盛岡地方裁判所 昭和24年(行)60号 判決
原告 後藤今子
被告 岩手県知事
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十四年一月一日附岩手と第一二、六七二号買収令書をもつて岩手県東磐井郡小梨村小梨字白幡二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪につきなした買収処分はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、請求趣旨記載の二十六番宅地二百二十三坪は元原告の父後藤慶吾の所有であつたのを大正十五年十二月二十四日原告が分家財産として贈与を受けたものであるが、昭和三年二月頃右慶吾が同地上所在の同人所有の住家一棟を、十ケ年以内に他に移築することの約で訴外菅原長八郎に売り渡し、同人がこれに居住していたので、爾来原告においても右建物敷地部分を長八郎にその賃貸期限を十ケ年とし、その間に同人において右建物を他に移築収去して右建物敷地を明け渡すことの約で同人に無償で使用せしめ、その余の現況農地の部分は原告が自作して現在に至つたのである。しかるに右長八郎は、約定の期限に至るも右建物を他に移築しなかつたので、前記慶吾が右長八郎のために種々斡旋して右建物の移築敷地に充てるべく小梨村字中長者二百十八番所在の山林五畝を右同人に買い取らしめ、何時でも移築可能の状態にあつたのであるが、そのうち今次農地改革が実施せられるや右長八郎はにわかに右建物移築の意思を飜し、却つて小梨村農地委員会に対し右宅地二百二十三坪全部の買収を申請したところ、同村農地委員会はこれを容れ、昭和二十三年一月十一日右宅地二百二十三坪全部につき、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三十条に則り第六期未墾地買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したので、同月二十四日原告がこれに対し異議を申し立てたところ、同年二月二日却下され、次いで同月六日県農地委員会に訴願したところ同年六月二日同農地委員会はこれを認容し、前記買収計画は適用法条に誤りありとしてこれを取り消し、村農地委員会に対し更めて買収計画を樹立すべき旨を指示した。よつて村農地委員会は右指示に基き、同年六月中再び右宅地二百二十三坪につき、自創法第十五条第一項第二号に該当するものとして第七期買収計画を樹立したのであるが、これが公告及び書類縦覧の手続をとらなかつたので原告は右買収計画樹立の事実を知るに由なく、異議申立の機会を失つたのであつたが、その後偶々右計画樹立の事実を他から聞知したので、同年六月二十八日直接県農地委員会に訴願したところ、同年十二月二十八日訴願棄却の裁決があり、昭和二十四年一月二十八日右裁決書の謄本が原告に送付せられた。ところがその後県農地委員会が前記訴願裁決に誤謬のあることを発見したとし、同年三月十八日附「訴願裁決内容の訂正について」と題する書面をもつて、右宅地二百二十三坪のうち現況農地の部分に関する買収計画はこれを承認しない旨訂正し、右書面は同年四月三日原告に送達された。次いで被告知事は県農地委員会の所定の承認手続を経て、前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪を買収する旨記載した同年一月一日附買収令書を発行し、同年四月十三日原告にこれを交付した。しかしながら右買収処分には左の違法がある。
(一) 村農地委員会は、当初前記宅地二百二十三坪につき自創法第三十条に則り第六期未墾地買収計画を樹立したのであつたが、原告の訴願を認容した県農地委員会により原買収計画が取り消され、更めて同法第十五条に則り買収計画を樹立すべき旨の指示を受けたにかかわらず、村農地委員会は新たに第七期として買収計画を樹立したのみでこれが公告及び書類縦覧の手続をなすことなくその後の手続を進めたので、原告は右宅地につき再び買収計画が樹立せられた事実を知るに由なく、従つて法定の異議申立期間内に異議を申し立てることができなかつたのである。かかることは自創法上買収の相手方に与えられている行政救済上の権利行使の機会を不当に奪う結果となり違法であること明らかである。
(二) 前記買収令書には二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪を買収するとのみ表示されているが、買収したと称する六十七坪が右二十六番宅地二百二十三坪のうち如何なる部分に該当するかその範囲部分が明らかでない。右宅地二百二十三坪の中には現況農地の部分も含まれており、その余の現況宅地の部分もその実測面積は百九十四坪一合であるから、右買収にかかる六十七坪が現況宅地の全地域に該当するのか、それとも現況宅地百九十四坪一合のうち六十七坪なのか全く不明であり、買収の目的物件が特定していない違法がある。
(三) 前記菅原長八郎が売渡を受けた農地は、小梨村字中長者に田三筆合計一反九畝二十六歩、字白幡に田畑各一筆合計一反三畝二十四歩であるが、右各農地と前記買収にかかる宅地六十七坪との間に何等の附従性のないのは勿論距離的にも五町ないし十町隔つていて両者の間に密接な関連性も存しないから、右宅地六十七坪は自創法第十五条第一項第二号にいわゆる附帯して買収し得る場合に該当しない。仮りに右法条に該当するとしても、右宅地は原告が父慶吾方から分家するに際し、住宅建築敷地として贈与を受けたものであり、原告において早急に右宅地上に家屋建築の必要に迫られているのであるから、同法第十五条第二項第二号にいわゆる「宅地の所有者が近く自ら使用することを相当とする場合」に該当し、これを買収し得べき限りではない。
(四) しかのみならず前記長八郎の前記附帯買収の申請は信義に反する。すなわち前記のとおり右同人は前記家屋の買い受け後十年以内に右建物を移築し、建物敷地部分を明け渡す約であつたのに、約定の期限になつても履行しなかつたばかりか、原告の父慶吾の奔走により右建物の移築先まで確保して貰い何時でも移築可能の態勢にありながらなおこれをなさず、その後建築資材が窮屈になつた事情を酌んで履行の猶予を与えて来た原告の好意を裏切り、今次農地改革に便乗して低廉な代価をもつて右宅地二百二十三坪全部を自己の手中に収めようとして、前記買収申請の挙に出でたものである。自創法第十五条によるいわゆる附帯買収の場合、同法第六条の二第二項第二号の規定を準用する旨の直接規定こそ存しないが、同法の精神自体からしても当然準用あるものと解すべきであるから、右のような買収申請は信義に反するものとして許さるべきではない。
以上の次第で前記買収処分は違法であり、且つ右の違法は取り消し得べき瑕疵に該当するからこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し、被告主張日時原告が前記二十六番宅地二百二十三坪につき、その主張のとおり実測の上地目変換及び分筆手続をなし、その後原告主張日時分筆後の二十六番の一宅地六十七坪の地積を増歩して百九十四坪一合と訂正したこと、本件買収にかかる宅地六十七坪が右二十六番の一宅地百九十四坪一合の一部に当ることは認めるが、その全部に該当するとの点は否認すると附陳した(立証省略)。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、その主張の二十六番宅地二百二十三坪が元原告の父慶吾の所有であつたのを原告が贈与を受けてその所有権を取得したこと、右宅地の一部所在の右慶吾所有の住家一棟を原告主張日時、訴外菅原長八郎が右慶吾から買い受け現に右長八郎一家がこれに居住していること、右同人が村農地委員会に対し右宅地二百二十三坪につき買収申請をしたこと、原告主張日時村農地委員会が右宅地につき買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、原告が異議次いで訴願したこと、村農地委員会が再び右宅地につき第七期買収計画を樹立したこと、原告はこれに対し異議の申立をなさず、直接県農地委員会に訴願したところ原告主張日時訴願棄却裁決がなされたこと、原告主張日時県農地委員会が、右訴願裁決の内容を原告主張のように訂正してその旨原告に通知したこと、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て原告主張の記載ある買収令書を発行し、その主張日時原告にこれを交付したこと、以上の事実はこれを認めるが原告その余の主張事実は争う。
昭和二十三年一月十一日村農地委員会が前記二十六番宅地二百二十三坪につき第五期買収計画を樹立し、同年四月三日県農地委員会に対しこれが承認を求めたところ、同委員会は同月十六日附をもつてこれを承認しない旨の決定をなし、原告の右訴願については、同年六月二日附をもつてこれを却下したのである。よつて同年四月三十日村農地委員会は再び右宅地につき第七期買収計画(買収の時期同年七月二日)を樹立して即日公告し、同日より十日間書類を縦覧に供したのに原告は法定期間内に異議の申立をなさず、直接県農地委員会に訴願したのである。しかし右訴願は異議申立を前提としないものであるから、本来不適法として却下せらるべきところ、県農地委員会は実体につき審議をなした上、同年十二月二十八日附をもつて訴願棄却の裁決をした。その後同委員会が、前記二十六番宅地二百二十三坪のうちに現況農地の部分が含まれていることを発見したので、昭和二十四年三月十八日附「訴願裁決内容の訂正について」と題する書面をもつて、前記訴願棄却裁決を変更して、原買収計画のうち現況農地に関する部分を取り消し、その余の現況宅地に関する部分を維持する旨の一部認容の裁決に改め、同年三月二十四日その旨村農地委員会に通知した。よつて同年四月八日同村農地委員会は右裁決変更の趣旨に従い、前記第七期買収計画を変更し、買収すべき土地を現況宅地六十七坪に減縮し、その余の現況農地の部分を右買収計画から除外したのである。しかして右六十七坪なる数字の根拠は、これよりさき原告が右宅地二百二十三坪につき実測の上、昭和二十三年六月十九日当時土地分筆手続の所轄官庁であつた税務署に測量図面を添付して右宅地の分筆及び地目変換の申告をし、昭和二十四年三月三十一日これを二十六番の一宅地六十七坪、同上番の二畑二十八歩、同上番の三畑一畝二十四歩、同上番の四畑一畝十二歩の四筆に地目変換及び分筆手続を完了し、現況宅地の部分が土地台帳上二十六番の一宅地六十七坪とせられていたので、これに則り、前記買収すべき宅地部分を右二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪と表示したのであり、右六十七坪の部分は右分筆後の二十六番の一宅地六十七坪に該当する。その後昭和二十五年七月三十日右二十六番の一宅地六十七坪が百九十四坪一合に地積訂正されたのであるが、本件買収令書発行当時まだ右地積訂正がなされていなかつたので、買収令書には、地積訂正前の六十七坪と表示したのであり、従つて本件買収処分の対象物件は現在の二十六番の一宅地百九十四坪一合の全地域に該当する。しかして現況宅地とその余の農地の部分との境界は現地において一見明瞭であり、且つ、原告において買収にかかる土地が右宅地のうち現況宅地の部分全部、すなわち右二十六番の一宅地百九十四坪一合であることを明らかに了知していたのであるから、本件買収処分の買収の目的物件は客観的に特定されていたものといわなければならない。
次に前記二十六番宅地二百二十三坪につき附帯買収の申請をした前記菅原長八郎は、当時農地五反二畝余を耕作し、多少供出もしていた農業を主たる生業とする兼業農家であり、今次農地改革により売渡を受けた農地は、昭和二十三年三月中、小梨村字中長者三百九番の二田二畝五歩、同上二十四番田五畝二十三歩、同上二百八十五番田二畝二十八歩、字白幡百六十九番畑三畝三歩、同上百六十八番畑三畝十九歩、同上四十六番の一田七畝十歩及び昭和二十四年八月中字中長者二十二番畑一畝二十歩合計二反六畝十八歩である。しかして右各農地は本件買収にかかる前記宅地と隔たること僅かに五百ないし七百米の至近距離に位置し、しかも右買収にかかる宅地六十七坪は大正十五年以降右長八郎において賃借して来たものであり、その地上には昭和三年同人が前記慶吾から買い受けて取得した建坪五十五坪の住家一棟の外附属建物が所在しているのであつて、右宅地は右長八郎によりその居住及び前記売渡を受けた農地による営農上必要不可欠であるから自創法第十五条第一項第二号に該当し、これを買収し得べきこと勿論である。原告自ら近い将来において右宅地を使用するのを相当とする何等客観的事実が存在しないから同法第十五条第二項第二号に該当する場合ではない。なおまた右長八郎が原告主張のような約定で右建物を買い受け、その主張のような経緯で右建物の移築期限の猶予を受けていた事情にあつたとしても、右同人が前記のように農地の売渡を受けて創設せられた自作農であり、且つ右買収にかかる宅地六十七坪につき賃借権を有していた者である以上、これが附帯買収の申請をなし得べきこと勿論であり、右買収申請を目して信義に反する所為となすことを得ない。もつとも右長八郎が右買収申請をしたのは昭和二十二年七月八日であつて、前記各農地の売渡を受ける以前であるけれども、同人は当時これが売渡を受け得らるべき状況にあつたのであり、現にその売渡を受けて自作農となつたのであるから、農地の売渡を受ける前に予めなされた右買収申請は、同法第十五条第一項前段の趣旨に反するものではなく、適法である。よつて原告の本訴請求は失当であると述べた(立証省略)。
三、理 由
原告主張の小梨村小梨字白幡二十六番宅地二百二十三坪が元原告の父後藤慶吾の所有であつたところ原告が贈与を受けてこれが所有権を取得したこと、右地上の一部に昭和三年二月訴外菅原長八郎が右慶吾から買い受けた住家一棟及び附属建物が所在し、現に長八郎一家がこれに居住していること、右長八郎は今次農地改革により農地の売渡を受けて自作農となつた者であること、右同人の買収申請に基き、昭和二十三年一月十一日小梨村農地委員会が右宅地二百二十三坪につき買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したこと、これに対し原告が同月二十四日異議を申し立てたが却下せられたので県農地委員会に訴願したこと、右同村農地委員会が再び右宅地につき第七期買収計画を樹立したこと、原告はこれに対し異議の申立をなさず直接県農地委員会に訴願したところ、同年十二月二十八日訴願棄却の裁決がなされたこと、県農地委員会が昭和二十四年三月十八日附「訴願裁決内容の訂正について」と題する書面をもつて、右宅地二百二十三坪のうち現況農地の部分に関する買収計画はこれを承認しない旨訂正し、その旨原告に通知したこと、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪を買収する旨記載した同年一月一日附買収令書を発行し、同年四月十三日原告にこれを交付したこと、原告が右宅地二百二十三坪につき実測の上、昭和二十三年六月十九日所轄税務署に測量図面を添付して右宅地の地目変換及び分筆の申告をなし、昭和二十四年三月三十一日右二十六番宅地二百二十三坪を、二十六番の一宅地六十七坪、同上番の二畑二十八歩、同上番の三畑一畝二十四歩、同上番の四畑一畝十二歩の四筆に土地台帳上分筆手続を完了したこと、その後昭和二十五年七月三十日右分筆後の二十六番の一宅地六十七坪を増歩して百九十四坪一合と地積を訂正したこと。以上の事実は当事者間に争がない。
原告は、本件買収処分の基礎をなす第七期買収計画の樹立に際し、村農地委員会が公告及び書類縦覧の手続をとらなかつたため、原告は異議申立の権利行使の機会を不当に奪われる結果となつた旨主張するのでまずこの点について案ずるに、成立に争いのない甲第二号証の二、三、乙第六号証、第七号証の一、証人須藤正三、畠山誠(第一回)の各証言を綜合すれば、昭和二十三年一月十一日村農地委員会が前記二十六番宅地二百二十三坪につき自創法第十五条第一項第二号に該当するものとして第五期買収計画を樹立したのであつたが、これが公告及び書類縦覧の手続をなすに当り、偶々当時買収手続中の第六期未墾地買収計画の公告、縦覧と競合したため事務が紛淆し、書類の縦覧期間が十日で足りるものを二十日間これをなした上、第六期未墾地買収計画と共に同年四月三日県農地委員会の承認を求めたところ、既に第五期買収計画に対する承認手続が終了した後であつたので、同月十六日同委員会は、前記二十六番宅地二百二十三坪に関する買収計画の承認申請は、次の第七期買収計画につき承認申請をする際これに含めてなすべき旨指示し、結局前記宅地に関する買収計画の承認を得られなかつたこと、一方原告の前記訴願に対しては、同年六月二日附をもつて、右訴願は第六期買収計画に対するもので前記第五期買収計画に対するものではないから不適法であるとの趣旨でこれを却下し、訴願書を原告に返戻したこと、同年四月三十日村農地委員会は、第七期買収計画の樹立に際し右宅地二百二十三坪をこれに編入し、更めて公告及び書類縦覧の手続をなした上第七期買収計画として県農地委員会にこれが承認を申請したこと、以上の事実を認めることができる。右認定を覆すに足る証拠がない。
しからば原告が、前記第七期買収計画に対し法定期間内に異議申立の権利を行使しなかつたことの不利益は原告自身の不注意若しくは怠慢に基くものであり、この点に関する原告の主張の失当であること明らかである。
次に原告の、本件買収処分は一筆の宅地の一部買収なるにかかわらず、買収令書には単に前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪を買収するとのみ表示したにとどまり、その如何なる部分を買収したのか買収令書上明らかでないから、買収の目的物件が特定しない違法がある旨の主張について案ずるに、自創法による買収は、買収令書の交付によつてその効力を生じ、買収令書記載の買収の時期に買収対象物件の所有権が政府に移転するのであるから、買収令書において買収の目的物件が特定していなければならないことはいうまでもなく、一筆の土地の一部を買収する場合においては、その特定のために特段の考慮を払わなければならないのである。ところで右のような一部買収の場合において、客観的に特定していない場合は論外として、いやしくも買収対象物件が客観的に特定している場合これを買収令書に表示するに当り当該土地の所在、地番、地目及び公簿上の面積を記載し、買収すべき部分をそのうち幾許かを面積をもつて表示するのみでは、これを具体的に明示したものというを得ないから表示の方法としては不完全たるを免れない。しかし買収令書に必要的記載事項を法定し、これが記載を要求する所以のものは、要するに右事項の記載により買収処分を特定し、これを買収の相手方その他の利害関係人に知らしめもつて権利擁護に遺憾なきを期するにあるのであり、しかも買収令書の法的性質たるや、手形等とは異り、設権証券的ないしは文言証券的性質を有するものではなく、その記載自体が手形等のような絶対的意味を有するものではないことに鑑みるとき、いやしくも客観的に買収対象物件が特定している限り、買収令書の記載に右のような不備の点があつたとしても、そのこと自体により直ちに買収の効果に消長を来すものとは解し得られない。しからば一筆の土地の一部を買収するに当り、買収令書自体に図面等の添付により買収すべき部分を具体的に明示しなくとも、右買収対象物件の地目、地番、公簿上の面積及びそのうち買収すべき部分の面積が表示されており、且つ買収手続自体を通じて、買収機関は勿論、買収の相手方である当該土地の所有者等において、買収の対象とされている目的物件が右土地のうち如何なる部分であるかを具体的且つ明確に識別している場合においては、買収機関の買収手続として、その買収対象物件が特定されていない違法があるものということができないのである。
本件についてこれを観るに、本件買収令書には、買収すべき土地として、前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪と記載したのみであることは当事者間に争がなく、本件買収令書に実測図面等の添付により右六十七坪が右宅地のうち如何なる部分であるかを具体的に明示するような手続をとつたことは認め得ないところであるが、成立に争いのない甲第五号証、乙第九号証の一、二、三、四、第十号証の一、二、証人畠山誠(第一、二回)佐藤勇、後藤慶吾(但し後記措信しない部分を除く)の各証言及び当時の被告小梨村農地委員会代表者菅原[台卩]弐の尋問の結果を綜合すれば、前記二十六番宅地二百二十三坪は現況農地と宅地の部分から成り、右現況農地の部分は相当以前からの熟畑であり、これより一段小高くなつている現況宅地の部分との境界は現地において明瞭であること、昭和二十三年四月三十日村農地委員会の樹立公告にかかる前記第七期買収計画に対し原告から訴願があつたので、県農地委員会が村農地委員会の関係職員、原告の父慶吾及び前記菅原長八郎等立会の上実地につき調査した結果、右宅地二百二十三坪のうちに現況農地の存することを確認し、その余の現況宅地部分の面積を概測したこと、しかるに同年十二月二十八日県農地委員会が前記訴願裁決をなすに当り、右調査の結果に基き現況農地部分に関する買収計画を取消すべきであつたにかかわらずこれをなさず、右宅地二百二十三坪全部につき買収計画を維持する旨裁決して右訴願を棄却したこと、しかしその後右訴願裁決の誤りであることを発見したので、昭和二十四年三月十二日附「訴願裁決内容の訂正について」と題する書面の形式をもつて右訴願裁決を変更し、現況農地の部分に関する訴願を認容してこの部分に関する買収計画を取り消し、その余の現況宅地に関する買収計画を維持する旨の裁決をなし、その旨村農地委員会に通知する一方、同月十八日附をもつて同趣旨の書面を原告に送達したこと、よつて同年四月八日村農地委員会は、右訴願裁決の変更の趣旨に従い前記第七期買収計画を変更するに当り、当時既に前記二十六番宅地二百二十三坪につき土地台帳上分筆及び地目変換手続がなされていて、右宅地のうち現況宅地の部分が二十六番の一宅地六十七坪とせられていたので、これに則り、買収すべき部分を右六十七坪とせられている部分に減縮し、その余の現況農地の部分を前記買収計画から除外する旨の決議をなし、翌九日県農地委員会に右変更した買収計画の承認を求めたこと、次いで被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経た上前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪を買収する旨の買収令書を発行交付したこと、以上の事実を認めることができる。右認定に反する証人後藤慶吾の供述部分はにわかに信用し難く、その他右認定を左右するに足る証拠がない。
しかして原告が前記二十六番宅地二百二十三坪につき実測し、昭和二十三年六月十九日測量図面を添付して所轄税務署に地目変換及び分筆を申告し、昭和二十四年三月三十一日これを二十六番の一宅地六十七坪、同上番の二畑二十八歩、同上番の三畑一畝二十四歩及び同上番の四畑一畝十二歩の四筆に分筆及び地目変換をなし、次いで昭和二十五年七月三十日右二十六番の一宅地六十七坪の地積を増歩して百九十四坪一合と訂正したこと、及び本件買収にかかる前記六十七坪の部分が右二十六番の一宅地百九十四坪一合のうちに含まれることは当事者間に争いがないので、この事実を前示認定の事実に併せ考えれば、昭和二十四年四月八日村農地委員会が前記第七期買収計画を変更する当時、買収機関である村農地委員会は勿論、買収の相手方である原告において本件買収処分の対象とせられている土地が、前記宅地二百二十三坪のうち現況農地の部分を除いた現況宅地の部分であり、且つそれは土地台帳上二十六番の一宅地六十七坪の全地域に該当するものであることを具体的且つ明確に識別していたものと認めるに難くないところである。
しからば本件において、本件買収処分の対象物件は、買収令書上前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪と表示せられているけれども、それは現在の二十六番の一宅地百九十四坪一合の全地域であつたのであり、本件買収令書自体において、実測図面等の添付により右買収部分を具体的に明示しなかつたとしても、前段説明の趣旨において、本件買収処分には買収対象物件不特定の違法あるものというを得ない。この点に関する原告の主張もまた失当である。
なお原告は、現況宅地である前記二十六番の一宅地の面積は百九十四坪一合であるのに、本件買収処分において買収したと称する宅地部分は六十七坪であつて、その面積において著しく相異するからそのいずれの部分を買収したのか不明である旨主張するが、そのしからざること前示認定のとおりであるのみならず、買収令書等の必要的記載事項とされている買収農地又は宅地等の面積は、原則として台帳面積を記載するをもつて足り、これが著しく実測面積と異り、これによるのを不相当と認められるときに限り実測面積によるのであり、買収令書に買収すべき土地として表示せられた面積が、実測面積と符合しないことのあるべきは寧ろ一般であり、本件のような場合は著しく面積が異り台帳面積によるのを不相当とする場合といわなければならないが、買収対象物件の特定の点にして前示のとおりである以上、実測面積と符合しないことのみでは、自創法第十四条の規定によるいわゆる増額請求の問題となることのあるのは格別、買収処分を取り消すべき事由となすことはできない。
次に原告は、本件買収にかかる前記宅地六十七坪は自創法第十五条第一項第二号に該当しない旨主張するので案ずるに成立に争いのない乙第十一号証の一、二、三第十二号証、証人須藤正三の証言により真正に成立したものと認められる同第三号証、第十四号証及び証人後藤慶吾の証言を綜合すれば、前記菅原長八郎が大正十五年頃以降前記二十六番宅地二百二十三坪のうち現況宅地部分(分筆訂正後の二十六番の一宅地百九十四坪一合)を原告の父慶吾から、原告の所有になつてからは原告から、地上建在の後記建物を他に移築するまでとの約で借り受け、当初その期間を十ケ年と定めたのであつたが、その後期限の猶予を受けて引き続き賃借し、昭和二十二年度までは大麦一石の時価で賃料を支払い、前記第五期買収計画の樹立された昭和二十三年度は九十円を支払つて来たこと、右長八郎が村農地委員会に対し前記二十六番宅地二百二十三坪につき附帯買収の申請をしたのは昭和二十二年七月八日であること、右同人は、昭和二十三年三月中、同年二月二日を売渡の時期とする売渡処分により、小梨村字中長者三百九番の二田二畝五歩、同上二十四番田五畝二十三歩、同上二百八十五番田二畝二十八歩、字白幡百六十九番畑三畝三歩、同上百六十八番畑三畝十九歩、同上四十六番の一田七畝十歩及び昭和二十四年八月中同年七月二日を売渡の時期とする売渡処分により字中長者二十二番畑一畝二十歩の各売渡を受けて自作農となつた者であり、農業を主たる生業とし、農閑期には大工などをしている兼業農家であること、右各農地は本件二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪(二十六番の一宅地百九十四坪一合)と隔たること僅かに五百ないし七百米にすぎないこと、右宅地上には、右長八郎所有の木造草葺二階建住家一棟建坪五十五坪二階坪六坪二合及び風呂場、便所等附属建物が建在し、右同人一家が現にこれに居住していること、右宅地は同人の居住及び前記売渡を受けた各農地による営農上に利用されており、且つ右宅地は右各農地を中心として営まれる同人一家の経済生活の安定にとり欠くことのできない重要な要素をなしていること、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠がない。なお原告は、右宅地は原告が近き将来において自ら使用するのを相当とする土地である旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足る何等の証拠がない。
してみれば、本件宅地は正に自創法第十五条第一項第二号に該当する宅地といわなければならないところ、前記長八郎は前示各農地の売渡を受けて自作農となる以前に村農地委員会に対し附帯買収の申請をなしたことは前示認定のとおりであるけれども、右同人は当時右各農地の売渡を受け得られる状況にあつたのであり、現にこれが売渡を受けたのであるから、右附帯買収の申請は必ずしも同法第十五条第一項前段の趣旨に違反するものとはなし難く、右買収申請をもつて不適法であるとなすことを得ないものといわなければならない。この点に関する原告の主張もまた失当である。
次に原告の、右長八郎の前記附帯買収の申請は信義に反する旨の主張について案ずるに、証人佐藤堯、後藤慶吾の各証言によれば、昭和十三年頃右慶吾が原告を代理して右長八郎に対し、前示約定に基き右建物の収去及び本件宅地の明渡を求めたところ、右長八郎は昭和二十年頃までに何とかするからそれまで期限を猶予して貰いたい旨願い出で、次いで同二十年中再び原告から明渡の請求を受けた際、右建物の移築先を世話してくれるなら明け渡すべき旨を約したこと、よつて同年秋右慶吾が右長八郎のために斡旋して右建物の移築敷地に充てるべく小梨村字中長者所在の山林五畝を買い取らせたこと、しかるに右長八郎は右山林が地形等の点から宅地に向かないとしてこれに移築しないでそのままとなり、現在に至つていることを認め得るけれども、当時物資の欠乏その極みに達し、建築資材等の入手が著しく困難であつたことは当裁判所に顕著であるから、右長八郎において前示約旨に反し、右建物の収去及び本件宅地の明渡の約を果さなかつたとしても、当時の情勢としては真にやむを得ないものがあつたものというべく、しかも右同人は、前示のとおりその後も期限の猶予を受け引き続き右宅地を賃借し、その間嘗て賃料の支払を滞つたこともなく、その他賃借人として不都合の所為に出でた事跡の認むべきものがない以上、右宅地につき賃借権を有する創設自作農としてこれが附帯買収の申請をしたからといつて、直ちにもつて信義に反する所為となすことを得ないこと勿論である。この点に関する原告の主張もまた失当である。
果してしからば、前記菅原長八郎のなした前示附帯買収の申請は、現況宅地の部分に関する限り適法であるから、右買収申請に基き村農地委員会の樹立した前示第七期買収計画中、前記二十六番宅地二百二十三坪のうち六十七坪(現在二十六番の一宅地百九十四坪一合)に関する前示買収計画は相当であり、従つてこれに準拠してなした被告知事の本件買収処分もまた適法であつて、何等原告主張のような違法はないといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)