甲府地方裁判所都留支部 昭和42年(わ)60号 判決 1967年12月25日
主文
被告人を罰金五万円に処する。未決勾留日数中五十日を一日金二百円に換算して右罰金刑に算入する。
右罰金を完納することが出来ないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、(一) 昭和四十二年九月十八日午後十一時頃、山梨県北都留郡上野原町四方津二千六番地飲食業佐藤トシ子方店舗に於て、同女(当三十七年)の胸部を右手拳で突き、転倒させるなどの暴行を加え、
(二) 同年九月十九日午後九時頃、山梨県大月市梁川町新倉呼戸五百三十二の一番地飲食業熊坂シヅコ方に於て、同女(当五十八年)の胸部を掴んで戸外に引張り出し、拳で胸部を突くなどの暴行を加え、よって、同女に対し全治約八日間を要する前胸部打撲の傷害を負わせ、
第二、昭和四十二年九月十九日午前二時頃、第一(二)記載の熊坂シヅコ方裏戸を押しあけ、同女方三畳間に故なく侵入し
たものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(常習性の有無について)
本件公訴事実中、判示第一(一)(二)は、暴力行為等処罰に関する法律第一条の三違反の常習一罪として問擬されているので、右の各犯行が、果して同法同条に定める常習性の発現したものと認められるか否かについて検討を加える、先ず、≪証拠省略≫によると、被告人は、
(一) 昭和三十五年七月十九日甲府地方裁判所に於て、恐喝、傷害罪により懲役八月に、
(二) 昭和三十五年五月三十日日下部簡易裁判所に於て、傷害罪により罰金三千円に、
(三) 昭和三十八年六月十二日甲府簡易裁判所に於て、傷害罪、道路交通法違反により罰金二万円に、
(四) 昭和四十年一月十二日山梨簡易裁判所に於て、暴行、傷害罪により罰金八千円に、
(五) 昭和四十年九月二十八日山梨簡易裁判所に於て、傷害罪により罰金一万円に、
(六) 昭和四十年十二月二十日山梨簡易裁判所に於て、傷害、暴行罪により罰金三万五千円に、
(七) 昭和四十一年五月二十日上野原簡易裁判所に於て、暴行罪により罰金一万円に、
夫々処せられていることが明白であるから、被告人に、暴力行為をなす習癖の有ることが一見して明瞭の如くである。然し乍ら、同法同条にいう常習とは、何年内に前科何犯以上あれば常習性があり、何犯以下であれば常習性がないと言う如く、劃一的形式的に決すべき事柄ではなく、あくまでも、犯人が、暴力行為を累次反覆することに因り、ついに暴力行為をなす習癖が発現する状態にあることを言い、犯人の主観及び行為の客観両方面より観察し、実質的且つ個別具体的に判断すべき問題であると解されるところ、前掲挙示の各証拠によれば、判示第一(一)の暴行は、被告人が、事件当夜自動車運転及びハツリ工の仕事を終えた後、相模湖与瀬の某飲食店に於て清酒約三合を飲酒し、次いで行きつけの佐藤トシ子方に至り、重ねて飲酒する内酔余相客と口論し、同女よりたしなめられた上退去を求められたため、矢庭に憤激して同女の胸部を手拳で数回突き、もって同女を店内に転倒させるに至ったと言うのであり、第一(二)の傷害は、右佐藤トシ子方より深夜酩酊して帰宅する途中、平素から眤懇の間柄にある熊坂シヅコ方の前に差しかかった際、にわかに帰宅を思い止まり、強いて同女方に押入って一泊した上、そのまま勤務先に出勤したところ、その後同女が数回に亘って被告人の妻のもとに赴き、夫の素行に注意すべき旨警告すると共に、昨夜金銭を窃取する目的で同女方に押入ったと苦情を申し入れたことから、帰宅して妻より問い質された被告人が処置に窮した末、自動車にて同女を自宅に伴い、妻に言訳をさせようと企図し、乗車を拒否する同女とその店頭で揉み合った結果生じたもので、証人小俣佑一の尋問調書によると、右暴行は、被告人と同行した同証人の外、たまたま居合わせた同女の親戚二名が之を目撃しており乍ら、誰一人として制止しようとしなかった程度のものであり、証人熊坂シヅコの尋問調書中、その時同女が被告人の暴行により路上に転倒した旨の記載部分は、証人小俣佑一の前記尋問調書並びに、現場に於て証人尋問を施行した際の同女の言動に照らしてたやすく措信し難いものであるところ、之等の事実よりすれば、佐藤トシ子に対する暴行は、飲酒酩酊のため自制力が減退したことによる偶発的な行為と認むべく、又、熊坂シヅコに対する傷害は、家庭の平穏を回復せんとする窮余の策として、同女に同行を求めた際のいざこざから発生した結果で、同様に偶発的な犯行と認むべく、何れも之等が、被告人の意思及び行為自体の客観的評価の両面より観察するとき、前示前科と関連性を有するもの、即ち被告人の暴力行為をなす習癖より発現したものとは未だ認め難く、従って、右各所為を、常習的暴力行為の縮少的構成要件である単純暴行及び単純傷害の併合罪をもって処断するのが相当であると思料されるので、この点に関する検察官の主張は採用することが出来ない。
(訴因変更の要否について)
暴力行為等処罰に関する法律第一条の三違反の事実は、単純暴行罪及び単純傷害罪を包含するものなので、訴因として記載された事実よりも縮少された事実を認定する本件については、訴因変更の手続を要しないと解する。
(情状)
以上の如く、被告人の判示第一(一)(二)の各所為は、何れも偶発的な犯行と認められる上に、被告人は被害者佐藤トシ子と熟知の間柄で、同女は被告人の本件犯行を宥恕しており、又、被告人は被害者熊坂シヅコと格別眤懇の間柄にあり、平素親しく交際していた許りか、事件当日も同女が被告人に朝食を与えて出勤させた位で、その外、飲食代金の未払分を含め、金五万円で示談が成立している事情は、すべて被告人のために有利に斟酌されるべきである。尤も、被告人が、昭和四十二年五月十五日甲府地方裁判所に於て、強姦、道路交通法違反により、懲役三年、但し、保護観察付執行猶予四年に処せられており乍ら、重ねて本件犯行に及んだことは、反省自戒が欠如していると断ずる外はなく、甚しく遺憾であると言わねばならない。
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人の判示所為中第一(一)の所為は、刑法第二百八条、罰金等臨時措置法第三条に、第一(二)の所為は、刑法第二百四条、罰金等臨時措置法第三条に、第二の所為は、刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第三条に夫々該当するところ、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるので、各罪につき所定刑中罰金刑を選択した上、同法第四十八条第二項に従い、所定罰金額を合算した範囲内に於て、被告人を主文第一項の刑に処することとし、刑法第二十一条に則り、未決勾留日数中五十日を、一日金二百円に換算して右罰金刑に算入する。右罰金を完納することが出来ないときは、刑法第十八条に従い、金五百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し、全部被告人の負担とする。よって、主文の通り判決する。
(裁判官 石垣光雄)