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甲府家庭裁判所 平成20年(家ロ)1003号 決定 2008年11月07日

主文

申立人の各申立てをいずれも却下する。

理由

1  申立ての趣旨

(1)  未成年者Cの監護者を,仮に申立人と定める。

(2)  相手方は,申立人に対し,未成年者Cを仮に引き渡せ。

2  事案の概要

当庁家庭裁判所調査官の調査報告書を含む一件記録によれば,次の事実が一応認められる。

(1)  申立人と相手方は,平成16年×月×日婚姻し,平成○年○月○日未成年者長男Cをもうけた。申立人と相手方は,平成19年×月×日未成年者の親権者を相手方と定めて離婚したが,同年×月×日に再婚した。

再婚後,申立人と相手方及び未成年者は,申立人の実家で,申立人の両親と同居していたが,相手方は平成20年×月から睡眠薬を服用するようになり,同月×日及び同月×日に心療内科を受診したところ,環境を変えるように勧められ,相手方は同月×日に申立人らと未成年者の誕生祝いを済ませた後,一人で実家へ帰った。

(2)  申立人宅では,日中未成年者を監護できないので,申立人は,相手方と別居後,未成年者を昼間は保育園に預け,送迎を申立人と申立人の両親で分担するなどしていた。

(3)  申立人と相手方との間では,平成20年×月ころ離婚の話が出るようになり,同月×日には,相手方が,未成年者に会いに若しくは連れに,あらかじめ申立人に連絡した上で申立人宅に出向いたが,申立人が未成年者を親戚宅に預けてしまったので,相手方は未成年者に会うことはできなかった。

平成20年×月×日に相手方は,未成年者を連れて帰るつもりで,保育園を訪れたが,申立人は相手方が現れたのに気づき,相手方に会わないように未成年者を連れて帰宅した。

平成20年×月×日夕方に,相手方と相手方の両親が,申立人宅に行き,相手方が未成年者を抱いて離さなかったことから,警察が間に入り,1週間相手方が未成年者と生活し,それから申立人の下に帰すという約束をし,相手方が相手方の実家に未成年者を連れて行った。同月×日に申立人が相手方の実家に未成年者を迎えに行き,連れ帰った。

(4)  申立人と相手方は,平成20年×月×日及び同年×月×日に○○家庭裁判所において,夫婦関係調整調停を行い,期日間の同年×月×日に一泊二日で相手方と未成年者が面接交渉を行った。

(5)  平成20年×月×日に調停が不成立で終了した後,相手方は未成年者との面接交渉を望んだが,調停時の相手方代理人を通じて,申立人代理人に連絡したところ,申立人代理人は,調停で面接条件等を定めなければ面接交渉には応じられない旨回答し,面接交渉が実施されていなかったところ,相手方は,同年×月×日に,保育所から未成年者を連れ出した。

(6)  相手方は,平成20年×月×日に未成年者を連れ出して以来,未成年者を監護している。相手方は,現在の住居には同月×日から居住しているが,申立人には居所を明らかにしていない。裁判所に対しては居場所を明かして訪問調査にも応じたが,相手方には居所を伏せるように求めている。相手方は現在無職であるが,求職中であり,未成年者は同年×月×日から保育所に入園予定である。未成年者は喘息の持病があるところ,相手方は,保険証はないが,実費で診察と投薬を受けさせている。

現在の監護状況について,当庁家庭裁判所調査官が平成20年×月×日に相手方宅を訪問し,相手方及び相手方父母と面接し,未成年者の観察を行った。また,平成20年×月×日には,当庁で交流面接の実施を予定していた。家庭訪問で,相手方の未成年者の監護状況には環境も含めて特段の問題は見られず,相手方との関係については,良好であることが観察された。当庁での交流面接については,未成年者が相手方と離れて,申立人と面接することを拒み,相手方が申立人と同室になることを拒んだため,申立人と未成年者との交流状況を観察することはできなかった。

3  当裁判所の判断

保全処分が認容されるためには,保全の必要性と本案認容の蓋然性が要件とされる。子の引渡しは,未成年者の保護環境を激変させ,子の福祉に重大な影響を与えるので監護者が頻繁に変更される事態は極力避けるべきであり,保全の必要性と本案認容の蓋然性については慎重に判断すべきものと思われる。

本件では,申立人と相手方が別居した平成20年×月×日から同年×月×日まで申立人は未成年者を監護していた。相手方が,子の引渡し等の裁判手続によらずに平成20年×月×日に保育所から未成年者を連れ出して以来監護していることについては,違法な行為で監護が開始したことを否定できない。そこで,相手方の監護の開始時の違法な行為を審判の中でどのように考慮すべきかが問題となる。

そこで,検討すると,家事審判手続において,相手方が違法な行為で監護を開始したことは,監護者としての適格性を評価する一事情として考慮すべきと思われるが,そのことに基づいて直ちに子の引渡しを命ずるのではなく,あくまで子の福祉を考慮して判断すべきである。もっとも調停や裁判の結果などに反して子を奪取した等,相手方の不法性が極めて顕著である場合には早急な審理に基づいて子の引渡しが原則として認められてよいと思われるが,本件では,平成20年×月×日の別居当時,相手方の精神状態が悪く,未成年者を連れて実家に帰ることは困難であったと思われること(当時相手方の精神状態が悪くなった原因を含めて別居時に申立人が未成年者の事実上の監護者になった経緯の詳細については,申立人と相手方の主張に乖離がある。),当事者間で離婚の話になったのは,平成20年×月ころであり,別居当時は相手方が実家で静養してまた戻ってくることが予定されていたと思われ,別居当時に,相手方が離婚までの別居期間中,事実上申立人が監護することを了解していたとはいえないこと,別居時の上記事情により,事実上申立人が未成年者を監護することになってしまったことから,相手方はやむなく申立人に対し,面接交渉を申し入れていたものであり,これをもって相手方が,事実上申立人が監護することを容認していたとみることは相手方に酷と思われること等の事情を考慮すると,本件が相手方の不法性が極めて顕著である場合に当たるとはいえないと思われる。

そして,本件では,従前未成年者の監護の中心は相手方であり,一度目の離婚の際には,相手方が親権者となった経緯があること,相手方の未成年者の監護状況については,まだ監護を始めてからの期間が短いので,長期的に問題がないかどうかについては不明であるが,現状では特段の問題が認められず,相手方との関係について,良好であることが観察されたのは前述のとおりであること等を考慮すると,申立人と相手方のどちらが子の監護者にふさわしいか即断することはできず,本案認容の蓋然性があるとまではいえないし,本案で保全処分の判断が覆る可能性があるのに敢えて本案の結論を待たずに保全処分をしなければならないような事情も見当たらず,保全の必要性も認められない。

そうすると,本件では保全の必要性及び本案認容の蓋然性が認められないから,本件各申立てを却下することとし,主文のとおり審判する。

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