甲府地方裁判所 昭和26年(ワ)109号 判決
原告 豊前道治
被告 原正吉
一、主 文
被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の建物を明渡し且つ昭和二十七年二月十九日から右明渡済に至るまで一箇月金八円の割合による金員を支払うべし。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し且つ昭和二十四年四月一日から右明渡済に至るまで一箇月金五百円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として――、別紙目録記載の建物は原告の所有であるが原告において昭和十二年頃訴外五味午三に賃貸したところ被告は昭和二十年頃戦災疎開のため原告の承諾を得ないで右午三から右建物の一部を転借しこれに居住し昭和二十四年三月三十日右午三が死亡しその共同生活者が悉く他に転居すると右建物全部を占拠するに至つた。そもそも右午三及び被告間の転貸借にしてもこれを以て原告に対抗し得る筋合ではないから、被告は法律上なんら正当な権原なくして不法に右建物を占有するものであつて原告はこれがため賃料相当額たる一箇月金五百円の割合による損害を蒙りつつある。よつてここに被告に対し右建物の明渡並びに被告において右建物全部を占拠したと目すべき同年四月一日から右明渡済に至るまでの右割合による損害金の支払を求めるものである。仮に被告主張のように原被告間に賃貸借契約が締結され又は少くとも被告がその主張のように右午三の子としてこれと共同生活を営んでいたものである結果、同人の死亡により原告及び午三間の前記賃貸借上の借主たる地位を承継取得したことを認めざるを得ないとしても、被告は昭和二十五年初頃原告の承諾なく訴外大楽福治に対し右建物の一部(八畳間)を賃料一箇月金千円の約でなお権利金五千円を取得して転貸した。そこで原告は無断転貸を理由とし昭和二十七年二月十三日附本訴準備書面を以て被告に対し契約解除の意思表示をなし右賃貸借契約は右準備書面の到達とともに解除されたから被告は右建物を占有する権原を失つた。よつてここに所有権に基き右建物の明渡を求める次第である。――と述べ、被告抗弁に対し――、被告が右午三の子であることは認めるがその余の被告主張事実は否認する。――と述べた。<立証省略>
被告は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め答弁として――、原告主張の建物が原告の所有たること、原告がその主張日時訴外五味午三に対し右建物を賃貸したこと、被告が右建物に居住してこれを占有していること並びに被告が原告主張日時訴外大楽福治に対し右建物の一部を転貸したことは認めるがその余の原告主張事実はすべて争う。被告は甲府市代官町に居住中戦災により住宅を失つたので昭和二十年七月七日実父たる右午三を頼り同人と同居するに至つたものであつて、原告主張のように午三から右建物の一部を転借したものではない。なお午三の借受当時右建物の賃料は一箇月金八円の約定であつたが、原告は右建物が戦災から免れたことを喜び居住者の防火の努力に酬いるため昭和二十年八月以降右賃料の支払を免除した。ところが原告と午三との間においては菜園の貸借問題に端を発して右建物賃貸借に関してまでも紛争を生じ遂に昭和二十一年三、四月頃原告は右賃貸借契約を午三と合意解除し、あらためて被告に対し右建物を右と同一条件で但し右同様の趣旨から賃料の支払を免除して賃貸した。被告はもとより賃料支払の意思を有し原告に対し再三その受領方を交渉したが原告はこれに応じないでなんら見るべき理由もないのに立退を要求するに至つたのである。――と抗争した。<立証省略>
三、理 由
別紙目録記載の建物が原告の所有であつて昭和十二年頃原告において五味午三に賃貸したものであることは当事者間に争がなく成立に争のない乙第一号証によればその賃料が一箇月金八円の約定であつたことを認めることができ右認定に反する原告本人尋問の結果はにわかに信用し難くその他右認定を覆すに足る証拠はない。なお右乙号証中原告本人の印影が被告において情を知らない第三者をして押捺させたものである旨の原告主張はこれを肯認するに足る証拠がないから採用しない。
しかるところ被告が午三の本件建物賃借当時たる昭和二十年中から右建物に居住し現在においては右建物全部を占有していることは当事者間に争がない。
そこで被告の本件建物に関する占有権原の有無について按じるのに被告は昭和二十一年三、四月頃原告が午三と右賃貸借契約を合意解除し、あらためて右建物を被告に賃貸したものである旨主張し、前出乙号証によれば原告が昭和二十一年十月二十三日当時の地方長官に家賃の届出をなすにあたり被告を以て右建物の賃借名義人として届出たことを窺うに十分であり、更に被告本人尋問の結果中には右主張に吻合する供述がないではないから、これを綜合するとあたかも被告主張事実を肯認しなければならぬようであるけれども、証人豊前まさの証言並びに原告本人尋問の結果に照せば被告本人の右供述部分はにわかに信用することができないし、右のように地方長官に対して届出た賃借人の名義如何を以て直ちにこの点の証拠とするにはなお十分でないものがあるのであつてその他右主張事実を肯認するに足る証拠はない。
しかしながら更に被告は本件建物に居住するに至つたのは戦災により住宅を失つたので実父たる午三を頼り同人と共同生活を営むためであつた旨を主張するから、これを推すときは前段の主張に理由がない場合においてはなお午三の有した賃借権を援用して居住権を主張する意思であることを窺うことができる。一方原告は右主張に理由がある場合においては右午三の死亡により被告が右賃借権を相続により承継取得する結果となることを認めたうえ、無断転貸による契約解除の主張をなすものであるからこの点について考究するのに、被告が午三の実子であることは当事者間に争がなく被告本人尋問の結果によれば被告は甲府市伊勢町に在住中昭和二十年七月六日空襲により住居を焼失したので同月七日午三の居住する本件建物に妻子とともに寄寓するに至つたことを認めることができるから、特別の事情がない限り被告は午三と共同生活を営み本件建物に居住するについては午三の有する前記賃借権を援用する立場に立つたものと謂うべきである。しかるところ当裁判所の真正に成立したと認める甲第二号証(戸籍謄本)によれば昭和二十四年三月三十日午三が死亡しよつて同人の長子伊藤千代、二男五味金次、三男被告、四男五味正明、四女上田ひさ子、五男五味福雄等六名が午三の遺産を共同相続したことを認めることができるから、本件建物の賃借人たる地位は被告外五名の相続人が共同相続し被告は他の相続人とともに共同賃借人となつたと謂わなければならない。もつとも証人豊前まさの証言並びに弁論の全趣旨によれば右相続開始当時本件建物に居住していたのは右金次及び被告並びにその妻子だけであつたが、その後間もなく金次及びその妻子も他に転居し結局被告及びその妻子が残留するに至つたことを認めることができ、右認定に反する証拠はないけれども右のような事情を以てしては被告を除くその余の共同相続人が午三の遺産に属する右賃借人たる地位の上の持分を放棄し、又は被告に譲渡したものと推認するに足りないだけでなく、仮にこれを推認するのが相当であつたとしても遺産の分割前においては個々の相続財産の上の持分の処分は法律上許されないと解するのが相当であるから、遺産の分割又は相続放棄が行われた結果被告が単独で右賃借人たる地位を承継取得するに至つた等特段の事情がない以上前記の実情に拘らず被告外五名の共同相続人全員がなお右賃借人たる地位の上に持分を有するものと認めざるを得ないのである。しかるに被告が昭和二十五年初頃原告の承諾なく大楽福治に対し右建物の一部を転貸したことは被告において認めて争わないところ、原告が右無断転貸を理由とし昭和二十七年二月十三日附準備書面を以て被告に対し右賃貸借契約解除の意思表示をなし右書面が同月十八日被告に到達したことは本件記録上明らかである。
そこで右契約解除の効力如何を按じるのに共同賃借人の一人が賃貸人の承諾なく賃借物を第三者に使用収益させた場合においては共同賃借人相互の内部関係の如何はとにかくとして賃貸人に対する関係においては共同賃借人全員が共同して違法な使用収益をなしたものと謂うべきであるから、賃貸人は民法第六百十二条第二項の規定により共同賃借人全員につき契約の解除をなし得るものと解するのが相当である。してみると本件の場合においても被告の前記無断転貸により被告を始め共同賃借人全員について契約解除の事由を生じたと謂つて妨げない。そして賃貸借における契約解除は将来に向つてのみ効力を生じ遡及効を有しないことは民法第六百二十条本文の規定するところであるが、同法第五百四十四条第一項の規定は解除の結果法律関係が複雑化することを避けるため特に設けられたものであるから、その虞のない賃貸借の解除についてはこれを適用すべき限りではなく共同賃借人の一人に対する意思表示を以て全員について契約解除をなし得るものと解するのが相当である。従つて原告の前記解除の意思表示はこの点についてはなお適法であつて被告外五名の共同賃借人についてその効力を生じる条件を具えたものと謂わなければならない。しかしなお終戦後甲府市内における異常な住宅の払底のためその入手に極めて困難を伴う状況にあつては民法第六百十二条の解除権行使が同法第一条の規定する信義則により制限を受ける場合を生じるのもやむを得ないところである故、この点について審究すると被告が前記転借人たる大楽福治に対し原告の承諾のないことを犯してまで敢て住居を提供しなければならなかつたような緊迫した必要性の存したことについては殆んど見るべき証拠がなく僅かに被告本人尋問の結果によれば大楽が被告の友人であつて当時借家の立退を求められていたことを認めることができるに過ぎないだけでなく、本件賃貸借の賃料が一箇月金八円の約定であつたことは前記認定のとおりであるが、原告が右賃料の支払さえ昭和二十年七月から免除していたことは証人豊前まさ、同伊王野力の各証言並びに原告本人尋問の結果によつてこれを認めることができるところ、右各証拠並びに被告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)によれば被告は前記転貸にあたり右大楽から権利金名下に金五千円を取得し転貸料を一箇月金千五百円と定めそれ以来右賃料の支払を受けていることを認めることができ、右認定に反する被告本人の供述部分は信用し難くその他右認定を覆すに足る証拠はないのであるから、彼此比較するときは被告は前記転貸によりむしろ不当な収益を挙げているものであつてなんら宥恕すべき事由を有しないと謂うべきである。さすれば原告の前記解除の意思表示は正当な権利行使たるに妨げなく、従つて本件賃貸借は右意思表示の到達した昭和二十七年二月十八日を以て被告外五名の共同賃借人全員について終了し、被告はその翌日たる同月十九日から本件建物を法律上の権原なくして占有し原告に対し賃料相当額の損害を加えつつあるものと謂うべきである。そして原告は賃料相当額が一箇月金五百円の割合である旨主張するけれどもこれを肯認するに足る証拠はないから前記認定の約定賃料額を以て賃料相当額と認める外はない。
果してそうだとすれば被告は原告に対し本件建物を明渡し且つ昭和二十七年二月十九日から右明渡済に至るまで一箇月金八円の割合による損害金を支払うべき義務があると謂うべきである。
よつて原告の本訴請求は右の限度で正当として認容しその余を失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎)