承認するかどうかについて

前記1の事実によると,現在に至るまで,実母の体調不良のためしばしば,事件本人は養護施設などに一時保護され,実母の体調不良が事件本人の養育に支障を来しており,一度平成18年×月本件誤飲した薬物に含まれているベンゾジアゼピンとバルビツール系の中毒を起こして,当時関係者から薬物の管理について注意指導を受け,実母自身も反省したと述べており,薬物の管理には十分注意しなければならないことは実母も認識していたはずであるにもかかわらず,前件事故と同様に事件本人について誤飲が生じており,実母の薬物管理には問題があるといわざるを得ず,これは,「保護者に監護させることが著しく当該児童の福祉を害する場合」に当たるというべきである。

申立人提出資料,当庁家庭裁判所調査官作成の報告書について実母に対し,閲覧・謄写,反論書面の提出のそれぞれの機会を与えたところ,実母から反論書面が提出された。

実母の反論を要約すると,次のとおりとなる。すなわち,①実母は,精神安定剤,睡眠剤等の薬物を処方され,所持しているが,多量摂取・常用の事実はない,②実母は「うつ病」という診断書名を記載されたことはあるが,「うつ病」ではなく,単なる不眠であり,「うつ病」で入退院を繰り返した事実もない,③薬物の保管について十分な注意が足りなかったことを認めて反省し,現在は薬物は金庫に入れて保管している,④事件本人に薬を投与したり,煙草の吸引を強制した事実は一切なく,自宅内を安全な環境にするため整理整頓している,⑤長男,長女が一般常識を備えるような教育方針をとっている,⑥実母自身がその親から虐待を受けた事実はない,⑦人格形成途上の事件本人が母親と離されることは事件本人の心に傷を与えることが心配される,⑧ショートステイの利用は実母の体調不良等のため事件本人の食事等の生活維持のためにしたことである,⑨事件本人の年齢からみた成長具合が平均以下と指摘した資料もあるが,子供には個別の性質があり,数値だけで比べることは疑問である,⑩ネグレクトと記載された資料もあるが実母自身一度も育児放棄をしたことはない,⑪事件本人には実父母の離婚などで寂しい思いをさせたが,母子家庭云々は差別に他ならない,⑫事件本人は好き嫌いはない,食べ物の大切さを教えて,事件本人もこれを理解している,というものである。

しかし,①,②,⑤ないし⑫と前記の薬物管理の問題性とは直接関わりがないし,③,④については,実母が薬物管理の不十分さを率直に反省し,現在薬物の保管を厳重にし,自宅を整理整頓していることは評価できるが,薬物事故は今回で二度目であり,実母が今後薬物保管を厳重にし,自宅内を整理整頓するという意思の表明だけでは薬物事故が事件本人に生命健康に重大な危険を及ぼす可能性があること,事件本人が満4歳という幼少であって薬物事故に対し無防備であることなどを総合考慮すると,実母の上記反論の中で事件本人と実母を離すことで生じる問題点や心配,懸念といったことを考慮しても,事件本人を危険な状況においたままにすることは相当でない。

そうすると,本件においては,児童福祉法28条に定める児童福祉機関の措置権を行使すべき事態にあるというべきであるところ,事件本人の福祉のためには,事件本人を施設に入所させるのが相当であると判断される。

よって,申立人の本件申立てを認容することとし,主文のとおり審判する。

(家事審判官 永留克記)

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