甲府地方裁判所 昭和28年(ワ)30号 判決
原告 奥水篤
被告 田中文男
一、主 文
被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の土地、建物を明渡すべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求の原因として-、原告は昭和二十七年一月二十六日山梨繊維産業株式会社から別紙目録記載の土地、建物を買受けてその所有権を取得し同月三十一日その旨の登記を経由した。ところが被告は原告に対抗し得る権原なくして右土地、建物を占有している。よつて原告は被告に対し所有権に基き右土地、建物の明渡を求めるものである。-と述べ被告抗弁に対し-被告主張事実中前記登記手続が登記義務者たる前記会社の権利に関する登記済証の提出によらず不動産登記法第四十四条所定のいわゆる保証書の添附を以てなされたこと、当時右登記済証が被告の手中に現在したことは認めるがその余の事実はすべて認めない。右登記申請に際し保証書の添附を以て登記済証の提出に代えたのは当時登記済証が登記義務者の手許になくその所在が判明しなかつたためであるがそもそも右登記法第三十五条第一項第三号が登記申請につき登記済証の提出を要求した所以はこれにより登記官吏をして登記義務者と称して登記申請をなす者が果して登記簿上の登記義務者と同一人であるか否かを識別せしめんとするにあるのであつてその以上の目的はないから保証書の添附により登記申請をなし得る場合として同法第四十四条の規定する登記済証が滅失したときは物質的に滅失した場合のみならず広く紛失等のため一時所在が判明しない場合をも包含すると解してなんら妨げなく従つて前記登記申請には少しも手続上の違法はない。それ故仮に被告が前記会社から本件土地、建物を買受けたとしても登記の有無により権利の優劣は自ら明らかである。-と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として-、原告主張事実中原告がその主張の土地、建物につき山梨繊維産業株式会社との売買により所有権を取得した旨の登記を経由したこと、被告が右土地並びに右建物の内別紙目録記載の工場、居宅及び便所各一棟を占有していることは認めるがその余の事実はすべて認めない。原告主張の建物の内右目録記載の物置一棟は現存せず又は右居宅一棟は元来甲府市の所有であつて前記会社の所有ではなかつた。-と述べ抗弁として-、(一)、前記所有権移転登記手続は登記義務者たる前記会社の代表取締役上村文一においてその権利に関する登記済証が被告の手中に現存している事実を熟知しながら滅失したと詐称し不動産登記法第四十四条所定のいわゆる保証書を添附してなしたから登記官吏は同法第四十九条第八号により申請を却下すべきところ過つてこれを受理したものであり従つて手続上違法が存するものと謂うべくこれに基いてなされた登記は本来無効たるべきである。ところが一方被告は昭和二十五年六月中右会社から前記土地並びに前記工場及び便所各一棟の譲渡を受けてその所有権を取得したからいまだその旨の登記を経由するに至らないけれども仮に原告において右土地、建物を買受けたとしてもこれを以て被告に対抗し得る限りではない。(二)、仮に右登記が有効であるとしても原告が所有権を楯に被告に対し土地、建物の明渡を請求するのは権利の濫用である。即ち被告は従前から前記会社の承諾を得て前記土地並びに前記工場及び便所各一棟を占有使用していたが右会社に対して持株譲渡代金その他の債権を取得したのでその支払に代え前記のとおり右土地、建物の譲渡を受けたものである。しかして当時右会社の代表取締役上村文一から右土地、建物の登記済証の交付を受けその後同人に対し数回に亘り右譲渡による所有権移転登記手続を請求したが同人は言を左右にして応じなかつた。ところが原告は右上村との取引関係から右事情を熟知しながらあえて被告を退去せしめたうえ高価に転売する目的で右土地、建物を買受け被告に先んじて所有権移転の登記を経由したのを幸い被告に対し右建物の明渡を迫るに至つた。右は明らかに信義に反し正当な権利行使と謂い難いのである。-と述べた。<立証省略>
三、理 由
証人上村文一の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証、右証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば別紙目録記載の土地、建物はいづれも現存しもと山梨繊維産業株式会社の所有であつたが昭和二十七年一月二十六日原告において右会社からこれを買受けたことを肯認するに十分である。被告は右建物の内右目録記載の物置一棟は現存せず又同じく居宅一棟は元来甲府市の所有であつた旨主張するが右認定を覆して右主張を容認するに足る証左はない。してみると原告は右売買により冒頭掲記の土地、建物の所有権を取得したものと謂うべきところ原告が右土地、建物につきその旨の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がない。
ところが被告が右土地並びに右建物の内前記物置一棟を除くその余の建物を占有していることは当事者間に争がなく原告本人尋問の結果によれば被告は右物置一棟をも占有していることを窺知することができる。
そこで被告の前掲(一)の抗弁につき按じるのに前記登記の申請が登記義務者たる前記会社の権利に関する登記済証の提出によらず不動産登記法第四十四条所定のいわゆる保証書の添附によつてなされたこと、ところが実際には右登記済証が被告の手中に現存したことは当事者間に争がない。被告はされば右登記手続は登記済証が滅失したとき即ち右登記法第四十四条により保証書の添附を以て登記済証の提出に代え得る場合でないのに保証書の添附によつてなされた違法のものであり従つてこれに基いてなされた登記は無効である旨主張する。しかしながら仮に右登記申請に被告主張のような違法の点があつたとしても登記官吏が右登記法第四十九条第八号により申請を却下することなく一旦申請を受理して登記をなした以上右申請が真実の登記義務者でない者によつてなされた等特段の事情がない限り右登記は有効であると解すべきである。なぜならば登記済証の提出と謂い保証書の添附と謂い登記申請の形式的要件であるけれどもいづれも登記官吏をして登記義務者と称して登記申請をなす者が真実の登記義務者であるか否かを識別せしめるために要求されるにすぎずこれを以て登記の有効要件と解すべき実質的な理由はないのみでなくこれを登記の有効要件と解するときはかえつてこの点から後日登記の効力が争われ著しく取引の安全を害するに至る虞があるからである。従つて本件の場合登記申請に保証書の添附を以てすることが許さるべきであつたか否かの点を判断するまでもなく被告の右主張は理由がない。それならば被告が前記会社から本件土地、建物の譲渡を受けたことは後記認定のとおりであるが原告は右土地、建物の所有権を以て被告に対抗し得るものと謂わなければならない。よつて被告のこの点の抗弁は排斥を免れない。
次に被告の前掲(二)の抗弁につき按じるのに前記会社の本件土地、建物の権利に関する登記済証が被告の手中に存すると謂う前記認定の事実に証人小野英雄、同河野理明、同大久保忠雄、同田中とくの各証言並びに被告本人尋問の結果を併せ考えるとなるほど被告は従前から右会社の承諾のもとに本件土地、建物を占有使用していたが右会社に対し持株譲渡代金その他の債権を取得したので昭和二十五年三月頃その支払に代え右土地、建物の譲渡を受けたこと、しかしてその後右会社の代表取締役上村文一に対し数回に亘り右譲渡による所有権移転登記手続を請求したが同人は言を左右にしてその履行を遷延し遂には原告に対し右土地建物を譲渡したものであることを肯認することができ右認定に牴触する証人上村文一の供述部分はにわかに措信し難くその他右認定を覆すに足る証拠はない。しかしながら原告が右事情を熟知しながら不法に被告の権利を侵害する目的を以て右土地、建物を買受けたうえ被告に対しこれが明渡を求めるものである等特段の事情の存することについてはこれを肯認するに足る証拠がないから被告と前記会社との間に特殊の事情が存する一事を以てしてはいまだ原告の本件土地、建物の明渡請求が権利の濫用にあたるものと断定し得べくもなく従つて被告のこの点の抗弁も採用に値しない。
その他本件土地、建物の占有権原につき格別の主張立証があるわけではないから被告は原告に対し右土地、建物を明渡すべき義務があること明らかである。
よつて所有権に基き右土地、建物の明渡を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべく訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用しなお仮執行の宣言はこれを付すべき必要が認められないからこれを求める申立を却下することとし主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎)