甲府地方裁判所 平成13年(行ウ)15号 判決 2003年1月28日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,原告らに対し平成11年6月1日付けで行った下水道事業受益者負担金賦課処分決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,土地区画整理事業区域内に土地を所有する原告らが,被告が行った下水道事業受益者負担金賦課処分決定について,都市計画法75条及び甲府都市計画下水道事業受益者負担に関する条例(以下「本件条例」という。)2条に反する違法があるとして,その取消を求めている事案である。
1 争いのない事実等(末尾のかっこ内に証拠の記載がある事実は,証拠によって認められる事実である。)
(1) 原告らは,後述する甲府市大里土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)区域内にそれぞれ複数の土地を所有する者であり,同区画整理組合(以下「本件組合」という。)の組合員である。
(2) 甲府市は,昭和49年12月23日,都市計画法75条2項の委任に基づき,本件条例を制定した(甲3)。
本件条例は同法75条1項の負担金について次のとおり規定している。
2条1項 都市計画法75条の規定に基づく受益者負担金は,受益者から徴収するものとする。
同条2項 前項の受益者とは,公共下水道に係る都市計画下水道事業により築造される公共下水道の排水区域(以下「排水区域」という。)内に存する土地の所有者をいう。
同条3項 市長は,排水区域内における土地区画整理法による土地区画整理事業の施行に係る土地について,仮換地の指定が行われた場合において,必要があると認めるときは,換地処分が行われたものとみなして,前項の受益者を定めることができる。
(3) 被告は,昭和54年1月12日,本件条例3条に基づき,排水区域を土地の状況に応じて区分したものである負担区の名称,区域及び地積を決定するとともに,本件条例7条に基づき,負担区の事業費及び各負担区の負担金の総額を当該負担区の面積で除した額(以下「単位負担金」という。)の予定額を決定し,その公告をした(乙2)。これによると,甲府市における負担区はA負担区とB負担区の2つに分かれ,原告ら所有地が所在するB負担区の単位負担金額は1平方米当たり267.87円である(甲2の1~3)。
(4) 平成7年8月,原告らの土地が所在する甲府市大里地区において土地区画整理事業が施行されることとなり,平成9年3月,その施行者として本件組合が山梨県知事による設立認可を受けるとともにその公告がされ,同年4月にはその設立総会が開催された(乙6の2)。
(5) 本件組合の当初の事業計画においては,平成10年9月に仮換地指定を完了し,平成14年9月に換地処分を行うと定められた(乙6の1)。なお,本件事業の換地計画においては,原告ら所有地については最大で40パーセントを超える減歩率が定められている(甲10の1~3)。
(6) 甲府市下水道部長は,同市都市整備部長と協議のうえ,本件事業施行区域において公共下水道整備事業を実施することとし,平成10年3月25日,本件組合の事業計画をも踏まえ,仮換地指定終了予定時期の翌年度となる平成11年度に受益者負担金の賦課を行う旨の事業計画を策定した(乙5の1~6)。
(7) 本件組合は,平成10年10月,本件事業の事業計画を変更し,仮換地指定完了予定時期を平成11年3月とした(乙6の2)。さらに,本件組合は,平成11年3月,仮換地指定時期を平成11年6月以降と変更した(乙6の3)。
(8) 被告は,平成11年4月1日,本件条例8条の規定により,3年以内に公共下水道事業を施行することが予定されている区域及び負担金を賦課しようとする区域として,本件事業施行区域を含む地域を定め,その公告をした(乙3)。
(9) 被告は,平成11年6月1日,上記公告により賦課対象区域とされた全区域について,受益者負担金の賦課処分をすることとし,原告らに対しても,本件条例6条,7条,9条1項に基づき,単位負担金額267.87円に,上記公告の日現在において原告らそれぞれが所有する土地の面積を乗じた金額を受益者負担金とする賦課処分をした(以下「本件賦課処分」という。)。
(10) 本件事業の事業計画はさらに変更され,結局平成11年にも平成12年にも仮換地指定は行われなかったが,その後仮換地指定は完了している。
2 争点
本件賦課処分は,都市計画法75条及び本件条例2条に反し,違法か。
(原告らの主張)
土地区画整理事業の施行区域について,仮換地の指定がない場合,本件条例には,その要件・内容について直接的具体的ないし一義的な定めがないので,本件条例2条2項に基づいて受益者負担金を賦課徴収できるかは行政裁量の問題である。
この点,受益者負担金は,特定の事業により「著しく利益を受ける者」に対して,「その利益の存する限度において」,事業費の一部を負担させようとするもの(都市計画法75条1項)であって,公共下水道事業に関する受益者負担金については,整備によって利益を受ける者の範囲が明確であること,その整備によって当該地域の資産価値が増加することや,早期に受益する者に相応の負担をさせることが負担の公平という観点から相当であるということに根拠があるとされているから,公共下水道事業への財政補助や実施の円滑という政治的・技術的判断を容れる余地はなく,便宜裁量は妥当しない。
土地区画整理事業の施行区域については,以後に土地の変動が予定されているため,その受益の主体(帰属者)が変動する可能性があり,換地処分後に公共下水道事業により個々の受益の主体に発生する利益が,不確実かつ不特定であるから,「利益」を受けること及び「利益の存する限度」のいずれについても不確定であって,前記の負担の公平という受益者負担金の根拠に反する。
それゆえ,土地区画整理事業の施行区域については,受益者負担金を負担させることができる受益者とは,換地処分が行われた場合の所有者を指すと解すべきである。
そこで,本件条例2条2項と3項の関係は次のように解すべきである。すなわち,2項は土地区画整理事業の施行されていない地域について適用され,3項は同事業の施行に係る地域について適用されるものであって,2項は,1項の受益者とは排水区域内における土地区画整理法による土地区画整理事業の施行にかかる土地について,換地処分が行われた場合の土地の所有者をいう旨定めているのに対し,3項は,2項のただし書として位置づけられるものであって,2項の例外として,市長は仮換地の指定が行われた場合に,必要があると認めるときは,換地処分が行われたものとみなして1項の受益者を定めることができる旨定めたものと解すべきである。
したがって,本件賦課処分は,本件事業区域内の土地所有者である原告らに対し,仮換地の指定が行われていないにもかかわらず,仮換地指定前の所有地(以下「従前地」という。)を基準として行ったものであるから,本件条例2条に反している。
(被告の主張)
本件条例8条1項及び2項により,ある区域を賦課対象区域とする旨の公告がされれば,3年以内に当該区域について公共下水道事業が実施されることが確実となるのだから,その対象区域が土地区画整理事業の施行区域であって仮換地指定がされていなくても,土地の所有者は従前地について土地の抽象的な利用価値ないし資産価値の増大という利益を享受することができる。したがって,原告らは,公共下水道事業により著しい利益を受けるのであり,本件条例2条2項の受益者に該当する。
本件条例2条2項及び3項の解釈としては,3項の規定は,土地区画整理事業の施行にかかる土地について,受益者負担金の賦課処分の時点で仮換地の指定がされており,かつ必要があると認められる場合には,換地の処分がされたものとみなして,同条1項の受益者に仮換地の指定を受けた者を含めることができるというにとどまり,賦課処分の時点において,仮換地の指定がされていなければ,原則どおり,2項に基づいて,従前地の所有者に対して従前地の面積を基準に賦課処分ができるものと解すべきである。
したがって,本件賦課処分は都市計画法75条及び本件条例2条に反していない。
第3争点に対する判断
1 本件条例は,都市計画法75条2項の委任に基づき,同法75条1項が規定する都市計画事業における受益者負担金制度に関する定めをするものであり,本件条例2条は,その負担金の徴収を受ける者の範囲を定めている。受益者負担金制度とは,都市計画事業が施行されることによって土地の便益が増大し,その土地について権利を有する者が,施行されていない場合と比較して著しく利益を受けることがあることに着目して,これを受益者として事業費の一部を負担させることとしたものである。以上を前提として,同法75条1項の定める「著しく利益を受ける者」について検討するに,同条項にいう「利益」とは,負担金の徴収を受ける根拠とされるものである以上,衡平の観点に照らして負担金の徴収を受けることが合理的と認められる程度に特別なもので,かつ,具体化したものである必要があり,また,「利益を受ける者」とは,既に上記の意味での利益を受けた者及び既に利益を受け終わった者のみならず,将来的に利益を受けることが確実であるものを指すと解される。
これを公共下水道事業について見るに,公共下水道事業は,排水区域内の生活汚水及び雨水の排除,処理の改善による公衆衛生の向上,公共用水域の水質の保全,洪水の防止といった公共的利益を周辺住民一般に与えるものであるのみならず,これらによって,当該区域内の土地所有者には,自己の排出する汚水等を下水道を用いて排水できるという直接の利益を与えるものであって,それによって,当該土地の利用価値や資産価値を増加させるものであるところ,これらは周辺住民一般の受ける利益とは区別されるべき,排水区域内に土地を所有していることによってもたらされる特別の利益ということができる。
また,本件条例8条2項によれば,甲府市においては,ある区域を公共下水道事業の受益者負担金の賦課処分の対象区域とする旨の公告がされるのは,公告の日から3年以内に公共下水道事業を施行することが予定されている場合に限られるから,当該区域においては,公共下水道事業が上記公告の日から3年以内に実施されることが確実となると認められる。
したがって,公共下水道事業の施行予定区域内の土地について,当該区域を賦課対象区域とする旨の公告がされれば,当該土地の所有者は,土地の利用価値や資産価値の増大という利益を享受することが確実になっているということができ,負担金の徴収を受けることが合理的と認められるだけの特別の利益があるといえるから,「著しく利益を受ける者」に当たると解される。そして,これは,当該土地が土地区画整理事業施行区域内にあり,将来において換地処分が行われることが予定されていても変わるところはない。もちろん,現実に下水道の供用が開始されなければ,下水道の利用という直接の利益を受けることはできないのであるが,それが近い将来実現することが確実になった以上,当該土地はそれを前提として取引の対象となるのであり,その分だけ土地の実現確実な利用価値ないし資産価値は増大しているといえるからである。
原告らは,仮換地の指定がない場合には,その受益の主体が変動する可能性があって,個々の受益の主体に発生する利益が不確実かつ不特定であるから「利益」はない旨主張するが,上に述べたとおり,土地区画整理事業の施行区域であると否とを問わず,当該区域を賦課対象区域とする旨の公告がされた以上,負担金の徴収を受けるに値する特別の利益は生じていると判断せざるを得ない。土地区画整理事業の性質上,仮換地指定が行われた場合,従前地と仮換地とで土地の所在地及び面積等に相当程度の変動が生ずることは当然の前提として予定されているところ,土地区画整理事業と公共下水道事業が併行的に施行される場合,公共下水道事業の受益者負担金は,単位負担金額に土地の面積を乗じて定めることとされているため,原告らのように比較的低価格の土地を所有する場合,従前地の面積を基準にした負担金の額が,仮換地の面積を基準にした負担金の額よりも相当程度大きくなることがあり得るが,それは,換地計画においては,衡平の観点から,土地の面積を基準にして換地を決定するのではなく,従前地と換地の双方の価格を基準にして換地を決定することから生じる,土地区画整理事業の施行における減歩率の相違による結果である。土地区画整理事業は,対象地域の全体について,一挙に施行され,同時に終了することはできないことは明らかであり,公共下水道事業についても,同様である。そうであってみれば,終始単一の基準によって受益者負担金額を決定することは実際上不可能であり,従前地基準から仮換地基準にどの段階かで移行することは避けられず,しかも,その間,間断なく双方の事業を施行しなければならないことが通常であることを考えれば,従前地基準と仮換地基準のいずれを採用したとしても,その採用自体によって,受益者負担金額の決定に不合理性が生ずることはないものといわざるを得ない。
原告らの論理に従えば,土地区画整理事業施行地域については,仮換地の指定がいつになるのか不確定であるにもかかわらず,土地区画整理事業が施行されているというそれだけの理由により,仮換地の指定があるまではおよそ負担金の賦課処分をすることができなくなってしまうが,このように事業費の一部である受益者負担金の調達計画が不確定となるのは,公共下水道事業の円滑な実施という観点からして妥当でない。実際,本件事業については,被告の事情からではなく本件組合の事情により何度も事業計画が変更され,仮換地指定が行われる時期が著しく遅れたのであり,被告がこれにあわせて負担金の賦課処分の時期をその都度遅らせなければならないというのは著しく不都合である。したがって,原告らの主張は失当である。
なお,本件条例2条2項と3項の関係については,被告の主張するとおり,2項が原則的な規定であって,3項は,土地区画整理事業の施行に係る土地について仮換地指定が行われた場合の特例であると読むのが文理に適した適切な解釈であると解する。すなわち,原則からいえば,換地処分が行われない限り,従前地を基準として受益者を定めなければならないのであるが,換地処分が行われていなくても,仮換地の指定が行われれば,その後は従前地ではなく仮換地を基準にして土地の利用が行われるのであり,実際,仮換地どおりに換地処分が行われるのが実態であるから,このような実態に即して,仮換地の指定が行われた場合には,換地処分が行われたものとみなして受益者を定める余地を残したのが3項の趣旨である。2項は土地区画整理事業の施行されていない地域について,3項は施行に係る地域について適用されるとする原告らの解釈は,文理解釈として無理があるし,上に述べたとおり不都合な結果を生じさせるものであるから妥当でない。
2 以上のとおり,排水区域内における土地区画整理法による土地区画整理事業の施行に係る土地で,いまだ仮換地の指定が行われていないものを所有している者であっても,都市計画法75条1項の定める「著しく利益を受ける者」,したがって本件条例2条1項の「受益者」に該当すると解されるから,原告らに対し,仮換地の指定前に,従前地を基準として行った本件賦課処分は,都市計画法75条及び本件条例2条に反するものでなく,原告らの主張は理由がないので,本訴請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法65条1項本文及び61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 倉地康弘 裁判官 杉田薫)
裁判長裁判官塚原朋一は填補のため署名押印することができない。裁判官 倉地康弘