甲府地方裁判所 平成5年(行ウ)4号 判決 1997年3月25日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が、山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例に基き、平成5年9月6日付不同意通知書をもって原告に対してした、別紙事業目録記載のゴルフ場造成事業について同意をしないとした処分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、山梨県においてゴルフ場造成事業を行おうとする場合には山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例により県知事の同意を必要とするとされているところ、県知事が原告の計画するゴルフ場造成事業について同意をしないとした処分をしたため、原告がその取消しを求めた事案である。
一 前提事実
〔証拠略〕により認められる事実は次のとおりである。
1 原告は、ゴルフその他娯楽観光施設の経営、管理等を業とする会社である。
2 山梨県(以下「県」という。)においてゴルフ場造成事業を行おうとするときは、山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例(以下「条例」という。)により、あらかじめ事業計画について山梨県知事(以下「知事」という。)との事前協議を経たうえ、その同意を得なければならないこととされ(4条1項)、右同意に関する手続の概要は次のとおりである。
(一) 事前協議書の提出は当該造成事業の造成区域の所在する市町村の長を経由してするが(条例施行規則14条)、その受付けの前に、当該市町村に対し事業主から事前協議の申出があった場合、当該市町村において、あらかじめ土地利用、地域振興その他の諸点について調査、検討のうえ、事前協議準備書を作成してこれを県に提出し、県は、当該造成事業の造成見通しが得られると判断したものについて、当該市町村に事前協議書の受付けを指示する(昭和60年9月25日付県林務部長通知「ゴルフ場造成に係る当面の事務処理について」)。
(二) 知事は、事業主から事前協議書の提出があったときは、当該造成事業に関係があると認める市町村の長の意見を聞かなければならない(5条)。
(三) 知事は、4条1項の規定による同意については、次の事項を勘案してする(六条項)。
一号 県及び市町村の土地利用に関する計画に適合するものであること
二号 周辺地域の将来の発展に貢献するものとする
三号 地域住民の生活環境に支障を及ぼさないものであること
四号 造成事業の施行にあたり当該造成区域内の土地等について自然保護、災害防止及び土地利用に関する法令であって規則で定めるものにより許可等を要するものにあっては、当該許可等が受けられる見込みのあるものであること
五号 埋蔵文化財、天然記念物等の文化財の保護が図られるものであること
六号 自然環境の改変が最小限であり、植生の回復の措置が講ぜられるものであること
七号 がけくずれ、土砂の流出、地すべり、出水等の災害に対する防止対策が講ぜられるものであること
八号 水源かん養及び地下水資源保護の対策が講ぜられるものであること
九号 周辺地域の農林漁業との健全な調和が図られるものであること
3 原告が計画した別紙事業目録記載のゴルフ場造成事業(以下「本件事業」という。)は、甲府市が昭和58年に策定した「甲府市北部山岳地域振興計画」においてゴルフ場が地域振興のための事業として位置づけられている状況下において、造成予定地の地権者及び同予定地の所在する同市千代田地区自治会連合会の積極的な誘致及び地元の意向を前向きに受け止めた同市の姿勢を受けて計画されたものであり、原告は、昭和62年12月9日、甲府市に対し本件事業についての事前協議の申出をし、同市が県に対して提出した本件事業の事前協議準備書は、平成元年11月6日に受理された。
4 知事は、県による右事前協議準備書審査の課程における甲府市及び原告に対する問題点の指摘、その改善指導の結果を踏まえ、平成2年3月29日付通知書をもって、甲府市長を経由して原告に対し、本件事業についての事前協議に応ずる旨通知した。
5 原告は、平成2年6月1日、甲府市を経由して知事に対し本件事業についての事前協議書を提出し、内容不備の指摘を受けてその補正をしたものの、平成3年3月8日右協議書が受理された。
6 本件事業は、山梨県が総合保養地域整備法に基き策定し、平成3年3月ころ国土庁長官の承認を受けた「山梨ハーベストリゾート構想」の中でも認知されたが、他方、平成元年ころから、ゴルフ場の農薬問題、とりわけ本件事業の造成予定地が甲府市水道局の平瀬浄水場及びその取水施設に近接することによる水道汚染のおそれ、造成予定地の相当範囲が秩父多摩国立公園の区域に含まれること及び災害防止上問題があることなどの自然環境の保全を理由として、本件事業に対する甲府市民らの反対運動が起き、次第に活発となった。
7 被告は、知事就任後間もなくの平成3年7月ころ、県議会において、自然・生活環境保全重視の立場から条例の運用基準の見直しを表明し、地域コンセンサスを得る手続の重視を柱とする新運用基準が同年12月から施行された。
8 県は、すでに事前協議段階にある本件事業には新運用基準は適用されないとの原則的立場に立ちながらも、原告に対し、本件事業が新運用基準に適合するものとなるよう指導し、これに沿って、原告は、造成予定地付近住民らに対する説明会を実施したほか、平成4年11月ころに懸案であった前記水道汚染対策として、前記浄水場の取水口真上に位置する数ホールの造成を取りやめて自然林を温存する内容のコースの設計変更を行い、平成5年1月18日には、造成予定地付近住民以外の甲府市民を広く対象とした県及び甲府市合同の説明会が実施された。しかし、本件事業について反対派市民の理解は得られなかった。
9 このような状況において、甲府市長は、平成5年7月28日、被告に対し、本件事業に関し条例5条に係る意見書を提出した。
右意見書において、同市長は、本件事業が甲府市の土地利用計画に適合し、県の「山梨ハーベストリゾート構想」においても民活事業として位置づけられていること、地元千代田地区から事業推進の陳情が数多くあること、防災対策やゴルフ場内の用水等の問題について地域住民や関係諸団体と協議する必要があること等の意見を各論として掲げたうえ、総合的な意見として、自然環境保全を訴える世論の高まり及び市民の反対意見の存在、いわゆるバブル経済の崩壊、価値観の多様化等の諸事情を指摘し、最後に「甲府市としては、判断に苦慮するものであり、これらの諸事情を十分勘案し、かつ県市一体となって新たな地域振興対策に積極的に取り組むことを前提として本事業の転換を図るべく指導され、適切なご審議をお願い致します。」と述べている。
10 被告は、原告に対し、平成5年9月6日付不同意通知書をもって、「県民意識や時代の要請にあった土地利用の在り方を考える必要があること」「諸事情を十分勘案した甲府市の総合的な判断を尊重すべきこと」「千代田湖西側一帯の水資源の保全に配慮する必要があること」の3点を理由に掲げたうえ、本件事業については同意をしない旨の通知(以下、「本件不同意」という。)をした。
二 争点
1 条例による規制が、経済活動の自由及び財産権の保障、適正手続の保障を定める憲法に違反するか
2 裁量処分である本件不同意に、裁量権の範囲をこえ又はこれを濫用した違反があるといえるか
三 争点についての当事者の主張
1 争点1について
(原告)
(一) 憲法が保障する経済活動の自由及び財産権に対する規制は、その内容が合理的かつ明確に規定されなければならず、公益事業等の特別な例外を除いては、経済活動の原則的禁止をしてはならない。そして、規制手続も適正でなければならない。
条例6条1項の規定する基準の内容は著しく曖昧であって、無限定な処分を規制する機能を欠くとともに、事業者に対し、いかなる基準に適合すれば同意を得られるものか否かについての明確な指針を与えていない。よって、知事の同意についての条例の規定は、規制基準及び規制手続の明確性を著しく欠くものであるから、憲法13条、22条、29条及び31条に違反し、無効である。
(二) 右条例の規定自体が違憲でないとしても、本件不同意は、条例6条1項の勘案事項に抵触しないにもかかわらず、客観的合理的理由もなく本件事業を規制するものであるから、違憲である。
(被告)
(一) 条例6条1項各号の勘案事項の中には、造成事業の技術的・具体的基準を定めたもの(5、7号)もあるが、地域の発展と生活環境などと当該造成事業との調和について抽象的に規定したもの(2、3号)もある。ゴルフ場造成事業は、広大な地域の開発であることから自然環境に及ぼす影響も甚大であり、その開発予定地域の地理的環境、地質、水資源との関係、地域住民に与える影響、地域住民の意向等を総合的に判断して同意をするか否かを決することが求められている。法治行政の原理からいえば、行政庁の判断を一義的に拘束することが望ましい面はあるが、利害関係が錯綜し複雑高度化した現代社会において、立法者が行政庁の裁量的・政策的判断を認めることは許容される。条例は、造成事業について同意をするか否かについて、知事に大幅な裁量的・政策的判断を認めたものである。
(二) 土地に対する公共の福祉による制約の必要性、ゴルフ場濫立によりその規制の必要性が生じたという条例制定の経緯、及び環境に対する関心の高まりを踏まえて判断すれば、知事が同意をするか否かについて政策的判断をすることは許容されるべきであり、条例の規制内容は合理的で、憲法に違反しない。
(三) 憲法31条の規定する適正手続は直接には刑事手続に関するものであり、これが行政手続に適用があるとしても、事前に弁解・防御の機会を与えるかどうかなどは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容等の諸事情を考慮して決定されるべきものであり、常に右機会を与えることが必要とされるものではない。のみならず、事前協議の段階の行政指導によって事業主の手続的利益は十分保障されているというべきである。
2 争点2について
(原告)
本件事業は、条例6条1項各号に抵触しないのであるから、知事はこれについて同意をする義務があるというべきであるが、仮に同意をするか否かにつき裁量権が認められるとしても、本件不同意は、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法な処分である。
(一) 本件不同意の理由は、いずれも客観的合理的なものとはいえない。
(1) 本件事業は、県が策定した「山梨ハーベストリゾート構想」の中にも位置づけられた事業であり、本件不同意は、行政の一貫性と安定性を放棄するものといえる。
(2) 地元自治会及び地元住民は事業推進の立場にあるのに、これを軽視している。
(3) 自然、生活環境重視の観点による条例の運用基準の見直しは、すでに事前協議段階にあった本件事業には適用されない。
(4) 「県民意識」といっても、その論拠は十分なものではない。「県民意識」と「時代の要請」を強調すれば、大規模事業はできないこととなる。
(5) 甲府市長の意見は、従来同市が積極的に本件事業を誘致し、原告が県及び同市の指導により本件事業計画が条例の趣旨に適合するよう練り上げられてきたことなどの同意を基礎づける事情を軽視し、反対運動で問題とされている点を十分吟味せずに取り上げたうえ、最後の総合的な意見は積極評価と消極評価が混在する支離滅裂なものであって、被告の圧力を感じるといっても過言でない。
(6) 水資源の保全については、甲府市の水源保全問題懇話会における検討等も経たうえ、計画当初からの審査、指導を経ており、しかも市民の不安の声にも答える形で万全の対策がとられ、県及び同市の担当者は、技術的基準をクリアし、市民の不安も払拭され得る旨認めている。浄水場に近接している事実及びこれに市民が不安を抱いていることが同意をしないことの理由になるとすれば、本件事業が積極的に誘致されたことと整合しない。
(二) 本件不同意に至るまでの手続は事業推進を前提とした審査・指導の課程であり、本件不同意は全く不意打ち的で、手続的公正を欠いている。原告は、昭和62年に甲府市に対して事前協議の申出をして以来、条例及びその運用基準に従った手続を履践し、県及びその意向を受けた同市の行政解釈、行政指導を充足してきたものであり、本件不同意の直前の平成5年7月ころの段階においても、県の関係部署から本件事業の難点や改善箇所はないといわれていた。ところが、被告は、条例6条1項各号のいずれに抵触するかを明示しないまま、理不尽な理由で同意をしないとしたものであり、これは、恣意性の排除を目的として制定された条例を反古同然とする極めて独断的な判断といわざるを得ない。
(三) 被告は本件事業と同様の事業である東山梨郡牧丘町所在のライベックス牧丘カントリークラブ造成事業について同意をしており、本件不同意は平等原則に違反している。
(被告)
(一) 本件不同意の理由は、条例6条1項が規定する勘案事項によれば、その2、3号に該当する。本件事業に対する甲府市民の反対運動は、甲府市選出の県議会議員及び甲府市議会議員らの多くが従来の事業推進の立場を翻すほど活発化し、反対市民の理解を得るべく原告がゴルフコースの設計を変更し、反対市民などを広く対象とした県及び甲府市合同の説明会が実施されたにもかかわらず、反対運動は沈静化しなかった。被告は、甲府市民の間において地域コンセンサスが得られておらず、右各号該当と判断したものであり、本件不同意には、裁量権の範囲の逸脱、裁量権の濫用はない。
(二) 事前協議段階における審査・指導は知事の同意を保証するものではなく、同意をするか否かについての判断材料を収集する手続にすぎない。原告が同意を得られると考えたのは、主観的なものにとどまる。
第三 当裁判所の判断
一 本件不同意の処分性について
前記のとおり、県においてゴルフ場造成事業を行おうとする事業主は、条例によりも当該造成事業について知事の同意を得なければならないとされているところ、右造成事業についての事前協議手続及び同意は造成事業を規制する森林法その他の関連法令上の規制手続に先行するものであり(条例6条1項4号)、その違反行為については刑事罰が科される(条例26条ないし29条)のであるから、ゴルフ場造成事業について同意をしない旨の通知は行政処分に当たると解される。
二 争点1(条例による規制の憲法適合性)について
1 条例の規制内容について
前記のとおり、知事がゴルフ場造成事業についての同意をするか否かを判断するにあたっては、条例6条、1項各号所定の事項を勘案することとされているが、条例の目的が、県内における無秩序なゴルフ場濫立のおそれという条例制定の経緯(〔証拠略〕)を踏まえ、災害防止のほか、秩序ある土地利用を図り、安全で良好な地域環境を確保し、もって県民の福祉に寄与することにあり(1条)、こうした条例の目的に沿った適正な規制を実施するためには、ゴルフ場が自然環境や付近住民の生活環境に及ぼす多種多様な影響を総合的に検討する必要があることに加え、右勘案事項の内容、及び右条項も、同意については各号の事項を勘案してするものとする旨規定して、諸勘案事項を総合して判断すべきものとしているとみられることに鑑みると、条例は、造成事業について同意をし、あるいは同意をしない処分をするのについて、勘案事項の評価について知事に裁量権を付与しているものと解するのが相当である。
2 憲法適合性について
憲法は、経済活動(職業選択)の自由及び財産権を保障しているが、他方で、公共の福祉を目的とするその合理的制限をも許容している(13条、22条1項、29条2項)。そして、地方公共団体の議会が制定する自主立法である条例が、法律に抵触しない範囲で、経済活動の自由及び財産権に対し右合理的制限をすることができることはいうまでもない。
条例は、右1のとおり、ゴルフ場造成事業による無秩序な開発を規制する現実の必要性から制定されたものであり、ゴルフ場経営事業が当該地域の自然環境及び生活環境、さらには土地利用のあり方に及ぼす影響が大きいこと、ゴルフ場造成後の規制によっては所期の目的を達しがたいことが少なくないこと等に鑑みると、条例が、ゴルフ場造成事業を行おうとするときは当該造成事業について知事の同意を得なければならないとし、その同意を得なければ右事業を行ってはならないとの趣旨で知事に事前の規制権限を授与したことには十分な理由がある。もっとも、ゴルフ場造成事業には、余暇の開発のほか、地域雇傭の創出や関連社会資本の整備等社会的に有用な側面があることはいうまでもなく、そもそも経済活動の自由は公共の福祉に反しない限り尊重されるべきものなのであるから、条例が知事の右同意を全くの自由裁量に任せるとした場合には、憲法上問題があるといわなければならない。
条例6条1項各号は、同意をするか否かについて勘案すべき事項を規定しているところ、その趣旨は、知事が同意をするか否かを決するについて、全くの自由裁量に任せることなく、処分するにあたって一定の事項について勘案することを義務づけているものと解され、右各号の規定の内容に照らすと、規制の基準が不明確であるということはできない。
したがって、条例の右規制は、経済活動の自由及び財産権に対する公共の福祉のためにする合理的な制限であり、憲法13条、22条、29条に違反しないというべきである。
また、憲法31条の定める適正手続の保障が行政手続に適用されるとしても、規制の趣旨・目的、規制の内容及び態様によって、どのような手続が保障されるべきであるかを個別的に検討する必要があるというべきところ、右規制がゴルフ場造成事業の計画段階におけるものであり、既に確立された権利関係を侵害するものではないことに照らすと、条例が憲法31条に違反するということはできない。
なお、条例が違憲でないとしても本件不同意は違憲であるとの原告の主張は、右に述べたのと同一の理由により、採用することができない。
三 争点2(裁量処分である本件不同意に、裁量権の範囲をこえ又はこれを濫用した違法があるといえるか)について
本件不同意が裁量行為であると解すべきことは前記のとおりであるから、被告がその裁量権の範囲をこえ又はこれを濫用したと認められる場合でなければ、本件不同意が違法とされることはない(行政事件訴訟法30条)。
1 本件不同意の理由は前記のとおりであるが、その基礎事実として最も重要なものは、甲府市水道の水質保全を理由とした反対意見が甲府市民の中に根強く存在したことにあると認められる。
条例の趣旨・目的に照らせば、知事がゴルフ場造成事業について同意をするか否かを判断するにあたって、条例の勘案事項に係わる住民の意思を尊重することも許されないわけではないと解されるが、他方、種々の社会的事象ないし行為については賛成する者と反対する者が併存することがむしろ普通なのであるから、住民の反対が強いという事実そのものをもって不同意の理由とすることには慎重でなければならないと考えられる。特に、本件の場合、造成予定地の地元住民は積極的に本件事業を推進する立場にあったのであるから、被告が、反対運動の要因となっている事情が勘案事項に含まれるのか、その基礎事実が認められるのかということについて考慮を払っていない場合には、反対運動の存在を重視して同意をしないとすることは、裁量権の範囲をこえるものといわなければならない。
そこで検討するに、まず、本件事業の造成予定地が甲府市水道局の平瀬浄水場及びその取水施設に近接していることは前記のとおりであるから、右水道を使用する甲府市民がゴルフ場で使用される農薬による水の汚染を危惧することには相当な理由がある。そのため、この問題については、甲府市が原告から本件事業についての事前協議の申出を受けて以来、同市水道局、同市が設置した甲府市水道水源保護問題懇話会及び県の担当者によって検討が重ねられており、原告は、県の審査・指導に従って諸対策を講じ、最終的にゴルフコースの設計を変更することとした。したがって、それにもかかわらず、被告が水資源の保全を同意をしないことの理由としたことが裁量権の範囲をこえるものといえるか否かが問題となる。
そして、当事者間に争いのない事実として、甲府市水道懇話会が甲府市長に対し、専門的な検討も加えた結果として、本件事業につき水源保護関係に直接的な問題はない旨の考えを述べていること、本件不同意の直近の階段において、甲府市水道事業管理者や県の担当者が水資源保全の対策は十分されていて技術的な問題はない旨の見解を有していたことのように、水道汚染の危険がないとする方向の資料が存在することが認められるが、他方、右水道懇話会の報告には、農薬の地下浸透による取水口付近への影響については未解明な部分があるとする部分も認められるのであって、(〔証拠略〕)、水の汚染を危惧する根拠が全くないといえるかどうかについては疑問が残るといわざるを得ない。そして、この疑問は、争いのない事実である、原告が実施した環境影響評価及び弾性波探査による地質調査の結果において汚染のおそれはないとされていること、並びにゴルフコースの設計変更及び循環撒水施設の設置という汚染防止対策の存在を考慮しても、必ずしも解消されたということはできない。
そうすると、被告が、本件不同意の理由として掲げた「水資源の保全に配慮する必要があること」は、条例6条1項3号所定の勘案事項に含まれるというべきである。
2 次に、本件不同意の理由のうち、「県民意識や時代の要請にあった土地利用の在り方を考慮する必要があること」について検討するに、本件事業の造成予定地が国立公園の区域内に含まれることのほか、〔証拠略〕によれば、本件事業に対する反対運動において、水の汚染問題だけではなく、景観、防災等の観点から自然保護が問題とされたこと、当時甲府市民を含む県民の間にも自然と開発の調和を求める意識が強まっていたことが認められ、また近年、環境問題が地球的規模で問題となっていることは公知の事実であるから、右理由は条例6条1項2、3号所定の勘案事項に含まれると解される。
3 前記甲府市長の意見は、本件事業を積極的に評価する部分とこれに慎重な態度を示す部分とが混在し、最終的な結論として、本件事業に賛成であるのか反対であるのかが明確に示されていない。しかしながら、「総合的な意見」の項の末尾部分には、「本事業の転換を図るべく指導され」との記載がされているから、右意見は、結論として反対意見あるいは消極的意見を表明したものというべきである。
そして、条例が、事前協議の段階で、すなわちゴルフ場造成事業に同意をするか否かを判断する前提として、関係市町村の長の意見を聞かなければならないとしているのは、条例の趣旨・目的に照らし、造成区域の所在する地元自治体等の意向を尊重することが重要であるという認識によるものであると解されるから、被告が右意見を本件不同意の理由として掲げることは当然である。
原告は、甲府市長が被告と事前に協議したうえで意見書を提出した点をとらえ、右意見書は被告の圧力により、その意向を汲む形で作成された旨主張する。しかしながら、そのように認めるべき証拠は存在しないし、右意見書の内容は、本件事業についての事前協議が進められてきた経緯と反対運動の狭間で揺れ動く甲府市の立場を率直に記載したものとみて、特に不自然な点はない。
4 甲府市が本件事業を積極的に誘致しながら、最終的にその首長である同市長がこれに反対する意見を述べ、事前協議の過程において、県が本件事業を「山梨ハーベストリゾート構想」中に位置づけたことなどに照らせば、行政の対応に一貫性を欠くところがあるのは明らかで、原告が強い不満を抱くことにはもっともな面がある。
しかしながら、甲府市長は、甲府市民を代表して、被告に対し重要な意見を述べる役割を果たすものの、処分庁ではないから、甲府市が積極的に誘致したことが直ちに県行政の同様な姿勢に結び付くものではない。また、県が、事前協議手続中の段階で、事実上同意を保証したとか、これと同視しうるほど積極的に誘致したとまで認めるに足りる証拠はない。
本件不同意に至る経緯をみると、当初から浄水場の取水施設が存在したことは明らかであったのであるから、県の見通しが甘かったとのそしりを免れない面があるが、前記本件不同意の理由に鑑みると、本件の場合、行政の一貫性を欠くとの理由で直ちに裁量権の範囲をこえるということはできない。
5 被告が不同意通知書において掲げた理由は簡略に過ぎ、右通知書には条例6条1項各号のいずれに抵触するかの記載はないが、条例は同意をしない旨の通知をする場合に理由を示すことを義務づけていないので、これをもって違法とすることはできない。
6 被告が本件事業と同様の牧丘町所在の前記ゴルフ場造成事業について同意をしたことに照らし、本件不同意が平等原則に違反するとの主張については、その具体的な根拠事実について主張・立証がないから、採用することができない。
7 したがって、本件不同意にあたって、被告が、考慮すべきでないことを考慮し、又は当然考慮すべきことを考慮せず、あるいは軽視するなどして、社会通念上著しく不合理な判断をしたとか、条例の趣旨・目的外の不正な動機により、又は平等原則に反して本件不同意に至ったなど、その権限を濫用したとは認められないから、本件不同意が裁量権の範囲をこえ又はこれを濫用してされたとはいえない。
五 以上のとおり、ゴルフ場造成事業につき知事の同意を要するとする条例及び本件不同意は憲法に違反するものではなく、裁量処分である本件不同意に、裁量権の範囲をこえ又はこれを濫用した違法があるとは認められないから、その取消しを求める本訴請求は理由がない。
(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 高木順子 佐藤和彦)