盛岡地方裁判所 昭和23年(行)19号・昭23年(行)20号 判決
原告 小山平 ほか一名
被告 興田村農地委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告が別紙目録記載の土地に付昭和二十二年九月十五日たてた農地買收計画は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、其の請求原因として、右目録記載の農地中第一の分は原告小山平、第二の分は同小山ヤスの各所有であるが、被告委員会は昭和二十二年九月十五日之を自作農創設特別措置法により買收すべきものとし而も右農地は訴外小山泰亮所有として買收計画をたてた。然し原告平は右小山泰亮の次男で昭和十五年四月父母と別居し、昭和二十年十二月一日戸籍上の分家手続をなし、学校教員となり、原告ヤスは右泰亮の四女であるが身体虚弱で他家に嫁するを欲せず、昭和十六年五月父母と別居し戸籍上の手続をしたのは昭和二十三年一月十七日で、農業に從事して居り、尚原告等の兄弟姉妹としては長女小山イサヲ(隣家に嫁し、農業に從事)、長男同要助(父母と同居、農業に從事)、次女及川トキ(猿沢村に嫁し、商業に從事)、三女熊谷キク(大原町に嫁し、農業に從事)、小山勝(東京都に嫁す)、六女同みち(父母と同居、農業に從事)、七女同いち(父母と同居、農業に從事)、八女同信子(父母と同居、高等学校在学中)、四男同恒男(父母と同居、中学校在学中)があり、右ヤスには昭和十九年一月十日田四筆八反九畝二十二歩(本件土地を含み)、山林八反歩、牝馬一頭、家具什器等を、原告平に対しては同日田二筆一町六畝二十歩(本件土地を含む)、畑二筆一反二畝二十八歩、山林十二筆四町九反二十歩、宅地二筆二百二十八坪、家具什器等を各分與し、小作人はヤス分小山角三郎外七名、平分及川定治外四名で小作料は昭和十九年度から何れも原告等が徴收している。而して昭和二十二年十二月十八日本件農地につき原告等に対し夫々所有権移轉登記手続を経由した。
右の様に原告等は昭和二十年十一月二十三日以前から訴外小山泰亮と別居し独立の生計を営んで居たものであるから、被告が泰亮所有地又はその同居家族の所有地として買收計画を定めたことは違法で、之が取消を免れないものであると陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は、主文通りの判決を求め、答弁として被告が本件土地を訴外小山泰亮所有として買收計画をたてたこと、原告等主張の小作人が本件土地を耕作せることは何れも認めるが、其の余の事実は爭う。本件土地は訴外小山泰亮の所有である。仮に原告が昭和二十二年十二月十八日所有権移轉登記手続を経由したとしても、右土地所有権移轉につき縣知事又は村農地委員会の承認をうけていないから無効であり、依然として小山泰亮の所有地であると謂はなければならない。又本件は昭和二十年十一月二十三日当時の事実に基いて計画をたてたのだから適法であると述べた。(立証省略)
三、理 由
被告が本件土地を訴外小山泰亮所有として之に対し農地買收計画をたてたことは当事者間爭ないところである。而して証人千葉儉吾、小山輝男の各証言、証人小山泰亮、及川仲雄の証言の各一部を綜合すると、原告両名は訴外小山泰亮の実子で、原告小山平は昭和二十年四月から同二十二年三月迄興田村天狗田国民学校に教員として奉職し、村内遠からぬ所に実家小山泰亮方があつたが、右実家から通はずに学校で自炊生活をなし、其後同村落合小学校に轉任し同所の借家に移つたが、主食等は実家から供給を受け、実家に時折手傳に行き、又同人は同僚に対し実家に帰ることになつて居るのだと語つて居つた事実、並びに原告ヤスは昭和二十年十一月一日から翌年四月一日迄興田村沖田字八日町及川正之助方に間借りして居住し自炊生活を営み、同年四月上旬からは実家小山泰亮方に戻り同二十四年四月興田村仲田字高屋敷小山輝男方に移轉自炊生活をしたが、主食等は右実家から供給を受け、時折実家の手傳を爲し、又原告両名共村民税の賦課がなかつた事実を認めることが出來る。
尚又成立に爭ない乙第一乃至第三号証、被告代表者伊東直七の供述を綜合すると、昭和二十年十一月二十三日当時原告等は孰れも小山泰亮方に居住し、世帶を同うして居たことを認められるのみならず証人小山泰亮の証言(第二回)によれば、同人はその実子である原告両名に農地を分興するに付同人等を別世帶にしなければ同人等所有の農地と泰亮所有の農地と合算の上、保有面積超過分が買收せらるることとなる爲、買收に付保有面積を多からしめる目的で原告等に別世帶を立てさせたものであること明である。
敍上各資料を綜合すると原告等は夫々前示の場所に別居したけれ共泰亮方に於て有したその民法上の住所を離脱して居らぬものと認めるのを相当とする。即ち昭和二十年十一月二十三日当時原告平は興田村天狗田国民学校に、原告ヤスは同村沖田及川正之助方に民法上の住所を有したが、右両名は右当時他面同所小山泰亮方にも民法上の住所を有し、且生計を同じくして居たことを認めることが出來る。右認定の趣旨に反する証人及川仲雄、小山泰亮の証言の各一部は措信しない。其他右認定を覆すに足る証拠はない。
而して或個人が二ケ所に民法上の住所を有する場合、之に基く法律上の効果は同時に右双方の住所に付発生するものと解する。
敍上は民法上から観た住所の観念から判定した結果であるが、自作農創設特別措置法による住所の観念に付案ずると、農地買收に於ける保有面積を計算するのに農地所有者の同居の戸主若しくは家族が右農地所有者の住所のある市町村の区域内において所有する農地はこれを当該農地の所有者の所有する農地とみなさるゝ規定(昭和二十一年法律第四十三号自作農創設特別措置法第四條第一項)、所謂不在地主の有する農地買收の規定(同法第三條第一項)等に徴すると独立の住所を二ケ所に有することを得とするときは、前者の場合、農地所有者の同居者たると同時に別居者たる場合あり、後の場合在村地主たると同時に不在地主たる場合あり、その双方の法律上の地位を無視するを得ず、右法律の立法趣旨に反する結論を生ずる虞あるに鑑み、同法に所謂住所は右民法に謂う住所とその観念を異にし、民法のそれよりも廣い観念で、住所は一個人に付必ず一個たるを要し、且專ら客観的事実により比較的長期に亘り逗留する状態を考慮して之を決定すべきものであると解する。この観点からすると原告等は孰れもその実家小山泰亮方に基準時当時自作農創設特別措置法の住所を有したものと観なければならぬ。
然らば原告主張の様に本件土地中三筆を原告平に於て、二筆を同ヤスに於て各泰亮から昭和十九年中贈與を受け、各その所有に属したとしても右昭和二十年十一月二十三日当時原告両名は小山泰亮方に同居して居たもので、且右農地は右泰亮の住所のある村の区域内に存するものであるから右泰亮の所有する農地とみなして買收せらるべきもので結局本件買收は相当であるといはねばならぬ。
然らば原告の請求は理由がないから訴訟費用負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 大竹敬喜 小嶋彌作 杉本正雄)