甲府地方裁判所都留支部 昭和54年(わ)20号 判決 1981年3月16日
主文
被告人を罰金五〇、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一 被告人は、昭和五〇年ころ、山梨県富士吉田市内の富士柔道会に所属し、その会員の養成に従事していた者であるが、同会に所属していた太田茂夫(当時四一年)と会の運営等についての意見が対立するようになり、互に反目し合つていたところ、その後、同人が被告人の届けるべき昇段証書を第三者に届けたことなどに憤激し、昭和五二年一〇月九日午後零時三〇分ころ、同市下吉田五、二〇七番地所在の飲食店「美也川」こと三浦富紀子方において、たまたま見かけた右太田に対し、「ちよびちよびするな。」などとどなり、いきなり手けんで同人の顔面や頭部を殴打したうえその胸部等を足げりする暴行を加え、よつて同人に全治約一週間を要する下口唇挫創並びに左眼窩部及び胸部挫傷の傷害を負わせた。
第二 被告人は、昭和四五年ころから、同下吉田一、〇四八番地所在の佐野整骨院において、柔道整復師の業務に従事していた者であるが、医師、歯科医師、診療放射線技師又は診療エツクス線技師の免許を有しないのに、昭和四六年三月三〇日、同整骨院において、エツクス線装置(アトムスコープFO八―一型)を使用して小林桂樹の右拇指に数ミリレントゲンのエツクス線を照射したほか、同年四月一五日から昭和五三年九月二五日までの間四七五回にわたり、同所において、同装置を使用して二一九名の人体に数ミリレントゲンから三十数ミリレントゲンのエツクス線を放射し、これを業とした。
(証拠の標目)(省略)
(判示第一の事実についての弁護人の主張に対する判断)
一 医師高橋常和作成の診療録について
右診療録の写し及び証人高橋常和の当公判廷における供述によれば、医師高橋の所持するところの太田茂夫についての診療録中、主訴欄の次の現病歴欄には、同人が昨日来顔面の挫傷で疼痛を訴えている旨の記載があり、これは、昭和五二年一〇月九日に記載されたものであつて、その後訂正されていないことが認められる。
しかしながら、右記載がどのような問診等の経緯によつて作成されたものであるのか明らかでなく、右診療録写し及び証人の供述によれば、同記載は、その第一面並びに主訴、現症欄等に比べて重要な部分であるとはいえないことが認められ、また、太田茂夫の説明の誤り、医師高橋の聴取又は記述の誤りによつてこの記載が作成されたともうかがわれ、これらの事実と、前記判示第一の事実についての証人等の供述とを併せ考えると、右記載並びにその日、不訂正等は、判示第一の事実の認定の妨げとはならない。
二 アリバイについて
被告人は、当公判廷において、昭和五二年一〇月九日午前九時ころから午後五時ころまでの間、宮下謹次方にいて、同所において朝食及び昼食をとつた旨述べ、移送前の第八回公判調書中の証人宮下尹子の供述部分はこれに沿い、証人宮下謹次の当公判廷における供述にもこれに沿うかのようなところがある。
しかしながら、被告人の検察官に対する昭和五三年六月九日付け供述調書によれば、被告人は、当初、昭和五二年一〇月九日午後零時三〇分ころには自宅にいたと思うが、これを証明すべきことはなく、このような人もいない旨述べていたことが認められるところ、移送前の第七回公判調書中の被告人の供述によれば、被告人は、昭和五四年三月一四日になり、初めて同公判廷においてアリバイのあることを供述し、前記のとおり宮下謹次方にいて食事をとつたところ、同人方で朝食をとつたのは一度だけの珍らしいことであるので、このことを覚えている旨述べるに至つたことが認められ、このように珍らしいことであるのにかかわらず、アリバイの主張が遅れたことにつき、被告人は、当公判廷において、たまたま思い出して供述するに至つたこと以外に、特別の理由を述べないこと、その他、証人宮下あきみの当公判廷における供述によつて認められるところの宮下真奈美が治療(被告人の右供述によれば、この治療をしたのは被告人自身であることが認められる。)を受けた時刻等を併せ考えると、被告人のアリバイについての供述は、いずれもにわかに措信できない。
また、右宮下尹子及び被告人の各供述によれば、宮下尹子は、被告人のアリバイについての事実を細部にわたつて記憶しているが、その後の事実についてはそれほど記憶していないこと、宮下尹子の右アリバイについての記憶は、細部にわたるまで被告人の供述と符合していることが認められ、これらの事実と、右各供述によつて認められるところの宮下尹子がその供述前の昭和五三年九月ころから被告人において組織した全国柔道整復師会の被告人方にある事務所に事務員として勤務していることなどとを併せ考えると、宮下尹子の供述をもつて、被告人のアリバイの供述の裏付けとすることはできない。
また、証人宮下謹次の当公判廷における供述は、あいまいであつて、同人の検察官に対する昭和五四年三月一五日付け及び同年四月一三日付け各供述調書(ただし、後者は一部のみ)の供述記載と照らして検討すると、これらと相違しているところが多く、右公判廷における供述をもつて、被告人のアリバイの供述の裏付けとすることはできない。
そうすると、被告人について、アリバイは存在しないといわざるをえない。
三 いわゆるでつちあげ、その他について
本件証拠によれば、被告人と太田茂夫との間には、昭和五二年一〇月九日以前に、判示第一の事実以外に種々の対立、反目等の経緯、事情が存在したことがうかがわれるが、これらの事実をもつてしても、右第一の事実がでつちあげなどによる架空のものであるということはできず、その他、同第一の事実についての証人等の供述における一部のくいちがいなどをもつてしても、同事実の認定を妨げることはできない。
(法令の適用)
一 罰条 判示第一の所為 刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号
判示第二の所為 包括して診療放射線技師及び診療エツクス線技師法二四条三項、一項、二条二項(一項四号)
二 刑種の選択 各所定刑中、罰金刑を選択
三 併合罪加重 刑法四五条前段、四八条二項
四 労役場留置 同法一八条
五 訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文
(判示第二の事実についての弁護人の主張に対する判断)
一 診療放射線技師及び診療エツクス線技師法(以下診療放射線等技師法という。)二四条三項の該当性について
弁護人は、右条項が、エツクス線関係従事者の地位の確立及び独立のためのかつての右法立法に至るまでの運動、同従事者保護のためのものであるその立法趣旨、業とする者のみを対象とする同条の規定の仕方等からして、柔道整復師を予定していないというべきであり、その適用範囲は必要最少限度のものにとどめるべきであることなどから、判示第二の事実は同条項に該当しない旨主張する。
しかしながら、右条項において引用する同条一項は、医師、歯科医師、診療放射線技師又は診療エツクス線技師(以下医師等という。)でなければ、同法二条二項に規定する業をしてはならないとするものであつて、文理上、医師等以外のすべての者に対して右のような業務をすることを禁止し、例外を認めていないといわざるをえず、したがつて、医師等以外の者は同法二四条三項により処罰されるとせざるをえず、この規定を他の特異なものと解釈すべき合理的理由は見いだしえない。この点についての弁護人の主張も、右のような特異な規定と解釈すべき合理的理由とはいえない。
よつて、弁護人の右主張は採用できない。
二 正当業務行為ないし社会的相当行為について
弁護人は、判示第二の所為が、業務に必要な範囲内のものであつて患者の同意を得たものであり、しかも施術に有益なものであることなどから、正当業務行為ないし社会的相当行為であつて、許されるべきものであり、その違法性は阻却される旨主張する。
しかしながら、検察官作成の捜査関係事項照会書の謄本、沖武夫作成の同照会書に対する回答書及び証人保坂行男の当公判廷における供述によれば、エツクス線の照射は人の健康に害を及ぼすおそれの存するものであることが認められ、この危害の予防のため、医師等以外の者によるその照射を可能な限り絶体的に禁止しなければならないというべきであり、このようにすることによつて、医師及び歯科医師による適格な診療ないし指導を受ける機会を持たせることができるのである。エツクス線の照射がこのようなものであるから、判示第二の所為が、右のように必要な範囲内のものであつて同意を得たものであるなどとしても、被告人の柔道整復師の業務の正当な範囲内に属するものであるとはいえず、また、右のように有益なものであるなどとしても、法秩序全体の精神に照らして是認され、一般に社会通念上正当なものであるともいえない。したがつて、右所為は正当業務行為ないし社会的相当行為ではないといわなければならない(なお、証人羽原桂治郎の当公判廷における供述によれば、診療放射線等技師法に従う医師及び歯科医師の指示、医師等によるエツクス線の照射を経由して、柔道整復による施術をすることが可能である―特に同施術所に照射装置があるときには、このような施術をすることが容易である―と認められる。)
よつて、弁護人の右主張も採用できない。
(量刑の理由)
本件第一の犯行はその態様からして悪質であり、本件第二の犯行はその期間、照射回数等からして軽視できないといわなければならず、検察事務官作成の前科調書二通によれば、被告人は昭和三四年から昭和四三年の間に業務上過失致死及び同過失傷害罪、業務上過失傷害罪、傷害罪等により三回罰金刑に処せられていることが認められるが、他方、本件第二の犯行については、被告人の当公判廷における供述によれば、施術のための必要からしたものであることが認められ、きびしく非難すべきものではないというべきであり、その他、被告人の各犯行後の行動等諸般の事情を考慮して、主文のとおり量刑する。
なお、本件第二の犯行に供されたエツクス線装置は、現在の状態においても、医師及び歯科医師の指示、医師等による照射により適法に使用しうるものであるから、これを没収しない。