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田川簡易裁判所 昭和34年(ろ)341号 判決 1960年2月25日

被告人 玉井清三

昭一〇・七・九生 自動車運転者

主文

被告人を罰金六、〇〇〇円に処する。

右罰金を納めることができないときは金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対してはこの判決確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は運転資格を持ち自動車の運転業務に従事している者であるが、昭和三四年四月二九日午後九時三〇分頃小型乗用自動車を運転し、田川市東区本町通りから同区栄町通りに向い時速二〇キロメートル位で進行し、国鉄伊田線糒、伊田間第二七号踏切の手前約二八メートルの道路(巾員五・一五メートル位)左側にさしかかつた際、前方約二〇メートルの進路に五、六名の人が一団となつて立つているのを発見したので、速力を一〇キロメートル位に減速し右一団の人に約五メートル位に接近したが、同人等が避譲しないので衝突を避けるため、道路の右側によつて進行しようとしたのであるが、このような場合道巾が狭いので、右側を対面進行して来る車があると、その進路を妨害し接触するおそれがあるので、そのような事故が発生しないように前方を注視し、進行して来る車のないことを確認した上で右側に進出すべき注意義務があるのに、被告人は前記路傍の一団の人を避けることに注意をうばわれ前方注視を疏そかにしたため、前方から第二種原動機付自転車に乗り対面進行して来る、岡勝衛(当時三四年)を見落とし、そのまま道路右側によつて右一団の人を避け、更に左側に戻ろうとした時、始めて前方一一・五メートル位の地点に右岡の自転車の前照燈を認めたので、左に方向をかえながら急制動措置を講じたが道路右によつていたため避けることができず、自己自動車の右前照燈に前記自転車を衝突させ、右岡を道路に転倒させて、同人に治療六週間位を要する右下腿複雑骨折などの傷害を負わせたものである。

(証拠)

第一、判示過失について

一、当裁判所における検証の結果並びに被告人の検察官に対する供述調書の記載及び同人の当公廷における供述によると、

(一) 判示路傍に立つ一団の人を認めた地点は、本件事故現場の約二五メートル手前であり、被告人はこの間を一〇乃至二〇メートルの時速で進行している、従つて被害自転車が被告人と同一速度で対面進行して来ていたものとすれば、前記地点の約五〇メートル先に、又二倍の速度で進行して来ていたものとすれば約七五メートル先に、被害自転車の前照燈を認め得られる点、

(二) 判示のように被告人の前進途上に一団の人が立つていたとしても、原動機付自転車の前照燈の光りは強いので、その障害物の傍らから射出される点

(三) 現場は踏切が中高となり、その双方の道路が下り勾配となつているため、踏切入口から本町側(北西)において一〇ないし三〇メートル、反対側(栄町側)において六ないし一五メートルの地点にそれぞれ対面車がある場合は相手車の前照燈は見にくいが、車の衝動によりその光りも動いているので、前記(一)、(二)の事実から考えて被告人に意思の緊張があれば、判示一団の人を避けるため道路右側による前に被害自転車の前照燈の光りを認め得られた点

(四) 被告人は事故直前判示一団の人を避けることに注意をうばわれていたこと、従つて前方注視が疏かになり被害自転車の発見が遅れた点、

を綜合し、

第二、その余の事実について

一、岡勝衛の検察官に対する供述調書中、判示日時、場所において判示の傷害を負うた旨の供述記載、

一、医師藤井敏二作成の診断書の記載、

一、司法警察員作成の実況見分書の記載、

一、検証の結果、

一、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の供述記載、

一、被告人の当公廷における供述、

を綜合して、

認定する。

(適用法令)

刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第二条、刑法第一八条、第二五条第一項、罰金等臨時措置法第六条、刑事訴訟法第一八一条第一項本文

(情状について)

第一、判示のとおり本件の重大な原因を為すものは、五、六名の人が道巾の狭い路傍に立ち被告人の自動車が直行するを妨害したこと、

第二、本件被害者である証人岡勝衛の供述及び同人の検察官に対する供述調書の記載によると、同人は、二年位前に第二種原動機付自転車の無資格運転罪により科料八〇〇円に処せられたことがあり、その後も同自転車の運転許可の実地試験に不合格となり運転資格を持たず、運転技術が未熟であるから、道路において同自転車を運転することは絶対に避けるべきであり、且つ又飲酒運転は福岡県公安委員会において禁止されているのに飲酒の上、判示自転車を運転したものであるが、同人は検証現場において本件事故直前「栄町通りから事故現場に向うに際し道路左側を進行し、判示踏切前一、七メートルの地点において一旦停車し、更に時速一五キロメートル位の速力で踏切左側を進行し、踏切を通過し終らんとした地点で、被告人の運転する自動車に気付き、あわてて停車措置を取ると同時にハンドルを左に切つたが及ばずして衝突した」旨供述するのである。

そこでこの供述を検証の結果と対比して見ると、(一)同人が踏切前で一旦停車をして居れば被告人の判示車が約二〇メートル前を進行して来ていることは確認し得られること、(二)もし同人が時速一五キロメートル位で踏切の左側を進行して、被告人の車と出会つたものとすれば、たとえ被告人の車を発見することが遅れていたとするも、衝突現場と人家との間に、なお道巾が二メートル以上空いていて、同人の自転車の巾は〇・六メートル(前記実況見分書による)であるから、運転技術が特に未熟な者又は心神に故障を有する者でないかぎり、安全に離合し得られることがそれぞれ推認される、従つて同人の前記運転進路、速度、踏切前一旦停車の供述は信を措き難い。

そして検証の結果及び被告人の当公廷における供述を綜合すると、同人は飲酒(証人栗田保の供述によると判示二九日の午後七時三〇分頃被害者とビール一本を半分位づつ飲んで別れたのであるが、その場所と判示踏切までは徒歩約五分……当裁判所で顕著……の場所である。しかし本件事故との間に約二時間の空間があるがその間の被害者の行動については何の資料もなく不明である)しているに拘らず、相当早い速度で栄町通りのほぼ中央を進行して判示踏切に乗り入れたため、事前に被告人の車が確認できずそのまま踏切中央を通過し終らんとした地点で、直前に被告人の車を認めたが、接近し過ぎていたのと、運転技術未熟のため、停車、離合について適切な措置をとり得ず、単に左にハンドルを切つたまま進行したので被告人の車の右前照燈に接触転倒したものであると推認される。

以上を綜合して見ると本件事故は被告人の過失もさることながら、被害者の過失並びに通行人の行動が重要な原因となつているのでこの点を酌量して被告人に対し刑の執行を猶予するを相当と認める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉松卯博)

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