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甲府地方裁判所 平成21年(行ウ)3号 判決 2010年1月12日

原告

上記訴訟代理人弁護士

関本立美

被告

上記代表者法務大臣

千葉景子

処分行政庁

甲府労働基準監督署長A

上記指定代理人

B他7名

主文

1  甲府労働基準監督署長が平成19年3月8日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,左官業を営む父の下で作業に従事していた原告が,作業現場で転落し負傷した(以下「本件災害」という。)ことについて,業務に起因したものであるとして,甲府労働基準監督署長に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき療養補償給付及び休業補償給付の各申請をしたところ,原告は労災保険法上の労働者ではないとの理由でいずれも不支給処分(以下,併せて「本件処分」という。)を受けたため,その取消しを求める事案である。

2  前提となる事実

当事者間に争いがない事実,各項末掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は,次のとおりである(末尾に証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)。

(1)  原告の経歴

原告(昭和○年○月○日生(本件災害当時27歳))は,本件災害当時「a左官工業」の名称で左官業を営む父C(以下「C」という。)と同居し,同人の下で,実兄であるD(以下「D」という。)らと共に,建築現場等で左官の仕事に従事していた(<証拠省略>)。

(2)  「a左官工業」について

Cが「a左官工業」の名称で営む左官業(以下,単に「a左官工業」ともいう。)は,建築業者の下請けとして,コンクリート,モルタルを使った壁下塗り,土間などのコンクリート打ち,ブロック積みなどの左官業等を事業内容とし,昭和44年ころ,Cが始めたものである。a左官工業は,Cを事業主とし,原告の母親でCの妻であるE(以下「E」という。)が事務を担当しており,原告が本件災害当時居住していた山梨県北杜市<以下省略>所在のC方に事務所を置いている。a左官工業には,原告のほか,山梨県韮崎市に居住するDが常勤している。また,a左官工業は,毎月延べ4人から6人ほどをアルバイト従業員として雇用している。なお,a左官工業の元請業者からの仕事の受注は,CあるいはDが行っている。(<証拠省略>)

(3)  本件災害

Dは,b建築の名称で建築請負業を営むFから,長野県諏訪郡原村における別荘の新築工事現場における同別荘の壁下塗り作業の下請工事を依頼されたが,平成18年9月23日,急用で現場に行くことができなかったので,Cが原告と共に,現場に行き同作業に従事した。

原告は,同日午後2時45分ころ,同別荘2階ベランダ部分で外壁仕上げ材を塗る作業を実施していたところ,塗料が入った缶を取ろうとして後ずさりしたところ同缶につまずき,同ベランダから約3メートル下の1階デッキ部分に転落し,腰椎複雑骨折,第1腰椎粉砕骨折,脊椎損傷の傷害を負った(<証拠省略>)。

(4)  本件処分の経緯

ア 原告は,甲府労働基準監督署長に対し,平成18年10月17日,本件災害につき療養補償給付を申請し,さらに,平成19年1月4日,休業補償給付を申請した。これに対し,同署長は,同年3月8日,原告は労働基準法9条の「労働者」とは認められず,かつ,本件災害時に中小事業主等の特別加入の承認を受けていなかったことを理由として,いずれも不支給処分(本件処分)とし,このころ,原告に通知がなされた。

イ 原告は,同年4月23日,山梨労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に対し,本件処分の審査請求を行ったが,同年9月13日,同審査官が同請求を棄却し,同月15日,同通知がなされた。

ウ このため,原告は,同年11月12日,労働保険審査会に対し,再審査を求めたところ,平成20年11月28日,同審査会がこれを棄却する旨の裁決をしたことから,これを不服として,平成21年2月24日,本件訴えを提起した。

3  争点

原告は,労災保険法上の労働者に該当するか。

4  争点に対する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 労災保険法上の労働者は,労働基準法9条の労働者と同義であるところ,同労働者の要件は,①使用者の使用従属下において労務を提供する関係(使用者との使用従属関係)があること,②報酬の支払が労働の対償であることである。

同居の親族間であっても,この要件に変わりはない。

イ このうち,①については,原告が事業主である父Cの指揮命令に従って使用されていることについては,被告も「一応」と付言しつつも認めているところであり,当事者間で争いはない。

また,②については,原告がCの指揮命令の下で労働し,その対償として賃金を得ていることは明らかである。報酬の労働対償性は,賃金の支払形態がa左官工業の他の従業員と原告とで異なっていることにより変わるものではない。

ウ したがって,原告が労働者であることは明らかであり,原告が労働者に当たらないとして療養補償給付及び休業補償給付を不支給とした本件処分は,その評価,解釈を誤った違法があるから,取り消されるべきである。

(2)  被告の主張

ア 労災保険法上の労働者を,労働基準法9条の労働者と同一のものと解釈すべき点は,争わない。

すなわち,同法9条は,労働者を「職業の種類を問わず,事業又事務所に使用される者で,賃金を支払われる者」と定義している。そして,「使用される」とは,使用者の使用従属下において労務を提供する関係にあることを意味し,「賃金」とは,同法11条で定義されるとおり「賃金,給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」を意味している。したがって,労働者性が認められるためには,①使用者との使用従属関係が存在すること,②報酬の支払が労働の対償としての性格を有する必要がある。

イ 同居の親族の特殊性

同居の親族については,一般的に,実質上事業主と利益を同一にしていて,事業者と同一の地位にあると認められるから,原則として労働基準法上の労働者性を否定すべきである。

この点,労働基準法116条2項は,同居の親族のみを使用する事業については,同法を適用しないとしている。これは,相互に扶助義務のある同居の親族間には,労使間におけるような地位の差がないため,罰則を伴う法規である労働基準法による規制になじまないからである。

ただ,同居の親族以外の者を1人でも使用していれば,同法の適用を受けることとなるが,この場合でも,使用者と同居の親族の間に労使間におけるような地位の差異があるわけでないから,両者の間に罰則を伴う労働基準法を適用するのは妥当でない。

したがって,他人を使用している事業において使用されている同居の親族は,原則として労働基準法の労働者に該当しないと解すべきである。

しかし,他人を使用している事業において使用されている同居の親族であっても,賃金の支払状況等の具体的な事情によっては,労働基準法の労働者に該当する場合もありうることから,下記の通達により,一定の条件を満たすものについては,労働基準法上の労働者として扱うのが相当である。

ウ 同居の親族の労働者性に関する通達の合理性

(ア) 通達の内容

労働省労働基準局(現在の「厚生労働省労働基準局」)は,同居の親族の労働者性の解釈につき,「同居の親族のうちの労働者の範囲について」と題する通達(昭和54年4月2日付け基発第153号,以下「153号通達」という。)を発出しており,その内容は以下のとおりである。

同居の親族は,事業主と居住及び生計を一にするものであり,原則として労働基準法上の労働者には該当しないが,同居の親族であっても,常時同居の親族以外の労働者を使用する事業において一般事務又は現場作業等に従事し,かつ,次の(1)及び(2)の条件を満たすものについては,一般に私生活面での相互協力関係とは別に独立した労働関係が成立しているとみられるので,労働基準法上の労働者として取り扱うものとする。

(1)  業務を行うにつき,事業主の指揮命令に従っていることが明確であること。

(2)  就労の実態が当該事業場における他の労働者と同様であり,賃金もこれに応じて支払われていること。特に,①始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇等及び②賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締切り及び支払の時期等について,就業規則その他これに準ずるものに定めるところにより,その管理が他の労働者と同様になされていること。

(イ) 153号通達の合理性

同通達による取扱いは合理的であるから,この基準によって判断されるべきである。

エ 原告の労働者性を判断するための諸要素

(ア) 事業主Cの指揮命令について

a左官工業において,仕事の受注は,C及びDが行っており,原告は行っておらず,また,原告の業務内容は,建築現場での左官作業であり,作業現場では,CやDの指示により作業していたのであるから,原告と使用者Cとの間での使用従属関係が一応あるといえる。

(イ) 原告が事業主と同一生計であること

原告は,出生後,本件災害に至るまで,C,Eと同居している。同居している家屋はいわゆる2世帯住宅ではなく,原告は,上記2人と生活を共にし,食費,公共料金はCが負担し,原告は負担していない。

これらの点からすれば,原告が事業主と同一の生計の下で生活しているといえる。

(ウ) 就業規則の有無

就業規則はない。

(エ) 労働時間の管理について

a左官工業の出勤管理は,出面帳(<証拠省略>)によりなされている。出面帳には,1日出勤した場合は「○」,半日出勤した場合は「△」と表示されている。出勤時刻,退勤時刻の記載はなく,労働時間の管理はなされていない。

労働時間については,建築現場までの距離,季節,天候等で左右されるものの,原則として,始業は午前8時,終業は午後5時,休憩時間は午前中に15分,昼1時間,午後に15分となっており,1日の労働時間は7時間30分であり,これは現場作業員全員に共通である。

(オ) 報酬の決定方法

平成18年1月から同年9月までの各月における原告及びDの平均日当単価は,別紙1「月別平均日当単価一覧表」のとおりである。

原告の報酬は月額により支払がされており,本件災害当時の額は25万円である。

D及びアルバイト従業員への報酬は日額で支払われており,Dの日額は1万5000円,アルバイト従業員の日額は,1万円から1万5000円である。

このような報酬決定の差異について,Eは,審査官に対し,税金対策のため原告をa左官工業のいわゆる青色専従者として扱っていること,商工会から,原告を青色専従者扱いにするには月給制にしなければならないと言われたため月給制を採用したこと,などを申述している。また,Eは,Dが,左官経験約20年で,技量も高く,作業現場での指揮をCと分担し,渉外係を担当するなど事業への貢献度が高いのに対し,原告は,経験年数が10年であるが,これまでに仕事を取ってきたことがないこと,アルバイト従業員の日当単価は,仕事の質や量により多少変わるものの,基本的には同じにしているとも申述する(<証拠省略>)。

(カ) 原告の報酬額の変動について

a 報酬月額の変動

原告の報酬月額の変動状況については,別紙2「原告の月給額の推移」のとおりである。

原告の月給額の変動の理由や経緯につき,Eは,審査官に対し,以下のように申述している(<証拠省略>)。

(a) 平成16年1月の月額20万円から15万円への変更

友達付き合いが変わり,金遣いが荒くなったことから,このままではだめだと思って原告と話し合った結果,保険料を家計から支出する代わりに5万円引き下げた。

(b) 平成17年2月の月額15万円から20万円への変更

保険料等を原告に負担させることにして,以前の額に戻した。

(c) 平成17年7月の月額20万円から25万円への変更

生活ぶりが落ち着いてきたのと,技術が一人前になっていたため昇給することにした。

b 報酬年額について

Dの報酬年額については,平成12年から平成18年の間に約50万円増加している(<証拠省略>)。

これに対し,原告の報酬年額は,同期間に144万円増加している(<証拠省略>)。

c 賞与額について

原告の賞与額については,別紙3「賞与額の推移」のとおり,原告には平成15年8月,同年12月,平成16年12月に,それぞれ20万円の賞与が支払われているが,Dには支払われていない。また,平成17年7月,平成18年7月については,原告及びDとの間で金額に差がある。

このような差異について,Eは,平成15年の支給理由は,事業は儲かっていなかったが,原告が報酬額に不満を述べたのを考慮したこと,原告に仕事を頑張ってもらいたいと思い,昇給に併せて賞与を払う約束をしていたことによると述べている。また,Eは,平成17年7月は,原告とDの仕事に対する評価と原告の昇給を踏まえて,原告に3万円,Dには5万円をそれぞれ支払ったが,平成18年7月は,原告が仕事を頑張るようになったとして,原告に10万円を支払ったのに対し,Dには7万円しか支払っていない。(<証拠省略>)

(キ) 労働基準法上の労働時間,賃金の支払に関する責任

Cは,原告に対し,労働基準法に基づく時間外手当の支払を行ったことはなく,年次有給休暇を付与したこともない。

オ 原告の労働者性

以上を前提に,労働者性を判断すると,原告は,一応,事業主であるCの指揮命令に従っているといえる(153号通達の条件(1))。

しかしながら,原告は,Cと同居する親族であり,生計も同一である。そして,就労の実態も賃金の決定方法等において,他の労働者と取扱いを異にしており,したがって,労働者性を満たしていない(153号通達の条件(2))。

すなわち,①原告は月給制であるのに,Dを始めとする他の従業員は日給制であること,②報酬額が原告の私的な事情等,必ずしも事業の経営状況や原告の熟練度とは関係のない理由で変更されてきたことが認められ,結果的にDの方が日額手取りは多いものの,年齢,熟練度,長年の事業への貢献度からすると,原告は,「賃金の支払,計算方法」において,Dよりも相対的に優遇された取扱いを受けていると認められる。

さらに,原告がCの下で働くようになった経緯や月給制とされた理由,報酬額の変動理由,Cが原告に時間外手当を支払ったことがなく,年次有給休暇を与えたことがないことなども併せ考慮すると,原告とCとの間には,私生活面での相互協力関係とは別に独立した労働関係が成立しているとはいえず,原告の報酬が労働の対償として支払われたものとは認められない。

したがって,原告に労働者性が認められない。

カ 本件処分の適法性

以上より,原告は,労働基準法上の労働者に当たらない。また,本件災害当時,原告は,中小事業主等の特別加入の承認を受けていなかったのであるから,本件処分は適法である。

(3)  原告の反論

ア 153号通達の違法・不当性

同通達は,同居の親族は,原則として労働基準法上の労働者に該当しないとしている。しかし,同法は,116条2項において「同居の親族のみを使用する事業」については適用除外と規定しているところ,事業主たるCが同居の親族以外の労働者であるDを使用していることに争いはないので,Cの事業には労働基準法の適用がある。

にもかかわらず,同通達は,同居の親族を原則として労働者に該当しないとして「適用除外」とし,労働基準法に新たな要件を付加しているのであるから,同法が予定している労働者の範囲を不当に制限するものであって,同法に反する解釈である。

同通達によれば,事業主の同居の親族が他の労働者と比較して優遇されているというだけで労働者性が否定されることになり,不当な結果を招く。労働基準法9条は,労働者性の要件として①使用者との使用従属関係,②報酬の労働対償性を規定するのみであり,「同居の親族については原則として労働者性がない。」との規定は置いていない。被告の主張どおりであるとすれば,同法116条2項は「同居の親族又は家事使用人については労働基準法を適用しない。」と規定されるべきであって,被告は同項を不当に拡大解釈している。

イ 本件処分への153号通達の解釈,適用の誤り

(ア) 被告は,153号通達の条件(1)使用従属関係については認めており,同通達の条件(2)のうち「①始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇等」の要件についても,原告が他の労働者と同様であることを認めている。

(イ) これに対し,被告は,同通達の条件(2)のうち「②賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締切り及び支払の時期等について,その管理が他の労働者と同様になされていること」の要件については,原告の賃金が原則として定額である月給制であるのに対し,Dの賃金が出勤日数をもとに毎月の給料額を算定する日給月給制であること,月別の賃金を比較すると,原告がDより相対的に優遇されていることを理由としている。

しかし,このような賃金決定方法の差は,以下のような合理的な理由に基づくものであり,原告が相対的に優遇されたとは評価できない。

すなわち,①Dは,事業主たるCと同等の力を有する左官工である。そのため,C,Dが他の同業者と共同で仕事をするときなどのために,地域の同様の親方衆の賃金形態と適合させる必要があり,日給月給制とされたものである。他方,原告は,住み込み従業員と同種である上,Cが納税に際し,原告の給与を「青色専従者」の給料として経費に計上して青色申告するためには,月給制にする必要があったからである。

②月別比較で原告の賃金単価がDより高かったのは平成18年1月のみであったことを考えると,153号通達(2)の「②賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締切り及び支払の時期等」の要件についても,その管理が他の労働者と同様になされていると評価すべきであり,被告は,一部の差異をもって優遇と捉える誤りを犯している。

(ウ) また,賃金の決定方法が異なり,一部が優遇されている状況があったとしても,その一部分について賃金としての性質を否定すれば足りるのであって,その全部について賃金性を否定するのは誤りである。

(エ) さらに,被告は,原告の平成12年からの平成18年までの給与額の変遷等を問題としているが,本件災害時の労働者性が問題なのであるから,過去の給与支払状況を問題とするのは不必要かつ不当である。

(オ) 被告が主張するCが原告に対して時間外手当を支払ったことがないこと,年次有給休暇を与えたことがないことについても,これらを労働者性認定の根拠とすることは,労働基準法9条の労働者の要件に新たな要件を設けることになるのであって,労働者性認定の要素とすべきではない。

第3争点に対する当裁判所の判断

1  事実の認定

証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告,C及びDの職歴等

原告は,平成9年ころから,左官工である父の仕事を手伝い始めたが,3年間ほど,かつてCのところで就労していたG(以下「G」という。)の下で左官工見習いとして働いた後,再びCの下で左官工として従事し,本件災害時もCの下で左官作業に従事していた。

原告は,本件災害当時,左官工として約10年ほどの職歴を有し,一緒に左官業に従事するDほど熟練はしていないものの,一人前の左官工であり,まれに工事現場に1人で派遣されることがあった。

原告だけが作業現場に派遣された場合,元請人からの簡単な指示に対しては,その場で判断することもあるが,CやDの作業指示と異なる場合には,Cらに電話連絡するなどして,相談して対応していた。原告は,これまで自ら仕事を受けたことはなかった。

Cは,左官として50年程度の経験があり,現場での作業指揮は,Dと分担して行っている。現場指揮は,C自身が請けた仕事については,同人が責任を持ち仕事を完成させるが,Dが請けた仕事については,同人が責任を持って,取引先と交渉し,最後まで仕事を完成させる。また,新しい素材を用いた左官工事については,Dの方が熟練していることがあるので,同人が現場責任者になることが多い。

Dは,左官工として18年程度の経歴を有しており,熟練工といえる。本件災害当時,Dは,Cに代わり,工事の見積り,請負の交渉をすることがあった。また,Dが取ってきた仕事については,同人が現場監督を行う立場にあった。

(2)  生計

原告は,出生以来,父Cと母Eと同居する生活を続けており,Cから支給される賃金は,すべて自らのために費消し,食費等の生活費をCらに支払うことはなかった。また,原告は,平成15年7月ころから同年12月ころまでの間及び平成17年7月から本件災害時までは,支給された賃金から国民年金等を支払うようにしていた。

(3)  勤務形態

a左官工業には,就業規則はないものの,習慣として仕事の開始時刻は午前8時で,従業員は,仕事道具の置場であるC方車庫の前に集まり,従業員全員で車に乗って作業現場に向かい,終業時刻は午後5時ころであり,このころ作業現場を出て,C方に戻るのが通例である。なお,昼休み時間が1時間の他に,午前,午後にそれぞれ15分程度の休憩時間がある。しかし,現場によって残業することもあるが,午後5時前に終業することもある。

休みは,原則として,日曜日である。

有給休暇が原告に付与されたことはなく,時間外手当についても支給する扱いにはなっていなかったが,Dやアルバイト従業員についても同様であった。

(4)  業務内容

a左官工業は,左官工事の下請業を営んでいるが,下請契約には,材料を用意し,工事面積当たりの単価の見積りを行って工事を完成させる一般的な請負による方法,外壁材等の材料を注文者が用意し,左官職人1人単価いくらで,工事の完成までにかかった延べ人工をまとめて請求するいわゆる手間請けという方法がある。手間請けによる場合でも,左官作業に必要な道具は,a左官工業で用意し,その報酬は,仕事の完成に対して支払われ,個々の作業員に対し,元請人から報酬等が支払われることはない。

(5)  賃金額の決定方法の支払方法

本件災害当時のa左官工業の給与は,原告が,毎月25万円の月給制であるの対し,Dは,日給月給制で,日当単価1万5000円で計算され,働いた日数に応じて,毎月1度定期に支払を受ける形態であった。また,不定期で毎月延べ4人ほど雇用されるアルバイト従業員についても日給月給制であり,日当単価は,仕事の質や量により異なり,1万円から1万5000円程度である。このように,原告に対する賃金の支払が月給制となったのは,経理を担当するEが,地元の商工会より,原告を青色専従者として給与を経費として青色申告するためには月給制にしなければならない旨言われたことによる。

また,CらがG又はその他の左官業者の応援としてそこで働く場合の日当単価は,CとDが1万5000円であるのに対し,原告は1万2000円である。

なお,原告及びDの平成18年1月から同年9月までの毎月の労働日数,総支給額及び平均日当単価は,別紙1「月別平均日当単価一覧表」のとおりである。

(6)  労働時間の管理

a左官工業は,Eが作成する出面帳(<証拠省略>)により労働日数等の管理がなされており,これにより働いた時間は把握できるものの,1日の労働時間は全日か半日かの区別しかなされておらず,出勤時刻,退勤時刻までは管理されていない。

(7)  月給額の変遷について

原告の月給額の変遷については別紙2「原告の月給額の推移」記載のとおりである。

原告は,平成12年2月ころよりCの下で左官工として仕事をするようになったが,当初の月給は,原告がいまだ見習いという感じであったことから,日額6000円で算出された13万円であった。

平成13年1月,原告の仕事の習熟度が向上したことから,月額15万円に昇給となった。

その後,平成15年1月から同年6月までは原告が精神的に仕事ができない状態であったことから給料は支給されなかったが,同年7月,原告の給与月額は従前の15万円から20万円に増額された。これは,原告がDの給料に比べて自己の給料が低いことに不満を述べたために,仕事に張り合いを持たせようと考え,その代わり,国民健康保険や国民年金(以下「国民健康保険等」という。)の保険料を原告に負担させることとしたためである。

しかし,その後,原告の交友関係の変化により金遣いが荒くなり,昇給させたにもかかわらず原告が国民健康保険等の保険料を支払う費用がないということがあったため,C及びEと原告が話し合い,平成16年1月,給料を月額15万円とし,その代わり,Cの方で保険料を支払うこととした。

平成17年2月,原告がCとの間で国民健康保険等の保険料を原告が支払うと約束したことから,月給額を再度20万円とした。その後,原告の生活が落ち着きを取り戻し,しかも左官工としての技術が一人前になってきたこともあって,同月から月給額を25万円に増額した。

(8)  賃金の増加額

原告及びDの年間賃金額(賞与を除く)の変化についてみると,平成13年における年間賃金額は,原告が180万円であり,Dが362万円であるのに対し,平成17年においては,原告が265万円,Dが433万円である。なお,被告は,平成12年と平成18年の年間賃金額を比較しているが,平成12年と平成18年については,原告が通年で就労しておらず,推計による比較に止まる上,平成12年は,原告が見習い扱いであった際の給与額であることから,給与額を比較する上で妥当でない。

この両者の金額の増加額を見ると,原告が85万円,Dが71万円であり,年間賃金総額の上昇率を見ると,原告が約1.47倍に対し,Dが約1.20倍である。

(9)  賞与額について

原告の賞与額については,別紙3「賞与額の推移」記載のとおりである。

平成15年8月,同年12月及び平成16年12月,Cは,原告に対し,賞与として,それぞれ20万円を支払っているが,Dには支払われていない。Cが原告にのみ賞与を支給した理由は,原告が賃金額に不満を述べたこと,原告に仕事を頑張ってもらいとの意図があったこと,昇給に併せて賞与も支払うという約束をしていたことによるものであり,逆にDに賞与が支払われなかったのは,当時のa左官工業の売上げが良くなかったことやDの普段の月の給料が高いこともあって,Dに我慢してもらったことによる。

しかし,平成17年7月,Cは,原告とDの仕事の評価や原告の昇給を踏まえ,原告に3万円,Dに5万円の各賞与を支払い,平成18年7月には,原告が仕事を頑張るようになったことが評価されて,原告に10万円,Dに7万円の各賞与が支払われた。

2  判断基準

以上を前提に原告が労災保険法上の労働者か否かについて判断する。同法上の労働者は,労働基準法上のそれと同義であるところ,具体的には①使用者の使用従属下において労務を提供する関係にあり,②報酬の支払が労務の対償であること,という2要件を満たす者をいう。

したがって,労働者性の判断は,この2要件について,労務提供の形態や指揮監督の有無等の諸要素を総合考慮して実質的に判断されるが,特に使用従属性の有無が重視されるべきであり,報酬の労働対償性については,労働者性の総合判断に際して付随的に考慮するのが相当である。

この点,被告は,労働基準法116条2項で同居の親族のみを使用する事業について,同居の親族以外を使用すれば,同居の親族にも労働者性が認められるのは不当であるから,生計を一にする同居の親族については原則として労働者性を否定すべきであるなどとして,同居の親族の労働者性判断の基準としては,153号通達の判断基準によるのが合理的であると主張する。

しかし,同項は,同居の親族のみを使用する事業を労働基準法上の事業から除外する規定であり,同居の親族を除外する規定でないことはいうまでもなく,さらに,同居の親族の労務の提供実態は様々であるから,実質的に使用従属性等の有無を判断するのが相当であり,原則として労働者性を否定するという被告の解釈は採用できない。

3  原告の労働者性

以上を前提に,原告の労働者性を検討する。

ア  使用従属性

原告は,平成18年1月から9月までの間,平均月22.2日にわたり,作業現場に出向いている。そして,日によって違いはあるものの,原則として午前8時ころ,C方を出発し,作業現場において左官作業に従事し,午後5時ころには作業を終え,C方に戻るという日課で労務を提供している。また,原告は,左官工としては一人前ではあるものの,現場を1人で任されることは原則としてなく,CやDと作業する際は,現場責任者であるいずれか一方の指示に従って作業をしており,本件災害時もCの指示の下で作業に従事していたと認められる。

以上によれば,原告が,使用者たるCの使用従属下において労務を提供する関係にあったことは明らかである。

イ  報酬の労働対償性

次に,報酬の労働対償性について検討すると,原告は,上述したとおり,毎月平均22.2日間にわたり,CやDの指揮監督の下で左官工としての技能を活かして作業に従事し,その間,毎月25万円を得ていたというのであるし,原告,C及びDらは,この25万円が左官作業への対価であるとの共通の認識を持っていたことは明らかである。また,原告が受け取っていた月25万円の給与の平均日当単価(平成18年1月から9月)は,1万1250円であるところ,原告が他の左官業者方で応援として作業する場合の日当単価は1万2000円とほぼ同様の金額であり,このことからも毎月25万円が労働の対償であることを裏付けるものといえる。

以上によれば,原告は,労働基準法上及び労災保険法上の労働者に当たると認められる。

ウ  被告の主張について

被告は,この点,原告が事業者であるCと生計を一にしている上,①給与額の決定方法の違い,②報酬額が私的事情により変更され,結果的に熟練度,貢献度の高いDより賃金の支払等で相対的に優遇され,他の労働者と取扱いを異にしていることから,原告とCとの間には,私生活面での相互協力関係とは別に独立した労働関係がないと主張する。

しかし,原告が月給制とされたのは,C又は事務を担当するEが,a左官工業の納税を青色申告に変更するに際し,地元商工会から原告の給料を青色専従者の給料として申告するには月給制でなければならない旨の指導を受けたためであって,原告を優遇する趣旨から恣意的に決定されたものではない。また,Cは,かつてGを住み込み従業員として月給制で雇用していたことがあったこと,個人経営の左官工は,通いで働く職人には日給制で,住み込みで働く職人には月給制で賃金を支払う場合があることなどが認められ(<証拠省略>),これからすると,原告の立場は住み込み従業員に類似するともいえ,原告に対して月給制を採用していたとしても不自然,不合理とはいえない。

給与額の変更については,平成13年の昇給は,仕事の習熟がみられたという理由からであって私的な事情に基づくものとは認められず,平成15年7月の昇給についても,仕事に精励させようという趣旨と,これまでCで負担していた国民健康保険等の保険料を原告で負担させるために給与額を増額させたというのであり,私的な事情に基づくものとは認められない。そして,平成16年1月の減額については,国民健康保険等の保険料をCが再度支払うようにしたために元に戻したに過ぎず,平成17年2月,再度,月給を20万円に増額したのは,原告が自ら国民健康保険等の保険料を支払うことになったためで,国民健康保険等の保険料をいずれが負担するかによる増減額であり,私的な事情に基づくものとは認められない。さらに,平成17年7月,月給を25万円に増額したのは,原告の左官工としての技能が一人前になったことを評価してのことであるから,これも私的な事情に基づくものとは認められない。

賞与の支給については,原告が,自己の仕事に比して賃金額が低いとの不満を述べたことから賞与を与える約束をしたものであるが,このような賞与の支給形態は,同居の親族間のみならず,通常の雇用形態においても賃金の低さを賞与で補うということが通常行われているところであるから,原告に対する賞与の支給が上記のような理由であったとしても何ら不合理ではない。

さらに,原告の給与額がDより相対的に優遇されているとの主張についても,平成18年中の毎月の総支給額は,労働日数の少なかった1月を除けば,Dが34万5000円から39万7500円と原告に比べて高額であること,前記のとおり原告の平均日当単価(平成18年)は1万1250円であり,原告が他の左官業者の下で応援として働く場合の単価と近似しており,原告の月給額は適正額といえることなどを考慮すると,原告が,Cに原告の食費等の生活費を支払っていないことを併せ考えても相対的に優遇されているとまでは認められない。

また,平成13年から平成17年までの年間報酬額の増加が,原告が約1.47倍に対し,Dが約1.20倍と増加額に差があるもののその増加額の差は14万円程度にすぎず,原告がとりたてて昇給面で優遇されたとも認められない。

なお,Cは,原告に対して,年次有給休暇を与えず,時間外手当を支払っていないが,このことから直ちに私生活面での相互協力関係とは別に独立した労働関係がないなどとはいえない。

以上によれば,被告の主張はいずれも採用できない。

4  小括

上記のとおり,原告は,労働基準法上及び労災保険法上の労働者に当たることは明らかであるから,原告を労災保険法上の労働者に当たらないとして,療養補償給付及び休業補償給付を不支給とした本件処分は違法といわざるをえない。

第4結論

以上の次第で,原告の請求は,理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田武聖 裁判官 宮崎拓也 裁判官 森嶌正彦)

(別紙1)

月別平均日当単価一覧表

平成

18年

原告

労働

日数

総支

給額

平均日当

単価

労働

日数

総支

給額

平均日当

単価

1月

14.5

250,000

17,241

15.5

232,500

15,000

2月

20.0

250,000

12,500

23.0

345,000

15,000

3月

22.0

250,000

11,364

23.0

345,000

15,000

4月

27.0

250,000

9,259

26.5

397,500

15,000

5月

24.5

250,000

10,204

23.5

352,500

15,000

6月

22.0

250,000

11,364

26.0

390,000

15,000

7月

23.5

250,000

10,638

25.0

375,000

15,000

8月

24.0

250,000

10,417

26.0

390,000

15,000

9月

22.5

250,000

11,111

24.0

360,000

15,000

合計

200.0

2,250,000

11,250

212.5

3,187,500

15,000

(別紙2)

原告の月給額の推移

平成

18年

月額

変更理由

12

2

130,000

見習い扱いであり,日当6000円相当。

13

1

150,000

仕事の習熟度の向上により,2万円昇給。

15

1

仕事をしてなかった。

7

200,000

一人前と認め,仕事に張り合いを持たせるため。

昇給と併せて,国民健康保険の保険料等を負担させるため。

16

1

150,000

友達付き合いが変わり,金遣いが荒くなった。

このままではだめだと思い,原告と話し合った結果,

保険料を家計から支出する代わりに5万円引き下げた。

17

2

200,000

保険料等を原告に負担させることとして,

以前の金額に戻した。

7

250,000

原告の生活ぶりが落ち着いてきたのと,

技術が一人前になっていたため。

(別紙3)

賞与額の推移

平成

18年

金額

理由等

原告

13

8

50,000

50,000

12

50,000

50,000

14

8

50,000

50,000

12

0

0

15

8

200,000

0

儲かっていなかったが,賃金額に対する

原告の不満を考慮したのと,仕事を頑張って

もらいたいため,昇給に併せて賞与を払う

約束をしたことによる。

12

200,000

0

16

8

0

0

仕事はちゃんとしていたものの,

前年の生活状況などが悪かったため

夏は出さなかった。

冬には当初の約束どおり支給した。

Dは,月々の金額が高いこともあり,

我慢してもらった。

12

200,000

0

17

7

30,000

50,000

仕事ぶりに対する評価と,

原告を昇給させたことを考慮した。

12

50,000

50,000

18

7

100,000

70,000

原告が仕事を頑張るようになったため。

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