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盛岡地方裁判所 平成16年(ワ)157号 判決 2007年2月02日

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

別紙当事者目録記載の被告らは,原告に対し,それぞれ別紙立替払契約内容一覧表(以下「別紙一覧表」という。)の「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する平成16年2月18日(ただし,被告D,同G及び同Lについては同月19日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

被告らは,後記のとおり,株式会社ダンシング(以下「ダンシング」という。)の製造販売に係る健康寝具を有限会社●●●商事(以下「●●●商事」という。)を介して購入し,その購入代金の支払につき,原告との間で立替払契約を締結した。本件は,原告が,被告らに対し,立替払契約に基づき,別紙一覧表「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する支払済みまでの約定遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(証拠により認定する場合は括弧内に掲げる。)

(1)  当事者

ア ダンシング(乙7)

ダンシングは,本店を兵庫県姫路市に置き,寝具の販売等を業としていた株式会社であり,不特定多数の者に対して,寝具(商品名「テルマール」。以下「本件寝具」という。)を,シングルサイズ36万円(税込37万8000円),ダブルサイズ46万円(税込48万3000円)で販売するとともに,その購入者を会員として登録し,報酬ないし紹介手数料を支払うという商法を行っていた。

ダンシングの会員には,モニター会員とビジネス会員等の種別があり,前者は,毎月アンケートの回答(平成10年10月以前は,これに加えて月500部程度のチラシ配布)をダンシングに提出すれば,毎月3万5000円の報酬を2年間にわたって得る(合計84万円)ことができ,後者は,本件寝具の新たな購入者1名をダンシングに紹介するごとに売買代金の8パーセントを紹介手数料として受け取ることができ,新規購入者を3名紹介すれば,ボーナスとして18万円が支給される。

イ 原告及び被告ら

原告は,割賦購入のあっせん等を業とする株式会社である。被告らは,本件寝具の購入代金の支払につき,原告との間で後記の立替払契約を締結した者である。

(2)  被告らと●●●商事との売買契約及び被告らとダンシングとのモニター契約の締結

被告らは,別紙一覧表の「立替払契約日」欄記載の日ころ,ダンシングの製造販売に係る健康寝具の取次販売店であった●●●商事との間で,本件寝具の売買契約(以下「本件売買契約」という。)をそれぞれ締結し,そのころ,ダンシングとの間でモニター会員となる旨の契約(以下「本件モニター契約」という。)をそれぞれ締結した。

(3)  原告と被告らとの立替払契約の締結

被告らは,上記売買代金の支払のため,原告との間で立替払契約(以下「本件立替払契約」という。)を締結した。その内容は以下のとおりである。

ア 契約日

別紙一覧表の「立替払契約日」欄記載のとおり

イ 契約内容

(ア) 原告は,被告らに代わって,上記代金につき,別紙一覧表の「立替金」欄記載の金員を●●●商事に支払う。

(イ) 被告らは,原告に対し,別紙一覧表の「立替金」欄及び「割賦手数料」欄記載の合計額を,立替払契約日の翌月27日を初回として,それ以降,毎月27日限り,24回又は36回にわたり分割して支払う。

(ウ) 支払を遅延した場合の損害金は年6分とする。

(4)  原告の立替払い

原告は,●●●商事に対し,本件立替払契約に基づき別紙一覧表の「立替払日」欄記載の日に上記立替金を支払った。

(5)  被告らの支払義務の不履行

被告らは,別紙一覧表の「既払金額」欄記載の金員を支払ったのみで,同表の「請求金額」欄記載の金員を支払わない。

(6)  ダンシングの破産(乙7)

ダンシングは,平成11年6月30日,神戸地方裁判所姫路支部において破産宣告を受けた。

第3争点及びこれに関する当事者の主張

1  争点

(1)  本件売買契約は,公序良俗に反し,無効であるか。

(2)  仮に(1)が認められる場合,原告に対して支払停止の抗弁(割賦販売法30条の4)を主張することが信義則に反するか。

2  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件売買契約の公序良俗違反の有無)について

(被告らの主張)

ダンシングが行った本件寝具の売買契約にモニター契約を組み合わせた商法(以下「本件モニター商法」という。)は,モニター特約付き寝具販売契約ともいうべきものであり,本件売買契約は,以下のとおり,公序良俗に反し無効である。

ア モニター会員は,モニター会員規約によりダンシングへマンスリーレポートを送付していたが,会員全員が責任をもって同レポートを提出していたとはいえず,ダンシング自身も提出されたレポートを有効に活用することなく,平成11年2月21日以降はその提出すら不要になっていること,モニター会員のチラシ配布により全く宣伝効果がなかったとは断じ得ないとしても,本件寝具が寝具としては高額な商品であり,本件寝具のみを購入した者がほとんどいなかったことなどにかんがみれば,レポートやチラシ配布の効果はごく僅かであったことは明らかである。

他方,ダンシングは,モニター料(毎月3万5000円)を11回分支払った段階で,シングルサイズの売上げ36万円を上回る38万5000円のモニター料を支払うことになるから,この段階で当該顧客との取引が大幅な赤字となるのであり,本件寝具の代金につき信販会社から立替払を受けたとしても,特段の効果が期待できないレポート提出やチラシ配布により,支払を受けた立替金を大幅に上回る金員を支払わなければならなかった。

イ このように,本件モニター商法は,構造的にモニター会員を増やし続けて当座の経費を賄う自転車操業をせざるを得ないもので,モニター会員数が頭打ちになった時点で,必然的に売上げをはるかに超える経費の負担に耐えられなくなるものであったといえ,このような取引をいくら継続してもダンシングにおいて利益を留保する余地はなく,客観的にみれば,早晩経営破綻を招くことは誰の目から見ても明らかな商法であったというべきである。

しかも,ダンシングは,本件モニター商法を連鎖販売取引であるビジネス会員制度と結び付けて,本件モニター商法を更に維持・発展させ,加速度的に破綻への道をたどり,多数の顧客に損失を被らせたのであるから,このような破綻不可避の商法は,自由取引の枠組みを超える反社会的な性格の故におよそ存続の許されない取引類型に当たるというべきであり,公序良俗に反する違法なものであるといわなければならない。

ウ また,本件売買契約と本件モニター契約は,形式上は,契約当事者を異にする別個の契約であるが,被告らは,ダンシングのビジネス会員から本件寝具の購入代金を上回る高額なモニター料を受領できる旨の勧誘を受け,それが本件売買契約の重要な要素となっていること,本件寝具の購入者で,モニター契約やビジネス会員契約を併せて締結しなかった者はほとんど存在しないこと,本件売買契約と本件モニター契約は一通の書面でされており,被告らは,本件売買契約の当事者をダンシングであると認識していたこと,などに照らせば,両契約は,一個の契約であると解するのが相当であり,仮に両者が別個のものであるとしても,両者が密接不可分に結びついていることは明らかである。

よって,本件モニター契約が公序良俗に反し無効である以上,本件売買契約も同様に無効になるというべきである。

(原告の主張)

被告らの主張を否認ないし争う。

ア 被告らは,本件モニター商法が破綻必至であることを前提に,本件モニター契約が公序良俗に違反すると主張する。

しかしながら,被告らとダンシングとの間の法律関係の実質は,被告らがダンシングに立替金名下に金員を受け取らせるべく,寝具の売買契約にかこつけてダンシングに対して有償で名義を貸与したというべきものであり,被告らとしては,信販会社がダンシングに立替金を支払い,ダンシングからモニター料が支払われている限り,本件各契約において給付間の均衡が保たれているかを問題とする意思は全くなかったものである。しかるに,ダンシングが倒産しモニター料の支払が途絶えた途端に,被告らにおいて,もともと意識になかった本件各契約の瑕疵を盾に信販会社に対する義務の履行を拒絶するに至ったのであって,まことに信義に反する態度である。被告らは自らの意思によって名義を貸与した者として,その実質に即した責任を負わなければならない。

そうすると,本件モニター契約が公序良俗に反するとの被告らの主張は理由がない。

なお,被告らは,本件寝具自体に価値はないと主張するが,本件寝具は寝具として十分な価値を有するものであり,ダンシングの値付けも特段高価なものではない。

イ 仮に,本件モニター契約が公序良俗に違反する無効なものであったとしも,本件売買契約と本件モニター契約は契約当事者を異にする別個独立のものであるから,本件モニター契約が無効であることを理由に,本件売買契約が無効となることはない。

(2)  争点(2)(支払停止の抗弁の信義則違反性)について

(原告の主張)

仮に本件モニター契約が公序良俗違反により無効であり,本件売買契約も同様に無効となるとしても,被告らは,信義則上,これを原告に対する抗弁として主張することは許されない。

すなわち,本件モニター商法の実態に即して本件を見れば,被告らは,自らは何らの出捐もせず,かつ,まともな労力の提供もしないで,寝具を手に入れた上,毎月一定の副収入(不労所得というべき利得)を得ることを目論んだものであり,本件モニター商法を大局的に見れば,先行したモニター会員が搾取する関係が延々と連続して続き,信販会社がその原資を支払わされていたというにすぎず,客観的にみれば,被告らモニター会員についても,モニター契約を知らなかった信販会社(原告)及び後続のモニター会員との関係で加害者としての側面を有することは否定できないものである。このように,被告らは,本件売買契約に基づき寝具の引渡しを受け,本件モニター契約に基づきモニター料や紹介手数料等の支払を受けているにもかかわらず,これを返還することなく,本件モニター契約の存在を知らなかった原告に対し,自らの寝具やモニター料の取得根拠である本件売買契約及び本件モニター契約について,公序良俗違反を主張しているが,かかる行為は,著しく正義に反し,健全な社会常識の認めるところではなく,明らかに信義則に反するものであり,許されないというべきである。

(被告らの主張)

原告の主張を争う。

割賦販売法30条の4において,購入者の割賦購入あっせん業者に対するいわゆる支払停止の抗弁が認められているのは,①割賦購入あっせん業者と販売業者との間における,購入者の商品販売に関する密接な取引関係が存在すること,②このような密接な関係が存在するため,購入者は,割賦販売の場合と同様に,商品の引渡しがされないような場合等には支払請求を拒絶できることを期待していること,③割賦購入あっせん業者は,継続的取引関係を通じて販売業者を監督することができ,また,損失を分散・転嫁することができる能力を有していること,④これに対し,購入者は,購入に際して一時的に販売業者と接するにすぎず,また,契約に習熟していないし,損失負担能力が低いなど,割賦購入あっせん業者と比較して,不利な立場に置かれることなどの諸事情にかんがみ,消費者の利益を保護するという社会的要請に応えるために,私法上の重大な特則として規定されたものである。

したがって,購入者が割賦購入あっせん業者に対して抗弁を主張することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には,抗弁の対抗が許されないことは,信義則の法理から当然であるが,割賦販売法30条の4の趣旨及び目的に照らすと,特段の事情については,信販会社である原告との本件立替払契約締結に際し,購入者である被告らに何らかの過失や不注意があるだけでは足りないというべきであり,購入者である被告らにおいて,ダンシングのモニター商法が公序良俗に反するものであることを知り,かつ,クレジット契約の不正利用によって信販会社に損害を及ぼすことを認識しながら,自ら積極的にこれに加担したような背信的事情がある場合をいうと解すべきである。

本件では,被告らは,ダンシングのモニター商法に引き込まれたのにすぎないのであり,上記のような背信的事情はまったく存在しないことは明らかである。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

証拠(甲5の1・2,7,8,乙7,8の1・2,13,14,16~20,25~33)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  ダンシングの営業実態(乙7,16)

ア 本件モニター商法の内容等

ダンシングは,昭和61年5月に設立された株式会社クローバー友の会を前身とするものであるところ,平成9年2月に商号変更し,健康寝具の展示・訪問販売を主たる業務とするようになり,当初は単純な布団や雑貨等の販売活動を行っていたが,同年8月ころから,「モニター商法」と呼ばれる布団の販売方法を開始し,販売拡大に乗り出した。

ダンシングが開始した本件モニター商法の内容は,おおむね以下のとおりである。

(ア) 顧客は,ダンシング(あるいは,その販売取次店)から本件寝具(商品名「テルマール」。シングルサイズ36万円,ダブルサイズ46万円)を購入し,ダンシングとの間でモニター契約を締結することにより,モニター会員となることができる。

顧客は,モニター会員になると,ダンシングから,本件寝具を使用した感想等を書いた簡単なレポートの作成とチラシ配布の業務を委託され,その業務の対価として,ダンシングから24か月間にわたって毎月3万5000円,合計84万円のモニター料の支払を受けることができる。

(イ) その結果,モニター会員は,ダンシングから本件寝具(シングルサイズ)を購入するとともに,信販会社との間で24回払の立替払契約を締結すれば,信販会社に対する毎月の返済額は1万7800円であるから,本件寝具を事実上無償で取得した上,2年間にわたり,毎月約1万7000円の収入(信販会社への返済額とダンシングから受け取るモニター料との差額)を得ることができることとなる。

イ ビジネス会員制度

ダンシングは,上記のモニター会員に加え,平成10年1月ころから,ビジネス会員なる制度を開始した。同制度の内容はおおむね以下のとおりである。

(ア) ビジネス会員には,本件寝具を購入するか,モニター会員が変更登録することでビジネス会員になることができる。

(イ) ビジネス会員は,本件寝具の新規購入者を1名紹介するごとに紹介手数料(寝具代金の8パーセント)の支払を受け,更に,紹介した新規購入者が3名になるとボーナス(18万円)が支払われるのに加え,マネージャー資格を得ることができる。そして,マネージャーになると,自分の直接下位にある会員(第1次会員)から,その6代下位にある会員(第6次会員)まで,新規購入者ができる度に,一定のコミッション(本件寝具代金の3パーセント)を受け取ることができる。

なお,モニター会員からビジネス会員への登録変更は自由であるが,変更後は,残余のモニター料の支払は受けられない。

ウ ダンシングが破産宣告に至った事情

ダンシングは,平成10年2月ころから,急速に売上げを伸ばしていったが,これは,実質的にダンシングの営業活動を担うビジネス会員が,紹介手数料等を得るために,組織的にモニター会員を募集したことによるものであり,ビジネス会員が比較的容易にモニター会員を募集することができたのは,月々のクレジット代金よりも受け取るモニター料の方が大きいため,高価な寝具を購入しても損をしないと勧誘対象者に思わせることができたことによるものであって,モニター会員又はビジネス会員とならずに本件寝具のみを購入した者はほとんどいなかった。

ダンシングは,このようなモニター会員の急増に伴い,モニター料及び紹介手数料の支払額が急増したため,平成10年10月ころ,モニター料等の減額を検討したが,ビジネス会員から強い反対を受けたことから,これを断念せざるを得なかった。

しかし,その後もモニター会員は増え続け,支払うべきモニター料は増加の一途をたどったことから,ダンシングは,平成11年1月,同年2月20日を目処にモニター会員制度を廃止する旨を告知したところ,新規モニター会員が駆け込み的に殺到した。

その後,ダンシングは,モニター会員制度を廃止する代わりに,「テルメイト会員」なる制度を導入するなどしたが,平成11年3月,一部の信販会社から,販売方法に問題があるとして,既に契約済みの案件について立替金の支払を拒絶されたことをきっかけに,一挙に資金不足に陥った。

結局,ダンシングは,平成11年5月20日,モニター料及びビジネス手数料の支払が不能になって営業を停止し,同月31日に神戸地方裁判所姫路支部に自己破産を申し立て,同年6月30日,同裁判所から破産宣告を受けた。

(2)  原告と●●●商事の関係

原告は,平成8年1月8日,●●●商事との間で加盟店契約を締結した(甲5の1,2)。●●●商事は,医療用具・家庭用品の販売,温水浄化機器・健康機械器具・美容用具の販売及び取付工事等を目的として平成3年3月に設立された有限会社である。●●●商事の取扱商品は,当初は,リフォーム・風呂釜・24時間風呂・浄水器等であったが,平成10年10月から寝具が加わった。

(3)  本件売買契約及び本件モニター契約の締結状況(乙25~30,31,32)

被告らは,ダンシングのビジネス会員から,「健康に良い布団である。」「毎月モニター料が入る。」「モニター料でクレジットの返済を賄えるので,布団がタダでもらえる。」などと勧誘され,それに疑問を感じつつも,本件寝具の代金を上回るモニター料が受け取れることを主たる動機として本件売買契約及び本件モニター契約を締結した。

上記各契約の締結に際し,被告らは,登録申請書(兼商品購入申請書)と題する書面に必要事項を記載し,売買契約及びモニター契約の申込みを行った。同書面には,「株式会社ダンシング」との記載はあるが,●●●商事の記載はなく,被告らは,本件モニター契約及び本件売買契約の相手方はダンシングであると認識していた。

(4)  本件立替払契約の締結

被告らは,別紙一覧表のとおり,平成10年10月6日から同11年4月12日までの間に,原告との間で本件立替払契約を締結し,原告は●●●商事に本件寝具の代金を支払った。

2  争点(1)(本件売買契約の公序良俗違反の有無)について

(1)  本件モニター商法の公序良俗違反性

ア 前記認定のとおり,本件モニター商法は,ダンシングが,本件寝具を購入した上でモニター契約を締結したモニター会員に対し,毎月3万5000円のモニター料を2年間にわたり総額84万円支払うというものであるが,モニター料の総額は本件寝具の代金(シングルサイズで36万円,ダブルサイズで46万円)を大きく上回るから,本件モニター契約と併せての本件寝具の販売のほかに,本件モニター契約の付随しない本件寝具のみの販売を相当数実現しなければ,早晩ダンシングの財務内容は悪化し,経営破綻に至ることは必至であったというべきところ,本件寝具が高額な商品であり,購買可能な層がある程度限定されていることからすると,単にモニター会員からレポートの提出を受けたりチラシの配布を行わせるだけで,本件寝具のみの販売量がモニター料と寝具代金の差額を賄えるほどに増加することは,そもそも期待できないものであったと認められ,現にモニター会員のレポート提出やチラシ配布により,本件モニター契約の付随しない本件寝具のみの販売量が増えることはほとんどなかった。

イ 以上のとおり,本件モニター商法は,これを継続してもダンシングにおいて利益を留保できる余地はなく,必然的にモニター料の支払ができなくなり,ダンシングの財務破綻を招くとともに,モニター料の支払を期待し高額な代金を支払って本件寝具を購入した多くのモニター会員に被害を被らせるという構造的欠陥を有するものであったと認められる。現に,ダンシングは,直接の原因は信販会社から立替金の支払を拒絶されたことによるものであったにしても,上記のような構造的欠陥に沿った形で増大したモニター料の支払に行き詰まり,破産に至っているのである。

さらに,ダンシングは,本件モニター商法に,連鎖販売取引と認められるビジネス会員制度を組み合わせることによって,ビジネス会員をして営業活動を活発に行わしめることにより,加速度的にモニター会員及びモニター料の支払を増大させており,本件モニター商法が破綻必至の構造を備えていたことは明らかである。

(2)  本件売買契約の無効

ア 上記(1)で説示したところによれば,本件モニター商法は,早晩破綻することが明らかな詐欺的商法であり,自由取引の枠組みを超える反社会的なものとして公序良俗(民法90条)に反するというべきである。そして,本件売買契約と本件モニター契約は,形式上は当事者を異にする別個の契約となっているものの,前記認定のとおり,被告らは,ダンシングのビジネス会員から,本件寝具の代金を上回るモニター料を受け取ることができるなどと勧誘された結果,本件寝具にその購入代金相当額の価値を認めたというよりも,むしろ,寝具の代金を上回るモニター料を受領できることを主たる動機として本件各契約を締結したものであり,このことに,①本件モニター会員となるには,本件寝具を購入することが条件となっていたこと,②本件売買契約及び本件モニター契約の締結にあたっては,「登録申請書(兼商品購入申請書)」と題する一通の書面によって申込みがされており,少なくとも同書面上は本件各契約は一体的に取り扱われていること,③被告らに限らず,本件寝具を購入した者のほとんどは高額なモニター料の取得を目論んでモニター契約も併せて締結しており,商品のみを購入した者はほとんどいなかったことなどを併せ考えると,本件売買契約と本件モニター契約は,その勧誘から契約締結に至るまで一体的に行われたものであり,どちらか一方だけでは事実上成立し得ない,不可分一体のものであったと解するのが相当である。

したがって,不可分一体の契約として本件モニター商法を構成する本件各契約は,公序良俗違反により全部無効となるというべきである。

イ これに対し,原告は,本件売買契約と本件モニター契約の相手方は,それぞれ●●●商事とダンシングであって異なるのであるから,本件各契約は別個独立のものであると主張する。

しかしながら,2つの契約の相手方が異なる場合であっても,その内容及び性質等に照らして不可分一体性が肯定されることは当然あり得るところである。特に,本件では●●●商事はダンシングの販売取次店であり,しかも,営業活動はダンシングのビジネス会員が行っていたことに照らせば,本件各契約の不可分一体性を論じる上で,相手方が異なることは大きな意味を持たないというべきである。このことは,同一の販売担当者(ビジネス会員と思われる。)が,本件売買契約を締結するにあたって,ダンシングから直接購入する形式と,●●●商事から購入する形式の両方を用いていることからしてもうかがえる。

なお,●●●商事は,顧客とダンシング間のモニター契約についてまったく関知していないなどと述べているが(甲7,8),モニター契約の存在なしにこれほど高額の寝具が多数販売されること自体通常あり得ないことからすれば,それを関知していないというのはあまりに不自然であるというべきであり,にわかに信用し難い。

よって,原告の主張は採用できない。

3  争点(2)(支払停止の抗弁の信義則違反性)について

(1)  原告と被告らとの間の本件立替払契約は,原告が,被告らの●●●商事に対する本件寝具代金を立替払した上で,被告らが,2月以上の期間にわたる3回以上の分割での支払を受けるものであるから,割賦販売法30条の4の「割賦購入あっせん」(同法2条3項2号)に当たる。また,本件寝具は,割賦販売法施行令1条1項別表1第7号の「寝具」に当たり,同法2条4項の「指定商品」に該当する。

したがって,本件売買契約が公序良俗に反し無効であるとの抗弁は,割賦販売法30条の4第1項の要件を満たすから,原告の割賦金請求に対し,支払停止の抗弁を主張できるのが原則である。

(2)  もっとも,被告らが原告に対して上記抗弁を主張することが信義則に反すると認められるような特段の事情がある場合には,その主張は許されないところ,特段の事情があるというためには,被告らに何らかの不注意があるというだけでは足りず,本件モニター商法が公序良俗に反し無効であることを知りながら,不正に利益を得る目的で信販会社である原告と間で立替払契約を締結したなどの背信的事情がなくてはならないと解すべきである。

(3)  これにつき本件をみると,前記認定事実によれば,被告らは,ビジネス会員から「毎月モニター料が入る。」「モニター料でクレジットの返済を賄えるので,布団がタダでもらえる。」などと勧誘されて契約締結に至っているのであり,本件モニター商法の詳細について説明を受けたものとは認められない。このことからすれば,被告らが,本件モニター商法が破綻必至の構造を有し,公序良俗に反するものであることを認識する余地はなかったというべきである。

そうすると,被告らが,本件モニター商法ないし本件売買契約が公序良俗に反し無効であることを知りながら,不正に利益を得る目的で原告と間で立替払契約を締結したなどといった背信的事情があったとは認められない。

(4)  これに対し,原告は,①本件モニター契約は一種の代理店契約であり,被告らはダンシングの一機関として他の会員を勧誘していることからすれば,保護すべき被害者とはいえない,②被告らは,本件売買契約に基づき本件寝具の引渡しを受け,かつモニター料の支払を受けているにもかかわらず,それらを返還することなしに支払停止の抗弁を主張することは明らかに正義に反するなどと主張する。

しかしながら,そもそもモニター会員は,レポートの提出を条件にモニター料を受け取れるというものであり,ビジネス会員のように営業活動を行っていたわけではないことからすれば,モニター会員たる原告をダンシングの一機関と同一視することは困難である。

また,被告らが,本件売買契約に基づき本件寝具を受け取っており,それを返還していないことは事実であるが,それらの返還を求められたわけではないことからすれば,被告らが本件寝具を保有したままであることのみをもって背信的事情があるとはいえない。さらに,モニター料に関しては,そもそも被告らがモニター料を現に受け取ったことを認めるに足る的確な証拠はないし,仮に受け取っていたとしても,本件寝具と同様,そのことのみでは被告らに背信的事情があったとはいえないというべきである。

したがって,原告の上記主張は採用できない。

(5)  以上によれば,被告らが,原告に対し,支払停止の抗弁を主張することが信義則に反すると認められるような特段の事情は存しない。

したがって,被告らは,原告に対し,本件売買契約が公序良俗違反により無効であることを理由に,支払停止の抗弁を主張し,本件立替払契約に係る残債務の支払を拒絶することができる。

5  結論

以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 榎戸道也 裁判官 山門優 裁判官 須田雄一)

別紙

当事者目録

仙台市青葉区中央四丁目10番3号

原告 株式会社エヌシーカード仙台

同代表者代表取締役 ●●●

同訴訟代理人弁護士 ●●●

宮城県●●●

第157号事件被告(以下「被告」という。) A

岩手県●●●

同 B

宮城県●●●

同 C

岩手県●●●

同 D

岩手県●●●

同 E

岩手県●●●

同 F

岩手県●●●

同 G

岩手県●●●

同 H

岩手県●●●

同 I

岩手県●●●

同 J

岩手県●●●

同 K

岩手県●●●

同 L

岩手県●●●

同 M

岩手県●●●

同 N

岩手県●●●

同 O

岩手県●●●

同 P

東京都●●●

第201号事件被告(以下「被告」という。) Q

被告ら訴訟代理人弁護士 川上博基

同 吉江暢洋

同 石橋乙秀

同 加藤文郎

同 石川哲

同 渡辺正和

同 須山通治

以上

<以下省略>

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