大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和53年(行ウ)1号 判決 1979年5月09日

原告 有限会社エム・エッチ商事

被告 山梨県公安委員会

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(請求の趣旨)

1 被告が原告に対し、昭和五二年一二月二七日付梨公委防発第四三六号でなした「原告の風俗営業(料理店)は四五日間その営業を停止する」旨の処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立)

主文と同旨

(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告山梨県公安委員会より、昭和五二年一一月五日付同委員会指令第一三四三号をもつて風俗営業の許可を受け、甲府市北口一丁目四番一一号において料理店「歌磨呂」を経営している。

2  被告は原告に対し、風俗営業等取締法四条に基づき、昭和五二年一二月二七日付梨公委防発第四三六号をもつて、昭和五二年一二月二八日から同五三年二月一〇日までの四五日間右料理店「歌磨呂」の営業の停止を命ずる旨の行政処分(以下「本件処分」という)をなした。

3  しかしながら、本件処分には、事実と全く相違している事由をその処分理由としている瑕疵が存するし、また風俗営業等取締法五条所定の聴聞の機会を実質的に保障しなかつた手続上の瑕疵がある。また仮にそうでないとしても、被告は、極めて軽微、かつ、形式的理由のもとに、原告に対し一月半にも及ぶ、しかも年末年始のいわゆる稼ぎ時に本件処分を行なつたものであり、本件処分は、被告の有する処分裁量権を著しく濫用したものであつて、比例原則、平等原則に違反した違法なものである。

4  そして、本件処分における営業停止期間を経過した後である現在においても、次に述べるとおり、原告は、本件処分の取消を求めるにつき現に法律上の利益を有している。

(一) 本件処分は、右期間の経過によつても処分がなされたということ自体は現状のまま存続するのであるから、原告が将来受ける可能性のある同種行政処分において、本件処分歴が重視され、爾後の処分内容を決定するに当り加重事由として考慮されるおそれがある。

(二) 原告の営業が風俗営業であるという性質からして、制裁的な本件処分を受けたことが各種報道機関を通じて社会一般に流布され、特に本件の場合既に警察当局の捜索のあつた翌日の新聞紙上でその報道がなされたことにより、原告は、業務上の信用名誉等の人格的利益につき重大な損害を蒙つた。そして、右損害は財産的損害の填補により到底回復されるものではないから、右損害の回復を図るためには、本件処分の取消しを求める必要がある。

5  よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

二  被告の本案前の主張及び請求原因に対する認否

(本案前の主張)

本件処分の効果は、営業停止期間中、原告に対し前記「歌磨呂」店の営業の停止を命ずるに止まるもので、右期間経過後である現時点においては、その営業につき本件処分の効果が及ぶことなく、右処分を受ける前と同様の権利状態にあるというべく、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。

すなわち、原告が本件処分を受けたことによつて、原告は、将来受ける可能性のある同種の行政処分においてこれを加重されたり、また他に不利益に取扱われたりする旨の実体法上の規定は存しないし、更に、本件処分については顧客に対しその旨が公示されたわけでもないから、原告には、本件処分が取消されなければ回復できないような営業上の信用、名誉等の損害も存しない。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の事実は否認する。

3 同4の主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  まず、被告主張の本案前の抗弁について判断する。

1  本件処分が、昭和五二年一二月二八日から昭和五三年二月一〇日までの四五日間の営業停止処分であることは当事者間に争いがないから、同処分は、昭和五三年二月一〇日の経過により、その効力を喪失したものというべきである。

2  行政事件訴訟法は、処分の取消しの訴えにつき、処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においても、なお処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者は、これを提起することができると規定しているところ(九条括孤書)、取消訴訟における訴えの利益(原告適格)の存否は、当該処分の根拠法条たる行政法規が何を保護法益としているかによつてこれを判断すべく、同法規が個人の利益を保護していると考えられる場合には、その保護された利益の侵害をもつて、行政事件訴訟法九条に定める取消訴訟を求める法律上の利益と解せられるが、当該法規が主として公益の保護を目的としていると考えられる場合には、当該法規を根拠としてなされた処分により個人の利益を侵害されたとしても、これにより取消訴訟を求める法律上の利益を有すると解することはできない。この理は、当該処分が期間満了等により失効した場合において、当該行政処分を取消すことにより回復すべき法律上の利益(行政事件訴訟法九条括孤書)を有するか否かにつき判断する場合も同様である。

3  そこで、本件につき右訴えの利益の存否についてみるに、原告は、(一)本件処分は、将来原告が受ける可能性のある同種の処分の加重事由として考慮されること、(二)本件処分により、原告の営業上の名誉信用等の人格的利益を侵害され、その回復には金銭賠償をもつてしては不可能であることを指摘して、右処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する旨主張するので、以下、この点につき検討する。

4  風俗営業等取締法、同法に関する総理府令、山梨県風俗営業等取締法施行条例及び同条例に関する山梨県公安委員会規則(以下「風俗営業法及びその関係法令」という。)には、同法に基づく営業停止処分を受けたことの故をもつて、後の行政処分、刑罰、営業許可、許可更新(本件処分の対象となつた「料理店」の営業許可に関しては更新の制度はない。)等につき不利益に取り扱うこととした規定はない。

更に、後において行なわれる行政処分等において、本件処分が前歴として、その情状の一要素に斟酌されることがあるとしても、それは処分者の裁量の問題であり、本件記録によつても、必ず斟酌されると認むるに至らず、右はなんら具体的現実的な不利益といえないから、右回復すべき法律上の利益に該当しない。

5  更に、風俗営業等取締法四条一項による処分は、法令又は条例違反行為の存した場合で、かつ、その営業を継続させることが善良の風俗を害する虞があるときになされるものであつて、これに明らかな如く、同処分の目的はあくまで善良の風俗の保持にあると言える。右処分が被処分者に対する制裁的側面を有するとしても、それは、同処分の副次的効果に過ぎない。従つて、右副次的効果としての処分の制裁的側面により、被処分者の名誉、信用等の人格的利益が害されることがあるとしても、これは、右法条により保護された利益の侵害と解することはできず、また風俗営業法及びその関係法令全体をみても、行政処分による被処分者の名誉、信用等の人格的利益を保護したものと解せられる規定は存しない。従つて、右処分者の名誉、信用等の人格的利益は、右回復すべき法律上の利益に該当しない。

6  以上検討したところによれば、原告主張の点について、本件取消訴訟の訴えの利益を肯定することはできないし、また一件記録上他に本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益があることを窺わしめるに足りるものもない。

二  よつて、本件訴えは、本案について判断するまでもなく、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 神田正夫 田村洋三 千川原則雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例