甲府地方裁判所 昭和21年(モ)37号 判決
債権者 松山清平
債務者 山田広平
一、主 文
甲府区裁判所が債権者債務者間の昭和二十一年(ト)第二〇号不動産仮処分命令申請事件につき昭和二十一年七月十八日に発した仮処分決定はこれを認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
二、事 実
債権者代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、債権者は昭和二十年九月頃甲府燃料小賣統制組合所有の甲府市境町十八番地宅地四百二十一坪八合五勺の土地を買い受けることを債務者に委託し、債務者はこれに應じて同月二十一日右組合より右土地を債権者のために自己の名を以て代金一万二千六百五十五円五十銭で買い受けたのであるから、債務者は民法第六百四十六條第二項によつて右土地所有権を債権者に移轉する義務がある。しかるに債務者はこれを履行せず、昭和二十一年一月十五日頃ほしいまゝに右土地上に家屋を建設居住してこれを占有し、かつ同年五月三十一日債務者名義にその所有権移轉登記をすませた。そこで債権者は右土地につき債務者を被告として昭和二十一年八月六日甲府地方裁判所に所有権移轉登記手続請求訴訟を提起し、昭和二十一年(ワ)第五二号事件として係属審理中であり、又その明渡請求訴訟をも提起すべく準備中であるが、右判決の確定を待つていては債権者の権利行使が著しく困難となるおそれがあるので、(一)債務者は本件土地につき賣買、讓渡、質権、抵当権の設定その他一切の処分行爲をしてはならない。(二)本件土地に対する債務者の占有を解き執行吏の保管に付する。執行吏は現状を変更しないことを條件として債務者にその使用を許すことができる。(三)債務者は本件土地の占有を移轉し、又はその占有名義を変更してはならない。旨の仮処分命令を求める。と述べ、
債務者主張事実中、昭和二十一年七月十六日、債権者が急迫にして本案管轄裁判所である甲府地方裁判所に申請する暇がなかつたので民事訴訟法第七百六十一條により甲府区裁判所に仮処分命令を申請し同区裁判所は昭和二十一年(ト)第二〇号不動産仮処分事件として審理し、同月十八日前記趣旨の仮処分命令を発したことは認めるが、右仮処分命令申請当時の事情は前記法條の急迫な場合に該当するから前記仮処分命令には債務者の主張するような違法はない。即ち、債権者は債務者が本件土地を買い受けた時から再三本件土地所有権を債権者に移轉すべきことを要求し、債権者債務者間に介在する他の紛爭と共に本件土地の問題を円満に解決するため屡々債務者と交渉したが、債務者は言を左右にして誠意を示さず、前記のようにほしいまゝに本件土地上に家屋を建設居住し債務者名義にその所有権移轉登記をすませ、本件仮処分申請の日の前日である昭和二十一年七月十五日債権者が債務者を相手方とし本件土地について甲府区裁判所に申立てた借地借家調停の第一回期日として呼出を受けたにも拘らず出頭しない等徒らに遷延を策し債権者の権利行使を著しく困難ならしめる企図が明確であつたのである。のみならず本件仮処分執行後、債務者はこれを無視して屡々本件土地の現状を変更しているのであるから、債務者が全く誠意を欠き、前記仮処分命令を申請する急迫な必要のあつたことが充分うかゞわれるものといわねばならない。と述べた。<立証省略>
債務者代理人は、「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す」との判決を求め、債権者の求める仮処分命令の本案は甲府地方裁判所の管轄に属するものであるが、債権者は急迫な場合として民事訴訟法第七百六十一條により昭和二十一年七月十六日甲府区裁判所に仮処分命令を申請し、同区裁判所は昭和二十一年(ト)第二〇号不動産仮処分申請事件として審理し、同月十八日債権者主張のような仮処分命令を発した。しかし右は前記法條の急迫な場合に該当しないから甲府区裁判所は本件につき仮処分命令を発する権限なく、この点において同区裁判所の前記仮処分命令は違法として取消されるべきものである。仮にそうでないとしても、債権者主張事実中、債務者が昭和二十年九月二十一日、甲府燃料小賣統制組合から本件土地を代金一万二千六百五十五円五十銭で買い受け、昭和二十一年一月十五日頃その上に家屋を建設居住して本件土地を占有し、同年五月三十一日債務者名義に本件土地所有権移轉登記をすませたことは認めるが、昭和二十年九月頃債権者から本件土地買受の委託を受けたこと、本件土地の買受が債権者のためになされたことは否認する。本件土地は債務者が債権者から金一万五千円を借用して自己のために買い受けたものであるから、債務者が債権者に本件土地所有権を移轉すべき義務のあることを前提とする債権者の本件仮処分申請は失当である。のみならず債権者は債務者を被告として本件土地所有権移轉登記手続請求訴訟を提起したのみで前記仮処分発令後四年を閲した今日未だ本件土地明渡請求訴訟を提起していないのであるから、本件仮処分申請中前記(二)(三)の措置を求める部分はその必要がない。と述べた。<立証省略>
三、理 由
債権者が本件土地につき、その主張のような理由により所有権移轉登記手続請求及び土地明渡請求訴訟を本案とし、民事訴訟法第七百六十一條に則り本件土地を管轄する甲府区裁判所に仮処分命令を申請し、同区裁判所は昭和二十一年(ト)第二〇号不動産仮処分申請事件として審理し同年七月十八日債権者主張のような仮処分命令を発したことは記録上明らかである。債務者は本件は前記法條の急迫な場合に該当しないから前記仮処分命令は違法であると主張するのでこの点について先づ考えてみる。右仮処分の本案訴訟が甲府地方裁判所の管轄に属すべきものであつたことは債権者の主張によつて明らかであり、本案の管轄裁判所である地方裁判所と係爭物の所在地を管轄する区裁判所とが同一場所にある本件のような場合には特段の事情のない限り前者を差し措いて特に後者に仮処分を申請する急迫な必要はないと言わねばならない。しかしながら民事訴訟法第七百六十一條の急迫な場合に該当するか否かの判断は仮処分の申請を受けた区裁判所の專権に属し、この点につき区裁判所に誤認があつたとしても本案の管轄裁判所である地方裁判所における仮処分の当否を定める手続においては、右誤認を理由にして仮処分の不当であることを攻撃できないものと解するを相当とするから前記特段の事情の有無について判断するまでもなく債務者の主張は採用の限りではない。
次に前記仮処分の実質上の当否について判断する。昭和二十年九月二十一日債務者が甲府燃料小賣統制組合から本件土地を代金一万二千六百五十五円五十銭で買い受けたことは当事者間に爭がない。成立に爭のない甲第四号証、第十二、第十三号証の各一、二、第十四号証、第十五、第十七号証の各一、二、乙第三号証の一、二を綜合すれば右買受が債権者の委託に基き、債権者のために債務者の名を以てなされたことが一應疏明され、右認定に牴触する乙第四号証の一、乃至三、第五、第六、第九号証の各一、二は信用できない。そして昭和二十一年十月十五日頃債務者が本件土地上に家屋を建設居住して本件土地を占有し、同年五月三十一日債務者名義に本件土地所有権移轉登記をすませたことは当事者間に爭のないところであるから、債権者が債務者に対し本件土地所有権の移轉を求め、かつその所有権に基いて移轉登記手続及び土地明渡を求める権利についての疏明は十分であるといわねばならない。而して債務者が本件土地につき賣買讓渡その他の処分行爲をなし又は占有を移轉する等現状を変更する虞があることが弁論の全趣旨から一應窺われる本件においては、債権者が所有権移轉登記手続及び土地明渡請求訴訟の勝訴判決を得てもその執行が著しく困難となること明らかであるから、右訴訟を本案とする本件仮処分はその必要があるといわなければならない。
なお債務者は債権者が右仮処分発令後四ケ年を閲した今日未だ本件土地明渡訴訟を提起していないことを理由に本件仮処分申請中本件土地に対する債務者の占有を解いて執行吏の保管に付し債務者に本件土地の占有の移轉、占有名義の変更の禁止を求める部分はその必要がないと主張するが、債権者が右本案訴訟提起の意図のあることはその主張により明らかであり、かつその本案判決の執行保全のため前記措置を命ずる仮処分の必要なこと前述のとおりである以上、債務者主張の事実のみでは未だ右仮処分の必要がないとはいえないから債務者の主張は採用できない。
よつて債権者の本件仮処分申請は正当であるから債権者に保証として金三千五百円を供託させてこれを認容した前記仮処分決定を認可し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 町田健次 石田実 滝川叡一)