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甲府地方裁判所 平成13年(ワ)146号 判決 2005年6月28日

平成13年(ワ)第146号 損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。)

平成13年(ワ)第414号 損害賠償請求事件(以下「乙事件」という。)

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,甲事件及び乙事件とも,原告の負担とする。

事実

第1請求

1  被告A商会は,原告に対し,金3741万1790円を支払え。

2  被告Bは,原告に対し,金1000万円を支払え。

第2事案の要旨

本件は,被告A商会(代表取締役は被告B)の元従業員であり,かつ,被告Bが全持分を有するC社の取締役であった原告が,「被告Bは,原告が宝石類を巡回販売中に遭った商品の盗難事故を利用して,保険金を水増し請求することを計画し,原告に対してその協力を求め,原告がこれを拒否したところ,原告を被告A商会から退職に追い込み,かつ,C社の取締役から解任した。さらに,被告Bは,被告A商会の得意先等に対し,別紙1(省略)の文面を持つはがき(以下「本件はがき」という。)を郵送し,かつ,D新聞に上記盗難に関する虚偽の記事(別紙2(省略)の赤線で囲まれた記事,以下「本件記事」という。)を掲載させ,その結果,原告の社会的評価は低下し,宝飾業界への再就職が妨げられた。」などと主張して,被告A商会及び被告Bに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,原告の被った損害の賠償を求めている事案である。

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  当事者等

ア 被告A商会は,装身具(アクセサリー)類の製作及び販売を目的とする株式会社であり,被告Bは,平成11年よりも前から,被告A商会の代表取締役を務めている。

イ 原告は,昭和57年4月1日,被告A商会に雇用され,取引先及び展示会における商品販売,商品在庫管理及び商品企画などを担当していた。

ウ C社は,小売業者への商品卸売を目的とする有限会社であり,被告Bは,平成12年4月当時,C社の全持分を有していた。

エ 原告は,平成8年3月29日,C社の取締役に就任した。

(2)  本件盗難の発生

ア 原告は,平成11年9月24日,被告A商会の所有する商品を所持し,巡回販売を行うため,東京都内の取引先を訪問した。

イ 原告は,同日午後5時30分ころ,上記巡回販売からの帰社途中,JR東日本新宿駅に停車中の特別急行かいじ115号(午後5時30分新宿発甲府行き)の車内において,被告A商会の所有する商品が入ったかばんを何者かに盗まれた(以下「本件盗難」という。)。

(3)  不当解雇

ア 被告Bは,本件盗難の発生を利用して,E保険に対し,被害金額を2358万8205円水増して4919万1950円の保険金を請求することを計画し,原告に対し,この水増し請求に協力するよう求め,もし協力を拒むのであれば,原告に対して上記金額を請求する旨述べた。

イ 被告Bは,原告が上記アの要請を拒んだことから,平成12年2月28日,原告に対し,正当な理由がないにもかかわらず,同年4月末日まで休職するよう通告した。

ウ 原告は,その後も,被告BがE保険に対する保険金の水増し請求の計画を中止しないことから,やむなく,平成12年4月28日付けの退職届(乙15の1,以下「本件退職届」という。)をもって,被告A商会を退職する旨の意思表示をしたが,これは,前記保険金の水増し請求に加担しないためにやむなくなされたものであるから,実質的な不当解雇として,原告に対する不法行為を構成する。

(4)  不当解任

ア C社の全持分を有する被告Bは,平成12年4月28日付け臨時社員総会において,原告をC社の取締役から解任する旨の決議をした(以下,この解任を「本件解任」という。)。

イ 本件解任は,原告に解任事由がないにもかかわらず,原告が上記(3)アの要請を拒んだことからなされた不当なものであり,被告Bの原告に対する不法行為を構成する。

(5)  名誉毀損等

ア 被告Bは,平成12年6月24日ころ,被告A商会の得意先及び甲府市内の宝飾業関係者に対し,別紙1(省略)の文面が印刷された本件はがきを郵送した。

イ D新聞社は,平成12年11月21日の朝刊に,本件盗難をめぐり,被告A商会が原告及びE保険に対して訴えを提起した旨を報ずる本件記事(別紙2(省略)の赤線で囲まれた記事)を掲載した。

ウ 本件はがきに印刷された別紙1(省略)の文面は,読み手に「原告が被告A商会を退職したのは,原告に問題があったためではないか。」と勘ぐらせる不当なものである。

また,本件記事は,被害点数及び被害金額が事実と異なるところ,この記事は,被告Bが,原告が保険金の水増し請求に協力しないことへの報復として,D新聞社の記者であるF記者を通じて掲載させたものである。

したがって,被告Bが,本件はがきを郵送したこと及び本件記事を掲載させたことは,原告に対する不法行為を構成する。

そして,原告の名誉,社会的評価は,本件はがき及び本件記事によって毀損され,その結果,原告は,長年の経験を有する宝飾業界への再就職を断念せざるを得なくなった。

(6)  被告Bの責任

ア 以上のとおり,被告Bの上記(3)(不当解雇),(4)(不当解任)及び(5)(名誉毀損等)の各行為は,原告に対する不法行為を構成する。

イ 原告が上記各不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するには,1000万円をもってするのが相当である。

(7)  被告A商会の責任

ア 被告Bが行った上記(3)(不当解雇)及び(5)(名誉毀損等)の各行為は,被告Bが被告A商会の代表取締役としてなしたものであるから,被告A商会は,原告に対し,前記各不法行為によって原告が被った損害について賠償する義務を負う。

イ 原告が上記各不法行為によって被った損害は,次のとおりである。

(ア) 平成11年12月分賞与

46万円

(イ) 平成12年1月分の給与未払分

5万円

(ウ) 平成12年2月から4月分の給与未払分

120万9000円

(エ) 平成12年5月から9月20日までの間の得べかりし給与等相当額

234万0660円

(オ) 平成12年9月21日から平成13年4月28日までの間の得べかりし給与等相当額(ただし,失業手当受給分は控除する。)

175万2130円

(カ) 逸失利益

原告が,平成13年4月29日以降,再就職することができたとしても,その収入は1か月当たり30万円程度にとどまるところ,被告A商会で稼働していたならば,少なくとも月40万円の収入を得ることができたから,その差額である10万円は原告の得べかりし利益に当たる。そして,原告は18年間稼働することが可能であったから,逸失利益は総額2160万円を下らない。

(キ) 慰謝料

被告A商会の上記各不法行為により,原告の被った精神的苦痛を慰謝するには,1000万円をもってするのが相当である。

(8)  まとめ

よって,原告は,被告Bに対しては,不法行為による損害賠償請求権(民法709条,710条)に基づき,慰謝料1000万円の支払を求め,被告A商会に対しては,不法行為による損害賠償請求権(民法44条1項,709条,710条)に基づき,原告の被った損害の合計である3741万1790円の支払を求める。

2  請求原因に対する認否(被告ら)

(1)請求原因(1),(2)の事実は認める。

(2)ア(ア) 請求原因(3)ア,イの事実は否認する。

(イ) 被告Bが,本件盗難の発生後,原告に対し,本件盗難発生までの事実経過の報告,被害金額の算定,E保険に対する保険金請求等に協力するよう指示したことは認める。しかしながら,前記各指示は,正当な保険金請求を行うことが前提であって,被告BがE保険に対して被害金額を水増しして保険金を請求した事実や,被告Bが原告に対して水増し請求に協力するよう要請し,もし協力しないのであれば同額を原告に請求する旨述べた事実はない。

イ 請求原因(3)ウの事実のうち,被告A商会が,平成12年5月1日,原告から,平成12年4月28日をもって退職する旨の通知(本件退職届)を受領したことは認める。その余の事実は否認する。

ウ 被告Bが,原告を退職に追い込んだ事実はない。被告A商会は,平成12年2月18日,E保険から,本件事故に不明確な点が多いので保険金を支払うことはできない旨の通知を受け,その旨を原告に伝えたところ,原告は,翌日から無断欠勤するようになった。

(3)ア  請求原因(4)アの事実は認める。

イ  請求原因(4)イの事実は否認する。原告は,平成12年2月18日以降,無断欠勤を続け,連絡が取れない状況になっていた。そこで,C社の業務に支障が生じ,かつ,平成12年4月30日の決算日が迫ってきたので,被告Bは,やむなく原告をC社の取締役から解任した。

(4)ア  請求原因(5)ア,イの事実は認める。

イ  請求原因(5)ウの事実は否認する。

ウ  本件はがきには,原告が被告A商会を退職した原因は原告に問題があったためであるとの記載は全くない。また,被告Bは,D新聞社のF記者と面識はなく,本件記事の掲載を依頼した事実はない。原告が宝飾業界への再就職を断念したことと,被告A商会及び被告Bは無関係である。

(5)  請求原因(6),(7)の事実は否認する。

理由

1  請求原因(1),(2)について

請求原因(1)(当事者等),(2)(本件盗難の発生)の事実は,当事者間に争いがない。

2  請求原因(3)について

ア  請求原因(3)(不当解雇)ウの事実のうち,被告A商会が,平成12年5月1日ころ,原告から,平成12年4月28日をもって退職する旨の通知(本件退職届)を受領した事実は,当事者間に争いがない。

イ  原告は,請求原因(3)ア,イのとおり,「被告Bは,本件盗難を利用して,被害金額を水増しして保険金を請求することを計画し,原告に対し,その協力を求め,原告がこれを拒んだことから,休職を勧告するなどの圧力を掛け,原告は,前記水増し請求に協力することを拒むため,やむなく被告A商会を退職した。」旨主張し,その陳述書である甲9号証及び甲10号証並びに原告から被告Bあての内容証明郵便である乙15号証の2には,前記主張事実に沿う旨の記載がある。

ウ  しかしながら,前掲各証拠は,いずれもたやすく信用することができない。

その理由は,次のとおりである。

①  証拠(乙27(録音テープの反訳))及び弁論の全趣旨によると,原告,原告の父であるG及び被告Bが,平成12年4月27日ころ,面談の機会を持ち,この面談の中で,E保険への保険金請求の話題になり,被告Bが,原告に対し,保険金支払は拒絶されたが一緒に頑張って保険金の支払を求めていこうという趣旨の話をした事実が認められるが(乙27の8頁等),原告が,その際,E保険への保険金請求が水増し請求であるから原告は協力できない旨述べて,被告Bに抗議した形跡が全くうかがわれない。

②  また,証拠(乙27)によると,上記面談において,Gが,被告Bに対し,原告の給与が支払われていないことについて抗議した事実が認められるが,保険金の水増し請求について抗議した形跡が全くない。

③  証拠(乙6,27)によると,原告の欠勤は,E保険に対する保険金請求の前ではなく,被告A商会が原告が水増しであると主張する金額を被害金額として,E保険に対して保険金請求を行った後,E保険から保険金の支払を拒絶されたことを原告が知った平成12年2月22日ころから始まったと認められる(なお,被告Bが,平成12年2月28日,原告に対し,休職するよう通告した事実(請求原因(3)イの事実)を認めるに足りる証拠はない。)。

④  原告が平成12年4月28日に被告A商会に郵送して提出した本件退職届や平成12年2月22日にファックス送信した休職する旨を記載した連絡文書(乙6)には,保険金の水増し請求に関する言及が全くない。

エ  他に,原告が,本件盗難に関する保険金の水増し請求に協力することを拒むため,やむなく被告A商会を退職した事実を認めるに足りる証拠はない。

3  請求原因(4)について

ア  請求原因(4)(不当解任)アの事実,すなわち本件解任の事実は,当事者間に争いがない。

イ  しかしながら,本件解任が原告が保険金の水増し請求に協力しないためになされたと認めるに足りる証拠はない。かえって,上記当事者間に争いのない事実及び証拠(乙6,27)によると,原告は,平成12年2月22日ころから,被告A商会に出勤せず,連絡が取れない状態にあり,C社の取締役としての職責も果たせない状態にあったことを認めることができる。そうすると,本件解任が原告に対する不法行為を構成する根拠は見いだし難い。

4  請求原因(5)について

ア  請求原因(5)(名誉毀損等)ア,イの事実,すなわち,本件はがきが被告A商会の得意先に対して郵送されたこと及び本件記事がD新聞に掲載されたことは,当事者間に争いがない。

イ  しかしながら,本件はがきの文面は,原告が被告A商会を退職した旨を通知しているのみであり,それ以上に,原告の名誉を不当に毀損したり,社会的評価を下げる内容であるとは認められない。したがって,被告A商会が取引先等に対して本件はがきを郵送したことが,原告に対する不法行為を構成するとは到底いえない。

ウ  本件記事は,被告A商会を原告とし,原告及びE保険を被告とする別件訴訟が提起された事実を報道しているものであると認められるが,固有名詞はすべて伏せられており,その文面上,そこにいわれている盗難被害に遭った「元従業員」が原告であると特定する手掛かりは存在しない。その内容も,訴状に記載された事実を客観的に報道しているにすぎず,原告の名誉を違法に毀損する内容とは認められない。また,被告Bが,D新聞社のF記者に働きかけて,本件記事を掲載させたと認めるに足りる証拠もない。

エ  なお,原告が本件盗難に遭ったという事実自体が知られることによって,原告に対する社会的評価が低下し,高価品を取り扱う宝飾業者の従業員にふさわしくない人材と判断され,宝飾業界への再就職が困難になったとしても,それはひとえに原告自身の責任であって,被告B及び被告A商会が責任を負わないことはいうまでもない。

5  以上によると,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新堀亮一 裁判官 倉地康弘 裁判官 岩井一真)

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