盛岡地方裁判所 昭和27年(行)14号 判決
原告 岡本正雄
被告 岩手県知事
一、主 文
被告が昭和二十七年岩手リ第六四三号買収令書をもつて岩手県九戸郡種市町第三地割八十四番原野七十九町一反八畝十歩に対する原告の共有持分二十四分の十六のうち二十四分の九・六についてなした買収処分の無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、岩手県九戸郡種市町第三地割八十四番原野七十九町一反八畝十歩は原告と訴外竹根甚三郎、尾前精一、岡本喜一、高屋敷確蔵、岡本石太郎、岡本石雄、岡本熊吉及び岡本秀雄の九名の共同所有であり、その共有持分は、原告は二十四分の十六、竹根甚三郎等八名はいずれも二十四分の一宛であつたところ、岩手県農地委員会は地元農地委員会の権限を代行して昭和二十三年十月二日第九期牧野買収として前記原野に対する原告の共有持分二十四分の十六のうち二十四分の九・六について買収計画を立て、翌三日公告し、同日から二十日間書類を縦覧に供し、原告が昭和二十四年二月九日右買収計画に対し、異議の申立をしたのに対し、同委員会が昭和二十六年七月一日異議申立却下の決定をなし、原告が更に同年八月三十日被告に訴願の申立をしたのに対し、被告は昭和二十七年二月二十五日訴願棄却の裁決をなし、右買収計画を認可した上、前記共有持分につき再発行として同年三月五日附岩手リ第六四三号買収令書を発行し、同年四月二十七日右買収令書を原告に交付した。しかして農地の買収はもとより牧野の買収においても買収対象である農地、牧野の特定地域について計画を立てて買収すべきであるのに、前記共有持分の買収処分はその対象は共有持分自体であり、買収地域を特定し得ない違法があり、当然無効であるから、ここに右買収処分の無効確認を求めるため本訴に及ぶと陳述し、前記原告主張の買収令書発行前に被告がその主張の日その主張の買収令書を発行交付したことはこれを争う、前記原告主張の共有原野は共有者の使用区分を決めているが共有分割はしていないと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の原野が原告主張の原告等九名の共同所有であり、その共有持分がその主張のとおりであること、及び右原野に対する原告の共有持分二十四分の十六のうち二十四分の九・六について原告主張の日その主張のように、岩手県農地委員会が牧野買収計画を立て公告書類縦覧の手続をなし、原告の異議及び訴願の申立が却下若しくは棄却され、被告が原告主張の買収令書を発行し原告に交付したことは争わないが、その余の原告の主張事実はこれを争う。前記買収は牧野の共有持分の買収である。岩手県農地委員会で前記買収計画に対する原告の異議申立理由を審議中昭和二十三年十二月被告が買収令書を発行し、昭和二十四年三月七日右買収令書を前記共有者の一人の訴外竹根甚三郎に交付したが右買収処分は異議申立に対する決定前の処分で違法であり、無効のものだつたので、原告主張の日その主張の買収令書を再発行し原告に交付したのである。原告の本訴請求は失当であると陳述した。(立証省略)
三、理 由
原告主張の原野が原告主張の原告等九名の共同所有であり、その共有持分がその主張のとおりであること及び右原野に対する原告の共有持分二十四分の十六のうち二十四分の九・六について原告主張の日その主張のように、岩手県農地委員会が牧野買収計画を立て、公告書類縦覧の手続をなし、原告の異議及び訴願の申立が却下若しくは棄却され、被告が原告主張の買収令書を発行し、原告に交付したことは当事者間に争のない事実である。被告はその主張の日その主張の買収令書を発行交付したと主張するが何等右事実を認めるに足る証拠がない。
原告は本件共有持分の買収は違法であり当然に無効であると主張するのに対し、被告がこれに抗争するから、共有持分買収の適否について案ずるに、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)が従来のわが国の小作農の実情に鑑み、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当である」とするいわゆる自作農主義に立脚し、地主の所有権を一定要件の下に買収してこれを耕作者に与え取上等の不安をなくして、その耕作権の安定を図ることを目的としているものであり、自創法が牧野買収に関する規定を設けたのは昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十一号による改正後のことではあるが、牧野買収の目的もまた農地買収の目的におけると同様これにより耕作者の地位の安定を図るにあることは勿論である。しかして所有権自体の買収でなく、共有持分権のみの買収で、所期の目的を達し得るかどうか。農地買収において共有持分買収を容認しないところであるとすべき以上牧野買収においてもまたこれを容認し得ないものといわなければならないであろう。
元来共同所有関係は一つの所有権を数人共同して有する法律関係であり、各共有者は共有物の全部について所有権を有し、ただ他の共有者の同一の権利によつて減縮されるにすぎないのであり、所有権の量的分割型態である。すなわち各共有者の持分権は、単独所有の権利と性質内容を同じくするのであるが、ただ他の共有者の持分権によつてその分量、範囲が当然に制約されるのである。民法はこの点について各共有者は共有物の全部につき各自の持分に応じた使用をすることができるといつているのである。(同法第二百四十九条)しかし実際に共有物をどのように使用するか、誰がどの部分をどのように使用するかのような共有物の管理に関することは、各共有者の持分の価格に従いその過半数をもつて決めるところによらなければならないのであり(同法第二百五十二条本文)各共有者が任意に決めることができないのである。従つて実際には共有物は各共有者の協議によりいろんな風に使用されているのである。例えば甲乙丙の三人の共有地の場合として概説しても次の五つの場合を考えられる。
(一) 甲乙丙が三分の一宛区分して使用する。
(二) 甲乙のみが二分の一宛区分して使用する。
(三) 甲一人が全部使用する。
(四) 甲が共有者以外の丁と二分の一宛区分して使用する。
(五) 共有者以外の丁が全部使用する。
右(一)(二)(三)の場合は現に使用している共有者の自作地で、結局全部自作地であり、(五)の場合は全部小作地である。(四)の場合は二分の一が自作地であり、他が小作地である。共有者の使用部分は、使用していない他の共有者にとつては保有面積算定上その小作地として計上されるとしても結局共有者中の誰かの自作地である。自創法の規定する農地又は牧野の買収の対象物件に関する要件は地主の農地又は牧野の所有の法律関係自体ではなく、農地又は牧野に対する所有権に基く地主の自小作の使用状態であることは同法条を通読するところによつて明らかであり、共有者中の誰かの使用部分の農地買収は自作地を買収したものとして違法である。
以上のように各共有者はいずれも持分権を有するのであるが、実際共有物は各共有者の協議によつていろんな風に使用されているのである。持分権を有していても必ずしも使用していないのでありまた使用することができるとは限らない。従つて仮に共有持分買収が適法であり、買収により政府が共有持分権を取得して耕作者にこれを与えたとしても、前述の(二)の事例の丙((三)の事例の乙又は丙、(五)の事例の甲乙丙のいずれか)の持分買収の場合において考え得られるように、持分買収によつても、耕作者は使用区分を持たなかつた丙の持分を取得し、同人と同一の共有者の一人としての地位に立つにすぎないのである。共有者の一人として新たに協議に加わり持分の価格に従い過半数をもつて決するところにより、使用区分を取得しない限り、現実に共有地を耕作使用することはできないのである。自創法第十二条第四十条の五により買収の効果は原始取得とされてはいるが取得するのは持分権自体であり、持分権の本質上他の共有者の持分権による制約を受けるのは、買収により取得した持分権の場合も同様である。農地買収の場合、このような持分買収のみによつては結局耕作権の安定を図る所期の目的を達することができない。従つて自創法がこのような持分買収を容認しているものということができない。このことは牧野買収の場合について考えても結局同様である。
以上により牧野の共有持分買収は自創法の認めないところであり不適法のものといわなければならない。しかしてこのような買収対象物件に関する瑕疵は重大な瑕疵の一つであること勿論であり且つ本件買収対象が共有持分自体であることは前示岩手県農地委員会の買収計画及びその後の手続上歴然としているところであるから、前示岩手県農地委員会の買収計画も、被告の買収処分もいずれも重大且つ明白な瑕疵あるものというべく、当然無効の処分といわなければならない。
よつて原告において被告のなした本件買収処分の無効であることの即時確認を求める利益があり、これが確認を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容すべく、民事訴訟法第八十九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)