甲府地方裁判所 昭和25年(行)39号 判決
原告 宮川安朝
被告 渡辺保 外十名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告等が昭和二十五年十一月五日山梨縣東八代郡芦川村々議会の議決としてなした同村々長宮川安朝の不信任議決は存在しないことを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「原告は山梨縣東八代郡芦川村々長であつて、被告等はいずれも同村々議会議員であるが、原告は昭和二十五年十一月一日同村告示第十六号を以つて、同月五日午前九時村役場に村議会を招集する旨の告示をした。ところが、右十一月五日の招集期日の定刻になつても定足数を充たす議員の出席がなかつたので、原告は同日午後四時三十分頃、各議員(定数十六名)に対し、同日午後六時三十分村役場に村議会を招集する旨再度招集の通知をした。而うして地方自治法第百十三條但書に從い、右再度招集に應じて出席した議員五名で、同日午後六時三十分頃議会を開会し、議事を終了した上、同日午後七時三十分閉会した。
然るに被告等は、原告の招集した右議会が閉会後村役場に参集し、村議会を開会したと称して、議長に渡辺亘を選挙し、村議会の議決として、村長たる原告の不信任を議決したというのであるが、右議決は原告の招集した議会の会議においてなされたものでなく、村議会の議決として成立していないのであるから、その存在しないことの確認を求めるものである。
被告は原告が各議員に対して昭和二十五年十一月五日午後六時三十分と指定してなした招集通知を再度招集として不適法のものであるというが、村長は村議会の招集をなすにはその日時場所を指定して行うのであり、最初の招集期日たる十一月五日午前九時に議員の出席するものがその定足数を欠き、右招集の議会が会議を開くことができずに終つたので、同日午後四時三十分頃再び各議員に対し同日午後六時三十分と指定して村議会を招集する旨の通知をなして再度招集を行つたもので、不適法の廉はない。尤も右再度招集の通知を開会の日前三日までにしなかつたのは、同月三日同村代理收入役渡辺八百重が辞任し、至急その後任收入役を任命する必要があつたことと、同月五日の正午頃、山梨縣土木部長等から成る甲府大宮路線改修視察団の一行二十名が同月六日芦川村に來村の上一泊する旨の通知を受領したので、これに対処するため土木費の追加予算の承認を受ける必要があり、同時にこれが支出の任に当る收入役の選任の必要は更に緊急の度を加えたことにより、右はまさに地方自治法第百一條第二項但書の急施を要する場合であつたからである。」なお被告主張の右招集の議会が解散後始めて招集されたものであることは認める、と述べた。(立証省略)
被告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、「原告の主張する事実中、原告が東八代郡芦川村々長で、被告等がいずれも同村々議会議員であり、同議会の議員の定数が十六名であること、原告が昭和二十五年十一月一日、同月五日午前九時に村議会を村役場に招集する旨の告示をしたこと、右十一月五日に同日午後六時三十分と指定した招集の通知が被告等になされたこと(但しその通知の到達した時刻は爭う)、被告等が同日参集して、渡辺亘を議長に選挙し、村議会の議決として、原告の不信任議決をしたことは認めるが、その他の事実は否認する。
原告は昭和二十五年十一月一日に同月五日午前九時と指定して村議会を招集したが、村議会の開閉会は議会自らがなすべきものであり、午前九時という時刻の指定は議会の権限を拘束するものでなく、右指定した時刻以後においては期日中何時でも村議会は議員の定足数を充たしたときに会議を開き得るのである。從つて右十一月五日午前九時に議員の出席がなかつたからといつて、直ちに右招集にかゝる議会は不成立となるものでない。從つて同日中に原告が各議員に対して同日午後六時三十分と指定してなした招集の通知は再度招集というべきではなく、当初招集にかゝる議会への議員出席の督促という意味をもつに過ぎないのである。再度招集であるためには最初の招集に從つて会議を開き得なかつた場合にはじめてこれをなし得べく、而も開会の日前三日までにその招集の告示をなすことを要するのであつて、最初の招集期日中にその日の午後六時三十分と指定した招集の通知をしても、これを適法の再度招集であるということはできない。
ところで、十一月五日の午後六時三十分と指定した右議員出席の督促を被告等はいずれも同日午後六時三十分過ぎに受け取つたので、直ちに村役場に赴き、午後七時三十分頃に至り出席議員は十五名で漸く定足数を充たした。そこで、右議会は解散後最初に招集された議会である関係上、最年長議員たる宮川雅義が臨時議長となつて、同日午後十時三十分会議を開き、議長に渡辺亘が当選し、且つ議員の定数十六名中三分の二以上である十一名の被告等議員の出席があつたので、その全員の賛成を得て、原告の不信任議決をしたものであり、右議決は適法に成立しているのである。從つて原告の主張するように十一月五日午後六時三十分議員五名で議会を開会し議事を了したといつても、前記のとおり再度招集がないわけであるから、右五名の議員による議会は定足数を欠き、その会議は存在しないのである。」と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告が山梨縣東八代郡芦川村々長であり、被告等はいずれも同村議会議員であつて、同議会議員の定数が十六名であること、原告が昭和二十五年十一月一日同村告示第十六号を以つて、同月五日午前九時同村役場に村議会を招集する旨の告示をなし、同月五日に更に各議員に対し同五日午後六時半と指定して村議会招集の通知をしたこと、及び右議会の招集は解散後最初になされたものであることは当事者間に爭がない。
原告は右告示によつて招集した村議会は会議を開くことができずに終り、十一月五日午後六時半と指定した招集の通知は急施を要する場合の再度招集であると主張し、被告等は右通知を当初の告示による招集に対する議員出席の督促であると爭つているので、先ずこの点について審究してみるのに、被告宮川雅義、渡辺亘、市川国治、市川角平、霜村丑太郎、霜村甲子保、飯高林、丸山卯十、野沢市郎各本人尋問の結果と証人宮川政朝の証言並びに原告本人尋問の結果の各一部を併せ考えると、芦川村においては地方自治法施行後始めて議会を招集した際には單に告示の形式がとられたに止まつたが、これは各議員に徹底を欠く憾みがあるので、その後議会と村長の申し合せとして、招集については、これを各議員に周知させるため、更に各議員に対する通知の方法を用うることゝなり、從來の慣行として村議会の招集の都度各議員に対する通知がなされたこと、然るに当初告示がなされたのみで各議員に対する通知がなかつたゝめ、今回の招集に当つては被告等は殆んど前記招集の事実を了知しないで、原告から五日午後六時半と指定した前示招集の通知を受け取つてはじめて村議会招集の事実を知つたのであるが、右通知を被告等が受領したのはいずれも右指定の時刻の頃かその時刻経過後のことであり、右通知に接して直ちに被告等が村役場に参集したが、一番後に出席した霜村丑太郎議員が役場に赴いた時刻は既に午後七時三十分頃であつたこと、又從前芦川村々議会は招集時刻どおりに会議が開かれたこともあるが、午前と指定された招集が午後遅くなつて開会された例もあり、右十一月五日午前九時の招集については被告等が招集告示を了知しなかつたため、定刻近く出席できなかつたので、わずかに三、四人の議員が同日午前九時から十時頃迄の間に村役場に集つたが、間もなく帰つてしまつたことが認められ、証人宮川政朝、霜村泰公、町田豊子の各証言及び原告本人尋問の結果並びに右証人等の証言によつて眞正の成立を認め得る甲第一乃至第三号証の記載中右認定と矛盾する部分はたやすく信用できず、その他右認定を覆すに足る資料はない。右説示した事実関係よりすれば、右認定のように今回に限つて定刻近く小数の議員が参集、帰宅したとしても、それでこゝに招集された議会が不成立に終つたということはできず、原告が十一月五日午後六時半と指定してなした招集の通知は、再度招集というよりは寧ろ右告示により招集された議会への議員の出席を更に督促した趣旨のものと解するのが相当である。もつとも原告本人尋問の結果によりその成立を認める甲第六、第七号証と証人宮川政朝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和二十五年十一月三日(以下年号略)同村代理收入役の渡辺八百重が辞任し、又山梨縣土木部長等一行二十名からなる甲府大宮路線改修視察団が十一月六日芦川村に一泊する旨の通知が十一月五日正午頃村役場に到達したことを認め得るのであるが、このような事実があつたからとて、これを以て原告の主張するような土木費追加予算の承認及び收入役選任を急施を要するものとし、これがために右十一月五日に同日午後六時半と指定して村議会招集を必要たらしめる場合に当るかどうかは暫く措き、少くともこれらの事実はいずれも村議会招集の告示の後に、而も前記認定のように、右招集によつて議会が未だ開会されない以前に生じた事実であつてみれば、これらの事件はやがて開会さるべき右議会に付議すれば足りるわけであるから、この場合を以て議会の再度招集をなされなければならなかつたものとも認められない。果してそうであるとすれば、原告の主張するように右五日午後六時三十分と指定した招集の通知に從い右時刻に議員五名が参集し会議を開いたとしても、もともと地方自治法第百十三條但書に定められた定足数を欠くも会議を開き得る場合に該当しないのであるから、原告本人尋問の結果によりその成立を認める甲第五号証及び右原告本人の供述によれば、十一月五日午後六時半に議員五名が原告主張のような経過で会議を開いた事実が認められるが、それは村議会の会議としては定足数を欠くことにより、成立していないものと云わざるを得ない。
ところで被告渡辺亘本人尋問の結果により成立を認める乙第二号証及び各被告本人尋問の結果によれば、前記のとおり被告等十一名はいずれも右十一月五日午後六時半と指定した議会出席の督促通知を受けるや、同日午後七時半頃までには招集場所たる村役場に参集し、村長たる原告と招集通知の遅延等につき押問答を重ねた後、午後十時半頃になり前記のとおり解散後最初に招集された議会であつたから最年長議員宮川雅義が臨時議長となつて、被告等十一名の議員の出席により会議を開き、同人が更に仮議長として、その指名推選により議長渡辺亘、副議長市川国治を選挙した上、渡辺亘議長の下に会議を進め、五番議員霜村丑太郎の緊急動議が全員の賛成を得て成立し、同議員の提出した村長不信任案に全員賛成し、こゝに原告に対する不信任が可決されたことを認め得るのであつて、右認定を左右する証拠はない。然らば同村議会議員の定員が十六名であること当事者間に爭なき以上、右渡辺亘を議長とする村議会の不信任議決は、村長の招集に基き開かれ、且つ定員十六名の三分の二以上である議員十一名が出席した村議会において、出席議員全員の賛成を得て成立したものであるから、その他特段の主張立証のない本件においては、右原告の不信任議決を目して芦川村議会の議決として存在しないものであるということはできず、その存在しないことの確認を求める原告の本訴請求は理由がないこと明らかである。
よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 入山実 石田実 宮沢邦夫)