甲府地方裁判所 昭和25年(行モ)8号 決定
本件申立の要旨は、「申立人は肩書地に宅地八十三坪三合七勺を所有し、かつ右地上に別紙目録記載の建物を所有して、土産物品等の販賣業を営んでいる者であり、被申立人は特別都市計画法により特別都市計画を行う行政廳であるが、被申立人は、昭和二十五年六月二十一日、申立人に対し、特別都市計画法第十五條に基き、所定の期限までに右建物の移轉を命ずる旨の移轉命令を発し、右命令書は同日頃申立人に到達した。しかし、右行政処分には、次のような違法がある。すなわち、
(一) 被申立人は右処分をする前提要件として、前記特別都市計画法第十條により、土地区画整理委員会の意見を聞かなければならないわけであるが、被申立人は右委員会の意見を聞くに際しては、各委員に対し、換地処分を受くべき者の大多数の承諾を既に得ている旨虚構の事実を告げ、右委員会もその旨誤信して賛成の意見を表したものであるから、その意見は同委員会の自由意思に基くものとは云えず、結局、同委員会の意見を聞かなかつたことに帰着し、本件移轉命令にはその前提要件を欠くの違法がある。
(二) 次に本件建物の所在地は甲府市橘町四番地であるのに、本件移轉命令書には、これを同町六ノ一番地と記載してあり、又、同命令書には移轉すべき建物の表示として、木造平家一棟その他附属工作物と記載してあるのみでその構造、種類、面積等の表示がなく、これでは移轉すべき建物又は工作物は確定できないから、これによつて申立人に建物移轉を命じた本件行政処分は、この理由によるも違法たることを免れない。
そこで申立人は被申立人を相手取つて行政事件訴訟特例法第二條による右行政処分取消請求訴訟を甲府地方裁判所に提起し、右は昭和二十五年(行)第三四号として同廳に係属したが、被申立人は更に申立人に対し、行政代執行法第三條により、昭和二十五年十月十七日附戒告書で、申立人に対し、右戒告書到達の日から七日以内に本件建物を撤去すべき旨を命じ、右期間内にこれを撤去しないときは、被申立人が代つてこれを執行し、又は第三者に執行させ、その費用を申立人から、徴收する旨通告し、申立人は翌十八日これを受領したので、右事件の本案判決を待つていたのでは、申立人は本件建物につき、移轉命令の代執行を受け、償うことのできない損害を生ずるおそれがある。そこで、行政事件訴訟特例法第十條第二項に基き、本件建物の移轉を命ずる前示行政処分の執行を停止すべきことの命令を求めるため、本申立に及んだ。というのである。按ずるに、行政事件訴訟特例法第十條第二項に基き、行政処分の執行の停止を命ずるには、その処分の執行に因つて償うことのできない損害が生ずるおそれがあり、これを避けるため緊急の必要があると認められる場合に限ることは、右法條の解釈上明らかなところである。そこで、本件において被申立人がした行政処分が違法であるか否かの判断は暫らく措き、(右行政処分に違法があるかどうかは、それ自体本案訴訟においてのみ判断せられるべき事項である。しかし乍らその取消の可能性が濃いか薄いかは、場合によつてはこれに因つて著しい損害を受けるおそれがあるかどうかの点に関連して、考慮に上らせなくてはならないことも予想される。ところで、本件において当事者の意見を聞くためにした双方代理人審尋の結果及び双方から提出された疏明資料に徴するに、本件行政処分に取り消さるべき瑕疵のあるということは、必ずしも明々白々一点の疑いを入れないということもできないようである。)その執行に因つて同條にいわゆる償うことができない損害を生ずるおそれがあり、且つこれを避けるため執行停止の緊急の必要があるかどうかについて考えてみなければならない。申立代理人に対する当裁判所の審尋の結果によれば、申立人は甲府市における特別都市計画事業のために、本件建物をその現所在地から早晩いずれかへ移轉すべきことを命ぜられること自体については止むを得ないとしているところであるが、本件移轉命令におけるその換地予定地の指定は近隣の建物移轉を命ぜられた者に比較して不公平であるので、これが取消を得た上、改めて適当な換地の指定を受けたいというのが、その眞意であることがうかがわれ、又被申立代理人審尋の結果及び被申立人提出の疏明資料によれば、被申立人が申立人に対して指定した換地予定地は、いつでも建物を建築することができる状態にあり、同予定地は本件建物の敷地に比較し位置面積等の関係で営業上若干の不利益を申立人に與えることはあつても、申立人がこれによつてその生活上及び営業上の本拠を全く喪失するというようなことは考えられない。從つてたとえ本件行政処分が執行されたのちにおいて、本案訴訟において右処分が違法として取り消されたとしても、申立人は右執行の時から換地予定地の再指定を得てそこに移轉するまでの間現在地における本件建物において営業をなし得ないことによる損害を蒙むるだけであつて、その損害は結局金銭で償うことのできるものと言うべきものである。すなわち右損害は前記法條にいわゆる償うことのできない損害であるとは認められないから、本件申立はこの点において理由のないものと云わねばならない。よつて申立費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり決定する。
(別表省略)