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甲府地方裁判所 昭和35年(ヨ)61号 判決 1960年6月28日

債権者(申請人) 小佐野賢治

右訴訟代理人弁護士 正木亮

同 林貞夫

同 皆川健夫

同 黒沢長登

同 石川秀敏

同 井上忠巳

同 上野隆司

債務者(被申請人) 山梨交通株式会社

右代表者代表取締役 河西俊夫

右訴訟代理人弁護士 佐藤孝文

同 内藤亥十二

同 中込一男

同 中島忠三郎

同 遠藤和夫

同 千葉宗八

同 丸山一夫

同 工藤精二

主文

債権者が、保証として、金一千万円またはこれに相当する有価証券を供託することを条件として、次のとおり命ずる。

債務者が昭和三五年五月二三日甲府市橘町一八番地山梨県民会館映画講堂において開催した定時株主総会でなした別紙記載第二号議案及び第三号議案を可決するとの決議の効力を本株主総会決議取消訴訟事件の本案判決確定に至るまで停止する。

債務者会社代表取締役は右決議を執行してはならない。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

債務者が軌道運輸業及び自動車運輸事業その他を目的とする株式会社で、その発行済株式総数は全部が一株の金額金五〇円の額面株式で、四、〇〇〇、〇〇〇株、資本の額は金二億円であること、債務者会社代表取締役河西俊夫は、昭和三五年五月八日、債務者会社株主に対し、別紙記載内容の株主総会招集通知を発し、これに基き債務者は同月二三日甲府市橘町一八番地山梨県民会館映画講堂において同社の第三〇回定時株主総会を開催し、同定時株主総会において別紙記載の第二号議案及び第三号議案を可決する旨の決議がなされたこと、債権者が債務者会社の株主であることは当事者間に争いがない。

そこで先ず、被保全権利の存否について判断する。

成立に争いのない疏甲第八号証≪中略≫を綜合すれば、一応次の事実を認定することができる。

債務者は、昭和三五年五月八日本件株主総会の招集通知を発するや、直ちに同会社々員等を動員して多数の株主のもとに赴かせ、種々口実を設けて右通知書が封入してあつた宛名入封筒を提供させ、総会期日までに相当多数の封筒を回収した上、総会の前々日である同月二一日頃になつて全株主に対して、総会当日通知書が封入してあつた封筒を持参しない者は総会入場を拒絶される旨の文書を発送するという手段によつて(封筒を回収したこと及び右趣旨の文書の発送されたことについては当事者間に争いがない)、既に債務者に右封筒を交付してしまつた株主に対して総会出席を事前に制限した――債務者はこの点につき、封筒を持参しない者の入場を拒否する旨の文書を受取る前既に債務者に封筒を交付してしまつた株主に対しては、封筒返還の申出があれば応ずる意向を持ち、現に一旦これを返還して株主入場の際再提出を求めたことがあるのであつて、計画的に封筒回収、右文書発送によつて株主の総会出席を拒んだものではないと主張しているが、右疏甲第八号証の一の文面には封筒返還の用意ある旨の記載もなく、他に右意向を株主に伝える手段を講じていない上、同号証の二により認め得る右文書発送の日付が同月二一日であることよりすれば株主に封筒返還を求める時間的余裕を与えない意図が窺われる。(現に右疏甲第八号証の三、右証人中込兼元、同前田鶴一、同三森昌雄の各証言によれば、債権者、中込兼元、前田鶴一などの株主に対して右文書が配達されたのは総会終了後のことであり、また、右文書発送の翌日は日曜日で係員不在のため封筒の返還は受けられなかつたことが認められ、その翌日の月曜日が総会当日であつたことは、当事者間に争いない。)……。

更に総会当日は会場入口及び受付附近に多数の者を配置し、右封筒を持参した者については株主名簿によつて株主たることの資格の有無を確認せずに入場を許し、他方会社に届出の印鑑及び株券等その身分を証する資料を提示して入場しようとした五、〇〇〇株の株主三森昌雄、三六八株の株主中込兼元、六、〇〇〇株の株主宮本近吉、一〇、〇〇〇株の株主前田鶴一等数名の株主に対しては封筒を持参しないことを理由にその資格認定を拒み、或は受付が混乱しているから他の資料による確認は暫らく待つて貰いたいと言つて確認要求に応ぜずに故意に遅延させることによつて入場を拒否し、右株主等の議決権行使の機会を奪つた――債務者は右前田鶴一等が株主本人であることを確認することができなかつた旨主張するが、当日会場受付において株主名簿、印鑑簿等の帳簿によつて、同人等が株主本人であるかどうかについて調査した事実は認められない。)……。

しかして、債権者は、その入場に際し、前記前田鶴一等確認を求める株主等によつて会場入口附近が混乱状態にあつたので不安を覚え、その持参せる代理委任状を受付に提出せず、そのリコツピーを提出の上入場したのであるが、その後受付から原本の提出を要求され、午前九時四〇分頃弁護士石川秀敏にこれを渡し、右石川はこれを受付に持参してその確認を求め、受付窓口において右代理委任状二四八通の照合手続が開始されたので、終始その照合に立会つていたところ、間もなく開会のベルが鳴り、その後一二、三分にして閉会となつたため、総会入場者が退場をはじめるまでに僅か二、三〇枚について株主の氏名及び株数を照合し終つたのみであつた……債務者は総会開会時に右手続を終了していない事実を認め、閉会時には若干疑義あるものを除きすべて照合手続は済んでおり、右代理委任状中に、非株主作成のもの、印鑑相違のもの、二重発行のもの(債権者に対して及び債権者、債務者双方に)等の一、〇八七、八九三株分の委任状が含まれていたと主張するが、前記認定のとおり、代理委任状の原本が受付窓口に届けられたのは一般株主に入場が許された午前九時三〇分以後のことであり(債務者は開場は午前九時一五分頃と主張するが、証人中島忠三郎も委任状の原本を債権者より受取つたのは午前九時三〇分頃と述べている。)、総会開会のベルが鳴つたのは午前一〇時(この点当事者間に争いはない)、その後一二、三分して閉会したのであるから仮に委任状原本を受取つたのが右中島の証言どおり午前九時三〇分であるとしても、その間僅か三〇分足らずの間に二四八通の代理委任状につき株主の氏名及び持株数並びに印鑑を照合して債務者主張のような委任状の瑕疵を発見することは到底困難といわざるを得ない(明らかに争わないので真正に成立したものと認められる疏甲第一二号証の一によつて認め得る右委任状はすべて一冊にとじこまれているのであるから、多数の者が手分けして照合することは実際上不可能であつて、債務者主張の委任状照合の結果なるものは、債権者に委任状を交付した株主が総会期日前債務者に対して発送した内容証明郵便を株主名簿と照合し、その印鑑を総会前日印鑑簿に照合した結果であり、総会当日代理委任状原本と株主名簿及び印鑑簿とを照合して得られたものとは認められない。この点については、証人青柳富士也も吉田裁判官の質問に対して、一旦この事実を認める趣旨の供述をしており、証人中島忠三郎もまた総会前日債権者及び他の株主から債権者に渡された委任状に関する内容証明郵便を受取り、この印鑑と印鑑簿とを照合した事実を認める趣旨の供述をしている。)

一方、総会当日一般株主に対して開場された午前九時三〇分以前に、株主たることの確認手続を経ない(この点は証人原哲郎の債権者代理人の質問に対する証言内容並にその態度からも窺われる。)会場係の腕章をつけた約二〇〇名の男子が会場裏口より入場し、その内一〇〇名余りが一般株主の入場時乃至総会開会時から閉会時まで会場前部の株主席に着席し、午前九時三〇分頃より入場して来た債権者その他の株主はその後に着席することを余儀なくされた。午前一〇時議長が開会を宣し、出席株主数及びその株式数を報告して総会の成立を告げた際、債権者が「議事進行につき発言」と言つて挙手起立し、その旨数回連呼したが、前部座席を占拠している者達は「賛成」「異議なし」「議事進行」等と連呼して債権者の発言を妨げ、議長もまた債権者の発言を無視して第一号議案の朗読を続けて一気に同議案を議決した。その後第二号議案及び第三号議案が上程された際にも債権者は議長に対し起立して「議事進行につき発言」と連呼して発言の機会を求めたが、前部座席の者達が大声で賛成「議事進行」「異議なし」等と連呼して債権者の発言を阻止し、議長は、債権者から総会期日前、本総会において右二議案について詳細な資料及び説明を求めるため発言の機会を与えるよう要望されていたにもかかわらず、遂にその機会を与えることなく前部座席に着席していた原哲郎の予め予定されていた質問に対して簡単に答えたのみで議事運営を強行し、右二議案に賛成の株主に起立を求めるや、前部座席の者達は一斉に起立し、債権者その他一部株主は着席して「絶対反対」を連呼していたのであるが、議長は、賛成並びに反対株主の数及びその各持株数のいずれについても確認の手段を講じないまま右二議案が可決された旨を述べ、閉会を宣言したが、開会から閉会まで僅か一二、三分間の時間を要したのみであつた。

右認定に反する疏乙第四号証乃至同第八号証及び同第一七号証の各記載並びに証人中島忠三郎、同丸山一夫、青柳富士也、同江橋力、及び同原哲郎の各証言は前掲挙示の各証拠に比べて措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実関係からすれば、債務者は、総会の議事に入るに先だつて出席株主と株主名簿上の株主との同一性の有無並びに委任状の真否について調査をする義務を負担していると解すべきところ、総会当時株主であつた三森昌雄、中込兼元、宮本近吉、前田鶴一等が、自らその株主であることを証明する会社に届出の印鑑、株券その他株主であることの資格証明資料を示して入場を求めたにも拘らず、右調査義務に違反して、その株主であることの確認手続をせずにその入場を拒否し、故意に株主としての議決権行使の機会を奪つた違法があり、午前九時三〇分の開場前に入場していた約二〇〇名の者については、正規の受付において株主の資格並びにその持株数について、正当な審査手続を省略し、また、債権者の提出した委任状についても閉会の時間までに殆んどのものについて株主資格並びにその持株数についての審査をせずに、その調査義務の完全な履行をしなかつたもの、すなわち、特別決議における定足数の確認がなされなかつたという違法があり、更に第二号議案及び第三号議案については起立によつて賛否を決し、議決権の三分の二以上にあたる賛成があつたか否かについて何等確実な調査がなされていないという違法がある。入場者が株主の資格を有するや否やについて確認の手続を経ず、株主たることの明かでない総会出席者の大多数が起立して賛成の意を表したとしても、発行済株式総数の過半数に当る株式を有する株主の出席、その議決権の三分の二以上に当る賛成という特別決議の要件を満すものではない――債務者は本総会の定足数は三、八九八、三七二株、議決権の数は白票のある関係上三、八七六、七〇八株、賛成の票数は二、八八四、七五二株であると主張するが、本件議案の採決が起立の方法によつてなされたことは債務者の自認するところであり、前記認定のとおり、総会当日債権者提出の委任状全部につき株主の氏名及び持株数を確認していないのであるから、債務者主張の数字は総会終了後に株主名簿及び印鑑簿等によつて調査した結果得られたものであることが窺えるところ、起立によつて賛意を表わした株主の氏名、反対した株主の氏名すら確認せずに閉会してしまつたのであるから、総会終了後においては、もはや賛成、反対それぞれにつき議決権の総数を確定することは不可能といわざるを得ない。

しかして、また一人の株主が同一株式につき数人の代理人に重複して議決権の行使を委任した場合には、その委任の時期について先後の関係が判然としていれば、前の委任は、後の委任によつて撤回されたものとして、後の代理人による議決権の行使を有効として取り扱い、その先後の関係が判明しないときは、その全ての議決権の行使を無効として取り扱うべきものと解すべきところ、債務者は、同一株式につき債務者側と債権者側の双方に重復して議決権行使の委任をしたものについては、その委任の時期の先後に関係なく全て債務者側の委任のみを有効と認めて取り扱つた(証人中島忠三郎の証言参照)(二重発行の事実を調査し、その有効と認めたのも、前記のように総会終了後であると解される。)違法がある。のみならず債権者等反対株主には、一切発言の機会を与えず、怒号と喧騒の中で開会から閉会まで僅々一二、三分の間に一気呵成に総会を終了した不当がある。従つて本件株主総会においてなされた第二号議案及び第三号議案に関する決議は、その決議の方法が法令に違反し、且つ著しく不公正なものというべきであるから、債権者の被保全権利の疏明は充分であるといわなければならない。債務者は「仮りに三森昌雄等数名の株主につきその議決権の行使を制限した等の違法があつたとしても、その違法が決議の結果に影響を及ぼすと推測されるような事情の認められない本件においては、債権者は決議取消を求める権利がない。」と主張するところ、なる程、その瑕疵が軽微なもので決議の結果に影響を及ぼす虞れがなく、且つ、その取消を求めることが権利の濫用に当るような場合には、その決議の取消を求めることは許されないものと解すべきである。けれども、その違法性が大きくて、その決議の取消を求めることが権利濫用と解されないような場合には、仮りに、その瑕疵が決議の結果に影響を及ぼす虞れがないようなときにも、その決議の取消を認めるべきものと解される。本件においては、前判示のように株主総会の決議の瑕疵は極めて大であるといわざるを得ないので決議の結果への影響如何を問わず、一応債権者に決議取消の請求権を認めることが相当である。しかも、本件は正当な手続で公平に決議がなされたとすれば、果して、第二号議案及び第三号議案に三分の二以上の賛成が得られるかどうかさえ疑問といわざるを得ないのである。

次に、保全の必要性について判断する。

成立に争のない疏甲第三号証の一によれば、本件株主総会における第二号議案及び第三号議案は、訴外駿河観光株式会社との合併に関するもので、将来債務者会社の社運をも左右する重大な案件であり、その合併の期日は昭和三五年九月二〇日と定められていることが認められる(右認定に反する証拠はない。)ところ、右期日までに、本件株主総会の決議取消の訴が提起されてその本案判決が確定するとは到底考えられない。従つてこのまま放置するときは、合併の手続が進行することは必定であつて、前判示のように、右合併に関する株主総会の決議が違法であることが充分疏明される以上、その本案確定前に合併手続が完了することによつて、債務者会社並びに債権者その他の株主に不測の損害を生ずる虞れがある等不当な結果を招来する可能性がきわめて大きく、債権者としては、その損害その他不当な結果の発生を防避して権利状態の安定をはかる必要があると解すべきであるから、本件仮処分申請における必要性の疏明もある、といわなければならない。

よつて債務者に対し、右本案判決の確定に至るまで本件株主総会の第二号議案及び第三号議案に関する決議の効力の停止並びに債務者会社代表取締役河西俊夫に対し右決議の執行禁止を求める債権者の本件仮処分申請は理由があるので、これを認容することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 須賀健次郎 裁判官 吉永順作 吉田欣子)

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