玉野簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人は無罪
理由
被告人は国鉄宇野線信号保安係員であるが、昭和二十八年七月二十四日午前十時過迫川駅構内第五十一号ポイントの標識板取替作業を行つたが、其取替の際昼間用の標識板と夜間用の標識燈とは就れも上下線開通方向に一致させなければならないのに昼間用の標識板のみ右ポイントの上下線開通方向に一致させ夜間用の標識燈はポイントの上下線開通方向と反対にしたまま放置して作業を終了した。
同日午後七時四十七分同駅発下り第二四一列車の発車に際して始めて昼間用信号から夜間用の信号に替つたので右ポイントは下り線開通になつていないのに標識燈のみ下り線開通を示す燈色になつていた為、同駅転てつ手三宅四郎は列車の発車前ポイントの位置にも行かず転てつもしないで右ポイントを上り線開通のまま放置し、又当務駅長代理中山英男は、右列車を発車させるに当つて信号レバーが引けず従つて出発信号機が反位にならないのに其の原因を確めず、何等の処置もせず直に代用手信号を以つて列車を発車させた為同列車の機関車の前輪が脱線するに至つたものである。
右の事実は児島地区警察署司法巡査年岡誠の実況見分調書、実地検証の結果、証人三宅四郎、同中山英男、同勝田重一、同福永正勝、同市川万亀雄の各証言、被告人の当公廷に於ける供述によつて之を認められる。
只被告人の前記過失行為(標識燈と標識板とを一致させなかつた行為)が、刑法上有責可罰なる為にはその行為と、列車脱線と云う結果との間に法律上認められる因果関係がなければならない。
刑法上有責の因果関係が認められると云う事は、一定の行為が事件の通態として存在する原因力を有し、従つて経験則上及一般通念又は常識上相当と認められる結果がその行為から惹起した場合に、其前の行為を以つて結果に対する原因ありと認めることが出来るのである。従つて前の行為と結果との間に予見すべからざる偶然なる事情が新に附加せられたるが為に、偶然なる因果連絡を形成した場合には刑法上其結果を前行為に帰することは出来ないことになる。
更に換言すれば、一般規範的に考察して同一条件(原因)が他の場合に存在するも、尚その結果を惹起するであらうとの可能性乃至蓋然性が肯定せられる場合には因果関係を認められるが、然らざる場合は因果関係は認められない。即ち行為の際主観的に又客観的に見て其の結果を予見し、又は予見し得たであろう場合以外は因果関係を認める事は出来ないのである。依つて本件の場合を見るに、
第一、標識燈(標識板)は主として当該駅当務職員に次の列車の上り下りの方向を指示する性質のもので、列車の機関手が之によつてはつ車したり、停車したりするものではないこと勿論であつて、従つて本件の場合に於て被告人の前記過失行為のみにては通常自然の因果関係進行の状態では列車の脱線の結果は起り得ないこと。
第二、転てつ手は標識燈(標識板)に左右されて作業すべきものではなく前行列車と後行列車とが反対方向であるときはポイントの現位置に必らず赴きて転てつし、且尖端軌条の密着をかく認すべきものであり、本件の場合転てつ手三宅は他人が転てつしたものであろうと想像してポイントの現位置に到つて転てつせず尖端軌条の密着をかく認しなかつたこと。
右は国鉄の如く職務分担が明かくに区分され各職場は規律的に且機械的に各運営さるべき機構規程になつているにも不拘、右三宅の行為は全くそれに反し予測し得ない偶然な過失稀有の怠慢事と云はなければならないこと。
第三、当務駅長代理中山英男は標識燈が燈色であるのを見て、信号レバーを引くのは当然であるがそのレバーが引けず連動装置が動作しない為四番出発信号機が反位(進行)にならず、危険信号を示したままになつているのに不拘、ポイント等の現位置についてその原因をかく認せず何等之がしよちも構ぜずそのまま代用手信号によつて列車をはつ車させた事。
之亦各職場の操作が最も機械的、規律的に運行されて初めて全運営の完全且安全を期さるべき国鉄組織機構上に於ては殆んど常識を以つて考へ及ばない反規則的なルーズな偶然稀有の重大過失を出来したものと云はなければならないこと。
駅長代理がかかる行為をするに於てはかかる危険を絶対出来せしめない為の防禦設備として信号保安係が厳重に施錠して取付けてある重要な連動箱の装置の役柄は全く無用、無意味のものとなる訳であつて駅長代理中山の介入行為は、本件結果に対してそれ自体偶然にして決定的な原因力を与へたものと云はなければならないこと。
第四、連動箱の施設はポイントが現実に切替へられていないかポイントに故障があるときは標識燈(標識板)其の他の事情如何に不拘、常に信号レバーが引けず従つて出発信号機は危険信号を示したままになつている仕組になつているので、之等は信号保安係の責任に於ける一環した施設であつて、云ひ替へれば如何なる場合でも列車を発車させんとする場合信号レバーが引けず従つて出発信号機が危険信号を示している時は、必ず駅務員はポイントを実地に調査し故障を排除した上でなければ列車を発車させてはならない。もしレバーが引かれず従つて出発信号機が危険信号を示してゐるに不拘そのまま発車し又発車させた場合に起る責任は、その発車し又は発車させた者の責任であつて、信号保安係員の負ふところでないと云う表示を信号保安係(員)が連動箱装置及信号機との連動装置によつて表示しているものとも判断する事が出来、信号保安係(員)としては標識燈(標識板)のほかに連動箱、信号レバーの機動禁止、出発信号機の危険信号との連動装置施設により列車進行の危険に対しては万全の施設をしている訳であること。
以上は前記各証人の証言、運転取扱心得及同細則、実地検証の結果、被告人の供述等を綜合し更に経験則に照して認められるところである。
従つて被告人の右過失行為そのままでは因果関係の進行に於て列車脱線の事態は起り得ないし、又前記被告人の行為と列車脱線の結果との間に起つた転てつ手三宅及駅長代理中山の介入行為は全く予見すべからざる偶然稀有の事情(レバーが引けず且出発信号機が危険信号を示しているのに発車さす事が稀有であるのに、其の原因を確めずしてそのまま発車さす事は愈偶然稀有の出来事である)が新に附加せられたが為に偶然なる因果連絡が形成されたと見るべき場合に属し又前記被告人の過失なる同一条件が他の場合に仮に存在するとしても、列車脱線と云う同一結果は主観的に見ても客観的に見ても惹起する事は予想し又予測し得ないところである。従つて本件の場合被告人の前記過失行為と列車脱線なる結果との間に刑法上有責と認むる相当因果関係を認める訳に行かない。
甲条件(原因)なかりせば乙結果は起きなかつたであろうと云う様な因果関係の条件的な考え方によつて直に刑事上可罰の責任を問ふことは出来ない。
本件に於て被告人の前記過失行為と列車脱線と云う結果との間に、因果関係を認めることが出来ないとすれば最早因果関係の中断又は遮断については審理判断の要はない訳であるが、検察官引用に係る最高裁判所の昭和二十二年(れ)第二三二号傷害致死被告事件の判決理由の要旨を見るに、「ある行為と結果との間に他人の行為が介在しても通常その行為によりて其の結果の発生し得べきことが実験上予測される場合に於ては因果関係の中断は認められない。」と述べている。本件の場合被告人が標識燈を間違へて取付けた原因行為によつて列車が脱線すると云う結果の発生するであろう事は実験則上到底予測されない事であるので、本件の場合に検察官主張の如く因果関係の中断を仮に考へるとしても、本判例はその侭当はまらない例であり強いて当はめるとすれば判決の理由をそのまま適用して本件の場合には因果関係の中断は認められると解される訳である。
更に検察官引用の東京高等裁判所昭和二十四年(わ)第三四三号過失致死被告事件の判決理由の要旨を見るに、「因果関係の中断は中間にある事実又は人の過失行為が存在すると云う一事により直に起るものではなく、前の行為がなくとも該中間の事実又は行為だけで結果が発生したであろう場合とか、中間事実や行為が異常稀有のものである場合には仮令之と前行為と競合して結果を発生した場合でも前行為の因果関係は遮断若くは中断せられるが、その然らざる場合は後の事実又は行為により前行為は中断されない」と述べている。本件の場合には転てつ手三宅及駅長代理中山等の中間の行為は前記の理由により異常稀有のものであると認められるし、又被告人の本件過失行為がなくとも右転てつ手及駅長代理の行為のみでも同一結果が発生し得るとも云へるのであるから、本件について検察官主張の様に因果関係の中断と云う事を考へるとしても、本高等裁判所判決の理由はそのまま本件の場合の因果関係の中断を認め得る好判例と見る事が出来る。
依つて本件被告人の右所為は右列車脱線の結果に対して因果関係は認め得られない事になる。従つて其の他の列車脱線の性質たる往来妨害の点等については判断する迄もなく被告人の過失行為を刑法上有罪と認める事は出来ないことになり、依つて刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をすべきものである。(昭和二九年八月二七日玉野簡易裁判所)