大判例

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甲府地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決

原告 林まつ

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金千八百三十六円を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求の原因として――。原告はその夫頼太郎が日露戦役に従軍中明治三十八年八月十二日戦病死したため軍人遺族として昭和二十一年一月三十一日まで扶助料(当時の年額金三百六円)の支給を受けていたところ昭和二十年勅令第五百四十二号「ポッダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(以下勅令第五百四十二号と称する)に基いて発せられた昭和二十一年勅令第六十八号恩給法の特例に関する件(以下勅令第六十八号と称する)が昭和二十一年二月一日施行されると同時に同令第一条(第六号)によりこれが支給を停止された。しかしながら元来右扶助料請求権は恩給法なる法律の規定によつて取得した公法上の権利であつて勅令第六十八号のような命令を以つてこれを剥奪し得べき性質のものではない。されば勅令第六十八号第一条の規定は連合国の管理に基き右扶助料の支給を一時停止するためになされた変則的措置たるに過ぎずもとより扶助料請求権自体を消滅させる趣旨のものではないと解する外はない。ところが勅令第六十八号は昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効により日本国の管理を解除されて主権を恢復したことに伴い授権法たる勅令第五百四十二号とともに効力を失つた。従つて右のような変則的状態はここに解消し前記扶助料を支給するに妨げのない正当な状態に復帰した以上被告は右停止の時たる昭和二十一年二月一日に遡り同日以降の扶助料を支給すべき義務があるものである。そこで原告は被告に対し右同日から昭和二十七年一月三十一日に至るまで六箇年間の前記年額による軍人遺族扶助料合計金千八百三十六円の支払を求めるため本訴に及んだ。なお被告は勅令第五十八号が昭和二十七年法律第八十一号「ポッダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(以下法律第八十一号と称する)第二項、同年法律第二百五号恩給法の特例に関する件の措置に関する法律(以下法第二百五号と称する)第二条の各措置により法律としてなおその効力を持続している旨主張するけれども法律第八十一号及び第二百五号はいずれも憲法の条規に牴触し無効たるべきものであつて勅令第六十八号の失効を妨げる効力を有しない。即ち法律第八十一号はかつて連合国の管理のもとに勅令第五百四十二号に基いて発せられた勅令第六十八号を含む変則的措置に対し日本国が連合国の管理を離脱した後に至るまで法律としての効力を附与せんとするものであるがかかる立法は日本国の主権を自ら否定すると異らず憲法上許されないところであるから該法律は無効であると謂う外はなく勅令第六十八号は法律第八十一号第二項の規定に拘らず勅令第五百四十二号と運命をともにして失効したのである。されば又その後時間的空白を置いて制定された法律第二百五号はその第二条において勅令第六十八号が法律としてその効力を作有すべきことを規定するがかかる立法は法律万能の誤つた観念に捉われ法律不遡及の原則を侵犯し死法に効力を附与せんとするものであつて違憲の措置たるを免れずましてその結果が勅令第六十八号の失効によつて回復した恩給請求権を遡及的に停止又は剥奪することになるとすればなお更のことである。のみならず法律第二百五号は勅令第六十八号の効力持続を規定したが右はその授権法たる勅令第五百四十二号についてはこれを失効するに委せその効力持続を規定するところがない点並びに勅令第六十八号が淵源の異なる大日本帝国憲法(旧憲法)第八条の規定に基く勅令たる点において法の淵源に関する大原則を侵犯したものであつてその制定形式につき違憲の譏を免れない。仮に以上が結論を異にすべきものであつたとしても法律第二百五号はこれを実質的にみれば軍人軍属又はその遺族と然らざる一般公務員又はその遺族との間に差別を設け前者についてのみ憲法上基本的人権に属し且つ健康で文化的な最底限の生活を営むため絶対的に必要な恩給請求権を停止又は剥奪せんとするものであつて、憲法第十一条、第十四条、第二十五条に違反し到底有効な法律であるとは謂い難いのである。従つて被告の前記主張は全く理由がない。――と述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め答弁として――。原告の夫頼太郎が原告主張の戦争に従軍中原告主張戦病死したため原告が軍人遺族として原告主張日時まで原告主張の年額による扶助料の支給を受けていたところ勅令第六十八号第一条第六号によりこれが支給を停止されたことは認める。しかしながら勅令第六十八号は千九百四十五年十一月二十四日連合国軍最高司令部覚書AG第二百六十号に基きこれを実施するため制定されたものであるが該覚書第一項によれば「軍務に従事した事由により支給される恩給その他の報酬又は給付は(一、二の例外を除き)すべて終止」すべく命じ軍人遺族の扶助料もその例外としていない。しかして勅令第六十八号は右覚書の趣旨を受け特定の場合に恩給請求権の発生しないことを規定する恩給法第四十六条第四項第五十二条第一、二項の用語例に従い「軍人若ハ準軍人、内閣総理大臣ノ定ムル者以外ノ陸軍若ハ海軍ノ部内ノ公務員若ハ公務員ニ準ズベキ者又ハ此等ノ者ノ遺族タルニ因ル左ノ各号ニ掲グル恩給ハ之ヲ給セズ」と規定している。以上によつてみれば前記扶助料の停止は原告の謂うように変則的措置としてなされた一時的性質のものではなく恩給請求権を消滅させる謂わば失権措置であつてこれにより軍人遺族の扶助料請求権もその基本権自体が消滅したと謂う外はなく仮に右基本権の消滅がないとしてもこれから生じる支分権は消滅したと謂つて妨げない。しかして又勅令第六十八号は別に法律で廃止の措置がなされなかつたので法律第八十一号第二項により同法律施行の日(昭和二十七年四月二十八日)から起算して百八十日間に限り法律としての効力を保有するものとされたがその期間中たる同年六月三十日制定施行の法律第二百五号第二条により更にその効力を延長されているのであつて原告の謂うように同年四月二十八日平和条約の発効に伴い勅令第五百四十二号の失効と運命をともにしたものではない。さればいずれの点からしても原告の本訴請求は理由がない。――と述べた。

三、理  由

原告の夫頼太郎が日露戦役に従軍中明治三十八年八月十二日戦病死しこれがため原告が昭和二十一年一月三十一日まで恩給法に基く遺族扶助料(当時の年額金三百六円)の支給を受けていたところ勅令第六十八号の施行により同年二月一日以降右支給を停止されたことは当事者間に争がない。

原告は昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効に伴い勅令第六十八号がその授権法たる勅令第五百四十二号と運命をともにして失効した関係で右扶助料の支給停止は遡及的に解除されよつて被告は原告に対し右支給停止の日以降の扶助料支払の義務を負うに至つた旨主張する。よつて按ずるのに勅令第六十八号は千九百四十五年十一月二十四日連合国最高司令官総司令部覚書AG第二百六十号に基きこれを実施するために大日本帝国憲法(旧憲法)第八条に基く緊急勅令たる勅令第五百四十二号(議会の承諾により法律と同一の効力を有するに至つた)の委任によつて制定された勅令であるが右覚書によれば連合国最高司令官は当時の日本国政府に対しできるだけ速かに遅くとも千九百四十六年二月一日までには(連合国最高司令官総司令部において認許する場合を除く外)左の各号に該当する公私の恩給その他の報酬又は給付につきその種類及び下付又は授与を受ける者の如何を問わずすべての支払を終止させるため必要な手段を取るべく指令しそのa号として軍務に従事した事由によるものを挙げるとともにこの覚書により禁止された恩給その他の報酬又は給付に関する権利又は延払を証明する証書その他の書類が無効であることを宣言し以上の支払のために積立て又は預入れられた全金額を回収すべく指令したので勅令第六十八号はその趣旨を受けその第一条において「軍人若ハ準軍人、内閣総理大臣ノ定ムル者以外ノ陸軍若ハ海軍ノ部内ノ公務員若ハ公務員ニ準ズベキ者又ハ此等ノ者ノ遺族タルニ因ル左ノ各号ニ掲グル恩給ハ之ヲ給セズ」と規定しその第六号として「扶助料」を挙げた。しかしてなお恩給法第十九条は昭和二十一年九月二十八日法律第三十一号恩給法の一部を改正する法律を以て改正されその第一項中「軍人」、第二項中「準軍人」は削除された。以上勅令第六十八号の立法の沿革、目的及び規定の仕方(「給セズ」との規定は支給を一時停止する趣旨には読み難い)並びにこれに附随してなされた恩給法自体の改正を綜合すれば原告が軍人遺族として被告から扶助料を受ける権利は勅令第六十八号の施行によりその施行によりその施行日たる昭和二十一年二月一日限り消滅せしめられたと解するのが相当である。原告はこの点につき元来恩給法なる法律の規定によつて取得した公法上の権利たる軍人の遺族の扶助料請求権が勅令第六十八号のような命令の規定では剥奪し得べき性質のものでないと謂うことを唯一の論拠に以上と異る見解を採り勅令第六十八号第一条の規定は右扶助料の支給を一時停止したに止まるものである旨主張するけれども前説示のように勅令第六十八号は旧憲法第八条に基く緊急勅令(議会の承諾により法律と同一の効力を有するに至つた)の授権により制定された所謂委任命令であつて形式上において法律と同一の効力を有するものであるからその前提に誤りのある原告の右主張が採用に値しないことは多言を要しない。(なお附言すれば仮に平和条約の発効により日本国の管理を離脱した今日においては勅令第六十八号第一条による前記失権の措置が憲法に牴触するものとの判断を免れないとしてもそのことから逆論して勅令第六十八号第一条の規定は失権措置を講じたものでなく原告主張のように支給の一時停止を図つたものに過ぎないと謂う解釈が成立つものではない)しかして又勅令第五百四十二号は法律第八十一号第一項により平和条約発効の日たる昭和二十七年四月二十八日を以て廃止されたが(右廃止の規定が宣言的なものであるか形式的なものであるかについては論議のあるところであるがこの場合はいずれに解しても妨げない)勅令第六十八号第一条による前記扶助料請求権の失権措置が日本国の主権恢復に伴い遡及的に失効する趣旨のものたることが明らかでない以上右失権措置の効果は勅令第五百四十二号の失効によりなんら影響を受くべきものでないことは謂うまでもないことであつてこの当然の事理は法律第八十一号第三項の宣言するところに徴しても明らかである。してみるとこれと異る見解に立脚し被告が前記支給停止の時たる昭和二十一年二月一日に遡り同日以降軍人遺族扶助料の支払義務を負うに至つたものとする原告の前記主張は理由がないと謂わざるを得ない。

以上説示の点は勅令第六十八号が平和条約の発効に伴い勅令第五百四十二号と運命をともにして将来に向い効力を失つたか否か従つて又この点に関する立法措置たる法律第八十一号第二項、法律第二百五号(更には昭和二十八年三月二十六日法律第二十四号期限等の定のある法律につき当該期限を変更するため法律第一条第一項第五号、昭和二十八年五月三十日法律第三十八号恩給法の特例に関する件の措置に関する法律の一部を改正する法律)の諸規定が憲法に適合するか否かの問題とは別個の問題たることは自ら明かであつて勅令第六十八号の失効如何につきいずれの見解を採ろうとこれによつて左右されるものではない。

従つて平和条約の発効前たる昭和二十一年二月一日から昭和二十七年一月三十一日に至るまでの軍人遺族扶助料の支払を求める原告の本訴請求は平和条約発効後における勅令第六十八号の失効如何並びにこれに対する立法措置の憲法上の適否如何につき判断するまでもなく理由がないものとして棄却を免れない。(なお蛇足を加えるならば原告主張のように勅令第六十八号が平和条約の発効に伴つて効力を失い法律第八十一号第二項、法律第二百五号等の一連の立法措置が違憲であると解するときは直ちに以て被告は平和条約発効後においては軍人遺族扶助料の支払義務があると謂い得るか否かの点であるが前記のように恩給法第十九条の改正の結果軍人遺族に対する扶助料支給はその法的根拠を既に失つている以上この点に関する別途の立法措置がなされない限り――実際には昭和二十八年八月一日法律第百五十五号恩給法の一部を改正する法律附則第十条により右同日から右恩給を受ける権利又は資格を取得するものとされたが――これを消極に解する外はないもののようである。)

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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