盛岡地方裁判所 昭和25年(行)89号 判決
原告 佐藤徳男 外一名
被告 岩手県知事
一、主 文
被告が昭和二十五年七月三日附をもつて別紙目録記載の各土地につきなした訴願棄却裁決中、同目録(2)記載の土地に関する部分はこれを取り消す。
原告等その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告等、その余を被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、「被告が昭和二十五年七月三日附をもつて別紙目録記載の各土地につきなした訴願棄却裁決はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の各土地は原告等の共有であるところ、昭和二十四年十一月二日岩手県農地委員会が右各土地につき旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三十条第一項第一号に則り未墾地買収計画を樹立して同年十二月一日その旨公告し、二十日間書類を縦覧に供したので原告等は同月二十日これに対し異議を申し立てたところ、同農地委員会は昭和二十五年三月十六日附をもつて右異議申立を却下し、同年四月十日頃右却下決定書の謄本を原告佐藤徳男のみに送達した。そこで原告等は同月二十一日被告知事に訴願したところ、同年七月三日附をもつて訴願棄却の裁決がなされたが、右裁決書の謄本は同年九月二十一日前同様原告佐藤徳男のみに送達され、同菅沼芳子には送達されなかつたのである。しかしながら共有者の一人に対し異議却下決定書及び訴願棄却裁決書の各謄本の送達をしなかつたこと自体既に違法であるといわなければならないところ、別紙目録記載の各土地はいずれも土質劣悪で開墾して農地とするに適せず、寧ろこのまま赤松及び杉の造林地として存置し、森林資源として利用する方が国家経済上遙かに有利である現状に鑑み、これを開墾適地として買収するのは相当でないといわなければならない。しかのみならず、別紙目録(2)記載の土地については一筆の土地の一部買収であるにかかわらず、前記買収計画において単に九町四反六畝二歩のうち三町四反八畝二十九歩を買収するとのみ表示し、その手続上のみならず現地についてもその如何なる部分範囲を買収すべきこととしたのか全く不明であり、到底買収対象物件不特定の違法を免れない。しからば県農地委員会のかかる違法な買収計画を維持して原告等の訴願を棄却した被告知事の前記裁決もまた違法であり、取り消さるべきこと明らかである。よつて原告等はこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の本案前の抗弁に対し、訴外高橋末吉が被告知事からその主張の訴願棄却裁決書の謄本を受領したことは被告主張のとおりであるが、それは昭和二十五年九月二十一日頃であつて同年八月九日ではない。仮りに被告主張日時右高橋末吉が右訴願裁決書の謄本を受領したとしても、原告等において右同人にこれが受領に関し代理権限を授与した事実はないのであるから、被告知事が右裁決書の謄本を右同人に交付したからといつて原告等に対し適法にその送達がなされたものとすることのできないこと勿論である。もつとも右高橋末吉は訴外佐藤武夫の使用人であり、右佐藤武夫は別紙目録記載の各土地を含む原告等の財産を管理している者ではあるが、前記訴願関係の代理人ではないから右訴願裁決書謄本の受領権限はない。従つて被告知事において右裁決書の謄本を高橋末吉に交付したのは即佐藤武夫に対する交付になるとしても、右交付をもつて適法に原告等に送達があつたものとすることを得ないのである。しからば本件訴の出訴期間の起算点は原告等が右高橋末吉から前記訴願裁決書の謄本の廻送を受け、右裁決の事実を知つた同年九月二十一日であるといわなければならないから、本件訴は旧自創法第四十七条の二第一項所定の出訴期間内に適法に提起せられたものであり、被告の右本案前の抗弁は失当であると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は本案前の抗弁として、被告知事は昭和二十五年八月九日原告等の代理人、訴外高橋末吉に原告両名宛の訴願裁決書の謄本を交付したのであるから、右交付は原告等に対する送達としての効力があり、従つて右訴願裁決に対する訴は、旧自創法第四十七条の二第一項の規定に基き、右同日より一ケ月の同年九月九日までにこれを提起すべきであつたにかかわらず、右期間を徒過して同月二十五日に至り本件訴を提起したのであるから不適法として却下さるべきであると述べ、本案につき請求棄却の判決を求め答弁として別紙目録記載の各土地が原告等の共有であること、原告主張日時県農地委員会が右各土地につき旧自創法第三十条第一項第一号に則り未墾地買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し原告等が異議を申し立てたが却下されたこと、次いで原告等がその主張日時被告知事に対し訴願したがこれまた棄却されたこと、以上の事実は認めるが原告等その余の主張事実はこれを争う。県農地委員会は昭和二十五年三月二十五日原告両名を名宛人とする異議却下決定書の謄本一通を、また被告知事は同年八月九日右同様原告両名を名宛人とする訴願棄却裁決書の謄本一通を、受領権限ある原告等の代理人高橋末吉にそれぞれ交付したのである。なお別紙目録記載の各土地は土性、土層、傾斜等諸般の点から見ても開墾して農地にするに適した土地であり、且つこれを開発する必要性があるからして同法第三十条第一項第一号に則り未墾地買収をなし得べきこと勿論である。また同目録(2)記載の山林九町四反六畝二歩のうち買収すべきものと定めた三町四反八畝二十九歩の範囲部分は現地において明瞭であるので買収範囲不特定の違法はない。しからば県農地委員会の樹立した前記買収計画は適法であり、従つてこれを維持して原告等の訴願を棄却した被告知事の前記訴願裁決もまた適法であつて何等原告等主張のような違法の点は存しないから原告等の本訴請求は失当として棄却さるべきであると述べた。(立証省略)
三、理 由
原告等の共有にかかる別紙目録記載の各土地につき、県農地委員会が旧自創法第三十条第一項第一号に則り未墾地買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し原告等が異議を申し立てたところ却下せられ、次いで被告知事に訴願したがこれまた棄却されたことは当事者間に争いがない。
よつて先ず本件訴が適法に提起せられたものであるか否かにつき案ずるに、成立に争いのない甲第二号証の一、二、証人高橋末吉(第一、二回)、斎藤文雄(但し後記措信しない部分を除く)の各供述を綜合すれば、原告等は前示買収計画の樹立せられた昭和二十四年当時東京都に居住していた関係上、別紙目録記載の各土地に対する公租公課の納付その他の管理一切を、原告佐藤徳男にとつては実兄、同菅沼芳子にとつては叔父に該る訴外佐藤武夫に委任していた関係上、本件買収手続における異議の申立及び訴願の提起についてもまた右佐藤武夫に代理権を授与しており現に前示買収計画に対する異議及び異議却下決定に対する訴願は右同人が原告等を代理してこれをなしたこと、被告知事が昭和二十五年七月三日附をもつて原告等の訴願を棄却する旨の裁決をなし、同年八月九日頃原告両名を名宛人とする訴願棄却裁決書の謄本一通を滝沢村農地委員会に送付してこれを原告等に送達すべき旨を依嘱したところ、同村農地委員会はこれが送達を忘失して放置しているうち、被告知事がその後の買収手続を進め、買収令書を発行し次いで同年八月下旬頃買収対価を供託した旨原告等に通知するに及び原告等代理人佐藤武夫はその頃被告知事に対し訴願裁決書の謄本の交付方を請求したところ、同知事は同年九月初旬頃前記訴願裁決書の謄本を再び前記村農地委員会に送付して更めてこれが原告等への送達方を依嘱したこと、よつて同村農地委員会は同年九月七日附原告佐藤徳男宛の「訴願決定書送付について」と題する書面をもつて更めて訴願裁決書の謄本を送付する旨を通知すると共に前記訴願裁決書の謄本一通を前記佐藤武夫宛に郵送し、右各書面は同月九日頃右同人に送達されたこと、以上の事実を認めることができる。右認定に反する証人斎藤文雄の供述部分は前記各証拠に照らし当裁判所のにわかに措信し難いところである。他に右認定を覆すに足る証拠がない。
してみれば、前示訴願裁決書の謄本の受領権限ある原告等の代理人佐藤武夫においてこれを受領した同年九月九日はすなわち原告等が本件訴願裁決のあつたことを知つた日であるから、右裁決に対する出訴期間の計算に当つては右同日をもつて起算日となすべく、しかして原告等が本件訴を提起したのは同月二十五日であることは記録に徴し明らかである。しからば本件訴は旧自創法第四十七条の二第一項所定の出訴期間内に提起せられた適法の訴といわなければならない。この点に関する被告の本案前の抗弁は失当である。
そこで次に本案につき判断する。原告等は別紙目録記載各土地の共有者である原告菅沼芳子に対し異議却下決定書及び訴願棄却裁決書の各謄本を送達しなかつたのは違法である旨主張するので先ずこの点につき案ずるに、前顕証人斎藤文雄の証言によれば県農地委員会が昭和二十五年三月十六日附をもつて原告等からなされた異議申立を却下する旨の決定をなし、同月二十五日原告両名宛の決定書の謄本一通を前記佐藤武夫に送達したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠がない。また被告知事が同年九月九日原告両名宛の訴願棄却裁決書の謄本一通を前記佐藤武夫に送達したことは前示認定のとおりである。しからば本件買収手続関係における原告等の代理人佐藤武夫において原告両名宛の右異議却下決定書及び訴願棄却裁決書の各謄本の送達を受けた以上、直接原告等各自にこれを送達しなかつたからといつてそのこと自体何等違法はないといわなければならない。原告等のこの点に関する主張は失当である。
次に原告等の別紙目録(2)記載の土地については一部買収なるにかかわらず買収すべきこととした範囲不明であり、買収対象物件不特定の違法がある旨の主張につき案ずるに、検証の結果によれば、前示買収計画において買収すべきことと定めた右山林九町四反六畝二歩のうち三町四反八畝二十九歩の範囲は全く不明であり、被告知事においてもこれを明らかになし得ないのみならず、右買収計画樹立に際し縦覧に供した書類等において買収範囲を明確にした図面等を添付した事実を認むるに足る証拠がない。しからば別紙目録(2)記載の土地に関する限り前示買収計画は買収範囲不特定の違法があり、従つてこれを維持して原告等の訴願を棄却した被告知事の本件訴願裁決もまたその限度で違法であり取り消さるべきこと明らかである。この点に関する原告等の主張は理由がある。
次に更に進んで同目録記載のその余の二筆の土地は、これを開発して農地とするのが相当であるか否かについて判断するに、検証の結果及び鑑定人武藤益蔵の鑑定の結果(但し後記採用しない部分を除く)によれば、右二筆の土地は滝沢村役場の北西方約二十六町、鬼越坂を経て鬼越部落に通ずる幅員約二間半の道路に沿つて西から東に流れる相当大きな沢の南側に接し、標高約四百二十米の高峯山の支峯の山麓部分に位置する。
まず同目録(1)記載の山林についてこれを観るに、地形はその西南部分約五分の一は十度ないし二十度の北向きの急傾斜を呈するが、北方に下るに従い漸次緩やかとなり、全地域の北側半分は殆ど平坦地であること、林相は前記沢に接する北東部分に樹令約三十年、目通直径約二十糎の杉が植栽されてある外その余の大部分には右と略同じ位の樹令及び直径の赤松が一帯に密生しその成育状況は概して良好であること、土層は上層約十五糎にして黒色の疎鬆な壤土であり下層は深く赤褐色の埴土であること、次に同目録(3)記載の土地を観るに、右土地は東西に通ずる幅員約四尺の山道を挾んで南北に区分し得る二箇所の地域より成り、北側の地域は東西に延びる帯状を呈し、その大部分は平坦地でその中に係争外の百三、百四、百五及び百六番のいずれも小面積の嘗ては畑であつたが現在は荒蕪地と化している土地が点在し、西進するにつれて傾斜を増し、西端附近においては十五度ないし二十度の急傾斜を呈しているがその部分は面積にして極く狭小であること、次に右山道の南側の地域は、その略中央部位を南北に流れ下つて前示沢に合流する小沢の源流点附近を頂点とする三角形を呈し、その地形は、北西部分約三分の一は十度ないし十五度の急傾斜をなすが、北方に下るに従い漸次緩傾斜となり北東部分約二分の一は平坦地であり、従つて右目録(3)記載の土地はこれを全体として観るときその約三分の二は平坦地で十五度以上の急傾斜地は比較的小部分であること、林相は、右山道の北側の帯状をなす地域の東端部分に、樹齢約三十年、目通直径二十糎内外の赤松が十数本中央部分に桂の小群、西端部分に目通直径約二十糎の扁柏及び杉十数本がそれぞれ生立する外その余の大部分の地域には約五年生の雑木の稚木が密生し、その間に前示係争外の各土地を中心に数ケ所草生地が点在すること、前記山道の南側の三角形をなす地域のうち前記南北に流れる小沢の西側は杉の伐採跡地で直径三十糎内外の伐根が多数見受けられるが、現況は約五年生の雑立木の稚木が一帯に生えているにすぎなく、また右小沢の東側には樹齢約三十年、目通直径約二十糎の杉が多数植栽されていてその成育状況は概して良好であること、土質は、相当大きな転石が諸所に点在している前記帯状の地域の西端附近を除けば、総体的に上層は約十五糎の黒色の軟鬆なる壤土であり、下層は深く赤褐色の埴土であること、以上の事実を認めることができる。前記鑑定人武藤益蔵の鑑定の結果中、右認定に副わない部分はこれを採用しない。他に右認定を覆すに足る証拠がない。
してみれば、別紙目録(1)及び(3)記載の各土地は、これを全体として観るとき、その相当部分が平坦地若しくは緩傾斜地で、十五度以上の急斜傾を呈する部分が比較的少い上、土層が深く土性も良好であるから、背後に相当高い山を控えた北向の地形のため日照の点において多少難点は免れないにしても、少くとも地勢及び土質の点に関する限り右各土地はこれを開墾して農地となす適性を具えた土地であるといわなければならない。
もつとも未墾地買収が適法であるといい得るがためには、買収の対象たる土地が開発適性を有するのみでは足りないのであつてこれを開発して農地を造成することの必要性の外、諸般の事情に鑑みてこれを買収するのが結局相当であると認め得られる場合であることを要する。成程林業政策上の見地からすれば、可及的に林木を存置し、これを撫育成長せしめて森林資源を確保増大し併せて国土の保全を図ることは大いに望ましいところであり、殊に本件各土地に生立する立木の如くいまだ伐期に達しない立木は今直ちにこれを伐採することは得策ではないと考えられるにしても、しかし一方人口の増加に伴い益々既耕地の狭隘を告げ、食糧増産の必要に迫られている我国現下の情勢にあつては早急に未開発地域を開発して農耕地を造成することもまた森林資源の培養以上に緊急な課題であるのであつて、要は農業政策と林業政策の両面からする要請をどの線で調和せしめるかゞ未墾地買収における限界線の問題として考えられなければならないところではあるが、苟も開墾して農地となし得べき適性を具えた土地である以上、地上の立木を伐採しこれを開墾することによつてその地方における治山及び治水上格別の影響を及ぼすとか、又は国家経済上林地として存置することの方が開発して農地となすよりも遙かに有利であるといつたような特殊の事由でもない限り、これを買収するのが相当であると解すべく、単に林業政策上の見地から林地のままにして置くことがより好ましいというのみではいまだもつて右買収の必要性ないし相当性を否定することはできないものといわなければならない。
本件において県農地委員会が別紙目録記載の各土地につき前示買収計画を樹立するに当つては、固より地元滝沢村の増反の要望に応え、農地造成の必要性ありとの認定の下にこれをしたものと認めるのが相当であり、また前示検証及び鑑定の結果によるも、本件各土地の立木を伐採してこれを開墾することによつてこの地方における治山治水上格別の影響ありとも認められないし、なおまた原告等が右各土地を買収されることによつてその生活に致命的打撃を被るような結果になることの主張立証もないのであるから、他に特段の事由のない限り、県農地委員会の樹立した前示買収計画は結局相当であるといわなければならない。
しからば右買収計画を維持して原告等の訴願を棄却した被告知事の本件訴願裁決中、別紙目録(1)及び(3)記載の各土地に関する部分は適法であつて、何等原告等主張のような違法がないといわなければならない。
よつて原告等の本訴請求中、同目録(2)記載の土地に関する部分は正当として認容すべきも、その余の請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)
(目録省略)