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甲府地方裁判所 平成16年(わ)282号 判決 2007年4月26日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中770日をその刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

【罪となるべき事実】

被告人は,

第1  平成16年6月28日午後11時30分ころ,山梨県南都留郡富士河口湖町内の歩道上において,通行中のA(当時21歳)を見つけ,自己の運転する普通乗用自動車(以下「被告人車両」又は「自車」という。)を歩道上に停車させて降車し,同女に対し,「ドライブ行かない。」などと声をかけて助手席に乗せようとしていたところ,同女が誘いを頑強に拒否したことから,この際,同女を自車に無理矢理乗車させて略取した上,強姦しようと企て,同月29日午前零時ころ,同所において,手拳で助手席の背もたれを殴打するとともに,「ぶっ殺すぞ。」などと怒声を上げて脅迫し,同女の両足を抱えて押し込むなどして同車の助手席に連れ込み,同車を発進させて同女を自己の支配下におき,もってわいせつ目的で略取した上,同日午後3時10分ころ,同県富士吉田市内の東富士五湖有料道路付近側道に駐車した被告人車両内において,前記のとおり略取し,判示第2のとおり監禁中の同女に対し,更にその腕部をつかんで同車後部座席に移動させ,同女のズボン及び下着を無理矢理引き下げ,足を押さえるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し,同女を強いて姦淫し,

第2  判示第1の略取行為の後,引き続き,同県南都留郡富士河口湖町内の野鳥の森公園付近の空き地において,同女の手足をビニールテープで縛ってその身体を拘束し,同女を被告人車両のトランクに入れるなどして,同町内,同県富士吉田市内及び静岡県沼津市内などを連れ回した後,東富士五湖有料道路付近側道まで連行し,判示第3のとおり同日午後3時20分ころ同所において同女を殺害するまでの間,同女を監視して車内及びその周辺から脱出することを不能ならしめ,もって不法に逮捕監禁し,

第3  判示第1の強姦の後である同日午後3時20分ころ,同女から,「警察」,「レイプ」,「誘拐」などと被告人の犯行を非難する言葉を告げられたことから,このまま同女を帰せば警察に捕まって刑務所に行かなければならなくなるなどと考え,犯行の発覚を免れるために同女を殺害することを企て,東富士五湖有料道路付近側道に駐車した被告人車両内において,同女に対し,殺意をもって,背後から同女の頚部にマフラーを巻き付けた上締め上げ,更に,その頚部を両手で絞め付け,よって,そのころ,同所において,同女を窒息死させて殺害し,

第4  同日午後3時30分ころ,同所において,同女の死体を被告人車両から引きずり出し,側道脇の側溝内に投棄した上,草木で覆い隠して同女の死体を遺棄し,

第5  同日午後4時ころ,同県富士吉田市内の路上において,同女所有に係る現金約500円を窃取し

たものである。

【証拠】

<証拠略>

【事実認定の補足説明】

1  争点

被告人は,①わいせつ目的略取罪(判示第1)については,被害者を無理矢理車に乗せることはしていないし,わいせつ目的もない,②逮捕監禁罪(判示第2)については,被害者の手足をビニールテープで縛ったり,トランクに入れたりはしていない,③強姦罪(判示第1)については,被害者と性交はしたが,被害者の意思に反しては姦淫していないなどと弁解し,弁護人も,被告人の公判供述を前提として,①については,暴行,脅迫行為がないこと,わいせつ目的がないこと,②については,逮捕,監禁行為がないこと,③については,暴行,脅迫行為がなく,少なくとも被告人には被害者の意思に反しているとの認識はなく,強姦の故意がないことをそれぞれ主張し,①,②,③の各罪の成立を争っている。

2  争いがなく証拠により認定できる事実及びこれに関連する当事者の主張

以下の事実は,当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠によって認定することができる。

(1) 被害者は,台湾在住の当時21歳の女子大生であり,平成16年6月27日,実兄とともに,東京周辺の観光地やテーマパークを回る4泊5日の団体観光ツアーに参加して来日し,同月28日午後8時ころ,その日の宿泊先である山梨県南都留郡富士河口湖町所在のホテルに到着した。被害者らの翌日の予定は,果樹園やテーマパークを巡った後,東京のホテルに宿泊する予定となっていた。なお,被害者は,大学で日本語を専攻しており,日本語による日常会話は可能であった。

(2) 同月28日午後11時15分ころ,被害者は,台湾にいるボーイフレンドと携帯電話で電話をしながら,テレホンカードを買うために,1人で前記ホテル近くのコンビニエンスストアB店へと向かい,同日午後11時23分ころ,同店で店員と話した後,店の外に出た。

(3) 同日午後11時30分ころ,被告人は,自車を運転してナンパする相手を探していたところ,同町内の歩道において,一人で歩いている被害者を認め,声をかけてドライブに誘った。被害者は断り続けたが,被告人は諦めることなく誘い続けた。

検察官は,この後,被告人が強姦目的で被害者を自車に無理矢理乗車させて略取したものと主張している。

(4) 被告人は,被害者を自車に乗せると,同町内や富士吉田市内,西湖付近を車で回り,被害者がトイレに行きたいと言い出すと,同町内の野鳥の森公園から北方約10メートルの空き地において被害者に用を足させるなどした。

翌29日の午前5時30分ころ,被告人は,富士吉田市内のコンビニエンスストアC店で買い物をした。

同日午前8時前ころ,被告人は,静岡県沼津市内の江浦隧道内に車を停車させた。

検察官は,上記野鳥の森公園近くの空き地において,被告人が,被害者の手足をビニールテープで縛るなどし,その後,被害者を自車のトランクに移し,さらに,江浦隧道内で被害者を自車の後部座席へと移した旨主張している。

(5) 同日午後零時ころ,被告人は江浦隧道を出発し,午後零時30分ころ,沼津市内のコンビニエンスストアE店に立ち寄った。被害者は,同店内でトイレを利用し,被告人は,買い物をしたり,道を聞いたりした。

同日午後1時前ころ,被告人は,静岡県駿東郡清水町内のコンビニエンスストアF店に立ち寄り,地図を購入するなどした。

(6) 同日午後3時ころ,被告人は,東富士五湖有料道路付近側道に自車を停車させた。

検察官は,この場で被告人が被害者を強姦したと主張し,被告人側は,性交はしたが,被害者の明確な反対はなかった旨主張している。

(7) 性交の直後である同日午後3時20分ころ,被告人は,判示第3のとおり被害者を殺害し,判示第4のとおりその死体を側道脇の側溝内に遺棄し,さらに,判示第5のとおり被害者が所有する現金約500円を盗み取った。なお,被告人は,被害者の死体を遺棄するに際し,その顔面にウイスキーをかけ,その頭部にビニール袋をかぶせている。

3  被告人の公判供述の信用性について

(1) 本件の経過や犯行状況に関する被告人の公判廷における供述の要旨は,以下のとおりである。

ア 被害者を被告人車両に乗せた状況

午後11時か午前零時ころ,被害者にナンパ目的で声をかけ,ドライブに誘った。被害者は,最初は拒否し続けていたが,2時間程度粘り強く話をしたところ応じてくれ,自ら被告人車両の助手席に乗り込んだ。

イ 江浦隧道に至るまでの行動等

被害者と日本の怪談話などをしながら,西湖方面へ向かった。西湖の入口付近で被害者にキスをしたが,被害者が抵抗したので,それ以上のことはしなかった。その後,被害者がトイレに行きたいと言ったが,トイレを探すのが面倒だったので,遠いところにしかトイレはないと嘘をつき,自分も被害者も野外(前記野鳥の森公園近くの空き地)で小用を足した。その後,富士吉田市内に入り,同市内の忠霊塔へ行って夜景を見た。

被害者が日本の海が見たいという話をしていたことから,同市内のコンビニエンスストアC店に立ち寄った前後ころ,沼津へ行くことにした。途中から後部座席へと移っていた被害者が「気持ち悪い。」などと言ったため,沼津市内の国道沿いの駐車場で自車を止めて被害者の状態を確認し,被害者の具合が悪そうであったことから,休ませるために江浦隧道内に自車を止めた。

ウ 江浦隧道から東富士五湖有料道路付近側道に至るまでの行動等

江浦隧道内に止めた車中で,被害者は,水を飲むなどした後,元気になった。そこで,被害者に対し,セックスしてもいいかと尋ねたところ,被害者が拒まなかったため,被告人車両の中で1回目のセックスをした。セックスの最中に被害者が飲んでいたペットボトルの水が倒れ,被害者の衣服がかなり濡れてしまったので,自分の服を貸して着替えさせた。

同日正午ころ,被害者が「そろそろ帰らなきゃ。」と言ったことから,コンビニエンスストアE店及びコンビニエンスストアF店に立ち寄った後,山梨県へと向かった。被害者が服を着替えたいと言ったため,人気のない場所を探し,東富士五湖有料道路付近側道で自車を止めた。

エ 東富士五湖有料道路付近側道における行動,被害者を殺害した動機等

被害者は,後部座席で着替え始めたが,その姿をバックミラー越しに見ているうちに欲情を催したことから,被害者にセックスしてもいいかと尋ねた。被害者は,声に出して返事はしなかったが,特に拒絶しなかったので,応じてくれたものと考え,自車内で2回目のセックスをした。

セックスが終わると,被害者が突然母国語も混ぜて「これは誘拐だ。」,「警察に言う。」,「彼氏がいる。」,「家族で来ている。」,「本来ならどこどこにいる。」などと言ってお金を200万円くらい要求してきた。裏切られたという感じや怒りの気持ちから,頭の中が真っ白になって被害者を殺害した。

殺害後,被害者の死体の手をビニールテープで縛って自車のトランク内に移したが,車を発進させようとすると,死体を入れたトランク内から音が聞こえたような気がした。そこで,被害者が生きているかどうかを確認するため,再びトランクを開け,被害者の死体を地面に下ろし,ビニールテープを切り取って手が動くかどうかを観察した。

(2) 被告人の上記公判供述は,以下に述べるとおり,本来あってしかるべき説明が欠けている部分や,曖昧な内容にとどまる部分が多くみられる上,内容自体からして不可解な点や,前提事実や客観的証拠との関係からして不自然と言わざるを得ない点も所々にみられ,信用性は低い。

ア 被害者の身上,立場に照らした場合の不自然性

まず,何よりも,被害者は前記のとおり台湾から実兄とともに団体観光ツアーに参加して来日していた者であり,ツアー中の旅程も全て決まっていたところ,そのような身上・立場にあったにもかかわらず,初めて訪れた異国の地で,深夜,初対面の被告人の誘いに応じて長時間にわたるドライブに出かけたということ自体が,非常に不自然である。しかも,被害者は,携帯電話機を所持していたにもかかわらず,消息を絶ってから殺害されるまでのおよそ15時間にわたって実兄や台湾の家族等に一度も連絡をとっていないし,実兄やボーイフレンドが被害者の携帯電話に連絡しても出ていないのであって,その間,自らの意思で行動することができない何らかの異常事態の下にあったとみるのが自然である。

この点について,被告人自身は,被害者が外国人であるとは分かっていたとしながら,被害者の都合などについて確認するなどしたとは述べておらず,沼津で被害者から「帰りたい。」などと言われたとしながらも,被害者が自らの意思で行動することができる状態にあれば当然採るであろう実兄らに連絡を取ろうとしたことなどの被害者の様子については何ら述べていない。通常であれば当然採るべき行動について被告人から全く供述がないばかりか,被害者がそのような行動を採らなかったことについても,被告人から何ら合理的な説明がされていないのである。

弁護人は,被害者は朝までに帰ることができればよいと考えて被告人によるナンパの誘いに応じた,その後ドライブの途中で眠ってしまった,家族等に連絡をすることが気まずい心理状態になったか,宿泊先の電話番号を知らなかったため,連絡を取れずに時間が過ぎ去ってしまったなどと説明しようとしている。しかし,そのような説明は,それ自体に無理がある上,被告人すら被害者がそのような心理状態等にあったことをうかがわせるような供述をしていないのであって,証拠に基づかない推論にすぎず,採用できない。

イ 当日の行動経過に関する説明の曖昧さ,供述内容自体の不自然さ

被告人の公判供述では,当初被告人の車に乗車することに抵抗していた被害者が最終的に被告人の誘いに応じた理由として,粘り強く話をしたとの説明がされているにすぎない。上記のような立場にあった被害者が,初対面である被告人の誘いに応ずることになった経過,理由が明らかになるような事項は全く説明されていない。

また,被告人の公判供述によれば,被告人と被害者は,その後深夜から午後3時過ぎまでという相当長い時間にわたってドライブを楽しむなどしていたというのであるが,その間に赴いた場所や,車内における被告人と被害者との会話内容などについては,具体的な説明がほとんどされていない。しかも,被告人は,その間に被害者に野外の道端で小用を足させたことを認めつつ,その理由として,トイレを探すのが面倒だったなどと述べているが,証拠によるとそれほど遠くないところにトイレの存在も認められるのであって,ドライブを楽しんでいた初対面の男女の行動としては明らかに不自然である。

さらに,被告人の公判供述によれば,被害者は,当初キス以上のことに対して抵抗を示したものの,結局は,二度にわたって性交に応じてくれたというのであるが,被害者がそのように態度を改めた理由や,性交に応じるに至るまでの二人の間のやりとりなども,被告人は,全く説明し得ていない。

そのほか,被告人の公判供述によれば,長時間のドライブに付き合い,最終的に二度にわたる性交にも応じたという被害者が,突如として態度を翻し,被告人に対して高額な金銭を要求するなどしたというのであるが,非常に唐突で不自然な感が否めないし,女性である被害者が,わざわざ東富士五湖有料道路付近側道のような人気のない場所において,体力的に勝る被告人を相手に金の要求などをしたという点も,理解に苦しむところである。

ウ 客観的証拠との整合性

東富士五湖有料道路付近側道に遺留されていたビニールテープについて,被告人は,被害者の死体をトランクに移動するのに死体の手がじゃまだったのでビニールテープで縛った,その後被害者が生きているかを確認するためにビニールテープを切って取り外した,などと説明している。しかし,その説明自体,やや理解し難い感があるし,ビニールテープの一部はかなり伸びて発見されているところ,被告人が述べるような短時間の使用状況からは説明がつきづらいように思われる。

また,東富士五湖有料道路付近側道では,被害者の携帯電話機が焼け焦げて発見されているが,被告人の公判供述においては,自らがこれを燃やしたことを認めながら,その理由については分からないなどと述べられているにすぎない。

後述する捜査段階供述に比し,被告人の公判供述には客観証拠による裏付けが乏しく,むしろ整合しづらい部分が見受けられるのである。

エ 以上に照らすと,被告人の公判供述は,全体としてその信用性が非常に低いと言わざるを得ない。

4  被告人の捜査段階供述の信用性について

(1) 他方,被告人の捜査段階における供述の要旨は以下のとおりである。

ア 被害者を車に乗せた状況

被害者をしつこくドライブに誘ったが,応じる気配はなかった。どうしても被害者とセックスがしたいと思ったので,被害者を無理矢理自車に乗せて誘拐し,人気のないところで強姦しようと決心した。そこで,助手席の背もたれの部分を右拳で強く叩いた上,被害者をにらみつけて「ぶっ殺すぞ。」とドスを利かせた声で脅した。すると,被害者は,表情も身体も強ばらせて動かなくなったので,被害者を助手席に押し込んで自車を発進させた。

イ 江浦隧道に至るまでの行動等

人目のないところで強姦しようと考え,とりあえず人気の少ない西湖の方へと向かった。車中,被害者は,何度もしつこく「帰して。」などと言ってきたので,ドアポケットに入れていたサバイバルナイフで脅すことにした。脅す場所としては前記野鳥の森公園のバスレーンがちょうど良いと思い,そこに自車を止めて被害者にキスを迫ったところ,拒絶されたので,サバイバルナイフを見せて被害者を脅した。すると,被害者は身体を強ばらせて身動きしなくなり,静かになったので,キスをしたり,胸を手で揉んだりした。しかし,他人に見られていないか気になったことから,それ以上のことはしなかった。

同野鳥の森公園から出発しようとしたところ,被害者がトイレに行きたいと言うので,道端でトイレをさせた。その後,被害者が逃げ出したり騒いだりすることができないように手足を縛ろうと考え,同所に停車中の自車内で,車内にあったビニールテープを被害者の両手両足に巻き付け,被害者を後部座席に乗せた。被害者を縛っている状態を見られないように,車内にあった上着3枚くらいを被害者の首から下に掛け,被害者を隠した。その後,富士

河口湖霊園駐車場で,自車を止め,被害者のビニールテープが緩んでいないことを確認したが,その際,被害者に欲望を感じ,手の平で被害者の左胸を揉むなどした。河口湖大橋付近まで戻った後,東方面に進み,富士吉田市内のカルバート内に自車を止めた。同所で,ビニールテープの状態を確認し,被害者の胸や太腿を触ったが,人気のないところを探すため,さらに自車を走行させた。富士吉田市所在の駐車場に自車を止め,被害者のビニールテープの状態を確認したが,やはり上記カルバートの方が人目に付きにくいと考え,同カルバートに戻った。同カルバート内で,ビニールテープの状態を確認するなどしているうちに興奮を抑えることができなくなり,被害者の胸や陰部を直接触ったり,キスをするなどしたが,車が通るような音が聞こえた気がしたので急に興奮が冷めて不安になるとともに,被害者が誰かに見付かってはまずいと思い,被害者を自車のトランク内へと移した。

富士吉田市内を回るなどした後,少しでも遠くに行きたいなどと考え,子供のころ家族で海水浴に行ったことのある沼津に向かうこととした。沼津市内をさまよっているとき,トランクの蓋がカチャッと開いて少し持ち上がったことから,非常に焦り,ちょうど見かけた空き地に車を止めてトランクの蓋を閉めた。その後,トランクの中の被害者の状態を確認する場所を探したところ,江浦隧道を見付け,隧道内に車を止めた。被害者の状態を確認したところ,ぐったりしていたので,体力を回復させるため,被害者をトランクから後部座席へと移し,被害者の手足のビニールテープを外した。

ウ 江浦隧道から東富士五湖有料道路付近側道に至るまでの行動等

しばらく考えた末,とりあえず山梨県に帰ることにした。その際,被害者の逃走を防ぎ,また被害者を捜している人々に見付からないように服を被告人のものに着替えさせ,被害者に助手席に乗るように指示した。このとき,被害者の上着に携帯電話機が入っているのに気づき,連絡されないように,その電源を切るとともに被害者の手が届かないところに置いた。

コンビニエンスストアE店,コンビニエンスストアF店に寄るなどした後,山中湖畔あたりまで来ると,心の中に余裕が戻ってくるとともに,衰弱しきった状態で無表情だった被害者も多少回復し,人間らしさを取り戻してきたことから,何としてでもセックスをして目的を達しなければ意味がないと強く感じるようになった。そこで,強姦するのに適した人目に付かない場所を探して富士山方面に向かったところ,東富士五湖有料道路の側道が細く暗く森の奥に通じていたので,ここなら心おきなく強姦できると思い,100メートルくらい進んだところで自車を止めた。

エ 東富士五湖有料道路付近側道における行動,被害者を殺害した動機等

自車を止めると,車内で被害者の着衣を脱がせ,被害者の足を押さえ込んで抵抗できないようにし,強姦した。

強姦後,被害者が自分を強く非難するように,日本語で「警察」,「レイプ」,「誘拐」などと言ってきた。このまま被害者を帰せば警察に捕まって刑務所に行かなければならなくなるし,家族や消防団にも迷惑がかかることから,被害者を殺して口を封じるしかないと考えた。そこで,背中を向けていた被害者の後ろから,マフラーで被害者の首を締め上げ,さらに,両手で首を絞めて殺害した。

殺害後,しばらくぼーっとしていたが,東富士五湖有料道路を通過する車の音を聞いて我に返り,被害者の死体を自車から出して捨て,逃げ去ることととし,被害者の死体を車外へと引きずり出すなどした。

(2)ア 供述内容の具体性,迫真性等

被告人の捜査段階供述は,被害者を認めて声を掛けたことに始まり,被害者を無理矢理車に乗せて連れ回し,最終的に東富士五湖有料道路付近側道に至って被害者を強姦の上,殺害にまで及んだなどという本件一連の経過の全てにわたって,自らの言動や,それに対する被害者の対応,被害者が発した言葉,被害者の状態,それぞれの時点における自らの内心の状態などについて,体験した者でなければ語ることができないと感じられる非常に具体的かつ迫真性のある供述がされている。供述内容に不自然,不合理な点は特になく,事柄の推移やその際の内心の状態の変化等についての供述の流れは自然なものと理解することができる。

また,被告人は,取調べの際に,被害者を自車に閉じ込めたときの状況や手足を縛り上げるなどした場所などについて自ら図面まで作成して説明していたものと認められるし,被害者を自車に乗せる際の状況や,サバイバルナイフを示した状況,被害者の手足をビニールテープで縛った状況,被害者をトランクに入れた状況,トランクから後部座席へと移した状況,ビニールテープを取り外した状況,被害者を姦淫した状況などについても自ら再現を行っているところ,その再現内容は,細部にわたるとともに,いずれも基本的に捜査段階における供述内容と一致しているように見受けられる。犯行場所や立ち寄り先の多くについても,被告人自身が明らかにし,その点の確認が行われたという経過がうかがえるし,引き当たり捜査の結果や犯行再現の結果を踏まえ,従前の供述内容を訂正して供述するなどしていた経過も認められる。これらの事実は,被告人の捜査段階供述の信用性を高めるとともに,供述の任意性もうかがわせる事情となっている。

イ  客観的証拠との整合性

本件捜査の過程では,被告人が被害者を脅す際に使ったとするサバイバルナイフの購入先や,被告人車両のトランクは内部からロックを解除することが可能であることが確認されているところ,これらは,被告人の供述が契機となってその裏付け捜査が行われたもののようにうかがえ,被告人の捜査段階供述の信用性等を裏付けている。

なお,被告人車両のトランクの開閉実験について,弁護人は,警察官による実験は,トランクの仕組みについて知悉している捜査員が両手を緊縛せずに行ったものであって信用できるものではない,手を緊縛された被害者がトランク内から鍵を開けるのは不可能である,などと指摘している。しかし,当該実験において被害者役を担当したHは,どのようにすれば開くかについて見当を付けていた様子こそうかがえるものの,事前にトランクの開閉の仕組みについて教えてもらったことはないなどと供述している。また,手首を緊縛されていたかによって差異が出ることは否めないものの,緊縛されていた場合には内部からトランクを開けることが不可能であるとまで言い切れるものでもない。走行中にトランクが開いたので,焦って空き地に車を止め,トランクの蓋を閉めたという供述は,およそ体験した者でなければ語ることができない内容であることをも踏まえれば,この点に関する被告人の捜査段階供述は信用できると言うべきである。

また,弁護人は,東富士五湖有料道路付近側道で発見されたビニールテープの形状等は,被告人の犯行再現等を前提とした場合の形状等と矛盾が生じるなどと主張している。しかし,被告人自身が犯行再現の際にビニールテープの巻き方についてどこまで忠実に再現できたかは定かでないし,この点についての弁護人の主張は,手首に巻かれたビニールテープについてはサバイバルナイフで一度に切断し,足首に巻かれたビニールテープについてはナイフを使わずに取り外したことを前提にしていると考えられるところ,被告人自身は,ビニールテープの取り外し方について,必ずしも弁護人が述べるような取り外し方をしたと確定的ないし一貫して述べているわけではない(被告人は,手首については,「サバイバルナイフを使って刃先で少しずつビニールテープを切って外しました。」などと供述しているし,足首については,最終的には輪っかのまま取り外した旨供述し,再現しているものの,サバイバルナイフで切ったと供述していた時期もみられる。)。弁護人の主張は,前提自体に問題があると言わざるを得ず,発見されたビニールテープの形状が捜査段階における犯行再現等と矛盾していると即断すべきではない。かえって,一部がかなり伸びた状態で発見されているという本件ビニールテープの形状は,被害者の死体の手を一時的に縛るためだけに用いたという被告人の公判供述より,生前の被害者の手首ないし足首を数時間にわたって縛るために用いたという捜査段階供述により合致すると言うべきである。

弁護人は,被告人による犯行再現写真では,江浦隧道内でビニールテープを投げ捨てているように見受けられるにもかかわらず,これが発見されていないことを指摘して,被告人の捜査段階供述の信用性を問題としている。しかし,現場への引き当たりや現場の実況見分自体が犯行から半月程度経った平成16年7月14日になって初めて行われたようにうかがえること,被告人の犯行再現も同月24日になって行われていること,江浦隧道は,仮眠している人がいたり,通行人もいる場所であることなどからすれば,捜索時にビニールテープが発見できなかったとしても不合理とまでは言い難く,この点に関する裏付けを欠くからといって,被告人の犯行再現や捜査段階供述全体の信用性が問題となるものではない。

ウ  捜査段階供述の変遷について

弁護人は,被告人が,被害者を殺害した当日,先輩であるIに対し,「ナンパした被害者と車中でセックスした。その後,被害者から金を要求されるなどしたことから,とっさに首を絞めた。」旨供述していたことや,被告人が,逮捕当初の段階でも,「被害者をナンパしてドライブした。」,「被害者にセックスをせまると,素直に応じた。」などと供述していたことを理由に,捜査段階供述には重要な変遷がみられ,信用できないなどと主張している。

しかし,被告人は,当初Iに対してそのような供述をした理由について,「I先輩に,私のことを悪い奴だと思われたくない,少しでも自分のことを良い奴だと思っていて欲しいし,殺したにしても同情の余地があると思って欲しかった」,「ナンパして2回もセックスが出来たと思わせて,見栄を張りたい,という気持ちもあった」旨説明している。この点は,「柔道を通じて知り合って以来,日頃から親しく付き合い,自分が最も信頼している」とするIを慕う被告人の気持ちに照らしても十分に納得がいくものである。また,捜査段階当初に和姦の主張をしていたことについても,同じく検察官の取調べに際して,「被害者にやった数々の犯罪行為は,私が一方的に悪い行為なので,罪が重くなるのを考えると怖くて正直に話せなかった」,「私のイメージが悪くなると同時に私が所属していた消防団のイメージも悪くなるのではないか,消防団でこれまでやってきた活動自体も否定されてしまうのではないかという不安や心配もあった」などと供述しているところ,消防団の活動に非常にやりがいを感じていたという被告人の心情等とも合致し,特に不自然さは感じられない。

また,被告人の捜査段階における供述経過を全体的にみると,段々と自己に不利益な供述内容へと変遷している経過が認められるが,この点は,被告人が検察官に対して「自分自身で考えても不自然だし,警察官や検察官にも不自然であることを指摘されていたので,嘘をつき続けることは出来ないと思っていました。けれど自分がやった全てのことを話すと,非常に罪が重くなると思いましたので,少しだけ本当のことを話し,残りについては嘘をつき続けていたのです。」などと述べているとおり,捜査機関による追及の結果であると見るべきものであって,供述経過としての不自然さは何ら見受けられない。

エ  捜査段階における被告人の取調べ状況について(不当な誘導等の有無)

被告人は,捜査の過程で以上のような供述調書が作成された理由について,警察官から「死人に口なし。」,「そんなところにホラースポットでも作るのか。」,「おまえは死刑でもおかしくない。」などと言われたこと,早く死刑になりたくてどうでもよくなったこと,早く取調べを終わりにして取調べの場から逃れたかったこと,自身の行動の不自然さなどを追及されるなどしてどうでもよくなったことなどを指摘し,弁護人も,被告人の捜査段階供述調書は,捜査官の不当な誘導に対して被告人が迎合的になって作成されたものであり,供述の任意性や信用性を欠くなどと主張している。

しかし,取調べ状況に関する被告人の公判供述自体をみても供述の任意性を疑わせるような不当な追及や誘導があったとはいえないし,前記のとおり被告人の捜査段階供述には,捜査官に迎合していただけでは語られないであろう自ら積極的に述べたと理解できる非常に具体的かつ迫真性のある供述部分が随所にみられることや,被告人自身が詳細な犯行再現等を行い,その結果をも踏まえて従前の供述を訂正するなどしていること,略取・監禁・強姦に関する犯行再現に立ち会ったJも,再現を行うに当たり,捜査官からの誘導や強要はなく,被告人自身が淡々と再現していた旨供述していることなどからすると,被告人の取調べ等に際して,供述の任意性はもとより,その信用性に疑問を生じさせるような取調べ等が行われたとは言い難く,弁護人の主張は採用できない。

オ  以上からすれば,被告人の捜査段階供述には,十分な信用性を認めることができる。

5  そうすると,争われている事件に関して被告人の供述以外に直接証拠が存在しない本件では,高い信用性が認められる被告人の捜査段階供述を中心に,判示第1及び第2のとおり,被告人が被害者を強姦することを企て,その意に反して無理矢理被害者を自車に乗車させたこと,その後,被害者の手足をビニールテープで縛るなどして被害者を逮捕監禁したこと,東富士五湖有料道路付近側道において被害者を強姦したことなどの事実を認めるのが相当である。

6  弁護人の主張について

弁護人は,判示各罪について以下のとおりの主張もしていることから,順に検討していく。

(1) わいせつ目的略取罪に関する主張について

ア 略取現場の状況や目撃者等が存在しないことからして,被告人が被害者を無理矢理乗車させたとみるのは疑問であるとの主張について

弁護人は,被害者が被告人車両に無理矢理乗せられたとされる現場(以下「略取現場」という。)の状況や,交通量調査結果などを根拠に,被告人が被害者を無理矢理乗車させる行為に出るというのは不自然かつ不合理であるし,有力な目撃証言が現れていないのも不自然であるなどと主張している。

しかし,弁護人の交通量調査結果<証拠略>によっても,犯行時刻とされる午後11時30分ころ以降の略取現場の通行人はほとんど皆無といってよいし,「被害者を拉致する際,周りに人気はなく,被害者は悲鳴を上げたり,叫んだりはしなかったので,自分としてはだれにも気付かれなかったものと思う」,「(ぶっ殺すぞとの脅迫に対し,)被害者はビクッとして表情も身体も強ばらせ,動かなくなった」旨の被告人の捜査段階における供述内容を踏まえれば,犯行自体の目撃者が現れていないことや,近隣住民が被害者の悲鳴を聞いていなかったとしても,何ら不自然なことではない。

イ 姦淫行為に至るまでの時間の経過が不自然であるとの主張について

弁護人は,略取現場付近には人気のない場所が無数に存在するにもかかわらず,被告人が強姦を決意して実行に移すまでの間に15時間以上を要しているという時間の経過については極めて不自然,不合理である旨主張している。

しかし,被告人は,すぐに被害者を強姦するまでには至らなかった点について,捜査段階において,「被害者を人目のないところで強姦しようと思ったので,暗くて人から見られにくい場所を探した」,「野鳥の森公園のバスレーンが暗くてちょうど良いと思ったので,車を止めてキスを迫り,サバイバルナイフで脅しながらキスをするなどしたが,他人に見られていないか気になり,それ以上のことはしなかった」,「その後も人気のない場所に車を止めてはわいせつな行為を繰り返したが,誰かに見られないか気になったことから,姦淫行為に及ぶことまではできなかった」,「被害者の仲間や警察が被害者を捜しているおそれがあったことから,遠くへ行ったほうがいいと思った」などと説明しているところ,これらは強姦犯人の心境として理解できないものではないし,次第に略取現場から離れ,最終的に沼津まで赴いているという被告人自身の行動からも裏付けられていて,信用できる内容である。

また,被告人にしても,被害者を略取した後,終始姦淫することばかり考えていた旨供述していたわけではない。すなわち,被告人は,捜査段階において,江浦隧道でトランクに入れた被害者がぐったりしているのを見た後の心境として,被害者に女性の色気を感じず,また強姦を実行に移す気持ちのゆとりもなかったなどと述べているが,そこに至るまでの経過や,被告人車両の中から吐瀉物の付着した上着や長座布団が発見されていることなどをも踏まえると,被害者は相当衰弱していたようにうかがえるのであって,これも十分信用できる内容と言える。その後に強姦を実行に移すことにした理由として捜査段階で述べている「地元に戻ってきたので心の中に余裕が戻ってきた」,「被害者の顔にも表情が戻ってきて人間らしさを取り戻してきた感じだった」,「被害者の胸のふくらみや体つきに女らしさを感じ,何としてでもセックスをして目的を達しなければ意味がないと強く感じるようになった」などといった供述も,当時の心境として不自然なものではない。

このように,捜査段階供述に現れている被告人の心境等をも踏まえて考えれば,強姦する意図の下に被害者を無理矢理自車に乗せておきながら,15時間以上かかってようやく強姦行為に及んだという経過を辿ったことも,十分に納得がいくものである。

(2) 逮捕・監禁罪に関する主張について

ア 目撃者が存在しないのは不自然である旨の主張について

弁護人は,被告人が15時間にもわたって被害者の監禁を続けていたのであれば,その状況を目撃した者がいてしかるべきであるなどとも主張している。

しかし,被告人は,被害者の手足をビニールテープで緊縛した後,当初はその姿が外部から見られないよう後部座席で上着をかぶせて隠したり,トランクに入れたりしていたというのであるから,その間は目撃者が存在しなかったとしても何ら不自然なものではない。また,江浦隧道で被害者を後部座席に移した後についてみても,それまでの監禁行為等によって被害者は相当衰弱した状態にあり,積極的に逃げようともしなくなっていたと認められるから,仮に被害者の姿を目撃した人物があったとしても,監禁状態にあるとは気づかなかったとして何ら不自然なことではない。

イ 被害者の死体にビニールテープによる緊縛等の痕跡が一切ないのは不自然であるとの主張について

弁護人は,被害者の死体に緊縛等の痕跡が何ら残っていないことを根拠に,被告人がビニールテープで被害者を緊縛したことはないなどと主張する。

確かに,被害者の死体の鑑定書や,被害者の死体の司法解剖に当たったL医師の供述によれば,解剖時,被害者の手首及び足首には,特記すべき痕跡が見当たらなかったものと認められる。

しかし,L医師は,被害者の死体には死後に形成されたと思われる傷も多数あったので,そのようなものはいちいち鑑定書に記載しておらず,死体に生じていた現象については,非常に著名な所見であれば別として,そうでない限りは確認が非常に困難だった記憶があるとも証言しており,被害者の死体の手首及び足首に痕跡が全くなかったとまでは言い切れるものではない。

また,L医師は,本件のように粘着性のあるビニールテープで縛った場合には,テープが張り付く分,皮下出血や表皮剥奪などの損傷は生じにくいことや,皮下出血等が生じたとしても,どの程度生じるかは,ビニールテープの巻き方の強弱,巻かれた者の動きなどによりけりであることなどを供述しているし,警察官と弁護人それぞれによる緊縛実験の結果などからも,ビニールテープで手足を縛った場合に損傷や痕跡が残るか,残るとしてもどのようなものか,どの程度で消失するかは,ビニールテープの巻き方や,巻く強さ,巻かれた者の側の動きなどによって大きく影響されることがうかがえる。実際に警察官による緊縛実験によれば,皮下出血や表皮剥奪などの損傷までは生じておらず,手足の赤みなどの痕跡も,いずれも数時間後に消失したことが確認されている。

そうすると,被害者の死体解剖時に手足に顕著な痕跡が認められなかったからといって,それだけで被害者の手足をビニールテープで緊縛したとする被告人の捜査段階供述の信用性を問題とすべきではない。

弁護人は,自身が行った実験結果に基づいて,被害者がビニールテープで緊縛されていたとすれば,必ず擦過傷や圧迫痕が残るはずである旨主張している。しかし,弁護人による実験の方が警察官による実験に比してより忠実に被告人が捜査段階に供述等していた縛り方を再現し得ているとまでは言い難い(弁護人の実験結果によれば,手首の実験については実験開始から1時間半も経過しない時点で鬱血の状態が明らかになり,医者の判断により実験を中止せざるを得ないほどに至ったというのであるが,被害者がこれと同様の症状にまで陥っていたという供述は被告人の捜査段階供述等からはみられない点に着目すべきである。)し,弁護人が実験の前提とした被告人の犯行再現自体,巻き方や強さという点につきどの程度まで忠実に再現し得たかは定かでない。そうすると,弁護人の実験結果と同様の現象が被害者の身体にも生じていた筈であることを前提に論じることは適当でなく,この点の弁護人の主張も採用できない。

弁護人は,ビニールテープに関し,生前の被害者を長時間拘束するために用いたとすれば,ビニールテープ自体から汗や皮膚片などが検出されてしかるべきであるなどとも主張している。しかし,発見されたビニールテープを取り扱ったMによれば,ビニールテープについては,指紋検出作業は行ったが,それ以外の検査は実施したようにはうかがえないのであって,この点に関する証拠が存在しないからといって,ビニールテープに汗や皮膚片などが付着していなかったと決めつけるのは適当でない。

ウ 被害者がトランクに入れられていたとする客観的な裏付けがないとの主張について

弁護人は,被害者がトランク内に長時間押し込められていたとされるにもかかわらず,それをうかがわせる皮下出血の跡などが被害者の死体に認められないことを疑問視している。

しかし,L医師によれば,皮下出血が生じるかどうかは,トランク内の状態や,被害者自身の精神状態などによっても影響を受ける問題であって,寝ているだけの状態であれば皮下出血は生じることはないというのであるから,被害者の死体の状況のみを根拠に,被害者がトランクに入れられたことに疑いを差し挟むべきものでもない。

エ 江浦隧道内で被害者を後部座席に移動することは困難である旨の主張について

弁護人は,近隣住民(N)の存在や,隧道内の見通し状況,通行状況などからすれば,江浦隧道内においては,被告人が捜査段階で述べているような被害者をトランクから後部座席へ移動させる行為は不可能であるなどと主張している。

しかし,被告人は,Nの姿が見えなくなるのを見計らって自車のトランク内を確認し,被害者がぐったりしていて死んでしまったのではないかなどと思って非常に慌ててトランクから出して後部座席に移した旨供述しているし,現場である江浦隧道が内部が薄暗い状態にあることや,周辺の地理的状況,隧道内の人通りはそれほど多くないようにうかがえることなどをも踏まえれば,被告人が,他人に目撃されないように機会をうかがって被害者をトランクから出し,後部座席に移すことは,十分可能であったと認められる。

弁護人は,<証拠略>に記載されている停車位置を前提とした場合には,被告人車両の左側とトンネルの壁面との間には60センチメートルほどの隙間しかないと認められるので,被害者を後部座席に移すことは困難であるとも主張しているが,車両の停車位置という感覚的な部分について,被告人がどの程度厳密かつ正確に再現し得たかは定かではないが,同<証拠略>における駐車位置を前提にしてみても,同<証拠略>でトンネル右側壁面からの被告人車両までの距離として示されている2.9メートルは同車両の右側面までの距離ではなく,運転席中央付近までの距離であることは明らかであり,被告人車両左側と壁面までの隙間は弁護人が主張するような60センチメートル(なお,弁護人の計算を前提としても約70センチメートルとなると思われる。)ほどしかないとは到底言えないから,被告人が犯行再現の際に行っているようなトランクから出した被害者を左後部座席のドアから車内に入れることは不可能とは言えず,この点に関する弁護人の主張も採用できない。

オ コンビニエンスストア内での被害者の行動は,監禁状態にはなかったことの証左であるとの主張について

弁護人は,前記2(5)記載のとおり被害者がコンビニエンスストアE店のトイレを1人で使用していたことや,その際に店員に助けを求めたり,逃走したりはしていないこと,その後コンビニエンスストアF店に被告人が1人で入店した際にも逃走するなどしていないことを根拠に,被害者の意思に反して監禁した事実はない旨の主張をしている。

確かに,無理矢理連れ出されたはずの被害者が,店員に助けを求めたり,逃げ出したりする機会が十分にあったにもかかわらず,これをしなかったことは,一見すると不可解なようにも思われる。

しかし,慣れない異国の地で見知らぬ被告人に無理矢理車に乗せられ,サバイバルナイフも使って脅されたり,わいせつな行為をされたり,ビニールテープで手足を縛られてトランクに押し込められたりして気力,体力ともに相当消耗させられ,既に連れ出されてから12時間以上の時間が経過し,地理も全く分からない場所に連れてこられたという当時の被害者の立場になって考えてみれば,たとえ店員に助けを求めたり,車外に出て逃げ出したりする機会があったにせよ,被害者において,被告人に見付かって連れ戻されたりするのを恐れ,そのような行動を選択しなかったとしても,あながち不自然とまでは言えない。当時の被害者の状況について,被告人が,「いくらか体力が回復した様子ではあったが,彼女は未だ逃げられる状態ではないと判断していた」,「被害者は,自分が『服を着替えろ。』と命令すれば着替える,『助手席に座れ。』と命令すれば移動するといった状態で,彼女は自分の操り人形の様になっていた」などと供述しているのは,これを良く裏付けるものである。

弁護人は,被害者の死体の鑑定書等によれば,被告人が被害者に対して食事をとらせていたことが認められるとして,被害者の意思に反した監禁ではないとも主張している。しかし,L医師の警察官調書によれば,精神的な緊張状態の下では,消化が著しく遅れ,15ないし18時間前のものが胃の中に残っていることもあり得るとのことであるから,被害者の胃の内容物は,被害者が被告人に声を掛けられる以前にとった食事である可能性も捨てきれない。また,弁護人が主張するように被害者を連れ回している最中に被告人が被害者に食事をとらせたものと考えたとしても,そのこと自体からして監禁状態にあったことが直ちに否定されることにならないのはもとより,被告人の捜査段階供述の信用性に疑問を抱かしめるものでもない。

(3) 強姦罪に関する主張について

弁護人は,被害者の死体の性器には新鮮な損傷が認められなかったことを根拠として,性交は被害者の意思に反しないものであった旨主張している。

しかし,被害者の死体の解剖を行ったL医師も供述するとおり,性器に損傷がないからといって,そのことのみから強いて姦淫されたかそうでないかを判別することができるものではないし,被告人の捜査段階供述によれば,姦淫行為に及んでから終了するまでにそれほど時間は要していない一方,被告人に抵抗を封じられた後は被害者が激しい抵抗をした様子もうかがえないことからすると,本件の場合,被害者の性器に損傷がなかったとしても不自然なものではない。よって,被害者の死体の性器に新鮮な損傷が認められなかったことが,被害者の意思に反した性交でなかったことの証左になるものではない。

(4) 殺人罪に関する主張について

判示第3の殺人の動機について,弁護人は,被告人の公判供述等を根拠に,被告人は,被害者とドライブを楽しみセックスまで許容されたにもかかわらず,被害者から突然拒絶の言葉を投げかけられたことから,パニック状態となって被害者を殺害してしまったなどと主張している。

しかし,被告人の公判供述の信用性が乏しいことは前記のとおりであり,殺害動機は,被告人が捜査段階に繰り返し供述しているように,被害者が警察に通報するつもりであるなどと思った被告人が,犯行の発覚を恐れるとともに家族や消防団にも迷惑がかかるなどと考え,いわば口封じのために被害者の殺害を決意したものと認定するのが相当である。

(5) 自白の補強証拠を欠くとの主張について

弁護人は,わいせつ目的略取罪,逮捕監禁罪,強姦罪については,自白の補強証拠を欠いているなどとも主張しているが,既に述べてきた点から明らかなとおり,被告人の捜査段階における自白にかかる事実の真実性を保障しうる補強証拠は十分に存在しているのであって,この点に関する弁護人の主張は失当である。

【法令の適用】

被告人の判示第1の所為のうち,わいせつ目的略取の点は平成17年法律第66号附則10条により同法による改正前の刑法225条に,強姦の点は平成16年法律第156号による改正前の刑法177条前段(刑の長期は,行為時においては同改正前の刑法12条1項に,裁判時においては同改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)に,判示第2の所為は包括して平成17年法律第66号附則10条により同法による改正前の刑法220条に,判示第3の所為は平成16年法律第156号による改正前の刑法199条(刑の長期は,行為時においては同改正前の刑法12条1項に,裁判時においては同改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)に,判示第4の所為は刑法190条に,判示第5の所為は同法235条(行為時においては平成18年法律第36号による改正前の刑法235条に,裁判時においては同改正後の刑法235条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い裁判時法の刑による。)にそれぞれ該当するが,判示第1のわいせつ目的略取と強姦との間には手段結果の関係があるので,刑法54条1項後段,10条により1罪として重い強姦罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第3の罪については無期懲役刑を,判示第5の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第3の罪につき無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さないこととして,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中770日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

【自首の成否について】

1  弁護人は,①被告人は,被害者を殺害した平成16年6月29日の夜には,自らの犯行をIに打ち明けていることや,②その後,自首しようと考えて富士吉田市内の月江寺交番に出頭したものの,警察官が不在であったために自首することができなかったこと,③最終的に同年7月1日には東京都新宿区内の交番に自ら出頭していることなどを指摘し,以上のいずれかの段階において自首が成立するなどと主張している。

2  証拠から認定できる被告人が警視庁新宿警察署淀橋市場前交番に出頭するまでの経緯は以下のとおりである。

(1) 被告人は,判示第3ないし第5のとおり平成16年6月29日午後3時20分ころ被害者を殺害するなどした後,富士吉田市内の祖父の家に自車を運転して戻る一方,Iの携帯電話に電話をかけるなどしてIを呼び出し,同日午後9時半ころ,Iに対し,ナンパした女性を殺害し,その死体を側溝に捨てたなどと自らの犯行の一部を告白した。Iは,被告人に対して警察に自首するよう勧め,被告人も一旦は自首をする気になったが,その後再び逮捕されることが怖くなったことから,自首することを取りやめ,翌30日午前零時45分ころ,車の中で被告人を待っていたIに対し「逃げます」などと電話で告げた上,その場から逃走した。

(2) 被告人は,その後,歩いているうちに交番(月江寺交番)が目に入るとともに,Iに自首を勧められたことを思い出すなどしたことから,同日午前2時前ころ,再び自首をする気持ちになって同交番に立ち寄った。しかし,交番には警察官が居なかったことから,被告人は一旦は交番の中に入って警察官の帰りを待つことにしたが,待っているうちに再び逮捕されるのが怖くなり,間もなくして同交番を離れた。なお,被告人は,交番を離れる際,交番の机の上に自分の携帯電話機と眼鏡ケースを置き忘れた。

(3) 一方,Iは,被告人が行方をくらましたことから,被告人の弟や父親に連絡して被告人から告白された話を伝えるとともに,翌朝(同月30日朝)にかけて手分けして被告人の行方を捜したが,被告人を捜し出すことはできなかった。その後,同日午前11時ころに被告人の母親が被告人の携帯電話に電話をかけたところ,警察官が出て携帯電話機を拾得物として預かっている旨伝えてきたことから,被告人の両親は,最早被告人と連絡を取ることは無理であると判断し,同日昼ころ,富士吉田警察署にIから伝え聞いた話を届け出た。

(4) 月江寺交番を立ち去った被告人は,近くの公園で行き先を考えたり,あてもなく歩き続けたりした後,電車でどこか遠くに行こうなどと考え,同日昼ころ,北都留郡上野原町所在のJR中央線上野原駅において所持金の範囲内で切符を購入し,新宿へと向かった。新宿に到着すると,今後の身の振り方を考えつつ歩き回った後,公園で一夜を明かすなどしたが,その後,警察車両を見かけたのをきっかけに,改めて自首することを決意し,翌7月1日の午後1時15分ころ,警視庁新宿警察署淀橋市場前交番に出頭し,人を殺したなどと申告した。同交番の警察官は,被告人が所持していた自動車運転免許証から人定事項を確定し照会したところ,6月30日に富士吉田警察署から重要事件容疑者登録がなされている犯人であることが判明した。

3  以上を前提に,本件について被告人に自首が成立するかどうかを段階ごとに検討すると,被告人は,被害者殺害の当日に,Iに対して殺人事件を犯したことを告白し,一旦は自首する気持ちになったものの,その際,Iに対し,話を警察に伝えて欲しい旨要請したわけではなく,かえって,すぐに自首することを取りやめ,「逃げます」などとIに告げてその場から逃走したものである。そこで,被告人の告白を受けたIや,それを伝え聞いた被告人の両親が,その後に独自の判断で捜査機関に被告人の犯行を申告したとしても,これをもって自首が成立するものではない。

被告人自身が月江寺交番に赴いた行為をとらえてみても,被告人は,当初は自首する意図で同交番に赴き,警察官が不在であることを認めると,一旦は警察官の帰りを待つことにしたものの,引き続き待ち続けたり,他の警察署等に赴いたりすることによって自首の意思を貫徹することができたにもかかわらず,逮捕されることが再び怖くなって自らの判断で再度逃走したのであるから,この時点でも自首が成立しないことは明らかである。

さらに,7月1日になって淀橋市場前交番に出頭した時点についてみても,既にその段階では被告人の両親らの通報によって富士吉田警察署から被告人について重要事件容疑者登録がなされており,犯人が被告人であることが捜査機関に発覚していたことが認められるのであるから,「捜査機関に発覚する前」との要件を欠くことは明らかであり,自首は成立しない。被告人がそれまでの段階でIに犯行を告白していることや,自首するために自ら月江寺交番に赴いていたという経過を踏まえてみても,この結論は何ら変わるものではない。

この点,弁護人は,自首の成否に関する高等裁判所の裁判例(東京高判平成7年12月4日)を引用し,被告人は,一度自首する意図で月江寺交番に出頭し,たまたま警察官が不在であったことからその申告ができなかったものの,その後,接着する時間内に再び淀橋市場前交番に自首しているのであるから,家族による申告が先行していたとしても自首の成立が認められるべきである旨主張している。しかし,弁護人が引用する裁判例は,被告人が犯行の約10分後に自首を決意して交番に赴いたものの,警察官が不在であったため,やむなくその10分後に付近にあった電話ボックスから110番通報して自分の氏名と犯罪事実を申告したが,捜査機関においては,被告人の110番通報の2分前に受理した被告人の妻からの通報によって既に被告人の犯行を覚知していたなどという事案につき,2分間というわずかな時間的先後を決定的な根拠として刑法上の自首を否定することは余りにも形式的な解釈であって妥当とは言えないなどとして自首の成立を認めたものである。これに対し,本件被告人は,前記のとおり月江寺交番に出頭した後,逮捕されることが怖くなったという理由から再び逃走することを選んだというのであって,月江寺交番に出頭した時点と最終的に淀橋市場前交番に出頭した時点とでは犯行を申告する意思の継続性が認められない。また,両親らの通報によって被告人の犯行であることが捜査機関に発覚してから被告人が最終的に淀橋市場前交番に出頭するまでの間の時間も約24時間という長い時間が経過している。よって,本件が,引用裁判例と事案を異にすることは明らかである。

【量刑の理由】

1  本件は,被告人が,台湾から日本に観光旅行に来ていた被害者を強姦目的で連れ去り,その手足をビニールテープで縛ったり,自車のトランク内に入れたりするなどして逮捕監禁した上,被害者を強姦し,さらに,犯行の発覚を免れるために被害者を殺害するとともにその死体を側溝に遺棄し,被害者の所持していた小銭を盗んだという事案である。

2(1) 被告人は,ナンパの相手を探しながら河口湖周辺を車で走行していたところ,夜道を1人で歩いていた被害者を認めたことから,その横に車を寄せて強引にドライブに誘うなどし始めたが,被害者がなかなか被告人の誘いに応じようとしなかったため,この上は被害者を無理矢理車に乗せて連れ去り,人気のないところで強姦しようなどと考え,被害者を連れ去ったものである。自らの性的欲求を満足させたいという非常に短絡的かつ自分勝手な動機に端を発した犯行であるし,被告人は,その後も,被害者の逃走を防ぐとともに周囲から隠そうなどという安易かつ自己中心的な考えに基づいて被害者の逮捕監禁を行い,被害者がトランク内で憔悴しきっていたのに気づいても翻意して被害者を解放することはせず,最終的に当初の目的である強姦を実行している。そこには被害者を一人の意思を持つ人間として扱おうとする態度は全く見受けられず,被害者の心情や苦痛に思いを致すことなく自己の欲望を満たすことばかり優先する被告人の人格態度が顕著に現れている。

そればかりか,被告人は,被害者を強姦した後,自分が被害者に対して犯してきた過ちを全く顧みることなく,かえって,警察に通報されることを恐れ,自己保身のためにほとんど何の抵抗感もなく,被害者を殺害し,その死体を遺棄する等の行為にも及んでいる。殺害等の動機も身勝手極まりなく,酌量の余地は一片もないし,人間的な思考が欠落した被告人の人命軽視の態度は甚だしいと言わざるを得ない。

(2) 犯行態様をみると,わいせつ目的略取については,深夜,人通りの少ない道路で車を止めて被害者に声を掛け,被告人の誘いを被害者が拒絶し続けると,被害者の肩を押して無理矢理車の助手席に座らせようとするなど強引な誘いを繰り返した挙げ句,助手席の背もたれを叩いて被害者をにらみつけ,ドスを効かせた声で「ぶっ殺すぞ。」などと脅迫し,恐怖で身動きできなくなった被害者を助手席に連れ込んでその場から連れ去ったものである。引き続く逮捕監禁も,被害者が「帰して」などと繰り返し述べて必死に救いを求めていることにも意を介さず,人気のない場所を選んで自車を止め,被害者に対し,サバイバルナイフを見せるなどして脅迫したり,わいせつな行為を加えたりした後,被害者の手足をビニールテープで緊縛してその行動の自由を拘束したり,その状態の被害者を自車のトランクに閉じ込めた上で自車を疾走させるなどし,殺害に至るまでの約15時間という長い時間,被害者の自由を拘束し続けたものである。その後の強姦も,監禁等の犯行によって肉体的にも精神的にも疲弊しきっていた被害者を人目に付かない場所に連れ込んだ後,無理矢理下着をはぎ取り,それでも足をばたつかせて何とか抵抗しようとする被害者を力で押さえ込み,抵抗を封じた上で姦淫を遂げたものである。いずれも被告人には弱者に対する同情や憐憫の情のかけらすらなかったと感じさせる犯行であって,卑劣かつ悪質で許し難い犯行である。

殺人についてみても,被告人は,強姦被害を受けた被害者が被告人の方に背を向けて無防備となっていた隙をつき,背後からその首にマフラーを巻き付けて勢いよく引っ張り,被害者が仰向けに倒れると,全身の力を込めてその頚を締め上げている。そのうちに被害者の顔が変色して両目が半開きになり,口から舌がはみ出た状態になったことから,被告人は,被害者が死亡したものと確信して被害者の頚からマフラーを外したが,なおも被害者の口から息が漏れるような音を聞くなどしたため,確実に被害者の息の根を絶とうなどと考え,さらに,被害者の体の上に馬乗りになり,両手で被害者の頚を絞め付け,被害者を殺害している。まことに非道であり,強固な殺意に基づく執拗で残忍な犯行である。殺害に続く死体遺棄も,死体を下半身裸の状態のまま車の外に引きずり出し,発見を免れるために側溝に落とし込んで草木で覆い隠すなどして遺棄しているばかりか,その過程では,死体ににらみつけられた気がしたなどといった理由から,死体の顔面にウイスキーを浴びせたり,死体の頭部にビニール袋をかぶせて縛るなどしたというのであって,死者に対する畏敬の念は全くうかがえない。遺体となって発見された際の被害者の姿は,哀れであり,余りに無惨である。

そのほか,被告人は,被害者を殺害した後,車内に残された被害者の携帯電話機を損壊したり,遺留品を投棄するなどして罪証隠滅を図るなどしており,犯行後の事情も良くない。また,少額ではあるものの,被害者が所持していた小銭を盗むという行為にも及んでおり,犯した罪の重大さにもかかわらず,多少とも逃走資金の足しにしようなどと考えて,そのような行為に出ている被告人の冷静さからは後悔の気持ちは全く感じられない。

(3) 本件犯行がもたらした結果が甚大であることは,言うまでもない。人一人の尊い命を奪ったばかりか,殺害に至るまでに被告人が被害者に対して行った数々の蛮行をも考え合わせると,被告人が犯行によりもたらした結果の重大さは際立っている。

もとより被害者には何の落ち度もない。被害者は,日本のことが大好きで,大学では日本語の勉強をし,卒業後は日本で働いたり,母国の日本関係の会社で日本語能力を活かした仕事を持ちたいという夢を持っていた者であるが,安全と信じて参加した日本旅行を満喫している最中,突如,不運にも被告人に遭遇して連れ去られ,恐怖に陥れられた上,わいせつな行為をされたり,手足をビニールテープで緊縛されたり,車のトランクに閉じ込められたりするなど数々の非人間的な扱いを受け,精神的にも肉体的にも疲弊させられた挙げ句,その貞操を奪われ,さらには,その尊い命までをも奪われたのである。その間の被害者の肉体的な苦痛はもとより,精神的な苦痛も想像を絶する。被害者は,母国にその帰りを待つ家族や恋人がおり,また,若くて希望に満ちあふれた将来もある身であったのに,二度と生きて故郷に戻ることができなくなっただけでなく,その全てを被告人の手によって奪われてしまったのである。被告人に弄ばれた末に殺害された際の悔しさ,家族や恋人を残して死んでいかなければならなかった無念さも察するに余りある。

被害者の父親は,当公判廷において,「私のこのような,たった1人の宝の命を,娘の命を奪ってしまうことなんて,私たちは,今後,どうやって生活したらいいんでしょうか,どうやって人生を過ごしたらいいんでしょうか。」などと述べ,被告人に対しては極刑を望んでいる。

被害者の母親も,当公判廷において,「どうして私が,このようなむごい仕打ちと悲しみを受けなければならないのでしょうか。娘は,喜々と日本に旅行に出掛けて,日本の先進的な部分と豊かさを見聞きする,日本の風土と人情を体験するための旅だったのに,このようなことにあって,青春まっただ中な,ちゃんとした娘が,このように殺害されるなんて,私は,天に聞きたい,私は,どこが間違ったんでしょうか。」,「今の私は,生活の中心を失い,生きていく意思すらなくなっているのです。」,「娘を失うことは,自分の体の肉が切り取られてしまうほど悲しいです。」などとその無念さや悲しみを顕わに示している。

被害者の兄も,捜査機関に対して,「私は,妹を殺した犯人に言いたい事があります。妹の将来は,これで,無くなりました。遺族は,このような残忍な行動を許せません。犯人が妹を殺害したことを認めるなら,命をもって償って欲しい。」と述べ,被害者の恋人も,捜査機関に対して,「私の今の気持ちは,彼女が死んでしまったという現実を,心の中に受け入れられない状態です。彼女が死ぬときに味わった苦しみと同じ苦しみを,犯人に味あわせてやりたいと思います。彼女の将来と,私や彼女の家族から彼女を奪い取ってしまった犯人は,絶対に許すことが出来ません。」と述べ,いずれも被告人に対する死刑を望んでいる。

このように,被告人の卑劣かつ身勝手な犯行により愛する被害者を突如として失った遺族らの悲嘆と苦痛は余りにも大きい。

また,本件は,日本を旅行中の外国人学生が,突如行方不明となった挙げ句,遺体となって発見された事件であり,地域住民に与えた不安はもとより,被害者の母国に与えた衝撃も少なくないものと推察され,社会的影響は軽視できない。

(4) それにもかかわらず,被告人の公判廷における弁解内容やその言動からは,自らが犯した罪に対して正面から向き合おうという態度がほとんどみられない。被告人は,かえって被害者遺族の心情を逆なでするかのような発言までしており,その述べる謝罪や反省の言葉も,被害者やその遺族に対する陳謝の念から出たものというよりは,自己の刑責を軽減することを意図した表面的なものにすぎない印象を受ける。

(5) 以上からすれば,被告人の刑事責任は非常に重い。

3  他方で,被害者の殺害は,当初から計画していたものではなく,衝動的な犯行であったと認められること,自首には当たらないとはいえ,被告人は犯行の2日後に自らの意思で警察に出頭し,自己の犯行の一部を申告していること,被告人の父親及び友人が情状証人として出廷し,被告人の社会復帰後の更生への協力を約束していること,被告人も被害者を殺害したこと自体については謝罪と反省の言葉を述べ,更生意欲も示していること,弁護人を通じて,遺族に対し,示談金として1500万円を支払う旨の申入れをするとともに,今後も被害弁償を継続していく意思はある旨述べていること,被告人の両親も,被害者遺族に対し,謝罪の手紙を送付するなどしていること,被告人には前科前歴がないことなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。

4  しかしながら,本件は,前記のとおり何ら落ち度のない被害者の尊い命を奪うなどしたという結果が誠に重大な事案であるのみならず,一連の犯行の動機,態様ともに非常に悪質な事案であり,遺族の処罰感情はなおも峻烈であることや,社会的影響も軽視できないことなどをも踏まえると,遺族が求める極刑の選択まではしないものの,被告人に対しては,生涯かけて自己の犯罪を償わせるのが相当と認められる。よって,主文のとおり判決した。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 渡辺康 裁判官 矢野直邦 裁判官 福嶋一訓)

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