大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 平成14年(ワ)134号 判決 2003年11月04日

原告

甲野花子

法定代理人親権者父

甲野一郎

法定代理人親権者母

甲野一子

訴訟代理人弁護士

深澤一郎

被告

上野原町代表者町長

奈良明彦

訴訟代理人弁護士

細田 浩

主文

1  被告は原告に対し,金327万6620円及びこれに対する平成11年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。ただし被告が金200万円の担保を立てたときはその仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,377万9920円及びこれに対する平成11年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は,平成11年6月25日当時,被告の設置・運営する町立○○小学校(以下「本件小学校」という。)第3学年に在学していた原告(平成2年9月4日生れ)が,同小学校の体育館内で,男子児童と衝突し,頭部を打って負傷した(以下「本件事故」という。)結果,後遺障害が残ったことにつき,公務員である本件小学校の校長及び教諭らに過失があったとして,国家賠償法1条に基づいて損害賠償を求めている事案である。

2  争いのない事実等(末尾に証拠を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

原告は,平成2年9月4日生れで,平成11年6月25日当時,被告の設置・運営する本件小学校の第3学年に在学していた。

原告の担任教諭は,同日当時,訴外A(以下「A」という。)であった。

(2)  本件事故の発生

平成11年6月25日午前10時35分ころ(午前の2校時と3校時との間の午前10時15分から45分までの30分の休み時間中に当たる。当時の天候は雨であった。),原告が,本件小学校の体育館(以下「本件体育館」という。)内で,自己後方へ転がっていったソフトバレーボールを拾うために腰を曲げて前屈みになったところへ,バスケットボールで遊んでいた6年生の男子児童が勢いよく後退してきて,同人の臀部が原告の左側頭部に当たった。そのため,原告は約50センチメートルから60センチメートル飛ばされて,転倒し,床面で右側頭部を強く打った。

本件事故当時,本件体育館内において,低学年から高学年までの約40名の児童が遊戯・運動をしていたが,教諭は立ち会っていなかった。

(3)  事故直後の原告の症状

(2)の直後,原告は保健室でB養護教諭から右側頭部を氷で冷やす措置をしてもらった。

報告を受けた担任のA教諭は,外傷がないこと,氷で冷やしたことにより少し痛みが治まってきたこと,本人が授業を受けると希望したことから,原告に対し,教室に戻り,頭を氷で冷やしながら授業を受けるよう指示した。

(4)  帰宅までの原告の症状

原告は,昼食を一部残したものの,5校時までの授業を終え,徒歩で帰宅した。

A教諭は,原告の連絡帳に,頭を打ったため,様子をみてもらいたい旨記載するとともに,同日午後3時30分ころ,原告宅に電話して,原告の母親に原告の様子を確認し,しばらく様子をみてもらいたい旨伝えた。

(5)  帰宅後の原告の症状

原告は,平成11年6月26日(土曜日),母親とともに,大月市立中央病院を受診した後,同月27日(日曜日),容態が悪化したため同病院を再度受診したところ,硬膜外血腫と意識障害が認められるとの診断を受け(甲13),東京医科大学八王子医療センターに転送され,直ちに緊急手術を受けた(甲7)。

原告は,平成11年7月10日までの14日間,同センターに入院した後,経過観察のために通院するよう指示を受けるとともに,夏休みまでの間は,自宅にて療養するよう指示された(甲5,6,15ないし17)。

(6)  後遺障害

原告には,本件事故により,てんかん(複雑部分発作)と頭痛の後遺障害が残り,現在も定期的に通院し投薬治療を受けている。

第3  争点

1  被告の責任

(原告の主張)

(1) 本件小学校の校長及び教諭らには,後記のとおり,本件事故と同様の事故の発生について予見可能性があったから,体育館の使用時における児童同士の衝突事故を未然に防止して,児童の生命・身体の安全を確保するため,児童のみでは体育館を使用させず,1名ないし数名の教諭が監視をしたり,高学年と低学年とで,体育館の使用部分あるいは使用日・時間帯等を分けるなどの対策を講ずる安全配慮義務があった。

すなわち,一般に,小学校の児童は,学年の違いにより体格差が極めて大きいものであるから,体育館内において,低学年から高学年までの児童を自由に遊戯・運動させている間に,高学年の児童と低学年の児童が衝突した場合,体格の小さな低学年の児童が受ける衝撃は激しいものとなることは容易に予見することができるし,その結果,大きな事故につながる可能性も容易に予見することができる。

現に,本件小学校における本件事故発生以前の体育館の使用基準は,降雨時以外の場合に,使用できる学年を曜日ごとに分けるものとしており,本件小学校の校長及び教諭らが上記のような可能性を認識していたことをうかがわせるし,養護教諭には,降雨時に体育館内で児童同士の衝突事故が起こりやすいとの認識があった。さらに,本件事故発生後,休み時間における体育館での児童の遊戯・運動を全面的に禁止したのは,本件事故と同様の事故の発生する蓋然性が高いことが認識されたためである。

(2) 被告は,本件事故のような結果を回避するためには,体育館の使用を全面的に禁止するほかないとし,そうした場合,児童は降雨時に教室や滑りやすい廊下で遊ぶことになり,かえって,児童の生命・身体の安全を害する事故が発生する可能性が高くなる旨主張するが,校長や教諭らは,降雨時には廊下や教室で危険な行為をしないよう児童らを指導・監督すべきであって,休み時間における児童のみでの体育館の使用を許すことを正当化することはできない。

また,被告は,本件事故は体育の授業中にドッジボールをしていて,敵チームのボールを避けようとした児童が隣にいた児童に衝突して負傷させるという場合と同種の事故というべきであり,結果回避可能性がない旨主張するが,本件事故は児童同士が衝突を全く予期していないため,衝突に向けての身体的・精神的準備が全くないので,同列に論じることはできない。

(3) 本件小学校の校長及び教諭らは,被告の公務員であって,本件小学校において(1)のような義務を負っていたが,その義務を懈怠し,その職務を行うにつき過失があったから,被告は国家賠償法1条により,原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

(1) 本件事故の発生した休み時間における体育館の使用基準の設定は,管理者である学校長に許容された裁量権の範囲内の事項であり,本件事故当時の使用基準に何ら違法はなかった。

(2) 本件事故のような休み時間内に発生した児童間の事故に関して,校長及び担任教諭に具体的な安全配慮義務が発生するのは,事故発生の危険性を具体的に予見することができる特段の事情がある場合に限られる。

本件事故は,体育館内において遊んでいた原告と他の児童がたまたま衝突したものであって,予見することは不可能である。また,本件事故前,本件小学校においては,校舎敷地がその北側にある山の斜面を切り崩して造成されているため,降雨時には,校舎の廊下に水滴が付着して滑りやすくなり,転倒事故等が発生する危険があるため,全校児童を安心して遊ばせることができる場所は体育館以外にないという理由から,降雨時には,「みんなで仲良く安全に使うこと」を条件として,全校児童が体育館内で自由に遊戯・運動してよいものとしていたが,本件事故のような重大な結果を生じるような事故は1件も発生したことはなかったから,校長及び教諭らはそのような危険性を予見することができなかったし,予見すべき特段の事情もなかった。

(3) 仮に,校長及び教諭らが,原告の主張するように,体育館を児童のみで使用させず,1名ないし数名の教諭が監視したり,あるいは高学年と低学年とで,体育館の使用部分あるいは使用曜日・時間帯等を分けるなどの対策を講じたとしても,本件事故は,体育の授業中にドッジボールをしていて,敵チームのボールを避けようとした児童が隣にいた児童に衝突して負傷させるという場合と同種の事故というべきであって,結果を回避することは不可能であった。

(4) したがって,本件小学校の校長及び教諭らには,本件事故の危険性について予見可能性がなかったし,仮に,予見できたとしても,結果回避可能性がないから,被告の責任はない。

2  損害

(原告の主張)

本件事故により,原告が被った損害は,(1)ないし(7)のとおりであって,少なくとも合計377万9920円である。

(1) 入院付添費

原告は,平成11年6月27日から同年7月10日までの14日間,八王子医療センターに入院した。

入院期間の1日当たりの付添費は6500円であるので,合計9万1000円である。

(2) 通院付添費

原告は,平成11年7月27日以降平成15年7月29日までの間,別紙交通費一覧表の交通手段欄に「小1」の記載がある各日及び平成15年3月28日,同年4月8日,同年5月6日,同年7月29日の4日(合計52日間),八王子医療センター及び慶應義塾大学病院にそれぞれ通院した。

その際,原告の両親の双方又は一方が原告の通院に付き添ったので,1日当たりの通院付添費を3300円として,合計17万1600円である。

(3) 将来の通院付添費

原告は,平成15年8月から平成17年1月までの合計18か月の間に,2か月に1回の割合で慶應義塾大学病院へ通院する予定であり,両親のうち,少なくとも一方はこれに付き添う。

よって,将来の通院付添費として,1日当たり3300円として9日分,合計2万9700円を請求する。

(4) 入院雑費

前記(1)のとおり,原告は14日入院したので,その間の入院雑費を1日当たり1500円として,合計2万1000円である。

(5) 通院交通費

原告は,本件事故発生後平成15年7月29日までの間,別紙交通費一覧表記載の各日に,八王子医療センター及び慶應義塾大学病院にそれぞれ通院した。また,原告の両親は,原告の通院に付き添うため及び入院中の原告の見舞いのため(原告が入院した八王子医療センターには付添者用の宿泊設備がなかったため,原告の両親は入院中毎日,午前9時から午後5時まで付き添いをして自宅に帰宅していた。)又は転院手続や診断書などの手続のため,各病院に通院した。別紙交通費一覧表に,「大2」との記載がある日には両親がそろって,原告に付き添ったり又は各種手続のために通院したため,2人分の交通費を支出したものである。なお,原告は,平成15年4月に中学校に入学したため,同月以降の通院交通費は大人料金によって算出する。

各病院までの往復の交通費は,八王子医療センターの場合,大人1840円,子供940円,慶應義塾大学病院の場合,大人3080円,子供1540円である。

また,大月市立中央病院へ自家用車により通院した場合の交通費の内訳は,自宅最寄りの上野原インターチェンジから大月インターチェンジまでの高速道路料金が片道650円で,大月市立中央病院まで自宅から片道20キロメートルであるのに対し,1リットル当たりの走行距離は8キロメートルであるので,往復5リットルのガソリンを要するところ,ガソリン代は1リットル100円であるとして算出すると,少なくとも合計約1000円である。同様に八王子医療センターへ自家用車により通院した場合の交通費の内訳は,上野原インターチェンジから八王子インターチェンジまでの高速道路料金が片道750円で,八王子医療センターまで自宅から片道40キロメートルであるから,少なくとも合計約2000円である。

以上を合計すると,別紙交通費一覧表の請求額の合計額欄記載のとおり,41万1180円である。

(6) 将来の通院交通費

原告は,前記(3)のとおり,9日間の通院を予定している。

これに要する交通費は1日当たり(往復)3080円であり,原告が通院する際に両親のうち,少なくとも1名が付き添うので,2名分として合計5万5440円を請求する。

(7) 慰謝料

本件事故により,原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は300万円を下らない。

(被告の主張)

原告の損害に関する主張は争う。

第4  当裁判所の判断

1  争いのない事実,証拠(甲1,2,4,乙1ないし10[枝番を含む],調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件小学校と本件体育館の規模

本件小学校(分校を除く。)の平成11年度の児童総数は86名で,内訳は,第1学年が13名,第2学年が17名,第3学年が9名,第4学年が20名,第5学年が11名,第6学年が16名であった(乙1)。

本件体育館は,昭和49年に建設された整備面積460平方メートルの体育館で,運動可能面積は324平方メートル(縦14.4メートル,横22.5メートル)である。

(2)  本件体育館の使用基準の変化

ア 本件小学校においては,本件体育館の使用について取り決めがされており(以下「使用基準」という。),平成8年度には,雨などで校庭が使えない場合,児童のみで,2・3校時の間の休み時間と昼休みに使ってよいとされていた。

ただし,①のぼりなわやマットなどで遊ばないこと,②舞台の上,そで,地下には行かないこと,③ボールを使うときは,まわりの人が危なくないように気をつけることが注意事項とされた(乙2)。

イ その後,児童から,体育館で昼休み等を利用して,学級別にレクリエーションを行いたい旨の要望があったことから,平成9年3月の職員会議において検討し,平成9年度においては体育館の使用基準を次のとおりとした。

各学年ごとに,決められた曜日の2・3校時の間の休み時間と昼休みに,児童のみで使用することができる。1,2年生は月曜日,3年生は火曜日,4年生は水曜日,5年生は木曜日,6年生は金曜日とする。しかし,雨の日は,みんなでなかよく安全に使うこととされた。また,①のぼりなわやマットなどで遊ばないこと,②舞台の上,そで,地下には行かないことが注意事項とされた(乙3の1・2)。

ウ 本件事故のあった平成11年度における体育館の使用基準は,曜日によって使用する学年を分けるという基本は従来どおりであるが,①雨の日,放課後,朝はみんなで仲良く安全に使うこと,②登り棒,マット,舞台,そで,地下では遊ばないこと,③後片付けをしっかりすることとされていた(乙4)。

体育館内に保管されていた運動用具には,跳び箱,マット,登り棒,卓球台,ドッジボール,バスケットボールがあり,校舎の廊下にはボール入れ用カゴが置かれて,ソフトバレーボールが保管されていたところ,児童が休み時間に体育館内で,自由に使用してよいとされていたのはボールのみであった。

エ 本件小学校の教諭らは,本件事故直後の平成11年6月28日,体育館の使用基準について見直しを行い,朝と放課後は,教諭の目が届かないことから,天候に関わらず使用を禁止すること,降雨のため校庭が使用できない場合に限り,2・3校時の間の休み時間は第1学年から第3学年,昼休みは第4学年から第6学年が使用することを申し合わせ,これとともに,児童に対する体育館,教室内,廊下及び特別教室での過ごし方についての指導を徹底することを決めた(甲1)。

オ その後,平成12年度においては,体育館の児童のみでの使用を一律に禁止することとした(乙5)。

(3)  本件事故の状況

平成11年6月25日の2・3校時の間の休み時間中は雨が降っており,本件体育館内では40名程度の児童が遊んでいたが,教諭らはいなかった。

体育館の北側(舞台寄り)のバスケットボールコート4分の1程度の範囲内において,6年生の男子児童2名が舞台に近い部分で,バスケットボールを使って追いかけっこをするとともに,6年生の女子児童5名が遊んでいた他,体育館中央付近で,原告を含む3年生の女子児童3名がソフトバレーボールを使って遊んでいた(乙10)。

その他の児童は,体育館の南側半分で遊んでいた(乙7,8)。

上記休み時間中の同日午前10時35分ころ,原告が本件体育館中央付近で,自己後方へ転がっていったソフトバレーボールを約4メートル追いかけ,これを拾うために腰を曲げて前屈みになったところへ,本件体育館の舞台に近い部分でバスケットボールで遊んでいた6年生の男子児童が勢いよく後退してきて,同人の臀部が原告の左側頭部に当たった。そのため,原告は約50センチメートルから60センチメートル飛ばされて,転倒し,床面で右側頭部を強く打った。この際,原告に衝突した男子児童も,反動でその場に転倒して尻餅をついた。

(4)  本件事故以前の本件小学校における休み時間中の児童のけが

本件小学校の保健日誌の記録によると,平成9年度以降,本件事故発生までに,休み時間内に児童が打撲,打ち身のけがを負った事例のうち,体育館や校庭におけるボール遊び又は衝突したことが原因であることが明らかな事例及び児童が衝突して打撲,打ち身以外のけがを負った事例は,次のアないしコのとおりである(乙6)。

ア ボールが当たったため,打撲又は打ち身を負った例が10例(負傷部位は顔面及び頭部が4例(そのうち,1例は,ボールが当たった拍子に壁に後頭部をぶつけたものである)。目が2例。指と腹部が各1例。負傷部位不明は2例。)。

イ サッカー中に打撲・打ち身を負った例が6例(負傷部位は1例が指であるほかは不明)。

ウ バスケットボール中に打撲を負った例が1例(負傷部位は不明)。

エ 王様ドッジで打ち身を負った例が1例(負傷部位は目)。

オ キックベース中に打ち身を負った例が1例(負傷部位は不明)。

カ ボール遊び(バスケットボールなど)で突き指をした例が4例。

キ ボールのとりあいで,打撲した例が1例(負傷部位は側頭部)。

ク 一輪車にぶつかって,打撲した例が1例(負傷部位は不明)。

ケ 衝突して打ち身を負った例が1例(負傷部位は不明)。

コ 衝突して擦過傷ないしすり傷を負った例が3例(負傷部位は不明)。

(5)  山梨県内の小学校における平成9年度ないし平成13年度に発生した休み時間内の児童同士の衝突事故

ア 山梨県内の小学校において,平成9年度ないし平成13年度に,休み時間内に体育館内において発生した児童同士の衝突事故は,7例報告されている。そのうち1例は本件事故である(乙9の1・2)。

本件事故以外の事故の態様は,体育館の出入口や体育館内の倉庫出入口付近において,飛び出してきた児童又は急に立ち止まった児童と衝突した例が4例,バスケットボールの試合中に衝突した例が2例である。

本件事故を除く他の事例における児童の負傷の程度は,それぞれ指の骨折,下肢挫傷,上腕捻挫,歯牙障害,足関節靱帯損傷,顔面切創であり,事後に重篤な障害を残した例はない。

イ これに対して,休み時間内に運動場,教室,廊下において発生した児童同士の衝突事故は,169例報告されている。

本件事故と同様に,ボール遊びをしていて,互いにボールを追いかけて衝突した例は38例,走り回ったり,追いかけっこをしていて衝突した例は42例,教室から廊下に出ようとした際に,走ってきた他の児童と衝突した例は18例,その他,走ったり,歩いている際などに,自ら又は他の児童が誤って衝突した例は71例である。

このうち,平成13年度に,教室から廊下に出ようとした際に,第5学年の女子児童が,他の児童(学年不明)と衝突して転倒し,床に頭部を強打したため,頭蓋骨骨折,急性硬膜下出血を負い,13日間入院,平成14年10月現在も通院加療中という例が1例,平成11年度に,負傷に至った状況は明らかでないが,硬膜下出血を負った例が1例あるものの,それ以外の頭部の負傷は打撲,挫創(挫傷)であり,他の負傷の状況は,顔面,上下肢の骨折,打撲,捻挫,挫創(挫傷),切創(切傷),歯牙障害がほとんどである。

(6)  山梨県内の同種規模の体育館を有する小学校における体育館の使用基準

平成14年12月27日現在,山梨県内において,本件体育館の運動可能面積の0.8倍以上1.5倍未満の運動可能面積を有する体育館が設置されている小学校の児童数,使用基準の有無,児童のみでの使用の可否及び使用基準の設定時期は,別表のとおりであった(調査嘱託の結果)。

2  争点1(被告の責任)について

(1) 小学校の校長及び教諭らは,児童の生命身体の安全について配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負うものと解されるところ,原・被告間においてもこのように解することについては争いがない。

この安全配慮義務は,在学関係という児童と学校側との特殊な関係上,当然に生ずるものと解されるが,学校教育活動の特質に由来する義務である以上,その範囲は,学校における教育活動とこれに密接に関連する学校生活に関するものに限定されるべきである。

児童の行動から発生した事故が学校における教育活動とこれに密接に関連する学校生活に関するものであるか否かは,当該事故の発生した時間・場所,発生状況,事故の当事者の学年,学校側の指導体制及び教諭らの教育活動状況等を考慮して判断すべきである。

(2) 本件事故が発生したのは授業時間内ではなく,2校時と3校時の間の休み時間における事故であるものの,児童らはそのような休み時間内には,基本的には学校施設内にとどまるよう指導されていること,体育館という学校施設を利用中の事故であること,体育館内等に保管され,児童らの使用が許可されているボールを使用し,追いかけるなどして遊んでいる最中の事故であることに照らすと,本件事故は,学校における教育活動と密接に関連する学校生活に関するものに当たるというべきである。

なお,休み時間における体育館の使用基準については,以下のように具体的に検討すべきであり,常に学校長の裁量権の範囲内の事項ということはできない。

(3)  そこで,本件小学校の校長及び教諭らに安全配慮義務違反があったか否かにつき判断する。

一般に,小学校の体育館内には,マット,縄,跳び箱,ボール等の運動用具が保管されているし,運動できる範囲にも自ずから制限があるため,小学校1年生から6年生という年齢の児童らの判断能力に照らすと,教諭らが普段から,上記運動用具の使用を含め体育館内における活動について注意を厳しく行っていたとしても,児童らに,自由に体育館という施設及び上記運動用具の使用を許す場合には,不適切な用具の使用ないし行動に出ることは容易に予想されるのであって,その生命・身体が危険にさらされる蓋然性が高く,教諭らの立ち会いがなければ,児童の生命・身体に対する危険は大きいと言わざるを得ない。

本件小学校においても,本件事故当時,児童のみで,登り棒,マット,跳び箱を使用することを禁止するとともに,舞台やそで,地下へ行ってはならないとしていたことに照らすと,校長及び教諭らは,これらの運動用具等を体育館内において,教諭らの立ち会いなくして児童に使用させる場合には,児童の生命身体に対する危険が大きいとの認識を有していたものと考えられる。

そのような校長及び教諭らの認識に加え,前示1(4)のとおり,体育館内のみとは限らないものの,本件小学校内において,現に,ボールが当たったり衝突したりする態様の事故がしばしば発生していた事実を前提とすると,校務をつかさどる立場にある校長は,体育館内という限られた面積の空間において,小学校1年生から6年生という年齢の児童に,体育館の利用人数や行ってよい遊戯・運動の種類を制限せずに,自由に走り回ったり,球戯等をさせていたならば,その判断能力に照らし,遊びに夢中になって,周囲の状況をきちんと把握することができなくなり,周囲にいる者に衝突する危険が高いことも容易に推測できるはずであって,衝突事故による児童の生命身体に対する危険を十分に予見することができたというべきである。

そして,前示1(6)のとおり,山梨県内の本件体育館と同様の規模の運動可能面積(本件体育館の運動可能面積の0.8倍以上1.5倍未満)の体育館を有する小学校のうち,本件事故発生以前に使用基準を設定していたことが明らかな小学校は13校あり,そのうち児童のみでの体育館の使用を禁止していた小学校は8校,雨天時のみ児童のみで体育館を使用することができる小学校は3校(そのうち,時間帯により使用してよい学年を定めていた小学校は2校),天候にかかわらず,あらかじめ時間帯別に児童のみで使用してよい学年を定めていた小学校は1校,教諭の許可がなければ児童のみで使用することができず,しかも休み時間の使用は学年別に許可することとしていた小学校が1校あったものである。

このように,多くの小学校が上記のような使用基準を定めたり,児童らに対して指導していたのは,多人数の児童らが体育館内で遊戯や運動をした場合,児童らの生命身体に危険が生ずるおそれがあるため,児童らの生命・身体の安全を確保するためであると解される。

以上によれば,本件小学校の校長は,児童らが,休み時間に本件体育館内において遊戯・運動中に,本件事故のような偶発的な衝突事故が発生することを十分に予見することができたのであるから,児童らの衝突事故等を回避するため,天候を問わず,児童のみで体育館を使用することを禁止するか,あるいは,時間帯又は曜日によって使用してよい学年を定めたり,行ってよい遊戯・運動の種類あるいは体育館内で同時に使用してよいボールの個数を制限するなどの厳しい使用基準を定めた上,児童に対し,その趣旨の指導を徹底する義務があったというべきである。

これに対し,本件小学校の校長は,前示1(2)ウのとおり,本件事故当時,本件体育館の使用について,雨の日,放課後及び朝は全校児童が児童のみで使用してよい旨の使用基準を設けていたのであり,この基準が児童の生命・身体の安全に対する配慮を欠くものであることは明らかである。さらに,児童らに対する指導についてみるに,休み時間中に体育館において使用してよい運動用具はボールのみとするとともに,みんなで仲良く安全に使うよう児童らに対して指導していたことは認められるものの,具体的に体育館内において行ってよい遊戯・運動の種類あるいは体育館内で同時に使用してよいボールの個数を特段制限せず,また,ボール遊びをする際には,近くで遊んでいる児童と十分な間隔をとり,十分気を付けるようにするなどの指導が全く行われていなかったことが認められ,日頃の指導にも不十分な点があったということができる。

(4)  被告は,本件事故は偶発的なもので,結果回避可能性がない旨主張する。

しかしながら,本件事故は,スポーツをしている競技者同士が接触するなどして偶然に発生した事故とは根本的に異なり,体育館内で自由に遊ぶことを許された児童が,秩序なく遊んでいる最中に発生した事故である。休み時間における児童のみによる体育館の使用を禁止したり,前示(3)のような使用基準を設けた上,児童に対する指導を徹底していたならば,このような衝突事故を回避することは十分可能であったというべきである。

被告はまた,教諭らは授業の準備その他の活動のため休み時間中も多忙であるから,休み時間中の体育館内での児童の遊戯・運動に教諭らが立ち会うことは事実上不可能であり,児童のみで体育館を使用することを禁止すれば,結果として休み時間中の体育館の使用を全面的に禁止することになる,そうなると,本件小学校の児童は,雨の日,結露が生じやすく滑りやすい廊下等で遊ばざるを得なくなり,かえって危険であるとも主張する。しかし,教諭が多忙であることはそのとおりであるとしても,児童のみでの体育館の使用を禁止することだけが事故防止のための唯一の方策ではなく,上述のとおり,厳しい使用基準を定めた上で児童に対する指導を徹底するという方策も考えられるのであるから,被告の主張を受け入れることはできない。仮に,児童に対する指導に限界があるため,休み時間中の体育館の使用は全面的に禁止しなければならず,雨の日に児童が滑りやすい廊下等で過ごす時間が長くなるとしても,校長及び教諭らは,廊下等で危険な行為をしないよう児童を指導・監督することによって対処することができるのであり,児童のみで体育館を使用するという危険を放置することが許されるものではない。被告の主張はいずれにしても採用することができない。

(5)  以上によれば,本件小学校の校長には安全配慮義務を怠った過失があり,本件事故は上記義務違反に起因して発生したものであるので,被告は,これと相当因果関係のある原告に生じた後記損害につき,国家賠償法1条1項に基づき,賠償する責任がある。

3  争点2(損害)について

(1)  入院付添費

前示争いのない事実等によれば,原告は本件事故により,14日間八王子医療センターに入院したことが認められるところ,本件事故により原告が負った傷害の部位及び程度に照らすと,両親の付添看護が必要であり,その入院付添費としては1日当たり6500円が相当であるから,合計9万1000円(14日×6500円)となる。

(2)  通院付添費

証拠(甲22ないし25(枝番を含む))及び弁論の全趣旨によれば,原告は,別紙交通費一覧表の交通手段欄に「小1」との記載のある日及び平成15年4月8日,同年5月6日,同年7月29日(合計52日間),八王子医療センター及び慶應義塾大学病院に診察のため通院し,平成15年5月6日を除いては,原告の両親又はその一方が通院に付き添ったことが認められ,その通院付添費としては1日当たり3300円とすることが相当であるから,合計16万8300円(51日×3300円)が相当である。

(3)  将来の通院付添費

証拠(甲25)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成15年8月から平成17年1月までの合計18か月の間に,2か月に1回の割合で慶應義塾大学病院へ通院する必要があり,両親のうち,少なくとも一方はこれに付き添う必要があることが認められ,その通院付添費としては,1日当たり3300円とすることが相当であるから,合計2万9700円(9日×3300円)が相当である。

(4)  入院雑費

前示のとおり,原告は14日間入院したところ,1日当たりの入院雑費としては1500円とするのが相当であるので,合計2万1000円(14日×1500円)である。

(5)  通院交通費

証拠(甲11,13,18ないし25(枝番を含む))及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故発生後平成15年7月29日までの間,別紙交通費一覧表記載の各日に,八王子医療センター及び慶應義塾大学病院にそれぞれ通院したこと,原告の両親は,別紙交通費一覧表記載のとおり,原告の通院に付き添うため及び入院中の原告の見舞いのため(八王子医療センターには付添者用の宿泊設備がなかったため,原告の両親は,原告の入院中毎日,自宅から通院していた。)又は転院手続や診断書などの手続のため,各病院に通院したこと,往復の交通費は,八王子医療センターの場合,大人1840円,子供940円であり,慶應義塾大学病院の場合,大人3080円,子供1540円であること,原告は,平成15年4月に中学校に入学したため,同月以降の通院交通費は大人料金によることになったこと,大月市立中央病院へ自家用車により通院した場合の交通費としては,少なくとも1000円を要し,八王子医療センターへ自家用車により通院した場合の交通費としては,少なくとも2000円を要することが認められ,以上を合計すると,別紙交通費一覧表の請求額の合計額欄記載のとおり,41万1180円である。

(6)  将来の通院交通費

前示のとおり,原告は,平成15年8月から平成17年1月までの合計18か月の間に,2か月に1回の割合で慶應義塾大学病院へ通院する必要があり,原告の年令,本件事故による傷害及び後遺障害の程度を考慮すると,両親のうち,少なくとも一方が上記通院に付き添うことが必要であるから,これに要する将来分の通院交通費としては5万5440円(9日×3080円×2名)が相当である。

(7)  慰謝料

前示本件事故の態様,原告の傷害及び後遺障害の程度並びに入・通院期間に照らすと,原告が本件事故によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,250万円が相当である。

4  結論

以上の次第であって,原告の請求は,327万6620円及びこれに対する平成11年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で理由があるから,これを認容し,その余の部分については理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条,64条を,仮執行宣言につき,同法259条1項,同免脱宣言につき,同条3項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・新堀亮一,裁判官・倉地康弘,裁判官・川畑薫)

別紙

別表<省略>

交通費一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例