盛岡地方裁判所 平成8年(ワ)348号
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月一九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、行方不明となった後、雑木林で凍死した男性の母親が、任意保険(定期保険特約付普通終身保険)を締結していた保険会社を相手に付加契約である災害割増特約及び傷害特約に基づく災害保険金合計二〇〇〇万円の支払いを求め提訴した事案である。
一 争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)
1(一) 保険契約の締結
原告の次男である訴外B(以下「B」という。)は、昭和六〇年八月三〇日、被告との間で、左記内容の保険契約(定期保険特約付普通終身保険契約、以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(1) 被保険者 B
(2) 払込方法 月払
(3) 保険金受取人 C
(4) 主契約 死亡保険金・高度障害保険金 二〇〇〇万円
(5) 付加特約
ア 災害割増特約 災害保険金 一〇〇〇万円
イ 傷害特約(本人型) 災害保険金 一〇〇〇万円
(二) 前記(一)(3)の保険金受取人は、その後、Cから原告(甲二に「D」とあるのは誤記と思われる。)に変更された。
2 Bは、平成八年四月七日、岩手県岩手郡松尾村<以下省略>先雑木林内において、遺体で発見された。死体検視の結果、死亡推定日は、平成八年三月中旬ころ、死亡原因は凍死とされた。
3 被告は、原告に対し、本件保険契約の主契約に基づき、死亡保険金二〇〇〇万円を支払ったが、付加契約である災害割増特約及び傷害特約に基づく二〇〇〇万円の支払は、Bの死亡が「故意又は過失」によるものであるとして拒絶した。
二 争点(本件事故は、本件保険契約における不慮の事故に該当するか否か、また、Bの死亡は、故意又は重過失に基づくものであるか否か。)
1 原告の主張
(一) Bには、自殺をうかがわせる事情は全く存在しない。のみならず、Bは、以前から希望していた株式会社aへの復職が決定し、近日中に上京する予定となっており、上京を楽しみにしていたものであって、かかる事情は本件死亡が自殺によるものではなく、不慮の事故によるものであることを強く推認させるものである。
確かに三月一二日の午後八時ころ以降死亡するまでの経緯は明らかではない。しかし、Bには自殺の動機も自殺をうかがわせる事情も存在しないこと、常に自らの行動について原告に連絡をとっていたBが、三月一二日午後八時の電話を最後に何らの連絡をすることなく死体で発見されていること、Bは車を運転する免許も技能も有せず、車を所持しておらず、また、午後八時過ぎに松尾に向かう公共交通手段もなかったことに照らすと、Bは、三月一二日午後八時に原告に電話した後、何らかの事件に巻き込まれ死亡に至ったものと考えられる。
よって、Bの死亡は、本件災害割増特約及び傷害特約別表1の定める「16その他の不慮の事故」ないし「18他殺及び他人の加害による損傷」によるものと考えられ、不慮の事故による死亡と解される。
(二) 被告は、不慮の事故か否かの立証責任を原告である保険金請求者に課すべきと主張するが、かかる帰結は不公平であり、妥当性を欠くばかりでなく、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号のE九二八・九(詳細不明の不慮の事故)が本件保険契約の対象となる不慮の事故とされていることをもって、死亡に至る経緯の詳細が不明で特定できないものについても不慮の事故として扱うとしていることとも矛盾しており、妥当でない。
2 被告の主張
(一) 本件災害保険金二〇〇〇万円は、災害割増特約に基づく災害保険金一〇〇〇万円及び傷害特約に基づく災害保険金一〇〇〇万円の合計であるが、災害死亡保険金の支払事由は、不慮の事故であることが必要である。そして、この「不慮の事故」とは、災害割増特約、傷害特約の別表1によれば、急激かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病又は体質的な要因を有する者が軽微な外院により発症し又はその症状が増悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とみなさない。)で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、厚生省大臣官房統計情報部編「疾病、傷害及び死因統計分類提要、昭和五四年版」によるとされているところ、分類項目中「不慮か故意かの決定されない損傷」(E九八〇ないしE九八九)はこれから除外されている。被保険者の自殺等故意によるものであるときは、「急激かつ偶発的な外来の事故」に当たらないことは明らかであり、しかも、前述のとおり、不慮か故意か不明の場合は支払事由に当たらないとされているのであるから、不慮の事故であることの立証責任は、保険金を請求する原告にある(仙台高裁平成六年三月二八日判決)。
(二) この点に関し、原告は、立証責任を保険金請求者に課すことは不公平であり、妥当性を欠くと主張する。しかし、災害保険金は、単なる死亡ではなく、特に偶然の不慮の事故の際に支払われる付加保険なのであるから、自殺が免責事由とされている普通死亡保険金の立証責任と同様に取り扱う必要はなく(仮にもし同様に扱うのであれば、普通死亡保険金と別個に特約として付した意味がなくなる。)、立証責任を請求者に課しても不公平とはいえない。また、消極事実の立証であり、不可能の立証を強いることになるというが、現実には原告が故意によるものでないこと即ち不慮の事故であることを立証するよりも、被告が故意によること即ち自殺であることを立証する方が困難である。自殺であることを示す事情は請求者側である原告が把握していることが多いし(遺書の存在等)、外形的には事故であるかのような場合に自殺であることを立証するのは、それが心の中を立証することであるため非常に困難であり、原告の前記主張は失当である。
(三) また、原告は、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号のE九二八・九(詳細不明の不慮の事故)が本件保険契約の対象となる不慮の事故とされていることをもって、死亡に至る経緯の詳細が不明で特定できないものについても不慮の事故として扱うものであると主張する。しかし、不慮の事故の分類項目の内容を定めた「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要」(昭和五四年版)において、「不慮か故意かの決定されない損傷(E九八〇―E九八九)が除外されていることからも明らかなように、「詳細不明の不慮の事故」は、不慮の事故であることが確定的であることを前提とするものであり、ここにいう「詳細不明」とは不慮の事故の原因となる事実の詳細が不明なもののことをいうのである。したがって、Bの死が自殺であることが強く疑われており、不慮の事故であるか否かが問題となっている本件は、「詳細不明の不慮の事故」には該当しないことが明らかである。
(四) 原告は、本件災害割増特約及び傷害特約別表1の定める「16その他の不慮の事故」ないし「18他殺及び他人の加害による損傷」に該当し、不慮の事故による死亡に当たると主張する。しかし、本件死因は凍死であって、外傷等も存しないのであり、また、原告の主張する何らかの事件に巻き込まれたことを推認させる事実は一切見当たらないのであるから、「18他殺及び他人の加害による損傷」に該当しないことは明らかである。また、Bの死体発見現場は、JR花輪線b駅北約一・八キロメートルの地点であり、冬期は通る人は全くなく、しかも死体が発見されたのは、そばを通る国道二八二号線からも少し入った場所であった。この付近には、人が赴く目的となるようなものは何も存在しない。かかる事情からすれば、自殺をうかがわせる事情が存しないとはいえない。
(五) なお、仮に本件が「不慮の事故」に当たるとしても、被保険者の故意又は重大な過失による場合は保険者は免責されるものとされているところ(災害割増特約第二条、傷害特約第三条)、Bは、多量の睡眠剤を服用し、雪中に身を置いたという事情からみれば、本件Bの死が自殺によるものであることが強く推認され、故意ないし重過失によるものとして免責されるというべきである。
第三当裁判所の判断
一1 本件保険契約の、普通保険約款、災害割増特約及び傷害特約の関係条項(乙一、一〇、一一)及び弁論の全趣旨によれば、各特約における保険事故たる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病又は体質的な要因を有する者が軽微な外因より発症しまたはその症状が増悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とはみなさない。)であり、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中別表「対象となる不慮の事故」記載のとおりのものとし、分類項目の内容については、厚生省大臣官房統計情報部編「疾病、傷害及び死因統計分類提要」(昭和五四年版)によるものとするとして、約款上不慮の事故に該当する例を限定的に列挙しているが、本件事故への適用が問題となるものとしては、「他殺及び他人の加害による損傷」「その他の不慮の事故」が含まれる反面、「不慮か故意かの決定されない損傷」(E九八〇ないしE九八九)がこれから除外されており、また、当該事故が被保険者の故意又は重大な過失によって招来されたものである場合には、保険者は、前記各特約による保険金を支払わないものとして、これを免責事由としている。
2 右免責条項は、被保険者の故意と重大な過失とを並列的に定めているが、前記の条項を通覧し、とりわけ「不慮か故意かの決定されない損傷」すなわち、当該損傷が不慮の事故か自殺か、あるいは他殺かが不明である事故による損傷(乙一〇)が約款上の不慮の事故には該当しないものとされていることに照らすと、右災害割増特約又は傷害特約に基づく保険金請求訴訟にあっては、保険金の請求者(受取人)は、当該事故が被保険者の素因や故意に基づくものではなくて、急激かつ偶発的な外来の事由に起因するものであること(いわゆる災害起因性)についての立証責任を負い、他方、保険者は、当該事故が被保険者の重大な過失によるものであることについての立証責任を負うと解するのが相当である。したがって、本件事故がBの故意によるものか不慮のものであるかが結局において明らかでないときには、前記「不慮か故意かの決定されない損傷」に該当するものとして、本訴請求は排斥されるべきこととなる。
さらに、原告は、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号のE九二八・九(詳細不明の不慮の事故)が本件保険契約の対象となる不慮の事故とされていることをもって、死亡に至る経緯の詳細が不明で特定できないものについても不慮の事故として扱うものであると主張する。しかしながら、前記のとおり、厚生省大臣官房統計情報部編「疾病、傷害及び死因統計分類提要」(昭和五四年版)において、「不慮か故意かの選択がされていない損傷」(E九八〇―E九八九)は、詳細不明の不慮の事故から除外されているのであるから、ここにいう「詳細不明の不慮の事故」とは、字義のとおり、不慮の事故には該当するが、その内容の詳細が不明である事故をいうものと解さざるを得ないのであり、前記原告の主張は採用できない。
二1 証拠(甲三、六ないし一三、乙一ないし一二)、証人Eの証言、原告本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故が生じた経緯に関し、次の事実を認めることができる。
(一) Bは、昭和三五年○月○日、原告とFの次男として盛岡市で出生した。
(二) Bは、昭和五八年三月、東京の駒沢大学を卒業後、昭和五九年四月、友人のEとともに東京で広告代理業である株式会社a1(同社は、昭和六一年ころ、商号を株式会社aと変更)を設立し、専務取締役に就任した。
(三) Bは、昭和六〇年二月一六日、Cと婚姻した。
(四) Bは、昭和六三年一月、脳動静脈奇形と診断され、東京にある荏原病院に入院し三度手術を受け、同年一〇月からは、日産多摩川病院に通院し、右疾病の後遺症であるウェルニケ失語症(相手の言葉を言語として理解するのに時間を要する障害が存在。)のリハビリを受けていた。
(五) Bは、昭和六三年一一月一六日、妻Cと協議離婚した。
(六) Bは、平成元年九月ころ、盛岡市に戻り、原告及び父と共に生活しながら、岩手医科大学附属病院の脳神経外科、精神神経科に不安神経症、脳動静脈瘤奇形、ウエルニケ失語症の治療のため通院し、投薬治療及び失語症のリハビリを受けた。
(七) Bは、失語症が完治し、別れた妻と復縁できることを望んでいたが、相手の言葉を理解するのに時間がかかる状態は容易に改善せず、また、妻との復縁も不可能な状況であった。Bは、当初は、病院から支給された薬剤をきちんと服用していたが、平成五年以降は、もらっても飲まないようになった。また、Bは、平成二年二月一九日ころ、頭がぼんやりし、生きることが辛くなり、死にたいなどと口にし、抗不安剤であるメンドン二〇錠を一挙に飲む、自殺をはかった。Bは、時々、Eなどと会い、同人から東京へ戻り復職するよう誘いを受けたが、コピーライターの業務であったため、難色を示していた。
(八) Bは、平成六年一月から平成七年一月まで、c郵便局の臨時職員として稼働したが、医師に対し、勤務による疲労感を訴えていた。
(九) Bは、Bは、平成八年三月一日、原告に株式会社aの代表者に会って復職の相談をしたい旨告げて上京し、同月一一日帰宅した。
(一〇) Bは、その後、原告に対し、株式会社aに復職することを決めていたこと同月二六日までに上京することを告げた。
(一一) Bは、平成八年三月一二日、午後八時ころ、原告に対し、電話で、現在サウナにいるので鍵は郵便受けに入れておいて欲しい旨告げ、その後、消息を絶ち、同年四月七日、松尾村の雑木林で死体で発見された。
(一二) Bの死体が発見された岩手県岩手郡松尾村<以下省略>の東側雑木林は、JR東日本b駅から北へ約一・八キロメートルの地点の国道二八二号線沿いにある。死体発見現場は、国道二八二号線から約二〇メートル程雑木林の中に入ったところにある。現場近くには物置小屋があるが冬期は利用されていない。現場付近の国道二八二号線は、冬期も車両は通るものの、現場付近を通過するものが大半であり、歩く人もほとんどいない。b駅から現場方向に約六〇〇メートル程の地点までは民家が何軒かあるが、それを過ぎると国道二八二号線の周りには民家は全くなく、雑木林、田畑が周囲にあるだけである。冬期は、雑木林も田畑も雪に覆われており、人が足を踏み入れる状況にはない。検視の結果、死体には外傷がなく、直接の死因は凍死と判断された。
死体は、国道二八二号線から東方に二二・四メートルの人通りのほとんどない雑木林内に頭を東側に向け、うつぶせの状態で横たわっていた。死体の下には雪があり、死体のあった部分が他の場所より盛り上がっており、またたびの枝が死体と雪の間にはさまった状態となっていた。
Bのポケットには、多量の睡眠薬があり、服用した後のアルミが多量に発見された。死亡時に所持していた薬剤のうち、ロヒプノールは、睡眠及び麻酔導入剤、リスミーは睡眠誘導剤、ヒダントールは、自律神経調整剤、アプレースは、消化性潰瘍治療剤、グランダキシンは、自律神経調整剤、ヘキストールは、脳血管障害治療剤である。ポケット内から発見された服用後のアルミは、一部に睡眠誘導剤である「リスミー」の名が記載されていた。
(一三) Bの本件事故前の岩手医科大学附属病院精神神経科への通院回数は月二回程度であり、前記ヘキストール、リスミー、ロヒプノール等をそれぞれ二週間分処方されていたが、普段はあまり服用していなかった。
二1 右事実をもとに検討すると、Bが死亡するに至った原因や経過はこれを特定するに足る証拠がなく、自殺による死亡である可能性も十分に存する案件であり、結局、本件事故は、Bの故意によるものか不慮の事故によるものか不明であるという他はなく、本件保険契約の保険事故としての不慮の事故には当たるとは断じ得ないものといわざるを得ない。
2 この点につき、原告は、Bが以前から希望していた会社である株式会社aへの復職が決定し、近日中に上京する予定となっていたこと、Bは自動車を運転する免許も技能も有しておらず、本件事故現場に向かう交通手段もなかったことから、自殺とは解し難く、「その他の不慮の事故」ないしは「他殺及び他人の加害による損傷」による事故であると主張する。
しかしながら、Bが復職して行う予定の仕事は運転手兼鞄持ちのような仕事であり、言語障害が存しているため以前Bが担当していたような仕事をしてもらう予定は全くなかったとのことであり、支給する給与は一四万円程度とのことであるところ(E証人調書一五丁裏ないし一六丁裏、二〇丁表)、Bが、平成四年一二月一一日、医師に対し、「明日東京へ仕事で行く、東京へ戻って来いという話しはされているけど、コピーライターだけでは食べていけませんから・・・。」などと述べていること(乙九の4)と合せ考慮すると、同会社へ復職の話しは、数年前から出ていたのであり、しかし、同会社ではBに言語障害が存したことから複雑な仕事を任せることはできず、それに見合って賃金も低額しか支給できず、そのため、Bも復職する決断がつかない状況にあり、その状態が本件事故直前まで継続していたことが推認される。してみると、同会社への復職が決まった事実をもってBが自殺する動機がないことを推認することは困難であり、むしろ、Bの立場からすると、言語障害が十分に改善されないままに、以前、専務をしていた会社(もっとも商号は変更されている。)へ運転手兼鞄持ちとしてかなり低額の賃金で雇用されることへの屈辱感、絶望感が自殺への引き金になったとみることも可能なのであって、前記原告の主張は採用できない。
また、Bが本件事故現場に向かう交通手段がなかったとの点であるが、Bが失踪してから凍死するまでには数日間の時間的間隔が存するのであり、特定は困難にせよ、何らかの交通機関ないし徒歩で本件事故現場に行くことが不可能とはいえないから、このことをもって、Bが自殺したことを否定する根拠とはなし難いし、まして、他殺を推認させる事実とは到底みなし難い。
3 したがって、本件事故は、Bの故意によるものか不慮の事故によるものか不明であるという他はなく、本件保険契約の保険事故としての不慮の事故には当たるとは解し難いのであり、前記原告の主張は採用できない。
三 したがって、本件が前記災害割増特約及び傷害特約における不慮の事故に該当することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないことになるから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 大沼洋一)