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甲府地方裁判所 平成3年(わ)172号 判決 1991年9月03日

主文

被告人Aを懲役七年及び罰金一二〇万円に、被告人Bを懲役五年及び罰金七〇万円に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各六〇日を、それぞれその懲役刑に算入する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人らから、甲府地方検察庁で保管中の覚せい剤八袋(平成三年甲地領第三七八号符号1ないし8)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、暴力団稲川会横須賀一家甲野組乙山組内の丙川組(旧称丁原総業)幹部であるが、法定の除外事由がないのに、営利の目的をもって

第一  同組準構成員Cらと共謀の上、平成二年九月二八日ころから平成三年五月九日ころまでの間、別紙犯罪事実一覧表一記載のとおり、前後三回にわたり、山梨県甲府市《番地省略》乙野ハイツ北側フェンスの下外二か所において、D・E外二名に対し、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末合計約〇・六グラム(ビニール袋入り覚せい剤三袋)を代金合計六万円で譲り渡し

第二  右C及び同組組員Fらと共謀の上

一  平成三年二月二三日ころ及び同年三月二五日ころ、別紙犯罪事実一覧表二番号1及び2記載のとおり、前後二回にわたり、同県甲府市《番地省略》トヨタカローラ山梨緑が丘営業所屋上外一か所において、G外一名に対し、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末合計約〇・八グラム(ビニール袋入り覚せい剤二袋)を代金合計四万円で

二  同年五月一四日ころ、別紙犯罪事実一覧表二番号3及び4記載のとおり、前後二回にわたり、同市《番地省略》戊田寿司店横の階段下外一か所において、H子・I外一名に対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末合計約〇・九〇四八グラム(甲府地方検察庁で保管中のビニール袋入り覚せい剤二袋(平成三年甲地領第三六五号符号1及び同第三二六号符号4)は鑑定に費消した残量)を代金合計四万円で

それぞれ譲り渡し

第三  右C及び右Fらと共謀の上、平成三年五月一五日から同月一六日までの間、別紙犯罪事実一覧表三記載のとおり、同県甲府市《番地省略》有限会社丙山事務所南西に設置の広告板外七か所において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末合計約三・五五七七グラム(甲府地方検察庁で保管中のビニール袋入り覚せい剤八袋(平成三年甲地領第三七八号符号1ないし8)は鑑定に費消した残量)を所持し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示事実のうち判示第二の二の被告人両名が他と共謀し営利目的をもって二回にわたり甲府市内でH子・I外一名に対し、覚せい剤を譲渡したとの各事実につき、(1)これらはいずれも電話の通話内容に関する検証が端緒になって検挙されたものであるが、右検証は憲法一三条、二一条二項、三一条及び三五条に違反するばかりか、刑事訴訟法一九七条一項、電気通信事業法四条一項、一〇四条等に反する違法なものであり、これに基づきなされたその後の捜査も違法でありこれを前提にした右各事実についての公訴は刑事訴訟法三三八条一号又は四号に反して違法であり、かつ公訴権の濫用にも当るから、公訴棄却の判決がなされるべきである、(2)仮にこれが容れられないにしても、検察官が取調請求し(検察官請求証拠等関係カード甲番号一六二及び一六三)、裁判所が採用、取調べた覚せい剤二袋は、違法収集証拠禁止の原則により裁判所においてはこれを証拠から排除すべきであり、ひいてはこれに関連して収集した各証拠も証拠排除すべきものであり、その結果として右各犯罪事実については証明がないことになるので無罪である旨主張するので判断する。

前掲関係各証拠並びに本件検証許可状謄本二通、その各請求書の謄本及び抄本によって認められる事実経過は、概ね次のとおりである。

被告人両名は、暴力団稲川会甲野組乙山組内の丙川組(旧称丁原総業、以下丁原総業という。)に所属していたものであるが、丁原総業における覚せい剤密売方法の概要は、①客が予め与えられた認識番号(例えば、B―一〇二など)を告げて、丁原総業の設置した覚せい剤密売専用電話に覚せい剤の注文をし、②丁原総業の電話受付係は、客に覚せい剤代金の置き場所を指定し、客は代金を指定された場所に置き、③丁原総業の代金回収係がその代金をひそかに回収し、電話受付係は再度電話してきた客に、覚せい剤貼付係が予め処々に分散し粘着テープを用いて貼付しておいたビニール袋入り覚せい剤の在りかの一か所を教え、④客は、その場所に行ってその覚せい剤をはぎ取ることによって取引が完了する、という非対面方式によるものであった。

右電話による密売方法は、客が予め教えられた特定の電話番号(以下、甲番電話という。同電話は山梨県甲府市《番地省略》丁川荘一二号室に設置)に電話をかけると、日本電信電話株式会社(以下、NTTという。)の転送サービスにより、NTTの交換機を経て、別の電話(以下、乙番電話という。同電話は山梨県中巨摩郡昭和町《番地省略》戊原ハウス一〇一号室に設置)へ転送され、更に、市販の転送装置により別の電話(以下丙番電話という。同電話の設置場所は乙番電話と同じ。)に転送されたうえ、東京の電話受付係の電話(以下、丁番電話という。同電話は東京都新宿区《番地省略》甲田第二―九〇四号室に設置)に更に転送される仕組になっていた。

右密売方法については、山梨県甲府警察署警察官が、裁判官の発付した検証許可状に基づき、平成三年二月五日から同月六日にかけて実施した甲番電話の、同月一二日から同月一三日にかけて実施した甲番及び乙番電話の、同月一五日から同月一六日にかけて実施した甲番、乙番及び丙番の各電話の通話時間及び転送先についての各検証の結果(なお、この検証は度数計監査装置に対するものであり、通話内容に対する検証はされていない。)や昭和六三年二月ころから平成三年四月ころまでの覚せい剤譲り受け客ら関係者の供述等により、密売方法の客観的状況についてはほぼ把握していたものの、丁原総業内での覚せい剤密売の役割が覚せい剤仕入係、同小分係、同貼付係、電話受付係、代金回収係等に分業化されていたのに加え、客と非対面の巧妙な密売方式のため、関与組員の範囲、その氏名の特定、関与の態様並びに営利目的の存否などの点が不分明であり、その実態を明らかにしなければならない捜査の必要が存した。

なお、右各電話の平素の使用時間は、毎日午後六時ころから翌日午前零時ころまでの約六時間に限定され、一通話一分前後の短い通話が何回となく繰り返されることは、右度数計監査装置に対する検証の結果判明していた。

そこで、山梨県甲府警察署の警察官は、平成三年五月一〇日甲府簡易裁判所裁判官に対し、被疑者の氏名については丁原総業組員で氏名不詳数名とし、昭和六三年二月二日ころから平成三年四月一九日ころまでの間に営利目的で覚せい剤を四四名の者に譲渡したとの「別紙一覧表」を付した被疑事実を基に、NTT甲府支店内試験室等において丁原総業が使用している特定の電話回線(甲番電話)にかけられる通話内容についてその傍受をなし得る旨の検証許可状の請求をした。

これに対し、甲府簡易裁判所裁判官は、被疑事実についての嫌疑が十分と認め、検証の期間を平成三年五月一四日、一五日の二日間で各日とも午後五時から翌日午前零時までの間に限定し、NTT職員二名(ただし、この協力が得られないときは、消防署職員をもってこれに代える。)を立ち会わせて通話内容を分配器のスピーカーで拡声して聴取するとともに録音するが、その際対象外と思料される通話については、立会人をして直ちに分配器の電源スイッチを切断させることを条件とする検証許可状(以下、①の検証許可状という。)を発付した。

山梨県甲府警察署の警察官が、甲番電話について検証を開始したのは、同年五月一四日午後五時からであったが、同電話についていた転送装置のため、通話傍受が不能であることが判明し、警察官は急拠甲番電話の転送先である乙番電話の回線について通話傍受し得る検証許可状を甲府簡易裁判所に請求し、同裁判所裁判官は、乙番電話についても、①の検証許可状と同様の条件を付した検証許可状(以下、②の検証許可状という。)を発付し、警察官は、②の検証許可状により、乙番電話についての検証を同日午後一〇時二五分ころから開始し、通話傍受をなし得て同日午後一一時五八分ころ終了した。

この間に、警察官がNTT甲府支店内で傍受し得た甲番電話から転送された乙番電話の通話内容は、すべて覚せい剤の密売に関するものであり、覚せい剤取引と無関係の通話はなかった。

そこで右①及び②の検証許可状が、個人の尊厳を規定した憲法一三条、通信の秘密を保障した憲法二一条二項、適正手続を保障した憲法三一条及び捜索・押収等に関し令状主義を定めた憲法三五条並びに強制処分法定主義を定めた刑事訴訟法一九七条一項等に違反しないのかの点について検討するに、まず、捜査機関の行なう強制処分としての検証は、刑事訴訟法二一八条一項が規定をもうけこれを許容しているところである。

問題は、電話通話内容も、右検証の対象として認めてよいのかというところにある。

本件検証許可状二通発付の前提となった被疑事実が、過去に行われた覚せい剤取締法違反に関するものであったこと、各検証許可状発付時、被疑者の氏名の特定はできていなかったものの、被疑事実自体に付いての嫌疑は明白であったと認められること、しかも右被疑事実は、営利目的による覚せい剤譲渡という重い罪であること、暴力団組織による転送電話を利用した非対面方式による覚せい剤密売行為の解明及びその検挙には、電話傍受の方法による通話内容の検証が捜査上不可欠であったと認められること、本件各検証許可状請求までの警察官による三年以上に及ぶ内偵捜査の結果では、前記各電話回線は覚せい剤取引のみに使用される蓋然性が極めて高く、一般電話のかかる蓋然性はほとんどなかったから、覚せい剤密売組織やその買受人を除く他の者の権利・利益を害するおそれがほとんどなかったこと、甲府簡易裁判所裁判官の発付した本件検証許可状二通には、右のとおり検証の期間及び時間、立会人、一般通話と認められる場合の通話傍受の排除などについて、いずれも厳しい条件が付されていたものであり、通信の秘密保護の観点と捜査の必要性、捜査手段としての非代替性の見地などを比較考量すると、本件検証許可状二通は、何ら憲法一三条、二一条二項、三一条及び三五条並びに刑事訴訟法一九七条一項に違反するものではなく、これに基づき適正になされた警察官による通話内容の検証も合憲適法であって、もとより電気通信事業法四条一項、一〇四条等に違反するものでもない。その他本件捜査に違憲違法のかどは何ら存しない。また、右各犯罪事実についての公訴の提起が、刑事訴訟法三三八条一号又は四号に該当すると認めるべき事情もなく、公訴権の濫用に当るとも考えられず、公訴棄却の判決を求める弁護人の右(1)の主張は採用しない。

また、右検証の過程において、右のとおり現に覚せい剤取引という犯罪行為が行なわれていた以上、警察官としてはこれを放置することができず、関係場所に捜査員を赴かせ、覚せい剤密売担当者や客などの関係者を検挙したものであり、このことは①及び②の各検証許可状が過去の犯罪事実に付いて発付されたこととなんら矛盾するものではなく、右検証が端緒となって警察官が差押えた右覚せい剤二袋も違法収集証拠ということはできず、また、これらの証拠物に関連する関係者の供述証拠等も何ら違憲違法ということはいえず、完全な証拠能力を有するものであって、証拠排除すべきものではない。

そして、判示第二の二の各事実に関する前掲各証拠によれば、右各事実の証明は十分といわなければならず、無罪をいう弁護人の右(2)の主張も採用しない。

結局、弁護人の主張はいずれも理由がないものである。

(累犯前科)

一  被告人Aは、昭和五八年六月二三日甲府地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役四年に処せられ、昭和六二年二月二二日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の被告人Aに関する前科調書によってこれを認める。

二  被告人Bは、昭和六〇年一〇月二八日甲府地方裁判所で傷害、覚せい剤取締法違反罪により懲役一年一〇月に処せられ、昭和六二年八月一七日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の被告人Bに関する前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人らの判示第一及び第二の各所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項二号、一七条三項に、判示第三の各所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項にそれぞれ該当するところ、いずれの罪についても情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、被告人らの判示第一ないし第三の各罪の懲役刑は前記の各前科との関係でそれぞれ再犯であるから、刑法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で被告人らの判示第一ないし第三の各罪の懲役刑にそれぞれ再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により、いずれも犯情の最も重い判示第三の番号7の罪の刑に同法一四条の制限内でそれぞれ法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示第一ないし第三の各罪の罰金額を合算し、その加重した刑期及び合算した金額の範囲内で被告人Aを懲役七年及び罰金一二〇万円に、被告人Bを懲役五年及び罰金七〇万円に処し、同法二一条を適用して被告人らに対し未決勾留日数中六〇日をそれぞれその懲役刑に算入し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、同法一八条によりそれぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、甲府地方検察庁で保管中の覚せい剤八袋(平成三年甲地領第三七八号符号1ないし8)は、判示第三の罪にかかる覚せい剤で被告人らの所持するものであるから覚せい剤取締法四一条の六本文により、被告人らからこれらを没収することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人両名が他の者と共謀の上、営利の目的をもって、七回にわたり合計約二・三グラムの覚せい剤を譲渡し(判示第一及び第二の各事実)、八か所で計約三・五グラムの覚せい剤を所持した(判示第三の各事実)という事案である。

覚せい剤事犯は、国民の保健衛生の見地から、社会的非難の強いものであるが、本件は暴力団組織に所属していた被告人両名が、他の組員等と共に覚せい剤密売行為を敢行したものであり、その手口は転送電話を悪用し捜査機関からの追及を困難にする巧妙なものであり、犯情は一層悪質である。

被告人Aは、本件転送電話を利用した覚せい剤密売方法を考案し、覚せい剤を仕入れ、他の組員等に覚せい剤の小分け、貼付、覚せい剤代金回収等を命じて実行させていたものであり、本件犯行において中心的役割を果たし、多額の利益を得ていたものであり、被告人Bは、被告人Aの下で覚せい剤を小分けし、これを貼付係に引き渡すなどし、覚せい剤密売に深く関与し、相当の利益を得ていたものである。

そして被告人両名とも、平素は稲川会横須賀一家甲野組内丙川組の幹部として無為徒食の生活を送り、暴力団への所属期間も長く、いずれも前科七犯を有し、その中には本件と同様累犯前科も各一犯あることを併せ考えると、被告人両名の刑事責任は重大であるといわなければならない。

したがって、被告人両名が今後は覚せい剤関係及び暴力団とは縁を切り、出所後も暴力団には復帰しないと述べていることなどを十分考慮しても、被告人両名を厳重に処断することが必要であると思料し、それぞれ主文のとおりの各刑を量定した。

(求刑・被告人A 懲役八年及び罰金二〇〇万円、同B 懲役六年及び罰金一〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥田保 裁判官 三浦力 前田昌宏)

<以下省略>

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