大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 平成4年(ワ)394号 判決 1997年3月28日

原告

右訴訟代理人弁護士

藤田紀子

山田忠行

吉岡和弘

新里宏二

鈴木裕美

黒澤弘

門間久美子

長澤弘

齋藤拓生

岩渕健彦

小野寺友宏

豊田耕史

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

神奈川県横浜市<以下省略>

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

松倉佳紀

主文

一  被告らは、原告に対し、各自連帯して金二四四八万五二二二円及びうち金二四二六万八七七二円に対して被告野村證券株式会社は平成五年二月四日から、被告Y1は同月一八日から、うち金二一万六四五〇円に対して被告両名は平成五年二月二五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金四九五七万〇四四五円及びこれに対する、被告野村證券株式会社(以下、「被告会社」という。)は平成五年二月四日から、被告Y1(以下、「被告Y1」という。)は同月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告らに対し、被告会社の従業員であり、原告の担当者であった被告Y1が、原告に無断でワラント取引を行い、仮にそうでないとしてもワラントについての説明義務を十分尽くさずに右取引を行って原告に損害を与えたことなどを理由に、不法行為による損害賠償等を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告

原告は、昭和一九年に生まれ、高等学校を卒業後、妻B(以下、「B」という。)の祖母が営業していた●●商店の経営を引き継ぎ、海産物の小売、加工販売を行っていた。

(二) 被告ら

被告会社は、証券業を営む株式会社であって盛岡市に支店を有し、被告Y1は被告会社の従業員として昭和六二年夏ころから平成三年六月ころまで右支店に勤務し、その間原告の担当者であった。

2  原告と被告会社との間に、昭和六二年九月から平成三年六月までの間別紙ワラント売買一覧表記載のとおり、六六銘柄につき購入七〇回、売却七三回のワラント取引(以下、「本件取引」という。)が行われ、その結果原告に四四五七万〇四四五円の損失が生じた(うち、現在まで未売却の小松製作所ワラント及び日商岩井ワラントの購入代金計五七万〇六〇八円については権利行使期間が経過して無価値となったことによる損失である。)。

三  原告の主張

1  ワラントについて

(一) ワラントとは

ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)のうち新株引受権証券のみが分離して取り引きされたものであって、あらかじめ定められた期間(権利行使期間、通常は四から五年)内に、定められた価格(権利行使価格、通常発行時価格の二・五パーセント増し程度)を支払うことによって、発行会社に対して定められた数の新株発行を請求しうる権利である。権利行使時における時価と比較して権利行使価格の方が低い場合に、この差額が利益となるが、逆のままでは価値がなく(市場で調達する方が安いので権利行使するメリットがない。)、最終的に権利行使期間を経過すると単なる紙切れとなってしまう。

この差額がワラントの理論価格(パリティ)で表される(したがって、マイナスもあり得る。)が、実際には、将来の株価上昇を見込んだ価格で取り引きされる(プレミアム)。したがって、株価が一定なら残存する権利行使期間が短くなるにつれてプレミアムも下落していく傾向にある。

ワラントは、性質上株価変動による価格の上下動が株自体と比較してはるかに大きい。すなわち、単純化すれば、例えば株価が一〇〇〇円のときに権利行使価格が九〇〇円のワラントの価値は可能購入数一株当たり一〇〇円であるが、株価が一割上昇して一一〇〇円になればワラントの価値は二倍となり、逆に一割下落すればワラントは全く無価値となってしまう。

これに加えて、外貨建ての場合、為替レートの影響も受ける(円安で差益、円高で差損を生ずる。)こと及び前述のように全くの紙切れとなってしまう可能性もあることから、ワラントは極めてハイリスク・ハイリターンの証券であるといわれている。

(二) ワラントの仕組み

ワラントには、国内で円建てで発行されたものと海外で外貨建てで発行されたものと二種類がある。このうち、国内ワラントは株式等と同様国内の証券取引所に上場される。しかし、取引の多数を占めている外貨建ての場合、海外の証券取引所に上場されたものが日系の証券会社によって国内に持ち込まれ、証券会社の店頭で売買される店頭取引であり、かつ、投資者と証券会社が売買当事者となる相対取引である。

従来、このような方法による取引価格の不透明性が指摘されてきたが、平成元年から業者間市場がスタートし、翌平成二年九月からは、一六〇銘柄についてそのような業者間売買が日本相互証券に集中されることとなった。そして、その売買価格の平均値が投資家に公表され、証券会社はこの平均値から上下〇・七五ポイントの範囲内でしか投資家と取引できないことになったため、価格差は縮小しつつある。

証券会社は、売値と買値の間に差(通常一・五ポイント)を設けることによって、その差額を手数料として取得することになる。

なお、ワラントの価格はポイント=ワラント債の額面(外貨建ての場合通常五〇〇〇ドル)に対するパーセンテージで表され、右五〇〇〇ドルの場合一ポイント五〇ドルということになり、これにその時点における為替レートを掛けたものが日本円換算の価格である。

(三) ワラント取引の危険性

(1) ワラント取引は相対取引であるから、証券会社と顧客との間に利益相反を生じるという内在的な危険性がある。証券会社としては売ったワラントを買い取る義務はなく、損をすると思えば顧客からの買取要請を拒絶できるのである。その一方で、顧客とすれば店頭取引であるから実際上は購入した証券会社に売る以外に投下資本回収の途は閉ざされている。なお、日本相互証券は、権利行使期間一年未満のワラントについては値付けを行っていないので、このようなワラントは事実上流通性を失うことになる。

(2) 第二に実際上の問題として、ワラントは超ハイリスク・ハイリターンの証券であり、このようなものを扱うためには高度な経験と知識及び経済力が要求される。ところが、現実にはワラントの何たるかも全く分からない一般投資家に対し、ろくに説明もしないまま「絶対儲かる。」、「損はさせない。」などのセールストークを用いてこれを購入させる例が続出した。このような取引は、一時的には利益を上げた時期もあったが、結局バブル経済の崩壊、株価暴落によってワラントは軒並み紙切れ同然となっていった。

2  無断売買

(一) 本件取引は被告Y1が原告に無断で行ったものであり、原告がそのことを知った経過は次のとおりである。

(1) 原告は、被告Y1に対し、Bを介して現金を渡す度にそれまでの担当者に対すると同様に「危険な商品ではなく、手堅いものを買ってくれ。」と念を押していたところ、同被告は、その都度「奥様心配はございません。ご損はさせません。」などと言っていたので、原告及びBは従前どおり被告会社を信用して証券取引を任せていた。平成三年六月ころ、被告会社の担当者が被告Y1からC(以下、「C」という。)に交替し、その引き継ぎの際にも被告Y1は、「ご損なくきちんとしていますし、後任にもきちんと話してあります。」と言っていたので、原告は安心していた。

(2) しかし、間もなくBが、絵画購入のため現金二七〇万円が必要となり、Cに手持ちの証券の中から適当なものを処分して現金化してほしいと依頼したところ、同人から「今ワラントが下降の一途をたどっており八〇〇万円ほどの損が出ているから、これを売却した方がよいでしょう。」と言われ、このとき初めてワラントという商品によって損が出ていることを知った。

Bは、Cの説明に驚き、ワラントというものがどういうものか、なぜそのような損が出るものを買っているのかなどと尋ねたが、気が動転していたためよく理解することができず、とりあえずCのアドバイスに従い、ワラントを処分の上現金を持参するように依頼した。

数日後、Bの要請を受けてCが原告方に現金を持参した際、Bは改めてCに、本当にワラントなどという商品を買っているのか、ワラントとはどういうものなのかなどと尋ねたところ、同人は、ワラントで損をしているのは間違いないという話をするのみであったことから、Bは、手持ちの証券がどうなっているのかについても不安に思い、Cに原告が保有する証券の一覧表を送るよう求めたところ、後日、ファックスにて送信され、原告は自らの損害を知るに至ったものである。

(二) 右無断売買がなされたことは、次の諸点からも明らかである。

(1) 本件取引の注文伝票の中には、Bが不在中で被告Y1からの電話に応対し、ワラント取引の注文をなしえないときに注文をしたことになっているものがあるが、右のような無断売買が行われていたことは、本件取引が全体として原告に無断で行われたことを示すものである。

(2) 被告会社でも、日本証券業協会理事会決議により、本件取引開始当時には既にワラント取引確認書を徴収する体制になっていたが、被告Y1が右確認書を原告から徴収したのは、当初の取引から半年以上も経った昭和六三年四月のことであって、このように、取引開始時に徴収すべきものを徴収しなかったのは、承諾がなかったことの端的な現われである。

(3) 原告は、昭和六二年九月から六六件の本件取引を行い、そのほとんどの五八件について損を出しているが、このように損を繰り返しながら取引が続けられているのは極めて異常であって、右各取引が、原告やBの承諾とは無関係に行われたことを示している。

3  背任的取引

原告は、被告会社に対し、リスクのない安定した商品に投資するという趣旨で金銭を預託しており、被告Y1の前任者まではその趣旨に即した投資を行っていたにもかかわらず、同被告は、右の趣旨に反してワラントという投機性の極めて高い商品を扱った。

のみならず、本件取引は、原告の損失の下に被告会社の利益(スプレッド収入)を図ったとしか考えられない非常識な売買(チャーニング・過当回転売買)を繰り返したものである。すなわち、本件取引の約六割がわずか一〇日の間に売買され、その中には実質的に値動きがほとんどないものが相当数見受けられるほか、平成二年からの株価低迷期においても短期売買が増大し損失が拡大しているところ、計算上被告会社は原告に売却した一ワラント当たり一万〇五〇〇円のスプレッド収入を得たと推定され、本件取引全体で二二〇〇万円以上の利益を得たことになる。

このように本件取引は、被告会社が図利加害目的をもって原告・被告会社間の金銭預託契約上の任務に違背し、原告に損害を与えたものであって、明らかに右契約に反するばかりでなく、犯罪的とすらいえる重大な不法行為である。

4  説明義務違反

(一) 本件取引は、前記のとおり被告Y1による無断売買であり、したがって、同人は原告やBに対しワラント取引に対し全く説明していない。

(二) 仮に、被告Y1が原告らに対し、ワラント取引につき何らかの説明を行っていたとしても、証券会社及びその使用人は、ワラントの勧誘をするに当たって投資家の年齢・職業・資力・投資知識等に応じて、取引の仕組みやリスクにつき的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについて正しい理解を形成した上で取引を行い得るように配慮すべき義務、すなわち説明義務を負担している。

(三) 被告Y1は、原告との取引を通じて原告が堅実な投資傾向を有しているものの、自ら銘柄を選定するなどの知識はなく、外務員の推奨に対しほとんど無条件に承諾し、選定銘柄に対し後日文句を言うことがないという取引態様であることを知っていたのであり、このような原告にワラント取引を勧誘する場合には、ワラントという商品が銘柄選定を外務員に一任していた通常の株取引とは全く異なる高度の危険性を有する商品であることを理解できるような説明を行う必要があったというべきである。

(四) しかし、被告らの主張によっても、被告Y1は、昭和六二年八月に電話で約一〇分、その後原告方を訪問して約一五分間ワラントについて説明したのみであり、「ワラントの価格は株価と連動するが、値動きが数倍である。」、「権利行使期間を経過すると権利が消滅して無価値になる。」ということを簡単に説明したにすぎず、価格形成のメカニズム、権利行使期間前でも無価値になる場合があることなどについては説明していない。また、個々のワラント取引においても株価が上がると説明したにすぎない。

(五) なお、ワラント取引における自己責任の原則は、証券会社が一般投資家に対し自己責任を負えるだけの判断材料を提供し、投資条件を整備して初めて妥当するのであって、ワラントは株取引とは全く性質の異なる極めて危険性の高い商品なのであるから、その商品特性を説明することが自己責任の原則を適用する前提条件として不可欠というべく、その説明の程度は、投資家がその取引の内容や危険性について正当な認識を持ちうるものでなければならない。

5  誠実・公正義務違反

証券取引法四九条の二は証券会社及びその使用人と顧客の利益がときに相反する場合があることから、会社側が自社の利益に走ることを戒め、顧客に対して誠実公正な立場を取るべきことを要請し、また、同法一五七条は証券会社及びその使用人が顧客に不公正な取引により損害を与えることを規制している。そして、右各規定の趣旨は私法秩序上も当然妥当するものであるから、証券会社及び使用人は、顧客が過度の損失を被りかねない危険な取引に入り込むことのないように配慮すべきであり、いやしくも自らの利益のために進んで顧客を右のような危険な取引に導き入れてはならないという、信義則上の義務を負うものと考えられる。

本件取引は、前記3のように刑法上の背任罪にも相当するような悪質なものであり、多大な損失を被る危険な証券取引でありながら取引内容につき何らの説明もないまま行われたばかりか、取引主体である原告の承諾すらないまま被告Y1の独断でなされたものである。また、被告Y1は、安全確実な商品に限って取引を一任するという原告らの信頼を悪用し、損失状況を秘匿していたものであり、その際には被告会社の内部規則上女性がワラント取引の不適格者であり、代理人による取引が禁止されているにもかかわらず、必要書類等に警戒心の薄いBを利用して署名、押印させ、さらに、株価と連動するという傾向を有し、株価が低迷している時期は取引によって利益を上げることが困難な状況にあることを知りつつ、株価が下降に転じた平成二年以降において本件取引六六銘柄中三八銘柄と多数のワラント取引を行ったもので、これらの事情からすれば、本件取引は、右誠実・公正義務に違反する。

6  損害等

(一) ワラント売買による損失

(1) 未売却分(二銘柄)の購入代金総額 五七万〇六〇八円

(2) 売買差損 四七六〇万四二〇四円

右合計四八一七万四八一二円から売買差益(八銘柄)三六〇万四三六七円を控除した、四四五七万〇四四五円が本件取引による損失である。

なお、無断売買によっては何らの効力も生じないから、原告は被告会社に対し、右と同額の預託金返還請求権をも有している。

(二) 慰謝料

原告は被告会社の無断売買を知ってその損害額の大きさと被告Y1のやり方に憤って夜も寝られないほどの精神的苦痛を被っている。このような損害を填補する慰謝料としては、金二〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告は、被告らの行為によって本件訴訟の提起を余儀なくされ、弁護士費用として金三〇〇万円相当の損害を被っている。

(四) 損害合計

右各損害の合計は、金四九五七万〇四四五円である。

(五) 過失相殺の当否

本件は、取引型不法行為の事案であって、加害者側は取引勧誘時から終了時に至るまで被害者の過失を積極的に誘発させるべく意図して行動するのが常であり、こうした行動に終始していた加害者が被害者からの損害賠償請求に対し一転して被害者の過失を主張することは禁反言ないしクリーンハンドの原則に抵触するというべきである。

本件取引は、被告Y1が原告に無断で行ったものであり、また、背任的取引という不法行為を行ったものであるから、原告に落ち度が存在するはずもないし、高度の危険性を有するワラントについて、十分な説明義務を尽くすことなく、回転売買という異常な取引を行った被告らの悪質性からして原告の落ち度を云々する必要は全くないから過失相殺は許されない。

7  まとめ

被告Y1の行為は、①背任的取引、②無断売買、③説明義務違反、④誠実・公正義務違反に該当し、それぞれ不法行為を構成する。また、総合的に評価すれば全体として一個の不法行為を構成する。

被告Y1の右行為は、被告会社が全体として取り組んできた大量推奨販売の一環として被告会社固有の不法行為を構成する。仮にそうでないとしても、被告会社は、被告Y1の不法行為につき使用者責任を負う。

なお、無断売買については、被告会社に対し、右不法行為に基づく損害賠償と預託金返還とを選択的に併合して請求するものである。

四  被告の主張

1  ワラントについて

(一) 証券会社は、ワラントの売値と買値の間に通常一・五ポイントの差(スプレッド)を設けているものの、顧客の買注文に備えて常時ワラントの手持ちを抱えており、ワラントは株価が僅かに下落した場合であっても大幅に下落することがあり、このような場合であっても証券会社は手持ちがある限り大幅なコスト割れで売りに向かうものであるから、スプレッド分すべてが証券会社の利益になるものではない。

(二) また、外貨建ワラントの売買が相対取引であるとしても、店頭取引もその取引の公正を確保するための様々な規制、あるいは証券業界の自主ルールに基づいて営まれているものであるから、取引が不公正ということはできない。また、店頭取引であっても取引所取引に比べて流通性(換金性)が劣るものではなく、売却する相手方証券会社は購入する証券会社に限られているわけでもない。

(三) ワラント取引のリスクについて

(1) 外貨建ワラントは、売買約定代金が約定当日の為替相場により若干の影響を受けるが、為替変動の幅は知れたものであり、為替レートはテレビ、新聞等で報道されている。なお、引受権行使の際の為替レートは、発行時にあらかじめ固定されているため、行使価格、引受株数が為替の変動で左右されることはない。

(2) ワラントは、株価に連動して価格が変動する有価証券であり、リスクのある商品であるが、それは、他の株式、転換社債、投資信託などもすべて同じであって、ワラントに限ったことではない。投資家にとって投資効率のよい、平たく言えば儲かる証券にはそれ相応のリスクがあるのであって、投資である以上、必ず利益になるとは誰にもいえないし、また、期待することもできないものである。

(四) ワラントは、発行会社の株式そのものではなく新株引受権であるから、株式そのものの価格をはるかに下回る代金の支出によって発行会社の株式を取得できる権利を得る反面、その株式が値下がりした場合には当該株式の買付に要する金額全体の値下がりリスクを負わなくても済むというメリットを備えた商品である。

また、権利行使期間内であればいつでも権利を行使して株式を取得することもできるし、その時々の時価をもって売却することも自由である。このような機能的商品であるため、投資の方法次第で投資家にとっても大きなメリットが得られるものであるから、危険性のみを有する商品ではない。

(五) 国内、国外ともに活況となったワラントの流通市場において利益を上げたのは一部の投資家に限られたものではなく、一般投資家においてもワラント市場の活況時には大きな利益を上げている。したがって、知識、経験、資金量の豊富な限られた者以外はワラント投資不適合であるということはできない。

2  本件取引経過等について

(一) 被告Y1は、昭和六二年八月ころ、株式市場が騰勢を強め、ワラントの投資効果が大きいと判断し、原告にワラントの取引を勧めた。原告宅に電話したところBが出てきたが、新しい商品であるため原告に代わってもらい、ワラントの商品性(相場上昇時における効果、下降時のリスク、有効行使期限―価値が全くなくなる危険性があること)について説明し、住友化学か大和ハウスのワラントの買付を勧め、買付資金約一五〇〇万円を用意できないか尋ねた。原告は、「儲かるだろうけれども、そんなに資金はない。」と回答したため、ワラントの買付には至らなかった。

(二) 数日後、被告Y1は原告宅を訪問し、原告夫妻に対してワラントの商品性について、ワラント取引説明書に基づいて詳しく説明し、運用方法として「比較的安全性の高い投資信託を主体にするが、投資効果を高めるため一部ワラントも組み入れてはどうか。」と勧めた。これに対して原告は、「そういうやり方で儲かればよいけどね。」と答え、Bは、「儲けたくないといえば嘘になるけれども安全性の高いものの方がよいと思う。しかし、Y1さんも証券の営業マンだからいろいろな方法を案内して儲けてもらいたいでしょうからね。」と答えた。被告Y1は、この日の原告らの言動からワラント取引に応じるであろうとの感触を得た。

(三) 被告Y1は、同年九月末ころ、電話で原告に対し、住友化学ワラントの購入を勧めたところ、原告は、「新たに資金は出せないが、預証券のうちならばいいでしょう。」とこれを承諾したため、原告が保有していた八十二銀行及び北海道電力の各転換社債を同月二九日に原告の了解の下に売却し、同日住友化学ワラント五〇ワラントを一三〇四万八〇〇円(九万ドル)で買い付けた。

右買付に際しては、外国証券取引報告書(乙二四の一)及び「ワラント取引のご案内」を被告本社より原告宛てに遅滞なく郵送した。

(四) 右住友化学ワラントについては、同年一〇月のいわゆるブラックマンデー以後、市場の不安定が続いていたため、被告Y1は同年一二月上旬ころ原告宅に電話し、応対に出たBに対し、「損は出るが売却して投資信託や社債等比較的安定した商品に組み直した方がよいのではないか。」と勧めたところ、同人は「その方針でお願いしたい。」と応じたため、一ワラントを残して同月八日に一四ワラント、一一日に三五ワラントを売却した(乙六)。

右売却についても、被告会社本社から原告に対し、遅滞なく外国証券取引報告書(乙二四の二、三)を郵送した。

また、残る一ワラントについても原告の了解の下に、翌昭和六三年四月二七日に売却した(乙六、二四の六)。

(五) 昭和六三年一月ころからワラント取引が活発になったため、被告Y1は原告に対するワラントの紹介を再開したが、本件取引についてはすべて原告の申出と承諾に基づくものであり、取引の態様は次のような要領であった。

(1) ワラントの買い付けや売却は常に電話連絡で行われたが、原告側ではBが電話の応対に出ることが多かった。

(2) 本件取引は、保有している社債やワラントを売却して、新しいワラントを買い付けるいわゆる「乗り換え商い」であり、まず、買付銘柄と金額について原告の承諾を得て、次にその買付金額に見合う売銘柄を伝えて承諾を得ていた。

(3) 銘柄については、被告Y1の情報を基に決められた。

(4) 受注の時間は不特定であるが、通常は前日に受注という形で営業しており、約定の日の前日に電話連絡していた。

(5) ワラント取引の都度、遅滞なく被告会社本社より郵送にて原告に対し、取引報告書を送付しており、買付のときには「ワラント取引のご案内」も同封していた。

(6) さらに、右個別の取引報告書の外に、毎月末日にその月の取引の明細及び月末(原則として三〇日)現在の金銭及び証券等の残高明細を被告会社本社より原告に送付していた。したがって、原告は毎月の取引内容について正確に把握できたものである。

(六) 本件取引の注文伝票の中には、Bが不在中に注文がなされたかのように記載されたものがあるとしても、被告Y1はワラント取引の注文を受けた際、必ずしも受注日時や売買送信時などを統一して画一的に処理していたものではないから、右注文伝票の打刻時を基準としたワラントの売買時刻にBが不在であったとしても、それは本件取引の実際とは異なっており、直ちに右不在中の注文ということはできない。

したがって、右のような記載のあるワラント取引が無断売買ということはできず、また、本件取引全体が無断売買ということもできない。

(七) 被告Y1は、原告が最初に住友化学ワラントを買い付けて以後、いわゆるブラックマンデーによる株価の暴落が生じ、株式市場の環境が好転しないとみるや、原告に他の商品への切り替えを勧め、以後六か月間ワラントの紹介を控えたものであり、被告Y1の姿勢は極めて慎重である。

そして、株式市場が回復したと判断して荏原製作所ワラントを紹介したもので、その取引規模の一〇ワラント、金額にして一八五万九〇三一円であり、住友化学ワラントの取引が五〇ワラント、金額一三〇四万八〇〇円であったのに比べ、被告Y1が慎重な投資姿勢で原告に接していたことが窺われ、その後は約九か月間にわたって原告にワラントを紹介していない。

その後の日商岩井ワラント以後には被告Y1が積極的にワラントを勧めた経緯が窺われるが、株式市場が本格的に回復するとの見通しのもとに行われたもので、結果として損失のケースが多かったものの、原告の投資資金のうち株式やワラントが占める割合は、平成元年二月から平成三年六月までの間平均一割六分にすぎず、原告らの投資意向に反するものではない。

(八) また、本件取引は短期間内に損失を出して売却するいわゆる損切りが繰り返されているが、これは原告らのワラントのリスクに対する理解が不十分であったと見るべきではなく、むしろ、ワラントが権利行使期限のあるハイリスク・ハイリターンの商品であって、予想したとおりに利益が上がらないと判断した場合には、むしろ早めに別の銘柄に乗り換えるべき商品であるから、かえって原告がこのようなワラントの商品性、リスクについて十分理解の上で取引を行っていたと見るべきものである。

七  争点

1  無断売買、説明義務違反等原告主張の本件取引の違法性の有無

2  本件取引が違法であった場合の原告の損害額等

第三当裁判所の判断

一  本件取引の経過について

1  証拠(甲六五、六七、六八、八三ないし八八(甲八七及び八八については後記信用しない部分を除く。)、乙一ないし三六、四四ないし四六、四六七、四六八、調査嘱託の結果、証人C、同B(ただし、後期信用しない部分を除く。)、原告本人(ただし、後記信用しない部分を除く。)、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五一年ころから被告会社盛岡支店を介して社債、国債、株式などを購入するようになり、昭和五六年四月ころから昭和六二年三月ころまでの間株式の信用取引を行っていたほか、被告会社以外の証券会社とも取引を行い、また、家族名義での取引も行っていた。

原告は、経営する●●商店からの利益がある程度まとまったところで被告会社に資金として現金を預託し、証券取引等によって運用を図ってきたもので、平成三年六月ころまでに委託した金額の合計は約八〇〇〇万円ほどであった。

また、原告は被告会社との取引を妻のBに委ね、被告会社の担当者との交渉や最終的決断を下すのはほとんどの場合Bであり、被告Y1を初め、被告会社の原告担当者もBが原告を代理し、あるいはBが実質的に取引の主体であると認識していた。

(二) 原告は、株式など投機性のあるものは一割程度に止め、主として投資信託を中心とする、いわゆる手堅い、若しくは安全性の高い商品を取り引きしていたもので、取引の態様は、被告Y1からB宛てに電話を掛けて情報を提供し、Bが決定するというものであるが、Bは、被告会社が大手の証券会社であり、安全確実なものをとの要望に沿った銘柄紹介、運用がなされてきたことから、担当者の勧めるままに取引しており、取引を一任しているのと実質的に変わりのないような状況であった。

昭和六〇年ころ、原告は六〇〇万円ほどの損失を出したことがあったが、その際当時の被告盛岡支店の担当者が「回復してみせます。」と述べたことから、原告らはそれを信用し、いかなる取引によってそのような損失が出たのか確認しようともせずに、その後も原告、被告会社間の取引は継続された。

(三) 被告Y1は、昭和六二年八月ころ、株式市場が騰勢を強めてきたことから、ワラントへの投資の方が株式投資あるいは投資信託といったものよりも投資効果が上がるであろうと判断し、原告方に電話をして応対に出たBに、初めての商品としてワラントを勧めたいが、リスクを伴う商品なので原告本人に代わって欲しい旨を告げて原告に電話を代わってもらい、ワラントについて説明した。その際、被告Y1は、ワラント取引とは新株引受権の権利の売買であり、新株引受権というのは一定の価格で一定の数量の株式を一定の期間に購入できる権利であるあること、特色として株式の何倍もの上下があるハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になってしまうことを説明した。

そして、被告Y1は、ワラント購入資金として一五〇〇万円出していただけないかと言ったところ、原告は、儲かるだろうけどそんなにお金は出せないと答えた。

右電話に要した時間は、約一〇分程であった。

(四) 被告Y1は、電話による説明では理解を得ることが難しいと考え、その数日後に原告方を訪問した。そして、被告Y1は、原告及びBに対し、比較的安全性の高い投資信託を主体に考えてもらえばよいが、市場環境が大分騰勢を強めているので投資効果を挙げるためにワラントも組込んではどうかと勧め、社内の資料を用いてワラントの商品特性、取引について数日前の電話と同様の説明をした。これに対し、原告は「それでもうかればいいけどね。」と話し、Bは、「儲けたくないといえば嘘になるけれども、自分としては比較的安全なものがよいと思う。」などと答えた。

(五) 被告Y1は、同年九月二九日に原告方に再び電話し、原告に住友化学ワラントの銘柄を紹介し、購入を勧めたところ、原告は「新たな資金は出せないけれども、預かってもらっているものの中からであればよい。」と答えた。そこで、被告Y1は、当時被告会社が保護預かりしていた証券類の中から八十二銀行及び北海道電力の転換社債を売却した代金を買付資金とする同意を得て、原告に対し、住友化学ワラント五〇ワラントを合計一三〇四万二八〇〇円で売却した。

右住友化学ワラントの買付に際して被告会社は、原告宛てに外国証券取引報告書(乙二四の一)を送付したが、これは顧客に対して取引の事実を確認するため明細を記載した書面であり、もし相違があった場合には取引店の総務課長まで直接連絡するよう不動文字で印刷されていたが、原告から被告会社宛てに苦情等の連絡は全くなかった。

また、被告会社は、右外国証券取引報告書とともにワラント取引についての説明を記載した「ワラント取引のご案内」と題する書面(乙四六七の四枚目に記載と同様のもの)を送付した。右書面では、権利行使期間が経過すると無価値になること及びハイリスク・ハイリターンであることが下線を付して強調されている。

(六) 原告が購入した住友化学ワラントは、同年一〇月のいわゆるブラックマンデーによって市況が急落し、その後も不安定であったことから原告は、五〇ワラント中、同年一二月八日に一四ワラント、同月一一日に三五ワラント、翌昭和六三年四月二七日に一ワラントをそれぞれ被告会社に売却した。

(七) 原告はまた、同年四月六日に荏原製作所ワラントを一〇ワラント買い付けたが、これは株式市場が回復の兆しを見せ始めたことから被告Y1が原告方に電話を掛けて応対に出たBに推奨し、同女が承諾したことによるものであった。

(八) 原告は、その後平成元年一月一一日に豊和工業ワラントを一〇ワラント買い付けたほか、別紙ワラント売買一覧表に記載のとおり、前記住友化学ワラントを初めとする六六銘柄のワラントを買い付け、そのうち平成二年一二月一七日に買い付けた小松製作所ワラント一ワラント(買付価格は一三万七七〇八円)及び平成三年二月二八日に買い付けた日商岩井ワラント一〇ワラント(買付価格四三万二九〇〇円)を除いてすべて売却した。

右の個々のワラント取引は最初の住友化学ワラントを除きすべてBに対する電話による勧誘によって行われたが、被告Y1は、一回当たり約二分程度をかけて推奨する銘柄について発行会社の業績や株式の値動きについての見通しを告げ、Bの承諾を得たものであった。その際、Bは被告Y1の推奨に対して質問したり、勧誘を断ったこともなく、常に勧誘に応じた。

なお、平成二年一二月ころ、Bは被告Y1との電話で本件取引による損が続いていたことについて、苦情を述べ、原告の機嫌が悪い旨を被告Y1に伝えたことがあった。

(九) 前記(五)記載の住友化学ワラントの買付以外のワラント取引においても、外国証券取引報告書(乙二四の二ないし一四二)及びワラント取引のご案内と題する書面が各取引の都度(ただし、後者についてはワラント購入時のみ。)被告会社から原告宛てに送付されたほか、原告と被告会社間においては次のような書面のやり取りがあった。

(1) 本件取引を開始するに際して、昭和六二年九月二九日付けで原告から被告会社宛てにBが原告に代わって署名押印した外国証券取引約定書(乙四四)が提出された。

(2) また、原告は被告会社宛てに「ワラント取引に関する確認書」と題する書面(乙四)を提出したが、それには「私が、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と記載されており、被告会社は昭和六三年四月一九日付けで当該書面を受け入れる手続を行った(なお、右確認書はワラント取引説明書の最終頁から切り取って提出することになっているが、その説明書は乙三と同じものであるとは認められず、したがって、右説明書の内容は明らかではない。)。

(3) さらに、被告会社は、平成二年一一月三〇日現在の取引内容の明細を記載した月次報告書(乙八の一)を原告宛てに送付し、以後毎月末ころの取引内容を記載した月次報告書(乙九)、口座明細報告書(乙一〇の一、乙一一、一二、一三の一、乙一四、一五の一、乙一六ないし二〇、二一の一、乙二二)を送付したが、それには金銭の残高及び証券の残高の明細が記載されている(ワラントについては一覧表の冒頭部分の公社債等の欄に銘柄、数量が記載されている。)。

右月次報告書などには、各残高の内容を確認の上顧客が署名押印して被告会社宛てに郵送することとなっている回答書が同封され、Bは、平成二年三月三〇日現在(乙二三)及び同年一二月二八日現在(乙二一の二)の各回答書に原告名で署名押印の上、被告会社宛てに送付し、また、原告は、平成三年六月二八日現在(これは、原告がワラント取引による損害の発生を知った以後のことである。)の取引内容についても、月次報告書に同封された回答書(乙二六)に自ら署名押印して被告会社に提出しており、右回答書の証券残高欄には小松製作所ワラント及び日商岩井ワラントの取引が記載されている。

また、Bは平成三年五月一七日現在の取引内容の明細が記載された「承認書」(乙七の一、二)に原告名で署名押印して被告会社に提出(被告会社の受入れは同月二〇日)しており、右承認書にもワラント取引の存在を示す記載がなされている。

(4) 被告会社は、平成二年二月以降、三か月に一度の割合で「外貨建てワラントの時価評価のお知らせ」と題し、ワラントの時価評価及び損益が記載され、裏面にはワラント取引のリスクに関する重要な部分に下線を付した説明が記載された書面を顧客宛てに送付することとした(ただし、本件において書証として提出されているのは、平成三年八月分以降である。)。

(5) また、被告会社では顧客がワラントを買い付けた場合に預り証を交付し、そのワラントを売却する際には預り証を回収する扱いとなっていたが、原告は本件取引中の平成元年二月一日に日商岩井ワラントを、同年五月八日に三協アルミワラントを、同年七月一四日に本田技研ワラントをそれぞれ売却した際の三回にわたって各預り証を喪失するということがあった。

預り証を喪失した場合、顧客は「証書喪失届」を被告会社に提出するが、しばらくは顧客が証券を探すこととし、それでも見つからない場合に「念書」と印鑑登録証明書を提出した上で被告会社が預り証を再発行するものとされ、右各場合において、Bが原告名で署名押印し(乙三二の二、三、乙三三の二、乙三四の二、三)、あるいは署名は第三者であるが原告の印鑑が押印され(乙三三の三)た証書喪失届及び念書(いずれも紛失にかかるワラントの銘柄及び数量が記載されている。)が、印鑑登録証明書とともに被告会社に提出された。

(一〇)(1) 被告Y1は、平成三年六月に転勤することになったため、同年五月二〇日ころ後任のCとともに引き継ぎの挨拶のため原告方を訪れ、応対したBにCを紹介し簡単な引継ぎをしたが、Bは被告Y1に特に苦情を言うこともなかった。

(2) その後、しばらくしてCのもとにBから絵画の購入資金として二七〇万円が必要なので、手持ちの証券のうちから何かを売って現金を持ってきて欲しいと電話があった。そこでCは、原告が保有する証券を確認してからBに電話を掛け、石川島ワラントと大京ワラントは株価が下がっていたので売却するよう勧めたところ、Bからいくらの金額になるのか尋ねられたので、大体八〇〇万円の損が出ている旨を伝えた。これに対し、Bは損が大きすぎるのでもう少し損の少ないもので換金したいと言ったことから、Cはワラントを長く持っていても悪くなる一方であると説明したところ、Bは右各ワラントの売却に同意した。

(3) 同年六月二一日、CはBの下へ現金を持参したが、その際Bは、自己名義の取引に使用していた印鑑の変更手続に必要な印鑑証明書を用意していなかったため、Cの運転する自動車で宮古市役所に印鑑証明書(乙四二)を取りに行くことになり、途中でCに、今回のワラントの八〇〇万円の損については原告に内緒にしておいて欲しいと頼み、また、原告の家族の預かりと保有する証券等の時価評価を教えて欲しいと依頼した。

(4) そして、その後二週間ほどしてCはBのもとへ右預かりと時価評価を記載した書面を持参したところ、Bは、預かりが約四八〇〇万円しかなかったことから、今まで八〇〇〇万円は預けているはずなのになぜ四八〇〇万円しかないのか、納得できないとして上司を連れてくるようにと言った。そこで、その一、二週間後にCと被告盛岡支店のD課長が原告方を訪問したところ、原告とBが応対し、Bは、被告Y1を信頼して預けていたのに損をしたことについて不満を述べ、同被告を連れて来て謝るよう求めた。

そして、同年一〇月一日にD課長及びCとともに被告Y1が原告方を訪れたところ、Bは同被告を信頼して預けていたのにこんなに損をした、安全な商品で運用してくれと何回も言っていたではないかと述べたが、その際にBは取引をするときも連絡がなかったと言ったのに対し、被告Y1はちゃんと連絡をしたというやり取りがあった。そこで、D課長が取引報告書を送っているが見なかったのかというと、Bは、取引報告書を見ないよりも無断売買をするほうがもっと悪いのではないかと言った。また、このとき同席していた原告は、被告会社から手紙がくる度にBに大丈夫かと聞いたところ、Bは被告Y1は信頼できるので大丈夫だと答えていた、被告会社として誠意ある対応を考えてきて欲しいと述べた。

2  原告は右認定と異なる主張をし、証人B及び原告本人の各供述並びに両名の陳述書(甲八七、八八)には右主張に沿う部分があるが、次のとおり、右認定に反する供述及び陳述書の記載はいずれも信用できず、原告の主張は採用できない。

(一) Bは、被告Y1からワラント取引に関する説明を受けたことはないし、ワラントという言葉を聞いたのはCからワラント取引によって八〇〇万円の損失が出ていると聞いたときが初めてである、被告会社から送られてきた書面は内容を見ずに捨てていた(ただし、ワラント預り証は封筒の形態が違っており、重要親展と記載されていたので保管していた。)し、被告会社に提出した書面は記載内容を確認することなく、被告Y1に言われるままに署名押印したにすぎないと供述し、陳述書(甲八八)にも同様の記載がある。

しかし右1(九)で認定の、Bが被告会社に提出したワラント取引確認書、回答書、承認書、証書喪失届及び念書には一瞥してワラント取引に関する書面であることが分かる記載があり、たとえ被告Y1に言われるままに原告名義の署名押印をしたとしても、右記載を全く認識しなかったとは認め難い。しかも、被告Y1が三度にもわたって右証書喪失届、念書及び印鑑登録証明書の提出を求めた際に何らワラントに関する説明がなかったし、預り証を探したこともないというのは極めて不自然であり、右の経緯を尋ねられた際のBの供述態度には一貫しないものがあると言わなければならない。

また、Bは、Cに被告Y1が何ケ月も前から一覧表を頼んでも持って来ないし、預り証を全部持っていって手元にないからどの位預かっているかも分からずとても不安で困っていた旨話したと供述しており、そうであれば被告会社から送付された書面、特に預り証や月次報告書には関心を持ってしかるべきところ、その一方で、Bは、被告Y1に重要な書類は手渡すように言っていたし、安全確実な商品を頼んでいたので被告会社から送付された書面には関心がなかったと供述するなど、供述が前後矛盾している。

(二) また、原告は、Bと同様に、被告Y1からワラント取引を行うに当たって説明を受けたことはないと供述し、陳述書(甲八七)には、ワラントという言葉を初めて聞いたのは平成三年六月か七月ころに被告盛岡支店のD課長とCが原告方を訪れたときであるとの記載がある。

しかし、右1(九)(3)で認定のとおり、原告は回答書(乙二六)に署名押印して平成三年七月三〇日付けで被告会社に提出しているところ、この当時原告は既にBからワラント取引によって少なくとも八〇〇万円の損が出たことを聞き、どういう銘柄でそのような損をしたのかBを問い詰めたことがあったほか、同年六月か七月ころには被告盛岡支店のD課長とCを呼んで抗議したことがあったと供述するにもかかわらず、重大な関心事であるはずの右回答書に署名押印した記憶がないとも供述しており、また、原告が自ら署名押印して被告会社宛てに提出した証書喪失の際の平成元年五月二日付けの念書(乙三二の三)についても、いつ何のために署名したのか全く記憶にないと供述するなど、原告の供述態度及び供述内容は不自然であって、その供述の信用性には疑問を感じざるを得ず、原告の右供述内容に沿う陳述書の記載も同様である。

二  ワラントについて

証拠(甲六五、六七、六八、九五、乙三、四六七及び被告Y1本人)によれば、次の事実が認められる。

1  ワラントとは、発行された分離型新株引受権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権ないしこれを表象する証券であり、発行会社の新株を一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定の数量(権利行使株数。一ワラント当たりの払込金額を権利行使価格で除したもの。)を購入することのできる権利である。

2  ワラントには、株式と同様に国内の証券取引所に上場される国内ワラントと、海外の証券取引所に上場され、日系の証券会社が国内に持ち込んで証券会社の店頭で投資家と証券会社間で相対取引される外貨建てワラントがあり、ワラント取引の大多数はこの外貨建てのワラントが占めている(なお、本件取引中、大阪ガスワラント、新日鉄化学ワラント及びニコンワラントは国内ワラントであり、その余はすべて外貨建てワラントである。)

外貨建てワラントを購入する場合の価格は、ワラント債の額面(通常五〇〇〇ドル)に対するポイント(パーセンテージ)で表示され、為替レートによって日本円に換算して決定されるが、証券会社は、売値と買値の間に通常一・五ポイントの差(スプレッド)を設け、その差額を徴収する。

3  ワラントは、発行会社の新株を購入することのできる権利であるが、権利行使時における株価と比較して権利行使価格が低い場合にはその差額が利益となることからワラントを売却することもできる。しかし、その場合には権利行使期間が定められていることから、その期間を経過すればワラントは経済的に無価値になる。

一方、逆に、株価が下落し、権利行使時における株価よりも権利行使価格が高いと見込まれる場合には、市場において株式を調達する方が合理的であり、そのようなワラントは権利行使期間が短くなればその間の株価上昇期待分が少なくなるから、評価が下がり取引も困難となる。

そして、右の株価と権利行使価格の差額がワラントの理論価格(パリティ)で表されるが、実際には将来の株価上昇を見込んだ価格で取引され(プレミアム)、株価が一定なら残存する権利行使期間が短くなるにつれてプレミアムも下落していく傾向にある。

4  ワラントの特性

(一) ワラントは、右のように権利行使期間を経過すると無価値になってしまうことに加え、我が国で取引されているワラントは権利行使期間が四年と比較的短いものが大部分を占め、株価が権利行使価格を下回り、かつ権利行使期間が二年を切るようになった銘柄は取引される割合が大きく低下する傾向が認められ、権利行使期間の制約がある。

(二) また、ワラントの市場価格は、発行会社の株価に連動して変動するが、その変動率は株価に比べて格段に大きく、その数倍の幅で上下することがある(ギアリング効果)。しかも、パリティ価格と株価上昇の期待度や株価の変動性の大小、権利行使期間の長短、需要と供給の関係(流通性の大小)等の複雑な要因を内包するプレミアム価格とによって形成され、値動きが複雑かつ予想が困難である。

(三) さらに、外貨建てのワラントの場合は、売却する際の価格が為替変動の影響を受ける。

(四) 右のような特性を有するワラントは、ハイリスク・ハイリターンの証券ということができる。すなわち、株式の現物取引の場合と比べて、ギアリング効果によって少ない金額でキャピタルゲインを獲得することができるという意味でハイリターンな金融商品であるが、一般の投資家にとっては価格変動の幅が大きく、その予測が困難であり、かつ、権利行使期間の制約があるから高いリスクを伴う、投機的色彩の強い金融商品である。

三  本件取引の違法性について

1  無断売買

(一) 前記第三の一1で認定の事実によれば、原告は、被告会社とワラント取引を行うことを認識しており、個々の取引についてもBに決定を委ねていたもので、Bが原告名義で行った本件取引は原告の意思に基づくものであったということができるから、本件取引が無断売買であったということはできない。

(二) 原告は、これまでBが自分から被告Y1に連絡することはなく、同被告がB宛てに電話をかけてきて取引の交渉、注文を行っていたところ、本件取引の中にはBが不在中であり、被告Y1からの電話に出られないときに受注されたものがあるが、これは本件取引が無断でなされたことを示すものであると主張し、Bの陳述書(甲八八)には右主張に沿う部分がある。

しかしながら、前記認定のとおり、本件取引はもっぱら被告Y1が原告方に電話を掛けBの承諾を得て個々の取引が行われてきたものであって、ただ、被告会社の取り扱いとして、本来は担当者が取引の注文を受けると注文伝票に受注日時を機械で打刻した上で被告会社本社に注文を出し(執行)、さらに約定整理を担当する部所において約定日時を同様に機械で注文伝票に打刻する扱いとなっていたところ、被告Y1は必ずしも右のような取り扱いを行わず、受注日時と約定日時が前後することもあったことが認められる(甲八三、被告Y1本人)のであり、したがって、原告が主張するB不在中に注文伝票上注文がなされたものがあるとしても、そのことをもって直ちに当該ワラント取引が無断売買であったということはできない。

なお、甲八八、八九、乙六、証人Bによれば、Bが声帯ポリープの手術のため入院中の昭和六三年一月一九日から同月二七日の間にも株式と投資信託の取引がなされていることが認められ、右取引については無断で若しくは一任されたものとして個別的な注文なしに取引を行った疑いがないではないが、既に認定のとおり、右入院当時はワラント取引を中断していた時期であるし、ワラントは株式や投資信託と異なってハイリスク・ハイリターンの商品で、事前に電話等で説明しているほどの商品であるから、仮に右入院中、右のとおり株式等について無断売買がなされていたとしても、ワラントについても同様のことがなされた証左とすることはできない。

(三) また、本件取引の経過について、その回数の多さ、極めて短期間に損を生じる売買が繰り返された時期があること、損失額が大きく、Bがそのことを十分に認識していなかったなどの事情が認められ、果たして個々の取引についてBがすべて自らの意思で判断し、あるいは、すべての取引について承諾があったのか疑わしいところがないわけではない。

しかし、前記第三の一1(三)で認定のとおり、以前六〇〇万円もの損失を被った際にも原告及びBはいかなる取引でそのような損失が出たのか確認したり、被告会社に苦情を述べたりしておらず、また、本件取引による損失が明らかになった際にも預託金額や自己が取引している証券類の銘柄、取引状況等について把握していなかったもので、原告らは、証券取引法で規制される一任勘定取引(五〇条一項三号。ただし、平成三年の法改正により規制されるに至ったもの。)とまではいえないにしても、原告らは被告会社の担当者の勧めるままに取引を行い、実質的には取引を一任しているのと変わらないような状況であったために、右具体的認識を欠いていたものであるが、個々の取引についてもその都度勧誘を受けてこれを承諾し、ワラント取引を行っているとの認識は有していたものであり、また、個々の取引について書面等による報告を受けていることが認められるのであるから、全くの無断売買であったということはできない。

(四) 以上のとおりであって、無断売買であるとの原告の主張は採用できない(したがって、被告の本訴預託金返還請求は、この点で理由がない。)。

2  背任的取引

本件ワラント取引に際し、被告Y1は、原告及びBにワラント取引の説明をし、その後の個別のワラント取引についてもBの承諾を得たものであることは前記第三の一1で認定のとおりであるから、被告Y1がワラント取引を勧誘したこと自体が原告の金銭預託の趣旨に反するということはできないし、また、別紙ワラント売買一覧表のとおり買い付けたワラントを極めて短期間のうちに売却して損失を出した取引が存在するが、被告Y1本人の供述によると、それは予期に反する相場の変動による損失の拡大を回避するなどの必要からなした取引であったことが認められ、被告Y1若しくは被告会社がスプレッドを得るために過当回転売買(チャーニング)を行ったと認めるに足りる証拠はない。

したがって、背任的取引であるとの原告の主張もまた採用できない。

3  説明義務違反

(一) 一般に、証券取引は、本来リスクを伴うものであって、証券会社は投資家に情報を提供し、助言等を行うが、これらは不確定な将来の見通しにすぎないのであって、投資家は自ら証券会社からの情報等を参考に自らの責任で、当該取引の危険性の有無、その程度、さらにはそれに耐えうる財産的基礎を有するか否かを判断して取引を行うべきものである(自己責任の原則)。そして、本件のようなワラント取引においても右原則が妥当する。

しかしながら、証券会社は様々な社会、経済情勢について高度の専門的知識、豊富な経験、情報等を有するのに対し、それを有しない多数の一般投資家は証券会社の推奨、助言等を信頼して証券市場に参入せざるを得ないのが現状であって、このような投資家の信頼を無視することはできない。

証券業界及び監督官庁は右の観点からこれまで種々の規制を設けてきたのであって、証券会社等による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生じさせるべき表示等は禁止され(旧証券取引法五〇条一項一号、五号、五八条二号、昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条)、また、投資家に証券の性格や発行会社の内容等に関する正確な情報を提供し、勧誘に際しては投資家の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮するとともに、取引開始基準を作成し、それに合致する投資家に限り取引を行うべきものとされ(「投資者本位の営業姿勢の徹底について」昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号日本証券業会会長宛通達)、さらに、証券投資は投資家自身の判断と責任において行うべきことの周知徹底や取引開始基準の制定、説明書の交付等が定められてきた(日本証券業会制定の「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則)九号)。

そして、これら法令、規則等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するに過ぎないから、これらに違反する証券会社の顧客に対する投資勧誘等が直ちに私法上も違法となるものではないが、前記証券取引の特質及び法令等の趣旨に照らし、私法上も違法と評価されるべき場合がありうる。

すなわち、証券会社若しくはその使用人は、投資家に対し、証券取引に伴う危険性の的確な認識を妨げるような虚偽又は断定的な情報等を提供してはならないばかりか、投資家の職業、年齢、財産状況、投資目的、投資経験等に照らして、証券取引の危険性に対する正当な認識を形成しうるに足りる情報を提供すべき注意義務があり、この義務に違背する投資勧誘行為は、当該取引の危険性の程度その他当該取引がなされた具体的事情によっては、私法上も違法というべきである。

そして、証券会社若しくはその使用人は、顧客にワラント取引説明書を交付して説明を行うとともに顧客から確認書を徴し、あるいはその他報告書等ワラント取引の状況を把握しうる書面等を顧客に交付したとしても、これらによって直ちに右情報提供の注意義務が尽くされたということはできず、また、右注意義務の内容は、顧客の具体的な主観的事情に応じて異なるのであって、顧客の対応によってはワラント取引の危険性について十分な理解を得たか否かを積極的に確認し、あるいは、取引開始後においても改めて意思を確認するなどの措置を講じることが必要とされる場合もありうるというべきである。

(二) そこで、本件取引において右注意義務が尽くされているかどうか検討するに、ワラントの特性等前記第三の一、二で認定の事実を総合すれば、次のようにいうことができる。

(1) 被告Y1は、電話で原告に対し、ワラント取引とは新株引受権の権利の売買であり、新株引受権というのは一定の価格で一定の数量の株式を一定の期間に購入できる権利であること、特色として株式の何倍もの上下があるハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使期間を過ぎると無価値になってしまうことを約一〇分ほどかけて説明し、また、その後原告方において原告及びBに対し、社内の資料を用いてワラントの商品特性、取引について右電話での説明と同様の説明を約一五分ほどしたが、右各説明の際にワラントが権利行使期間前にも無価値になる場合があること、また、ワラントの価格がいかなる要因に基づき、どのように形成されるのかについて、具体的に説明しなかったし、個々のワラント取引においても推奨する銘柄について極めて簡単な説明をしたにすぎなかった。

(2) また、被告Y1がワラント取引に際して原告ないしBから確認書(乙四)を徴求したのは、原告が二回目の取引である荏原製作所ワラントを買い付けた以後の昭和六三年四月一九日であり、ワラント取引の最初に確認書を徴求していない。

(3) さらに、原告ないしはBの投資傾向は投資信託等を基調とする比較的安定したものであり、また、それまで被告会社担当者に実質的に一任するような形で証券取引を行っていたものであり、そのことを被告Y1は知り、あるいは少なくとも容易に知り得たのであるから、そのような顧客に対してはワラントが従前の商品と異なり、危険性が極めて高い商品であることを説明し、十分な理解を得た上でワラント取引を勧誘すべきであったが、被告Y1においてそのような説明をしたとは認められず、また、本件取引経過からすれば原告ないしはBの右理解は不十分であったというべきである。

(4) 右に加え、原告ないしBは、それまで被告会社の担当者から言われるままに商品取引を行っていたのであるから、ワラントの商品特性に照らし、そのような顧客に対してはワラント取引が自己の判断と責任においてなされるべきことを周知徹底し、その理解を得た上でワラント取引の勧誘をなすべきであったにもかかわらず、被告Y1はそのような行動をとらなかったもので、その結果実際上もBは従前の証券取引と異なる商品であることを十分に理解しないまま本件取引を行ったものである。

(5) また、原告ないしBがワラント取引によって多額の損失を出しながらも取引を継続したことからすれば、再度ワラントの商品特性について説明して、ワラントについての理解を得るとともに、それでも取引の意思があるかどうかをさらに確認すべきところ、被告Y1は何ら右確認等を行っていない。

(三) 以上によれば、被告Y1は、原告ないしBに対し、被告会社が必要とされる書面等を一応は交付し、ワラントについての説明を行っているとしても、ワラント取引を勧誘する際に必要な前記注意義務を十分に尽くしたということはできず、右勧誘行為は違法であって不法行為を構成するから、原告に生じた損害について賠償すべき責任を負うものというべきであり、被告会社は被告Y1の使用者として被告Y1の行為について、被告Y1と連帯して損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。

4  誠実・公正義務違反

証券取引法の原告主張の定めがあることは当事者間に争いがないが、本件取引が無断売買、背任的取引とは認め難いこと既に説示のとおりであり、被告会社から原告に対し買付及び売却の都度遅滞なく外国証券取引報告書を送付し、平成二年一一月三〇日からは月次報告書などを送付していたことは前記第三の一(五)(九)で認定のとおりであって、被告会社が殊更に原告に対し損失状況を秘匿しようとした事実は認めることができない。

また、原告主張のように、被告会社の内部規則において女性をワラント取引の不適格者とし、代理人による取引を禁止していることが事実としても、被告Y1は、前記第三の一(一)、(二)で認定のように、原告名義の取引ではあるが、原告ではなくBの判断で取引がなされている実態を踏まえて必要書類に同女による署名押印の代行を求めていたもので、警戒心の薄い同女を利用して右署名等を代行させていたものとは認め難いし、被告Y1が株価低迷の時期の取引によって利益を上げることが困難な状況にあることを知りながら、殊更原告にワラント取引をさせた事実も前記第三の三2で認定の事実に照らして認めることができない。

したがって、原告の誠実・公正義務違反の主張は採用できない。

四  損害額について

1  損害

前記第二の二2のとおり、本件取引によって原告は、現在まで未売却の小松製作所ワラント一三万七七〇八円及び日商岩井ワラント四三万二九〇〇円の各購入代金合計五七万〇六〇八円とその余のワラントの売買差損四七六〇万四二〇四円から売買差益三六〇万四三六七円を控除した四三九九万九八三七円の合計四四五七万〇四四五円の損失を受け、右損失に相当する損害を被った。

2  過失相殺

本件取引の勧誘に当たって、被告Y1のワラント取引についての説明義務が不十分であったことは前記のとおりであり、原告らとしてなし得ることはそれに応じて限定されるとしても、前記のとおり本来証券取引は投資家が自己の判断と責任において行うべきものである。

そして、前記第三の一1によれば、原告ないしBは本件取引において、一応はワラント取引についての説明を受け、被告会社から種々の書面が送付されていたのであるから、一応のものとはいえ右説明をもとに送付された書面を検討し、あるいは被告Y1や被告会社の担当者に問い合わせをするなど、ワラント及びその取引についてほんのわずかな注意を払い、また、努力することによってその危険性について理解を深めることが可能であったし、それによって損害の拡大を阻止することも可能であったということができる。

また、ワラントに限らず証券取引一般において投資家は、最低限自己の投資を把握すべきことを要するところ、原告ないしBは、自己の投資状況さえ知ろうとはせず、被告Y1に言われるままいわば一任的に本件取引を継続したということができ、そうすると原告ないしBは自己の財産を維持管理するため最低限の努力さえも怠ったものと言わざるを得ない。

このような原告らの態度は、投資家として自らなすべき最も基本的な注意、努力を欠き、損害の発生及び拡大につき、相当程度の落ち度があったというべきであり、過失相殺として原告の損害の五割を減ずるのが相当である(Bについての事情は原告側の事情として斟酌しうる。)。

3  慰謝料

原告は本件取引が違法であったことによる慰謝料として二〇〇万円の支払いを求めているが、一部ではあるが損害賠償が認められ、これによって原告の受けた精神的苦痛はある程度慰謝されること、それに右原告側の落ち度等本件審理に現われた事情を総合勘案すると、右慰謝料請求を認めるのは相当でない。

4  したがって、原告は、右四四五七万〇四四五円の損失から右原告側の過失を斟酌して五割を減じた二二二八万五二二二円(一円未満切り捨て)の損害を被ったものということができる。

5  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人らに委任したことは本件記録上明らかであるから、本件事案の内容、請求認容額等諸般の事情を斟酌すると、原告が被告に賠償として求めうる弁護士費用は、二二〇万円を相当と認める。

6  付帯請求

付帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害発生時と解される。したがって、本件ワラント取引のうち、原告において既に売却済みのワラントについては個々のワラント売却時が損害発生時となる。また、未だ売却処分に至らなかった二銘柄のワラントについては権利行使期間の経過によって無価値となることが確定するからその期間の最終日(小松製作所ワラントについては平成五年一月一二日、日商岩井ワラントについては平成五年二月二四日)の翌日に損害が発生したというべきであり、本件口頭弁論終結時においていずれも権利行使期間が経過したことは本件記録上明らかである。そうすると、原告は、付帯請求の起算日を訴状送達の日(本件記録上、被告会社に対しては平成五年二月三日、被告Y1に対しては同月一七日。)の翌日として損害金の支払いを求めているから、本件付帯請求は、右日商岩井ワラントに関する損害を除いたその余の損害金二四二六万八七七二円については右の限度において、また、同ワラントに関する損害金二一万六四五〇円については平成五年二月二五日からの支払を求める限度において理由がある。

第四結論

よって、原告の本訴損害賠償請求は右の限度で理由があり、その余は失当であるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐々木寅男 裁判官 鈴木桂子 裁判官 福士利博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例