盛岡地方裁判所 昭和25年(行)7号 判決
原告 岡本熊吉
被告 岩手県知事
一、主 文
被告が昭和二十三年四月一日附岩手へ第二、〇八五号買収令書をもつて岩手県九戸郡種市村第五地割六十九番の六畑一町一反四畝二十五歩につき岡本福太郎を相手方としてなした買収処分の無効なることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として原告は昭和二年九月三十日居村種市村(その後昭和二十六年四月一日種市町となる)第六十地割九十五番地の兄訴外岡本福太郎家から肩書地に分家し、爾来世帯を異にしているものであるところ、主文第一項掲記の農地は原告が昭和七年中いわゆる分家財産として右福太郎から贈与を受け、当初山林であつたのを原告自ら開墾のうえ他に小作させていたものであつて、未だ所有権移転登記手続を経ていないが、原告の所有小作地である。ところが地元種市村農地委員会は昭和二十三年二月二十一日右農地が原告の所有であることを知りながら、その登記名義を右福太郎から原告に移転する意図をもつて、これを原告に売渡す前提のもとに、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基きそれが自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第二号に該当するものとして買収計画を定め、次いで被告は所定の承認手続を経た右買収計画に基き同二十三年四月二十一日主文第一項掲記の買収令書を発行し、同月二十日これを右福太郎に交付した。従つて右買収処分はその相手方を誤つた点において違法であるばかりでなく、その基本たる買収計画が前述のように農地改革の目的より離れて所有権移転登記手続の手段としてのみ定められた点においても違法であり、法律上当然無効である。また右買収処分はその基本たる買収計画に買収の時期の定がなかつたから、この点においても買収の重大要件を欠いたものとして法律上当然無効である。よつて被告に対し右買収処分の無効確認を求めるため本訴に及ぶと陳述した(立証省略)。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち、原告が戸籍簿上その主張の日その主張のとおり兄岡本福太郎家から分家したこと及び種市村農地委員会が原告主張の日その主張の農地につき登記名義人たる右福太郎を相手方として自創法第三条第一項第二号による買収計画を定め、次いで被告が所定の承認手続を経た右買収計画に基き原告主張の日その主張の買収令書を発行し、これを原告主張の日右福太郎に交付したことは認めるが、その余の事実は全部争う。ことに右農地が原告の所有小作地であることは否認する。右は登記名義人たる右福太郎の所有小作地であり且つ自創法の前記条項に該当する農地であるから前述のとおり買収したものであつて、そこになんら違法の点はない。かりに右農地は原告が右福太郎から贈与を受けたものであるとしても基準時における登記名義人は福太郎であり、買収機関としては登記名義人を相手方として手続を進めれば足るのであるから、福太郎を相手方とした右買収処分には違法はない。なお前記買収計画に買収の時期の定がなかつたことは否認する。その買収の時期は昭和二十三年三月二日である。従つてこの点の原告の主張も当らないと陳述した(立証省略)。
三、理 由
原告主張の農地につき地元種市村農地委員会が昭和二十三年二月二十一日昭和二十年十一月二十三日現在の事実を基準としてその登記名義人たる訴外岡本福太郎を相手方とした自創法第三条第一項第二号による買収計画を定め、次いで被告が所定の承認手続を経た右買収計画に基き同二十三年四月一日原告主張の買収令書を発行し、同月二十日これを右福太郎に交付したことは当事者間に争がない。
そこで先ず本件農地の基準時における所有関係について按ずるに、原告が戸籍簿上昭和二年九月三十日その主張のとおりに兄岡本福太郎家から分家したことは当事者間に争がなく、この事実と証人岡本正雄、日当馬之助、竹根仁太郎、高屋敷栄作及び高屋敷仁兵(第一回)の各証言とを綜合すると、本件農地はもと右岡本福太郎の所有であつたところ、前記分家以来福太郎と世帯を異にしていた原告において昭和七年頃これを同人から他の農地山林等と共にいわゆる分家財産として贈与、引渡を受け、その頃から日当馬之助外三名に分割して小作させていたものであるが、右贈与に因る所有権移転登記手続は、分家財産についてはしばらく所有権移転登記手続を見合せるのが通例である当時の居村種市村の仕来りで未了のままであつたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠がない。それなら本件農地の基準時における真実の所有者は原告であるから本件買収処分はその基本たる本件買収計画と共に買収の相手方を誤つた点において違法のものといわなければならない。被告は真実の所有者の如何にかかわらず本件買収は基準時における登記名義人たる福太郎を相手方としてなしたものであるから違法でない旨抗争するけれども、一般私法上の不動産取引の安全を保護するために設けられた民法第百七十七条の規定は政府が公権力を発動して農地の一方的強制買上を行う自創法による農地の買収処分には適用ないものと解されるから、真実の所有者である原告は登記がなくても第三者たる被告にその所有権をもつて対抗し得るわけである。従つてこれを被告の立場から見れば被告は登記名義人を相手方として本件買収をなしたものであるから適法であることをもつて真実の所有者たる原告に抗し得ないわけであり、右主張は採用ができない。
よつて更に進んで本件買収計画はその基本たる買収計画が原告主張のように所有権移転登記手続の手段として定められたかどうかについて按ずるに、証人高屋敷仁兵(第一、二回)及び出石正武の各証言によると本件買収計画樹立の頃当時前記村農地委員会の委員長であつた前記岡本福太郎から同委員会に対し、本件農地は前述のように福太郎から原告に贈与されたものであり且つ当時原告が耕作しているが、未だ登記が福太郎名義になつているからこれを買収のうえ原告に売渡すことによつてその登記名義を原告に移してもらいたいとの申出のあつたこと、そこで同委員会において右実情を調査審議のうえ福太郎の右申出を容れることとし、本件農地につき同人を相手方とする本件買収計画を立てると同時に原告を相手方とする売渡計画を立てたこと及びところがその後右売渡の通知書の発行される前に岩手県農地委員会が右村農地委員会の権限を代行して右売渡計画を変更したことが認められ、右認定を左右するような証拠がない。以上認定の事実関係より見るときは、右村農地委員会は当時の委員長たる右福太郎の前述のような申出を容れ本件農地につき同人及び原告のため本件買収計画並びに原告を相手方とする売渡計画を立てることによつてその登記名義を福太郎より原告に移してやろうとしたものと解する外はない。すなわち本件買収計画は前示売渡計画とあいまつて本件農地の登記名義を福太郎より原告に移転する手段としてのみ樹立されたものでそこには自創法の目指す農地改革を遂行する意図が全く見られない。このような買収計画は正に買収機関の適正なる権限の行使外の行為といわなければならない。
果してそれなら本件買収計画は前記のとおり買収の相手方を誤つた点において違法であるに止まらず、右村農地委員会の適正なる権限の行使外の行為として法律上当然無効であるべきであり、従つてこれに基いてなされた本件買収処分も当然無効のものといわなければならない。しかして本件買収処分につき被告はその有効を主張し爾後の手続を進行中と認められるから、原告には右無効即時確認の利益がある。
よつて原告の請求はその余の点の判断をまつまでもなく叙上の点において正当であるからこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)