甲府地方裁判所 昭和43年(行ウ)2号 判決 1971年11月30日
山梨県甲府市和田町三〇一一番地
原告
平原正嘉
右訴訟代理人弁護士
宮沢邦夫
同市丸の内一丁目一一番六号
被告
甲府税務署長
林邦男
右指定代理人
森脇勝
同
月原進
同
渥美正弘
同
柴田定男
同
鳥栖明
同
西見茂
主文
一、原告の請求のうち、金三一六万九九二八円を超える所得税額更正の取消を求める部分、及び金六万七二〇〇円を超える過少申告加算税賦課決定の取消を求める部分を、いずれも棄却する。
二、原告の、その余の請求を却下する。
三、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一申立
一、原告
1. 被告が昭和四二年一二月一八日、原告の昭和四〇年度確定所得税申告についてなした、総所得金額および所得税額の更正、ならびに加算税賦課決定を、取消す。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一、被告は昭和四二年一二月一八日、原告の昭和四〇年度確定所得申告(別表一A欄記載のとおり)に対し、別表一B欄記載のとおりの更正(以下、本件更正という。)及び過少申告加算税賦課決定をした。
原告は、右更正等に不服であつたので、昭和四三年一月一七日、甲府税務署長に対し異議申立をしたところ、同年同月三〇日、右異議申立は審査請求とみなされ、東京国税局において審査した結果、同年五月三〇日、右更正及び賦課決定の一部が取消され、別表一C欄記載のとおりの裁決がなされた。
二(一) 被告が原告に譲渡所得ありとして本件更正をなしたのは、訴外松本智観を原告、本件原告を被告とする当庁昭和三七年(ワ)第二〇四号土地所有権移転登記請求事件(以下、前訴という。)において、原告は松本に別紙目録一記載の土地(以下、本件土地という。)を損害賠償として譲渡する旨の和解が成立し、昭和四一年一月中に所有権移転登記を了したことを、不動産の譲渡(以下、本件譲渡という。)と判断したためである。
(二) しかしながら前訴は、右松本が原告の代理人である原告の妻寿子から原告所有の別紙目録二記載の土地を買受けたとして、原告に対し所有権移転登記手続を求めたものであり(右寿子は昭和三七年中に死亡した。)、原告は右売買を強く争つたが、寿子が作成したという領収書六枚(合計金額一一〇〇万円)が存在することをも考慮し、民法第七六一条の趣旨に則り、前記の様な和解に応じたのである。
従つて、
1. 本件譲渡は、訴訟解決の手段として、無償でなされたものであるから、これを有償譲渡とみて原告に譲渡所得を生じたと判断してなされた本件更正は、違法である。
2. 原告は寿子の行為につき責任を負うべき謂はないが、道義的責任をとつて、妻の負担する損害賠償義務を引受け、その履行に代えて本件土地を譲渡したものである。そうであるからもし寿子が生存していれば、同人が主たる債務者で原告はその保証人としての責務を負担することになつたはずであり、仮りにそうでないとしても、原告の行為は連帯保証債務の履行と同じ評価を受けて然るべきものである。
而して、寿子は昭和三七年三月二九日死亡したので、同人に対する求償権行使は不可能に帰したのであるから、本件譲渡により原告に生じた所得は、所得税法第六四条、第二項の適用によつて、所得金額から除外されなければならない。
3. 仮に本件譲渡により原告に譲渡所得を生じたとしても、その収入金額は金五五〇万円である。
すなわち前訴和解は、原告の亡妻寿子が訴外松本から受領したとされる金額のうち、寿子名義の領収書の存する金一一〇〇万円の損害を原告と右松本が折半することとし、本件土地の価額を金五五〇万円と評価して、原告がこれを松本に譲渡することで双方諒解したのである(被告が第三の一3で主張する鑑定時価は、公簿地積による計算の結果にすぎない。また和解条項外で授受された金一〇六万円のうち金九六万円は、右五五〇万円に対する金利の趣旨で授受されたものである。また金一〇万円は、譲渡の対象とされた土地の一部が既に他に売却されていたための調整金額である。従つて本件土地の価額は、精確には、金五四〇万円というべきである)。
従つて、本件土地をそれ以上の価格を有するものと評価してなされた本件更正は、その範囲で違法である。
第三請求原因事実に対する認否および被告の主張
一、請求原因一及び二(一)の事実は認める。同二(二)の事実は、いずれも争う。詳述するならば、
1. (無償譲渡の主張について)
譲渡所得の本質は、資産の値上り益を譲渡行為の時点で提え、これを課税の対象にするものであるから、対価取得の有無によつて左右されるものではない。
2. (所得税法第六四条第二項の主張について)
原告は前訴和解によつて自己固有の債務を負担し、その履行として本件土地を譲渡したものというべきであつて、妻寿子の債務を代位して履行したというのは当たらない。
3. (本件譲渡による収入金額について)
本件土地の時価は前訴和解の際も鑑定されているが、金六一九万円余りであつたので、金一三〇二万円を要求していた松本が難色を示し、結局、原告が松本に対し和解条項の外、金一〇六万円を支払うことで合意が成立したのである。
右の経緯に照らすと、本件土地が時価相当額をもつて譲渡されたことは明らかである。
二、被告が原告の譲渡所得金額を二七五万七二五〇円と算定した算式は次のとおりである。
すなわち、本件土地の譲渡は、原告が本件土地を取得した日から三年以内になされたものではないから、その譲渡所得金額は、所得税法第三三条第三項、第二二条第二項第二号により、収入金額から譲渡資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除して得たいわゆる譲渡益から、さらに特別控除額(本件当時は一五万円)を控除した金額に二分の一を乗じて算出するのである。
三、前項記載の算式に当てはめた具体的数値の根拠は、次のとおりである。
(1) 収入金額六二六万一六八〇円について。
原告と松本との間に成立した前訴和解条項によると「被告(平原正嘉)は原告(松本智観)に対し物件目録記載の土地(本件土地)を本日損害賠償として譲渡する」と記載されている。右条項によれば、本件土地の譲渡は、原告が松本に対して負担する損害賠償義務の履行に代えてなされたことは明らかであるから、本件土地は有償譲渡というべきである。
ところで、資産の有償譲渡の場合における譲渡所得金額は、通常、その対価を収入金額として算定するのであるが、前記和解においては、譲渡の対価と目すべき損害賠償の数額については、調書上なんらの記載もないので、これを具体的に特定することは困難である。そこで被告は、前訴の請求の内容及び原告が和解をなすに至つた経緯等を参酌して、右和解は、本件土地が原告の負担する損害賠償額と同等の経済的価値を有することを前提として締結されたものと認めて、本件土地の譲渡時の時価相当額六二六万一六八〇円を収入金額としたのである。
そこで、右時価算出の根拠を詳述すると、本件土地は私道部分を除きいずれも貸宅地として利用されていたものであるから、その時価の算定は、先ず各借地人の使用範囲ごとに坪当りの更地価格を評定し、これに東京国税局長が定めて公表した「借地権割合」を乗じて底地価格を求め、これに土地の実測坪数を乗じて算出したものであり、その具体的な数値は別表二記載のとおりである。
ちなみに、本件土地を取得した訴外松本は約一〇ケ月後、その大半を第三者に転売したが、その価額は一〇九七万円余りに及ぶことに徴すれば、被告算出に係る原告収入金額が高きに失するものでないことは明らかである。
(2) 譲渡資産の取得費四一万七一八〇円について
本件土地は原告が昭和二七年一二月三一日以前から引続き所有していたものであるから、その取得費は、所得税法第六一条第二項、同法施行令第一七二条第一項により、国税庁長官が定めて公表した方法に従つて計算した金額によることとなる。
そして右計算方法は、具体的には、昭和二八年一月一日における当該宅地の一坪当りの賃貸価額(本件の場合は一坪当り一円)に、譲渡した宅地の坪数(右坪数は公簿上の坪数によることとなつている。本件の場合は四五八坪四合四勺)を乗じ、さらに所定の評価倍数(本件の場合は九一〇)を乗じて算出することとなるが、その算式は、左記のとおりである。
(1坪当りの賃貸価格) (本件土地の坪数) (貸宅地の評価格数) (譲渡資産の取得費)
1(円)×458.44(坪)×910=417,180円
(3) 譲渡に要した費用一八万円について原告から前訴の訴訟費用として一八万円要した旨の申立てがあつたところ、譲渡は前訴における和解条項の履行としてなされたものであるから、原告が前訴の訴訟代理人に支払つたと認められる右金額を譲渡費用と認定したものである。
第四証拠
一、原告
(一) 甲第一号証ないし第一一号証、第一二号証の一ないし一〇、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五号証ないし第一八号証の各一ないし三、第一九号証の一、二、第二〇号証ないし第二四号証を提出。
(二) 証人古屋福丘の証言および原告本人尋問の結果を援用。
(三) 乙第一号証の一、二、第二、第三号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立はすべて認める。
二、被告
(一) 乙第一号証の一、二、第二号証ないし第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一、二、三、第七号証ないし第一一号証を提出。
(二) 証人松本智観の証言を援用。
(三) 甲号証の成立はすべて認める(写を提出したものはその原本の存在もすべて認める)。
理由
一、次の事実は当事者間に争いがない。
原告の昭和四〇年度確定所得申告(別表一A欄記載のとおり)に対し、被告は昭和四二年一二月一八日、別表一B欄記載のとおりの更正及び賦課決定をしたこと。原告が昭和四三年一月一七日、右更正について甲府税務署長に対し異議申立をしたところ、右異議申立は同月三〇日審査請求とみなされ、東京国税局で審査されるに至つたこと。同年五月三〇日別表一C欄記載のとおり、右更正の一部が取消され、これに応じて過少申告加算税も減額された裁決がなされたこと。被告が右更正をなしたのは、前訴において成立した和解により、原告が松本に本件土地を譲渡し、昭和四一年一月中に所有権移転登記を了したことを、不動産の譲渡に該当するものと判断したためであること。
右裁決における譲渡所得金額の算定式は、次のとおりであること。
ちなみに前訴は、訴外松本が昭和三五年一二月二九日原告の代理人である原告の亡妻寿子から原告所有の別紙目録二記載の土地を買受けたとして、その所有権移転登記手続を請求したものであり、原告は右売買を争つたものであること。
二、本件譲渡の有償性について。
所得税法が課税対象として定める譲渡所得が、対価取得の有無を問うものでないことは、同法第五九条の規定に照らし疑いがないから、本件譲渡が無償でなされたことをもつて本件更正の違法理由とする原告の主張は、明らかに失当である。
しかしながら譲渡が有償でなされたか否かは、その税額の計算に影響を及ぼすことが考えられるので、以下、本件譲渡につきこの点を検討してみるに、成立に争いのない甲第一四号証によれば、前訴における和解は、松本が原告に対する本来の請求を放棄するのと引換えに、原告が本件土地を譲渡をなすことを内容とするものであることが認められる。そうとすれば右請求放棄と本件譲渡は対価関係に立つことは明らかであるから、結局、本件譲渡は有償譲渡であるというべきである。
三、所得税法第六四条二項の適用について
原告が亡妻寿子の債務を諒知しこれを保証した事実がないことは、本件全証拠によつて明らかであるのみならず、原本の存在及び写の成立につき争いのない甲第二号証によれば、前訴は原告固有の債務の存否を争われたのであつて、その訴訟上の和解の成立により、原告が自己固有の確定した責任を負うに至つたものと考えるべきことは、疑いの余地がない(原告とすれば亡妻寿子の所為の跡始末をしたとの感は免れないであろうが、これは本件和解の動機にすぎない)。そうとすれば本件譲渡は法第六四条第二項に定めるところに直ちに該当しないことは明らかである。そこで、本件譲渡につき右条項を準用ないし類推適用すべきか否かを検討するに先立ち、同条項の立法趣旨を検討してみることにする。
保証人は自らの約諾した保証契約によつて責任を負担するものではあるが、その実質は他人の債務を代つて弁済するのであるから、これを履行した暁には、保証人は本人に対する求償権を行使することによつて、終局的負担は免れうるという期待をもつのは当然である。そこで、もし本人に対する求償権の行使ができず、予期に反して終局的損害を余儀なくされた場合は、譲渡所得はなかつたものとして、これに課税することは差控えようとするのが、前記条項の趣旨と解することができる。
しかるに前訴和解の際は、原告の妻寿子は既に死亡しており、その権利義務を相続した原告としては、和解条項に従つて履行したところを、妻ないしそれ以外の第三者に求償しうべきことは、当初から期待する余地がなかつたことは明らかである。
従つて、原告は右履行の結果が最終的に自己の負担となることを諒承していたものと考える外はないのであつて、右和解を保証に類するものとみて法第六四条第二項の保護を与える根拠は乏しいといわなければならない。なおそのうえ、求償権を行使できぬ保証人は結局損害のみ受け、得るところは何もないのに反し、本件和解においては、松本が原告に対する本来の請求を放棄し、原告はその履行責任を免れていることは前述のとおりであるから、両者を同一に論じて、原告に対し、税法上格別の考慮を払うべき実質的理由もまた、存しないというべきである。
以上要するに本件譲渡については、法第六四条第二項を準用ないし類推適用する余地は、全くないと解するのが相当である。
四、本件譲渡所得金額の算定について
原告は「本件和解は本件土地の評価を金五五〇万円として成立したのであるから、右金額を譲渡所得金額とすべきである。」と主張し、証人古屋福丘の証言及び原告本人尋問の結果もこれに副うかの如くである。しかし、これと明らかに相反する証人松本智観の証言、及び公文書であるから真正に成立したものと推定される乙第一号証の一、第二、三号証と、前述のとおり和解条項には原告の負うべき損害賠償額が明記されなかつた経緯等を併せ考えると、本件の和解は、事案の黒白を明らかにすることなく、原告がその亡妻の不始末を道義的に償う趣旨において、松本に対して本件土地そのものを譲渡することにより、終局的に紛争を解決することを主たる目的趣旨としていたことが認められる。このことに鑑みるならば、松本が放棄した本来の訴訟物の価額を評価の基準にすることは、当事者の互譲によつて成立することを立前とする和解の趣旨に反するものというべく、むしろ本件資産の譲渡の評価にあたつては、本件土地の時価をもつて、原告の収入金額と認めるのが、最も合理的であると解するのが相当である。このような見地からするならば、前掲挙示の証拠の程度をもつてしては、本件土地を金五五〇万円と評価する根拠に乏しいといわなければならない。
他に右主張を証するに足りる証拠はない。
そして本件譲渡所得金額算出の根拠として被告の主張する「収入金額、譲渡資産取得費及び譲渡費用特別控除額」の数額(すなわち裁決において示された数額である。)そのものについては、原告において明らかに争わないのみならず、いずれも客観的な数値を基礎に算出されたものであることが推認され、特に不合理な点はないと解されるので、当裁判所もこれを是認することとする。
よつて、本件更正及び加算税賦課決定は別表一C欄記載の範囲では正当であるから、本訴のうちこの部分の取消を求める分は理由がないものとして棄却すべきである。また本件更正及び賦課決定のうち、右C欄記載を超える部分は東京国税局の昭和四三年五月三〇日付裁決によつて取消され、併せて加算税も減額され、既にその更正処分としての効力を失つているのであるから、本訴のうちこの部分の取消を求める分は、訴の利益を欠くものとして却下を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石丸俊彦 裁判官 春日民雄 裁判官 村上和之)
目録一
甲府市佐渡町五番の一
一、宅地 一〇八坪
同所一三番の一
一、宅地 一四四坪五合一勺
同所一四番の一
一、宅地 二九坪七合一勺
同所一四番の四
一、宅地 四三坪三合
同所一四番の六
一、宅地 四〇坪五合六勺
同所一四番の八
一、宅地 三五坪九合
同所一四番の一二
一、宅地 三二坪六合四勺
同所一九番の一
一、宅地 二三坪八合二勺
目録二
甲府市緑町一四番
一、宅地 一三三坪二勺
右同所一五番
一、宅地 一八九坪六合七勺
別表一
<省略>
別表二
<省略>