盛岡地方裁判所 昭和24年(モ)86号・昭25年(モ)14号 判決
本件に付当庁が昭和二十四年十二月二十二日発した仮処分決定(注参照)は之を取消す。
仮処分申請人の本件仮処分申請は之を棄却する。
仮処分取消申立人の右仮処分取消の申立は之を棄却する。
仮処分取消手続の費用は仮処分取消申立人の負担とし、仮処分申請の費用は仮処分申請人の負担とする。
本裁判は第一項に限り仮に執行することができる。
二、申請の趣旨
仮処分取消申立(仮処分被申請人、仮処分異議申立人以下申立人と略称する)代理人は、(甲)仮処分取消事件に付「主文第一項掲記の仮処分決定は之を取消す。申立費用は仮処分取消被申立人(仮処分申請人、仮処分異議被申立人以下被申立人と略称する)の負担とする。」(乙)仮処分異議事件に付「主文第一、二項と同旨及申立費用は被申立人の負担とする。」との判決を求めた。
三、事 実
申立代理人は、
(甲) 仮処分取消の理由として、被申立人は申立人が(イ)日本共産党和賀川工場細胞の名儀を以て、同工場内に被申立人を誹謗した宣伝ポスター等を貼布したこと(ロ)申立人居住の被申立人所有社宅に「日本共産党西和賀群委員会」なる看板を掲げ共産党事務所に使用したこと(ハ)日本共産党西和賀細胞群委員会の機関紙に被申立人の「和賀川工場人民管理」なる記事を掲載したとして申立人を解雇し、当庁に申立人の従業員たる地位を停止する、申立人は岩手県和賀郡岩崎村大字山口所在の被申立人和賀川工場(以下和賀川工場と略称する)敷地内等に立入つてはならない、との仮処分申請をし昭和二十四年十二月二十二日その旨の決定を得て之を執行した。
併し
一、前示解雇理由の中(イ)の事実(ロ)の中社宅を共産党の事務所に使用した事実はなく(ロ)の中共産党の看板を掲げたこと及(ハ)の事実は認めるが解雇理由とならない。被申立会社が申立人を解雇したのは申立人が共産党員としての政治活動に対する不当な圧迫であつて、労働基準法第三条に違反する無効なものである。
二、申立人は被申立人の従業員を以て組織する東北電気製鉄株式会社労働組合(以下組合と略称する)の組合員であり組合業務の専従者であるが、被申立人と組合との間に昭和二十四年九月十七日以来賃金値上、退職金支給及労働協約締結等について団体交渉継続し、申立人も組合の代表者として団体交渉の任に当り一旦打切つたが同年十月二十八日より右に関し団体交渉再開することに右両者間に決定を見ていた。ところが同月二十七日に至り被申立人より右団体交渉を同月二十九日に延期するとの申入れがあつたので組合も之を承諾したところ、同月二十八日突如被申立人は申立人を解雇したのであるから、被申立人の申立人に対する右解雇は労働組合法第七条の不当労働行為であり無効である。
三、申立人は組合業務専従者であつて組合事務一切を担当しているものであるが、本件仮処分により組合事務の執行不能となり組合の事務は渋滞し組合は偉大な損害を被るし、他方申立人は右の如く組合事務執行不能を理由に組合より賃金の支払を停止される虞れあり、斯くては申立人の生活困窮しその損害は甚大である。
以上の如く被申立人の申立人に対する解雇は無効であり、仮に然らずとするも、組合又は申立人の蒙るべき損害は甚大であるに反し、本件仮処分取消により被申立人の被る損害は金銭的補償によりその目的を達し得べきものであるから本件仮処分は特別事情があるものとして取消さるべきである。
(乙) 仮処分異議事件の被申立人の主張に対する答弁として
(一) の事実は全部認める。
(二) 被申立人代表と組合代表間に新協約案につき意見の一致を見たのは昭和二十三年九月五日であるが、右は組合代表が組合機関に諮つて後調印することに付被申立人の諒解の下に為されたのである。而してその後新協約案に付組合機関にかけ審議中であつたが、偶々組合と被申立人間に賃金増額に関し紛争中であり且組合は新協約案の条文に解釈上の疑義が生じたので後日の紛争を防止する為、疑義の点を訊してから調印する旨被申立人に申入れたのである。而して右賃金増額問題も解決したので組合は被申立人と新協約調印の準備を進めたところ、昭和二十四年一月十日被申立人より前示新協約案を再検討する旨組合側に通告して来た。その後被申立人の都合により新協約に関する交渉は停頓していたが、同年八月三日被申立人より改めて新協約案(以下之を改訂新協約案と仮称する)を提示したので組合は之を検討中のところ同月二十七日突如被申立人より仮協約を失効させる旨の通告をして来たのである。被申立人は改訂新協約案に付誠意ある団体交渉を試みず右の如く仮協約失効の通告をしたのであるから該通告は無効である。又凡そ現在の企業形体に於ては労使間に労働協約の存在しないことは想像し得ないから、仮協約に於ける「新協約成立する迄尚有効とする」とあるは条件でなく不確定期限であるから新労働組合法の施行により当然失効するいわれはなく、又仮協約成立は新労働組合法施行前のことに係るを以て改正労働組合法第十五条第二項の適用の余地もない。従つて仮協約は新協約成立迄依然有効に存続しているものであり、申立人に対する本件解雇は仮協約の「組合員の人事に関しては組合の意向を参酌して行うこと」の規定に反し組合の協議を求めずしてしたのであるから無効である。
(三) の事実中、申立人の組合に於ける地位の点、(ロ)の申立人居住社宅に「日本共産党西和賀群委員会」なる看板を掲げた点、(ハ)の昭和二十四年八月日本共産党西和賀群委員会機関紙の和賀川民報第八号に「和賀川工場の人民管理」なる記事を掲載したことは何れも認めるが(イ)の点及(ロ)の爾余の点は否認する。申立人社宅に右「看板」を掲げることは被申立人に対し何等損害を及ぼすことはない。又右「人民管理」の記事は日本共産党の政策を被申立人につき論述したまでであつて何等被申立人の所有権、企業経営を侵害する意図を有するものでない。被申立人の此の点に関する主張は事実を歪曲するも甚しい。
要するに被申立人が申立人を解雇したのは申立人が日本共産党員として政治活動をしたこと、組合業務専従者として組合活動をしたことを理由とするものであり、且団体交渉に於ける組合を牽制する目的の下に為されたものであつて不当労働行為であり、労働基準法第三条に違反し且又前示の如く仮協約に違反し無効であるから本件仮処分申請は不当である。(疏明省略)
被申立代理人は「本件申立は何れも之を却下する。本件に付当庁が先に発した主文第一項掲記の仮処分決定は之を認可する。申立費用は何れも申立人の負担とする。」との判決を求め、
(甲) 仮処分取消事件の答弁として、申立人主張の特別事情の事実中一及二の点については、後記仮処分申請の理由(三)と同旨の主張をし、(三)の点については組合事務所として組合の使用せる家屋は被申立人所有のものであり、現在被申立人の工場として使用中の建物の一部である。被申立人が之を組合に貸与したのは組合全員が被申立人従業員であることを前提としたのであつて解雇により被申立人の従業員たる身分を失つた申立人を組合員とする組合に右家屋を貸与する義務はなく非従業員である申立人の右家屋に立入ることを禁止するは被申立人の当然の権利であるのみならず、組合事務所は申立人を解雇する以前の昭和二十四年九月から代替建物を提供し移転方を被申立人から組合に申入れ近く移転実現の予定である。且つ現在申立人居住の会社社宅その他組合幹部の社宅で組合事務を執務し居り本件仮処分の執行により組合事務の運行に何等支障ない。又申立人は解雇後も尚組合業務専従者として組合事務に従事し現に組合より月額金九千三百五十円の俸給を支給され、又申立人が申立人の為盛岡地方法務局花巻支局に供託した本件解雇の予告手当及退職慰労金合計金三万二百八円(税込)を有するのみならず、染物工としての技術を有し組合業務専従者としての職を解かれても生活に支障を来すことはない。
抑仮処分取消の事由としての特別事情とは、仮処分により保全せられる権利が金銭的補償により終局の満足を得られる場合を言うのであるが、本件仮処分の被保全権利は被申立人の所有権乃至経営権で金銭的補償により終局の目的を達し得るもののみに止まらない。即ち名誉、信用の外経営の秩序維持、管理、統制等金銭に見積り難いものが多々存するのみならず被保全権利を財産的のものに限局しても本件仮処分を取消すことにより蒙る損害は補填不能又は算定不能であり、従て仮処分によりて保全せられる権利は金銭的補償により満足せられ得ないものである。
(乙) 仮処分異議事件につき、仮処分申請の理由として
(一) 被申立会社は東京都に本店を有し、岩手県和賀郡岩崎村大字山口に工場(即ち被申立人和賀川工場)を有する銑鉄その他の電気冶金工業品の製造、石灰窒素、炭化石灰等の製造販売等を目的とし、従業員は前示の如く労働組合を組織し、申立人は和賀川工場の従業員として組合に加入しその組合業務専従者となつたものである。而して被申立人と組合との間には昭和二十一年十二月二十三日「被申立会社は組合員に関する人事については組合の意向を参酌して行うこと、効力期間を協約締結の日より一ケ年とし期間満了一ケ月以前に被申立人又は組合の何れかより改訂の意思表示なき場合は自動的に更に六ケ月宛延長すること」等の労働協約(旧協約と仮称する。)を締結した。組合は右条項に基き被申立人に対し昭和二十二年十一月十日旧協約改訂の意思表示をしたので旧協約は同年十二月二十三日消滅した。ところがその後組合よりの申込により被申立人との間に同月二十五日旧協約を引続き新協約成立迄延長する旨の合意成立した(之を仮協約と仮称する。)
(二) その後被申立人と組合との間に新協約につき審議を重ねた結果、昭和二十三年九月両者間に新協約案につき意見の一致を見たので、被申立人は組合に対し再三新協約につき調印する様要求したにも拘らず組合は荏苒遷延し、新労働組合法施行期日の昭和二十四年六月十日を経過しても右調印に応じなかつたので同年八月二十七日新労働組合法第十五条第二項本文の規定に基き仮協約を存続させる意思ないことを組合に通告した。元来前示仮協約は「新協約成立迄効力を有する」との定めであり右は条件であつて期限でないから前示新労働組合法施行と同時に同法第十五条により有効期間の定めのない協約として当然効力は喪失したものである。仮に右が不確定期限であるとしても前示同年八月二十七日の通告により同条第二項により効力は喪失したもので爾後被申立人と組合は無協約状態となつたものである。
(三) これより先、申立人は組合幹事となり、組合書記長となり、組合業務に専従して来たが組合と関係なく而も被申立人従業員としての職責に反する左の如き行為があつた。即ち
(イ) イ昭和二十四年五月頃から同年八月頃迄の間和賀川工場内に日本共産党和賀川工場細胞の名を以て屡々被申立人を誹謗する左の如き記事を掲載したポスターを貼附した。即ち「こんな設備では働けぬ」「我々の同志小田島勝君殺さる」「資本家の怠慢により労働者犠牲となる。組合員諸君よ起て戦え、共産党を先頭に。」「十九の青春を誰に奪われたか。」「我等の仲間がまた殺された。」「この次は誰が殺されるか。」「人殺し工場」「組合員全員集合せよ、弔合戦だ。」
又被申立人に無断で被申立会社管理下の和賀川工場敷地内の工場の塀の外側道路に面して掲示板を設置し、前同様「日本共産党和賀川工場細胞」の名を以て
「神吉社長の儲け主義の為殺された云々」
の記事を掲げたポスターを貼附した。被申立人は申立人に対し屡々注告をし右の如き行為を禁じたが申立人は之に応じなかつた。
(ロ) 同年五、六月頃から申立人居住の被申立人所有の社宅を共産党事務所に使用し「日本共産党西和賀群委員会一なる看板を掲げ被申立人に関係なき者二名を事務員として宿泊させた。被申立人の社宅は従業員の福利施設の一部であつて、専ら従業員の居住の用に供するものであり、此の目的外の使用は容認し得ないから、被申立人は申立人に対し右の如く共産党事務所としての使用を禁じ、右看板の撤去を命じたが申立人は之に応じなかつた。
(ハ) 同年八月末日本共産党西和賀群委員会機関紙「和賀川民報」第八号紙上に「和賀川工場人民管理……」なる記事及び「吉田内閣の下僕」なる見出の下に「神吉英三といえども明に吉田民自党の集中生産の枠の中で一喜一憂しているに過ぎない…………かかる経営者をとりまく部課長達は、全く神吉社長のたいこもちに成り下つている。自己の創意を発揮して何一つやれない状態であり、全く生気を失いつつある。全く自己の身の安全にのみ汲々としている…………既に職能的立場にあるものは全くその指導性を失つている」等の記事を掲載し、被申立人及びその幹部の名誉、信用を毀損し業務を妨害した。
殊に「和賀川工場人民管理」の記事は被申立人の幹部を愕然たらしめた。「人民管理」なる用語は従来共産党の行つた一つの闘争の戦術用語であり暴力革命の一形態でもある。それは所有権の侵害、経営権の侵奪を伴うものである。このことは昭和二十一年二月以降共産党員指導の下に党員、非党員を結集し、各所に於て他人の所有物件を不法侵害し、占拠し、所有者及び経営者の意思に反し意のままに使用管理した等の事例や、又嘗て刑事被告事件となつた食糧倉庫襲撃事件に於てその暴徒により「物資を同盟に引渡を受け人民管理に移し一般大衆に分配しようと定められ」又「あの物資は我々同盟で人民管理の方法によつて分配するから即時引渡せ」等の言辞が発せられたことによつても明である。
而して前示「和賀川民報」第八号に掲載された人民管理の内容も右と同旨であることは、昭和二十四年七八月頃所謂九月革命説が専ら流布され、人心は戦々兢々たる状態にあり、松川事件、平事件、三鷹事件を初めとして、広島日鋼、広田三菱製鋼等各地に革命の予行演習と目される騒擾ストが頻発し、之と時を同じくして前示和賀川民報の「人民管理」の記事が掲載されたのであつて、而も同記事は申立人等日本共産党西和賀群委員会傘下の細胞員が同年八月十九日親生倶楽部に於て「如何に大衆を政治的革命に指導し、闘争を革命への為有利に展開させるや」を討議した直後のことであるのに照して疑ないところである。
かかる人民管理の運動が被申立人の工場内で行われていることが外部に知れるに於ては被申立人の蒙る損害は甚大であり致命的である。即ち同業者間の取引は停止され、殊に金融の道は杜絶する恐れがある。最近の産業経済界に於ては如何なる大企業と雖も自己資金で企業を運営し得るものはなく、銀行等よりの金融が杜絶するに於ては直ちに破綻を来すべく、被申立人と雖も同様破綻を免れない。そこで被申立人は同年九月十二日申立人に対し書面を以て前示人民管理の意味に付質問したが申立人は何等の囘答もしなかつたので、被申立人は更に同年十月五日申立人に対し前示人民管理の意義については会社独自の解釈により適当の措置を講ずべき旨通告した。
(四) 被申立人は前敍の如く申立人に対し同人の前敍各所為につき度々注告を発したに拘らず申立人は依然改めなかつたので遂に被申立人は昭和二十四年十月二十八日申立人を被申立人就業規則第十五条第三号の「事業経営上已むを得ない事由あるとき」の条項に基き解雇した。
或産業の国家管理又は人民管理と言うが如く一般的抽象的政策を抱懷し之を発表することは個人の政治的信条として自由であろう。併し前敍の如き意義内容の人民管理の方策を具体的に特定工場を指定し、之に適用すべき方針を宣明することは財産権侵害の意図を表明するものであり、その業務を妨害するものである。従業員たるものが斯る行為を為すは企業秩序を破壊するものであり、従業員の地位と相容れないものである。
それは単なる規律維持の為の懲戒処分の範囲内の行為ではなく、労働契約の継続を不能ならしめる不信行為である。申立人の前敍の行為が解雇の正当なる理由たるべきは雇傭関係の本質上当然であり、民法第六百二十八条の「已むことを得ざる事由」にも該当するものである。
以上要するに申立人を解雇したのは申立人が前敍の如く組合に関係なく連続的に被申立人及びその幹部の名誉、信用を毀損し企業秩序を乱し業務を妨害する所為を敢行したが為であつて、申立人が政治活動をしたこと、又は組合活動をした故を以て解雇したのではない。従つて申立人に対する本件解雇は労働組合法又は労働基準法に違反するものでないのは勿論、当時仮協約は失効し被申立人と組合間は無協約状態であつたこと既述の如くであるから労働協約違反でもない。
(五) 被申立人は申立人に対し右解雇に基き解雇予告手当及び退職慰労金(税込)合計金三万二百八円を提供したが受領しないので昭和二十四年十一月十一日盛岡地方法務局花巻支局に供託した。
(六) 然るに申立人は本件解雇を無効とし前示工場に立入つているから、被申立人は申立人に対し本件解雇の有効なることの確認の本案訴訟提起の準備中である、がその判決の確定を待つに於ては工場の秩序は破壊され企業経営上囘復すべからざる重大な損害を受ける恐があるので本件仮処分申請に及んだのである。
(疎明省略)
四、理 由
先づ仮処分申請理由有無の点から考察する。
申立人が被申立人和賀川工場の従業員で同会社従業員を以て組織する東北電気製鉄株式会社労働組合の組合員でありその組合業務専従者であること、被申立人と組合との間に昭和二十一年十二月二十三日「被申立人は組合員に関する人事については組合の意向を参酌して行うこと、有効期間は協約締結の日より一カ年とし期間満了の一カ月以前に被申立人又は組合何れかより改訂の意思表示なき場合は自動的に更に六カ月宛延長すること」等の条項を以て労働協約旧協約を締結したこと、昭和二十二年十一月十日組合より被申立人に対し旧協約改訂の申入れをした結果旧協約は同年十二月二十三日の経過と共に失効したこと、同月二十五日被申立人と組合間に「新協約成立する迄旧協約は引続き有効とする」旨の合意(仮協約)成立したこと、申立人に被申立人主張(三)の行為ありとして被申立人がその就業規則第十五条第三号により昭和二十四年十月二十八日組合の意向を問うことなく一方的に申立人を解雇したことは何れも当事者間に争なく、右仮協約は組合より被申立人に対し書面で「旧協約改訂申入れていたところ、旧協約期限満了となつたが未だ新協約につき具体的成案を得ないから新協約成立迄の期間中引続き旧協約を有効としたい」旨申入れたに対し。被申立人より組合に対し書面を以て「組合の右申入れを諒承し旧協約は新協約成立迄引続き有効とする」旨囘答し之により昭和二十二年十二月二十五日旧協約は新協約成立に至る迄その効力を有する旨の契約が右当事者間に成立したものであることは成立に争ない乙第十五号証の二、三により明である。
一、仍て右仮協約の効力につき考究するに右仮協約は旧協約が新協約成立迄引続き有効とする旨定めて居るけれ共、旧協約失効した後に成立したものであるから旧協約の延長と観ることは出来ず、新なる独立の契約で、只被申立人、組合間に協約のない空白期間の存在を避ける為その効力を旧協約失効の時に遡らせる趣旨と解さなければならない。而して旧労働組合法第十九条第一項は「労働協約は書面に依り之を為すに因りて其の効力を生ず」と規定しており労働協約が労使間の安定を期する目的のものであるから協約当事者双方の意思が確定意思として直接確認される形式をとることが必要であり、此の目的達成の為には協約当事者双方が同一書面に署名又は記名捺印するを要するものと言うべく、往復文書の如きを以て両当事者各別の書面に署名又は記名捺印する様な形式の協約は労働協約としての効力を生じないものと解しなければならない。又此の如き協約は如何なる契約としても効力を生じないものと解するを相当とする。然るに本件仮協約は組合竝に被申立人間の前示往復文書でなされ、而もその内容は旧協約を援用し初めて明かとなるものであることは前示証拠により明であるから、本件仮協約は労働協約としては勿論、労働協約以外の如何なる契約としても効力を生ぜず、如何なる意味に於ても組合及び被申立人を拘束するものでないと言わねばならない。されば被申立人が申立人を前示の如く解雇するに際し旧協約に於て定むる様に組合の意向を参酌しなかつたとしても仮協約違反の問題を生ずる余地がなく、被申立人及び組合員間の関係は旧協約失効後は専ら民法及び被申立人就業規則に従うこととなるのみである。申立人援用の各証拠によるも右認定を覆すことは出来ない。
二、そこで被申立人の申立人に対する本件解雇の効力に付案ずることとする。
申立人が申立人居住の被申立人会社々宅に「日本共産党西和賀群委員会」なる看板を掲げていたこと、昭和二十四年八月日本共産党西和賀群委員会機関紙和賀川民報(以下和賀川民報と略称する。)第八号紙上に「和賀川工場人民管理」等の記事を掲載したことは申立人の認めるところである。
而して成立に争ない乙第八号証、証人田島衞の証言を綜合すると、組合と被申立人との団体交渉の結果、被申立人が管理する建物をその目的外の用途に使用する場合には会社に願出て許可を受けなければならぬことになり居り、又会社は無届で工場の構内外に貼紙をすることを禁じて居ることを認むべく、然るに証人深沢多喜男の証言によると、昭和二十三年四月中和賀川工場で電炉の爆発あり負傷者を出し、次いで同年五月中同工場で「ゲージエレベーター」運転中の事故により死亡者を出し、更に同月中同工場作業中の従業員の頭上に物が落ちて重傷者を出す等の不幸な事件がありたるが、右事故の際共産党細胞の名義で工場の構内外、電柱等に貼紙がしてあり、右最初の事故のあつた直後の貼紙の文句には「誰の責任による事故か」との意味の貼紙で、後二囘の事故の際は「人殺し工場」「十九の春を誰に奪われたか」「資本家の怠慢により労働者犠牲となる」「組合員よ起て、戦え、共産党を先頭に」「組合員全員集合せよ、弔合戦だ」「此の次は誰が殺されるか」等の文句で二十数個所に貼附せられ、又其の頃工場に無届で工場の塀の外側道路に面して掲示板一個を設け該掲示板に「神吉社長の儲け主義によつて殺された」との趣旨の貼紙があり、又其の後右掲示板に共産党細胞の名で「共産党細胞の手によつて工場代表者と安全施設を施すことを確約した」旨の貼紙がしてあつた。右貼紙や掲示板設置をした共産党細胞の責任者は申立人であつたので和賀川工場の庶務課長が申立人に会い掲示板の撤去と貼紙を禁止する旨を告げ工場の手で右貼紙を撤去したるが申立人は掲示板の撤去を肯じないので、昭和二十四年六月中工場の手で掲示板を撤去したがその後昭和二十四年七月中申立人等は工場に無届で工場の社宅用地内に再び掲示板を設置したので工場の労務課長が申立人に対し掲示板撤去方を交渉したが之にも応ぜず同年八月工場の手で右掲示板を撤去した。次に昭和二十四年六月頃申立人はその居宅である会社所有の社宅に日本共産党西和賀群委員会と記した看板を掲げ同所で度々共産党員の集会行われ又同人宅に日本共産党機関紙「アカハタ」の配達員一名事務員らしいもの一名が同居し右住宅を共産党の事務所に使用して居るので工場では社宅を右事務所に使用することを申立人に断つたが申立人は之に応じなかつた事実を認定することが出来る。右認定に反する申立人本人の供述は措信出来ない。
而して成立に争ない乙第十六号証被申立人の就業規則第十五条第三号所定の被告の従業員の解雇事由たる「事業経営上已むを得ない事由」とは雇傭契約に期限の定ある場合なると否とに拘らず被申立人の事業運営上の事由であることを要し而も民法第五百三十六条又は五百四十三条に定むる労務者がその労務義務の履行不能を生ずる場合は之に含まれぬものと解すべく、即経済上の状勢又は事業上の失敗その他事業障害により事業経営困難となり事業を縮少又は従業員を整理せねばならぬ場合等、その事由の存するに拘らず雇傭契約を継続することが一般の見解上著しく不当又は不公平であると認められる事実を指し、その事由発生に付当事者に過失の存在を要せず、又過失存する場合に於ても債務不履行の存在を要せぬものと解せられる。然らば敍上各所為は右就業規則の定むる場合に該当しないことは明であると言わねばならぬ。尤も前示各種の貼紙は、当時和賀川工場には数度の不詳事があつたので、証人伊藤文四郎、藤枝惠の各証言により明なように、会社に対し工場の設備不完全に付警告し従業員の覚醒を促して会社に対する待遇改善要求の態度を強化する為になされたものであろうが、文言が矯激で公衆を刺激し徒に会社に対する反抗を激成し、労務者としての正当な言動と言うことが出来ぬ。雇傭関係に於ける労務者は労務提供の義務を信義誠実の原則に従つて履行しなければならないから、申立人が右の様な所為を改めない場合、普通の債務不履行の場合に該当し、被申立人に於て民法五百四十一条の規定に従い雇傭契約を解除することは出来るけれ共右就業規則の規定により即時解除を為し得る事由には当らないと言わねばならぬ。
而して成立に争ない乙第一号証乃至同第三号証、同第十二号証の二、被申立人代表者神吉英三の供述を綜合すると、日本共産党西和賀細胞群委員会機関紙「和賀川民報」第八号紙上に和賀川工場の民主化、人民管理の方向に持つてゆく凡ゆる闘争を結集する。附近の農村には農民の生活を破壊する重税や強制寄附、村の顏役、ボスにからまる不正等ここにも吉田内閣の政策がうみただれている。農民はここで強力な労働者階級の指導を要望している。われわれは労働者の要求を農民に正しく宣伝すると同時に農民の要求をとり上げて共同闘争をやり吉田内閣の地方権力を粉砕しなければこれをやらずしては吾人の要求は貫徹しないことは勿論労働者の解放はあり得ないのであり組合の枠にとぢこもつての闘争はもはや意味をなさなくなつている。」「共産党は働く人達の生活をまもるためにみんなで共同管理する以外に道がないと考え和賀川工場の人民管理と言う闘争方針を発表した」との記事及び「経営者は吉田内閣の下僕」なる見出の下に「神吉英三といえども明に吉田民自党の集中生産の枠の中で一喜一憂しているに過ぎない…………かかる経営者をとりまく部課長達は全く神吉社長のたいこもちに成り下つている、自己の創意を発揮して何一つやれない状態であり、全く生気を失いつつある。全く自己の身の安全にのみ汲々としている…………既に職能的立場にあるものは全くその指導性を失つている」との記事を申立人に於て掲載したことを認めることが出来る。而して右記事によると所謂人民管理は和賀川工場附近の農民及び右工場労働者の共同闘争により右工場を共同して管理することにより労働者の地位を向上せしめんとする理念で申立人のいだくところのものであることを認むべきも、成立に争ない乙第十四号証、証人藤枝惠の証言を綜合すると、申立人に於て和賀川工場を人民管理となすことに付ての具体的実行に着手したことはないことが明であるから右和賀川工場の人民管理の記事は申立人の政治的信条の宣伝たるに止まるものと謂わねばならぬ。右認定に反する被申立人代表者神吉英三の供述は措信しない。然らば労働基準法第三条によりかかる記事の記載を解雇の理由とすることは出来ぬ。
尚又右各記事による宣伝の結果、前示就業規則の条項に該当する場合、即ち被申立人主張の様な被申立人とその同業者間の取引停止せられ、金融の道杜絶し、事業破綻を来す等その為申立人を解雇することが必要となつた具体的事由が発生したことを認むる証拠はない。又被申立会社事業経営困難となり、右事業縮少、従業員整理を要する事業障害の事実発生の機縁となる様な当事者の言論を阻止する為その当事者を排除するのが一般の見解上正当且公平であると認めらるる事実(此の場合右事実発生の結果に付当事者に過失の存在及債務不履行の存在を要しない)をも右就業規則第十五条第三号の事由中に包含せしめるのを相当と解すとするも、非合法的な具体的行動の伴わない右抽象的理念発表の記事が、被申立人主張の様に被申立人とその同業者間の取引停止され、金融の道杜絶し、事業破綻を来しその為申立人の解雇を要する事由発生の機縁となるべきことを考えることは出来ない。凡そ非合法的行動の伴わない理論宣伝の影響による社会変革に基く合法的な法律変更は吾人の当に甘受すべきところで、非合法的行動の伴わない理論宣伝に付ては社会各個人の自由判定に委すべく、被申立人がその為或種の影響を受くることありとするもかかる合法的な影響は之亦各人の甘受すべきところで之を捉えて右就業規則の規定に該当する解雇事由と認めることは出来ない。
然らば爾余の点に付審究する迄もなく本件解雇は違法で無効と言うべきで、本件仮処分の被保全利益が欠缺することになるから曩の主文第一項の仮処分決定は之を取消し被申立人の仮処分申請は理由なきものとして之を棄却すべきものである。然らば仮処分取消申立人の仮処分取消申立はその目的を失い理由なきに帰するものであるから右申立は之を棄却すべきものとし、仮処分申請及び仮処分取消の各費用負担に付民事訴訟法第八十九条仮執行宣告に付同法第七百五十六条の二に則り主文の通り判決する。
(裁判官 大竹敬喜 小島彌作 杉本正雄)
(注)
仮処分申請事件
(昭和二四年(ヨ)第七三号昭和二四、一一、三〇申請同年一二、二二決定)
申請人 東北電気製鉄株式会社
被申請人 宮脇嘉一
一、保証 三万円也
二、主文
本案訴訟判決確定に至るまで
被申請人の従業員たる地位を停止する。
被申請人は別紙目録記載の物件内に立入つてはならない。
(盛岡地方――裁判官 小島彌作)