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犬山簡易裁判所 昭和45年(ろ)1号 判決 1971年5月29日

主文

被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四四年九月二九日午後三時三〇分ごろ土砂を積載した大型貨物自動車を運転して名濃バイパス方面(東方)より江南市前野方面(西方)へ向け時速約五〇粁で進行し、愛知県丹羽郡大口町大字小口字野田野山八番地先の交通整理の行われていない右方(北方)道路への見とおしのきかない交差点の手前にさしかかり直進しようとしたが、このような場合自動車運転者としては徐行(正確には交差点の入口から徐行するために必要な減速)して前方左右の交通の安全を確認して衝突事故を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、右徐行および右側道路に対する安全確認の各義務を怠り同一速度で同交差点に進入しようとした過失により同交差点の手前約四・七米の地点において、おりから右側道路の北方にある銭高組作業現場より土砂を積載するため、同交差点左方(南方)道路方面へ向け時速約二五粁で、銭高組作業員平林すゑをの赤旗による停止信号を無視して同交差点に進入した宮島進(当時五五才)の運転する大型貨物自動車を右前方約一九・三米の距離に発見し、あわてて急停車の措置をとると共にハンドルを左に切つたが間に合わず、同車の前部に自車の右前部を衝突させ、右宮島進を路上に転落させ、よつて同人に全治八ケ月一八日間の頭蓋骨々折、頭蓋内出血の各傷害を与えたものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人およびその弁護人の無罪の主張について)

一、本件交差点は、被告人の進行していた東方道路の幅員の方が被害者宮島進の進行していた北方(右側)道路よりも明らかに広いもので且つ東方道路は県道にして幹線道路であり、舗装されているものであること、被告人は右宮島が同交差点に進入する以前に既に同交差点に進入していたものであること、被告人は右宮島の進行していた道路の左方道路より同交差点に進入したものであること等の各事実によれば、被告人は右宮島に対し、同交差点に進入するについて優先通行権を有していたものである。

二、被告人が同交差点にさしかかる前に銭高組交通整理員平林すゑをが右側道路より進入する右宮島運転の車輛に対し、赤旗をもつて停止規制を行つていたのであるから、被告人としては、右宮島が同交差点手前で一時停止し、被告人の同交差点における進行を妨げないものと期待、信頼して同交差点に進入したものであり、右信頼は社会的相当性がある。

三、右事実によると、被告人には、右宮島の車輛のように右交通整理員の指示その他交通法規に違反し自車の側面を突破しようとする車輛のあることまで予想して徐行および右側道路に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものというべきである。

よつて被告人は本件事故につき過失なく無罪である。

(右主張に対する裁判所の判断)

一、前掲示(4)(8)(10)(12)(14)および(16)の各証拠を総合すると、本件交差点は南北道路がやや東方に斜行し、同交差点の南側部分が扇状(東西道路との取付部分幅員一五米、同交差点南側入口部分幅員六・六五米)をなしている変型交差点である。

同交差点の東西道路は県道で舗装(アスフアルト)されており、その幅員は東方道路の車道部分(右側に歩道あり)八・三米、西方道路七・六米であり、これと交差する南北道路中北方道路は砂利敷(未舗装)でその幅員は七・五米であるが、その西側部分に幅員約九〇糎、高さ一〇糎ないし一五糎の砂利山が同交差点北側入口から北方約一七・一米の距離に到るまで帯状に堆積されていたのでその有効幅員は約六・六米、南方道路は舗装されておりその幅員は六・六五米である。

東方道路と西方道路、東方道路と南方道路間の見とおしは良好であるが、東方道路と北方道路、西方道路と南方道路間は家屋およびその周囲の樹木等のため、北方道路と西方道路間は三角形の墓地に密生している樹木等のため、見とおしのきかないものとなつている。

そこで本件交差点の右具体的状況下において、被告人の進行した東西道路と被害者宮島進の進行した南北道路との各幅員の広狭を比較すると実測では一・七米ないし〇・九五米の差異があり東西道路の幅員の方が広いけれ共、自動車を運転中の通常の自動車運転者が一見目測しただけでは東西道路の幅員の方が南北道路の幅員よりかなり広いとは見分けられない状況である。

以上の事実が認められる。

そうすると、被告人の進行した東西道路の幅員は右宮島の進行した南北道路に比し明らかに広いものとはいえないものというべきである。

そうして、既に認定のとおり本件事故現場は交通整理の行われていない右方(北方)道路への見とおしのきかない交差点であるから、被告人は同交差点に徐行して進入すべき業務上の注意義務あるものといわなければならない。

右徐行義務は東西道路が幹線道路であり、南北道路に比し交通頻繁であるとの事実をもつてしても免除されるものではない。

二、前掲示(5)(6)(9)(11)(12)および(16)の各証拠を総合すると、本件事故当日銭高組作業現場責任者より依頼を受けた同組作業員平林すゑをは、本件交差点の北西角において、北方道路の北の方角にある右作業現場から土砂を積載するため、同交差点の東方又は南方道路に向つて同交差点に進入する大型貨物自動車に対し、東西道路との交通の安全を確保するため、白旗および赤旗によりその進行を規制していたもので、本件事故の際も右宮島の運転車輛が同交差点北側入口から北方約一七米位の距離に進行してきたおりから、赤旗によりその停止規制を行つていたものである。以上の事実が認められる。

しかし右平林の交通規制は、信号機の信号又は警察官等の手信号等による交通整理の場合とは異なり、単に右作業現場(北方)より同交差点に進入する同作業所関連の大型貨物自動車に対しての自主的規制に過ぎず、北方より同交差点に進入する他の車輛等および東西道路を進行する車輛等に対しては何等その進行を規制するものではない。

そうすれば、被告人としては、交通整理の行われていない右方道路に対する見とおしのきかない同交差点に進入する際には右平林の赤旗による停止規制がなされていたとしても、右側道路に対する交通の安全を確認すべき業務上の注意義務あるものといわなければならない。又前項の徐行義務も免除されるものではない。

三、前掲示(4)(10)(12)(15)および(16)の各証拠を総合すると、被告人が、前記徐行義務(正確には同交差点入口から徐行するために必要な減速をする義務)および安全確認義務を履行しておれば、少くとも本件交差点の東側入口から約一〇・二米後方(東方)即ち被告人が右宮島を最初に発見した地点から約五・五米後方の地点で、被告人は、右宮島が最初に発見された地点より後方(北方)約二・七五米の地点に、右方道路から約二五粁の速度で同交差点に直進してきた右宮島運転の車輛を予見することができた筈であり、右予見地点は、本件衝突地点から二〇・七米の距離にある。以上の事実が認められる。そうすると、被告人が、右徐行義務を履行の上右予見地点で急停車の措置を講じたとすれば、実験則によれば充分に右被害車輛との衝突を回避し得たものと判断される。(被告人が右徐行義務を履行しておれば、最初に右宮島を発見した地点で急停車措置をとつたとしても同一結果が得られる。)

よつて被告人の右注意義務違反行為(過失行為)と本件事故との間には因果関係が存在するものといわなければならない。

四、被告人が右宮島より先きに同交差点に進入したかの点については前掲示(4)(10)(12)(15)および(16)の各証拠に照せば認められず、却つて右宮島の先入事実が認められる。そうすれば、被告人の左方車輛優先の点もその理由のないことは明らかである。

五、前掲示各証拠を総合すれば、本件事故につき右宮島にも徐行、一時停止、左側道路に対する安全確認等の業務上の注意義務に違反して同交差点に進入した過失行為が認められるが、前各項で述べたとおり被告人にも業務上の過失行為が認められる以上本件事故につき被告人はその刑責を免れない。

以上のとおりであるから、被告人およびその弁護人の無罪の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法二条、三条に該当するが、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

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