甲府家庭裁判所 事件番号不詳 決定
少年 T(昭一九・五・二四生)
主文
少年を甲府保護観察所の保護観察に付す。
理由
一、罪となるべき事実
少年はKの長男であるが、平素父Kは酒に溺れて家庭をかえりみなかつたため妻C子との間には夫婦喧嘩が多く、少年も父と対立し、家庭の和合は常に乱されていた。少年は家庭不和を深く悲歎し、日頃父Kに対して、その非を責め、あるいは懇願し、時には叩くなどして禁酒を要求していたが、父Kの酒癖は一向に改まらず依然として家庭は暗いものであつたから少年は次第に父を憎悪するようになつていたところ、昭和三十四年九月四日早朝父Kが飲酒したことを聞知していたく憤激し、またこの際叱責すればあるいは改心してくれるかも知れないと考え、同日午前六時頃から午前七時頃までの間に、山梨市○○○○番地○○料理店こと○村○雄方並びに自宅(本件当時山梨市○○○○番地)において、父Kの頭部、顔面などを平手にて十数回殴打し、因つて同人をして同日午後八時二〇分頃自宅において硬脳膜下出血により死亡するに致らしめたものである。
二、上記事実に適用すべき罰条
刑法第二〇五条第二項
三 、主文掲記の保護処分に付する事由
少年は昭和三二年三月父母弟妹と共に愛知県半田市から山梨市○○○○番地に移住し、○○○中学校に通学していたのであるが、知能は高くかつ努力型であつたから学業成績は常に上位を占めていたし、また責任感が強く品行方正で運動神経も発達していた(野球、陸上競技の選手)ので生徒間に人望があり生徒会長を務めるほどであつた。もつとも少年の性質には神経質、短気、勝気、冷淡、高慢などの傾向が認められるけれども、それらは異常的なものではなく社会的行動において問題視される点はなかつた。
しかし少年は家庭的には恵まれなかつた。すなわち父Kは、青年の頃から酒を好み女関係などもあつて品行に問題があつたが、事業の失敗などが原因で漸次酒癖が強くなり、昭和三二年頃からは全く酒に耽溺し、昨年八月頃にはアルコール中毒症状を示すようになつた。そのため妻C子と口論、喧嘩が絶えず、少年も父への反感を高めた。けれどもKの酒癖は一向に改まらずかつ加えて自儘な行動をなし、家庭を全くかえりみなかつたので勝気な妻C子との夫婦喧嘩は依然として続き、C子は自殺を計つたことさえあつて、家庭は常に不和の状態であつた。このような事情であつたから少年は母に同情し、また自分の学校、社会からの評価を苦慮して、父に対して強い反感と憎しみを抱き、父の飲酒を契機としてその感情が激発し、本件を惹起した。この事件は結果的には地域社会の耳目をひいた犯罪であるが、その原因は要するに父の酒乱を主因とする家庭不和に存するのであつて、少年の犯罪的性格に由来するのではない。少年が本件以前においても父に対して暴力を振つた事実が認められ一応その性格が問題視されるし、またこの事件による社会的影響(主として家庭道徳の面)も無視することはできないけれども、少年の置かれた不幸な環境に思いを致すならば強く非難することはできない。
ところでこの事件によつて生計の中心を失い、格別財産もなくまた経済力にも乏しい少年や母弟妹の今後の生活が困難であることは明瞭であり、特に自らの手で父を失つた少年の精神的苦痛は容易に癒えないであろう。少年には資質上特に問題点は認められないが、神経質で感受性が強いがゆえに今後の物心両面における困難のため明朗な生活への期待が妨げられる虞れがあり、父代りの親身な指導者の存在が必要である。
よつて、当裁判所は、審判の結果、罪質、家庭環境、少年の資質などを綜合考慮し保護観察に付するのを相当と認め少年法第二四条第一項第一号少年審判規則第三七条第一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 藤嶋利郎)